少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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12話 再起動

幸子が着替えを終えて扉を開けて更衣室を出ると、風雲の姿が見えた。向こうも此方に気付いて手を振っている。

 

「二人ともやっと出てきたわね」

 

どうやら幸子を待っていたらしい風雲が、ゆっくり歩いて近付いてくる。心配してくれていたのだろうか‥‥‥とも思えたがどうも違うらしい。

 

「ちょっと幸子ちゃんに話があるんだけど。白露は席を外してくれる?」

 

白露が居ると話し難い用事。どうせ幸子に拒否権など無いだろう。不安を覚えつつも、幸子は風雲の後を付いていく。

 

「そんなに緊張しなくても平気よ、悪い内容じゃないから」

 

少しだけホッとした。練度が低く明らかに足手纏いだったにも関わらず無謀にもレ級に突撃、あっさりやられて死に損なったのだからてっきり怒られるものだとばかり思っていたのだ。今回は別の案件という事だ。もしかしたら帰り方が分かったとかそういう明るい内容かも知れない。

 

「風雲さん‥‥‥でしたっけ?ボクに何の用なんですか?」

 

「あそこで話そっか」

 

風雲が右手で指し示したのは小さめの会議室のようだ。やはり周りには聞かれると不味いような内容なのだろうか?

風雲は扉に手を掛けノブを回し、先に中へ。幸子も無言でその後から部屋へと入った。

 

「適当に座ってて」という風雲に「あ、はい」と素っ気ない返事をして、その辺に横1列に並べてあったパイプ椅子の真ん中らへんに座る。風雲が幸子と一つ席を空けて左側の椅子に座った。

 

「ええっと‥‥‥先ずは幸子ちゃん、危険な目に遭わせちゃってごめんね。本来なら提督から話す事なんだろうけどホラ、幸子ちゃん緊張しちゃうだろうから」

 

「あ‥‥‥いえ、ボクなら大丈夫ですから」

 

沖立少将に気を使われたようだ。少将と面会した時は確かに自分でも分かりやすいくらい緊張していた。それにあの威圧感のある秘書艦の不知火の目が無いのも、歳も近く話しやすいであろう風雲を寄越してくれたのも幸子には助かる。

 

「それでね幸子ちゃん。今後の事なんだけど」

 

幸子に一任される予定だった今後の所属。しかしながらレ級の件があった為、沖立少将は幸子を内勤にするつもりだったらしい。幸子は妖精に見出だされた訳でもないし自ら志願して艦娘になった訳でも無い。そんな、深海棲艦と戦う覚悟をしていない幸子にはレ級との一戦は精神的に相当堪えたに違いない、深海棲艦に対しどうしようもない恐怖を覚えてしまっていてもおかしくはない、という判断だ。

 

「ショートランドで少し頑張ってみない?」

 

「ここで‥‥‥ですか?」

 

「そう、ここで」と笑みを浮かべ頷く風雲。どうやらその提案をしたのは卯月らしい。

 

「卯月ちゃんがね、『うーちゃんが鍛えるっぴょん。だからもう少しだけ輿水をショートランドに置いて欲しいっぴょん』って」

 

幸子には意外であった。初対面で首を絞められ、先程の捨て台詞もあって幸子は卯月に仇敵だと思われていると思っていたからだ。

 

「それで納得したんですか!?ボクが卯月さんに殺されたらどうするんですか!?」

 

ガバッ、と風雲の方へと身を乗り出して抗議するが、決定は覆らない。風雲は「それは心配ないと思うよ?」とさして気にしていない様子。

 

「まあ前のような事にはならないと思うから。卯月ちゃんが幸子ちゃんを手に掛ける、って事はないと思う」

 

卯月が営倉を出されたのもそれが理由のようだ。ついさっき卯月が言っていた『弥生の身体を殺すのは許さない』という事を信用しろ、という事か。頭では理解出来ない事も無いが、幸子の心の方がついていけていない。まだ卯月を見ると恐怖を覚えるくらいだ。

