とある双璧の1日   作:双卓

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これは今作を書く前に考えた女主人公案を採用していたらというifです。
内容はタイトル通りルイスの代わりに別の女の子が生まれていたらというお話です。能力とかルイス以外の登場人物、剣や加護の設定はそのままですが、ルイスが性転換したとかではなく最初から違う人間なので別の物語として読んで下さい。
本編とはほとんど関係ないので苦手だという方は一話前で止めて綺麗に読了して下さい。



If:もしも『戦神』の家に女の子が生まれていたら

 

 

 

 ――私は、生まれた時から化け物だった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「信じられない!」

 

 刃が根元からポッキリ折れてしまった剣を握りながら少女は怒声をあげた。柄には赤と青の宝石の装飾が施されており、僅かに残った刃は光沢を放っている。

 幼い少女には不釣り合いな一振りに思えるが、その手に収まっている様はなかなかしっくりくる。

 

「ラインハルトから貰った大切なものなのに!!」

 

「わ、悪かったよ。久しぶりに素振りしようとしたら、な? 偶然近くにあったし」

 

 詰め寄られているのはその少女の父親だ。彼曰く、だらだらしているばかりでは駄目だと思って近くにあった剣で素振りをしたところポッキリいってしまったらしい。

 ただのその辺の剣ならば誰も文句を言わなかったかもしれない。だが、生憎と犠牲になった剣は少女にとっては仲の良い異性から貰った大切なものであった。事故だったとしてもはいそうですかとはいかない。

 

「ほら、今度父さんも一緒にラインハルトくんの所に謝りに行くから。機嫌治して」

 

「そんなのいいから、修理して」

 

「修理って……これ、無理っぽいような……」

 

「貰ってまだ一ヶ月もたってないのに」

 

 今度は泣きそうな雰囲気になり、父親はいよいよ焦り出す。自分の子どものものを壊してしまったのは今回が初めてだったため、どう対処すれば良いのか分かりかねていた。

 と言うよりも、そもそも普段泣くような事がないので緊急事態であった。

 

 毎日の稽古で生傷を作った時も泣き言を言わなかったし、むしろやり返すぐらいの勢いで掛かってくる。女子でありながら負けん気の強い子どもだった。生傷といってもすぐに治るのだが。

 それがどうだ。年相応といってしまえばそれまでなのだが、ことがことだけに男は困惑していた。

 

「じゃ、じゃあモルテやるから。な?」

 

「なら、それで真剣勝負」

 

「……それは洒落にならんよ」

 

 僅か五歳にしてこの少女の剣の腕は有象無象の騎士となら同等以上に渡り合えるほどのものだ。勿論、純粋な剣技なら負ける事はないだろう。だが、もし神剣モルテが然るべき相手だと認めてしまえばそう呑気な事も言ってられなくなる。

 最悪の場合、この辺り一面が焦土と化す。

 

 まずい。それはまずい。

 ゾルダート領内ならまだ言い訳もたつかもしれないが、ここは王都のど真ん中だ。王都破壊の国家反逆罪に問われても文句は言えない。

 この状況を作り出したのがこの男であれば、少女を鍛え上げたのもまたこの男である。全面的にこの男の責任だった。

 

「悪かった! 許してくれ! ほら、母さんからも何か言ってくれ」

 

「母さんはお出掛け中」

 

「あぁ! そうだった!」

 

「許さない」

 

 ゴゴゴ! と紅い炎を纏った少女が男に迫る。思わず男も後ずさった。

 

「やぁー!!」

 

 少女が腕を振り上げ、手刀を振り下ろす。

 男が寸前のところで躱すと、後ろの家具がスッパリ真っ二つになった。

 

「ぎゃぁー!? 母さんに怒られるー!」

 

「はぁー!!」

 

 これ以上の被害を出さないために二撃目は真剣白刃取りの要領で受け止めた。

 

「もういい!」

 

 男に一撃を入れる事を諦めた少女は近くに立て掛けてあった神剣モルテを引ったくるように取ると、そのままの勢いで庭に飛び出し、塀を飛び越えて出ていってしまった。

 

「ちょ、待って」

 

 父親の制止も聞かず、建物の屋根を跳び跳ねていく少女の姿はすぐに豆粒のように小さなものとなった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 小さな影が駆ける。背中にはその身体に不釣り合いな漆黒の剣を提げ、おおよそ五歳と思えない身体能力を発揮して王都を囲む壁へと向かう。

 

「絶対許さないんだから」

 

 王都の周りを囲む壁はおおよそ20メートル。少女はその壁を軽々と飛び越え、向こう側へ着地した。

 この壁はたまに出現する魔獣対策のものであるため、飛び越えて出入りしても罰則は存在しない。そもそもそういう事を出来る者はかなり限られているのだが。

 

 王都から伸びる一つの街道を走り、青い髪を揺らす少女の名はレイン・フォン・ゾルダート。『戦神』の家系の一人娘である。

『戦神』の家系ゾルダート家は『剣聖』の家系アストレア家と双璧を成す最強の一族である。代々その一人目の子供に『戦神』の加護が宿り、『戦神』の称号を継承してきた。このレイン少女にも『戦神』の加護が宿っている。

 

 とはいえ、この常人離れした身体能力は加護によるものだけではない。生まれた時から天に愛された体質であり、何もせずとも周囲からマナが集まる。そのマナが身体能力へと変換されているのだ。

 熟練した戦士は同じようにマナによって身体能力を強化する者もいるが、それも厳しい修練の先のもの。このように最初から息をするように意図も容易く使いこなす者はそうはいない。

 

 地竜をも凌ぐ速度で駆けるレインが向かう先は彼女の祖父や祖母が暮らしているゾルダート領である。ゾルダート家が治めるその場所へは王都から街道で一本道、竜車で約二日で到着する。ちなみにレインの足で一日だ。

 彼女は家族と喧嘩したりすると度々家を飛び出しゾルダート領へと駆け込む。家といっても王都にあるのは別邸でゾルダート領にあるのが本邸なのだが。

 今通っている場所も何度も通った道であり、引ったくるように取ってきた神剣も持ってきているため心配する事などない。これまでも魔獣と遭遇した事はあったが、素手であっても簡単に撃退してきている。

 

「喉乾いた……」

 

 いかに常人離れした身体能力を発揮しようとも五歳の少女。腹も減るし喉も乾く。まだ昼を過ぎたばかりであるため腹が減る時間ではないが、時間など関係なく喉もは乾くものだ。

 

 レインは道中にある村に立ち寄った。

 急に飛び出してきたため路銀の持ち合わせはない。ゆえに水分補給は公共に開放されている井戸の水で済ませる事になる。

 井戸からバケツを引き上げ、一気に口に流し込む。王都のような都会とは違って魔石を使わない水であるため細菌などが住み着いている可能性もあるが、『戦神』のハイスペックボディに細菌の攻撃は通じない。実際レインはこれまで病気の類にかかった事はない。

 

「お嬢ちゃん、一人か?」

 

 バケツの水に映る自分の顔を見つめていると、一人の中年の男性がレインに声をかけた。

 

「ん、一人」

 

 その男とレインは初対面だった。

 王都やゾルダート領内ではレインの顔は有名であるため一人でいたからといって心配して声を掛けられる事はない。だが、このような村や辺境の町ではこのように声を掛けられる事がある。

 

「親は一緒じゃないのか?」

 

 大抵このように声を掛けられる。そんな時はこう言ってやるのだ。

 

「大丈夫」

 

 今はちょうど戦神の剣を持っている。いつもなら何かスパッとやってやるなどして実演してやるのだが、今回は背中の剣を指差す。

 

「そりゃあ、もしかして」

 

「『戦神』の家系、レイン・フォン・ゾルダート」

 

「こりゃ、驚いた。その真っ黒い剣が戦神様の剣でお嬢ちゃんは戦神様のとこの子どもか。なら心配はいらねぇな。ま、気ぃつけな」

 

