王国最高の治癒術士であるフェリス。
『怠惰』討伐に不可欠な精霊術士ユリウス。
魔女教徒を一網打尽にするための数、鉄の牙。
そして『強欲』対策に絶対に欠くことの出来ない最強戦力のルイスとラインハルト。
「必要なものは全部揃った」
そう呟いたスバルの前で黒い手を操る『怠惰』の指先の首がルイスに切り落とされた。
「俺たちの戦いはこれからだ。なんてな」
「そうだね。戦いはこれからだ」
「話が終わっちゃいそうだからあんま同調しないでな?」
少しふざけてみたスバルだったが、見た目ほど余裕がある訳ではない。
『強欲』を相手するにはルイスとラインハルトの双璧が必要不可欠であり、ラインハルトが駆け付けるまでは時間がかかってしまうため、一先ずラインハルトへ合図を送るのが最優先でルイスと共有したのはこれまでの事と『怠惰』についてのみ。『強欲』についてはほとんど何も話していない。
そしてこの場で『強欲』について知っているのは死に戻りという異能を持つスバルだけだ。ルイスやラインハルトはおろか、ユリウスやフェリスにすら詳しくは話せていない。
『怠惰』ならばともかく、『強欲』がこうも早くやって来るのは想定外だった。
「耳貸せ、ラインハルト。手短に作戦を言う」
『耳じゃなくて頭の中に直接話し掛けてくれればいいよ』
「ああ、分かった。じゃあ心に……って、お前今俺にテレパシー送ったのか!?」
『てれぱしい、というものが何かは分からないけど、今スバルの頭の中に直接話し掛けているよ』
そしてさらに予想外の事をしてくれるのがラインハルトだ。
「どういう仕組み?」
「『伝心の加護』だよ。この加護のお陰で僕は他人の頭の中に話し掛けられるし、目の前にいる人の考えている事ぐらいなら分かる。『受心の加護』で少しぐらいなら離れていても他人からの念を感じ取る事も出来る」
「マジかよ」
「もちろん普段は抑えているから心の中を盗み聞きしたりはしていないよ」
『もしもし、これ聞こえてるのか?』
『聞こえてるよ』
『おお、すげえ』
予想外は予想外でも良い方向での予想外だ。
『よし、作戦を説明するぞ。後でルイスにも伝えてくれ』
そしてスバルはゆっくりと歩いて来るレグルスの前で作戦を伝えた。
◆◇◆◇◆◇
ラインハルトが腰に提げたものとは別の剣を手にレグルスへ斬り掛かる。先ほどまでルイスが使用していた剣だ。
縮地のように一歩で距離を詰め、常人には反応出来ない速度で剣を振るった。並の相手ならばこれで終わりだ。だが、
「なるほど、確かにこれは骨が折れそうだ」
「骨の前に俺の剣が折れたけどな」
「それはすまない」
レグルスはその場に健在で傷一つ付いていなかった。逆にラインハルトが振るった剣が半ばで折れてしまった。
「あのさぁ。いきなり斬り掛かってくるとかどういう神経してるわけ? 常識がなってないとかそういうレベルじゃないよね。初対面ならまず名乗る。それが常識でしょ。君たちの方が先に何かしようとしてたから僕は待ってあげた。そうしたらこれだ。人間っていうのは意思疎通が大切な生き物だ。会話こそが意思疎通の第一歩。お互いに歩み寄ろうって気があるなら無欲で多くを望まない僕は名乗るっていう大事な項目を飛ばしていても受け入れよう。でも君たちは違うよね? 名乗るどころか会話しようとする気配もない。しかも僕の好意まで踏みにじるって事は数少ない権利までも踏みにじるって事だ」
「なんか色々言ってるけど、どうする?」
「一先ずスバルが言っていた通り、彼の体の周りは何かで覆われているのは間違いないね。それもただ固いだけじゃない」
ラインハルトの反応を見てルイスは神剣を抜いた。しかし、その刀身は未だ漆黒のままであり、本来の能力を発揮する様子はない。
それに続いてラインハルトも鞘から抜けないままの竜剣『レイド』の柄を握った。
「抜けそうか?」
「いいや、どうやらこの剣は彼を『抜くまでもない』と判断したようだ」
「こっちもだ。大罪司教とか言うからどんな奴かと思ったら、大したことないな」
「ッ! 会話も禄に出来ない欠落者であるお前と完結された個である僕とじゃ立ってる次元が違うんだ。他人と比べるような事でしか自分の価値を見出だせない三下共が偉そうに僕を評価するなよ! この愚図が!」
「えぇー。なんか急に怒り出したんだけど」
『会話はこっちに切り替えよう。スバルの考えた作戦を実行する』
『りょーかい』
直後、レグルスが腕を振り上げた。
それと同時に見えない何かが大気中を切り裂きながらルイスたちへ迫る。見えざる手よりも速いが、二人に対応出来ない速度ではない。
ルイスは神剣『モルテ』でその不可視の存在を向かい打った。
『痛ってーな。あれが防御不可の攻撃か』
