目を覚まして「ただいま」と言うと、エリちゃんが僕に飛びついてきた。しっかりと抱きとめて、体を起こしながら泣いているエリちゃんをぽんぽんと撫でて落ち着かせる。
「ありがとう、エリちゃん。助けにきてくれたんだよね?」
「っ、うん。助けに、きた!」
もっと子どもらしく泣いてもいいのに。本当に強い子だなと思いながらぐしゃぐしゃに撫でる。と、肩に小さな衝撃と重みが乗っかってきた。
「弔くん?」
「……」
見ると、弔くんが頭をのっけて、だらんと脱力していた。ちょっと重い。でも、僕のために頑張ってくれたんだ。休ませなきゃ罰が当たる。
「よかった」
「え?」
「生きてて、よかった」
そして、握りしめた拳を僕にぐっと押し付けた後、僕から離れていつも通りに笑う。
「おかえり。月無」
少し目が潤んでいたとか、そういうところをつっこむのは無粋だろう。いつもの僕ならやってたかもしれないけど、今はそういうときじゃない。弔くんをからかうのはこれからもできるし。
「で、だ」
弔くんは立ち上がって、僕に手を伸ばしてきた。五指に触れないよう握って立ち上がると、弔くんは周りを見渡して、
「お前、何した?」
僕の中で聞いたことが本当だったなら、恐らく周りはものすごい惨状だったのだろう。街が壊れ、人が傷つき、もしかしたら死人もでていたかもしれない。でも、今はそんなことはまったくなく、みんな傷一つないし、街にはひび一つ入っていない。
「いやぁ、ハハハ」
聞かれて、参ったなぁと頭を掻く。僕としては『ぼく』を幸せにしただけなんだけど、個性を変えるってこういうことかと今自分でも驚いているところだ。
「えっとね、簡単に言えば人にとっての『不幸』や『幸福』を実現できるようになったというか、なんというか」
「つまり?」
「つまり、みんな傷もなく街も無事ならみんな『幸福』だよね?と思いまして」
弔くん含め、周りの人たちが一斉にざわめいた。そりゃそうだ。僕だって驚いている。僕の個性は元々とんでもなかったけど、僕が『ぼく』を幸せにしたばかりにこんな成長を遂げてしまって。いやぁ、本当にどうしよう。
「うーん、まぁアレだ。最強になった」
「……まぁ、いいか」
諦めたように言うと、弔くんは肩を組んで耳打ちしてきた。今の僕の最強を利用しない手はない、らしい。……またカメラの前で僕がやらなきゃいけないのか。弔くんでよくない?お前がいい?あぁ、そう。
エリちゃんを弔くんに預け、カメラの前まで移動する。中々エリちゃんが離れなくて苦労したが、あとでいっぱい遊ぶということを約束して離れてきた。僕も名残惜しい。エリちゃんとずっと一緒にいたい。子どもを抱っこしてると威厳がなくなるって別によくない?弔くんのケチ。
「えー、こほん。どうも。敵連合の月無凶夜です。この度『不幸』と『幸福』を思うままに実現できるようになりました。つまり何をされようと僕の前では無意味ということです」
今ものすごく悪役っぽい。「世界を破滅させようと思います」とか言いそう。ヒーローみんな身構えてるし。リラックスして、リラックス。
「さて、そこで提案があるんですが──」
「うーん、やっぱりダメ、ですか」
「ダメダメ!この子すぐ他の子に個性で暴力振るうし、いたずらばっかりするし手に負えないよ!悪いけど他のところあたってくれ!」
施設の職員さんに頭を下げ、子どもの手を引いて小さく息を吐く。ヒーローになってすぐ助けた身寄りのないこの子だが、これがまた問題児。物を壊すわ暴力を振るうわ。最初に預けた施設の人は「これじゃ敵と変わらない」なんて言っていた。そうならないように導くのが仕事なのに。
「何か気に入らないことでもあった?」
「うっせ、ザコデク」
生意気っぷりに幼馴染を思い出しながら、また小さく息を吐いた。本当なら僕が引き取りたいが、ヒーロー活動をしながら子どもを育てるのは新人の頃ならまず無理だ。子どもを一人にできないし、かといって園に預けても今までの施設のように問題を起こしてしまう。となると、
「あそこしかないかぁ……」
僕の足を踏んでくるこの子にそっと注意しつつ、あそこを頼らなければならない自分に情けなさを感じる。でも、仕方ない。この子の未来のためにはあそこを頼るしかない。
「よし、僕と楽しいところにいこうか」
「やだ。ぜってぇつまんねぇ」
「いーや、絶対楽しいね」
なんてったって、そこは世界一好き勝手な人がいるところなんだから。
「うおおおお!!」
僕は逃げていた。鬼の形相を浮かべて追いかけてくる弔くんから。
事の始まりは今日の昼。弔くんが好きなおかずを横取りした。おしまい。
「そんな怒ることないじゃん!弔くん大人でしょ!?」
「お前今年で十九だろ!その歳でやることか!」
「大学生って普通そうじゃないの!?」
「お前が学生であった瞬間なんてないだろうが!」
