少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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14話 訓練開始

「はぁ」

 

幸子は深い溜め息をついた。本当なら今頃は新曲の打ち合わせをしていた筈だった。それが、艦娘とかいう得体の知れない者になってこうして海上に浮かんでいる。

 

百歩譲って、海の上を走るのはまだいい。普通の人間ならば絶対に体験出来ない事だ。しかし幸子が問題としているのは、今から始まる訓練でありその教官が卯月だという点だ。

 

「どうしてカワイイボクがこんな事に‥‥‥」

 

『溜め息つくなっぴょん。いいか輿水、お前は今からうーちゃんの砲撃をひたすら避け続けるっぴょん。5回連続避けられれば今日は終わりっぴょん』

 

聞こえて来た卯月の通信。卯月は幸子から1キロ程度距離を取り砲を構えていた。素人である幸子は、1キロも離れた位置から狙うなど不可能だと思っている。卯月の訓練の意図は全く分からない。理不尽な理由を付けられ、卯月にいびられでもするのではないかと不安で仕方ない。何せ卯月は幸子の存在を快く思っていないのだから。肉体的ではなく精神的に何かされるに決まっている。

 

「あんな遠くからなんて当たるわけ無いじゃないですか‥‥‥」

 

幾ら卯月がベテランでも流石に当てられるわけが無い。そう慢心し、再び溜め息。「こんな事よりレッスンを‥‥‥」と愚痴った所で、卯月から『よし、始めるっぴょん』と合図が来た。

 

「分かりましたよ、やればいいんですよね?」

 

どうせ当たらない、と適当に旋回し始めた幸子の耳に砲撃音と風を切り裂く音が聞こえる。次の瞬間、幸子の顔面に何かが直撃。「ぶふぉっ!?」とアイドルがあげてはいけない声を出した幸子の顔には何かの液体がベットリと付着。着ていた制服やら艤装やらもそのピンク色の液体でベットリと濡れていた。

 

「ゲホッ、ゲホッ、オェェエ、オェェェェエッ」

 

口の中にまで入って来た液体を吐き出し、思わず両手で顔を拭った。当然ながら幸子の掌もピンク色に染まる。演習用ペイント弾。幸子が不可能だと思っていた距離から、卯月は見事に当てて見せたのだ。

 

「何で当たるんですか‥‥‥」

 

『くぉーら輿水!真面目にやれっぴょん!!』

 

通信機の向こうで叱責している卯月の実力に驚愕。まさか本当に当ててくるとは思わなかった。

全身ピンク色に染まった、ネタの後のお笑い芸人のような状態の幸子はやっと理解した。これは真面目な訓練なのだと。

 

「分かりました。避ければいいんですか。真面目にやればボクでもそのくらい」

 

今度は油断しない。『次いくっぴょん!』という卯月の声を確認し、船速を上げて大きく移動し始める。的を絞らせないように不規則に動けば、幾ら卯月でも当たるわけが無い。

 

‥‥‥と思っていたのだが。

バシャッという音と共に、幸子の右半身にピンク色の液体がまとわり付いた。これでも当ててくるなんておかしい。きっと誘導弾か何かに決まっている、やっぱり幸子をいびる為の訓練に違いないと思い視線を海面に落とした幸子は、辺り一面にピンク色の液体が浮いている事にやっと気が付いた。

 

「何ですかこれ」

 

『散布界に決まってるっぴょん。その範囲に居るって事は被弾する可能性が高いって事だっぴょん。その液体に当たらないように回避するのが今回の訓練だっぴょん』

 

幸子は思わず「はぁっ!?」と声をあげた。見た所、幸子の周辺のかなり広い範囲の海面にピンク色の液体が浮いている。この範囲から逃れるには相当頑張って走らなくてはならない。それも、卯月が撃つ瞬間を狙って全速力でその場から離れる必要がある。

 

「冗談はよしてくださいよ!こんなの避けられるわけ無いじゃないですか!!」

 

思わず怒鳴った幸子だが『冗談じゃ無いっぴょん!この程度避けられなきゃイ級にも勝てないっぴょん!』と逆に怒鳴られ返された。卯月がおかしいと思いたい所だが、艤装を駆る妖精に依ると『出来るに越した事は無い』という返事が返ってきた。本当に出来るまで終われないという事か。

 

