少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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16話 激闘

「二人ともエエか?目標はポイント1ーC。軽巡1、駆逐2を確認しとる。今のところコッチの彩雲には気付いとらんで」

 

龍驤の言葉を聞いて、艤装を背負う幸子の背中に冷や汗が流れる。

 

ショートランド泊地近海の穏やかな海上。連装砲を握る両掌は緊張で汗ばみ、両足も小刻みに震える。アイドルの仕事なら緊張はしてもプレッシャーに負けるような事はなく、寧ろその程よい緊張を力に変える事ができる。だから幸子は芸能界という世界を渡ってこれたし、自分ならできるという自信もあった。

 

しかしながら、今のコレは違う。命のやり取りであり殺し合いであり、異形との戦争である。それも幸子にとっての真の意味でのデビュー戦。幾ら先のレ級よりも遥かに劣る深海棲艦が相手といっても恐怖は拭えない。

 

「幸子ちゃん緊張してる?大丈夫だよ。駆逐と軽巡くらいなら撃沈できるし、いざとなったらみんなも居るから」

 

すぐ右隣を走る衣笠の励ましの言葉は、半分も耳に入らない。やれるだけの事はしてきたが、本番で化け物相手に通じるかは未知数。幾ら衣笠達が居ても、一歩間違えれば助けが間に合わず水底へ沈んでしまうかも知れない。今度こそ死に飲み込まれるかも知れないのだ。

 

「フ‥‥‥フフーン、ボクなら大丈夫ですよ」

 

口だけ強がってはみるものの、幸子の声は誰が聞いても分かるほど震えていた。余裕など無いのは明らかだ。

 

「深呼吸しよ?ね?ほら、電ちゃんも緊張してるみたいだし、幸子ちゃんは先に落ち着いて電ちゃんの緊張ほぐしてあげよ?」

 

そう衣笠に言われて、ふと左に顔を向ける。並走している電もプレッシャーでガチガチと震えていて、彼女の表情は今にも泣きそうに見える。

 

そんな幸子達の様子を見てこれは駄目だと思ったのか、衣笠は大きく溜め息をついているようだ。「緊張ほぐれるような事‥‥‥イ級一匹くらいで出て来てくれないかなぁ」と衣笠が呟いているのが聞こえる。

 

できるなら電に活躍してもらって自分は安全な遠距離から砲撃するだけ、とかで終わって欲しい。そうできるならどんなに楽な事か。だが実際は逆。幸子が深海棲艦に積極的に接近し、電が援護。危険性で言えば幸子が上。そういう訓練をしてきたのだから当たり前なのだが、頭で納得しようとしても身体と心が付いていかない。「はぁ‥‥‥」と憂鬱と逃げたい気持ちの入り交じった溜め息をついた幸子に、卯月からの通信が聞こえてくる。

 

『敵艦発見だっぴょん。0ー2ー5、駆逐イ級が1。輿水、電、その腑抜けた表情を叩き直してくるっぴょん』

 

口は災いのもととはよく言ったものだ。衣笠の言う通りの事態になった。まだ震える両手で連装砲を握り直した幸子は、一層高まる鼓動を感じながら恐怖を必死に抑え電に声をかけ、また電も震える声でそれに応える。

 

「行きますよ、電さん」

 

「‥‥‥はい、なのです」

 

今にも死にそうな表情の幸子と電に不安を感じながらも衣笠が「二人とも頑張って!」と送り出してくれる。深海棲艦最弱とも言えるイ級一匹程度にすら勝てなくてはこれから先やっていけない。自分の力が通じる保障など何処にも無いが、もはや逃げられない所まで来てしまっている。どうしてあの時『内勤にしてくれ』と頼まなかったのだろうと後悔しながら、幸子は電と共に船速を上げてイ級の居るであろう方角へと走る。

 

「電さん、訓練通りにいきましょう」

 

「はい、なのです。訓練通りに」

 

