少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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少将と対面。幸子の今後は如何に。


6話 謁見

幸子は緊張の面持ちで通路を歩く。よくよく考えてみれば、相手はあの若さで海軍少将になる程の人物だ。相当なやり手、若しくは恐ろしい何かを持つ人物なのかも知れない。それならばこの泊地の提督があれだけおべっかを使っていたのも頷ける。

 

「はぁ‥‥‥憂鬱ですね」

 

向かうは医務室。今回は白露同伴ではなく、完全に幸子一人。『最前線で弾除けにでもなってこい』なんて言われたらどうしようとか、どんな厳しい事を言われるのか、と内心ビクビクしながら歩く。

 

「それもこれも全部プロデューサーさんが悪いんですよ!プロデューサーさんが!折角カワイイボクが誘ってあげたっていうのに!」

 

‥‥‥実は、幸子は今日の放課後にプロデューサーを食事に誘っていた。とはいっても雰囲気のあるレストランで、という勇気は無くてその辺の飲食店に買い物のついでに、という程度のものだが。しかしながらというか当然というかプロデューサーには断られた。もしもプロデューサーが幸子の誘いに乗ってくれていたら不審者に刺される事も無かったかも知れない‥‥‥。

そんなもどかしい想いもあって、プロデューサーに責任転化して気を紛らわす。

 

「プロデューサーさん‥‥‥が‥‥‥」

 

再び幸子の瞳からポタリと涙が溢れ落ち、そのまま泣き出しそうになったがハッと我に返って堪える。これから少将と面会しなくてはならないのだ。少将との話し合い次第で、今後の幸子が置かれる環境が決まる。幸子にとって決戦の舞台も同じだ。泣いている場合ではない。先程の明石の時のように実験動物のような扱いにされたら堪らない。何とかしてできうる範囲の最善の環境を勝ち取らなくては。

 

一度洗面所へと立ち寄り、顔を洗って両頬をパンッと掌で叩いて自らを奮い立たせる。

 

「大丈夫、ボクに出来ない事なんてないんです」

 

敢えて鏡は見ずに、よしっ、とばかりに頷いた幸子は洗面所から出た。フーッ、と大きく息を吐いて、医務室の扉に右手を掛けた。

 

「しっ、失礼します」

 

静かに扉を開くと、ベッドの脇に置かれた椅子に沖立少将は座っていて、穏やかな表情で此方を見ている。何というか、やはり不思議な魅力のある人物だ。人を惹き付ける何かを確かに持っている。しかしながら、一見優しそうに見えるその奥底に触れてはいけない狂気染みた何かを秘めているようにも見える。底の見えない人物。二の腕辺りから欠損している少将の左腕の事も気にはなるが、今はそれを言い出せる雰囲気ではない。

 

「待ってたわ幸子ちゃん。どうぞ座って」

 

「あ‥‥‥はい」と気の抜けた返事をして、幸子は促されるままに用意された椅子に腰掛けた。改めて沖立少将と向き合うが、いざ話すとなると言葉が上手く出てこない。

 

初対面の相手や目上の人間相手にイチイチ気後れして話せないような性格だったら、幸子はアイドルになどなっていない。そのどんな状況でも臆する素振りを見せない幸子が、今回ばかりは緊張で上手く言葉を発する事が出来ない。

 

「あ、えっと」と言葉に詰まってしまった幸子を見かねてか、立ち上がって傍まで寄った少将は子供をあやすように目の前で屈むと「そんなに固くならないで。別に取って食おうって訳じゃないから」と微笑みかけてくる。

 

「ボッ‥‥‥ボクは子供じゃないんですから!」

 

御子様のように扱われたのが恥ずかしかった幸子の頬が少しばかり膨れた。確かに幸子はまだ14歳だが、子供扱いは心外だ。スタイルという点においては無論、沖立少将や白露とは比べるべくもなく歳相応(貧相ともいう)ではあるが。

 

「ごめんね、そんなつもりじゃ無かったんだけど。それじゃ改めて。沖立夕星(せきほ)です。呉鎮守府で提督をしているわ」

 

「‥‥‥輿水幸子です」

 

右手を伸ばしてきた少将に、幸子も恐る恐る右手を差し出す。固く、という訳ではなくソフトに握手を交わして椅子に座り直した少将の表情は、穏やかながらも先程より少しだけ真剣なものに変わっていた。

幸子に再び緊張が走る。忘れて‥‥‥いたわけではないが、これから自身の処遇が決まるのだ。何とかして譲歩を引き出さねばならないのだ。

 

