とある双璧の1日   作:双卓

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騒がしい一夜

 

 

 ルイスがお邪魔してから二日、アストレア家の別邸の庭は夜にも関わらず盛り上がっていた。

 

「これを見よ!我が奥義、飛行魔法!」

 

「すげー!空飛べんのかよ!」

 

 主に盛り上がっているのはルイスとフェルトであった。

 今のルイスの足は地面に着いていない。空中に浮いている形だ。

 

「魔法が使えない身としては羨ましい限りだね」

 

「雲の上とか走れる癖に嫌味か?」

 

 雲の上を走れるという馬鹿みたいな加護を持っているラインハルトを横目にルイスはゆっくりと上昇を開始した。

 欠伸が出るような速度であるが、練度が足りていないルイスが自由に空中を動き回れる速度はこれが限界なのだ。動き回わる、ではなくぶっ飛ぶというのであれば話は変わってくるが。

 

「ここに来る前にロズワールの野郎にやり方を聞いてな、治癒魔法を訓練しようとしてたのを後回しにして先にこっちを極める事にした」

 

「雲の上を走りたいなら言ってくれればいつでも連れていくのに」

 

「それお前が抱えて走るって事だろ。それじゃあ意味ないんだよ。雲の上に行く事自体は難しくないしな。問題は俺が一人じゃ雲の上を自由に移動出来ないって事だ。そもそもの話、雲の上じゃなくても単純に飛びたい」

 

 空を飛ぶ。誰もが一度は考えた事があるであろう人類の永遠の夢だ。だが、その夢は魔法によって叶える事が出来る。

 

「なぁ、あたしも飛べるようになると思うか?」

 

「どうでしょう。今の僕には何とも言えません。しかし、ほとんどの人間には大なり小なり魔法の才能があります。フェルト様も修練を続ければいつかは」

 

 この二日間でルイスとラインハルトの規格外っぷりを思い知ったフェルトは雲の上を走るなどという夢のような話でも疑う事はなくなっていた。

 最初は脱走を狙っていた事もあったが、ルイスが散歩中に会ったロム爺からの元気でやっているという旨の伝言を伝えると少しは落ち着いた。騎士らしくない騎士であるルイスのマイペースっぷりを気に入ったのか二人が談笑する姿をラインハルトが影から見ていた事もあった。

 

「なんだ、フェルト様も飛びたいのか?俺が空の旅に連れて行ってやろうか?」

 

「いい。あたしは自分で飛ぶからな」

 

「そうか。まあ、精々頑張れよ。俺みたいに才能が開花するか分からんけどな」

 

「うぜぇ」

 

 ハハハと笑いながら速度を上げて空を飛ぶルイスは何度か屋敷の壁にぶつかりながらも高度を上げていった。

 そのまま永遠に上昇していくのかと思われたが、現実ではそうならなかった。

 優雅、とは言い難いが、本人が楽しんでいた飛行を中断し、自由落下によってルイスは地面に着地した。その面持ちはいつになく真剣で、

 

「すまん。屋敷に戻るわ。服は後で返しに来る」

 

「急にどうして…………そういう事か」

 

 ルイスの手の中にある崩れたガラス玉を見てラインハルトは納得したようだ。そのガラス玉の事はラインハルトも知っている。貴重なものではあるが、唯一無二の至宝という訳ではないので生前の国王にも渡されていたし、ゾルダート家本邸に行けば予備もいくつかある。そしてそれは緊急時の連絡手段として使われている。

 

「分かった。君の制服は綺麗にして置いておくよ。早くエミリア様の元へ駆けつけてあげるといい」

 

「助かる」

 

 そう短く言い残し、ルイスは膝を軽く曲げて跳躍した。地上からはかろうじて黒い点が見えるほどの高さで一旦停止し、それから目にも止まらぬ速度で飛び出した。

 先ほど使っていた飛行魔法のある種の間違った使い方だ。安全やコントロールを捨て、一つの方向へただ進む事だけに全力を注ぐ。常人がやろうとすれば、身体が負荷に耐えられなくなり、マナも一瞬で空になってしまうだろう。

 だが、ルイスにとってはその負荷など無いに等しいし、移動しながらマナを集め続けるので大気中のマナが枯渇する心配もない。

 

「おい、今のなんだよ」

 

「ルイスの主からの緊急の合図です。僕もフェルト様に危険が迫ればいつでも駆けつけますよ」

 

