少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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さて。2話目は早々に投下しておきます。あの人も登場しています。


2話 幸子の一番長い1日(前編)

 

思い出してしまった。途端に幸子の身体はガタガタと震えだし、止まらない。あの時の絶望感と死の恐怖は、とてもではないが簡単に拭い去れるものではない。今まで幸子が挑戦してきた幾多の危険なロケとは比較にもならない恐怖。

 

怖い、怖い、怖い‥‥‥。今のこの身体に傷や痛みなど一切無いのだがそれでも怖い。

 

幸子を抱き留めていた衣笠に「ちょっと、幸子ちゃん!?」と声を掛けられ、幸子は震えながらも漸く顔をあげた。

 

「衣笠‥‥‥さん?」と呟くような微かなその声も震え、顔は真っ青。腰も抜けてしまって自力では立つ事も儘ならない。

 

それでも「大丈夫。大丈夫だよ」と少し強く衣笠に抱き締められて、幸子は少しずつではあるが落ち着きを取り戻していく。今は何処にも怪我が無い事を思い出し、両足を何とか奮い立たせてやっとの思いで自力で立ち上がった。

 

「幸子ちゃん?動けそう?」

 

「あっ‥‥‥当たり前じゃないですか。ボクを誰だと思ってるんですか」

 

腰に両手をついて偉そうにしてはいるものの、半泣きで引き攣ったぎこちない笑顔を見せる幸子。その言葉が幸子の強がりだという事は提督も衣笠も分かっている。事実、その両足はまだ震えたままで暫くは自力で歩けそうもない。

 

どうやら幸子にこれからの事を話すにはまだ早いようだ。少なくとも、幸子の精神状態が落ち着いてからの方がいい。この状態でアレコレ話すのは幸子を混乱させるだけだ。提督はそう判断し、泊地内のとある所へと通信を繋いだ。

 

『提督?なーに?用事?』

 

通信に出たのは、少女らしき声。「悪いが直ぐに来てくれるか?」という提督に『はーい!』と元気の良い返事を返した通信の向こうの彼女が司令室に到着するまでの時間、約5分。思っていた以上に早かった。

 

「提督、入るよー」と気楽そうな声と共に扉が開かれ、幸子の視線もそちらに向く。扉の向こうに現れたのは全体が茶色で毛先にグレーのグラデーションの入ったロングの髪に赤いヘアバンド、黒と白がベースのセーラー服をその身に纏い、何故か首から警笛を下げている美少女だった。

 

「あれっ?弥生ちゃん、元気になったんだね」

 

顔を見るなりそう声をあげたこの新たな少女に、前後の脈絡無く「フフンッ、当たり前ですよ、何せこのボクですからね!」と自身を鼓舞するように必死に取り繕う幸子。その幸子の様子を見て何かを察した少女が驚いた表情で提督の方に顔ごと視線を向けた。

 

「提督、弥生ちゃんって‥‥‥」

 

「すまない白露。弥生を部屋まで運んでやってくれ」

 

白露、と呼ばれた少女は、フフンッと胸を張ってはいるがまだ震えの止まらない幸子を両手で抱き上げ「一先ずあたしの部屋に行こっか」とそのまま歩きだした。幸子は恥ずかしかったのか両手をバタバタさせて抵抗はするものの、白露の拘束からはどうやっても逃れられない。

 

「ちょっと!離してくださいよ!ボクは自分で歩けますから!」

 

「ダーメ、こんなにガタガタ震えてるくせに」

 

そんなやりとりをして白露、幸子両名は司令室から退散。

 

 

 

 

 

残った提督と衣笠。提督は椅子に座ったまま、衣笠は部屋の真ん中にあるソファにポスンと腰掛けて、顔を見合わせた。

 

「どういう事だ?あの弥生が」

 

「ねーっ?衣笠さんが言った通りだったでしょ?」

 

弥生という少女は本来、普段あまり喜怒哀楽を表に出さない少女だ。その表情から気分を察せられる同僚は多くはない。まだ着任して期間がそれほど経っていない提督には尚更、弥生の感情は普通は読み取れない。

それが今はどうだろう。提督にもその心情が手に取るように分かる、というか分かりやす過ぎる。これは確かに衣笠や妖精達が言っていた『弥生だが弥生ではない』という言葉も頷ける。

 

「それで、提督はどう思う?衣笠さんは二重人格の類いじゃないかなっ、って思うんだけど」

 

「まだ分からないな。ただ、一つだけ確かな事がある」

 

果たして多重人格か、それとも別の何かなのかは提督には分からない。しかしながら確かな事がある。それは、彼が提督たる所以。

 

「今の弥生は練度が最初期の1だ」

 

提督の言葉に「‥‥‥は?」と固まる衣笠。そう。提督のもつ資質の一つに『艦娘の練度を数値で正確に把握できる』というのがある。幸子はレベルでいう所の1、つまり最弱。

 

