とある双璧の1日   作:双卓

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理不尽の1日・壱

 

 ――メイザース領が謎の大雪に覆われた。

 

 そんな報告を受けたのが二日前だった。

 

 ――メイザース領が消えた。

 

 そんな報告を受けたのが一日前だった。

 

 ――エミリアが、死んだ。

 

 そんな報告を受けたのがたった今。顔に影を落としたラインハルトが訪れた、たった今だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は止めたぞ。ナツキ・スバル」

 

「ああ知ってるよ。だが止まるつもりはねぇ。エミリアたんが死んだ……? あそこにはあのルイスがいるんだぞ? あの最強無敵の戦神が。今までも俺が出来なかった事を何事も無かったようにあっさりやってのける、あいつがいてそんな事になるわけねえだろ! ラインハルトも質の悪い冗談言いやがって。次会ったら一発殴ってやる」

 

「スバルくん……」

 

 いつも整った衣服を身に付け、誰にでも余裕を持って対応するあの『剣聖』が、俯きながら話す様子はあまり顔を合わせる事のないクルシュやヴィルヘルムはもちろん近衛騎士団で頻発に顔を合わせるフェリスですら初めて見たものだった。

 

 事の始まりはクルシュが商人からロズワールの領地であるメイザース領が突然謎の雪に覆われて銀世界となっているのを遠くから確認したという情報を仕入れた事だった。商人は情報が命とも言われている。ましてや相手は将来王になるかもしれない王選候補者だ。大した意味もないそんな嘘をつくのは百害あって一利無し。故に虚偽の情報だとは思わなかったが、それでも念のためクルシュは部下に真偽の調査を命じた。

 その翌日、その部下からもたらされた情報は商人から手に入れた情報よりも突拍子もないものだった。その内容はメイザース領に嫉妬の魔女が復活してやったと言われても疑わないような巨大なクレーターが生じていたというのだ。

 

 そこまで聞けば流石にじっとしている事は出来ず、元より()()()()の為にメイザース領周辺へ向かう筈だったクルシュたちと共に次の日の早朝にスバル、レムも出発する予定だった。

 

 そして更に翌日。いざ出発というところに件のラインハルトが現れたのだ。

 急いではいたが、ただ事ではなさそうだったので一同はラインハルトの話を聞く事になった。

 

 その内容を一同はすぐには信じられるものではなかった。その理由は大きく分けて二つ。

 まず一つはメイザース領に魔女教大罪司教が現れた事。それも同時に二人だ。ラインハルトによればよく話を聞く怠惰と強欲だという。大罪司教の中でもその二人は有名だが、同時に現れた例はない。片やその名に反して勤勉に被害を増やし続ける怠惰。片やたった一人で一国を堕とした強欲。どちらかだけならまだしも両者同時に現れるなど厄介どころの話ではない。

 

 もう一つは強欲の大罪司教があの『戦神』・『剣聖』の最強二人をもってしても倒せず、更にはみすみす撤退を許してしまったという事だ。先日クルシュはスバルに対してルイスが対応出来ない敵が現れれば我々は何も出来ないという事を語ったが、それよりも悪い敵が現れた形になる。

 これには誰もが絶句するしかなかった。

 

 現在、ラインハルトを追い出したスバルがメイザース領へ向かう為に準備している最中だ。話を聞いてからクルシュはメイザース領へ向かうのを一旦保留にする事になった。

 

「今まで世話になった。ありがとよ」

 

「なに、礼には及ばんよ。前にも言った通り私はエミリアとの契約によって卿の面倒を見ているだけだからな」

 

「ヴィルヘルムさんもお世話になりました。また稽古つけて下さい」

 

「ええ。いつでも」

 

 スバルが短く別れの挨拶を終えると、レムが主のロズワールに変わって礼をし、二人はクルシュの屋敷を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……これ」

 

 目の前の光景を見てスバルがなんとか絞り出した言葉がこれだ。

 スバルとレムは竜車を降り、広がる死の領域の前に立ち止まっている。ちょうどスバルの足元から地面の質が変わり、徐々に沈むようになっている。正面を見るとその一望がよく見える。スバル風に言うならば隕石が落ちた場所のようだ。生物が生きている気配など微塵もない。

