少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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今回で主要人物は全員登場。

幸子に暫しの相棒が。


7話 出会い

 

翌日の、幸子の目覚めは爽快であった。体調にも異常無し。前の日寝たのが早かったせいもあり、総員起しの一時間前にスッキリと起きる事が出来た。といっても総員起しをまだ体験していない、説明も受けていない幸子にはそれが一時間後にある事すら気付いていないが。

 

「‥‥‥‥‥‥はぁ」

 

しかしながら。身体のそれとは裏腹に気持ちは沈む。

ベッドに座ったまま部屋の中をぐるりと見渡して、盛大に溜め息をつく。疲れ切って目を閉じる前の、昨日の景色と全く変わらない部屋。この世界は実は幸子が見ていた夢でした、で起きたら全て元に戻っていて欲しかったが、やはり現実は非情だった。

 

元の世界に暫く帰れないのは覚悟するしかない。問題はどうやって帰るか、だ。あの明石とかいう人物は腕に自信はありそうだが信用は出来ない。かといって幸子だけでは帰る方法など皆目見当もつかない。

 

「はぁ‥‥‥プロデューサーさん‥‥‥」

 

もう一度盛大に溜め息をついて、幸子は仕方無くベッドから降りる。

 

「取りあえず顔を洗って、歯でも磨いてから‥‥‥?」

 

ふと気が付いたのは、自分の格好。上はTシャツ1枚、下は下着のみ。少なくとも寝る前に着替えたような記憶は無い。しかしながら、不安を感じたのはほんの一瞬。テーブルの上に畳まれ置かれた『弥生』の制服があり、その側に『寝苦しいだろうから脱がせておいたよ』という白露からの書き置きがあったからだ。

 

(白露さんですか。なら問題ありませんね)と安心するのと同時に、危うくこんなあられもない格好で出歩く所だった自分を反省。

 

(幾ら元の世界と違うって言っても、アイドルのボクがこんな隙を見せるなんて‥‥‥いやでもこの格好で迫れば流石にプロデューサーさんでも‥‥‥)

 

そんな事を考えながら、クローゼットの方へと足を向けた。開いてみるとやはり畳まれていた弥生の制服と同じものが何セットもある。

 

一番左にあったものに手を伸ばし、着替える。ここは海軍だし、他の艦娘達は種類は違えど皆制服を着ていた。きっとここでは制服での行動が義務なのだろう。

 

着替え終わり、髪を梳かす。当たり前だが鏡に映るのは幸子の顔ではなく、艦娘弥生の顔だ。

 

「ボクのカワイイ顔が‥‥‥」と本日3回目の溜め息。意識は自分のものなのに顔は他人のもの、というのはどうにもシックリ来ないが、今は仕方無い。

一度部屋から出て、見つけた新品であろう歯ブラシを片手に近くにあった洗面台へ。幾らこの身体が弥生の物であったとしても、幸子以外の人間が使用した歯ブラシを使うというのは抵抗がある。

 

磨き終え、再び部屋へ。

三日月型のヘアピンを自身の髪の『右側』に着けた所で、丁度ノック音。「幸子ちゃん、起きてる?」という声が聞こえた。どうやら相手は衣笠のようだ。

 

「はい、起きてますよ」

 

ガチャリ、と鍵を外し扉を開ける。扉の外に立っていた既に制服姿の衣笠の表情が一瞬だけ曇った。『弥生』は三日月型のヘアピンを髪の左側に付けるのが習慣だったからだ。しかしながら、幸子は衣笠の一瞬の変化には気付かない。

 

「こんな朝早くから何の用ですか?」

 

「幸子ちゃんには今日から少しずつ訓練に参加してもらおうと思ってね」

 

明石や白露はまだそうは思っていないが。少なくとも衣笠とこの泊地の提督は幸子はもう元の世界には戻れないと思っている。だから、『艦娘弥生として深海棲艦と戦うため』に幸子を訓練する必要があると考えているのだ。

 

そんな意図を汲み取れない幸子からすれば、衣笠の言葉には恐怖もあり同時に興味もある。番組で水上スキーに挑戦させられたりした事もあるがそれとはまるで違う、あの海を自分の意思で自由に走り回れる艦娘の海上移動は幸子の目にも魅力的に映る。イルカやカモメと並走しながら優雅に走れたらさぞ気持ちが良い事だろう、と。

 

「わかりました。任せてください、ボクにかかればヨユーですよ」

 

フフンッ、と何時ものように胸を張ってドヤ顔を見せる幸子。衣笠はその様子に一抹の不安を覚えつつ「あははは」と苦笑い。

 

