「よし、二人ともそこに並ぶっぴょん」
翌日。
ショートランド泊地の演習用海上。各々艤装を身に付けた幸子と電が、卯月と向かい合って立っていた。勿論、これから卯月の教導を受ける為だ。
「では電、砲撃の基本を言ってみるっぴょん」
「はわわっ‥‥‥目標を決めて、仰角を決めて、初弾を観測して、二発目で修正して‥‥‥散布界内に収めて‥‥‥」
電の言う事は間違ってはいない。基本、駆逐艦娘の装備は連装砲。撃ち出す角度と目標を決め、初段を撃ちそれを観測、二発以降で目標を散布界に収めるよう修正して夾叉になるように撃っていけばいつかどれかは当たる、という理屈だ。しかし、卯月は口をへの字に曲げたまま。
「‥‥‥輿水は何かあるっぴょん?」
「あ‥‥‥いえ‥‥‥」
突然卯月に質問を振られたが、ハッキリ言って幸子にはチンプンカンプンだ。弱気ではあるが真面目っぽい電が答えているのだから、きっとそれが正解なのだろうという程度の考えしかない。
卯月は「ハァ~~」と盛大な溜め息。ギロリ、と二人を睨む。電は怖くなって視線を逸らし、幸子はビクッと身震い。
「お前らそれでも駆逐艦っぴょん?」
「ですけど!ボクは」と言いかけた幸子の事を無理矢理遮り、卯月は「ぜんっぜん駄目っぴょん」と呆れて舌打ち。電は下を向いてしまい、幸子は卯月の事が怖くなって腰が引ける。
「呆れてものも言えない。お前ら‥‥‥まあ試しにそれうーちゃんに向かってやってみせろっぴょん」
そう言うと、卯月は二人から離れ距離を取る。やってみせろ、と言うからには卯月に向かって撃てという事だ。だが。卯月の弾が演習用のペイント弾なのに対し、幸子と電の方は実弾。万が一卯月に当たりでもしたら大事だ。二人がそう躊躇し戸惑っているのを見抜いてか、卯月は遠方から通信を飛ばしてきた。
『早くやれっぴょん。撃たないと今日のお昼抜きだっぴょん』
お昼抜き、と言われて渋々動き出す二人。電が慎重に卯月に狙いを定めている横で、幸子は両手で構えた砲を適当に卯月に向けて撃った。
今度も当然当たる、悪くとも例の散布界なるものの中には収まると思っていた幸子だが、初撃は全く掠りもせず卯月の遥か右の前方に落ちた。チート能力は無くとも射撃くらいは出来る、と前回の事でまだ勘違いしていた幸子が「あれ?」と首を傾げると、『くぉ~ら輿水!ドコ狙ってるっぴょん!』と通信で罵声が聞こえてきた。
「え?だって卯月さん!ボクの砲撃の腕なら本来は‥‥‥」
『黙れ!弾を無駄にするなっぴょん』
再び浴びせられた罵声に、ムッとした幸子は立て続けに砲撃。しかしどれもこれも卯月から遥か離れた位置に落ち、至近弾どころか散布界にすら入れられない。
「あれっ?えっ?」と混乱している幸子の横で、慎重に慎重を重ねた電が砲撃。しかしそれも卯月には掠りもしない。それに、今さっきまで居た場所に卯月の姿が見えない。
「はわわっ」
「あれっ?卯月さんは何処に行ったんですかね?」
完全に見失った二人の右舷側から、風を切る音が微かに聞こえた。ペシャッ、と何かが幸子の右肩に当たる。当たった部分の服が濡れたようで、肌に張り付いて気持ち悪い。
「‥‥‥うわっ、何ですかこれ?」
幸子の右肩には、ピンク色の液体が付着していた。「ペイント弾なのです!?」と気付いた電の言葉で、幸子も状況をやっと理解した。右を向いてみると、卯月が砲を構え迫ってくるのが見える。これ以上被弾しては堪らない、と幸子は何度か砲撃してみるが当然全てハズレ。代わりにペシャッ、ペシャッ、と卯月のペイント弾二発を背中の艤装と顔に被弾。
「ぶふぉっ!?」と口に入ったペイントを吐き出した幸子に『輿水はこれで轟沈判定だっぴょん』と吐き捨てた卯月は、今度は電に向かってくる。今度も慎重に、よく狙いを定めている電が砲を放つ前に卯月は躊躇なく二発砲撃。ペシャッ、とペイント弾は電の頭に浴びせられ、次弾のペイントが電のお腹に施された。