 

「これは……」

 

 流石のレムも言葉が出ない。メイザース領が消えたというひどく抽象的な話を聞いたが、確かにこれはそう表現するしかない。

 

 スバルは膝から崩れ落ちた。

 

「エミリア……」

 

 エミリアが死んだ。スバルはそう実感してしまった。あの時は感情的になって否定したが、よくよく考えればラインハルトがそんな嘘をつく筈がない。初めて会った時から今まで話した感じでもそうだし、ルイスから聞いた話でもそうだが、ラインハルトは冗談でもそんな事は言わない。言う筈がない。

 

「ルイス……ルイスはどこにいるんだよ!」

 

 ここまで考えて一番事に関わっているはずのルイスに一度も会っていない事に気付いた。

 ラインハルトの話ではルイスも敵に敵わなかったという話だったが、まさか死んだのか。そんな考えが頭を過り、空を見上げた瞬間。

 

「は……?」

 

 一面を覆う光がスバルたちの元へと迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること二日。

 粗方の魔女教徒を狩り、不可視の魔手を扱う特殊個体も出てこなくなり、村人たちも一息つき始めた頃。妙に存在感のある、主張するような足音が村人たちが集まる広場へと響いた。

 

「僕は魔女教大罪司教強欲担当、レグルス・コルニアス。妻を迎えに来た」

 

 村人たちはもちろん、エミリアもラムも、そしてルイスまでもその瞬間何を言っているのか理解出来なかった。上下を真っ白の衣服で覆っており、髪の色、肌の色までが統一されたように白い。

 そしてその視線は、エミリアへと向けられている。

 

 一瞬の空白を置いてルイスは抜刀して飛び出した。足運びは全く素人のそれだが、ただの村人の筈がない。ただの無害な人間の筈がない。

 

 そしてそれはすぐに証明された。ルイスが振った剣が相手に当たった根元から真っ二つに折れてしまったのだ。

 たった今使用していたのは神剣ではないただの剣だ。故に直ぐさま刀身がなくなった柄を捨て、神剣モルテを抜刀した。

 

「なんだ、今の……」

 

 木々が薙ぎ倒されていくのを見ながらルイスはそう呟いた。

 ルイスの驚きは主に二つ。

 一つは業物とまでは言わないが、魔女教徒を多数屠った剣が折れた事だ。ラインハルトにも言える事だが、ルイスは物を斬る時、刀身をマナでコーティングしている。それを応用すれば木の枝で鉱物を切り裂く事も不可能ではない。強度もその都度変化させられるので強度を弱めれば折れる事もあるが、今回は強度を最大にしていた。この状態なら遠距離斬撃を使わない限りはラインハルトともある程度は打ち合える。それが綺麗に真っ二つ。普通はあり得ない。

 

 二つ目はモルテで斬った感触だ。まず前提として皮膚や肉を斬った感触が無かった。これだけならばとてつもなく頑丈だったという事で済む話だが、問題はそれだけではない。

 以前、ルイスはフェルトに実際に触らせて説明書したが、モルテは平常時には触れている者からマナを吸収するという性質がある。それは柄の部分も刀身も同じ事だ。現にルイスは今もマナを吸い取られ続けている。その分だけ周囲から吸収し直しているが。

 何が問題かと言うと、先ほど刀身が触れていた時、相手からマナを吸った感触が無かった。モルテはよっぽどの厚着でなければ衣服の上からでも問答無用でマナを吸い取る。あの状況ならマナを吸い取らないのはおかしい。モルテがマナを吸い取るのを止めるのは相手を相応しいと認め、真の能力を解放した時のみ。だが、当然ながら真の能力など発揮していない。

 

「ラム、エミリア様、戦闘と避難の準備を……ッ!?」

 

「ルイス!?」

 

