タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第〇〇話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。
さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。
番外:僕たちの朝 (第24話読了後推奨)
僕こと月無凶夜の一日は、大抵ベッドから転げ落ちるという、不幸なのかドジなのかわからない出来事から始まる。つまり、僕は目覚ましに背中や肩などへの鈍い痛みを採用しているというわけだ。
そして、僕がベッドから落ちた音とともに、仕切りを一枚隔てた向こう側にいる弔くんが目を覚ますのも、いつものこと。その後に仕切りの向こうから顔を出して、僕に文句を言うのもいつものことだ。
「もう少し静かに起きられないのか……?」
「僕、布団よりベッド派なんだ」
布団で寝ていれば落ちるなんてことはないんだろうけど、なんか布団は背中に伝わる硬い感触が慣れなくて、あんまり寝れない。寝るときくらいは僕に優しくありたい。起きたそのときから厳しくなるんだけど。
「せめて柵とかつけろ」
「やだなぁ。それすら乗り越えるから、余計高いところから落ちるだけだよ」
さ、顔洗って歯を磨こう。エチケットは大事だ。ヒミコちゃんやマグ姉もいるし、気を遣わないなんて失礼にあたる。そういえば、いつもここで水やガスを使う度に思うけど、敵の本拠地なのに水道とかガスとか電気が通ってるのって、なんか面白いよね。敵なのに。気づいてないんだから仕方ないけど。
僕たちの本拠地では、仕切りを使ってそれぞれの部屋を作っている。本拠地の中央には会議スペースやモニター、パソコン、キッチン、ソファーなど、リビングと仕事スペースがごちゃごちゃになった空間がある。中央左側に洗面所とかお風呂とかトイレとか、共同生活スペースがあり、中央右側に僕たちの部屋がある。
敵の本拠地のくせに広い。その上普通に生活できるくらい設備が整っている。これも弔くんと黒霧さんが働いてくれたおかげ……らしい。詳しくは知らない。
仕切り、とはいってもそこそこ壁の役割を果たしてくれていて(弔くんは構わず僕の部屋に侵食してくるが)、部屋の入り口にはドアよろしく工夫を凝らして設置したカーテンがある。カーテンを引くと、正面には紫色のカーテンを入り口に採用している荼毘くんの部屋があり、弔くんの正面の部屋は黒霧さんだ。ちなみに名前の通り黒のカーテン。弔くんは灰色で、僕は白。
「真っ白な僕によく似合うな」
「頭の中がか?」
「心が綺麗っていう表現だよ」
まさか、と笑う弔くんは、まだ少し眠そうだった。
意外に、敵連合では僕たちは起きるのが早い方だ。黒霧さんが一番早くて、その次にマグ姉、その次に僕たちといった感じ。だからいつも中央に行くと、黒霧さんとマグ姉が朝ごはんを作ってくれている。
「おはようございます。死柄木、月無」
「あら、おはよう。今日も仲良しさんね」
マグ姉の言葉に弔くんは嫌そうに表情を歪めた。
「こいつに起こされるんだよ。毎朝ドサドサドサドサうるさいんだ」
「一回しか落ちないんだから、二度寝すればいいのに」
「二度寝はむしろ気持ち悪いんだよ」
「ふーん?」
あくびするくらいなら無理して二度寝すればいいのに。いや、気持ち悪いのか。
共同生活スペースには流石に壁があり、ドアもある。はじめここにきたときは変な造りだなぁと思ったが、今では慣れたものだ。お風呂は広くて気持ちいいし、トイレも女の子用と男の子用で二つある。なんでこんなに充実してるの?
洗面所は一番使うので、共同生活スペースに入ってすぐのところにある。ちなみに隣には洗濯機があり、朝起きてここにきたらいつも回っている。洗濯は一番ちょうどいいマグ姉の仕事だ。本当に申し訳ない。
僕たちが歯を磨いていると、弔くんの歯ブラシが崩壊しかけていた。
「弔くん、手」
「あ」
弔くんは慌てて親指を立てた。崩壊は止まったが、もう使い物にならないほど崩壊してしまっている。
「気抜けすぎじゃない?やっぱまだ眠たいんでしょ」
「俺が起きるって言ってんだから起きる。……あー、歯ブラシ予備あったか?」
弔くんはこういう失敗を度々する。個性に気をつけて生きてきたはずなのに、寝起きだと結構ズボラになるのだ。もちろん、人を崩壊させたことはないけど。
歯磨きを終え、顔を洗った僕は中央のソファーにダイブした。二度寝はしないけど、顔を洗ったとはいえ覚醒しきっていない頭のまま飛び込むソファーは、ものすごく気持ちいいものだ。うっかり飛び込んだ反動がつきすぎて床に放り出されることもあるけど、これはやめられない。
僕がごろごろしていると、決まって弔くんは将棋を持ち出してくる。こういう暇な時間、将棋をする癖がついてしまっているらしい。僕もだが。
「前って僕の勝ちだったよね?」
「あ?トガが乱入してきて有耶無耶になっただけで、俺だっただろ」
そういえば、前回将棋をしたときはヒミコちゃんがきて、特に意味もなく僕を引きずり回したんだった。その時点で僕は詰む未来が見えていたから、ここぞとばかりに嬉々とし退席したんだ。
「や、決着ついてないからノーカンだよ」
「バカ言え。あの盤面でお前が勝てるわけなかっただろ」
それは仰る通りです。と心の中で呟いていると、コンプレスさんが共同生活スペースの方から出てきた。スピナーくんも一緒だ。
「おはよう。今日もいい朝だ」
「あれ、いつの間に?」
「……朝早く目が覚めてな。せっかくだからと、朝の鍛錬をコンプレスに付き合ってもらっていたんだ」
「あ、それでシャワー?」
「そういや、洗面所の水、出が悪かったな」
キッチンのやつかと思ってたが、と弔くんが呟きながら、僕の飛車を取った。あれ、いつの間に?
「それにしても好きだねぇ、将棋。毎日やってないか?」
「コンプレスさんのマジックみたいなものだよ」
「なるほどな」
と言いながら、コンプレスさんは握っていた右手を開くと、ポンッという音とともに花を出現させた。定番だからこそ、こういう日常で経験を積んでおきたいらしい。
「ふわぁー……。おはようございます」
「眠いぜ……目は覚めてるけどな!」
「お、やっぱはえぇな」
僕たちがゆったりしていると、あくびしながら歩くヒミコちゃん、マスクをしているのに眠そうに見えるトゥワイスさん、完全に目が覚めてる様子の荼毘くんがきた。この三人は大体同じ時間に起きてくるが、荼毘くんはもっと早く目が覚めてるのかと思うほど眠そうな様子を見せない。寝起きがいいのか、それとも起きたはいいがだらだらしちゃう派の人なのか。ちょっと気になるところ。
「みんなー!もうすぐ朝ごはんできるわよ!」
マグ姉の声に、「はーい」と返事するのは大体僕とヒミコちゃんとトゥワイスさん。時々コンプレスさんもまざって返事をする。
「もうすぐだって、弔くん」
「おう、じゃあ終わらせるか」
そう言って弔くんは僕から奪った飛車をそっと置いた。
詰みだったが、気づかなかったことにして、「食器並べるよ!」と立ち上がってマグ姉のところに行った。
大人しくしてて、らしい。そりゃそうか。