「んな事聞いてねーよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危機は脱した。もちろん、議論しなければならない事は山積みだ。しかし、急を要する事態は過ぎ去った。

 そう思っていたのに。

 

「どうして、何も言ってくれなかったの……」

 

 魔獣の無法地帯となっている森のウルガルムに連れ去られた子供たちを救うために飛び出したスバル。結果的に身体のあらゆるところをウルガルムの群れにムシャムシャと齧られる事になってしまったが、子供たちを取り返す事には成功した。

 スバルの傷もエミリアとパックによって塞がれた。

 もう何も心配する事はない。そう考えて眠るスバルの側で眠ったのが半日前と数時間前。

 

 治療のために少なくないマナを消費し、長時間集中を余儀なくされた事もあり、いつもの睡眠よりも長い時間眠ってしまった。

 目を覚ました時には明るくなりかけていた空がすっかり暗くなっていた。その時にはスバルの姿はなくなっていたが、先に屋敷に戻ったのだろう。そう思って自分にかけられていた毛布を丁寧に畳んでエミリアは屋敷へと足を向けた。

 

 屋敷へと戻ったエミリアはスバルが元気になったのかを確かめようと彼の部屋を訪れた。だが、そこにスバルの姿はなかった。

 毎日真面目に仕事をしていた彼のことだ。病み上がりでもう仕事を再開しているのかもしれない。だから、エミリアは調理場や選択場、浴場などおおよそ彼がいそうな場所を探した。しかし、そのどこにもスバルの姿はない。それどころか先輩メイドであるラムやレムの姿も見えない。

 嫌な予感が頭を過り、エミリアは屋敷中を回った。案の定彼らの姿はなかった。代わりに、滅多にエミリアの前に現れないベアトリスの禁書庫へと開けて回った内の一つの扉が繋がった。そして、ベアトリスはエミリアへと向かって一言。

 

「あの男や双子なら森へ入ったのよ」

 

 何も聞かされていなかったエミリアには何故彼らが森へ向かったのかは分からない。だが、一つ分かる事はある。

 

「今度こそ本当に死んじゃうかもしれないのに……!」

 

 傷が塞がったとはいえ、運ばれてきた時には酷い有り様だった。もう少し処置が遅れれば死んでいてもおかしくなかった。

 スバルを運んできたレムは目立った傷がなかったとはいえ、それは傷を負わなかったという意味ではない。全身が血だらけであり、戦闘も出来るように改造されたメイド服にも何かに噛み付かれたような痕がいくつもあった事から相当に激しい戦闘があったのだと分かる。目立った傷がなかったのは治癒魔法か何かで治していたのだろうか、とエミリアは考えるが今はそんな事はどうでもいい。

 問題は次も無事でいられる保障がどこにもないという事だ。ラムが加わったとしても戦力が何倍にもなる訳ではない。魔獣に対抗するのには足りない。

 

「待つかしら。今のにーちゃがいないお前が行っても無駄なのよ」

 

 扉に背を向け、走り去ろうとするエミリアをベアトリスが引き留めた。

 咄嗟に言い返そうとするが、言っている事はベアトリスの方が正しい。それが分かっているからこそエミリアは言い返せなかった。

 

「でも、このままじゃ……あ」

 

 何かを思い出したようにポケットを探ると、そこには一つのガラス玉。この二日間肌身離さず持っていたが、不思議と存在を忘れていた。

 緊急時には壊せと言われているものだ。そうすればルイスに合図が伝わり、すぐに駆け付けるからと。

 今合図が伝わったとしてもルイスがいつこちらに到着するか分からない。だが、本来なら真っ先に問題を解決しなければならないはずの変態に連絡する手段はない。藁にもすがる気持ちでエミリアはそのガラス玉を握り潰した。

 

「止めても無駄よ。どう言われても私はあの子たちを助けに行く」

 

 魔獣を殲滅するのは無理でも足止めぐらいは出来るかもしれない。足止めさえ出来ればルグニカ王国最強の双璧の片割れが何とかしてくれる。

 ベアトリスの制止を振り切り、エミリアは屋敷を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインハルトから借りた服装のまま飛び出したルイスは早くもリーファウス街道の中盤に差し掛かっていた。

 

「案外飛行魔法も使えるな。ロズワールの野郎も変態にしてはいい仕事をしてくれた」

 

 ルイスの移動速度は軽く音速を越えている。走っても出せる速度ではあるが、地上を走るのと上空を飛ぶのでは周りへの影響が違う。同じ速度で走れば地面は抉れるし木々は根元から薙ぎ倒される。