 男は笑って手を振りながら去って行った。

 実は以前全く同じ場所で声を掛けられた事がある。その時は神剣モルテを持っていなかったため、転がっていた大岩を真っ二つにすることで自身がただの少女ではない事を証明した。断面がツルツルとしたその大岩は井戸の側に今も転がっている。

 

 喉を潤したレインは村を後にした。

 そして相変わらずの速度で街道を駆け抜ける。ゾルダート領まではまだ距離があるが、明日までには到着する。そうして見慣れた場所を走るが、その途中レインは異変を感じた。

 何かがあるような。

 何かがいるような。

 そんな気配のようなものを感じた。

 

「……え」

 

 気付いた時には視界が悪く、遠くが見えなくなっていた。思わず立ち止まり、周囲を見渡す。視界を塞いでいたのは白い霧だった。

 どうして。

 今までこんな事はなかった。

 

 不気味だった。とにかく不気味だった。

 レインは早々に立ち去ろうと足に力を込めた。その瞬間、

 

「――レインちゃん?」

 

 声がした。

 何度も聞いた事のある声だった。

 

「ラインハルトの、お婆さま……?」

 

 声が聞こえてきた方向へ顔を向けるとそこには騎士服に身を包んだテレシア・ヴァン・アストレアがいた。

 

「どうしてここに……」

 

「――おや、このような場所に子どもが一人。可愛らしい子羊が迷い混んでしまいましたか」

 

「……ッ!?」

 

 レインを挟んでテレシアと反対側、霧に姿を暈かれ僅かに覗いたのは一人の少女。長い白金の髪を持ち、体を覆うのはただ大きな布一枚のひどく場違いな可憐な少女だった。

 その少女を前にレインは無意識に一歩、テレシアの方へ下がっていた。背中に提げた剣へ手を置くとその手はガタガタと震えていた。

 少女が何かをしたわけではない。何かをしてくる様子もない。だが、レインの直感が危険だと警鐘を鳴らしていた。何が、とか具体的に分かるわけではない。ただ、逃げろと頭の中の鐘がうるさいほどに鳴り響いていた。

 

「逃げて。レインちゃん、早く!」

 

 震えて呆然と立ち尽くすレインを庇うようにテレシアが前に出る。しかし、未知の相手、それもこれまで感じた事のない恐怖を纏った少女の存在に圧倒され、その場に釘付けになってしまう。

 

「あ……ぁ……」

 

 逃げようとしているのに体が動かない。

 一体何に怯えているのか分からない。何もされていないはずなのに、どうして。

 

「怖がられてしまいましたね」

 

 少女が一歩レインたちに近付く。

 レインはパニックを起こして動けず、そんな様子の彼女を背に庇っているテレシアも下手に動けなかった。

 テレシアもこの少女がただの幼い少女だなどとは思っていない。今この周辺では三大魔獣の一つ白鯨の討伐作戦が行われていた。それでなくともここは周囲に何も無い街道のど真ん中だ。レインは別としてこのような場所にただの子どもが一人でいる事はない。

 テレシアの第六感も目の前の少女が危険だと言っている。

 斬り掛かるか、それとも、とテレシアが動きあぐねている間にも少女は一歩、また一歩と近付いてくる。

 

「――レイン。お前ちょっと走るの速すぎ」

 

 その時、レインが知る中で最も強い剣士が遅れて登場した。

 

「父、さん……」

 

「アレンくんまで、どうしてここに!? 貴方はフォルド様のご息女の捜索任務中だったはずじゃ」

 

「いやね、こいつが飛び出したのはいつもの事なんですが今回は嫌な予感がして。捜索隊の集合まではあと一時間ある。で、案の定来てみればこれだ」

 

 レインの父であるアレン・フォン・ゾルダートはレインの背中から神剣モルテを抜くとそれを構えて二人の前に出た。アレンが構えるモルテは眩い光を放っている。その本来の能力を発揮するという合図である。

 

「これはまずいな」

 

 モルテが本来の能力を発揮するという事は相手はそれ相応の強者という事になる。平常時は触れる事すら拒絶されるこの剣が手に馴染む。普段ならば興奮して小躍りでもするところだが、今は背後に守るべき者がいる。ふざけられる状況ではない。

 

「テレシアさん、あんたはレインを連れてこの霧から出てくれ。こいつは俺が」

 

 ただならぬ空気を感じ取っていたテレシアはすぐに頷きレインを抱えてその場を離れた。

 

「ヴィルヘルム! 隊の被害は!?」

 

 霧の中から脱出する道中、テレシアは同じく白鯨討伐隊に加わっていた夫のヴィルヘルムに声をかけた。

 

「ほとんど壊滅状態だ! このままでは全滅する!」

 

 討伐隊は序盤、白鯨に対して優勢だった。『剣聖』である、否、つい先ほどあの謎の少女と遭遇するその瞬間まで『剣聖』であったテレシアに加えて元近衛騎士団団長の『剣鬼』ヴィルヘルムまでもが参加していたのだ。当然といえば当然と言える。

 だが、それはテレシアが分断された事により崩れた。テレシアとヴィルヘルムの二人を主軸とした陣形はそのうちの片方が欠ければ万全には機能しなくなった。それに加えて白鯨の行動パターンが突然変化したのだ。

 テレシアを欠いた状態では完璧に対応する事は叶わず少しずつ兵士が減っていき今に至る。

 

「撤退よ。もう白鯨も落とせないし、新手が現れたわ。今はアレンくんが足止めしてくれている」

 

「なに!? 何故あいつがここに」

 

「飛び出していったレインちゃんを追いかけてきたみたい。それよりも早く撤退を」

 

 指揮任されていたヴィルヘルムが撤退を指示し、生き残っていた討伐隊はすぐに霧の中から脱出した。

 

「生き残ったのはこれだけか……」

 

 ヴィルヘルムが悔やむ中、レインは抱かれたままテレシアの騎士服を強く握っていた。

 数分後、テレシアとヴィルヘルムがアレンの援護に向かおうとすると、霧の中から黒光りした剣を握ったアレンが文字通り飛んで来た。

 

「父さん!」

 

「いてて、やっぱこいつを普通に扱えるのはレインだけだな」

 

 既にモルテの眩い輝きは失われていた。アレンは神剣をレインの背中の鞘へと収めるとテレシアからレインを受け取った。

 

「アレンくん、さっきの相手は?」

 

「追い払った……っていうか消えたんですよ。白鯨も最後にデカイのかましてどこか行ったし」

 

 一先ず脅威は去った。それを理解したレインは全身から力が抜けた。

 

「怖かった……怖かったよぉ!」

 

「おー、よしよし」

 

「アレン、お前には大切な任務があったのではなかったか?」

 

「団長……いや、今は俺が団長か。だから捜索隊の集合は一時間後……ヤバい! 俺の足じゃ一時間で戻れん!」

 

 アレンは急に焦り始め、レインを地面に立たせた。

 

「王都まで急いで担いで行ってくれない?」

 

「…………」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 時は過ぎ、齢が十を超えたレインはアレンが団長を務める近衛騎士団に所属していた。

 

「急に呼び出して、何か用?」

 

 近衛騎士の証である白いマントを付けた騎士服を着たレインが訪れたのは団長室、つまりはアレンの執務室だ。

 

「ヴォラキア帝国の使者がお前をご指名だ。なんでも「この前の続き」を所望しているとか。セシルス・セグムント、この名前に聞き覚えはあるだろ?」

 

「セシルス・セグムント……」

 

 そこで聞かされた名前、その名には聞き覚えがあった。それは忘れるはずもない、初陣での出来事だ。

 ヴォラキア皇帝との対談の為にヴォラキア帝国へ賢人マイクロトフの護衛として訪れた時の話。レインが同行する事になったのはヴォラキア皇帝からの申し出によるものであり、断る事も出来なかったために彼女はヴォラキア帝国へと赴いたのだ。

 それだけならば何の問題もないが、その時、問題は起こってしまったのだ。

 何者かがヴォラキア皇帝の座を奪うべく反乱を起こした。その途中でレインが剣を向け合った相手がヴォラキア壱の将、青き雷光セシルス・セグムントだった。 

 

