とある双璧の1日   作:双卓

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騎士団の1日

 

 

 このロズワール邸では朝から突然何かを言うきまりになっているのだろうか。

 最初はロズワール、次はエミリア。そして今日はルイスの番であった。

 

「王都に行こうと思うんだが、竜車あるか?」

 

「そんな急に言われて用意出来る訳ないじゃない。馬鹿なの?」

 

 竜車を引く地竜というのはなかなかに貴重な生物である。行商人や貴族などは自前の地竜を飼っていることも多いが、一国民がそう易々と手に入れられるものではない。

 ここロズワール邸の主ロズワールは変態とはいえ一応貴族であるが、自前の地竜はいない。滅多な事では遠出をしないのでその都度借りた方が安く済むし、労力も掛からないからだ。

 

「はー、じゃあ走って行くしかないのか」

 

 予想通りの答えだったからかルイスは特に落ち込むこともなく平然と言った。

 

「は、走っ……!?竜車で半日以上かかる王都まで走って行くつもりなの?」

 

「地竜がいないなら仕方ないだろ」

 

 これには冷やかしついでにルイスの部屋を掃除しに来たラムも驚くしかなかった。と言うよりもはや呆れてすらいる。

 それも当然だ。王都へ中継無しで行くには地竜の中でも遠距離用の地竜でなければならない。それ以外の地竜が王都まで休憩無しで行こうとすれば身体がもたない。そろほどの距離があるのだ。

 

「……走って行くって言っても何日かけて行くつもり?休憩も必要だし三日ぐらい?それとも二日?まさか一日で行くなんて言うんじゃないでしょうね」

 

「一日もかからんよ。一時間ぐらいで着く。まぁ、本気出せばもっと早く着くと思うけどな」

 

「…………もう好きにしなさい」

 

 ラムは考えるのを放棄した。

 

 普段は部屋でゴロゴロしたり何かとバカをやるようなどうしようもない男であるが、こんなのでも『戦神』と呼ばれる人間である。当然、身体能力その他も普通の人間とは一線を画する。

 

「ロズワールとエミリア様どこにいるか知ってるか?」

 

「ロズワール様は自室、エミリア様は庭にいらっしゃるわ」

 

「そっか、助かった」

 

 よっこいしょ、とルイスは立ち上がり、部屋を後にした。

 向かう先はエミリアのいる庭だ。変態よりも主人の方が大切なのは当然である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず何日かは向こうにいると思うんで」

 

「うん、気を付けてね」

 

 エミリアとロズワールに王都へ向かう旨を伝え、簡単に用意を済ませて仮眠をとって今に至る。

 ルイスは何も王都へ遊ぶために行く訳ではない。所属する近衛騎士団からの召集に応じるために行くのだ。召集の内容は近衛騎士団の定例集会である。

 本当はこのロズワール邸に来る前から日時は伝えられていたのだが、その定例集会が始まる時間までもうあと一時間半ほどしかない。ルイスの計算では王都まで一時間で着くので間に合わないという事態にはならないだろうが、計画は杜撰だと言わざるを得ない。

 

「なんか腰の剣三本に増えてるじゃん。口に咥えて三刀流でもすんの?」

 

「一本は前言った神剣であとの二本はラインハルトとの模擬戦用に家から持って来た業物だ。あいつ普段レイドしか持ち歩かんからな」

 

「え、お前ら真剣で戦うの?普通木剣とかじゃねぇの?」

 

「手加減に手加減を重ねた打ち合いなら木剣でも良いけどちょっと力を入れたらすぐ壊れるからな」

 

 スバルに嬉々として語っている事から分かるかもしれないが、ルイスが王都へ行く目的は近衛騎士団の定例集会だけではない。遊ぶために行く訳ではないが、遊ばない訳ではない。

 ラインハルトとの模擬戦は普通好んで動こうとしないルイスにとって数少ない楽しめる運動である。定例集会のようなものがあった時は大抵ラインハルトと模擬戦を行っている。自然とテンションも上がるというものだ。

 

「でも何日もエミリアたんの元離れても良いのか?王都ってここから半日ぐらいかかるって話だし、そんなでも一応騎士なんだろ?」

 

「大丈夫だよ。エミリア様にはこれを渡してる」

 

 ルイスは近衛騎士団の制服の懐からガラス玉のような物を取り出した。

 

「なんだそれ」

 