 すぐに反撃してくる気配は無かったのでラムとエミリアに声を掛けた瞬間、ルイスの肩がパックリと裂けた。血飛沫が舞い、地面が赤く染まるが、その傷はすぐに塞がった。

 

「大丈夫です。それよりも」

 

 今の攻撃、気配が無かった。例え見えない攻撃であっても見えざる手のように気配というものはしっかりと存在する。気配が無いという事は存在しないという事だろうか。否、そもそも攻撃を受けている時点で存在しないなどあり得ない。

 相手の攻撃について分析が必要だが、そんな時間は無いようだ。

 

「あのさあ。僕がまず名乗ったんだから君も名乗るのが礼儀ってもんじゃないの? 名乗り合う事はお互いの事をよく知るための第一歩だ。だから僕はわざわざ自分から名乗ったわけ。僕の目当てはあくまで妻を迎えに来た事だけだから君たちに名乗る必要なんて無いのに人間関係を円滑にするためにわざわざ名乗ったんだよ。それに対する返事がこれ? 僕と妻の間に割り込んで来ただけでなくいきなり殴ってくるなんてどういう神経してるわけ? そりゃ、僕は誰とでもいい関係を築きたいと思ってるしそのためには僕の方からわざわざ気を使って接してあげないといけない事があるって事も分かってる。多少言葉遣いがなってなくても立場を理解してなくても僕は広い心で受け止める。人間関係っていうのは互いに支え合わなければいけないんだから当然の事さ。だから出来る事なら僕も広い心をもって許したいよ。けどさあ、人が気持ちよく話してる時に割り込んだだけじゃ飽きたりず、あまつさえいきなり殴ってくるなんて。それって僕の権利を侵害してるって事だよね」

 

 土煙の中から現れた影が腕を振り上げた。それに合わせてとっさにモルテを構えた。

 直後、ルイスの腕は剣ごと弾かれた。

 

「くっ……」

 

(権能ってやつか……)

 

 レグルス・コルニアスを名乗った人間を睨みながらルイスは頭を回転させる。

 神剣モルテはルイスの切り札的存在だ。ラインハルトの持つ龍剣レイドと違って、真価は発揮してくれないにしても好きなタイミングで抜刀出来る事からも分かるように使い勝手も良い。

 

 真価を発揮しないと言っても通常時の呪いのような副次効果だけでもかなりの有用性がある。例えば対象をすぐに無力化したいならば刀身を押し付けてマナを吸い上げる。すると相手はすぐにマナ切れを起こす。剣士といえども身体能力強化にマナは使われているし、魔術師は言わずもがななのでマナを無くせば拘束する事も容易い。

 そしてマナを吸収するのは人間からだけではない。魔法からもマナを吸収するのだ。故にモルテを魔法へ一度振るえば王国最強の魔術師であるロズワールの魔法であろうと文字通り吸収される。それは例え魔法でなくとも同様。マナを含んだ攻撃は悉く無力化出来るというわけだ。

 

 ところが今の攻撃はどうだ。モルテに触れたにも関わらず一切減衰させられた様子がない。

 

「話すか話さないかはその人の自由だ。誰にでも平等に言葉を話す権利はあるし、逆に話さない権利もある。僕は無欲な人間だから赤の他人に何かを強制させたりしようとは思わない。僕は自分の手の届く所にいる人と話せればそれで満足さ。それなのにさあ。君と来たら、自分の名前を名乗らないだけじゃ飽きたらずに今度はだんまりなわけ? ああそうさ。名乗らないのも自由、答えないのも自由だ。でもそれって君の自由を通すために僕の権利を侵害してるって事だろ? 君からすれば自分の自由が通ってさぞかし楽しいだろうね。自分の事しか考えない自己中心野郎が。僕の数少ない私財を、僕の権利を侵害するなよ」

 

「ラム、エミリア様を連れて急いでここを離れろ。あいつはヤバイ。危険度が怠惰の比じゃない」

 

「ちょっと待って。私たちがここを離れたら村人たちはどうなるの?」

 