お互い相手にではなく自分に言い聞かせるように言葉を交わす。大丈夫だ、一隻程度なら何とか勝てる、大丈夫だ、と心の中で唱えながら。

 

幸子の水上電探が、ようやく敵を感知。数は1。海上に他の敵影は見えない。

幸子達を警戒しているのだろうか、向こうにはまだ砲撃の様子は見えない。今がチャンスと言えるだろう。

 

幸子は真っ黒な小型の鯨の化け物のようなイ級に連装砲を向ける。当たるかどうかはともかく有効射程内には入っている。初弾は当たらずも問題は無い。幸子に注意を向けさせる事が大切なのだ。隣を並走していた電は既に幸子から大きく離れ、イ級を狙える射程ギリギリの位置につけている。

 

「お願いしますよ、妖精さん‥‥‥」

 

当たればラッキーだと思いつつ、祈るような思いで砲を放つ。爆音と共に飛んでいく砲弾は、イ級の右前方の海面に大きな水柱と共に着水。イ級が幸子の方に視線を向けた。

 

ここからだ。幸子は意を決してイ級の方へと水面を走る。勿論真っ直ぐにではなく左右に不規則にジグザグと動きながら。少しでも的を絞らせないよう近付きつつ、更に砲を放とうと連装砲をイ級に向ける。

 

幸子の連装砲の2発目の準備が整うよりも早く、イ級の口から伸びる砲塔が幸子に向けられた。何の訓練もしていなければ、成す術無くアッサリ被弾していたであろう。だがこれ迄散々卯月の叱責に耐えてきた訓練のお陰で、幸子はまだ遠方に見えるそれに反応できた。卯月の砲撃動作に比べたら、イ級のそれはひどくゆっくりとした動きに感じられる。幸子にも『これはもしかしたら何とかなるかも知れない』と思える。

 

イ級の砲塔の先端が光り、ほんの少し遅れて轟音が響く。それと同時に砲弾は幸子の右側の後方の水面に水柱と共に着水。勿論幸子が左に急ぎ大きく旋回した結果だ。イ級の2発目が準備されるより早く、幸子は2発目を砲撃。幸子の後方に居る電もチャンスと思って同時に砲撃。二人の砲撃は見事にイ級に着弾、爆発音と共に炎上したイ級が深海へと沈んでいく。

 

「や‥‥‥やりました‥‥‥やりましたよ!フフーン!どうですかボクの実力は!」

 

声はまだ震えている。だが、確かに勝った。それも自分と電だけの力で。まだ戸惑いはあるものの、幸子は確かな手応えを感じていた。レ級レベルはまだ無理でも、チート能力は無くとも自分の力は深海棲艦に通じる。それが実感出来たのは非常に大きい。いけるかも知れないという思いが幸子の中に生まれる。

 

『よし、良くやったっぴょん。次も油断無くやるっぴょん』

 

珍しく卯月が肯定の言葉をくれた。卯月だってここで無闇に下手に叱って初戦の幸子と電の士気を態々下げるような事はしない。そこまで失敗もしていないし、ここで下手に幸子達の士気を下げて以降の戦闘に影響を与える訳にもいかない。

 

叱るなら全て終わった後、反省会でだ。

 

「フフーン、どうですか卯月さん!」

 

ここで調子に乗るのが幸子の欠点。これには卯月も『コォラ輿水、調子に乗るのは任務を完全勝利で終えてからにしろっぴょん!』と注意せざるを得ない。幾ら卯月達がフォローできると言っても、新米の幸子達にとって軽巡を旗艦とした深海棲艦の艦隊が非常に手強い相手である事を忘れてもらっては困るのだ。

 

「褒めてくれてもいいじゃないですか‥‥‥まあ卯月さんらしいですけど」

 

プレッシャーも緊張もまだある。だがやっと少しばかり光明が見えた幸子の身体に力といつもの自信が戻ってくる気がした。

 