「そんな簡単じゃないんだけど‥‥‥まあやってみれば分かるよ、幸子ちゃん」

 

 

 

用意が出来たら艦娘寮の入口で待っているように衣笠に伝えられた幸子は、一先ず朝食をとろうと部屋を出た。テクテクと歩いて向かうは白露の部屋。先程衣笠に総員起しの件も聞いたので、白露は恐らくこの時間なら起きているだろう。

 

2階にある幸子(弥生)の部屋の一階上、つまりは3階にある白露の部屋の前。コンコン、と扉をノックしてみるも返事はない。

 

まだ寝ているのかと思いもう一度ノック。しかしやはり返事は返ってこない。総員起しの時間までもうすぐ。「白露さん、白露さ~ん」と声をかけてみるが、応答無し。諦めて一人で朝食をとろうと階段の方へと向かった幸子だが、背中側から「幸子さん」と声を掛けられた。思わずビクッと身体を震わせ、同時に「うげっ」とアイドルらしからぬ声を洩らす。

 

「いやー、偶然ですね!おはようございます、幸子さん」

 

観念して幸子がその声に振り向くと、居たのはやはり明石。どうやらこの階に泊まっていたようだ。どうにか営業スマイルは間に合ったものの、心の中の表情は引き攣ったままだ。

 

「おっ、おはようございます明石さん」

 

「おー、流石アイドル、良い笑顔ですね!」

 

明石の事は苦手だ。言うまでもなく初日のアレが原因。危うくトラウマになる所だった。それに、明石は少し危険な香りがする。マッドサイエンティスト的な危うさだ。

 

「これから朝食ですか?よかったら御一緒しませんか?」

 

満面の笑みでそう問い掛ける明石に躊躇はしつつも幸子は頷く。この右も左も分からない異世界で独りで朝食というのは非常に心細い。だからこそ白露を誘おうと思ったのだが居ないものはどうしようもない。

それに、なんだかんだ言った所で元の世界に戻る為にも明石とは付き合っていかねばならないのだ。『地雷』を回避しつつ明石と仲良くなれればそれに越した事はない。

 

「そうそう幸子さん。白露さんならもう出てますよ?午前に呉艦隊との演習がありますから」

 

「うっ‥‥‥。べっ、別にボクは白露さんが居なくても大丈夫ですよ」

 

白露はここショートランド泊地の第1艦隊所属で演習の準備中だから居ない。強がりを言ってはみるが、それも明石には大して効果は無いようだ。幸子も朝食の誘いを断らなかったのだから無理もないが。

 

「まあまあ、たまには白露さんが居なくてもいいじゃないですか。幸子さんとは色々話さなきゃいけないですし」

 

どうにも不安しか無いが、幸子は明石と共に食堂へと向かう。その道中でたまにすれ違う艦娘達の視線が痛い。彼女達は恐らくは自分の事を提督なり衣笠なりから聞いているのだろう。アイドルであるし注目を浴びる事には慣れているが、こういう奇異の目は勘弁してほしい。

 

朝食を受け取り、最奥の隅のテーブルになるべく目立たないようにひっそりと座ったつもりの幸子。まだ動き始めていない艦娘も多いのか、食堂の人はまばら。それでも件の幸子と普段はこの泊地には居ない明石、という組み合わせの為に周りからは浮いていて目立ってしまう。

 

「早速ですけど幸子さん。戻る方法なんですけど、最初は定石から試してみましょうか」

 

「定石ですか?」

 

そう言われてもピンと来ない。異世界から元の世界に戻る為の定石などあるのか‥‥‥と暫し考えて、幸子は気付いた。こういう事に先ず試す事といえば‥‥‥そうなった時の再現だ。

 

「そうですよ。じゃあ幸子さん、先ずは瀕死になってみましょう!こう、ナイフでグサリ、と」

 

「ひいぃぃぃぃい!?」

 

悲鳴をあげて椅子から立ち上り、幸子はそのまま後退り。あんな恐怖と痛みは二度と御免だ。

 

「むっ、むっ、無理ですっ!幾らボクでも絶対無理ですっ!!」

 

恐怖に表情を引き攣らせ涙目で訴える幸子にも、明石は顔色一つ変えない。それどころか「大丈夫ですって、仮に失敗しても死ぬ前に入渠すれば回復しますから」と更に押してくる。

 

「嫌ですっ!絶対嫌ですっ!ボクを何だと思ってるんですかっ!」

 

壁際に張り付いて首をブンブンと横に振る。迫ってくる薄ら笑いの明石を見てもう駄目だ、と思ったその時。明石を遮るように幸子の前に立った一人の少女が居た。彼女は明石が怖いのか身体を震わせながら、か細い声で明石に向かって訴え掛けた。

 

「いっ‥‥‥幾ら明石さんでも弱いもの苛めは駄目なのです‥‥‥」

 

茶色い長髪の右側をアップヘアーにして束ね左側をおろしていて、白が基調の正統派のセーラー服を身に付けた恐らく小学生程の年齢の少女。上着の右側の裾にⅢというバッジを付けているのが幸子からも見える。海軍の基地であるここに居るという事は、彼女もまた艦娘なのだろう。というか、こんな恐がりの少女が軍で働いて大丈夫なのだろうか?

