とある双璧の1日   作:双卓

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魔獣騒ぎのその後

 

 

 魔獣ウルガルムによるドタバタ騒ぎの翌日。

 ようやく姿を見せたロズワールにチョップを一発かましたあと、アーラム村の森との境界にルイスとスバルは訪れた。というのも、昨夜の斬撃の森への影響がどれほどのものかを確かめるためだ。

 最悪の場合、村の水源が断ち切られるという事態になっているかもしれない。もしそうならば早急に復旧させなければならないのだ。

 

「別にお前がついてくる必要はなかったんだけどな」

 

「いいじゃねーの。今日は仕事も休みにしてもらったし。それにしても……これが剣振った威力とはとても信じられん」

 

 スバルは目の前に広がる光景を見て呟いた。

 丁度スバルの足元から前方に向かって谷への入り口となる坂が形成されていた。人が通るために作られた訳ではないので、足場は平らではなくV字に近い形になっているが、歩き辛さを我慢すれば余裕で人が通れるほどの幅はある。

 地面を掘るための斬撃ではないにも関わらず、その深さは10メートルを超えている。

 

「スバルも修練を積めばこれぐらいは出来るようになるかもな」

 

「俺がこんな事出来るようになる想像出来ねぇし、その言い方ならこれ以上の事も出来るって聞こえるけど?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 この世界に適合したとか何とかで多少は強くなる事も出来るかもしれないが、さすがにコレはない。

 腸狩りのエルザの時も動きが人間じゃないと思ったが、コレはエルザと比べるのもおこがましいようなデタラメさだ。リアルタイムで見ていなかったら絶対に人間がやったと言われても信じない。実際にその衝撃シーンを見てしまったのでもう笑うしかないのだが。

 

「川とかを突っ切っていってたらそこは埋めたりしないといけないからとりあえずこの溝、谷?に沿って向こう側まで行くけどお前はどうする?」

 

「これは間違いなく谷だな。ああ、急いでないならついてくよ」

 

 せっかくここまで来たのにこのまま帰るのはもったいない気がしたのでスバルはルイスについていく事にした。一応病み上がりではあるが、身体がだるいといったような事もないので問題はないだろう。もし急いでいるなら物理的についていけないが。

 王都から5分とルイスは言っていた。以前エミリアに聞いた時には急いでも半日、場合によってはどこかの町で宿泊を挟む事もあると言っていた。

 その移動には馬車ならぬ竜車を使うらしい。走る速さがどれほどのものかは分からないが、もし馬と同じぐらいだとすれば。

 考えるのは止めよう。ばか正直に計算したりしてもどうせ頭がおかしいような結果が出るだけだ。

 

「落ちるなよ?」

 

「落ちねぇよ。でも、落ちたら助けてね?」

 

「俺が見てたらな」

 

「え、それなんか嫌な予感するんだけど。ちょ、待って」

 

 見てたら、という事は逆に言えば見てなければ助けないという事なのか。あとから「あ、すまん。見てなかったわ」とか本当に言いそうで怖い。

 落ちるといっても、一応急な坂のようなものなので落ちて即死という事態にはならないだろう。が、それは落ちてもいいという訳ではない。

 落ちそうになったらプライドでも何でも捨てて喚き散らそう。幸い、ここにいるのは普段だらだらしている駄目男(スバル調べ)のルイスだけだ。エミリアたちにそれを見られる事に比べれば屁でもない。

 

 躊躇いなく村の結界の外である森へ入っていくルイスに続いてスバルも恐る恐る結界を越えた。

 

「そういやさ、ルイスが真面目に働こうとか珍しくね?」

 

「お前、いくら俺でも泣く時は泣くぞ。そりゃ、働かなくてもいいなら働きたくないさ。でもな、これは一応俺がやった事だしあとでロズワールにぐちぐち言われたら面倒だ」

 

「なんか前半言ってる事がごちゃごちゃだった気がするが、なるほどな。確かにロズっちにぐちぐち言われるのはゾッとしねぇな」

 

 道化の格好をして間の抜けた口調で話すあの男に詰め寄られるなど一種の拷問だ。出来れば、というより永遠に遠慮したい。

 

 溝という名の谷を沿って歩いて行くが、同じような景色が繰り返されて何一つ面白い事がない。森の中なので当たり前といえば当たり前なのだが。

 出来れば何か雑談の一つでもしたいものだ。

 

「あー、今思い出したけど俺昨日何があったか詳しく聞いてないな」

 

 前を歩くルイスも同じような事を考えたのか、スバルに問い掛けるように振り返った。

 さすがは自称デキる男である。

 

「そうだなぁ、事の発端は俺が村に潜む呪術師の正体を見破った事から!」

 

 丁度ムズムズしていたところだったので、スバルも饒舌になる。

 思い返してみると、結構格好悪い場面が多々あったのでちょっとだけ、ちょーっとだけ話を美化して伝えた。

 自信満々で自分の格好悪いところを話すのは少し気が進まなかった。今回の事の解決にはスバルもかなり重要な役割を果たしたという自覚があるので多少話を捏造しても許されるだろう。