鮮血が飛び散り、神剣を持ったままの手が宙を舞う。そして次の瞬間にはその腕は回収され、元通りに接合した。
『モルテは流石に折れてねぇけど、これは避けるしかないか』
『そうだね』
先ほど腕が千切れたというのに何もなかったかのようにレグルスに向き直る二人。
『どのみち倒すしかない。MG作戦いくか。手筈通りで頼む』
『了解した』
ラインハルトは鞘に収まったままの竜剣の柄を握りレグルスを逆袈裟で打ち上げた。謎の守りに包まれながらもラインハルトによって付加された推進力は打ち消されず、目にも止まらぬ速度で天へ昇る。
しかし、ラインハルトの攻撃はこれでは終わらない。剣速よりも速く跳躍し、昇ってきた白い塊に地へ向けて竜剣を振り下ろした。
「まずは――アル・ゴーア」
きれいに直角に折れ曲がって落下してきたそれに向かってルイスの手から蒼く燃え上がる焔が放たれる。ルイスは何食わぬ顔でいるが、周囲の木々は炭と化し、足下の地面は赤く歪んでいる。
『火魔法は効果無し。次』
蒼炎を通り抜けてなお無傷であるレグルスを神剣を振るって打ち上げる。
パキパキと空気が凍り始める。
煮えたぎっていた地面は水蒸気を爆発させながら白い固体へと変化する。
一呼吸の間も置かず再び白い物体が落ちてくるのが見え、ルイスは手のひらを掲げた。
「アル・ヒューマ」
その手から放たれたのは指の爪程度の氷の粒。
村人が軽く踏んだ程度で砕けそうな小さな粒は、これまた同じく無様に超速で落下してくる塊へ放たれる。
そして頼りない粒が白い布に触れた瞬間、氷の花が咲いた。ルイスが開いた手のひらを何かを握り潰すように閉じると、それに連動して人の何倍もの大きさの氷の花が縮む。
だが、人間大の大きさにまで縮んだ時、氷の花に亀裂が入った。
『氷魔法も効果無し。次』
ルイスは氷の中から出てきたレグルスを再び神剣で打ち上げた。
今度は突風が吹き荒れる。ルイスを中心に渦巻く風の刃は周囲の木々を薙ぎ倒し、地面を深く削った。
ラインハルトが打ち落としてきたレグルスが見え、ルイスは風の矛を構えた。
「アル・フーラ」
三度目の魔法は風魔法の最高位。
音すらも置き去りにし、あらゆるものを切り裂く風の槍がレグルスへ向かう。
そして轟音を発生させながらレグルスを貫いた槍は、
『風魔法も駄目。次!』
霧散した。
ルイスはまたまたラインハルトの待つ空へレグルスを打ち上げる。それと同時に踵を振り上げ地面へ落とした。
ルイスの魔法によって表面を削られた地面に深い亀裂が入る。そこへルイスは魔法で水を発生させ、地割れの中へ流し込んだ。
空からレグルスが降ってきたのを確認するとルイスは飛び上がり、今度はラインハルトへ打ち返すのではなく地割れの中へと打ち込んだ。
「――アル・ドーナ」
直後、獣の牙が獲物を噛み千切るようにひび割れた地面が閉じた。
この周辺の地面には万遍なくルイスのマナが通っている。レグルスは生き埋めで膨大な圧力に押し潰される事になる。仮に耐えたとしても、その周囲はルイスが生成した水によって覆われている。すぐに酸素の供給が無くなり呼吸困難に陥る事になるだろう。
そこへさらにルイスは追い打ちとばかりに黒いマナを地面へ撃ち込んだ。
「手応えはどうだい?」
ルイスの隣へたった今までレグルスラリーを繰り広げていたラインハルトが音もなく降り立った。その目線の先にはレグルスが沈んだ地面がある。
レグルスには謎のバリアがあって殴る蹴る斬るなどの攻撃が効かない。だから別のアプローチが必要だ。
そう言ったスバルが考えたMG作戦、つまり『魔法でゴリ押し』作戦を決行した訳だが、
「いや、駄目だな」
ルイスとラインハルトが後ろに跳ぶ。
それと同時にレグルスが埋まっている地面が破裂した。
「出来る範囲で本気でやったんだが効果は無さそうだな。これ以上威力を上げると向こうで『怠惰』と戦ってるみんなに影響が出る」
「困ったね」
『とりあえずもう一回打ち上げてあっちに影響ないぐらいの所で本気の一撃食らわせてみるか?』
『PG作戦だね。よし、それでいこう』
「お前ら、なんなんだよぉー!!」
地面から這い上がってきたレグルスが叫ぶ。
その顔は先ほど饒舌に語っていた時とは違いみっともなく歪んでいる。スバルが言うところの「お前ボールな」を高速でやられて身体的なダメージは無くても精神的には無傷とはいかなかったようだ。
「王選候補者フェルト様の騎士だ。ぜひ、フェルト様を贔屓してもらいたい」
「魔女教に贔屓にしてもらってどうするよ」
二人が冗談を口にしているのを見てレグルスは唇を噛む。そして舌打ちをし、つま先で地面を蹴った。
