少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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11話 主人公が強いなんて幻想である

「‥‥‥うそ‥‥‥ですよね‥‥‥?」

 

視界に迫ってくる、非常に鋭い歯が並んだ異形の口。実際の時間は一瞬であろうが、幸子には恐ろしく長い時間に感じられる。

 

今にして思えば、これまでの人生は出来過ぎだったのかも知れない。幸子がプロデューサーにスカウトされてから、まだ一年すら経過していない。にも関わらず、現状の幸子のアイドルとしての知名度は高い。入れ替わりが激しく陽の目も見れない者達がごまんと居る芸能界で、トップアイドルとはまだ言えないが間違いなく成功している部類に入る。自分の事を『カワイイ』と宣言したり(とはいってもアイドルをしている以上、幸子が可愛いというカテゴリーに入るのは間違い無いが)と元々自信過剰な所があった幸子を更に調子付かせるには充分過ぎる状況だ。

 

だが、今にして思えばその成功が良くなかったのかも知れない。元居た世界で刺されたうえ、こうして今死に直面している。下積み期間も殆んど無くアイドルとして早々に成功した代償に、人生の運を使い果たしてしまったかのようだ。

 

ゆっくりと口を開きながら迫ってくる異形の頭。その幾重にも付いた鋭い牙を見ながら、これ迄の生活やプロデューサー、アイドルとしての活動が頭を過る。これが世に言う『走馬灯』かと感傷に浸る余裕など当然ある筈もない。こんな時だからこそか、何時だったか忘れたが敵に頭を食われて死んだ魔法少女アニメのキャラを思い出して更に大粒の涙を溢し、ガタガタと震える。

 

「たひゅ‥‥‥たひゅけて‥‥‥」

 

アニメのコマ送りのように、ゆっくりと近付いてくる牙。噛まれたら痛いどころでは済まないだろう。生きながら頭を噛み砕かれるのがどれ程の絶望と苦痛を運んでくるのか想像も出来ない。

 

大きく開いた口はもう目の前。鋭利な牙が幸子の瞳のすぐそこにある。もう駄目だ、と恐怖で目を瞑った幸子の耳に、突然の爆発音が聞こえた。同時に右肩に感じた事の無いくらいの恐ろしい痛みが走る。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

あまりの激痛に思わず悲鳴をあげ目を見開いた幸子。見れば幸子の右肩に異形の口が噛みついていた。異形の牙が突き刺さった部分からは血が滲み流れ始める。

 

だが、おかしい。つい先程まで、異形は幸子の頭に噛み付こうとしていた筈。それがどうして肩に変わったのか。答えは幸子にもすぐに解った。レ級の背中から煙が上がっているのが見える。誰かが背中を攻撃したという事だろう。その攻撃の反動で異形の口が幸子の頭ではなく肩に噛み付いてしまったのだ。最悪な状況に変わりない事は確かだが、幸子はまだ辛うじて生きてはいる。こんな状況でも、やはり幸子は『持っている』。

 

 

 

「幸子ちゃんを‥‥‥離すのです‥‥‥」

 

レ級の背中の向こうに、恐怖に顔を引き攣らせ全身を震わせながらも砲を向けている電の姿が見えた。勇気を振り絞って逃げずに幸子を追いかけて来たようだ。

だが、状況が好転した訳ではない。電のレベルは幸子と大して変わらない。駆け出しの駆逐艦程度の砲撃でどうにかできる程、レ級の装甲は薄くない。事実、電の砲は直撃はしたものの、レ級にダメージがあるようにはこれっぽっちも見えない。

それどころか事態が悪化した感すらある。レ級はゆっくりと視線を背中の向こうの電に向けた。これで幸子だけでなく間違いなく電もターゲットになった。

 

ニヤリ、と笑みをみせるレ級の様子に「ヒッ‥‥‥」と縮こまってその場で固まってしまった、遂に泣き出した電の様子からいって、逃げるのは最早不可能だろう。

 