「どうしてボクばっかり‥‥‥電さんは白露さんと訓練なのに」

 

電は、白露の指導の元で砲雷撃訓練。それも白露の事なので優しく教えてくれているに違いない。一方の幸子は卯月にスパルタ教育。幾ら幸子が素人とは言えあんまりである。

 

「こんな‥‥‥ボクの意思を無視して辛い事ばっかり‥‥‥」

 

幸子の気持ちとは関係なく事態は勝手に進んでいく。上手く丸め込まれていつの間にか深海棲艦とやらと戦わなくてはいけない事になっているし、今行っている訓練もとてもではないが達成出来る気がしない。幾ら幸子がアイドルで常人よりかは忍耐強いとは言え、運命の神とやらは幸子に辛辣過ぎて辛い。

 

幸子がアイドルとして今までやってこれたのは、漠然とだが自分は主人公的な存在だと思っていたからだ。アイドルとして人を惹き付ける魅力を持ち、歌唱力もダンスの実力も(幸子の中では)あり、何よりカワイイ。その上まだ挫折を経験しておらず順風満帆。これを主人公と呼ばずして何というのか、という状態だった。

 

しかしながら今の自分はどうか。主人公、という存在とはあまりにもかけ離れた位置にいる。艦娘としてはどう見ても下の下の実力、それも他人の足を引っ張り、僚艦の助けがなければ死んでいたレベル。地味な努力を積み重ねてもアイドルの時のように右肩上がりに成長できるかも分からない。

 

「プロデューサーさんだったらこんな扱いするわけ無いのに‥‥‥」

 

‥‥‥幸子はこれまでの事を少しだけ思い返す。嫌だと言っているのに怖いと有名なジェットコースターに無理矢理乗せられたり、お化けなんて余裕だと言ったら日本最恐のお化け屋敷に潜入取材させられたり、天使のようだと調子に乗せられてスカイダイビングをやらされたり、罰ゲームとは言え泥の沼に頭から突っ込まされたり‥‥‥。

 

「‥‥‥順風満帆‥‥‥‥‥‥でしたっけ?あれ?なんだか涙が‥‥‥」

 

なんだか上手い事プロデューサーに乗せられてばかりだった気がしてきた。意識していなかっただけでどうやら割りと体力勝負な事もしてきていたらしい。他のアイドルがしないような事までやってきたのだ。もうこの際ヤケだ。とことんやってやるしかない。

 

「分かりましたよ!やればいいんですよね!?世界一カワイイボクに出来ないとでも思ってるんですか!」

 

流れそうだった涙を拭い、幸子は卯月の居る方角に向けて怒鳴る。こうなったらさっさと成功させて卯月の認識を改めさせるしかない。今までだってそうやって世間が幸子を見る目を変えてきたのだ。

 

『よーし、その意気だっぴょん。今の言葉‥‥‥‥‥‥忘れるなよ?』

 

語尾に威圧感を滲ませた卯月の言葉に少し怯んだものの、幸子の意思に揺らぎは無い。そうして再び回避訓練は開始された。

 

とはいえ。その日の訓練で幸子はただの一度たりとも回避に成功する事は無かった。艦娘というモノは、どうやらそんな甘い存在では無いようだ。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「そうだよ電ちゃん。落ち着いて」

 

こちらも海上。

白露に両肩を押さえてもらい、電は再び砲撃。目標は1キロ先に設置された的だ。

電が放った砲弾は、目標の遥か右に逸れて着弾。それでもさっき迄よりかは近い位置に落ちた。

 

「さっきより近くなったよ、その調子!」

 

「でも‥‥‥全然遠いのです‥‥‥」

 

まるで当たる気がしない。電にはこの距離で散布界に捉える事等不可能のように思える。それでも、直撃とは言わないが散布界に5割入るまで次に進めないとあれば出来るまで続けるしかない。

 

「大丈夫。こういうのは慣れだよ、慣れ!」

 

慣れだという白露の言葉は頭では分かる。重力やら湿度やら風やら云々と複雑な計算の上での砲撃も、最後は結局は本人の腕。とあるビッグセブンの姉妹間で砲撃の精度に大きく差があり、同じ艤装を使っても次女三女の方が長女よりも砲撃が上手かった、という話は父親から聞いた気がする。訓練を繰り返して出来るようになっていく以外に近道など無い。

 