「ちょっとちょっと!冗談だよね!?弥生ちゃんってもうじき最高練度だったでしょ!」

 

衣笠が驚くのも無理はない。何せ『弥生という艦娘』は衣笠よりも古参、練度もこのショートランド泊地では上から三本の指に入る高さだった筈なのだ。それが、今はレベル1。過去に多重人格を発症した艦娘も居たには居たが、衣笠の記憶の範囲内では練度が変動した等という話は聞いた事が無い。

 

「いや、僕も驚いているよ。過去にそういう事例が有ったかどうか、も含めて弥生の事は明石に診てもらう事にするよ」

 

ショートランド泊地には工作艦・明石は居ない。明石は普段は横須賀鎮守府所属、そこからあちこちの鎮守府や泊地に出張しているそれなりに忙しい艦娘だ。今回はタイミング良くその明石がショートランドに訪れる事になっていた。呉鎮守府の少将が視察に来るついでに一緒に。

 

「ああ、そっか。明石さんも来るんだっけ。でも提督の一番のお目当ては明石さんじゃないでしょ?」

 

途端にニヤニヤし始めた衣笠。提督も「何を言ってる。今は弥生の事の方が重要だろう?」と返してはいるが、その頬が少し赤い。図星を突かれたようだ。

 

「まったまたぁ。ホラ、提督ってば赤くなっちゃってるよ?」

 

「‥‥‥うるさい。衣笠も弥生の様子でも見てきたらどうだ?」

 

と。ここでタイミング良くというべきか悪くというべきか、通信が入った。相手は呉鎮守府一行のようだ。

 

『ちーっす!呉艦隊旗艦、鈴谷だよ。あと1時間くらいで着くから受け入れ宜しくね!』

 

「あ、ああ。此方ショートランド泊地、了解した。沖立少将にくれぐれも宜しくお願いしますと伝えてくれ」

 

今回の呉の旗艦・軽空母鈴谷からの通信に応えた提督の声が若干上擦っていてトーンが高い。先程より一層ニヤニヤし始め「このっ、このっ」と提督の右頬を指でつつきからかう衣笠と、明後日の方角を向いて誤魔化す提督。やはりまだまだ新米のこの提督では衣笠には敵わないようだ。

 

 

 

 

 

衣笠と提督がそんなやり取りをしていた頃。白露に抱えられた幸子は部屋に連れ込まれ、そのままベッドに転がされた。「ギャフン」と思わず声が洩れる。

 

「ベッ‥‥‥ベッドに!?ボクに何をする気ですかっ!?‥‥‥ハッ!?まさかボクがカワイイからってあんな事やこんな事をする気ですか‥‥‥!?」

 

余程気が動転してるらしく、転がされたベッドの慌てふためく幸子。どこで覚えてきたのか「エロ同人みたいに!」と叫び白露を睨んでいる。

 

「いやいやいや、あたしノーマルだから。弥生ちゃん相手にそういう事したりしないよ?」

 

すっかり警戒し小動物のようにベッドの端で小さくなって睨みを利かせる幸子の姿に苦笑いしつつ、白露が少しずつ距離を詰めていく。

 

遂に端に追い詰められた幸子の震える両肩にポン、と白露の手が置かれる。「大丈夫だから。弥生ちゃん、落ち着いて、ね?」と笑いかける白露にやっと少しだけ警戒を解いて「やよいさんじゃありません。ボクの名前は幸子です」とか細い声。

 

「あー‥‥‥えっと‥‥‥幸子‥‥‥ちゃん?」

 

「‥‥‥何ですか」

 

白露は幸子を怖がらせないようにと慎重に言葉を選びながら会話を進めていく。幸子も少しずつ自身の事を話していく。

主に白露が聞いたのは、幸子が弥生として目覚める前の『輿水幸子』についての事。中学生でアイドルで、このショートランド泊地の提督とソックリなプロデューサーと共にトップアイドルを目指して悪戦苦闘していた事。住んでいた土地の様子や、日本という国、世界の国々の情勢(幸子の知っている範囲でだが)について。

 

「へぇ‥‥‥国と国が戦争‥‥‥かぁ」

 

白露が特に関心を持ったのはそこだ。幸子にはそれが不思議でならなかった。何故ならこのショートランド泊地は衣笠の話通りならば海軍基地。海軍があるのなら当然この世界でも国同士の小競合いや紛争、戦争行為がある筈だ。

 

しかしながら、幸子の疑問に白露は首を横に振る。「あー、この世界で国対国で戦争なんてしてたら人類はとっくに滅んでるよ」というのが、白露の答え。

白露はもはや幸子が弥生とは別人という事を受け入れたようで、唖然としている幸子にも分かりやすく説明してくれた。この世界には『深海棲艦』という異形が存在していて、その海の化物からの侵略から人類を守る。それが、白露達のような各国海軍所属の『艦娘』の役目だと。

