少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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10話 世の中そんなに甘くない

「っと、あっぶなかったぁ」

 

穏やかな海面を右舷方向に走りながら、衣笠は後悔していた。レ級の魚雷を食らったがどうにか中破で耐えてみせた。着ている服もボロボロだし身体のあちこちに傷があるものの、重傷で今すぐにどうこうしなくてはならないようなものは無い。

 

とは言っても主機にダメージを受けたらしくノイズが混じる状態。その上速度も大幅に低下。恐らく出せても20ノット程度が限度だろう。状況は芳しくない。

レ級の艦爆隊の第一波はどうにか耐える事が出来た。これも提督から預かっているイタリア製の90㎜単装高角砲、ドイツ製のFuMO25レーダーという希少な装備のお陰。この2つを持っていなければ衣笠は今頃間違いなく海の藻屑となっていた所だ。

 

とはいえ追い込まれている状況である事に変わりはない。自身の後方に居る僚艦は駆け出しの駆逐艦が二人のみ。調子に乗って遠出したのが裏目に出た。出来る事なら大袈裟な事態になる前に解決したかった所だが、中破してしまった以上は支援を要請して助けてもらう他に選択肢はない。レ級一隻だけならまだしも最悪の場合『戦姫』と呼ばれる強力な深海棲艦が一緒に行動している可能性もある。

自身の我が儘で幸子と電を沈める訳にはいかない。

 

「無事に帰れても怒られるんだろうなぁ‥‥‥」

 

レ級の居るであろう方角に視線を向けつつ、沈んでいく心に合わせるようにハァ、と溜め息。気が重くはあるが背に腹は代えられない。ショートランド泊地へと通信を繋ぐ。

 

『おう衣笠か。今何処に居るんや?新人の訓練は終わったんか?』

 

通信に出たのは軽空母の龍驤。衣笠が幸子達の面倒を見ている間、彼女は秘書艦をしていた。

 

「龍驤さん、それが、あの‥‥‥」

 

事態は急を要する。自身がどうこうという状況はとうに過ぎ去っているので説明するしかない。まあ、当然ながら‥‥‥。

 

『‥‥‥はぁ!?ド阿呆!!何してくれとんねん!』

 

「だってぇ!」

 

怒鳴りちらされた。そもそも、今回の幸子達の訓練メニューに遠征など入っていなかったのだ。航行と砲撃訓練。衣笠が提督に指示されたのはその2つだけ。つまりは練習航海に出たのは衣笠の独断。

 

『だってもクソもあるかボケェ!輿水は少将から、電は大将から預かっとるんやぞ!あの二人にもしもの事があってみい、衣笠の責任だけじゃ済まされへんぞ!!』

 

普段なら、衣笠とてこんな独断で行動したりはしない。それもこれも。

 

「だってぇ‥‥‥提督が‥‥‥」

 

『うっさいわ!ええか衣笠、救援がそっちに着くまではおのれが沈んででも二人を守るんやぞ!』

 

不幸中の幸いは、衣笠が相手にしているレ級の他に深海棲艦の僚艦は見当たらないという事。恐らくこのレ級ははぐれ、だろう。それなら注意を自身に向け、電と幸子を退避させれば活路はある。

 

「やれるだけやってみる」

 

通信を終え衣笠は溜め息をつき「だって提督が‥‥‥バカ」と呟き、未だ健在の自身の主砲20.3㎝(2号)連装砲を握り絞めた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

『いいね、二人とも』

 

衣笠からの避難指示の通信に泣きべそをかき震えながら「はい、なのです」と答えた電。その電とは真逆に「フッフッフッ」と自身たっぷりの様子の幸子は連装砲を持ち直し衣笠が居るであろう前方を見据える。勿論助けに行く気満々である。

 

「電さんは早くチョイスル島まで避難して下さい。後はボクに任せて」

 

幸子の言葉に「えっ」と驚いた様子の電が、行かせまいと慌てて幸子の右手を掴んだ。先程よりも一層涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死の形相で縋って来た。

 

「駄目なのです!衣笠さんが簡単に中破するほどの相手なのです!行ったら幸子ちゃんが死んじゃうのです!」

 

「大丈夫ですよ」と答え、幸子は電の手を退けると両手を腰に当てて胸を張り、フフンっとふんぞり反ってみせる。

 