「一応、練兵場は空けてる。レインの準備が出来たら相手してやれ」

 

 アレンは考える様子もなくそう言うと作業机の書類へ目を落とした。

 自分の娘でありながら躊躇いも心配する素振りもない。だが、それも仕方がないというものだった。

 そもそもアレンはレインが世界最強の人間だと疑っておらず、彼女がヴォラキア帝国を訪れた際、数々の将と対峙し勝利を納めたという報告を受けていたのだ。その将の中の一人の相手をする程度では相手の心配こそすれ、レインに対して心配する事などなかった。

 

 レインが退出するのを見送り、アレンは自らの目で娘の勇姿を見るために手早く雑務を終わらせようとペンを走らせた。

 

 今の何気ないやり取りを後悔する事になるとは知るよしもなく。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 執務を終わらせ、軽い気持ちで練兵場を訪れたアレンはすぐに不穏な空気を感じ取った。

 ルグニカ王国に代々遣える最強の家系『戦神』とヴォラキア帝国最強の剣士の戦いだ。観客席は既に満員で立って見物している者も多い。

 だが、ほとんどの者に当てはまるのは楽しんでいるのではなく不安を抱いているという事。

 

 そしてその理由は中央で戦っている二人へ目線を下ろす事ですぐに分かった。

 

「な……」

 

 押されているのだ。あのレインが。

 光を帯びた神剣を握ってなお、押されているのだ。

 

 立ち止まり神剣を構えるレインの周囲を雷光が走っている。それは大袈裟でもなんでもない。未だ『戦神の加護』を宿すアレンの目を持ってしても雷光、或いは人智を超えた剣戟の残像としか認識出来ないのだ。

 縦横無尽に駆け回る青光がレインへと殺到し、一つが通り過ぎる度に赤い鮮血が飛ぶ。

 

「『村正』と『正夢』を持った僕の猛攻を防ぐとは、流石は戦神殿!」

 

 観客たちを含めた静寂を破ったのはレインと対峙するキモノ姿の青年だ。その両手にはそれぞれ赤と青の魔剣が握られている。

 

「ならば、これならばどうですか!」

 

 一瞬、立ち止まったかと思えば、次の瞬間にヴォラキアの剣士セシルスの姿は掻き消えた。

 

 そしてアレンが見たのは宙を舞う神剣と無残にも肘から上を切断されたレインの右腕だった。

 

「い……ああぁぁあ!?」

 

 片腕を失った少女の絶叫が木霊する。

 ほとんどの観客たちは目を逸らし、所々から悲鳴のようなものが上がるが、それを上回るレインの叫びが鼓膜を貫いた。

 

「さしもの戦神殿も武器とそれを持つ腕を失ってはなす術もないでしょう。では、ここに僕の雪辱は相成った! その腕はそちらの半獣の美人さんに――」

 

 蹲るレインへ向けてセシルスは勝利の宣言。

 半獣の美人とはフェリスの事だろう。確かにフェリスの治癒魔法の腕前ならレインの千切れた腕をくっ付ける事も出来る。

 だが、今はそれよりもアレンは父親として駆け寄ろうとした。

 

『アアァァアア!!』

 

 その時異変は起こった。

 獣のような甲高い咆哮が響き、観客席の最前列にいた者たちが倒れ始めたのだ。

 

「ちょっ!? なんですなんです? もしかしてここからが本番とか?」 

 

 目の前にいるセシルスは何食わぬ顔で立っているが、アレンはまずいと思った。

 元々レインは常人を遥かに超えたマナ収集能力を持っていた。戦闘において発揮される超身体能力はつまるところこれに頼る部分が大きい。

 今はそれが目に見えて暴走している。

 

「いいですよ! 一度倒したはずの敵が強くなって再び立ち塞がる。むしろ好き!」

 

 セシルスは二刀を構え、咆哮を止めたレインの姿が消える。

 そして直後、轟音と共に二人の姿が露になり、そこで見えたのは先ほど切り落とされたはずの右手の拳を突き出しているレインとその拳を魔剣で正面から受けているセシルスだった。

 

「おや!? 『村正』と『正夢』を素手で正面から受けて無傷の人なんて初めてですよ!」

 

 今の一撃で倒れた観客が増えた。

 レインが魔剣を素手で受けた事自体は特に問題はない。剣の家系である『剣聖』とは違い『戦神』は戦いそのものの家系だ。故に例え得物が何であろうと、無手であろうとも殊戦闘においてはそれが障害となる事はない。

 

 だが、問題は遠目からでも分かるほどの最上の妖刀を少女の細い腕で受け切り、更に押すために必要なマナが観客からも吸い取られているという事だった。

 

「やめろ! 二人共、もう終わりだ!」

 

 アレンは叫ぶが、二人には聞こえていない。

 もう既に被害が出ているが、これ以上放置していては大惨事になる。

 アレンは観客席の間の通路を駆け下りる。その間にも拳と魔剣がぶつかり合い、その度に観客たちが倒れる。

 

 そしてそれはアレンが二人の間に飛び入るまで続いた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 街の開発が進み、現在王都では昔のように花が咲き誇る花畑のような自然はほとんど無いに等しい。四十年ほど前に見られた視界の一面を覆い尽くす自然の花園は存在しない。

 

「うん、いい感じに育った」

 

 朝日が登った頃、一人の少女が水を撒く。暑さ対策のためではない。一面に咲き誇る黄色の花たちに水を与えているのだ。

 自然に咲いた花ではない。少女が敷地内に自ら種を撒き育てたものだ。

 

「レイン、今日も早いね」

 

「ラインハルトこそ」

 

 水を巻いていた少女――成長したレイン十八歳は同じく成長した親友ラインハルトの姿を認めると塀へと腰掛けた。そして太腿に肘を置き、頬杖をつきながらラインハルトへいたずらっぽい笑顔を向ける。

 

「ねぇ、ラインハルト」

 

「どうしたんだい?」

 

「花は、好き?」

 

 実はこの花床、これを言いたいがためだけに育てたものだったりする。

 

「好きだよ」

 

 だが、返ってきた言葉はレインが期待したものではなかった。

 

「むぅ……」

 

「お祖父様のように嫌いだと言った方が良かったかな? でも僕は君に嘘はつきたくないんだ」

 

「バカ」

 

 爽やかに赤い髪を揺らすラインハルトへ紅い目でジト目を向けた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「遅い」

 

 王都にある大きな噴水、その前で騎士服に身を包んだ青い髪に目を紅く光らせるレインが唸った。

 遅いというのも彼女はある人と待ち合わせをしているのだ。その人物とはこの国の未来の王を決める王選に参加する一人、エミリアだった。というのもやりたい事以外あまり自分から動こうとしない彼女を見かねた父アレンが働き手として勝手にエミリア、ひいてはその支援者のロズワール・L・メイザースへ話をつけたからだ。

 顔合わせは以前、既に済ませているが実際に騎士として合流するのは今日が初。普段は自分と変わらないぐらい怠け者の父に尻を叩かれて約束の時間よりも早く家を出たのだった。

 ちなみに約束の時間までまだ時間がある。

 

「ちょっとぐらい良いわよね」

 

 特にする事も無いが、ただ突っ立っていても暇なだけなのでレインは街を適当に歩く事にした。非番の日に街中を見回っているラインハルトと会えるかもしれないという思惑も無いわけではない。というかそれしかない。

 

 ラインハルトは『剣聖』としてよく知られている。ゆえに歩いている人々に聞けば大体の足取りは掴む事が出来る。レインも『戦神』として知られているのでほとんどの人に驚かれるかビビられるが。

 そうしてラインハルトの行く先を調べたレイン。ストーカーとか言ってはいけない。

 

「ラインハルト、わぁ偶然」

 

「今日はよく会うね。エミリア様との約束はいいのかい?」

 

「エミリア様と約束あるって言ってたっけ?」

 

「ふふ、君の事なら何でも知ってるよ」

 

 ラインハルトもラインハルトだ。結局どっちもどっちだったりする。

 