「幸子ちゃん、これからの事なんだけど」

 

来た。どうにかして明石の時のようなモルモット扱いだけは避けないと‥‥‥と思っていた幸子だが、事態は思ってもいなかった方へと転がった。

 

「幸子ちゃんはどうしたい?」

 

「‥‥‥へっ?」

 

想定外だ。まさか丸投げしてくるとは思ってもいなかった。まあ正確に言えば丸投げという訳ではなく、幾つかの選択肢があったのだが。

 

一つはこのままショートランド泊地で『艦娘・弥生』として所属、活動する事。もう一つは元々軍属ではない幸子に配慮し日本の軍令部で大淀のような内勤になる事。最後の一つは別の鎮守府等への移動(艦娘・弥生として)。

 

「あの‥‥‥ボクが選んで大丈夫なんですか?」

 

「ええ」

 

因みにだが、幸子に艦娘引退という選択肢は無い。最近は情勢が安定してきているとは言え、いつまた深海棲艦の大規模な襲撃があるか分からない。それに、艦娘の適合者自体がそうそう見つかるものではないからだ。余程の貢献があった、若しくは著しく衰えたでもしない限り解体して一般人にはなれない。

 

さて、どうしたものか。白露達には優しくしてもらっているしこのままショートランドに残るのも悪くは無い‥‥‥が卯月の件がある。かといって軍令部、というのはお堅い場所のようなのであまり行きたくはない。それに今更他の場所に行くのも‥‥‥。他の鎮守府等の所属艦娘が白露達のように寛容とは限らない。

幸子はその場でしばし悩む。

 

「焦らないで少しの期間ゆっくり考えて。決まったら連絡してくれればいいから」

 

「分かりました。ボクも少し考えてみます」

 

この場では決められない。元の世界に戻れるのがベスト、なのだがどう考えても直ぐには無理だ。より良い環境‥‥‥となるとなかなかに悩む。

 

 

 

 

「それじゃ、連絡待ってるわね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

ペコリ、と頭を下げて医務室を出ようとした幸子だが、「あ、そうそう。言い忘れる所だったけど」と少将に呼び止められた。忘れる程度の事なのでさして重要な事でもないのだろうと思いつつ足を止めた幸子だが、少将が放った言葉は驚愕の物だった。

 

「明石さんは暫くショートランド泊地に滞在するから」

 

「‥‥‥えっ」

 

明石が残るのは言うまでもなく、幸子の身体についてもう少し詳しく調べるのと元の世界に戻る方法の模索。それはつまり、幸子はもう暫くは明石のモルモットになるという意味だ。

 

「まっ、まっ、待ってくださいよ!そんな大切な事後から言わないでください!ボクは」

 

反論しようとした瞬間、背中から刺すような視線を感じて振り向く。案の定、視線の主は不知火だった。10m程向こうに居た不知火がツカツカと此方に歩いてきて、固まっている幸子を改めて睨む。

 

「‥‥‥司令に何か落ち度でも?」

 

「いえ、何でもありません。アハ、アハハハ‥‥‥」

 

表情は固まったまま、幸子は渇いた笑いを浮かべ後退。相変わらず眼光鋭い不知火の事は苦手だ。

 

「失礼しました」と機械的に発し、幸子は回れ右して医務室から退散。背中側から ぬい とか ぽい 等とよく分からない言葉で呼び合っているのが微かに聞こえはしたがここは気にしない方が身の為だ。

 

食堂まで戻り、一番奥の席に崩れるように腰掛けた。落ち着いたら一気に力が抜けた。「はぁ~」と大きく息を吐き、テーブルの上に上半身を投げ出すように突っ伏した。

猶予も貰ったし、暫くの間は現状維持。明石の事を除けば想定していたような酷い扱いは無さそうだ。

ホッとして暫くそのまま力無くダレていた幸子の右肩がポンポン、と叩かれる。顔を少しだけ動かしその主の方へ視線を向ける。

 

「‥‥‥白露さんですか」

 

「幸子ちゃん、どうだった?大丈夫だったでしょ?」

 

どうやら幸子の事を心配して来てくれたようだ。此方の世界ではプロデューサーは勿論、友達や仲間、頼りになるような人物も居ないので気にかけてくれているのは正直嬉しい‥‥‥が、それを素直に表現出来ないのが幸子。跳ねるように上体を起こして立ち上り、両手を腰にあててふんぞり返ってみせる。先程までの態度とは大違いだ。

 