ペイントが頭から垂れてきて涙目になっている電と、顔じゅうピンク色のペイントでコントのオチのような状態になっている幸子の元に、卯月が戻ってきた。二人の不甲斐なさに呆れた様子の卯月は、再び大きな溜め息をついた。
「はぁ‥‥‥。おい、糞雑魚駆逐艦共。よーく聞くっぴょん。電の理屈は間違ってはいないっぴょん。でも深海棲艦相手にそれをやったら、今みたいにあっという間に轟沈っぴょん」
今にも泣きそうな電をチラリと見て、言いたい放題の卯月に向かって幸子は怒りに任せ「じゃあどうしろって言うんですか!」と怒鳴る。卯月はギロリ、と幸子を睨み、幸子は「ヒッ」と情けない声を出して思わず後退り。
「輿水はやっぱり馬鹿っぴょん。答えは簡単、素早く撃って全部当てればいいっぴょん。駆逐艦の本分は、接近してありったけの火力を叩き込んで、魚雷で敵を仕留める事。お前みたいなヘッポコじゃイ級一匹すら沈められずに轟沈っぴょん」
変わらず下を向き泣くのを必死に堪える電と、言われ放題で頬を膨らませるが怖くて視線は合わせない幸子。この二人の根性を叩き直すのは苦労しそうだと、卯月は本日三回目の溜め息をついた。
「戦場で電が言ったような事をやってたら、駆逐艦の装甲じゃあっという間に轟沈だっぴょん。隙を作るな、海上で一ヶ所に留まるな、撃ったら必ず当てろっ」
遂に泣き出した電を横目に、幸子の頬は一段と膨れる。そんな事は今初めて聞いたし、幸子は艦娘初心者だ。卯月の言葉は理不尽以外の何物でもない、と段々と怒りが大きくなってきた。
「そっ‥‥‥そうは言いますけど!ボクは初心者なんですよ?幾ら天使のごとくカワイイボクでも出来るわけないじゃないですか!」
「‥‥‥はぁ?」と卯月に睨まれる。幸子の怒りは一瞬で吹き飛ばされ、卯月の怒りが籠る表情に呆気なく怖じ気づく。やはり怖いものはまだ怖い。
「輿水、お前‥‥‥そんなド素人の癖にレ級に向かっていったの?‥‥‥‥‥‥うーちゃん今日はもうやる気失せたっぴょん」
クルリ、と二人に背を向けた卯月。二人を見ないまま「今日は二人とも何処が悪かったか反省文提出っぴょん。続きは明日っぴょん」と言って泊地へと引き揚げていく。「そのザマで弥生の身体を危険に晒したなんて‥‥‥」と呟いたのは、電と幸子には聞こえていない。
暫し呆然としていた二人だが、遠く小さくなった卯月の背を見て慌てて泊地の方へと引き揚げる。「ヒック、グスッ」とまだ泣き止まない電に「だっ‥‥‥大丈夫ですよ電さん!ボクだってほら‥‥‥ちょっと怖かったですし!それにホラ!卯月さんも理不尽だったじゃないですか!」と必死に慰めてみる。しかしというかやはりというか、電は岸に着くまで泣き止まなかった。
◆◆◆◆◆◆
「反省文、って何書けばいいんですか‥‥‥」
提出、と言われても艦娘になったばかりの幸子だけではどうにもならない。何せ艦隊戦や対潜哨戒といった基礎知識はゼロ。戦艦と空母の違いすら理解していないのだ。幸子を快く思っていないであろう卯月を納得させるような物を書くなど流石に不可能に近い。
背中に艤装の重さを感じながら、柄にもなく「はぁ」と溜め息をつき、どうしたものかと考えながら歩く。電に聞くのは気が引ける、というか聞ける雰囲気ではなかった。電の落ち込みようは中々に酷いものだった。幸子の手には負えないと判断し風雲に任せたくらいだ。
工廠に着いた幸子は妖精達に背中の艤装と連装砲を預け、出入口の傍に置かれたパイプ椅子に腰を下ろし暫し悩む。
「明石さん‥‥‥は論外として。やっぱり白露さんに相談するべきですかね」
やはりここは白露を頼るべきだろう。この泊地で最も仲が良い‥‥‥と言っても幸子が話した艦娘といえば白露と明石以外では卯月、衣笠、不知火、風雲、鈴谷くらいなものだが。