 

幸子は漸くだが理解してきた。つまり幸子は最近よく目にしていた『異世界ものの主人公』にされてしまったわけだ、と。

 

ズーン、という言葉がピッタリの様子で酷く落ち込んだ。確かに異世界に来てしまったとか、向こうの世界でのトップアイドルになるという夢も志半ばだとかはある。けれどそれ以上に辛い事だって幸子にはある。

 

「じゃあ、ボクはもう戻れないって事なんですかね‥‥‥」

 

えらく沈んだ様子の幸子を見兼ねたのか「だっ‥‥‥大丈夫だよ!きっと戻る方法もあるって!」と慰めの言葉をかける白露。幸子は一瞬だけ反応して視線を向ける。

 

「‥‥‥本当に?」

 

「きっとあるって!あたしもできる限り協力するから」

 

確かに辛い事に違いはない。しかし、クヨクヨしていても何も始まらない。訳の分からない化物が存在するような世界だ。もしかしたら元の世界に戻る方法だってあるかも知れない。可能性がゼロでない限りは、やってみる価値はある。

 

「分かりました。きっと神様だってボクの事を見捨てたりはしませんよね」

 

持ち前のポジティブ精神を奮い立たせる。どうせこのままで居ても帰れないのなら、此方から動くしかないのだ。そう思って、幸子はベッドの上で立ち上がった。

 

「こうなったら‥‥‥やれるだけの‥‥‥事はやってやりますよ!大丈夫です。何せボクは‥‥‥輿水幸子‥‥‥なんですから!見ててくださいよ!」

 

とはいえ、幸子の精神が相当に参っているのは白露にも分かった。何故なら幸子のその声は悲しみで震え、顔は辛そうで見ていられないくらい、瞳からはポロポロと大粒の涙を流しているのだ。どれだけ絶望的な事に挑もうとしているのかが白露にも手に取るように分かった。そうでもして奮い立たなければ、幸子の心が潰れてしまうのだろう事も。

 

だから白露は、敢えて幸子の決心に乗ることにした。幸子独りで失敗を繰り返し塞ぎ込んでいくよりはマシだろう。

 

「うん!頑張ろうね、幸子ちゃん」

 

両名の決心は兎も角。異世界だろうが何だろうが、生きている限りお腹は減る。『入渠』し幸子として目覚める前からこの弥生の身体は食事を摂っていない。思いきりグゥ~~、と鳴った幸子のお腹。幸子自身は真っ赤に、白露は鳴った幸子のお腹に視線を向けたあと、苦笑い。

 

「ですがその前に何か食べるモノを‥‥‥」

 

「あっ、幸子ちゃん。それなら今は軽い物にしておいた方がいいよ」

 

白露が言うには。もうじき呉の艦隊が到着、その艦隊の運んで来た荷物の中に『間宮』の甘味がたんまりとあるらしい。当然嘗ての大戦の知識など中学の授業レベルしか無い幸子にはその意味が分からない。甘味、つまりスイーツが運ばれてくるというのは分かるが。

 

「白露さん、待ってくださいよ‥‥‥つまりココでは甘味を手に入れるのも苦労するって事ですか!?」

 

アイドルとはいえ今時の少女である幸子にスイーツの無い生活など耐えられる訳が無い。幸子は今度は別の意味で絶望の表情を見せ、ベッドの上で四つん這いになって肩を落とした。

 

「無理です‥‥‥スイーツ無しの生活なんて‥‥‥幾らボクでも無理です‥‥‥」

 

勿論、白露の説明によって誤解は直ぐに解ける。「そんな美味しいスイーツが!?」と幸子の瞳は暫くの間キラキラと輝いていた。相変わらず喜怒哀楽の分かりやすいアイドルである。

 

 




幸子がよく泣く日。まあ仕方がないです。

次回は艦娘としての幸子の実力が明かされる?



さて、一先ずここまでの人物紹介。

輿水幸子:本作の主人公。現役ボクっ娘アイドル。運悪く元の世界で刺され、艦これ世界に。現在彼女の精神は睦月型駆逐艦・弥生の身体に入っている。

衣笠:艦娘。重巡洋艦。これでもショートランド泊地秘書艦。

提督:ショートランド泊地提督。階級は新米の為まだ少佐。幸子のプロデューサーと瓜二つ。

白露:艦娘。白露型駆逐艦ネームシップ。改二。今後幸子を支える存在に?

鈴谷:艦娘。呉鎮守府の軽空母。五航戦や元・一航戦に厳しく鍛えられた。沖立少将の秘蔵っ子の一人。

沖立少将:呉鎮守府提督。所謂『英雄』と呼ばれる類いの人物。ショートランド泊地は現在は沖立少将の管轄。

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