「これは二つで対になっていて片方が破壊されるともう片方も崩れるようになってる。緊急の時はそれを合図に呼んでもらう。まぁ、そうでなくてもお前がエミリア様を守ってやってくれよ」

 

「あ、お、おう!」

 

「もう!私も黙って守られるほど弱くないんだから!」

 

「分かってますって」

 

 ぷりぷりと怒るエミリアをなだめ、屋敷近くの村、そして王都へと繋がる道へと向き直る。

 

「いってらっしゃいませ、ルイスくん」

 

「もう帰って来なくても良いわよ、イス」

 

 背後からは双子メイドからの見送りが聞こえる。

 ルイスは何度か調理場からリンガを貰っている内にレムとも少し親しくするようになった。ラムは相変わらずであるが。

 

「こら、ラム。そんな事言っちゃだめでしょ?」

 

「はい、エミリア様」

 

「じゃ、行ってきますよ」

 

 足に力を入れ、地面を蹴る。それだけでルイスの身体は一瞬で加速した。

 目にも止まらぬ速度で駆け出し、その身体はすぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近衛騎士団の定例集会は何事もなく終了した。

 内容としては魔獣関係などほとんどいつも通りのものであった。いつもと違った点があったと言えば、ラインハルトが五人目の王選候補者を見つけたという事ぐらいだ。

 五人目の王選候補者が見つかったのはかなり重大な事なのだが、ルイスにとってはそこまで重要な事ではなかったのか、途中立ったまま寝ていた。

 ルイスが定例集会で寝ているのはいつもの事なので重要な事ではないと思ったのではなく、ただ聞いていなかったという可能性も高いが。

 

「ラインハルト、模擬戦だ、模擬戦」

 

「いいだろう。特別練兵場の使用の許可は?」

 

「まだだ。ラインハルトよ、頼んだ」

 

「そう言うと思ってもう許可は取ってあるよ」

 

「さっすが、我がライバル!」

 

 定例集会が終わった瞬間これである。これには隣でルイスが寝ているのを見ていたものも呆れた様子だ。

 因みに二人が言っている特別練兵場というのは通常の練兵場とは別のものだ。何故特別なのかと言うと、その場所はルイスとラインハルトのために造られたようなものだからである。

 以前通常の練兵場で模擬戦をした際、練兵場は観客席まで含めて半壊という事態になってしまったために造られたものだ。特別練兵場の壁には希少な超硬質鉱石が使われており、並みの人間では傷を付けることすら出来ない。更に観客席には土の加護、術式その他が刻まれているため、破壊は不可能である。ルイスとラインハルトを除けば、であるが。

 現在では通常の練兵場も復旧されているが、二人が使用するのは特別練兵場一択だ。

 

「立ち会いには……そうだね、フェリスでどうだろう」

 

「フェリスか……あ!そうだな、あいつとはちょっと話があるし丁度いい」

 

 ここでルイスは思い出した。今もポケットに入っている青い猫耳アクセサリー。屋敷では何故かいつも付ける事になっているこれを付ける事になったのは誰のせいだったのかを。

 丁度通りかかったフェリスの肩にルイスは腕を回した。

 

「いいところに通りかかったなぁ、フェリスくん?」

 

「ちょっと、なになに?フェリちゃんは忙しいんだけど」

 

「これに見覚えがあるな?」

 

 ルイスはポケットから猫耳アクセサリーを取り出す。そしてそれをフェリスの目の前に掲げた。

 

「あ、それはフェリちゃんお手製の……じゃなくてなにそれ?」

 

「おい。白々しいにも程があるぞ。て言うかお前が作ったのかよ」

 

「し、仕方にゃいじゃにゃい。ロズワール辺境伯に頼まれたんだから」

 

「まぁいい。俺は優しいから許してやろう。その代わり俺とラインハルトの模擬戦の立ち会い人をやってもらおう」

 

「はぁ!?無理無理!フェリちゃん死んじゃう」

 

 ルイスとラインハルトの模擬戦、それはもはや定例集会にお馴染みのものになっている。近衛騎士団に所属する者は定例集会帰りに観戦する者が多い。それほどの迫力の戦闘なのだ。

 そのド迫力の戦闘の立ち会い人に選ばれたフェリスはなんとか逃げるためにルイスの腕を振りほどこうとする。しかし、残念ながら逃げ出せそうにない。

 

「今回の立ち会い人はフェリスか。良かった……今日は落ち着いて観られそうだ」

 