「二人とも良かったよ!この調子で次も頑張っちゃおっか」とポンポンと頭を撫でてくれる衣笠の好意も満更でもない。これが衣笠ではなくプロデューサーならいうことはなかったのだが。

 

後はこの調子でポイント1ーCの深海棲艦の艦隊を撃沈できればいうことはない。

 

 

 

漸く何かを掴みかけた幸子と電を連れて、一行は南東へと向かう。今日の本来の目的地へ。

 

数刻後。龍驤の彩雲が此方に向かってくるのが見えた。その遥か向こうに、点と言える程度に見える影が3つ。駆逐イ級が2、そのイ級が3隻繋がったような見た目の軽巡ト級が1隻。今の幸子と電にとっての難敵だ。

 

『エエか二人とも、無理せず一隻ずつ片付けていくんやで』

 

龍驤から通信が飛んで来て、幸子は事前のミーティングを思い出す。軽巡を落とすのは今の幸子達には難しい。確実に駆逐艦を一隻ずつ片付けて、軽巡に集中する。さっきのようにやれば大丈夫だと不安を吹き飛ばすように心の中で何度も何度も繰り返し、幸子は大きく息を吸い込んだ。

 

「幸子ちゃん、行きましょう」

 

「勿論ですよ電さん」

 

二人は勇気を振り絞り足を踏み出した。最も近い位置にいる駆逐イ級を睨みつつ走る。先にそれ以外の二隻への牽制からだ。幸子はもう一隻のイ級へ、電は軽巡ト級へと砲を向ける。

 

幸子の砲撃はイ級の前方海面に落ち、当たらず。一方の電の砲撃は命中し爆音が上がるも、ト級は健在。良くて小破という所か。電も幸子も狼狽するが、これは作戦の想定内。軽巡は最初から雷撃で仕留める手筈になっていたからだ。

 

気を取り直し、幸子は一番近いイ級へ砲撃。イ級の方も幸子へ砲撃。距離も離れていて幸子のはまたしても当たらず。一方のイ級の砲撃は、幸子の左足付近に着水。直撃ではなかったものの、吹き上げた水に幸子は大きく右後方へと吹き飛ばされた。

 

「幸子ちゃん!大丈夫なのです!?」

 

「なんとか‥‥‥」

 

まだ幸子は立ち上がれていない。イ級はそんな隙だらけの幸子へと砲を向けている。これは避けられない、と思った瞬間、イ級の足元が水飛沫と共に爆発、轟音をあげた。電が放った魚雷が命中したようだ。正直助かった。

 

「あと二隻、なのです」

 

電の差し伸べた手を掴み、幸子はどうにか立ち上がった。状態は小破といった所、一方の電は無傷。まだ戦える。

 

今度こそ。同じ新米の電にばかり良いところを持っていかれる訳にはいかない。何とか自分も良いところを見せないと卯月に何を言われるか分からない。

 

「今度はボクの番ですよ」

 

幸子はト級へと砲撃。またしても当たらないが、これは牽制だ。もう一隻イ級を片付けて二人がかりで挑める状態にするまで、ト級に近付かれては困る。

電の放った砲を避け、イ級は真っ直ぐ幸子へと向かってくる。電よりも幸子の方が落としやすいと判断したのだろう。その口に備えられた砲塔が幸子に向けられる。だがこのタイミングならまだ間に合う。イ級の砲撃より早く反撃に移ろうと連装砲を握り直した幸子の耳に、電の叫び声が響く。

 

「幸子ちゃん、危ないのです!」

 

声の後に、風を切り裂く音。それに轟音、続いて幸子の身体は大きく後方へと吹き飛ばされる。続いて左手に激痛が込み上げる。何が起こったのか理解出来ていない幸子の瞳に、煙のあがっているト級の砲塔の先端が見えた。イ級に集中し過ぎたせいでト級の砲撃に気が付く事が出来なかったのだ。