「大丈夫ですよ。奴の狙いは多分エミリア様。さっも最初ずっとエミリア様の方を見てましたし。村人には興味が無いはずです」

 

 短くルイスが説明すると、ラムもエミリアも頷いて背を向けた。

 レグルスが村人を襲わない保証などない。むしろ積極的に襲ってくる可能性すらある。だが、先ほどのやり取り、と言えるかどうかは怪しいが、相手の言葉を信じるならば目的は妻と呼ぶ時に視線を向けていたエミリア。従者としては主の安全を確保するのが最優先だ。

 

 ルイスは神剣を改めて構え、長々と喋るレグルスへと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポタポタと赤い水滴が地面に落ちる。一定の間隔でそれは徐々に地面を赤く染めていく。その赤い雫の出所に視線を移した。そこにはピンクの髪にメイド服が特徴のラムだったものが木の枝にぶら下がっていた。かろうじて顔だった部分は確認出来る。そこでさえ半分か潰れて残った一つの眼は何の光も写していない。周囲には体のパーツだったものが転がっている。

 視線を落とした。純白のローブが真っ赤に染まっている。小さくルグニカ王国の紋章が刺繍された、ルイスのよく知るものだった。

 

「ああ……あ……」

 

「僕の大切な権利を侵害したわけだから当然君も大切なものを侵害されるよね。その薄汚い売女が僕の大切な権利と釣り合いがとれているかは怪しいけど。いや、怪しいどころか全然釣り合いはとれていないけど、ここで君が仲良く死ぬなら無欲な僕は満足しよう」

 

 結論から言うと、ルイスはレグルスを倒す事が出来なかった。

 あらゆる部位に斬撃を打ち込んだ。だが、意味は無かった。斬撃が効かない能力なのかと拳を打ち込んだ。蹴りを食らわせた。だが、意味は無かった。攻撃方法を変えた。火魔法をぶつけた。だが、意味は無かった。水魔法で内側からの干渉を試みた。だが、意味は無かった。風魔法で不可視の刃を放った。だが、意味は無かった。土魔法で生き埋めにした。だが、意味は無かった。氷魔法で礫を飛ばした。全身を凍らせた。だが、意味は無かった。陰魔法も、陽魔法も、意味は無かった。

 

「それにしても君、仮にも大切なものから目を離してそれを失うなんて自業自得じゃないか。あの淫女たちと同じで救いようがないな」

 

「ああぁぁぁあ!!」

 

 計画も考えも何も無い。ただただ感情に任せて剣をレグルスに叩き付けた。これで倒せるとは思っていない。だが、そうせずにはいられなかった。

 

「本当に学習しないな」

 

 もはやその場から動く事すらなかったレグルスが腕を振り上げた。

 何度も見た謎の攻撃だ。避ける事は出来る。しかし、ルイスは避けようとしなかった。

 

 何もかも、レグルスの言う通りだ。エミリアやラムがこうなったのはルイスが目を離したせいだ。レグルスから目を離したせいだ。魔女教徒が現れて村人の方へ向かったからといってレグルスを放置するなどしてはならなかった。

 

 少なくない血が飛び散る。ルイスの体が袈裟斬りにされたのだ。

 だが、ルイスは止まらない。構わず続けて振り下ろした。次の瞬間には傷は塞がっていた。

 

 腕が千切れた。構わず振り回し続ける。いつの間にか腕は元通りになった。胴体が蜂の巣になった。構わず斬り続ける。いつの間にか穴が開いているのは服だけになった。顔の半分が吹き飛んだ。構わず打ち続ける。いつの間にか整った顔が元通りになった。両足が千切れた。構わず下から斬り上げる。いつの間にか目線の高さは元通りになった。頭と胴体が離れた。神剣が地面に刺さる。いつの間にか足下は赤く染まる雪に覆われていた。神剣が地面から離れる。いつの間にか首は元通りになった。

 

 千切れた。潰れた。いつの間にか元通りになった。

 

「そこまでだ」

 

 異変を察知したラインハルトが現れたのは日が沈んだ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインハルトが駆けつけた時、既に深刻な事態に陥っていた。