 

「あっ‥‥‥あはははっ。嫌ですね電さん、冗談、冗談、ですよ!」

 

とてもではないが先程の明石の目は冗談には見えなかった。あれは完全に実行するであろう目だった。

 

それはそれで取りあえず置いておくとして、しかしどういうわけで明石はこの目の前の如何にも弱そうな少女の訴えに明らかに動揺しているのか。明石がそこまで強くないとは言っても、今の幸子を無理矢理捩じ伏せるくらいには力はある筈。という事は目の前の少女が明石よりも強いという事か。白露や卯月がそうであるように、この『電』と呼ばれた少女もそれなりに練度のある艦娘という事か。

 

「あっ‥‥‥そっ、そうでした!私はこれからやる事があったんでした!それじゃ幸子さん、電さん、また後で!」

 

明石はジリジリと後退し二人から遠ざかっていく。その去り際に「本当に冗談ですから!電さん、どうか山本大将には内密に!」と言い残して食堂から退出して行った。

 

暫しポカン、とその場で呆気に取られていた幸子。目の前の少女に「あの‥‥‥大丈夫‥‥‥なのです?」と声を掛けられ我に返る。

 

「あっ、えっと‥‥‥助かりました」

 

ホッと一息ついた幸子とは違い、笑顔を向けながらも「私の力じゃないのです」と何処か悲しそうな目の前の少女。互いの自己紹介がまだだった事に気付いた二人は、テーブルに座り直して改めて向き合った。

 

この少女、やはり艦娘。暁型駆逐艦四番艦、電。艦娘になってそこまで時間が経っていないらしく、練度はかなり低いようだ。今回は経験を積むという意味もあって沖立少将に連れて来られた呉所属の艦娘らしい。呉の艦隊が到着した時は見えなかったので恐らく沖立少将が乗っていた駆逐艦に同乗していたのだろう。

 

引っ込み思案で自分に自信無さげという、幸子とはまるで反対の少女。その言動や仕草から、彼女が優しい心の持ち主だという事はわかる。電となら初心者同士上手くやれそうだ。

 

「ボクは輿水幸子です。電さん、これからよろしくお願いします」

 

「‥‥‥えっ?弥生ちゃんじゃないのですか?」

 

電は悪い事は考えなさそうだし言っても大丈夫だろうと思って打ち明ける。

 

当然ながら驚いた様子の電。どうやら艦娘同士だと相手の艦艇が誰であるかある程度分かるようだ。電としてはどう見ても弥生だと思っていた相手が違うというのだからその反応は分からないでもない。

 

二人は朝食を食べ終える少しの間、互いの事を話した。幸子は元々この世界の人間ではない事や、元の世界ではアイドルをしている事。電のほうは自身の近況や両親の事について。

 

「へぇ‥‥‥お父さんがお偉いさんなんですか。凄いですね」

 

「そんな事ないのです。電は電、お父さんはお父さんなのです。それよりアイドルをしてる幸子ちゃんの方が凄いのです」

 

聞けば電の父親は横須賀鎮守府の提督、階級は大将らしい。成る程、本来横須賀鎮守府所属の明石が先程焦っていた理由が分かった。

 

「あっ‥‥‥。そろそろ時間ですね」

 

少しばかり話し込んでしまった。衣笠との約束をすっかり忘れていたのを思いだした幸子は、電に「それじゃまた」と別れを告げて寮の入口へと急ぐ。

 

‥‥‥が。いざ寮の入口に着いてみると何故か電がそこに居た。

 

「あれ?電さん?」

 

「幸子ちゃんも一緒なのです?」

 

 

 

少しの間だが、こうして幸子は電と行動を共にする事になる。




電ちゃんに登場してもらいました。横須賀の提督の一人娘。幸子にとっての癒しの存在ですかね。


人物紹介

電:暁型駆逐艦四番艦。父は横須賀鎮守府の大将、母は先代の電で横須賀鎮守府大将のケッコン艦、という良血統。呉鎮守府ではそのような事はないが、自身の実力とは関係の無い行く先々での特別扱いに悩んでいる。

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