とある双璧の1日   作:双卓

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対魔女教戦線

 

「失礼します」

 

 渋い声と共に現れたのは今ここにいる筈のない人物。腰に豪華な装飾の付いた宝剣を差している白髪の老兵、ルイスもよく知っている男。ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアだった。

 

「あなたは確か、クルシュ様の所の……」 

 

「ヴィルヘルム・トリアスと申します。此度は主君の名代として参上しました」

 

 そう丁寧に言うヴィルヘルムの姿はその言葉とは対称的に血や泥で濡れていた。

 膝をつき、最敬礼をとるヴィルヘルムにルイスは一瞬警戒するが、しっかりと彼の姿を視界に収めると警戒を解いた。ルイスはいわゆる殺気や害意というものを感じ取る事が出来る。それもただ漠然と感じ取る訳ではなく、どれぐらいの程度で誰が誰に向けているかまで正確に読み取る事が出来る。

 ヴィルヘルムからはこちらを害する気配は感じられなかった。それどころか、以前と比べて何か憑き物が落ちたように感じられた。

 

「クルシュ様からは白紙の親書を頂いたのだけど……」

 

「白紙ですか、やはり」

 

「って、ちょっと。そんな話聞いてないんですけど」

 

 思わずルイスは二人の会話に割り込んだ。

 王選で対立する立場のクルシュからの親書はそこらの手紙とは訳が違う。政治的にも多大な意味を持つのだ。文武の文に関してはからっきしのルイスでもそれぐらいは分かる。

 が、そんな大切な物を知らされていなかったのだ。ルイスは密かにショックを受けた。

 

「あ、ごめんなさい! 昨日あなたが見回りに行っている途中の事だったから……後で話そうと思ってたんだけど」

 

「ラムはこの事を?」

 

「うん、ラムが受け取った物だから」

 

「…………」

 

 ラムは知っているのに自分は知らない。先ほどのラムとの会話が思い出される。

 

『はぁ!? 俺が嫌がられる訳ねぇだろ』

 

『……フッ』

 

 あの含みのあるような笑い、あれはこの事を知っていたから出来た事なのではないか。もちろん現実に嫌がられているなどとは思わないが、ラムに負けたようで何だか良い気分ではない。

 

「恥ずかしながらそれは我が主の意向と齟齬がございます」

 

「そうだったの、良かった……」

 

 白紙の親書はお前と話すことはないという事を暗に示すものである。一時的とはいえ、スバルが世話になるなど協力のあるクルシュ陣営からそんな物を受け取ったとなれば、心配になるのも仕方がないというものだ。

 

「俺だけ仲間外れにされたのはまぁ、水に流すとして。それで、本来の内容っていうのは?」

 

「エミリア様、並びにお屋敷に残られている方々、村の住人には一度この周辺から避難していただきたく」

 

「避難……?」

 

「はい、厄介な犯罪組織がこの周辺に潜んでいるとの情報があり、私共はその討伐のために隊を編成して参りました」

 

 ヴィルヘルムが語った内容はこうだ。

 王都で度々話題に上がる犯罪集団が何やら怪しい動きをしているという情報を手に入れたクルシュがその討伐のために部隊を編成。その理由はエミリア陣営から持ち掛けられていたエリオール大森林の採掘権の分譲という条件の元結ばれる予定の同盟のため。

 一応筋は通っており、既に村の住人を避難させるための足も用意しているというのだ。そしてヴィルヘルムは丁寧にロズワールの名前まで出してエミリアを納得させた。

 

「それじゃあ、ラムとベアトリスも呼んで来ないといけないから」

 

「エミリア様はベアトリスを呼んできて下さい。ラムは俺が呼んでくるんで」

 

「ルイス殿。貴方にはこの場に少し残って頂きたい」

 

 急いでいるようだったので手分けして屋敷に残っている者を呼びに行こうとした時、ヴィルヘルムがルイスを呼び止めた。

 