 ちょうど通りかかった紫髪の騎士ユリウスはイイ顔で言った。

 定例集会の後で行われる模擬戦だが、立ち会い人はほとんどユリウスであった。模擬戦後にユリウスが四肢を地面についてルイスとラインハルトの二人に慰められるのも一つの名物となっていた。

 

「ユリウス、助けてー」

 

「……健闘を祈る」

 

「見捨てられた!?」

 

 ユリウスが去った後、フェリスは絶叫しながら引きずられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、じゃあ、ルイス・フォン・ゾルダートとラインハルト・ヴァン・アストレアの模擬戦始めます」

 

 死んだ目でそう言ったのは先ほど引きずられていったフェリスだ。

 

「盗品蔵の時のようにはいかないよ」

 

「それはこっちも同じだ」

 

 ルイスとラインハルトの二人はルイスが持参した業物を構えて向かい合う。

 

「始め」

 

 フェリスの声を合図に二人はお互いに向かって飛び出す。

 二人の身体は一瞬で亜音速にまで加速し、特別練兵場の丁度中心で剣がぶつかった。火花が散り、空気が震える。

 

「魔法は使わないでやるよ」

 

「使っても結果は変わらないけどね」

 

「確かに変わらないな。俺が勝つという結果がな」

 

「そんな事を言っていられるのも今のうちだよ」

 

「その言葉、そっくりそのまま返す」

 

 フッ、と口元に弧を描き、二人の姿が掻き消えた。

 何もない場所で衝撃波が発生する。否、何もない場所ではない。何もないように見える場所からだ。

 常軌を逸する二人の戦闘は常人には視認する事すら叶わない。

 何度も何度も繰り返される打ち合いに歓声が上がり始める。

 

「ルイス、腕が鈍ったんじゃないかい?」

 

 一瞬の隙をついてラインハルトがルイスの背後に回った。

 そして手に握った剣ではなく、自らの脚で回し蹴りを放つ。

 ルイスの身体がおおよそ通常の練兵場の十倍の面積を誇る特別練兵場の端から端まで地面に着くことなく吹き飛んだ。その余波だけでルイスの通った場所に土煙が舞う。

 こんなものを受ければただでは済まないだろう。この二人でなければ。

 

「お前を油断させるための罠だよ」

 

 たった今壁に叩きつけられたはずのルイスの声がラインハルトの背後から響いた。

 この程度の攻撃は通じない。そう嘲笑うかのようにルイスは刹那の間に距離を詰めてきた。

 今度はルイスが、回し蹴りを放つ。

 

 脚を振るうのにかかった時間もラインハルトが壁に到達するまでの時間も一瞬だった。

 しかし、その間で二人は確かに笑っていた。

 二人の間にあるのはただライバルと戦う喜び。それだけであった。

 

 壁に叩きつけられたラインハルトはルイスのように距離を詰めてくる事はなかった。

 だが、もちろん勝負を諦めた訳ではない。

 

 突如土煙が晴れ、中からは光を放つ剣を構えたラインハルトが現れた。光を放つ剣は大気中からマナが集まってきている事の証拠である。

 現在、大気中のほとんどのマナがラインハルトの元へと集まっている。ラインハルトとルイスの元へ集まるマナの割合は九対一ほどだ。

 本気ではない本気。それが今のラインハルトの状態だ。

 

「やっぱりここはいい。ただの練兵場じゃコレにも耐えられないからな」

 

 本気ではない本気。それはつまりラインハルトが出しているのは100パーセントの力ではないという事だ。

 本気という言葉の本来の意味で考えるならそれは全力100パーセントの力を発揮するという意味になるだろう。しかし、この二人に限り、本気という言葉はしばしば違った定義で使用される。

 二人の本気、それは周囲の人間が魔法を使用出来なくなるほどマナを集める時に使われる呼び方だ。

 一見矛盾する言葉だが、この二人の間では成立するのだ。

 

 煌めく剣が振り下ろされた。

 斬撃がマナを伴って拡張され、ルイスに迫る。ルイスは横に跳んで躱した。

 斬撃が背後の壁に激突する。しかし、目立った傷はない。無論、全力の一撃であったなら跡形もなく吹き飛んでいただろうが、通常の練兵場の壁では今の一撃ですら耐えられないのだ。これ以上は高望みというものである。

 

「そんでもって俺が持ってきた剣も折れてないっと」

 