「エミリア様はまだ来る気配ないから大丈夫。それより一緒にお散歩しない?」

 

「いいね。僕もそう言おうとしていたところだよ」

 

 言うが早いか二人は同じ方向へ向かって歩き始める。いつの間にかレインはラインハルトの腕に抱き付いていた。

 

「何か食べる?」

 

「そうだね、ちょうどそこに果物屋がある。リンガでも食べようか」

 

「うん!」

 

 本当に果物屋をやっているのかとつい思ってしまうような厳ついスカーフェイスの男が経営している店で二人はリンガを二つ買った。

 

「あのー、お二人さん。店の前でそういうのは困るんですが……」

 

 店主の言葉でラインハルトの口へいつの間にか切り分けられたリンガを運んでいたレインの手が止まった。

 

「む……けち」

 

「いやいや、無茶言わんで下さいよ」

 

 客が寄り付かなくなるからと追い払われた二人は街の散策に戻った。二人がいた方がむしろ注目は集まりそうなものだが、少し離れたところからの見物人が増えるだけで客は増えないらしい。ちなみに二人がいてもいなくても客はほとんどいない。

 

「そろそろ約束の場所に向かった方がいいんじゃないかい?」

 

「んー、ラインハルトも一緒に来ない? ほら、エミリア様もラインハルトがいた方が安心だと思うし」

 

「魅力的な提案だけど、残念ながら僕の一存では決められないよ」

 

「私も頼んでみるから、ね?」

 

「衛兵さーーん!! 助けて下さーーい!!」

 

 戦力でエミリア陣営がものすごい事になってしまう提案をしていると、どこからか助けを求める声が聞こえた。

 

「その話はまた後だ。行こう」

 

 すると趣味の人助けが発動し、ラインハルトはレインを置いて声が聞こえてきた方へそそくさと歩いて行ってしまった。

 

「むぅ……」

 

 追いかけないという選択肢は無いため、レインも少し遅れてラインハルトの後を追った。

 そして角を曲がって裏路地に入ったところでラインハルトは足を止め、レインは背中から顔だけ出した。

 

「そこまでだ」

 

 二人の前では一人の青年と三人の青年が向かい合うように立っていた。三人組は手に刃物を持っており、一人の方の青年が希望に満ちた目でラインハルトを見ている。助けを呼んだのは恐らくこの青年だろう。

 

「ま、まさか……」

 

 三人の青年の顔が青くなる。そして三人を見たレインの目がキッと細められるのを見て更に蒼白になる。

 

「なに? ラインハルトと私の大切な大切な時間を奪うつもり?」

 

「僕と彼女も含めて三対三だけど、まだ続けるかい? あまりオススメはしない。彼女は怒ると怖いからね」

 

「『剣聖』ラインハルトと『戦神』レイン!? じょ、冗談じゃねぇ!」

 

 レインが脅し、ラインハルトが参戦の意思を見せるとチンピラ風の三人組は地竜も斯くやという速度で走り去ってしまった。

 

「穏便に済んでくれて良かった。怪我は無いかい?」

 

 ラインハルトが声をかけると残った青年ははっとしたようにピンと背筋を伸ばした。

 

「この度は命を救っていただき、心からお礼申し上げる。このナツキ・スバル、その御心の清廉さに感服いたしますれば……」

 

「そんなにかしこまらなくても構わないよ。きっと彼らもレインの眼力に恐れをなしたんだ」

 

「あ、えっと、ラインハルトさんでいいっすか?」

 

「呼び捨てで構わないよ、スバル」

 

「さらっと距離詰めてきた……って、なんかお連れのレインさん? がめっちゃ睨んできてるんだけど、噛みつかれたりしない?」

 

 ラインハルトが振り返ると、レインがガルル! と威嚇していた。

 

「こらこら。悪いね、スバル。この子は人見知りなんだ」

 

「人見知り……あ、いや、改めてありがとう。助かったよ。このまま誰も来なかったらどうしようかと」

 

「……話長い」

 

 スバルがラインハルトにお礼を言っている途中でレインがぶった切った。

 ラインハルトに頭をポンポンされた事によって眼光レベルはジト目にまで下がっているが、溢れ出す不満という名の黒いオーラは隠しきれていなかった。隠す気などなさそうだが。

 

「無事で良かったわ。これに懲りたら一人でこんな所に入らないように気を付けて。じゃあね」

 

「あれ、いつの間にか話終わってる!?」

 

「すまないね、どうやらここみたいな暗い場所は好きじゃないみたいだからもう行くよ」

 

 レインに袖を引っ張られ、ラインハルトは短く別れの言葉を言ってその場を後にした。

 

 

「チンピラの方は仕方ないにしてもスバルにまで睨みを効かせる必要はなかっただろう?」

 

「……エミリア様との約束の時間に遅れるし」

 

「ああ、そう言えばそうだったね」

 

 取って付けたような言い訳をしてレインはラインハルトの手を取って約束の場所へと向かった。

 約束の場所として指定された噴水はかなり大きめの物であり、噴き上がる水の最高到達点は十メートルを超える。離れた場所からでも分かりやすいこの場所は平常時ならば人が集まりやすい。王国最高戦力の二人がいる事で人の集まりは少ないが、それでも目立つこの場所に来ようとして迷う事はないだろう。

 エミリアを待つ間、二人は談笑して過ごした。

 

 

 そして日が暮れた。

 

「……遅くない?」

 

 人通りも徐々に少なくなり、溢れる明かりも天然のものから人工的なものに変わり始める。約束の時間はとっくに過ぎている。

 

「もしかすると何かあったのかもしれない」

 

「どうしよう。エミリア様がどこにいるかなんて分からないし……あ」

 

 エミリアが方向音痴だという情報は聞いていないし、この場所を指定したのもエミリア側だ。迷ったという可能性は考えにくい。となれば早急にエミリアを探す必要が出てくるのだが、レインにはその手段がない。

 とそこまで考えたところである事を思い出した。

 

「どうしたんだい? 急に僕の顔を見つめて」

 

 ラインハルトに許された唯一無二の異能。

 それを知っているレインは満面の笑みで言った。

 

「人探しの加護!」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 レインの要望で新たに授かった人探しの加護によってエミリアの居場所を突き止めた二人は貧民街へと向かっていた。この加護は人に対してのみ有効であるが、捜索の対象にした人間の大まかな状態も分かるらしく、二人は普通に走って向かった。緊急事態ではないと判断した為だ。

 

「もー、時間も守らずに油売ってるとか信じられない」

 

「この感じ……そこの蔵で間違いない」

 

 しばらく貧民街の真ん中を走り、たどり着いたのは周囲の建物よりも一回り大きな蔵だった。

 立ち止まったレインたちの前にあるのは分厚い扉。古びてはいるが、金属でできているらしいその扉は確かな重圧感を持っている。鍵がかかっていたとしても無理やり開ける事は出来るが、

 

「開いてる」

 

 物騒な事を考えながらレインが取っ手を引っ張ると抵抗無く扉は動いた。

 

「エミリ――」

 

「うわっ!?」

 

 扉を開けると同時に中から小柄な少女が飛び出し、エミリアがいるか覗き込もうとしたレインにぶつかり尻もちをついた。

 

「大丈夫?」

 

 倒れた軽装の盗賊風な少女に手を差し出す。

 その瞬間、薄暗い蔵の中で何かが月の光を反射した。

 

「……なんのつもり? この子を殺す気?」

 

 レインが蔵の奥を睨み付ける。その手には四本ものナイフが握られていた。

 

「あら、新しいお客さん。歓迎するわ。そろそろこの子たちとのダンスにも飽きてきたところなの。貴女は私を楽しませてくれるのかしら?」

 

 そう言ってレインに狙いを定めたのは黒髪に黒い装束、刀身が途中で折れ曲がった大型ナイフを持った女だった。

 

「この特徴は、なるほど。腸狩りか」

 

「腸狩り?」

 

「特徴的な殺し方からついた異名だよ。王都でも名が上がっている」

 

 レインに続いてラインハルトも入室。少女にナイフを投げつけた下手人の正体を看破した。

 