「……エミリア様、ラムもお願いします」

 

 無視する訳にもいかないため、ルイスはヴィルヘルムの側に残った。

 そしてエミリアの姿が見えなくなると、ルイスが口を開いた。

 

「何か良いことでもあったんですか?」

 

「分かりますか。ええ、ありました。白鯨を、妻の仇を討ったのです」

 

「白鯨……なるほど」

 

 ヴィルヘルムが白鯨を追いかける為にアストレア家を飛び出し、その結果家庭事情が複雑なものとなり影響がラインハルトにまで及んでいるのは知っていた。

 何かから解放されたように感じたのはそれが理由だろう。

 

「それで、俺を残らせた理由は? 何かエミリア様には言えない話でも?」

 

「いえ、そうではなくスバル殿からの伝言です」

 

「スバルから?」

 

 犯罪集団というのは魔女教で決まりだろう。確かに魔女教関係ならエミリアの耳に入れたくないのも分かる。

 だが、ヴィルヘルムから出た言葉はルイスの予想を大きく上回ったものだった。

 

「はい。『ここにラインハルトを呼べないか』と」

 

「んん? ちょっと待った。どゆこと?」

 

 そもそもの話この場にスバルが出てくる事がまずおかしいし、加えてヴィルヘルムの口からラインハルトの名前、そしてここに呼んでくれないか、と。

 ルイスは混乱した。

 

「まずなんでスバルの名前が?」

 

「この計画を立てたのがスバル殿だからです。白鯨を落とせたのもスバル殿の協力があってこそ」

 

「あー、そういう事か。そしてそのスバルがラインハルトを呼べと言っていると。さすがスバル。予想を超えてる。でもラインハルトを呼ぶほどの事態なんですか? 一応昨日魔女教の『怠惰』の大罪司教倒したんですけど」

 

「既に交戦していましたか。ですが、まだ厄介な相手が残っているのです」

 

「厄介な相手?」

 

「『強欲』の大罪司教ですよ」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 村人たちへの説明は既に済んでおり、ルイスたちが村に到着した時には大半の住人が竜車へ乗り込んでいた。

 住人の半分がヴィルヘルムの護衛で王都へ向かい、残りの半分はラムの先導で聖域と呼ばれる場所に向かう事になった。エミリアは村の子供たちと同じ竜車で王都へ避難する事になり、先ほど全ての竜車が発進した。

 

「とりあえず言った通りにみんな避難した訳だが、詳しい話を聞こうかスバル」

 

「え、なに、怒ってる?」

 

「怒ってない。それで、『強欲』の大罪司教ってそんなにヤバい相手なのか?」

 

 今は村の中央でユリウスやアナスタシアの自警団である鉄の牙のメンバー、フェリスなどを交えた作戦会議が行われている。

 これからの作戦だけでなくこれまでの情報の擦り合わせも行っており、スバルが道中何をしたかなどの情報も共有した。

 

「『怠惰』のペテルギウスよりも断トツでヤバい。出来るなら国中から戦力を集めてきたいぐらいにな」

 

「て言うかさー、ルイスとラインハルトの二人がかりじゃにゃいと無理とかフェリちゃんたち出番なしじゃにゃい?」

 

「いや、相手はそいつ一人だけじゃない。『強欲』はルイスとラインハルトに任せて俺たちは他の相手だ」

 

「なぁ、スバル。ラインハルトを呼ぶにあたって二つほど問題点がある」

 

 会議は順調に進んでいたが、途中でルイスが勢いを止めた。

 

「問題点? 何だよ」

 

「一つ目は単純な話なんだがラインハルトを呼ぶ方法。俺のやり方だと多分一番早く呼ぶ事は出来る。けどちょっとの間俺以外は戦闘不能になる」

 

「そりゃまた、なんで」

 

「俺がデカいの打ち上げて、それを合図にするからだ」

 