 この斬撃に耐えられるか心配されていたのは何も壁だけではない。なまくらでは一撃放っただけで折れてしまうか崩れてしまう。

 ルイスがわざわざ業物を持参したのはそれが理由だ。

 

 ラインハルトは連続で剣を振るい、二撃目三撃目の剣戟が走る。

 危なげなくそれを躱し、ルイスも同様に剣を振るった。

 二人の放った斬撃が吹き荒れ、一面を覆い尽くす。だが、どちらにも掠り傷一つない。

 

 埒が明かないと思ったのかラインハルトは斬撃を飛び越えて距離を詰める。そして再び刃と刃を合わせた鍔競り合いが始まった。

 

「少し、本気を出す方法を思い付いたよ」

 

「やり過ぎると他の奴らも巻き込む事になるぞ?」

 

「大丈夫だよ。こうすれば心配はいらない」

 

 ラインハルトがルイスの身体を蹴り上げた。

 この場所の天井は決して低くは設計されていない。しかし、ルイスの身体はいとも簡単に天井へと到達した。

 落下してきたところを仕留めるつもりなのかラインハルトは天井を見上げて剣を構える。

 

「なるほど、考えたな」

 

 ルイスは天井に脚を突き刺し、ぶら下がった状態でラインハルトを見下ろした。

 確かに平面で二次元的な打ち合いではどう足掻いても矛先は観客席の方向へ向くが、このように三次元的に上下で打ち合えばその矛先が観客席へと向く事はない。多少出力を誤っても天井か地面に大穴が開くだけだ。人的被害はゼロに抑えられる。

 

 ルイスはラインハルトに向かって、ラインハルトはルイスに向かって飛んだ。

 互いの剣が輝きを増し、そしてぶつかる。

 

 視界が白で塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは俺の業物が二本とも折れた事について」

 

「すまない。悪かったと思ってるよ。少し調子に乗ってしまった」

 

 最後の一撃を受けてルイスとラインハルトの互いに握っていた剣は粉々な灰へと見事な変身を遂げた。

 二人の剣戟はほとんど威力が同じだったため、相殺されて天井にも地面にも大した被害はなかったが、その分両者の剣に被害が出てしまった。その剣がかなりの業物で多少耐えられるからと調子に乗ってしまった結果だ。

 

「まぁ、俺も鬼じゃねぇし一緒に調子に乗ったのは認めるから許してやろう。その代わり何日か泊めてくれ」

 

「そんな事でいいなら気が済むまでいてくれていいけど、大丈夫なのかい?何日も留守にして」

 

「大丈夫、大丈夫。屋敷には変態がいるし、大抵の事はなんとかなる」

 

「ロズワール辺境伯の事はあまり悪く言わない方が良いと思うんだけど」

 

「だってあいつ変態だし、そもそも変態で分かる時点でお前も同罪だぞ」

 

「それは困った」

 

 と、談笑する二人の間に挟まれているのは気絶したフェリスだ。

 ちゃんとフェリスには斬撃その他が当たらないように加減していたが、どうやら最後の一撃の余波でやられたらしい。目立った傷はないので恐らく軽い脳震盪の類だろう。

 

「そう言えば五人目の王選候補者見つけたんだってな。やっぱりあの盗品蔵にいた金髪少女?」

 

「君、その話の時は寝てたような気がしたんだけど」

 

「模擬戦する前に聞こえたからさ」

 

「寝ていた事は否定しないのか……」

 

「そりゃ、寝てたからな。で、そこのところどうなのよ」

 

「その通り。あの時盗品蔵にいたフェルト様だよ」

 

「へぇ、フェルト様って言うのか。でも良かった。あの時はお前の幼女趣味が暴走したのかと思ったぜ」

 

「ルイス、僕の事をどんな人間だと思っているんだい?その言い方だと僕に幼女趣味があると思っていたように聞こえるんだけど」

 

「思ってなかったけどさ、あの状況ならそう思っても仕方ないだろ」

 

 談笑を続ける二人。

 何事もないように話しているが、『剣聖』を幼女趣味呼ばわりするのは恐らく世界中探してもルイスただ一人だろう。

 

 途中で起きたフェリスと別れ、二人は王都にあるアストレア家の別邸へと向かった。

 先走ったルイスがフェルトに飛び蹴りをかまされるという事態が発生したが、そこから数日ルイスはアストレア家別邸で寝泊まりする事となった。

 

 

 

 


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