「そう。エミリア様、無事ですか?」

 

「レイン!? どうしてここに?」

 

「それはこっちの台詞」

 

「それよりも大変なの! その女の人がすごーく強くて、私たちは襲われてて」

 

 言葉足らずのエミリアの説明でレインは大体の状況を把握した。理由など全く分からないが、今すべき事は分かる。

 

「レイン……『戦神』レインね。となるとそちらの彼は『剣聖』ラインハルトかしら。素敵だわ。今日一日でこんなにも楽しい相手と巡り会えるなんて」

 

「投降した方がいいと思うわよ。私、手加減するのが下手らしいから」

 

 エミリアの騎士として初めての仕事がこれとは皮肉な話だ。

 

「最高のご馳走を前に餓えた獣が我慢出来るとでも?」

 

「――――」

 

 レインの顔に僅かに影が落ち、ラインハルトは素早く避難してきたスバルと少女、そしてエミリアを背に庇う形で戦いの行方を見守った。

 

 腸狩りが重心を落として突貫。俗にククリナイフと呼ばれる武器をレインに向かって振りかぶる。その一振りが人間一人を易々と冥土に送るほどの威力を秘めている。

 しかし、その剣撃は一滴の血も吸わぬまま停止する事になる。窓から射し込む月明かりに照らされた刃が白く細い二本の指に挟まれている。

 馬鹿げた話だ。徒手空拳と刀剣持ちではどちらが有利かなど子どもにでも分かる。ましてや正面からぶつかればどちらが勝つかなど自明の理。その常識が今、赤子の手を捻るように、意図も容易く覆されていた。

 

 得物を取り返すのを諦めた腸狩りが一旦距離を取ろうとするが、遅い。既に握られた拳が頭上へと迫っていた。

 腸狩りの後退が止まっていると感じてしまうほどの速度で振り下ろされた拳は脳天を正確に捉え、一直線に床へ振り抜かれる。だが、腸狩りの体は床では止まらず、硬いタイルを貫通し更に下へ。床下、地面の土をも押し退けて沈む。

 

 蔵に残ったのは静寂。それと人間一人がすっぽりと収まる地底へ続く穴だった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「――以上だ。解散してくれていい」

 

 ルグニカ王国最高の剣、近衛騎士団が出動するほどの事態はほとんど存在しない。王国には近衛以外にも下位に様々な騎士団がある。大抵の事はそれらの騎士団の力で解決される。

 故に近衛騎士団の面々が一同に会すのは専ら定例集会のみである。

 団長アレン・フォン・ゾルダートの声に騎士たちは靴を鳴らして敬礼。その後それぞれの目的地へと向かって去っていった。

 

 レインはこの集まりが好きではない。その理由は周囲の人間が彼女を見る目を見れば分かる。

 現在ではかなり改善されてきているが、その目に宿るものは恐怖や畏怖。全員が全員そういう反応をするわけではない。だが、悲しい事に人間の感情というものはすぐに態度に出てしまう。

 現に今、レインの歩く先にいた騎士が逃げるように道を開けた。

 こうなった事に理由はある。詳細は省くが数年前の出来事、レインとヴォラキア帝国の剣士セシルス・セグムントの戦い。それが原因だった。

 始めはただの剣の打ち合いだった。

 だが、それはレインの片腕が切断された事によって終息し、そこから始まったのは狂戦士と化したレインの戦いと次々に人が倒れる怪奇現象だった。

 本来ならセシルスと素手で打ち合う事にそこまでのマナは必要ではない。加えて言えば、そもそも素手で戦う必要すらなかった。

 簡単な話、彼女は未熟だったのだ。

 生まれたその瞬間から加護を授かり、天から愛された体質だった。だが、その代償として対等な相手がいなかったのだ。技術で負ける相手は存在するかもしれないが、それも純粋な力の前では無意味。例えば身近に彼女と同じような超人がいれば互いに研鑽する事で力の制御も完璧に出来るようになっていたかもしれないが、残念ながら幼い彼女の周りにそれだけの人間はいなかった。

 

 しかし、その場に居合わせたのは生まれた時から平和な世界で生きる若き騎士たち。更には彼女の姿を初めて見、声を初めて聞きいた者たちばかりだ。そんな事情を知るはずもなく、化け物のような彼女にどんな感情を抱くかなど火を見るより明らかであった。

 

「…………」

 

 あるいはその後、騎士たちとの仲を深めていればこんな事にはならなかったかもしれない。だが、それも全ては無意味な仮定。何かおぞましいものでも見るような目を向けてくる者と積極的な関わりを持つ事は、レインには出来なかった。

 

「ラインハルト」

 

「そんな顔をして、どうしたんだい? さっきの人たちの事なら気にする必要はないよ。彼らは君の魅力を分かっていないだけなんだから」

 

「うん……」

 

 堅苦しい集会から解放された赤毛の青年は俯く青髪の少女を恥ずかし気もなく正面から包み込むように片手を背中に、もう片方の手を頭に置いた。

 

「わー、お二人さんお熱い」

 

「そうからかうものではないよ。フェリス」

 

 そんな二人を取り囲むのは同じく近衛騎士団に所属している猫のような大きな耳を頭から生やしている少女と見紛う、しかしれっきとした男であるフェリックス・アーガイルと紫髪を揺らしながら優雅に振る舞うユリウス・ユークリウスであった。

 

「ほら、こうしてこの二人はレインの事を分かってくれているだろう?」

 

「うん」

 

「むーん、面白くにゃーい」

 

 ところが茶化すフェリスの声も何のその。そんな事で怒ったりはしない。むしろ歓迎だった。

 レインにとってこうして臆せず話してくれる人間はありがたい存在だ。例え怖がられないとしても気軽に話せる人間はほんの数人程度。更にこの二人はラインハルトの次に親しく、仕事以外でも付き合いのある友人でもある。

 

「この後、レインは僕の屋敷に来る予定なんだけど、二人も一緒にお茶でもどうだい?」

 

 

 アストレア家が所有する屋敷で四人がテーブルを挟む。長方形であるため、レイン、ラインハルトの二人とユリウス、フェリスのあるが向かい合うように座っている。

 話題はレインがエミリア陣営に馴染めているかというものになっていた。

 

「最初は心配だったけど、みんな優しいからすごく楽しい」

 

「それは良かった。実を言うと僕も心配していたんだ」

 

 もちろん王選に関わるような他陣営に言えないような内容にはならない。この四人は全員違う陣営に所属しているからだ。友人との交流で後々面倒な事になるような発言はしない。

 

「エミリア様のとこの人たちがちゃーんとレインの可愛さが分かる人たちで良かったよネ。ユリウスみたいにビビったりしなくて」

 

「……確かに初めて会った時の事、否定はしない。しかしその人柄を知った今ではそんな事はない。あの時の自分は愚かであったと反省する日々だ」

 

「もう、ユリウスったら真面目ー!」

 

 レインの初陣の日、その場所にユリウスも一人の騎士として同行していた。そして人外の戦闘を見、何も知らなかった彼は他の騎士同様恐怖を覚えたが、言葉を交わし精霊術の指南までもする間柄になった今ではレインはただ力が周りよりも強いだけの少女だと知っている。

 

「すまない、少しだけ席を外すよ」

 

 使用人らしき人物がラインハルトに耳打ちすると、彼はそう言って席を立った。肩にもたれかかっていたレインはバランスを崩して倒れそうになった。

 

「でもホント良かったよネ。もしエミリア様のところでもあんな感じだったらと思うと」

 

「うん。こんな私を受け入れてくれたエミリア様には感謝してる。ラムやレムも普通に接してくれるし、ラムはこき使ってくるぐらい。あ、ラムとレムっていうのはエミリア様がいるロズワールの屋敷でメイドとして働いてる子で……」

 

 話はラインハルトが戻ってくるまで続き、それから少ししてフェリスとユリウスの二人は帰っていった。

 その後、着替えを持って来るのを忘れたレインがラインハルトの服を借りて興奮したりフェルトに嫌な顔をされたりと、様々な事がありながら夜は更けていった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ロズワール邸での生活は決して悪いものではなかった。

