今作最終回です。
轟音と共に先ほどまで見えていた雲が見えない波に吹き飛ばされて消えた。
「あっちの方見てると俺らがやってた事も馬鹿らしく思えてくるな」
「いいや、彼かには彼らの、私たちには私たちのやる事があった。現にこうして『怠惰』の大罪司教を討伐したんだ。君は十分過ぎる働きをした。もう少し胸を張ってもいいと思うのだが」
スバルにそう言って答えたのは騎士剣の血糊を落とすユリウスだ。
目の前には黒い装束の人物が胸部から血を流して倒れている。指先と呼ばれる『怠惰』の大罪司教ペテルギウスの手下だ。ただし、ただの手下ではなく、ペテルギウスの精神が乗り移るという厄介な効果付きだ。
スバルとユリウスは協力してペテルギウスが乗り移った最後の指先を討伐したという訳だ。
「そりゃ、やりきった感はあるしペテルギウスも厄介な相手だったけど。なんか同じ大罪司教でも攻略難易度全然違うし」
「『強欲』の大罪司教の権能は確か、無敵……だったかな?」
「暫定って但し書きが付くが大体それで合ってるよ」
前回の周回でスバルは『強欲』の権能のからくりを見破るため、ルイスとタッグを組んでレグルスと戦った。
その時はいわゆる無敵能力のテンプレに従って弱点を探った。物理と魔法のどちらかにのみ効果があるのではないか、地面と接触している足下にはバリアが無いのではないか、など色々試した。結果、全て効果無し。
最後はペテルギウスに体を乗っ取られ、その周回は終わった。
そして今回は前回の反省を生かして小細工無しのバリアの耐久度を無理矢理突破する方向へ作戦を切り替えた。前回様々な攻略法を考えたが、実は単純にゴリ押しでいけるのでは? という考えがスバルの頭を過ったのだ。
他に作戦も無かったため、それをラインハルトに伝えたのだが、
「……あいつらの方が無敵なんじゃねって思ってきたわ」
直後、流星が天に昇った。
隕石の落下を逆再生にしたようにどこまでも昇っていく。瞬く間に見えなくなった。
落下してくる様子もない。
あれは恐らく最終作戦のRG作戦だろう。スバルは冗談で言ったつもりだったのだが、本当に実行するとは恐れ入った。
「確かに彼が負けるような状況は私も想像出来ない」
エミリアたちと王都を訪れてから最初のループでルイスはレグルスに負けたらしいが、何かの間違いだったようだ。そうに違いない。
「ま、あいつらが強いってのは砂糖は甘いってぐらい周知の事実だしな。とりあえず向こうも戦闘終了したっぽいし合流しよう」
そう言ってスバルはたった今ロケットが打ち上がった場所へと足を向けた。
◆◇◆◇◆◇
「うわぁ、なにこれ」
ラインハルトがいる場所へ辿り着いたスバルの第一声がこれだ。
だが、それも仕方がないと言えるだろう。木々は折れるか焦げるか凍っており、地面にはさらに大穴が開き溶岩が流れた跡のようなものまである。
「スバル、そっちの仕事はもう終わったのかい?」
「え、ああ、ペテルギウスの野郎は指先まできっちり倒したし、もう俺の中に入ってくるようすもない」
「よかった。こっちもちょうど終わったところだよ」
「そういえばルイスは?」
会話の途中でスバルはルイスがいない事に気が付くが、微塵も心配などしていなかった。ルイスが自分と同じぐらいの強さだと言っていたラインハルトが服に塵一つ付けていないのだからこれでルイスがどうこうなっているはずがないからだ。
「彼ならもうそろそろ戻ってくるよ」
「戻ってくる?」
その直後、ルイスが空から現れラインハルトの隣へと着々した。
「あの無敵攻撃、人間にも付与出来たのか。お陰でかなり飛ばされた」
ルイスは騎士服を手で払うが、何か汚れが付いている様子はない。
「『強欲』はどうなった?」
「落ちてくる様子はない。たぶん成功だね」
「月とかにぶつかって跳ね返ってくるとかないよな?」
「星が全く存在しない所へ打ち上げたから跳ね返ってくる事はないと思うよ」
そしてすぐさま人外の会話が繰り広げられる。
「敵も十分化け物だったけど、こいつらの方がよっぽど化け物だよな」
たまらずユリウスの耳元へ言った。
「「それは心外だぞ(だよ)スバル」」
「仲良し! てか地獄耳かよ!」
小声で言ったにもかかわらずしっかりと聞き取られていて思わずスバルは叫んだ。
「て言うかユリウス、ひどい怪我してるじゃん。早くフェリスに見せないと」
ルイスがそう言った事によってスバルは目的を思い出した。