 

「へー、ラムとレムが鬼族ねぇ」

 

「そうそう。俺も最初見た時はビビったけどさ、今思ってみたらかなり鬼がかってたっていうか」

 

「鬼がかる?」

 

「神がかるの鬼バージョン。最近のマイフェイバリット」

 

「……鬼族はもういないと思ってたが、案外近くにいたんだな」

 

「無視はひどくね!?」

 

 残念ながらルイスはスバルほど会話に飢えていた訳ではないらしい。

 反応に困る返答をきれいにスルーすると、ズカズカと先へ進んで行った。

 しばらくすると、水が流れる音が微かに聞こえてきた。恐らくこの先に川でもあるのだろう。ただ、先ほどまではその音は聞こえなかったので、その川に斬撃が突っ切ってしまっている可能性が高い。土木作業が必要になってしまうかもしれない。

 

「あーあ。やっぱりか」

 

 斬撃跡に沿って行くと案の定、川と見事に交わっていた。川の方が深いため水の流れが完全に三分されている訳ではないが、塞がなくてもいいというものでもない。少なくない水が逸れてしまっているので水位も少し下がっているのではないだろうか。

 

「どうするんだ、これ?その辺の木でも切り倒してくんのか?」

 

 スバルの知識では既に水が通っている場所を塞ごうとするならば、砂や土だけでは足りない。一度で塞げるほどの量を使えるなら話は別だが、そうでない少量の砂や土は水に流されてしまうからだ。

 ルイスは常識で測れない力の持ち主だが、大量の土を一度に運ぶというのは力の大小の問題ではない。無論、その重量を持ち上げられるだけの力は必要だが、それ以上の力があったとしても一つの固体ではない土を運ぶのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 故にスバルは周りで使えそうな木を提案したのだが、

 

「いや、その必要はない」

 

 ルイスはバッサリと切り捨てた。

 ならば他に何か使えるものがあるのかと答えを聞く前に頭を回転させるが、答えは見つからない。そうしているうちにルイスは答えを行動で示した。

 

「ヒューマ」

 

 魔法の詠唱。それが短く発せられると、斬撃にやられてしまった場所の水が凍り、水の流れを通常の状態へ戻した。

 

「……魔法って手があったか」

 

「皆俺が剣とか拳とかだけの野郎だと思ってるらしいけど俺はラインハルトと違って魔法も使えるから」

 

 実はこの周回ではルイスと魔法関係の話はしていない。前回までの周回でルイスの危険性は低いと判断した事とレムやラム、ロズワールからの信頼を勝ち取らなければならなかった事、謎の呪術師の正体を一刻も早く突き止めなければならなかった事が理由だ。

 つまり、ルイスからすれば自身の魔法の話をするのは初めてという事になる。自慢するようなドヤ顔からもスバルが知らないと思っての事だろう。

 

「まぁ、その言い方だと戦闘だけって事に変わりはないけど」

 

「何か言ったか?」

 

「いいや、なんにも」

 

「俺は戦闘だけじゃなくて家事、洗濯、その他もいける」

 

「ちゃんと聞こえてるじゃねぇか!」

 

 塩と砂糖を間違えたり竹箒をバッキバキにしたりするのにそれはいけるというのだろうか。少なくともスバルの常識の中では初心者でも塩と砂糖を間違えるのは稀だし、箒をバッキバキにするなど論外だ。何をどうすればそんな事になるのか。

 当のルイスは本気で言っているのか冗談で言ったのか分からないが今作った氷の壁の前にスッと飛び降りた。

 メイドとして仕事に慣れているラムに勝負を持ち掛ける時点で恐らく本気で言っているのだろうが。

 

「ドーナ」

 

 それは先ほどとは違う魔法の詠唱だった。

 これまで見てきた治癒魔法、氷魔法、風魔法、陰魔法とも違う。スバルにとって初見の魔法だ。

 その詠唱と共に地面が徐々に盛り上がり、氷の代わりに土の壁が修復される。だが、その速度はあまりにも遅かった。

 スバルの考える土魔法はもっと爆発的に地面が盛り上がったり瞬時に壁を作り上げて盾としたりというものだったのだが、これでは実戦には使えないだろう。

 

「それ、どんぐらいかかりそう?」

 

「土魔法は訓練してないからもうちょっとかかるな。でも、あんまりちょろちょろしてると魔獣に襲われるぞ」

 

「え、魔獣全滅させたんじゃねぇの?」

 

「魔獣っていってもこの辺り、あいつらの足で一日で移動出来る範囲だけだ。もしかしたらウルガルムよりも足が速い魔獣が俺が帰った後に全速力でこの辺に来てるかもしれない」

 

「マジか……」

 

 今のスバルの呟きには二つの意味合いが含まれている。一つは当然、近くに魔獣がいるかもしれないという事に対してだ。だが、もう一つはズバリ「一日で移動出来る距離って何よ!?」という事だった。

 ウルガルムの群れから逃げた感じ、恐らく走る速度はスバルの調子が良い時の全力疾走と同じぐらいだ。仮に一日中その速度を保ち続けられるとすれば、移動出来る範囲は膨大となる。