「とっ‥‥‥当然ですよ!ボクにかかればこのくらいヨユーですからね!」

 

その幸子を見て白露はクスクスと笑っている。幸子の虚勢はバレているらしい。頬を真っ赤にしつつ膨らませて睨むも、白露の方は動じていない。

 

「ほっ、本当ですからね!ボクの好きにしていいって言ってもらったんですから」

 

「はいはい、そーだね幸子ちゃん。少将は優しかったでしょ?」

 

何故か少し自慢気にしながら、丁度良い高さにある幸子の頭を撫でてくる白露。幸子は頬を膨らませたままの不満顔ではあるがそれを拒否はしない。とはいっても公共の場で頭を撫でられ続けるのは恥ずかしい。それに、頭を撫でられるとプロデューサーの事を思い出してしまう。幸子を何時までも子供扱いして何かあると頭を撫でてくれるプロデューサー‥‥‥。

 

「まっ、まあ優しかったのは事実ですけど。それじゃボクは少し部屋で休み‥‥‥」

 

思考を誤魔化すように頭を3~4度横に振ったあと白露の手を静かに避ける。今日はあまりにも色々有り過ぎたし部屋へ戻って休もうとした幸子。しかしながらとある事に気付いた。そう‥‥‥この世界での幸子の自室『弥生の部屋』の場所を聞いていなかったのだ。

 

「白露さん、一つお願いしてもいいですか?」

 

「うん、いいよ」

 

‥‥‥そうして案内された『弥生の部屋』。濃い紫に三日月の模様の入った、所々にピンク色の花の模様のある壁紙。薄いピンクの春色の床。これまた三日月の模様の入ったブラインド付きの円形窓。小物類が置かれた、小さめの白い机。弥生の部屋は軍人とはとても思えないような部屋だった。

 

「ここが弥生さんの部屋、ですか」

 

「そうだよ。カワイイ部屋だよね」

 

白露の部屋も確かに整理されてはいたが、機能性重視のいかにも寮、といった部屋だった。だが弥生という艦娘はどうやら自室に拘りがあったらしい。

他人の部屋を勝手に使う(確かに身体は弥生のモノだが)というのは些か抵抗があるが、今は仕方無い。

 

「ねえ幸子ちゃん。今日は色々あって精神的に疲れてるでしょ?少し休んだ方がいいよ」

 

「大丈夫ですよ。ボクはこれでもアイドルなんですよ?この位じゃ疲れたりしませんよ」

 

強がってみるものの、また白露に抱き上げられて強制的にベッドへ寝かされた。明石なら兎も角白露相手では抵抗は無理だろう。「はぁ」と溜め息をついて諦めて瞼を閉じた。

 

「分かりました。それじゃ少しだけ休みますから。おやすみなさい、白露さん」

 

「うん、おやすみ幸子ちゃん。夕飯前に起こしてあげるからね」

 

瞼を閉じてみたら急激に意識が遠退いていく。やはり精神的にかなり参っていたようだ。このまま眠って起きたら全て夢でした、で元に戻っていたらいいのに。そう思いながら幸子は夢の中に落ちていった。

 

 

 

明石が部屋へと訪ねて来たのは幸子が眠ったあと。幸子を無理に起こすのは流石に憚られたのか、明石もこの場は白露と共に一時的に退散。司令室へと向かい歩く。

 

「幸子ちゃん‥‥‥戻れるといいね」

 

「それですけどね。幸子さんの場合だと相当難儀だと思いますよ」

 

幸子本人が身体ごとこの世界に転移してきた、というのならどうにかその方法を探して元の世界に送り返せばいい。しかし幸子の場合、魂のみの転移、しかもその魂も弥生に入っている。弥生から魂を分離し同時に幸子を元の世界に返す‥‥‥そんな事が果たして可能なのか。それに、向こうの世界の幸子の身体が死んでいる可能性を考えると‥‥‥。

 

「幸子さんの場合‥‥‥この世界で『弥生さん』として生きていく方が幸せかも知れませんね」

 

 




艦娘としてどの道を選択するか悩むも、帰るのを諦められない幸子と、現実を突き付ける明石。
次回から幸子は『弥生』として始動。

因みに弥生の部屋の家具は
※弥生の窓
※弥生の壁紙
※春色の床
※艦娘専用デスク

です。

沖立少将?(本名:沖立夕星、赤い瞳、毛先に赤いグラデーションのある金髪、不知火とぬいとかぽいとか言い合う)いやー、何者なんでしょうね?分かりませんねー

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