レ級の真っ白な尾が海面で弾み、その先端の異形の顔の、血に染まった口が電の方を向く。当然ながら幸子の右肩から牙を離した訳ではなく。

 

 

 

「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

気色悪い音と共に右肩の一部を食い千切られた幸子の悲鳴が響く。と同時に、今にも意識を失いそうな幸子の視界の端に赤紫色と銀色、それに白という三色の組み合わせの何かが映った。

 

ドゴォン、という強烈な爆発音と爆風。思わず目を閉じた幸子が感じるのは、空中を高速で移動している感覚。それと誰かにお姫様抱っこで抱えられている感覚。右肩の激しい痛みに耐えながらうっすらと目を開けた幸子が見たのは、自分と同じ位の背丈の誰かの着ている赤紫色の制服の一部、それと胸の青いリボン。

 

ヒザ程もある銀髪の長い髪を二つ結びにしその真ん中に団子という髪型、風雲と同じ制服を纏った少女が幸子を抱え、空中で1回転。レ級の頭を足蹴にして大きく前方へと跳躍、同時に親指から中指までの三本指の部分が開いている黒いグローブを着けた左手で魚雷を二本、レ級へと投げつける。銀髪の少女は間髪入れずその魚雷を砲撃、レ級を巻き込んで爆発が起こる。

 

爆風に乗ってレ級から距離を取って慣れた様子で着水した銀髪の少女が「目標確保っ!」と叫ぶ。それに呼応し『目標確保確認!全艦攻撃開始!』と通信機から風雲の声が聞こえた。

 

レ級は健在のようで、煙が晴れないうちに何かの影が幾つも現れ始める。飛行機と呼ぶにはあまりにもかけ離れた、衣笠が『飛び魚艦爆』と呼んでいたレ級の艦載機。幸子達の方へと向かうかと思いきや、それらは上空へ。

 

と。空から何かが風を切る音が聞こえてくる。幸子には具体的な機体名はよく分からないが、恐らくは零戦(というか幸子では艦載機は全て零戦、という程度の認識しかないが)。何故か日本刀を持っている妖精に率いられた零戦の編隊は、まるでそれが当たり前かのように次々と飛び魚艦爆を撃墜していく。相手にもなっていないかのようだ。

 

飛び魚艦爆を一通り蹴散らした直後、レ級の頭上へと爆弾が降ってくる。同時に幸子の視界に現れた金髪に青い瞳の女性。灰色を基調にした、両肩に鉄十字の刺繍された制服を纏ったその女性は迷う事無くレ級に向かい『Feuer!Feuer!』と砲撃。ドイツ語‥‥‥だろうか。

 

金髪の女性がレ級に向かい魚雷を放つ。それに合わせ別の二方向からもレ級に向かい魚雷が走り、その全てが直撃。あれだけの威圧感と絶望を振り撒いていたレ級が呆気なく海底に沈んでいく。

 

惚けその様子を眺めていた幸子だが、やっと我に返りある異変に気付いた。あれだけ感じていた激痛が和らいでいる。傷が回復している訳ではないものの、流血もかなり収まっている。その代わりに幸子の身体の上を妖精が数人動き回っているが。

 

「もう大丈夫!」

 

幸子を抱えた少女がニッコリと微笑んだ。どうやら命が助かった事を理解した幸子は、安堵と共に意識を手離した。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「‥‥‥はっ!?」

 

幸子が目覚めると、浴槽の中だった。酷く恐ろしい夢を見た。左足を失い、右の掌と右肩を食い千切られ、挙げ句激痛まで感じるというとんでもない悪夢だった。恐る恐る右肩を触り、右掌があるのも確認。左足だってちゃんとある。無事なのを再確認しホッと安堵したのも束の間。今居るのが入渠施設だという事に気付きその心は曇る。

 

「はぁ‥‥‥ボクの身体に戻ったってわけではなさそうですね」

 