「カワイくて完璧なボクが負けるハズないじゃないですか。アイドルは沈まないんですよ!」

 

「待っててください電さん、すぐに戻ってきますね!」と走り出した幸子。電も「でも」と止めようとはするものの、幸子を追う事は出来なかった。レ級という怪物がこの先に居るのかと思うと、足が竦んで前に進んでくれなかったのだ。電と同じ駆け出しのハズの幸子にどうしてあんな自信があるのか分からず困惑し暫くその場に立ち尽くしていた電だが、思い出したように後退、泣き顔はそのままにチョイスル島へと向かう。電には今は身を隠し脅威が去るのをじっと待つ事しか出来ない。

 

「お父さん、お母さん、電は‥‥‥弱い子なのです‥‥‥」

 

 

 

そんな電と反対に。海上を軽快に走る幸子。見据える先には衣笠、それと未だ見ぬ踏み台(と幸子が思っている)深海棲艦が居る。ベテランであろう衣笠が苦戦し電が恐怖するような相手を自分が呆気なく倒す。そして皆にチヤホヤされる。そんな姿を想像しほくそ笑む。

 

「こういうの何ていうんでしたっけ‥‥‥無双、でしたっけ?」

 

異世界ものではよくある話だ。こうして強敵が直ぐに現れる所も同じ。ならば自分もチート能力であっという間に倒せるに違いない、そう決まっているのだ、何せこの異世界ものの話の主人公は自分なのだから。と何処から来るのか分からない根拠の無い自信に溢れた幸子の視界に、微かに2つの影が見えてきた。

 

一つは頭からフードを被り、真っ白で太く長く先端に異形の頭が付いている不気味な尾を持つ青白い肌の少女。その瞳は不気味に紅く光り、身体は紅色のオーラを纏っているように仄かに光っている。恐らくアレが『レ級』だろう。

 

もう一方は衣笠。血に染まった右手に持つ砲はひしゃげて使い物にならず、背中の艤装も半壊。あれでは恐らくその場から動く事も出来ない状態だろう。左手で右腕に受けたであろう傷の辺りを抑え、完全に座り込んでしまっている。影になっていてよく確認は出来ないが、左脚に深い傷を負ってしまっているようで立つ事すら困難なようだ。幸子が来たタイミングはどうやら間一髪の場面らしい。

 

これが、トドメになった。シチュエーションも完璧。これで幸子は『自分が主人公なのだ』と確信を持ってしまったのだ。

 

「フッフッフッ‥‥‥このボクが来たからにはもう大丈夫ですよ衣笠さん!」

 

幸子が居る事に慌てた衣笠が声を振り絞って「幸子ちゃん!?来ちゃ駄目だよ!逃げてっ!」と叫んだが、全て後の祭り。幸子の存在に気付いたレ級は視線は衣笠に向けたまま、その尾が海面から離れ先端の異形の頭が幸子の方向に向けられ、その口が開いた。

 

 

 

次に幸子が気付くと、目の前に海面があった。「え‥‥‥あれ‥‥‥?」と暫し混乱。数分の後、ようやく『海面にうつ伏せに倒れている』という事実に気付く。

 

「どうしてボクは寝て‥‥?早く起きて衣笠さんを助けないと‥‥‥」

 

しかし、どうにも身体に力が入らない。やっとの思いで右手を顔の前まで持って来た所で、異変に気付いた。

 

「‥‥‥‥‥‥え?」

 

幸子の右腕は、衣笠のそれのように血塗れだった。持っていた連装砲もなくしてしまったらしく、影も形も見えない。

左腕は骨が折れているらしく、全く動かせない。背中の艤装も、ベルト周りの部分を残し大半が吹き飛んでいて使い物にならない。

左目は液体のような何かが付いていて見えない。それは額、というより頭の方から流れて来ている液体。その嫌な感じの汗のようなものを震える右手で拭ってみると、赤い‥‥‥やはり血。

 

「え‥‥‥‥‥‥」

 

左腕に引っ掛かっていた機銃をどうにか右手に持ち変える。何が起きたかはまだ理解出来ないが、こんな所で寝ている訳にはいかない。自分はチート持ちのハズ、だから攻撃さえ出来れば勝てる。そう思い再度立ち上がろうと脚に力を込めようとして、再び違和感に気付く。