 エミリアが死んだ事により顕在した本来の姿のパックにより魔力的な暴雪が発生。メイザース領のロズワール邸付近は人間が生きる事の出来ない極寒地獄と化した。アーラム村の村人はもちろん、森の魔獣まで問答無用で凍らされた。表面だけでなく、芯から凍っているので蘇生は不可能だった。

 そのままではパックは世界中を凍えさせるので、滅多に抜ける事のない龍剣レイドを抜き、マナへと還した。

 

 そしてラインハルトが次に向かったのはこの銀世界で生き残っていた二人の人間の元だ。パックを倒した事で雪は消えたが、そこには変わらず二人が留まっていた。

 

 しかし、そこでラインハルトが見たのは信じられない光景だった。

 ルイスが滅多に抜かない筈の神剣を抜いているだけでなく、それを無闇矢鱈に振り回している。更には相手が仰け反る事すらなく無傷で受け止めているのだ。

 同じような単調な攻撃を繰り返すルイスに対して相手は腕を振るだけで一撃一撃が致命傷となる攻撃を何度も与えている。

 ルイスだからこそ成り立つ出鱈目な攻防だ。ラインハルトでは回復が追い付かない。ルイスの回復能力はラインハルトと同じマナ超吸収体質と『戦神の加護』による自然治癒力強化の掛け合わせにより凄まじいものになっているのだ。

 

 普段と違う様子のルイスを見てラインハルトは慌てて止めに入った。

 聞けば、敵は魔女教大罪司教の強欲担当で、更にはエミリアや付き人が殺されてしまったのだという。冗談の様子もなかったのでラインハルトは討伐を試みた。だが、結果は振るわず。相手の攻撃は全て避けるが、こちら側の攻撃も通用しない為、戦局は動かず千日手となった。

 幾分かの時間が経った後、レグルスは黒い本のような物の中を見ると何かを呟いて去ってしまった。ラインハルトは止めようとしたが、止める手段が無かった為に逃亡を許してしまった。

 

 次にラインハルトが向かったのはスバルの滞在するクルシュの別荘だった。本当はルイスの方へ向かおうとしたが、戦闘の余波からか姿を見失ってしまったので先に居場所の分かっているスバルの元へ向かったのだ。そこで粗方の事情を説明、すぐに戻ってきて漸くルイスを見つけて今に至る。

 

「まずはスバルのところへ戻ろう。ここでは落ち着いて話をする事も出来ない」

 

「落ち着いて……? 落ち着けるわけねぇだろ! エミリア様が殺されたんだぞ。俺のせいで。手の届く所にいたんだよ。守れる距離にいた筈なんだよ。でも俺が選択を誤ったから、大切な人を失ったんだよ!!」

 

 善意からの提案だったが、それは今の状況ではあまり良いものとは言えなかった。

 

「今までだって勝てない奴はいた。お前や親父がいい例だ。でも、人を守れなかった事はなかった」

 

「ルイス……」

 

「あいつを、奴を倒さなければエミリア様やラムに顔向け出来ない」

 

 そう言ってルイスはどこかへ去ろうとする。だが、明らかにいつもと様子が違う。ラインハルトは前に立って進路を塞ぐ事でルイスを止めた。

 

「退けよ、ラインハルト」

 

「いいや、退かない」

 

 ラインハルトがこの場を通す気がないと分かるや否や、ルイスは神剣に手を置いた。やはり、様子がおかしい。

 

「退いてくれよ。俺は奴を殺さなければならないんだよ」

 

「尚更通すわけにはいかない。騎士としても、親友としても。今の君を向かわせるのは危険だ」

 

「うるさい! お前がその気なら俺はお前を倒してでも進む」

 

 ラインハルトはなんとか留めようとするが、効果は薄い。ルイスはついにモルテを抜いた。すると、見た者を呑み込んでしまいそうな漆黒の刀身が眩い光を放ち始めた。

 

「……さっきこいつがこうなってたら奴も斬れたかもしれないのに、なんで今なんだよ」

 