浴槽から出て鏡の前へ。映っているのは当然艦娘・弥生の姿。元の世界に戻れた訳ではない事に落ち込んで項垂れて、再び浴槽へと戻り湯に浸かる。

 

‥‥‥と、突然、勢いよく入渠施設の扉が開かれた。ビクッと震え音の方に視線を向けた幸子に向かって、白露が走ってくる。

服を着たままバシャン、と勢いのまま浴槽に飛び込んだ白露が、幸子を抱えあげ抱き締めてくる。幸子は入浴していて裸な訳で、正直痛いし恥ずかしい。

 

「ちょっと白露さん!痛いですって!」

 

「良かった、幸子ちゃんが無事で良かったよぅ」

 

無事で良かった‥‥‥その言葉に幸子は血の気が引いていくのが分かった。確認するまでも無く、レ級との事は現実だったのだ。もう少しで死ぬ所だったのも、食い千切られたのも現実。

 

「あの‥‥‥白露さん?」

 

恐怖が甦ってくる。身体の震えが止まらない。あんな化け物と戦うなんてどうかしている。もう二度とやりたくない。

 

「衣笠さんと電ちゃんなら無事だよ。衣笠さんは提督と一緒に沖立少将にお説教されてるよ」

 

二人が無事だったのは喜ばしい事だし、身体の傷が何事も無かったかのように回復しているのも良い事だ。だが、幸子が言いたいのはそこじゃない。‥‥‥本当に死ぬかと思った。生まれて初めて絶望というものを味わった。

 

「白露さん、ボクは‥‥‥ボクは‥‥‥」

 

目に涙を浮かべ声を震わせ始めた幸子に気付いたのか、白露はそのまま頭を撫でてきて、器用にポイポイとその場で服を脱いで一緒に浴槽に浸かってくれた。

 

「うん、大丈夫だよ幸子ちゃん」

 

落ち着くまでずっと手を握ってくれていた白露の事は有り難かったものの、本当は幸子はその役はプロデューサーであって欲しかった。

 

 

 

 

幸子が浴槽からあがって更衣室へと入ると、誰かに突然顔面に何かを投げつけられた。「ぶはっ」と声を洩らした後に投げつけられた物をよく見てみると、弥生の制服一式。

 

投げつけて来た人物の方を見てみると、卯月だった。その表情は如何にも不服そうな不満顔。

 

「コラ輿水幸子、お前が死のうがうーちゃんは知ったこっちゃないぴょん。でも弥生の身体を殺すのは絶対許さないっぴょん」

 

そう鋭い視線で幸子を睨む卯月。「ヒッ」と恐怖し白露にしがみつくが、肝心の白露は助け船を出すどころか苦笑いしているだけ。

 

そんな白露と幸子にフイ、と背中を向けて更衣室から出ていく卯月。「どうして営倉?から出てるんですか!?」と訴える幸子だが、白露の様子は苦笑いから変わらない。

 

今日は散々な日だ。レ級に襲われ死の恐怖を味わったばかりでなく、卯月が自由の身になって敵認定された。異世界ものの主人公がチート持ち、とは一体なんだったのだと心の中で溜め息をつく幸子。白露の「卯月ちゃんも素直じゃないよね」という呟きは耳に入ってはいなかった。

 

 

 




幸子、命拾い&卯月、営倉から出る
まだ元の世界に戻れる様子は無い模様。幸子はチート能力なんて持ってない事にやっと気付いた様子。


幸子を救ったのは呉艦隊。

長い銀髪の風雲と同じ制服を纏った少女:夕雲型の末っ子・清霜。沖立少将の秘蔵っ子の最後の一人。

何故か日本刀を持っている妖精の編隊:零戦最強の呼び声高い零式53型岩本隊(改修MAX)。幸子視点なので書かれてはいないが爆撃は彗星によるもの。いずれも発艦は鈴谷。

金髪のドイツ語の女性:ドイツ重巡プリンツ・オイゲン。現在呉に所属。

幸子の上を動いていた数人の妖精は応急修理要員

です。

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