 緊急時だから仕方がないと言えばそれで終わる話だが、出来るだけそういう事はしたくない。魔獣だらけの森林ならばいいが、多くの人間が使う街道となれば話は別だ。以前街道でそれをやって修復作業に駆り出された事があった。

 その事を省みて色々な方法を考えた事がが、思わぬところに答えがあったようだ。

 

「それよりあの変態は何やってるんだ。何かあったらそれを解決するのはあいつの仕事だろ」

 

 メイザース領の当主であるロズワールには領地内で起こったいざこざを解決する義務があるはずだ。にも関わらずエミリアはルイスを呼んだ。ロズワールでも太刀打ち出来ない敵が現れた、とは考えにくい。仮にもロズワールは宮廷筆頭魔術師の名を持つ実力者だ。それを越える者はそう多くない。

 次に考えられるのはロズワールが何らかの事情で留守にしている可能性だ。実はこれが一番可能性が高い。普段から何を考えているか分からないのでふらふらとどこかに行っていても驚かない。ただ、もしそうなら後で相応の言い訳を聞かなければならないが。

 

 そうこうしている内にリーファウス街道も抜けた。

 あとは目の前に広がる森を越えるだけだ。

 

「あ、しまった。着地の方法考えてなかったな」

 

 飛行魔法を間違った使い方をして高速飛行しているルイスだが、実は飛び出すだけ飛び出して着地の方法を考えていなかった。普通なら魔法の出力を調節し、徐々に減速していくのが着地の方法なのだが、ルイスにこの方法は使えない。前に進む事だけに全力を注いでいるため、小回りが効かないのだ。

 今の状態では出力を100か0にしか出来ない。つまり、着地しようとすればこの速度のまま不時着しなければならない。ルイス自身はそれでも大丈夫だが、それ以外は大丈夫でない。屋敷の庭に着地すれば地面に大穴が空くし、タイミングを誤れば屋敷ごと貫いてしまう可能性もある。

 

「はぁ。ロズワール、これぐらい許せよ」

 

 屋敷周辺への被害を防ぐため、ルイスはアーラム村を囲む魔獣の森へと狙いをつけた。

 そして魔法を使用を止めた。重力と慣性によって前に進みながらも地面へと近付く。

 派手に木々を薙ぎ倒しながら減速し、丁度アーラム村の手前で完全に停止した。完璧な計算だった。

 

 これから屋敷に向かうため急いで森を出ると、夜にも関わらず村はなにやら騒がしかった。

 ルイスとしては一刻も早くエミリアの元へ駆け付けなければならないが、その原因がこの動騒と関係あるものかもしれない。よく見れば村人たちは剣や槍、鍋などを手にしていた。

 

「おい、何かあったのか?」

 

「ルイス様ですか。それがスバル様とレム様、ラム様が森に入ったのですが、出て来られないのです」

 

「あいつらが森に?どうしてそんな事になったんだ?」

 

「詳しくは聞いていないんですが、ただやらなければならない事があるからと」

 

 聞いてなるほど、納得した。

 エミリアはあまり自分の事で助けを求める事はしない。だが、他の人物の事となればどうだ。スバルたちを助けるために自分では力不足と感じ、ルイスを呼んだ。辻褄の合う推理だ。

 そして村人たちはそれを知らず、スバルたちを助けるために武装していると。

 

 丁度その時、アーラム村と屋敷を繋ぐ道からエミリアが走ってくるのが見えた。

 

「エミリア様」

 

「ルイス……!?どうして、まだ5分も経ってないのに……」

 

「魔法で空を飛んで来ただけですよ。それよりも」

 

「大変なの、スバルたちが森に……」

 

「……だからあいつらを助けて欲しい、でしょ?」

 

「え、ええ」

 

 困惑するエミリアをおいてルイスは再び村人たちの方へ向かう。そしてその集団の中心となっている青年の元へ行くと、彼が持っている剣を指差し、

 

「その剣、借りていいか?」

 

 ただ、そう言った。

 その青年は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに意味を理解したらしくとても業物とは呼べない粗末な剣を手渡した。

 

「壊れるかもしれないけど、請求はロズワールの野郎に頼む」

 

「は、はい」

 

 ルイスはその剣の握りを確かめると、脅威の跳躍力で飛び上がった。

 一瞬で雲にも届くほどの高度に到達したが、魔法は使っていないのですぐに落下し始める。

 その途中、森のある場所から黒い煙のようなものが膨れ上がった。

 