「ルイス、君は……」

 

「俺は本気だぞ。お前がここを通さないなら――」

 

 ルイスはモルテをおおよそ仲間に向けるような速度ではないほどの高速で振るった。

 直後、何かに進路を阻まれて甲高い音が響く。モルテを受け止めていたのは鞘から抜けたラインハルトの持つ龍剣、レイドだった。

 

「僕も本気だ。今の君を通すぐらいなら君を倒してでも王都へ連れ帰る」

 

 合図は無かった。しかし、同時に剣を振るい、互いに衝突させる。

 いつから存在したかも分からない謎の剣。純白の剣と漆黒の剣。龍の剣と神の剣。『剣聖』の剣と『戦神』の剣。

 お互いが譲る事なく真価を発揮した両者がぶつかり合う。その余波は通常の剣のぶつかり合いなど比べものにならない。その一振りは森を切り裂き、地面を抉る。それが永遠に続けばいずれ世界は滅びるだろう。

 

 一瞬の隙をついてラインハルトがルイスの脇下から斬り上げた。なんとか防御はするが、勢いは殺せず一般人には視認する事すら困難なスピードで雲を突き抜ける。ラインハルトは少ししゃがんで勢いをつけ、跳躍で雲を突き抜けた。

 

「まだ、考えは変わらないかい?」

 

「ああ」

 

「ここは雲の上。雲を足場と出来る僕と君とではどちらが有利かなど考えるまでもない筈だ。それでも止まらないと?」

 

「ああ」

 

 ルイスは飛行魔法を扱う事が出来る。故にこの場所においても戦闘は可能だ。だが、その場に留まるために魔法を使い続ける必要があるルイスと加護の効果で雲を足場とする事が出来るラインハルトとではどちらが有利かなどそれこそ戦闘に関して全く詳しくない者でも分かるだろう。

 

 普段よりも冷静さを欠いているルイスにも考える頭はある。だからこそ、卑怯と言われようともラインハルトの足場となっている雲を斬り払った。

 ラインハルトは跳躍で斬撃を躱したが、一瞬で足場を失う。しかしそれも束の間。その直後には逆再生のごとくラインハルトの元へと雲が殺到した。

 

「心配しなくても、後で『雲避けの加護』で相殺する」

 

 何事も無かったかのように雲に着地したラインハルトが自身を睨むルイスにそう言った。

 雲が集まった原理は簡単。ラインハルトが『雲寄せの加護』を取得したのだ。

 

「いい加減にしてくれよ。そこまで心配ならお前も一緒に来てくれればいいだけだろ」

 

「それは出来ない。そもそも僕には奴を仕留める手段がない。君もそうじゃないのかい?」

 

「まだ全力で斬ってない」

 

「全力でも倒せなかったら?」

 

「大瀑布に落とす」

 

「言っている事が滅茶苦茶だ! 一先ず落ち着いてくれ」

 

「落ち着けるわけねぇって言ってるだろうが!!」

 

 ルイスが斬り掛かり、ラインハルトが対応する。実力に差はない。ルイスは冷静さを失っているが、ラインハルトにも躊躇する気持ちがあるので一方的な勝負にもならない。

 

 暫くの間斬り合いが続くと、痺れを切らしたのかルイスの動きが止まった。だが、もちろん諦めたわけではない。

 ルイスの神剣に目に見えるほどのマナが集約していく。それはラインハルトの元へ殺到する筈のマナまで巻き込んでいく。

 

 対抗するためにラインハルトも龍剣へとマナを集中させる。

 

「今からでも遅くない! 止めてくれ、ルイス!」

 

「しつこい!!」

 

 何の躊躇いもなく、ルイスはその剣を振り下ろした。飛行魔法を併用している為、頭上にいるルイスに向かってラインハルトも剣を振り抜いた。

 

 二筋の光がぶつかり合う。だが、僅かに躊躇ったラインハルトの斬撃の方が少し威力で負けている。

 

 そして。

 僅かな差は決定的な差となり、ルイスの放った光はラインハルトを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

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