ユリウスはペテルギウスの見えざる手によって全身に傷を負っている。その治療も兼ねてこれからの方針を固めるためにフェリスや鉄の牙のメンバーなどと合流する必要があるのだ。
「ルイス、君の治癒魔法では治せないのかい?」
「たぶん出来るけどフェリスの方が上手いし、ユリウスも俺よりフェリスに治してもらう方がいいだろ。ほら、逆に勢い余ってマナ活性化させ過ぎたりしたら危ないし」
ルイスが手のひらにマナを集めて見せると、ユリウスはほんの少し顔を青くした。以前に何かあったのかもしれない。
「え、ちょっと待て!? お前俺のことそんな危なそうなやつの実験台にしようとしてたの!?」
「フェリスたちは?」
「向こうのほうだね」
「無視はひどくない!?」
ふざけているスバルを置いてルイスは歩き始める。その途中ユリウスに肩を貸そうとしたが、「それには及ばない」と軽く断られていた。
◆◇◆◇◆◇
「気になる事?」
「そそ。フェリちゃんたちも別口で魔女教ぶっ潰してまわってたんだけど、その途中で。詳しくはオットーくんから」
ルイスたちが合流した時、既に別働隊として魔女教徒の討伐に回っていたフェリスたちが集まっていたが、そこから感じられたのは歓喜ではなく不安だった。
「あの、すみません、僕の方から説明させていただきます」
フェリスに促されてルイスやラインハルトの前に出たのはスバルと旧知の仲であったらしい商人、オットー・スーウェンだ。
オットーは王国最強の二人を前にしてたどたどしく語った。
その話の内容は簡単に纏めるとこうだ。
まず、村人たちを避難させるために使用した竜車は商人たちのものであり、避難させるにあたって元々積んであった荷物は全て降ろした。
しかし、先ほど確認したところ荷物の数が合わない。
そして、商人の中には魔女教徒が紛れ込んでいた。
最後に、数が合わない、ここにあるべきなのに数が足りない荷物とは大量の火の魔鉱石である。
「軽く竜車の七台や八台は吹き飛びます」
「……で、その魔鉱石はどこに?」
「恐らくケティさんの竜車の中かと」
ケティとは魔女教側のスパイとして商人に紛れていた男の名だ。
オットーの考えでは自分の竜車にそんな危険な物を乗せるはずがない他の商人はまず候補から外れる。そして鉄の牙の兵士たちは魔女教徒を狩りその持ち物も検めたが、魔鉱石などを所持している様子はなかった。
となれば残りはケティ死亡により急きょ兵士から行者を立てたケティの竜車のみ。という事だった。
「クソっ! 使える物は何でも使う貧乏性が裏目に出た!」
オットーの言葉を聞いて声を荒げたのはスバルだ。
「その竜車は王都、聖域どっちに向かって誰が乗ってるんだ?」
「あの竜車が向ってるのは王都。乗ってるのはエミリアと子供たちだよ」
スバルからの返事を聞き、ルイスは溜め息をついた。
もちろん、命に優劣などつけられるものではないが、エミリアは未来の王候補であり、同乗しているのは未来ある若者だ。魔女教の置き土産、それもかなり悪質なものだ。
「スバル、その竜車はどの道を通って王都へ向かっているのか教えてほしい。僕たちならすぐに追いつける」
魔鉱石はいつ爆発するか分からない。ならば一刻も早く回収する必要がある。
ラインハルトの提案は合理的で、この場での最適解だった。
「そっか、お前らここから王都まで五分だもんな。エミリアたちが乗ってる竜車はリーファウス街道を真っ直ぐ進んでるはずだ」
ラインハルトはすぐに屈んで跳び去ろうとした。
だが、そこにスバルが「ちょっと待ってくれ」と待ったをかけた。
「俺も、連れて行ってほしい」
その言葉にラインハルトは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑って受け入れた。
ルイスもスバルがエミリアへ向ける感情は分かっている。男の子は好きな女の子を守るためならば危険な事でも何でもしたいもの、らしい。昔ルイスが読んだ絵本によると。
その様子をフェリスとユリウスも温かい目で眺めていた。
「分かった。スバル、掴まって」
スバルを連れて行く事はラインハルトにとって何の問題もない。ラインハルトはスバルに背を向けた状態で屈んだ。
「こいつには『風除けの加護』があるからな。乗り心地は保証する」
「……それって地竜が持ってるやつだよな? いや、この際細かい事は良いか。頼む」
スバルが背に乗り掛かったのを確認すると、ラインハルトは立ち上がった。
そして出発する直前、ルイスは騎士服がボロボロになっているユリウスと相変わらずのほほんとしたフェリスに目を向けた。