 屋敷にいる人間でレインに怪物を見るような目を向けてくる者はいなかった。朝はラムに叩き起こされ、最近は屋敷で働く事になったスバルと共に家事を手伝っている。裁縫ではスバルに負けるが、料理の腕では勝る。と、レインは思っている。

 エミリアも臆するどころか年下の子どものように可愛がってくれていた。頭を撫でられた事も両手の指に収まらない。姉というものがいたらこんな感じなのだろうか。そう考えた時もあった。

 だから――

 

「銀髪の半魔は語り継がれる嫉妬の魔女の容姿そのもの。見ているだけで気分が悪い。そんな者をなぜ玉座の間に迎え入れられる」

 

 吐き捨てられたボルドーの言葉に相手が賢人会の人間だという事すら忘れ、レインはその身に宿る剣気を爆発させた。

 突如として発生した圧倒的な力の奔流に晒された近衛騎士たちは身をすくませ、経歴の浅い者はその圧に耐えられず膝を折った。

 

「貴様……! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」

 

 そして剣気を向けられた当の本人は流石元武人と言うべきかレインを睨み返した。若干腰が引けているようにも見えるが、かつて先代『剣聖』と戦場で肩を並べた経験は伊達ではないという事だろう。

 

「みんなで寄ってたかって、もうやめてよ……」

 

 だが、その常人ならざる威圧感の中心にいるレインの声はひどく悲しげで、消えてしまいそうだった。

 エミリアに対して心ない言葉を投げたのはボルドーが初めてではない。これまでにも騎士たち、文官たち、果てには同じ王選参加者であるプリシラまでもがエミリアを半魔と蔑み、謂れのない理由で嘲り、貶める。

 

「エミリア様が、一体何を……っ!?」

 

 ただ容姿が似ているというだけで。本人が何かをしたわけでもないのに。

 理不尽に嘆くレインの身体が真横に吹き飛んだ。

 

 剣気の暴力が消え去った事で注目が集まった中心には握った拳を振り切った体勢の男がいて。頬を押さえたレインとその視線の先にいる男の間にラインハルトが割り込む。

 

「団長、どういうおつもりですか」

 

「分かるだろ、騎士ラインハルト。この場であれは相応しくない」

 

 レインを殴った男、父でもあるアレンはラインハルトの敵意の籠った視線を切り捨てた。

 

「ハインケル! こいつを頼む」

 

 そしてアレンの声に応えるように騎士団最前列にいた一人の男がレインの元へ歩いてくる。赤い髪をボサボサに伸ばした青い目を持つラインハルトと似通った特徴。それもそのばす、それはラインハルトの父ハインケル・アストレアであった。

 

「お前な……いや、分かったから睨むな」

 

「睨んでないだろ」

 

 鋭い眼光に怯みながらハインケルはレインを連れて玉座の間を後にする。背後からの「相応しくはないが、間違いではない」というアレンの声を合図に分厚い扉が閉じ、レインは外の世界へと閉め出された。

 扉の外側で待機していた衛士が何か言おうとするのをハインケルが手で制し、レインはハインケルが歩く後ろをただ無言でついて歩く。

 しばらくして見つけたベンチにハインケルは腰を下ろし、レインも促されてその横に座った。

 

「まぁ、なんだ。俺もあいつもどっちが悪いかなんて分かってる。立場上団長としてあいつはああするしかなかったが、騎士が主を侮辱されたら怒るのが当然だからな」

 

 ハインケルはラインハルトの父親であり近衛騎士団副団長だ。その部下でもあり普段ラインハルトとよく接するレインの事は気にかけている。

 

「…………エミリア様にも避けられるようになったら……私は……」

 

 しかし、レインが俯いている理由はハインケルが思っていたものと違ったようだった。処罰がどうなるとかそういう理由ではなく、落ち着いて冷静になった今、あの一幕によって主であるエミリアの接し方が変わってしまうのではないかという不安が溢れてしまったのだ。

 

「あー、断言は出来ねぇが多分大丈夫だ」

 

「…………」

 

「アレンの奴は何度もエミリア様と会合してたからな。その上でお前を預けるに足りると判断したんだ。あの程度で態度を変えるようならそう簡単にお前を送り出したりしねぇよ」

 

「ハインケルさんは、なんでそんなに私に構ってくれるんですか。怖くないんですか……?」

 

「見くびってもらっちゃ困る。確かに俺から見ればお前は化け物みたいなもんだが、忘れてないか? 俺の周りには化け物がいっぱいいる。親父やお袋の時点で俺にとっては天上級のバケモノ剣士。もちろんお前の親父もだ。そういうのには慣れてる」

 

 ハインケルは「まぁ、あれだ」と付け加えながらレインの肩に手を置いた。

 

「ビビってる奴は放っておけばいい。ちゃんと見てる奴は見てくれてるんだからな」

 

 そう言うとハインケルは席を立ち、「ったく、柄にもない事を……」と呟きながら歩き去っていった。

 

 数刻の後、レインはエミリアと合流し、半泣きの状態で謝ったのを受け入れられ、宿へと向かった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ロズワール邸での日々は、とても温かかった。

 

『指切ったー! レインさん、治癒魔法プリーズ! プリーズ!』

 

 いつもその場を盛り上げたスバル。

 

『この部分を縫う時はこうすれば良いんですよ』

 

 裁縫の事を手取り足取り教えてくれたレム。

 

『馬鹿ね。蒸かし芋でラムに勝とうなんて百年早いわ』

 

 自分の当番ではない家事まで手伝ってくれたラム。

 

『怖がらなくてもいいの。ここにいるみんな、あなたの味方だから』

 

 良い所も悪い所も全て包み込んでくれたエミリア。

 

 楽しかった。本当に楽しかったのだ。

 掃除、洗濯、買い出し、料理、ちょっとした会話でさえ、心の底から笑って過ごした。

 自分の居場所。それを見つけた気がした。騎士団とは違う、ありのままの自分を受け入れてくれる場所。それが――

 

「――嫌になるよね。僕はただ花嫁を迎えに来ただけだっていうのに」

 

 赤く、染まる。

 地に伏したエミリアの体が、ラムの体が、赤く染まっている。

 

「え、あ、ぁ……」

 

「僕が話し掛けてるんだから返事をするのが礼儀ってものじゃないの? まぁ、この様子じゃ無理か。そこの売女たちの姿を見て急に呻きだしたかと思えば動かなくなるし。それに頭潰しても生きてるとか本当に僕と人間か疑わしいよね。て言うか人間じゃないでしょ。気持ち悪い」

 

 地を這うレインの体の上に立つ全身を白色の衣装で包んだ男が片足を頭に置いたまま、もう片方の足で背中を踏みつける。

 

「化け物風情が、僕の権利を侵害するなよ」

 

 白装束の男がレインの背中を踏みつけている足を上げ、落とす。

 グシャリというおぞましい音と共に体の右半身が潰された。とても言葉では言い表せないような激痛が襲うが、痛みに喘ぐ事はなかった。

 

「ぃ……あ……ぇ……」

 

 痛みを認識していながら思考がぐちゃぐちゃになる。

 痛い。何が。苦しい。息が。右手。動かない。体が。頭が。白い。上に。足。地面。土。赤い。血。誰の。何があって。さっき。あれ。ここは。なんで。

 

「もういいや。結局何のために来たのか分からないけど、僕は帰るとするよ」

 

 最後にレインの体をただの肉片に変えようと男が地面の土を掴んだ。

 しかしその瞬間、レグルス・コルニアスの体が勢いよく吹き飛んだ。

 

「――そこまでだ。レインから離れろ」

 

 激しい音と共にいくつもの木々をなぎ倒し、砂煙が上がる。

 

「大丈夫かい? しっかりするんだ」

 

「ライン、ハルト……?」

 

 体の芯にまで響いてくる声。間違えるはずがない。ラインハルトだ。

 ラインハルトが来てくれた。ただそれだけで涙が溢れてくる。安心して気が弛んだのかもしれない。だが、それと同時に直近の記憶がレインの頭に流れ込んでくる。

 