「シャマク……スバルだな」

 

 何事もなかったかのように着地したルイスは先ほど青年から受け取った剣を構えた。

 すると、周囲のマナがルイスの元へと殺到し、剣が光を帯びる。

 そしてそれを振り下ろし━━━

 

 

 

 ━━━森が二つに割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レムやラムに格好をつけて決死の覚悟でシャマクを使い、一矢報いたのはいいが、その後はなす術なく噛み殺される。そのはずだったのに、

 

「は、はは、なんだ今の」

 

 たった今、ボス格のウルガルムが消えた。何か光のようなものが通ったと思えば因縁の魔獣の姿が文字通り消滅したのだ。

 

「無事か?スバル」

 

「……ルイスか?」

 

「急いで王都から戻ってきてやったぞ」

 

「出来ればもうちょい急いでほしかったよ」

 

「王都出てから5分も経ってないぞ」

 

「…………まじで?急いでも半日はかかるって聞いたんだが」

 

「俺を誰だと思ってる。泣く子も黙る戦神様だぞ。そこらの常識で測ってもらっちゃ困る」

 

 と、軽くやり取りをして二人は二日とちょっとぶりに再会した。

 ルイスは今この場では考え得る人物の中で最も頼りになる助っ人だ。かの腸狩りをただの蹴り一発で追い払った実力は忘れない。そのルイスとライバルだというラインハルトにも言える事だが、その実力はスバルの中である意味神格化されていた。

 そんな事より何はともあれ、

 

「助かった。ありがとよ」

 

「ああ、お前も無事でよかった」

 

 二人は互いを見て笑い合った。

 ここは魔獣の森のど真ん中で魔獣はわんさかといるのにこの状態では気を抜きすぎだと思われるかもしれない。だが、ルイスが来た事で、もう大丈夫だという謎の信頼感があったのだ。

 

「スバルくん!」

 

 唐突にレムが傷だらけのスバルへ飛び付き、力の限りの抱擁をした。ただでさえこの世界基準で考えれば軟弱な身体に今は立つのも難しいほどこ怪我が追加されているのだ。メイドに似合わない怪力の持ち主であるレムの全力には太刀打ち出来ない。

 

「生きてる、生きてる。スバルくん」

 

「ちょ、レム、ヤバい。ほら、意識が……あ、またこのパターン」

 

 スバルも出来る限りレムの背中をタップしているが、レムは離そうとしない。

 

「見ない間に随分仲良くなったんたな、お前ら」

 

「そんな、事、言ってる、場合か。助け……」

 

「いいから寝とけよ。あとは俺が何とかしてやるから」

 

 最後にルイスの声を聞いてスバルは意識を手放した。

 傷は少なくないが、危険な状態ではない。穏やかな顔がその何よりの証拠だ。

 

「お前ら、とりあえずアーラム村まで戻るぞ。そこの溝を沿って行くのが最短ルートだ」

 

 先ほどの剣撃で出来た傷跡を指してルイスは未だにスバルを抱きしめたままのレムと遅れてやって来たラムに呼び掛けた。

 

「溝なんてかわいいものじゃないわね。これは谷というのよ、イス」

 

 ルイスが溝と言って指差した場所を見れば、今が夜だからという理由もあるかもしれないが、底が見えない谷が右へ左へ見えなくなる距離までも続いていた。

 

「レムの変わり様には驚いたけどラムは相変わらずだな」

 

 

 アーラム村まではレムがスバルを担ぎ上げて運び、ルイスが魔獣を排除して危険をなくしながら戻った。

 素手にも関わらず、離れた場所にいた魔獣が真っ二つになったりしたのはもはや何をしたのか分からなかったが、レムとラムの間では考えても無駄だという結論に至った。風に敏感なラムが気付かなかったので風魔法を使った訳ではなかったようだ。

 そもそも剣を持っていても離れた場所にあるものが切れるのは充分に驚くべき事なのだが、森の端から端まで斬撃を通した事実から感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。因みに森真っ二つ斬撃を放った時に使った村人から借りた剣は跡形もなく崩れてしまったので、後日ロズワールの方へ請求がいく事だろう。

 

 無事にアーラム村にたどり着いたあとは、ルイスが単独で森に入り、生息するウルガルムを全滅させたという事も付け加えて記しておこう。

 

 

 

 


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