 その範囲全ての魔獣を一晩で狩り尽くしたとなると、昨夜も思った事ではあるがルイスの方が魔獣よりもよっぽど化け物である。

 

 正確に言えば、森を抜けた平原や他の魔獣が縄張りとしている場所など除いたので放射状に全ての範囲を見回った訳ではないが、それをスバルは知らないし、そもそもそれでも充分に化け物といえるので問題はない。

 

「あー、暇だ、暇だ。何か話しようぜ。例えばそう……恋バナとか!」

 

「恋ばな?」

 

「恋愛の話って意味」

 

「そうか、まぁ、お前はエミリア様だもんな。膝枕してもらってたし」

 

「ちょ!?お前も見てたのかよ!」

 

 エミリアの膝枕で寝てしまった時レムやラムに見られていた事は知っていたが、ルイスにまで見られていたらしい。先ほどルイスの前で喚き散らす覚悟をしたばかりだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「と、に、か、く!ルイスの恋愛事情はどうなってるんだ?」

 

「別に考えた事はないな」

 

「そんな事言って~。気になる子の一人や二人はいるんじゃねぇの?」

 

「いや。真面目に言ってな、俺の周り男ばっかだったから。うん、俺が女だったらまだその可能性はあったが」

 

 確かに騎士団のような所なら男所帯でもおかしくない。

 だが、このまま引き下がるのも面白くない。

 

「ならさぁ、お前がもし女なら誰かいいやついんの?あ、俺はだめだぞ」

 

「もし俺が女なら……ラインハルトだな。仲良くやれそうだし、とりあえず大体の厄介事は解決出来るほどには強い。それに何より養ってくれそうだからな。俺は家であいつが帰ってくるのを待つだけ」

 

「お、おぉ」

 

 冗談で聞いたつもりが以外とマジな答えが返ってきたので話を持ち掛けたスバルも反応に困った。

 正直、スバルの中ではラインハルトという人物を測りかねている。初対面の時はそれはもう爽やかで頼りになる自分が女だったら惚れてたという評価だったのだが、二度目の対面となった盗品蔵では急にルイスと組み手という名の何かを始めて蔵を崩壊させたちょっとおかしい人という評価になった。

 盗品蔵でのアレは恐らく拳で語り合う的な何かだと思うので、ルイスとラインハルトが仲良くやっているというのは分かるのだが、あのラインハルトの豹変はルイスに対してのみだと信じたい。もしスバルが何かをやろうとして突っ掛かって来られたのではたまったものではない。

 

「もうそろそろ終わるぞ」

 

 いつの間に土魔法での修復作業が終盤に差し掛かっていたらしい。見てみれば、土の壁は川の水位よりも高くなっており、この状態で終わっても問題はないだろう。だが、本人は最後までやり遂げたいらしい。

 作業ももう終わる。それに水を差すような真似はしまい。

 しかし、ここで一つスバルの頭の中で引っ掛かった。

 

「て言うかさ、魔獣狩り尽くすために森中回ったんなら被害とかも見えたんじゃないの?」

 

 本当かどうかは分からないが、仮にもウルガルムが一日で移動出来る範囲を全て回ったのなら当然斬撃跡も通っているはずだ。わさわざもう一度確認しに来る必要はないだろう。

 まさか嘘だったのだろうか。だが、現在スバルは死んでいないし、ベアトリスやパックにもう大丈夫だとお墨付きを貰っている。スバルを襲ったウルガルムを全て狩ったというのは間違いない。

 そこまで頭を回したところで、

 

「いや、お前考えてもみろ。その範囲を一晩で回ったんだぞ?いちいちこんな細かい所見てる訳ないだろ」

 

 と、至極単純な答えが返ってきた。

 そりゃそうだ。この谷は深さは10メートル以上あるが、幅は5メートルあるかないかというほどだ。ウルガルムが一日で移動出来る範囲を一晩で全て回れるほどのスピードなら見落としてもおかしくない。

 少しでもルイスを疑ったスバルは自分を恥じた。

 

「よし、終わった。じゃ、帰るぞ」

 

「この先は確かめなくていいのか?」

 

「心配しなくてもこの先に川とかはないさ。水の音がしないからな」

 

「え、なに、地獄耳?」

 

「昨日走り回った時に聞こえなかったって話だよ」

 

 

 ひとまず被害の確認作業を終えて二人は村へ、そして屋敷へと戻った。

 屋敷の庭ではエミリアが微精霊と話をしており、スバルはルイスを置いて彼女に駆け寄った。ルイスは気にする様子もなく自身の部屋へと戻って行った。恐らくそのまま寝るかごろごろする事だろう。

 騎士とはおおよそ違った振る舞いに思えるが、想像上の騎士に多く見かける規律を重んじるあまり頭が無駄に硬くなった頑固野郎などよりはよっぽどマシだ。むしろ話し易くて大いに助かる。

 

 たまにはあいつと二人で出掛けるのも悪くないかもしれない。そう思ったスバルだった。

 

 

 

 

 

 


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