 

「卯月さんと上手くやれる自信なんて有りませんよ‥‥‥」

 

芸能界のいざこざなら持ち前の図太さでどうとでも耐えられるが、自分を殺そうとした相手となれば話は別だ。出来る事なら幸子がショートランドに残り卯月が異動、となれば言う事は無いのだが。

 

「それに‥‥‥アイドルとしてなら自信が有りますけど、ボクは艦娘としては弱いですし‥‥‥皆さんの役になんて立てませんよ」

 

表情も暗く、俯く幸子。

今回ばかりは幸子も弱気だった。チート能力も無い、敵にロクにダメージを与えられない自分。それに引き換え、幸子を助ける為に突っ込んで来てくれた銀髪の少女は比べるべくもなく強かった。幸子が自信を完膚無きまでに打ち砕かれたのは、実はアイドル活動も含めてこれが初めてだった。かといってすぐに元の世界に戻れる訳でも無いので、この世界で生きていかなくてはならない。それは今の幸子にとって『艦娘として海軍で働く』という事だ。初めて挫折を味わっている最中の幸子には、それは辛い現実でしかなかった。

 

「あー‥‥‥まあそうだよね。うん、私も昔はそうだったから分かるよ」

 

苦笑いに変わった風雲の言葉に、ふと幸子は顔をあげた。

 

「‥‥‥風雲さんが、ですか?」

 

強力な呉の艦隊を指揮する司令塔の風雲。俄には信じられなかったが、風雲によれば彼女も元々は自分に自信が無く、運動音痴で訓練でも周りの艦娘達の足を引っ張る落ちこぼれだったらしい。それが縁あって呉鎮守府へと異動。沖立少将らに見出だされ、風雲自身も必死の努力を重ねた結果として今の彼女がある。

 

「そうそう。だから幸子ちゃんもこれからの自分次第だよ。無理する必要は無いけど、少しだけ頑張ってみない?」

 

 

 

成る程、沖立少将が風雲を寄越した意味が幸子にも少しだけ分かった気がした。確かに深海棲艦は怖いが、ここまでしてもらって断るようでは『アイドルとしての幸子』が廃るというもの。不安が解消された訳ではないが、ここは頷いておくところだろう。どうせ今の幸子には海軍以外の選択肢は無いのだ。

 

「‥‥‥仕方ありませんね。それなら少し頑張ってみます。何せボクは輿水幸子なんですから」

 

まだぎこちない営業スマイルを風雲に向け、幸子は椅子から立ち上がった。そうと決まれば今やれる事を纏めておかなくてはならない。「ありがとうございます、風雲さん」と会議室を出ようとした幸子を、風雲が「ちょっと待って」と呼び止めた。

 

風雲は、自身の髪をポニーテールに結わえているリボンを外した。先端に赤いラインが三本入った山吹色のリボン。

 

「このリボン、少しの間幸子ちゃんに貸しておいてあげる。妖精さんが作った勇気が出る特殊な装備だから」

 

「‥‥‥ありがとうございます」

 

勿論、そんなご都合主義的な装備がある筈はない。そのリボンは風雲がとある艦娘から貰った普通のリボンだ。しかしそんな事は知らない幸子からすれば、今後を何とか乗り切れるかも知れないキーアイテムのように思えるだろう。

 

「幸子ちゃん、頑張ってね」と手を振り見送る風雲を背に、幸子は会議室を後にした。

 

 

 

自分の‥‥‥もとい弥生の部屋へと戻って来た幸子は、一冊のノートを広げた。今やらねばならない事を書き連ねていく。

 

「先ずは最低限艦娘として動けるようにならないと。あ、それに元の世界に戻れた時の為に何時もやってるレッスンもやるとして‥‥‥」

 

貰ってきた、艦娘としての訓練のスケジュール表を見ながら、一日の行動予定を立てていく。元の世界ではスケジュール管理はプロデューサーがやってくれていたが、ここでは幸子が自分でやらねば誰もやってはくれない。