「じゃ、ユリウス、魔女教の残党が出てきた時は頼む」
「こら、ユリウスはボロボロだしマナもカラッけつにゃんだから無理言わにゃいの」
「フェリス、私ならば大丈夫だ」
「ほら、本人もこう言ってるし。傷は治してマナも分けてやればいいだろ?」
「簡単に言ってくれちゃって……」
簡単なやり取りを終え、ルイスはスバルを乗せたラインハルトの腕を掴んだ。
一刻も早く追いつくには地上を駆けるよりも空路を抜けた方が良い。だが、ラインハルトが空を行くには雲を足場にするか空気を蹴って進むしかない。雲の上からではリーファウス街道など見えないため雲を足場にする事は出来ない。また、空気を蹴るのは地上を駆けるより速度が出ない。
そこで出番となるのが飛行魔法だ。ルイスは魔獣騒ぎ以降もせっせと鍛練を重ねていたため、今回は着地で森を破壊するような事もない。
「スバル、離すなよ。落ちたらたぶん死ぬぞ」
ラインハルトの加護のお陰でしっかりと掴まっていれば速度に振り落とされるような事はないが、一度その手を離せば生身で空へ投げ出される事になる。
「や、優しくしてね?」
スバルの不安そうな声と共に三人は飛んだ。
◆◇◆◇◆◇
三人がルイスの飛行魔法で飛んで少し。
スバルがいるため全速力ではないが、それでもかなりの速度で森林地帯を抜けた。
「何か追ってきてるな」
「この気配……ただの魔女教徒ではないね」
本来ならこのままエミリアたちの乗る竜車まで一直線に向かいたいところだが、一つ問題が生じた。
ルイスたちを何者かが追ってきているのだ。その気配は仲間のものではなく、ただの魔女教徒よりも邪悪。速度そのものはルイスたちの方が上であり、追い付かれるという事はないが、エミリアたちと合流したところに追い付いてくる可能性は高い。
「ラインハルト。スバルと竜車に向かってくれ。ここからなら飛んでも走っても大して変わらない。俺は後ろのやつを止めてくる」
ルイスはラインハルトとスバルを地上に降ろして言った。
本当はルイスがスバルと共に竜車を目指したかったが、加護や諸々の対応能力を考えればラインハルトを向かわせるのが一番良かった。
「了解。先に向こうで待っているよ」
「おう」
駆けるラインハルトを見送りルイスは神剣の柄に手を置いた。マナを吸い取られるが、それでもお構い無しだ。マナを吸い取られる時の体の違和感は吸収を上回る速度でルイス自身が大気中からマナを集めれば無くなる。
先ほどは周囲に人間がいたため自粛したが、仁王立ちで神剣の柄に手を置くこの体勢がルイスにとって最も自然体だ。
そうして待つこと数十秒。それは森の中から姿を現した。
体は魔女教特有の黒い装束に包まれているが、その顔は露出しており地面から少し浮いてこちらへ向かって来ている。肉眼には映らないが、体を持ち上げているのは見えざる手だ。
見えざる手で虫が這うようにその男はルイスへと迫る。『怠惰』の憑依した指先だ。目は光を失い顔の形も歪んでいるが、一心不乱に進む。
「ここで止まってもらおうか」
男は何も答えない。
元より返事を求めての言葉ではない。ルイスは拳を握って構えた。
ルイスの拳に七色の光が集まっていく。
その極光はあらゆる物を粉砕し、不浄の魂を滅する。
「ユリウス直伝――アル・クラリスタ」
ルイスが拳振るった瞬間、世界が虹光に塗り潰された。それは『怠惰』の魂も例外ではない。
光が晴れるとそこに邪悪な気配は残されていなかった。それどころか根強く生きる雑草すら残っていない。
一撃で最後の指先を屠ったルイスはラインハルトが向かった方向へ足を向けた。
多少オーバーキル気味だったが、今の魔法はレグルスに使うのを忘れていたから使ったとかそういう訳ではない。決して。
◆◇◆◇◆◇
ルイスが竜車に追い付いた時、その竜車周辺にはスバルどころかエミリアの姿もなかった。
「あれ、エミリア様は?」
「あそこだよ」
子供たちを見守るラインハルトが示した先には少し地面が盛り上がった丘があり、そこでエミリアがスバルに膝枕をしていた。
「どういう状況?」
「僕が火の魔石をどうやって処理しようかと考えているとスバルが飛び出して白鯨の体の中で爆発させる事で処理したんだ。そしてその爆発の衝撃で飛ばされたスバルをエミリア様が看病しているという訳さ」
「へー」
普通に考えればスバルよりもラインハルトが白鯨の腹の中まで魔石を運ぶのが一番安全で確実だ。ラインハルトがその事に気付かないはずもなく、彼なら強引にでもスバルからその役割を代わってもらう事も簡単に出来るだろう。
