とある双璧の1日   作:双卓

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屋敷での1日

 

 

 人間というのは楽な道と苦しい道があれば誰しも楽な方を選ぼうとする生き物である。

 働くか働かないかなら働かない。戦うか戦わないかなら戦わない。走るか歩くなら歩く。

 一部の働くことに生きがいを感じ、戦うことで快感を得、自分を追い込むことに喜びを感じるという人間を除けばそれはほとんど不変の定理である。

 それは多くの人々から信頼を集め、圧倒的な強さを持つ者でも変わりはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調理場、調理場っと」

 

 ここはメイザース領のロズワール邸。ルイスの主人であるエミリアが住む屋敷である。

 ルイスがここを訪れたのは昨日の夜であるが、既に我が家のように調理場の扉を開けていた。

 

「とりあえずリンガ一つ貰っていくか」

 

 調理場の入り口すぐの皿の上に無用心にも置いてあるリンガを手に取り、軽く投げ上げる。

 そしてどこからかフォークを取り出して一閃。

 するとルイスが丁度良い大きさの皿を構えたところに一口大にカットされたリンガが着地した。

 

「うん。美味い」

 

 リンガの欠片の一つにフォークを突き刺し、遠慮なく口に放り込む。

 当然のように行っているが実はこの男、許可なく勝手に食っているだけである。

 状況だけ見れば盗人と変わらないが、「ロズワールが我が家のように過ごしていいって言ってたから別に事後報告でも良いよね」とは本人の言だ。

 つまり、腹が減ったから食う。ただそれだけの事であった。

 

 ルイスはリンガが乗った皿を持ち、フォークを咥えたままで調理場を後にした。残りのリンガは自室として与えられた部屋で食べるつもりなのだ。

 しかし、自室に戻っている途中のルイスは少しして足を止めた。

 

「あ、そう言えば朝食の時間とか決まってるのか聞くの忘れたな」

 

 それは他の人間からすればそれほど大切なことではなくてもルイスにとっては大切なことだ。仕事以外の時間はほとんどをぐうたら時々修練に費やしている彼には食事というものは欠かすことの出来ない一大行事である。

 

「確かエミリア様の部屋はこの辺りだったはず……」

 

 思ったらすぐ実行が彼のポリシーである。

 ルイスは手当たり次第に幾つも並んだ扉を開け始める。

 そして物置、書斎、トイレなどのハズレ部屋を経て彼はついにその部屋を見つけた。開けた扉のすぐ近くに彼のご主人様ことエミリアがいたのが目に入ったのだ。

 

「あー、エミリア様。この部屋にいたんですか。ちょっと食事のことで聞きたい事があってですね……」

 

 そこまで言ったところでこの部屋の中にエミリア以外の人間もいることに気が付いた。

 エミリア以外の人間は合計三人。その内の二人はメイド服を着ていることから事前にロズワールから説明されていた双子でメイドの二人なのだろう。

 そしてもう一人はラインハルトがスバルと呼んでいた人物。盗品蔵でのエルザ戦の後に無様にも気を失った男であった。なんでも、その男がいなければエミリアはエルザに首を切り落とされ、ルイスとラインハルトに助けを求めた金髪の少女を逃がすことも出来なかったとのことで無下にも出来ずこの屋敷まで運ぶことになったのだ。

 

 双子メイドはお互いを指差してエミリアの方を向き、

 

「聞いてください、エミリア様。あの方に酷い辱めを受けました、姉様が」

 

「聞いてちょうだい、エミリア様。あの方に監禁凌辱されたのよ、レムが」

 

「……ん?」

 

 とてもメイドから発せられることがないような単語を聞いてリンガを口に運ぶルイスの手が一瞬止まる。

 

「ラムもレム遊び過ぎないの。それで、食事で聞きたい事って………それよりそのリンガはどこから持ってきたの?」

 

「ああ、これは腹が減ったから調理場で貰ったやつですよ。もしかしてエミリア様も欲しかったり?それならそうと言ってくれれば」

 

 そう言いながらルイスはリンガの欠片の一つにフォークを突き刺す。そしてそれをエミリアの口元に運んだ。

 