 

あんな事もあったお陰か、今日はこれからの予定は特にない。向こうの世界でやり途中だった新曲のレッスンでもしようかと制服を脱ぐ為にスカートに手を掛けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ごめん‥‥‥なさい‥‥‥」

 

司令室。しゅん、と小さくなって床に正座しているのは衣笠。消え入るような声で謝っているのは勿論レ級との一戦の事だ。

 

「どうして遠征に出たりしたんだ?普段の衣笠ならそんな事はしないだろう?」

 

プロデューサー似のショートランドの提督が、できる限り柔らかい口調でそう語り掛ける。先程沖立少将や不知火に散々怒られたのだしこれ以上怒っても仕方ない、それよりも衣笠が独断で行動した動機を突き止めておく必要があると考えての事だ。

 

「それは、その‥‥‥」とあまり言いたくない様子の衣笠。

 

ソファに座り紅茶を飲んでいた鈴谷はそんな二人を交互に見て「ほんっと、少佐って鈍感だよねぇ」と呆れた様子。

 

「鈍感だと?鈴谷には理由が分かるのか?」

 

「少佐ってさ、漫画の主人公か何かなの?どんだけ鈍感なの?」と言いつつ鈴谷はその視線を衣笠へ。気付いた衣笠の表情が真っ赤に染まる。

 

「まー鈴谷が言っちゃってもいいんだけどさ、こーゆーのは自分の口で言いたいものじゃん?」

 

ニヤニヤしながら衣笠を見た鈴谷は「ちょっと幸子ちゃんの様子でも見て来よっと。それじゃお二人さん、ごゆっくり~」と一人退室。残された少佐と衣笠の間に気まずい空気が流れる。

 

「衣笠、それでどういう」

 

「えっと‥‥‥今言わないと駄目?」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

コンコン、とノック音。ジャージ姿に着替えていた幸子が扉を開くと、鈴谷が立っている。隣には白露の姿もある。

 

「幸子ちゃん、ちーっす」

 

「あれ?幸子ちゃん汗かいてる?」

 

白露が気付いた通り、幸子は先程まで自主レッスンをしていた。この弥生の身体でも幸子の持ち歌は一通り覚えているし、身体も動いてくれる。幸子の魂が記憶しているのだろう。弥生の身体が142㎝と幸子の元の身体と同じ身長、同じサイズだったのも幸いしているか。

 

「今レッスンしてた所だったんですよ。あ、お二人ともその辺に座っててください」

 

テーブルの辺りに二人を座らせ、何か飲み物は無いかと備え付けの冷蔵庫を探す。

 

「あーそっか。幸子ちゃんって向こうの世界のアイドルだもんね」と納得した様子の白露と「えっ?幸子ちゃんってアイドルなの!?」と少しばかり驚いた様子の鈴谷。

 

2L入りの緑茶のペットボトルを見つけ、グラスを3つ持ってテーブルの方へと戻った幸子。久々の反応に「そうですよ!ボクは向こうでは(多分もうすぐ)トップアイドルだったんです!」とエヘンと胸を張ってみせる。

 

「そうだ幸子ちゃん。何か向こうの曲聞かせてくれない?」

 

少しでも元気を出してもらおう、という白露の思惑の込められた提案を、幸子は「任せてください!ボクが一番カワイイって所を見せてあげますよ!」とそれとは分からずに引き受けた。

 

「それじゃ何にしましょうか‥‥‥そうですね‥‥‥『To my darling…』にしましょうか」

 

 

 

時間にして数日振りという短期間。しかしながら幸子はひどく久しぶりにアイドルとしての自分を取り戻した気がした。

 

 




鈴谷「幸子ちゃんの曲ってさ」

白露「大和さんが歌っても合いそう」

鈴谷&白露「ねーっ」



という事で幸子、再起動。次回に続きます。

それと竹達さん御結婚おめでとうございます。
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