広い敷地内を逃げ回る。色々改築して快適な空間になったここは、僕の庭といっていいほど知り尽くしている。それもそのはず、改築に携わったのは僕だし、こうして何回も逃げていればそりゃそうなる。ただ、弔くんも改築に携わって度々僕を追いかけるので、僕と同じくらい知り尽くしている。つまり逃げ切れない。
「月無、来客です」
「やった!ありがとう黒霧さん!」
「チッ」
もうすぐ追いつかれるというところに黒霧さんがやってきて、僕を救ってくれた。本当に仕事ができる人だ。ぷぷぷ。残念だったね弔くん。
「死柄木も、生徒の配属先がまだ決まっていません。あんなものと遊んでいる暇があるのなら仕事を片付けてからにしてください」
「あんなもの!?」
「あぁ、そうだな。またな、あんなもの」
勝ち誇っていたはずが、いつの間にか負かされていた。黒霧さんは僕を助けにきたんじゃないのか?いや、よく考えればただの業務連絡か。期待させやがって。
「では、対応お願いします」
「はーい」
言って、黒霧さんは消えて行った。あの人いつも忙しそうだな。遊んでいるのが申し訳なくなってくる。
ここは、元『タルタロス』。監獄だったここは、敵、もしくは敵予備軍を受け入れる施設となっている。というか僕たちがそういう風にした。
弔くんが考えたのは、『敵が満足できる場所があればヒーローいらないんじゃね?』というもの。つまり、敵が好き勝手し、楽しめる場所を作ることでヒーローの根絶を目指すという敵らしくもない考え方だった。「お前のせいだ」って言われたけどなんのことやら。
そして、ここは敵の社会復帰も支援している。受け入れ先は限られてるけど、弔くんが捕まえてきたデトネラット社とか、若頭が興した会社とか。元敵を受け入れてくれるところは今のところ少ないけど、実績がついてくれば増えるはずだ。もちろんこっちも世に送り出せないようなヤバいのはこっちで受け入れるし、そこら辺の見極めはしっかりしている。音本さんも貸してくれるし、万全だ。
ただ、やっぱり敵がいい思いをするっていうのをよくないって思う人はいて、結構衝突する。その度僕か弔くんが出向かなきゃいけないのは仕方ないとして、誠意を見せるっていうのがどれだけ難しいか実感している今日この頃だ。人殺しだしね。悪いことしたっていうのは変わらない。ただ僕がとんでもないから捕まってないしこんな好き勝手できるけど、この好き勝手が最悪な方向だったなら今頃根絶やしにされているはずだ。
ただ、僕は今正しいことをしていると思っている。自分のことくらい自分で信じてあげなきゃどうにもならない。身寄りのない敵になりそうな子どもを受け入れる施設としての顔もあるし、百パーセント正しくないってことは絶対にない。少なくとも数人の未来は守っている。教育には悪いかもしれないけど。
「おまたせしましたー」
『ようこそ!』とファンシーな文字が飾られている玄関を抜け、来客対応。犯罪者が送られてきたり、子どもが送られてきたりと内容は様々だが、最近は僕たちに恐怖を感じなくなったマスコミが押し寄せてくることもある。僕たちが社会の歯車として機能している以上、国民へその実態を届けなきゃいけないから、とかかな。いやー、厄介だな僕たち。
「って、出久くんじゃん。いや、今はデクって呼んだ方がいい?」
「どっちでもいいよ。久しぶり」
来客はなんと立派なヒーローになった出久くんだった。出久くんはこの現状をよく思っていない人の一人で、会う度「いつか捕まえる」と言ってくる。そりゃ僕は犯罪者だからね。それも正しい。
「今日はどうしたの?」
「この子をね」
見ると、出久くんは小さな男の子の手を引いていた。年齢は四、五歳くらいだろうか。……まったく、こんな恵まれた国でもまだ身寄りのない子が出てくるのか。
「うん、オッケー。でも、君が連れてくるのって珍しいね」
「本当は頼りたくなかったけど、事情が事情だし。この子、周りに暴力振るったり物を壊したりしちゃうから」
「へー、なるほど。じゃあちょちょいとしごくね」
「お願い」
「おい、何する気だテメェ」
おー生意気。弔くんみたい。こんなこと言ったら弔くんに怒られるだろうけど。
「じゃあね。いつか捕まえるから、覚悟しといて」
「できれば完全に平和になってからにしてねー」
去っていく出久くんに、手を振り続ける。出久くんも轟くんももっとここを利用してくれていいのに。敵を更生させるって苦労するんだよ?
「よし、行こうか」
「なんだ、ここ」
暴力を振るうとは思えないほどおとなしい。きっと何か気に入らないこととか、曲げられないこととかがあってそうなったんだろう。それを見つけていくことから始めようか。うーん、忙しくなるぞ。
「楽しいことがいっぱいあるところだよ」
「楽しいことなんかねぇだろ」
「ならこれから見つけていこう。君にとっての一番楽しいこと。『幸福』を」
盗み、クスリ、或いは殺し。人にとっての一番より楽しいことを。今までの一番がどうでもよくなるくらいの楽しさを見つけ出し、温かい幸せを手に入れさせる。
「ようこそ。今日からここが君の
それが、僕の『