「あ、あぁ……」

 

 それは、自分が守れなかった主。自分が守れなかった共に働くメイド。無惨にも柔肌を切り裂かれ、苦悶の表情で死んだ二人の姿。

 

「どうしたんだ!?」

 

「役立たず! この役立たず! お前なんか、お前なんか死んでしまえぇ!!」

 

 レインは自身の額を地面に打ち付ける。何度も、何度も、何度も。

 普段ならなんでもないような地面に赤い液体が染み込む。

 一体自分は何のためにここに来たのか。遊びに来た? 違う。エミリアを、ラムを、みんなを守る為に騎士としてここに来たのだ。それで、役目は果たせたのか。いいや、果たせていない。護れたのか。護れていない。

 エミリアたちを護る。それだけがレインに出来る唯一の仕事。それだけが、唯一役に立てる方法だった。

 

「うぅ……エミリア様ぁ……ラムぅ」

 

「レイン……」

 

「ほんとにさ、王国騎士団だっけ? 国を守るのか王を守るのか知らないけど教育が足りなさすぎでしょ。人が話してるんだから話し終わるまでは大人しくしてるのが礼儀ってものだ。それを話を遮るだけじゃ飽き足りず殴ってくるなんてどうかしてる。人が話してたら殴れって教わったわけ? それとも拳で語り合う的なやつ? 勘弁してほしいよ。僕みたいな平和主義者はそんな物騒な事は望まない。いや、思想の違いどころの話じゃない。そんなものはただの獣だ。獣ごときが完成された僕と同じ土俵に立つなよ」

 

 額から血を流したレインを落ち着かせろうと身体を抱き寄せようとした時、いつの間にか森の奥へ吹き飛ばされたはずのレグルスが無傷の状態で立っていた。

 

「僕の権利を」

 

「――黙れ」

 

 自分勝手な理論を展開するレグルスの言葉をラインハルトが遮った。

 周囲に目を向けると既に息絶えたエミリアとラムが倒れている。その周りには元々体の一部だったものも転がっている。腕、足、或いはどこかの臓器。散々苦しめられた上で殺されたのだろう。

 そして、それを目の前で見せられたレイン。ラインハルトは彼女から度々エミリアや屋敷で働くメイドたちの話をよく聞かされていた。その話をする時、苦しい事も悲しい事も全て忘れた笑顔を見せてくれていた。食事も会話もただ空を眺める時間も、過ごす時間全てが楽しいのだとレインは語っていた。

 それが。

 

「僕は君を赦せそうにない」

 

「はぁ? 勝手に立場を入れ替えるなよ。許しを請うのはお前の方だろ。何度も何度も人の話を遮って、ここまでコケにされたのは初めてだ」

 

「僕もここまで怒りを覚えたのは初めてだ」

 

 燃えるような赤い髪を、怒りの炎で揺らす。

 蹲ったレインを背に庇い、ラインハルトは剣気を爆発させた。

 

「例え大瀑布へまで逃げようとも、必ず制裁を下す」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 …………………………

 

 

 ……………………

 

 

 ………………

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ある日を境に父に勝てなくなった。否、それは正しくない。本当は負ける事を望んでいたのだ。

 負ける事で自分は大した事はないと安心した。

 負ける事で戦闘力しか取り柄のない自分が不必要とされる事に怯えた。

 矛盾した感情。ただの自己満足。それで何かが変わるわけではなかった。

 怪物として扱われる日々。しかし必要とされないのは耐えられなかった。自分には力の強さしかなかった。心の強さも気品も無い。かろうじて取り柄と呼べる腕っ節の強さだけが蜘蛛の糸のように細く繋がっている。

 果たしてこの力が必要とされなくなれば。怪物ではなくなれば、一体自分には何が残るのだろうか。

 ただ能天気に過ごした幼少期がそのまま続けばこんな考えを持つ事もなかっただろう。しかし駄目だった。

 体が成長すると共に心も成長し、人の感情というものに敏感になった。

 恐怖の対象として一線を引かれているという事は痛いほど分かってしまっていた。

 騎士として、ではない道を探した事もあった。だが、それでは駄目だった。幼少から剣を握り続けた、不器用で何の技能も持たない女を必要とする働き手は無かった。『戦神』の名が邪魔をしたのかもしれない。お前に任せられる仕事など無いと何度も門前払いを受けた。

 騎士としての仕事がある日以外は自室で籠るか父と剣を打ち合った。純粋な剣技のみで戦い、何度も地を這う事になった。団長でもあった父から休職を提案された事もあったが、断った。必要とされたかったから。『戦神の加護』はその加護を宿す者の第一子に宿る特性がある。だから、お見合いを提案された事もあった。でも、断った。もし子供が生まれてきて『戦神』の名を継承してしまえば本当に私の居場所がなくなってしまいそうだったから。

 

 ある日のこと。長らく会っていなかったラインハルトが近衛騎士団へと配属された。

 最後に会った時から背丈も伸び、幼かった顔は凛々しく成長していた。けれど、それがどうしたと最初は思った。『剣聖』を受け継いだとは聞いたが、それだけだ。『剣聖』は超人であっても怪物ではない。それは他の『戦神』にも当てはまる。

 どうせ同じなのだろう。一線を引いた所から化け物を見るような目で見るのだろう。幼少期に仲良くしていた分、想像するだけでつらかった。

 しかし、

 

『大丈夫? 困っているならいつでも力を貸すよ』

 

 ラインハルトは他の者たちとは違った。日に日にやつれていった私に彼は声を掛けてくれた。あの時差し出された手の温もりは一生忘れる事はない。

 それはまるで何年も降り続けた雨が上がり雨雲の間から天の光が差し込んだようで。

 

『今度うちでパーティーがあるんだ。君も来てくれないかい?』

 

 ラインハルトだけが臆さずに接してくれた。

 ラインハルトだけが戦い以外で必要としてくれた。

 嬉しかった。剣を振るう事にしか能がない、そんな私を必要としてくれて本当に嬉しかった。

 

 そして騎士団を訪れる理由が出来て少し経ち、数年ぶりにアストレア家の持つ屋敷を訪れた。父が用意した、今まで着た事のないような豪華なドレスを身に付けて行った。

 パーティーというだけあってそこには大勢の人間がいた。ラインハルト以外には冷たい態度をとられるのを覚悟していた。だが、予想は良い方向へ裏切られた。

 ラインハルト以外にもアストレア家の関係者からは手厚い歓迎を受け、他のパーティー参加者からもダンスの誘いを受けたりもした。

 

 剣を持っていなかったからという理由もあるだろう。見た目を整えて行ったからという理由もあるだろう。けれど、そうやって様々な人たちと普通に会話をして普通に同じ時を過ごしたのは今の状態になってから初めての事だった。

 

 思えばラインハルトと再会してから、人との交流は増えた。これまで通りの態度だった人々も多かった。だが、ユリウスやフェリスなどどこか一線を引かれているのは否定出来ないものの、付き合ってくれる人が出来た。

 

 それから、王選に参加するエミリア陣営にお邪魔する事になった。

 エミリア様とは何度か顔を合わせていたが、他の人たちとは会った事がなかったため、どんな人がいるのか、どんな反応をされるか、全く分からなかった。けれど、心配は無用だった。

 エミリア様は常に優しい言葉を掛けてくれたり、ひざまくらというものをしてくれたりした。ラムは口ではとやかく言いながらも、色んな事を手伝ってくれた。レムはほとんど何も出来なかった私に家事を押してくれた。スバルとは二人きりになる事は少なかったが、常に明るくて過ごしやすい空気を作ってくれた。ロズワールとベアトリスはよく分からなかったけれど。

 

 本格的に王選が始まって少しして、王都でゲートの治療を受けていたはずのスバルがラインハルトやヴィルヘルムさん、テレシアさんなどアストレア家の人たちを引き連れてきた時はとても驚いた。道中に三大魔獣の一つ白鯨を倒して、さらに私たちと協力してエミリア陣営に迫っていた魔女教の大罪司教を退けたのだ。