今まで電がやった砲撃訓練で、最も遠い距離が500メートル。今回はその倍に当たる。500メートルでさえ当てるのには苦労した記憶しかない電には、今の距離は無謀にしか思えない。

 

「当たるようになってきたら他の距離もやってもらうからね。今は1キロの距離に集中してね」

 

「はい、なのです」

 

さっきは大きく右に逸れた。砲をほんの少しだけ左に動かす。「やぁ」と撃ったその砲弾は、今度は大きく左に逸れた。距離が遠いぶん、僅かな誤差の修正は難しい。

 

「また‥‥‥駄目なのです」

 

「そんなに落ち込まないで。最初はみんなそんなものだよ」

 

あの夕立にも一目置かれていた実力者だった母親と比べられているようで、白露の励ましも今の電には辛い。比較される事は分かってはいたつもりだったが、いざその状況になるとその辛さは想像以上だ。

 

電が艦娘に興味を持ったのは、最初は母親への憧れ。少し成長してからは自分を変えたいという思い。ただいざ艦娘になってみると、如何に母親が偉大だったのかが分かった。

 

はっきり言えば、今の自分は足手纏いだ。艦娘になったばかりの幸子と変わらないレベルの弱さ。電の周りに居る呉の艦娘達のレベルが皆高いのも電自身が余計に弱く見える一因ではあるが。

 

電が艦娘になる前に母親に連れて行ってもらった居酒屋の、元艦娘である女将が言っていたのを思い出す。

『母親は母親、アンタはアンタよ。そりゃあ比較はされるでしょうけど気にせず気楽にやることね』

彼女の言葉の通り気楽に出来るならどんなに良かったか。

 

「あの‥‥‥白露さん、どうして今の訓練が必要なのですか?電は、もう少し基礎を固めた方がいいと思うのです」

 

「んーと。卯月ちゃんは近々、電ちゃんと幸子ちゃんだけで深海棲艦の討伐をしてもらうつもりみたい。幸子ちゃんにも相応の訓練を受けてもらってるよ。だから電ちゃんも今は目の前の事を頑張ろう?」

 

一体卯月は何を考えているのだろう。足手纏いの自分と、新米の幸子だけで深海棲艦と戦うなんて無謀以外の何者でもない。あの時レ級がギロリと自分に向けたあの狂喜に染まった瞳を思い出し、恐怖でブルッと身震いする。

 

「わかり‥‥‥ました。やれるだけやってみるのです」

 

口ではそう言ってみるものの、そんな自信は湧いて来ない。今度は僅かに右に砲を動かし撃ってみるも、やはり大きく逸れてしまった。

 

自分の情け無さに泣きたいのを必死に堪え両目一杯に涙を溜めて、電は再び砲を構えた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「それで、電の方はどうだっぴょん?」

 

「まだまだ、かなぁ」

 

その日の夜遅く。食堂で紅茶を飲みながら、卯月と白露が昼間の二人の様子を振り返っていた。

 

「輿水も話にならないっぴょん。まるで素人。あれじゃ的にしてくれって言ってるようなものだっぴょん」

 

「仕方ないよ、幸子ちゃんは実際素人なんだよ?」

 

二人は幸子と電の相性は悪くないとは思っている。幸子が積極的に動き相手を錯乱し、電が確実に狙って撃沈する。コンビとしては悪く無い。通じるのは精々軽巡相手までだろうが。

 

「当面の目標は正面海域のポイントCで二人だけで深海棲艦と戦える力をつける事だっぴょん」

 

「そうだね、まああのポイントなら出ても軽巡洋艦くらいまでだもんね」

 

幸子と電、二人の第一目標のクリア予定まであと一月。最低限の実力まで伸ばせるよう、卯月と白露の訓練計画の練り上げは夜更けまで続く。

 

 

 




幸子と電の目標、正面海域ポイントC(1ー1ーC、ボスマス)での深海棲艦撃破まであとひと月。それまで訓練の日々です。

12.7㎝連装砲の初速は910m/s、つまり卯月の砲撃から着弾まで1秒ちょっと。この間に幸子は散布界から離脱しなくてはなりません。艦娘は実艦と違い大きくないので散布界が狭いのが唯一の救いです。

ビッグセブンの姉妹:三人、なので当然コロラド級です。コロラド級の砲撃訓練の結果の話はちょっと有名ですね。
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