「あ、いや、別に欲しかった訳じゃなくてね?本当にどこから持ってきたのか気になっただけなの」

 

「なんだ、俺のはやとちりか。恥ずかしー」

 

 少しも恥ずかしさを感じさせない涼しい顔でルイスはエミリアの口元まで運んだリンガを自分の口に放り込んだ。

 それからもう一度聞きたい事を聞こうとするルイスを見つめる瞳が四つ。

 

「聞きましたか、姉様。騎士様ともあろう者が盗みをはたらいたようですよ」

 

「聞いたわ、レム。まったく騎士の風上にも置けない男ね」

 

 先ほどスバルに向けられていたものが今度はルイスに向けられた。

 

「なんだ、お前らも食いたい感じ?」

 

 ルイスは新しくリンガを刺したフォークを「ほれほれ」と双子に向ける。

 双子はあからさまに嫌な顔をするが、怯むことなく更に近付ける。

 

「お止めになって下さい、騎士様。そのリンガは姉様にこそ相応しいです」

 

「お止めになって、騎士様。その食べかけの汚ならしいリンガはレムが欲しているわ」

 

「擦り付け合うなよ。あと騎士様じゃなくてルイスでいいから……って汚ならしくないわ!」

 

 まだ口をつけていないリンガの欠片を汚ならしい物扱いされてつい声を荒げる。

 人が親切に分けてやろうというのに何という反応だろうか。

 

「はぁ、スバルだったか。お前食うか?」

 

「いや、男同士のあ~んとか誰得……?」

 

 一部何を言っているのか分からなかったが、明確に拒否されたことだけは分かった。

 悲しくなったのでルイスはまたもや自分の口にリンガを放り込んだ。

 

「エミリア様、ちょっと食事のことで聞きたい事があってですね……」

 

「なかったことにしましたね」

 

「なかったことにしたわね」

 

「……朝食の時間とか決まってたりしますかね」

 

「朝食まではまだ少し時間があると思うけど、お腹が空いてるなら早めてもらう?」

 

「それは大丈夫です。時間が決まってるんなら俺は食事まで部屋で待機しとくので時間になったら呼びに来て下さい」

 

 返事を聞かずにルイスは部屋を出ていった。

 

「……で、何?今の」

 

 シーンとした空気の中スバルが口を開いた。

 

「昨日から私の騎士になったルイス。悪い子じゃないんだけどね、どこか抜けてるっていうか」

 

「へ、へぇ……」

 

 それ君が言うか?という言葉は人知れず飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 スバルはエミリアと二人でロズワール邸の庭へと降り立ち、スバル直伝の『ラジオ体操』をして汗を流していた。意外にもエミリアと契約している猫型精霊のパックもノリノリで踊っていた。

 その後はエミリアが精霊との契約がなんたらとスバルにはよく分からなかったので、少し離れた場所に腰を下ろして眺めていた。

 

「精霊、か……」

 

 エミリアの周りが僅に光っているのを見てスバルが呟く。それは虚空へと吸い込まれるはずだった。

 だが、そこで誰かがスバルの肩を叩いた。

 

「よ、さっきぶり」

 

「ルイス、さん?」

 

 肩を叩いたのは自分の部屋に戻ったはずのルイスだった。

 

「ルイスでいいよ。あと敬語も。堅苦しいのは無しで」

 

「あ、ああ。分かった」

 

 スバルの返事を聞くと、ルイスはスバルの隣に腰を下ろした。手には先ほどと同じような皿が乗せられていた。皿の上にはやはりリンガ。しかし、先ほどよりも量が増えているような気がしないでもない。

 

「スバルもいるか?今度はちゃんとフォークも二本ある」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 スバルはリンガを口に放り込む。そしてシャキシャキとした食感を楽しみながら頭上に「?」を浮かべた。

 

「朝食まで部屋で待機してるんじゃなかったのか?」

 

「……」

 

 痛いところを突かれたというようにルイスは黙った。今彼の頭の中ではほんの数分前のラムとの会話が思い出されていた。

 それはルイスが自室で寝転がりながらリンガを食べていた時のこと。

 

『掃除の邪魔よ。どきなさい、イス』

 