 

 あれから色々な事があった。

 聖域と呼ばれる場所での事件や他の大罪司教との衝突、過去にラインハルトが失敗したプレアデス監視塔への訪問など、本当に様々な出来事があった。

 フェルト陣営と同盟を結んだため、ラインハルトと顔を合わせるのも難しくなく、エミリア陣営にいるのはみんな優しい人たち。

 幸せな時間だった。今までの人生でも、例にないぐらい幸せな時間だった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 ………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………………………

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「ついにこの時が来たか……」

 

「早く準備してよ、父さん」

 

 とある一室にいる二人の男女。男は燕尾服を、女は純白のドレスを纏っている。

 

「そりゃ、相手はラインハルトくんだし文句なんかないけどな。やっぱりこう、父親としては感じるものがあってだな」

 

「もう、そんなのいいから」

 

 そう言って部屋を出ようとするのはウェディングドレスで身を包むレインだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!?」

 

 それを慌てて止める父親のアレン。既に騎士団は引退しており騎士たちの前で見せる威厳のいの字も見当たらない。

 

「こういうのは心の準備ってものがあるだろ?」

 

「ない」

 

「……その胆力は誰譲りなんだか」

 

 キッパリと切って捨てられたアレンは「はぁ」とため息をつき、正面からレインの両肩に手を置いた。

 

「変わったな。良い方向に」

 

 それはレインも痛いほど分かっている事だった。実際にレインが大きく変わった転換点と呼べるものは二つ存在する。

 一つはヴォラギアの剣士との戦い。これはあまり良い変化とは言えなかった。アレンにも心配をかけ、母親にも心配をかけた。その母親はアレンが二人きりで話したい事があると追い出したため、この場にはいないが、あとでしっかりと謝罪、もしくは感謝の気持ちを伝えなければならない。

 そして二つ目、それはラインハルトとの再会。これは語るまでもない。レインの心を大きく変え、これから人生のパートナーとして結ばれようとしている。レインにとって最も大切な人間の一人だ。ラインハルトがいなければ未来は大きく異なっていた事だろう。

 

「うん!」

 

 だからこそ、レインははっきりと笑顔で答えた。

 この場には堅苦しい作法も堅苦しい制服も騎士剣も重責も存在しない。ゆえにここにいるのは王国の剣でも人々の上に立つ者でもない。ここにいるのはただの少女とその父親。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

「おう、親としては寂しいが、お前が幸せを掴めるように応援してる。レイン・フォン・ゾルダート、お前は俺たちの誇りだ」

 

 それから時間となり、係の者に案内されて大きな扉の前に立つ。

 扉の向こうにはたくさんの人々、そしてラインハルトが待っている。王国にとってこれはただの婚礼の儀ではない。『戦神』と『剣聖』の婚礼だ。国を挙げての一大事。

 そこにはゾルダート、アストレア両家の関係者だけでなく、王選によって新たに即位した国王や国の主要人物もいる。

 

 この時ばかりは装備を脱いでスーツで身を包む係の者が大きな扉をゆっくりと開ける。

 王選の開始を宣言し、そして新たな王が誕生した場でもあるこの場所にレインとラインハルトを祝うために大勢の人間が集まっている。拍手を受けながら先に待っているラインハルトの元へ向かう。

 その途中、レインの頭上に花びらが舞った。

 

「あ、やべ。これやるの帰りだった」

 

 拍手や歓声の中、常人離れしたレインの耳が受け取ったのはそんな間の抜けた声。横を見ると、そこには盛大に腕を振り上げたスバルがいた。

 この花びらは二人へとサプライズとしてスバルが直前に提案したものだった。結婚式にはこれだろうと偉い方々に提案したのだ。それを国王をはじめとした方々が快諾し、参列者全員に花びらが配られた。

 説明はスバルが皆の前に立って行い、いわゆるフラワーシャワーは挙式を済ませて退場する新郎新婦に向かって行われるはずだった。だが、自分で言い出したスバルが一番に間違えて花びらを撒いてしまったのだ。

 とはいえ、もうやってしまったものは仕方がない。スバルは全ての花びらをばら撒いた。

 他の者たちは打ち合わせと違う事に気付いていたが、まぁいいかと伝染するように皆が花びらをばら撒いた。

 

「では、お二人は前へ」

 

 サプライズに驚きながらもレインがラインハルトの元へ辿り着き、そう言ったのは未だに現役の賢人マイクロトフだ。もはや何歳なのか分からないが、ここまできたらきっと死ぬまでこうして王の元で働いていくのだろう。

 

「今日は一段と美しいね」

 

「ラインハルトもね」

 

 そうして壇上へ上がった二人は新国王の前で永遠の愛を誓い、長い長い口づけを交わした。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ――私は、生まれた時から化け物だった。

 

 

 それはかつて天上の力を持って生まれた少女の言葉。 

 

 

 ――私は、みんなとは違う。

 

 

 それはかつて自身と周囲の差異に、仲間と手を取り合う事が出来ずに苦しんだ少女の言葉。

 

 

 ――だけど

 

 

 しかし、今は違う。

 

 

 ――それでも

 

 

 力の差がなくなった訳ではない。全ての仲間と手を取り合う事が出来た訳でもない。

 けれど、それでも、決して不幸な人生ではなかった。例え全員とは仲良くなれなくても、ラインハルトがいる。ユリウス、フェリスという仲間がいる。かけがえのない主も、ラムやレム、スバルという友もいる。

 それで十分ではないか。そう、十分過ぎるではないか。

 そう――

 

 

 ――私は、幸せだった。

 

 




というお話でした。
生まれるのが男の子から女の子になるだけで人間関係など結構変わりましたね。簡単に人物紹介をするとこんな感じです。


★レイン・フォン・ゾルダート
『戦神』の家系、ゾルダート家に生まれた少女。生まれつき『戦神の加護』を宿し、天に愛された体質の持ち主。ただし、ラインハルトとは親戚程度の付き合いであったため競い合える幼馴染がおらず精神はかなり不安定。急に腕を斬られたりしたら誰でもパニックになる。最初の場面で家出しようとしていなかったらテレシアさんはお亡くなりになっていた。MVP。
ラインハルトに再会してからはラインハルト一筋。ユリウスやフェリスも好き。ついでにエミリア陣営のみんなも大好き。ヤンデレ予備軍。
Web版リゼロのエイプリルフールIfルートに突入した場合恐らく真っ先にスバルに狙われる。

★アレン・フォン・ゾルダート
本編未登場。レインの父親。ちゃんと本編にもいる。
公の場では堅実に振る舞っているが、オフの日は割とだらけた感じ。軽い気持ちでレインをセシルスと戦わせた事をずっと後悔していた。
全盛期ヴィルヘルムの三倍ぐらいの強さ。

★セシルス・セグムント
ヴォラキア帝国最強の戦士。めちゃくちゃ速い。我がライバルと鍛えまくるか『初見の加護』がないと一撃目で見切る事は出来ない。
やはり『初見の加護』はチート。

★テレシア・ヴァン・アストレア
生存。

★ハインケル・アストレア
頑張って自力で近衛騎士団副団長まで上り詰めた。偉い。

★レグルス・コルニアス
ボコボコにされてる姿しか思い浮かばないのに何故かマウント取りまくってくる白い奴。
その名前の通りお星様になって夜を照らしてくれればいいと思う。


男主人公案を採用したのはそっちの方が他の人間との絡みを書きやすいと思ったからですが、こうやって書いてみると女主人公案を採用していても面白かったかもしれませんね。愛着も湧いてきますし。
もしも『戦神』の家に双子が生まれていたら、なんてのも面白いかもしれませんね。まぁ、それだと本格的にスバルくんの出番がなくなるのでただの異世界ホームドラマ(スバル視点)になってしまいますが。

では、長々と書いても仕方がないのでここまでにしておきます。
本当の本当に「とある双璧の1日」これにて完結です。
ありがとうございました。

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