イ級はといえば、幸子の左脚のホルスターから外れ海面に放たれた魚雷が暴発し直撃、それに巻き込まれ沈んでいっている。不幸中の幸いだ。

 

 

痛い。

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

左手が動かない。視界に入る左手は血まみれ。激痛と恐怖で涙が止まらない。

泣いて立ち止まっている暇が無いのは理解している。ここに留まればト級の良い的だ。だが今の幸子は痛みでそれどころではない。海面上にへたり込み、立ち上がれない。

 

「助けてください電さん、助けてください、妖精さん!」

 

必死の叫びに応じたというわけでは無いが、幸子の左手の方へと妖精が何人かまとわりつく。勿論遊んでいるわけでも何でもなく、レ級戦の時には乗っていなかったダメージコントロール担当の妖精達だ。消えるわけでは無いが、徐々に痛みは収まっていく。そうして幾ばくもしないうちに幸子の左手は辛い鈍痛が響くが動けない程では無い程度に落ち着く。これならどうにかなる。

それでも今のト級との距離の近さは不味い。幸子の状態も大破に近い中破。何か手を打たなくては下手をしたら轟沈の可能もある。

 

魚雷は無い。幸子の連装砲は砲塔がひしゃげてしまって砲撃は無理。

苦し紛れに、幸子は連装砲をト級に投げ付けた。それで勝てるとは思っていない。少しでも隙を作れればと思っての行動。

 

ト級の異形の3つの口がニヤリと恐ろしい笑みを見せた。幸子の撃沈を確信したのだろう。ト級の砲が幸子にゆっくりと向けられた。

瞬間、ト級の真下で爆発が起こる。意識外に居た電の雷撃。そのままト級は轟沈し、幸子は爆風で後方へと押し流される。

 

 

 

『助けてください電さん』。これが二人の奥の手の合図。素人同然の幸子がト級に勝つのは無理だ。同じ理由で電にも無理。二人がかりでも勝てるかは分からない。最悪の場合幸子が無様に立ち回って囮になり注意を引き付け、その隙に電が慎重に狙いを定め仕留める作戦だった。

 

イ級が運良く片付けられたのもあったが、結果的に何とか勝てた。非常に危険な賭けではあったが幸子と電の力だけで。

 

電は緊張が途切れたのと安堵からか、その場に力無くへたり込んだ。幸子も怪我をした左手を押さえながらヨロヨロと立ち上がって電の方へとノロノロと走る。どうやら速度も上がらないくらいにやられていたらしい。もしも電が魚雷を外していたら‥‥‥と思うとゾッとする。

 

『この馬鹿共!なんてザマだっぴょん!!』

 

卯月の激怒も当然だろう。見るからに無様。とてもでは無いが上手く戦えたとは言えない。だが、勝った。内容は兎も角結果は合格の筈だ。幸子がここまでやられなければ言う事は無かったが、なってしまったものは仕方ない。寧ろ素人がよく中破で留まったと褒めて欲しいくらいだ。

 

「痛い‥‥‥凄く痛いですけど‥‥‥これで任務達成ですよ、やりましたね電さん」

 

痛みを堪え、恐怖を乗り切り。幸子は電に笑顔を向ける。「はい!」と笑顔を返した電もこれで少しは自信を付けた事だろう。

 

‥‥‥が。幸子の全身から急に力が抜け、電の目の前で膝から崩れ落ちる。「幸子ちゃん、大丈夫なのです!?」という電の声が遠くなり、幸子の視界がゆっくりと白くなっていく。「あれ‥‥‥?」という間抜けな声を残し、幸子の意識は暗くなっていき‥‥‥。

 

ピロリーン、というゲームの電子音のようなものが頭の奥底で響き、それと同時に幸子は完全に意識を手放した。

 

 




幸子、無事(?)1ー1クリア。意味深な達成音と共に最終話へと続きます。
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