『もう少し丁寧に言えないのかよ……は?椅子!?』

 

『食料を盗んで部屋で惰眠を貪っているようなやつなんてイスで十分だわ』

 

『いやいや、椅子はさすがに酷いだろ』

 

『そうね。確かに椅子が可哀想だわ』

 

『おい』

 

 仮にも騎士に向かって言うようなことではない。

 プライドが高い人間なら斬りかかって来てもおかしくないぐらいだ。スバルが寝ていた部屋での一瞬のやり取りでルイスがそのような人間ではないと見抜いたなら大したものだが。

 結局、その後レムに許しを得てリンガを追加して今に至る。

 

「ま、まぁ、色々あってだな」

 

 さすがにスバルにまで舐められるのは勘弁してもらいたいのでラムとのやり取りは伏せることにした。

 

「色々?」

 

「とにかく!俺も一端の騎士として修練に励まなければならない。という訳でスバル、俺の修練に付き合ってほしい」

 

「いやいやいや、無理無理」

 

 スバルは盗品蔵でのルイスとラインハルトの組み手(?)を思い出して全力で拒否した。

 素手で、しかも組み手の余波だけで蔵を壊すような化け物を相手に出来るほどスバルの身体能力は高くない。

 

「なにも打ち合いの相手をしてくれって言ってる訳じゃない。このフォークで少ーし刺させてくれればいいのだよ」

 

「なるほどフォークで……ってなんでそうなる!」

 

「治癒魔法の練習をしようとしただけだ」

 

「いや自分でしろよ!」

 

 スバルの思わぬ反論にルイスはやれやれと首を左右に振った。

 

「俺はエミリア様の傷を治せるように治癒魔法を習得しようとしてるんだぞ?自分にやっても意味ないだろ。第一、俺は傷負っても勝手に治るから練習する暇がない」

 

「勝手に治る?」

 

「ああ」

 

 ルイスはリンガに刺したフォークを抜き、刺す部分を上にして握った。そして躊躇いなくそれで自身の腕を切り付けた。

 決して少なくない量の血が流れるが、次の瞬間何もしていないのに傷が小さくなっていった。

 傷が完全に塞がると、それを無言でスバルに見せる。

 

「マジかよ」

 

「そういう訳で頼めるのはスバルしかいないんだよ」

 

「いやでも……エミリアたんは治癒魔法みたいなの使ってたしルイスは回復系よりも攻撃系の方が良いんじゃないかなあ」

 

 何とか逃れようとするスバル。ルイスはため息をつき、ロズワール邸の敷地の外である森に視線を向けた。

 

「アルヒューマ」

 

 ルイスが呟くように言った直後、空中に無数の氷塊が出現した。そしてその氷塊は森へと吸い込まれた。

 氷塊が木々に激突すると同時に轟音が響き、煙が上がる。

 煙が晴れた先にスバルが見たのは抉られクレーターのようになった地面と幹が折れ、辛うじて残った切り株のようになってしまった木々の残骸だった。

 

「一応攻撃の魔法は実戦で使えるレベルにはしてある。とは言え、ラインハルト相手だと……」

 

 先ほどと同じような無数の氷塊がもう一度現れた。だが今度はルイスやスバルからも距離が離れた場所で、しかも鋭利な先端はこちらを向いている。

 まさか……とスバルが冷や汗を流すと氷塊の群れはスバルの予想通り自分たちがいる方向へ飛んできた。

 背後には屋敷がある。たとえ避けられたとしても屋敷に甚大な被害をもたらすことは想像に難くない。

 

 飛来する氷塊にルイスはフォーク一本を構えて立つ。そして━━━

 

 

 ━━━無数の氷塊の群れ全てを粉々に撃墜した。

 

「こうなるからあまり意味なかったけどな」

 

 先ほどルイスの傷が治ったのはルイスが大気中のマナを集めやすい体質だからであり、それは鬼族が鬼化した時のマナ収集能力を上回る。

 ラインハルトは本気を出せばマナが殺到し、周囲の者は魔法の使用が出来なくなる。しかしそれはルイスも同じ。普段でも傷が勝手に治るほどにはマナを集めているが、本気を出せば更にマナ収集能力は高くなる。