「あれ、幸子ちゃん?もう訓練終わったの?早くない?」
顔をあげその声の方へ向ける。居たのはやはり白露だ。白露は今日も呉艦隊と演習で、終えて艤装を預けに来たようだ。本来ならば呉艦隊は電を衣笠達に預け、昨日のうちにショートランド泊地を後にする予定だったのだが幸子達の件があってもう1日の滞在となっていた。幸子がレ級から助けられた時、呉艦隊は帰路に着いていた途中。もしもあの時呉艦隊が海上に居なかったら、幸子も電も衣笠も今頃は海の底だっただろう。
「何かあったの?訓練が上手くいかなかったとか?」
心配そうに幸子の顔を覗き込んでくる。こんな時でも自尊心は幸子の邪魔をしてくる。慌てて営業スマイルを作り「フフーン、カワイイボクが上手くいかないわけ無いじゃないですか。それはもうカンペキな訓練内容でしたよ」と要らない見栄を張ってしまった。勿論内心では(あああっ、ボクのバカぁ!何で正直に言わなかったんですかぁ!)と後悔している。
「うーん‥‥‥幸子ちゃん、ちょっといい?」
「はい?」
言うと同時に白露はヒョイと幸子を持ち上げ、初めて会った時のようにお姫様抱っこでガッチリホールド。「ちょっ、離してください!」と手足をジタバタさせて暴れる幸子などモノともせずにそのまま歩きだした。何時もながら白露のその細腕のどこにそんな力があるのだろうか。
どうやら向かう先は艦舎のようだ。
「幾らボクがお姫様のようにカワイイからってこれは恥ずかしいんですからね!」
「何か悩みがあるんでしょ?お姉さんに任せなさい」
白露にはお見通し、という訳ではない。幸子がどんなにスマイルを作ろうとも、顔と雰囲気に「悩みがあります」と出てしまっているのだ。幸子本人が幾ら隠そうとしても態度に出てしまい隠せない、そんな所も『アイドル輿水幸子』の魅力の一つなのだが、如何せん本人はその事に気付いてはいない。
途中すれ違う艦娘達の注目を集めながら、白露の部屋へ。確かに幸子はアイドルだし注目される事には慣れているが、こういう恥ずかしい注目のされ方は勘弁して欲しい所だ。
好奇の的になった少し顔の赤い幸子は白露の部屋のベッドへと放り投げられ、やっと解放された。ここまで初日と同じ流れだ。その初日の意趣返しなのか、白露はニヤニヤしながら両手の指をワキワキさせながら少しずつ近付いて来る。
「さーて幸子ちゃん。本当の事言わないと乱暴しちゃうよ?‥‥‥エロ同人みたいに!」
「ヒッ、ヒィィィ!?止めてください白露さん!ボクはノーマルなんですぅぅっ!!」
‥‥‥白露の部屋の中に「あひゃひゃひゃひゃっ!?やめて、やめてください!くすぐったアヒャヒャヒャヒャっ」というくすぐりの刑を実行された幸子の笑い声が響く。当然幸子は陥落し、白状させられる事となった。
◆◆◆◆◆◆
工廠の奥。
両肩に妖精を1人(?)ずつ乗せ、作業台を前に腕を組み「うーん」と明石は唸る。
未だに弥生と幸子が入れ替わった原因は分からない。二人の個人データ(身長、体重、スリーサイズ)がほぼ一致しているのが判明しているくらいしか分からない。他には二人が同時に瀕死になっている事くらいだ。今の状況ではとてもではないが元に戻す為の切っ掛けすら掴めない。艦娘、艤装の様々な事象に向き合って来た明石にもさっぱりな事態だ。
「困りましたね。平行世界の人間の魂が次元の壁を越えてくる、なんて本当に出来るんでしょうかね?」
はい、現在の幸子の艦娘としての真の実力はこの程度です。レベル1なので当然ですが。
とはいえ幸子は少しずつ普段のペースを取り戻しつつあります。
……幸子のスリーサイズですか?
74/52/75、身長は前回記述の通り。
体重は3なn…幸子「わーっ、わーっ!」kgですね。