 例えば衛兵の詰所にあるような遠距離通話が可能なミーティアがあれば話は別だが、それが無い場合通常は誰かを遣いに出さなければならない。しかし、今回はそうしている時間は無さそうだ。

 となれば残る方法は一つ。ラインハルトに異常を察知させ、自発的に来させるのだ。

 

「『怠惰』ぐらいの相手なら何人来ても全員守れるが、その『強欲』が本当にラインハルトと二人で掛からないといけない相手ならあいつが来る前に襲撃されると最悪守れないかもしれない」

 

 既に王都を離れてアストレア領へ向かっているラインハルトにまで届かせようとすればかなり強めの信号が必要となる。そのためにルイスは特大の斬撃を打ち上げるつもりなのだ。

 

「ラインハルトが来るまでどれぐらいかかる?」

 

「ここから俺が王都からここまで来るのにかかる時間と同じぐらい」

 

「五分ぐらいか……」

 

「どうする? やるか?」

 

 ルイスにそう聞かれ、スバルは周囲を見渡した。

 

「君の判断になら皆従うだろう」

 

 迷うスバルにそう言ったのは王都で色々あったユリウスだった。ルイスはどうしたのか聞こうとしたが、一先ず空気を読んでスバルの答えを待った。

 

「分かった。頼む」

 

「なら一つ目の問題は解決した。で、二つ目の問題だ」

 

「ちょっ! 今のもうやる流れだったじゃん!」

 

「いや、多分二つ目の方が重要だ」

 

 一つ目は武力的な部分での問題。これは最悪ルイスが力押しでなんとか出来る。

 だが、二つ目はルイスの力ではどうにもならない。

 

「フェルト様のところの陣営に貸しを作る事になるぞ。だからなんだって言ったらそこまでだけどな。そのせいでエミリア様が不利になるかもしれない」

 

「っ……」

 

 そう、二つ目の問題は政治的な問題だ。それがどんな影響を受けるのかは分からないが、なくなる事はないだろう。協力を要請するには相手にもそれ相応の利点を示さなければならない。

 ただでさえ魔女教、それもよく名の聞く『強欲』の大罪司教の相手をするのだ。フェルト陣営を納得させるだけの材料が必要だ。

 

 スバルは黙り、ユリウスやフェリスはルイスを意外そうな目で見た。心外ではあったが、今はそれよりも重要な事があるのでスバルだけを見た。

 

「なら……」

 

 そしてようやく重い口を開いたスバルから出た言葉は、

 

「みんなの脅威の排除。将来的なフェルトの危険を潰す事にもなるんだ。これでどうだ?」

 

 こじつけとも取れるものだった。

 

「今回はそれで良しとするか。あとの言い訳は頼むぞ」

 

 だが、この場ではそれでいい。元よりルイスは政治向きではない。そういうのはクルシュ陣営と、さらにアナスタシア陣営とも協力を取り付けてきたスバルの方が向いている。

 形式上だけでも協力する理由があればルイスもラインハルトを呼ぶ事が出来る。

 

「じゃあとりあえず作戦……というほどのものじゃないが、俺が一発打ち上げた直後はほとんど全員がマナ切れ直前みたいな状態になる。だから打ち上げ直後は俺と精霊を通して大気中からマナを集められるユリウスを中心に周囲を警戒しつつラインハルトを待つ。いいな?」

 

 ルイスがそう言うと周りの者たちは頷いた。

 そして神剣『モルテ』を抜き、力を溜める。

 

「みんな、伏せろ」

 

 直後、大量のマナが可視化されるほど濃密にルイスへ向かう。それは大気中のものだけでなく体内のものまで。

 さらに収束したマナは激しい光を放つ。

 そして太陽の如き光を帯びた神剣を天に振り抜く。

 街一つを容易く飲み込む極光が天に昇った。一瞬で超上空へ打ち上げられたエネルギーは途轍もない速度で昇っていく。しかし、まだ肉眼で確認出来る程度には存在感を放っていた。