誰でもするような動作だが、そこから発生する結果は常人が砂粒を蹴っただけに留まらない。レグルスのつま先が通った地面は鋭利なもので切り裂いたようにきれいな断面で、飛び出した砂粒はその動作とは違い鋭く二人へ迫る。
「言っただろ、僕とお前らじゃ立ってる次元が違うんだよ! 未完結な欠如者が何をしようと無駄だって分からないかなぁ!!」
「ならば、本当に無駄かどうか確かめさせてもらうよ」
「ぶっ!?」
死の雨をもろともせず懐に踏み込んだラインハルトが竜剣でレグルスの顎を斬り上げた。
固いものを打ち付けた轟音が響き、レグルスは先ほどよりも速く天へ昇っていく。すぐさまラインハルトも跳躍して追い掛ける。
みるみるうちに地面は遠くなり、メイザース領の全体像が見えるまでに高度が上がり、さらに雲を突き抜ける。しかしそれでもまだ勢いは止まらず、朝にもかかわらず周囲が暗くなり始めた。
闇の中、一つの輝きを放つ点があった。
その点はレグルスの進行線上にあり、近付くにつれてそれの正体が分かった。ルイスだった。ルイスが剣を構ってレグルスを待っていたのだ。
「いい加減に――っ!」
レグルスの言葉は続かなかった。ルイスが本気で神剣を振り下ろしたからだ。
だが、レグルスの体が地面へ向かう事はなかった。下からラインハルトが同等の斬撃を繰り出したのだ。
上下から同時に極光を纏った絶大なる剣戟がぶつかり合い、押し潰されたエネルギーが左右前後の平面へ放出される。
周囲には雲すら無いため、衝撃波だけが駆け抜ける。
「これもなんか無理っぽいな」
「となるとPG作戦も失敗か」
何事も無かったかのように地面に着地した二人の間で言葉が交わされる。
スバルが考えた二つ目の作戦、その名も
「あとはJG作戦、それとRG作戦だけか」
「JG作戦からいこう」
「了解了解」
レグルスが地面に衝突し、土煙が上がる。
「何をやろうと勝つのは僕だって分からないかなぁ! その暴力的で、他人を虐げることしか考えてない力でどれだけうまくやってきたか知らないけど、犠牲の上にしか自分の幸せを築けないなんておぞましい! それで今度は僕のちっぽけな幸せを犠牲にして自分勝手な幸せを享受しようっていうんだろ!? いい加減にしろよ!!」
中からは怒り心頭な様子のレグルスが出てくる。しかし、その体には傷どころか汚れらしいものも見当たらない。土埃が付いている様子も水滴が付いている様子もない。
「さっきからごちゃごちゃと何言ってるか知らんが、お前はアレだな。なんて言うんだったかな。ああ、そうだ」
そのレグルスへ向かってルイスは堂々と話し掛ける。
そして大袈裟なまでに溜めを作り、自身の頭をトントンと指で軽く叩いた。
「お前、自分で頭の中が残念な事になってるって自覚ある?」
直後、レグルスの顔が歪む。
あからさまな挑発であったが、レグルスは無視出来ずに憤る。両手に持てるだけの土を握り、ルイスへと投げつけた。
あまりに狙い通りの展開にルイスは苦笑した。その隣にはいたはずのラインハルトの姿はない。
「がっ!?」
レグルスの体が宙に投げ出された。
瞬きの間に景色が変わり、目にも止まらぬ速度で飛んだレグルスの顔はたった今土を投げつけた相手であるルイスの手のひらの中に収まった。
なぜ突然レグルスの体がルイスの方へと飛んだのか。その答えはラインハルトだ。ルイスの挑発によって視界が狭くなったレグルスの背後に回り込んでいたのである。
ルイスはレグルスの顔を正面から鷲掴みにしたまま、飛来する土の弾丸へ盾のように突き出した。
本当にこの攻撃が何者にも防御出来ないならはレグルスの体を貫いてくれるはず。
レグルスの体は全ての土を受けきった。
しかし、地面には無数の小さな穴が空いているが、レグルスの体は全くの無傷だった。
「自分の攻撃で自分がやられる訳ないだろ! 僕がこんな馬鹿なやられ方するかよ! 他人を不当に評価するのも大概にしろよ!!」
顔を鷲掴みにされたままのレグルスが叫び、ルイスの腕に触れた。その瞬間、ルイスの体が吹き飛んだ。
『
『分かった』
土煙を上げながら離れていくルイスから伝言を受け取り、ラインハルトは鞘に収まったままの竜剣を握り直した。
「どいつもこいつも……効かないんだよ! 何をしようと無駄! 腕力が自慢なのか知らないけどさぁ、生まれ持ったものが違うんだよ! お前たちじゃ完結した僕には決して届かない! 自分の足りなさを嘆きながら消えろよぉ!!」
「――ならば、君の視界からは消える事にしよう」
数十メートルの距離を一歩でゼロにしたラインハルトによって、喚くレグルスの眼前に煌めく竜剣の鞘が現れる。
「もう二度と会う事はないよう、願っているよ」
ラインハルトは全力で竜剣を振り上げた。
ルイスに託された最後の作戦、それは
レグルスは星になった。