 本気のルイスと本気のラインハルトがぶつかれば、大気中のマナはその二人に二分される。故に本気のラインハルトの前で魔法を使用出来るのはルイスだけである。

 ラインハルトには魔法の適性がないので、魔法が使えるのは有利なことじゃないのかと考えたルイスは一時期魔法の修練に勤しんでいたが、結果は今の通りである。ラインハルトほどの実力者ならば氷魔法の中でも最高位に位置付けられる『アルヒューマ』でさえも純粋な剣撃で退けられる。

 

「……昨日も思ったけどお前ら相当化け物だな」

 

「それは否定しないけどな……あ、やっちまった」

 

 ルイスの手の中にあるフォークを見ると突き刺す部分が様々な方向を向いており、何かに潰されたようにひしゃげていた。

 

「こりゃ、またラムに何か言われるな」

 

「その腰の剣使えばよかっただろ」

 

 スバルは私服の上からもしっかりと提げている剣を指差して言った。

 

「これはな、俺の家に代々伝わる神剣で抜くべき時にしか抜くことは出来ない」

 

「そうだったのか……」

 

「とかだったら面白かったんだが、特に制限とかは無いからそういう設定にしている」

 

「……」

 

「神剣っていうのは本当だぞ?」

 

「なんかお前のキャラ分かってきたわ。お前アレだろ。強いだけのバカだろ」

 

「すごい音がしたけど、何かあったの?」

 

 スバルがルイスを馬鹿だと断定してから精霊との誓約を済ませていたはずのエミリアが登場した。

 

「少しスバルに魔法を見せてただけですよ」

 

「あなたが魔法?ちょっと私も見たいかも」

 

 エミリアの前でルイスが魔法を使ったことがないからか目を輝かせるエミリア。しかし、周囲を見渡した後「あー!」と声を荒げた。

 

「森があんなに……こんなことしちゃダメじゃないの!」

 

「でも、ほら屋敷の外ですし」

 

「あの森もロズワールの領地よ」

 

 ロズワールの領地だと聞いてそう言えばそうだったとルイスは顔を掌で覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだーぁねぇ、ルイスくん。変わってないようでなによりだよ」

 

「そっちも相変わらずの道化っぷりで」

 

 ルイスの前にいるのは顔に白塗りのメイクを施してピエロの格好をしている大男ロズワール・L・メイザース。亜人趣味の変態などと呼ばれている変わり者である。

 

「それはそうと君、私の領地の森を破壊してくれちゃーぁったみたいで」

 

「ちょっとだけだろ」

 

「いーぃや、ちょっとでも私の領地には変わらない。領主とーぉしては何か償ってもらわないとねーぇ」

 

 そう言ってロズワールはポケットの中をゴソゴソと探る。そして取り出したものは━━━

 

 ━━━猫耳だった。

 紛うことなき猫耳アクセサリーだった。

 しかもルイスの髪の色と合わせて青色になっている。

 

「君にはこれをつけてもーぉらおうか」

 

「変態だとは思ってたが、まさかこれほどだったとは」

 

「親睦を深めるにはこれがいいと聞いたんだけどねーぇ」

 

「誰から聞いた?」

 

「君の同僚のフェリスくんだったかなーぁ」

 

「あいつかよ」

 

 ルイスの脳裏には度々思わせ振りな行動をする猫耳男の娘がウインクをしている姿が浮かんだ。

 

「ささ、はーぁやく」

 

「付けるか!」

 

「付けないと君の朝食は抜きになーぁるよ」

 

「くっ……卑怯な」

 

 ルイスとロズワールがコントを繰り広げる中、少し離れたところでそれを眺める二人。その内の一人スバルはもう一人であるエミリアに呟くように言った。

 

「なにあれ」

 

「この屋敷の主人のロズワールよ。あんなのでもルグニカ王国の筆頭宮廷魔術師なの。それにしても、二人ともとっても仲良しなのね」

 

「仲良し……なのか?」

 

 数分後、頭に猫耳を付けた青髪の騎士が食事をしている姿があった。

 背に腹は変えられなかったらしい。

 

 

 

 

 


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