だが、そうしなかったという事はそれが最善だと判断したのだろう。ラインハルトは異常なほど勘が鋭い。ルイスも常人離れした勘の持ち主ではあるが、ラインハルトには敵わない。
現に王都で喧嘩別れしたはずのスバルとエミリアが何やら仲良さそうに話している。
三大魔獣の一つを倒し、二人の魔女教大罪司教を撃破した。レグルスは死を確認した訳ではないが、あの様子では戻ってくる事はないだろう。
そしてエミリア陣営のトップと中心的人物といっても過言ではないスバルの仲も復元されたようだ。
魔女教の襲撃は決して喜ばしい事ではない。だが、そんな事は言ってはいけないかもしれないが結果から見ればそこまで悪いものでもなかった。
「なぁ、ラインハルト」
「どうしたんだい?」
「久し振りだよな。こうやって一緒に戦うのは」
ルイスとラインハルトは共に尋常ではない戦闘能力を持っている。その実力はどちらか一人だけでヴォラキア帝国最強の剣士を下せるほどだ。
故にこの二人が共闘しなければならないほどの相手などこれまで存在しなかった。
「ああ、そうだね」
そもそもほとんどの場面で片方だけで過剰戦力となるのだ。それが同時に同じ任に就く機会など早々あるものではない。
今回は正式な任務という訳ではない。だが、王国民全ての敵とも呼べる魔女教との戦いは王国騎士としての責務とも言える。
そして『強欲』の大罪司教の存在。二人の攻撃を受けてなお無傷。二人の力を持って防御出来ない最強の攻撃。本人の戦い方にさえ目を瞑れば『戦神』と『剣聖』が相手をするに相応しい敵だった。
「一瞬だったけど、楽しかったな」
「不謹慎かもしれないけど僕もそう思ったよ」
ほんの少しの間ではあったが、本気を出す事が出来た。
上空でレグルスを二人で挟むように放ったあの一撃はこれまでの人生で最も実力を解放した瞬間だったのだ。
「大罪司教はまだいるんだよな?」
「『暴食』『憤怒』『色欲』『傲慢』の四人がいると言われているね」
「なら、俺たちの戦いはまだ終わってないな」
『怠惰』と『強欲』には能力にかなりの差があった。それはすなわち『強欲』よりも強い敵がいる可能性があるという事だ。
もちろん、『強欲』が大罪司教最強だったという可能性もある。だが、これから先ルイスとラインハルトが共闘しなければならないほどの相手が現れる可能性がある。それだけで理由は十分だ。
「これからも励めよ、我がライバル」
ルイスはラインハルトへ拳を突き出し、
「そっちもね、僕のライバル」
心地好い風が吹く中、二つの拳が合わせられた。
◆◇◆◇◆◇
ルグニカ王国には双璧と呼称される家系が存在する。
片や最強の剣士『剣聖』、片や戦いの神『戦神』
本来ならば一つの国に存在するのはそのどちらかだけだった。強過ぎる力はいずれぶつかり合い反発するからだ。
ただ一人の『剣聖』によって戦争は終結し、ただ一人の『戦神』によって隣国との全面戦争は未然に防がれた。
どちらかの人間一人がいれば国同士を巻き込むような事態でさえ武力でなんとかなる状況であれば大抵は解決出来る。それほどの力を持っているのだ。
それならば何故、二つの最強の家系同時に同じ場所に存在するのか。その起源は四百年前まで遡る。
四百年前、嫉妬の魔女を封印したのは『神龍』、『賢者』、『剣聖』そして『戦神』
最後まで嫉妬の魔女を削り続けた初代『剣聖』と最後まで人々を守り続けた初代『戦神』その二つの家系は時代を越えて災厄の復活に備え続けているのだ。
初代『剣聖』レイド・アストレアの名を冠する竜剣レイド。初代『戦神』モルテ・ゾルダートの名を冠する神剣モルテ。純白の剣と漆黒の剣。いつ、どこで造られたかすら謎に包まれるこの一対の双剣が存在するのは偏にいつかの
そしてその意志は二つの血統にも受け継がれる。
今日もまた、二人の騎士は鍛練を続ける。
いつか、かつての戦闘狂レイド・アストレアと心優しき少女モルテ・ゾルダートのように手を取り合い共に災厄へ立ち向かうその時の為に。
今話をもって「とある双璧の1日」完結とさせていただきます。
長い時は数ヶ月も間が空いてしまった事もあったにもかかわらずここまで読んで下さり本当にありがとうございました。見切り発車で開始した今作がここまで来れたのは皆様の応援や励ましのおかげです。
私の文章力の無さのせいで描写不足な場面は多々あったと思いますが、それでもここまで読み進めてくれた皆様には感謝しかありません。
ありがとうございました。