左脚の感覚がおかしい。太股から先が反応してくれない。まるで『そこから先の神経が切れてしまった』ように感覚が無い。

 

恐る恐る右手を左脚に這わせる。左脚の付け根からゆっくりと下へ。太股を過ぎ、膝がある筈の部分に差し掛かった辺りで、脚を触られている感覚が無くなった。同時に幸子の右手も、自身の脚を触れている感覚が無くなる。

 

「‥‥‥へっ?」

 

視線を下半身へと向けた幸子。その左脚を視認した瞬間、幸子は声をあげた。

 

 

 

「‥‥‥あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」

 

幸子の左脚は、太股から先を失っていた。幸い傷口が焼けているお陰で、失血死する程の出血には至っていない。

幸子の顔が青ざめていく。どう考えても最悪の状況だ。死、というものが足音を立てて少しずつ近付いてくる感覚。

 

そして事実、それは近付いて来ていた。海面をゆっくりと滑る音が少しずつ大きくなっていく。

 

恐怖に震えながら音の方に顔を向けた幸子。迫って来ていたのは深海棲艦レ級。その尾の先端の異形の口から、微かに煙が立ち上っていた。

 

「くっ‥‥‥幸子ちゃんから離れなさいっ!」と焦った様子の衣笠が、まだ無事な90㎜単装高角砲で砲撃。勿論そんなものがレ級に効く筈もなく、着弾はするもののその装甲には傷一つ付いていない。

 

レ級の尾が海面をパシンッ、と跳ねる。と同時に先端の異形の口が開き、爆発音と共に何かが衣笠の方へと飛んでいく。

轟音、静寂。

煙が晴れた場所に居たのは、完全に沈黙して動かなくなっていた衣笠の姿だった。沈んではいないのでまだ生きてはいるのだが、幸子にはもうそんな事を気にする余裕は皆無。

 

理解出来たのは、今が絶望的な状況だという事。

 

そう、幸子はレ級の砲撃を左脚付近に受け、大破。挙げ句、左脚太股に着けていた魚雷が誘爆。左脚を中心に左半身にダメージを負ったのだ。お陰で艤装もほぼ吹き飛ばされてしまった。

 

まるで子供が泣き喚くかのように、右手の機銃を無闇に撃ちまくる。レ級はと言えばその装甲の前にそんな物は全く意味が無く、蚊に刺された程度の反応しか見せていない。

 

「どう‥‥‥して‥‥‥ボクはチート持ちのハズじゃ‥‥‥」

 

遂に幸子の目の前まで来たレ級はニヤリと笑うと幸子の首を掴み、海面から持ち上げた。これから起こるかも知れない事を思うと、嫌な汗が止まらない。

 

直後、不意に右手が引っ張られる感覚。幸子は何が起きたのか分からなかったが、こんな時だからこそか『とある事』を思い出した。

とある番組で確かこんな事を説明していた。サメに食べられた時、その歯のあまりの鋭さに人間は引っ張られたような感覚をおぼえる‥‥‥。

 

ゆっくりと右手に視線を向けると、やはり。幸子の右手は、持っていた機銃もろとも手首から先が無くなっていた。レ級の尾の異形の口から、幸子のものであろう血が滴り落ちているのが見える。

 

逃げようにも全身から力が抜けて抵抗出来ない。恐怖し泣く事しか出来ない幸子の目に、尾の異形の顔が少しずつ迫ってくるのが映る。

 

「‥‥‥うそ‥‥‥ですよね‥‥‥?」

 

異形の口が大きく開かれ、幸子の顔に少しずつ迫ってくる。幸子には「助けてプロデューサーさん‥‥‥助けて白露さん‥‥‥」と祈る事しか出来なかった。

 




フラグ回収です。絶体絶命の幸子。まあ、そうなるな。

因みにザックリ今のステータス比較
幸子(弥生)Lv1
耐久(HP)1/13
装甲5
火力6
雷装18
装備:全て喪失

衣笠Lv87
耐久1/53
装甲73
火力96
雷装73
装備:20.3㎝(2号)連装砲
FuMO25レーダー
90㎜単装高角砲
零式水上偵察機

レ級elite
耐久270/270
装甲130
火力157
雷装138
制空値107
開幕爆撃159


衣笠が無事だったのはFuMO25と90㎜単装高角砲による対空カットインのお陰です。

幸子には無理ゲーです

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