 

 戦闘不能になると言われていたが、案外大した事はないと目を開けたスバルが見たのは再び剣を振りかぶっているルイスだった。

 

「ちょっ――!?」

 

 同じような極光の二発目、三発目、四発目が放たれた。

 

「立てるか? ユリウス」

 

「ああ、なんとかね」

 

 ルイスがユリウスに手を貸すと、少し離れた所から恨めしそうな声が上がった。

 

「お前……一発って言ったじゃん」

 

「それはあれだ、言葉の綾? ラインハルトに異常を感じ取ってもらわないといけないんだから」

 

 あれほどの斬撃を放ってなお無傷である神剣を鞘へ収めたルイスはユリウスに手を貸した後、今度はフェリスに手を貸した。

 

「やだっ、ルイスの熱いやつがフェリちゃんの中に入ってくるぅ~」

 

「おい!? やめろ、誤解されるだろ!?」

 

 ユリウスの時とは違ってフェリスには握った手を介してマナを流し込んだのだ。フェリスは優秀な治癒術士であるため、マナ切れで動けないとなられては困るからだ。

 決して他意はない。

 

「ま、まぁ、落ち着こう。さっきのでラインハルトには伝わったはずだが、同時に敵にもこっちの居場所はバレたんだ。いつ襲ってこないとも限らない」

 

 フェリスが他の者たちの状況を看てルイスとユリウスが周囲を警戒する。

 少しして力を取り戻したユリウスの準精霊も周囲の警戒に当たる。

 そしてラインハルトが到着しないまま、少しの時間が過ぎる。

 

「ルイス!」

 

 突然ユリウスが叫んだ。

 もちろん何もなく叫んだ訳ではない。精霊が邪悪な気配を捉えたのだ。

 

「ああ、来たな」

 

 それをルイスも捉えていた。

 悪意を纏った何かが森の中から飛び出してくるが、ユリウスの目には何も映らない。

 

「『怠惰』の能力か」

 

 だが、ルイスは気配で捉える事が出来る。

 ルイスは神剣ではない剣を抜いて迫り来る見えざる手を切り裂いた。

 

「さっきのように神剣を使わないのかい?」

 

「これ握ってる間マナ吸われまくるからあんまり使いたくないんだよ。どうしてもって時は諦めるけど変な感覚だからな」

 

「なるほど」

 

 そう言う間にも迫る悪意を切り伏せる。

 そして森の中から一つの影が歩いて来た。その格好はただの魔女教徒と同じ全身黒い装束の人物だった。違う点は背中の辺りから見えざる手が伸びている事。

 

「あれが指先か。反対からも何か来てるしな」

 

 その声を聞いてなんとか復活したスバルがルイスやユリウスがいる方向と逆の方向へ顔を向けると、

 

「あれは、『強欲』の大罪司教……!!」

 

 そこにいたのは対照的に全身を白い装束で包んだ白髪の男。『強欲』の大罪司教、レグルス・コルニアスだった。

 

「最悪だ。まだラインハルトも来てねぇってのに敵二人が揃いやがった」

 

 ラインハルトがまだ合流していない段階で大罪司教が二人揃う。最悪の展開だった。 

 

「クソッ、どうする……」

 

 対策を練るためにスバルが頭を回転させる。

 だが、良い案が浮かぶ前にその思考は中断される事になった。

 

「――待たせたね」

 

 スバルのすぐ横に燃えるような赤い髪の騎士が降り立ったからだ。

 

「ラインハルト!」

 

「どうやら間に合ったようだね」

 

 ラインハルトが到着したならば何も迷う事はない。

 自然とスバルの口角が持ち上がる。

 

「プリシラのとこはいねぇけど……」

 

 そして確実に王国内で最も戦力が集まった場所の中心で、自信を持って言い放った。

 

「対魔女教戦線、王選オールスターズだ!!」

 

 

 

 


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