少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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年内滑り込みセーフ。
では本編どうぞ


8話 慢心

爽快。今の幸子の心境はこうだった。

水面を自分の意志で、海風をうけながら自在に走れるのは実に快感だ。

 

港の傍の海上に幸子は居た。勿論、駆逐艦弥生の艤装を身に付けて海の上に立っている状態で。艦娘は艦艇の魂に刻まれた艦としての力を持っているので、大抵の者は海に浮く事も含めて基本的な事は初めからある程度こなせる。今の幸子もそうだ。前進、旋回、加速、どの動きをするにしても何となく感覚で動ける。

幸子の場合はアイドルとしての日々のレッスン、テレビのロケで挑戦させられた数々のアトラクションで鍛えられたバランス感覚等々も加味されるが。

 

「おー、幸子ちゃんもなかなかやるね」

 

弥生になったばかりながらそこそこ動けている幸子の様子に、衣笠も感心しているようだ。「当たり前じゃないですか、ボクにかかればこのくらい何て事ありませんよ」と腰に両手を当ててふんぞり返りそれに答えた幸子だが、それを見て笑顔を作っている電の表情に陰りがある事に気付く。

 

「電さん、どうしました?」

 

「あの、その‥‥‥幸子ちゃんは凄いのです‥‥‥」

 

電の方はといえば、決してそうではなかったのだ。幸子達『大抵の者』の方には含まれなかった電は、最初の頃は海上に立つのが精一杯。前進しているというよりは推進機関に振り回されていると言った方が正しいような状態だった。バランスを崩してすぐに倒れるなんて事は屡屡。その様子はアイススケート初心者が上手く滑れずに転倒を繰り返す様子を思い浮かべてくれれば分かりやすいだろう。

そうやって最近やっとまともに走れるようになった電にしてみれば、今日初めて海上に出たばかりの筈の幸子の姿を見て羨ましいと思うと同時に自分の情けなさを再確認する事になったのだ。

 

「まっ、まあボクは特別ですからね。比べても仕方ありませんよ。電さんだって上手く滑れているんですし問題無いじゃないですか」

 

電の事を気にして口を開いた筈の幸子だが、自尊心が余計な仕事をしてしまいフォローはしきれていない。「そう‥‥‥ですね」と笑顔ではあるものの、やはり電の表情は優れないまま。

 

「二人とも航行は問題無さそうだね。それじゃ、ちょっと砲撃してみよっか?」

 

そんな二人を見かねて、衣笠が話題を変える。今日は元々幸子の航行訓練と砲撃訓練の予定だったし、訓練時間が繰り上がっただけだ。衣笠としても幸子の腕を早く確認しておく必要はあったので問題は無い。寧ろ幸子が人並みに航行できそうな事に安堵しているくらいだ。因みに電の砲撃の腕は‥‥‥沖立少将から聞いているので衣笠は知ってはいる。

 

そうして幸子は言われるままに訓練に持たされた12.7㎝連装砲A型を構えた。最大仰角40度、水平射撃時には初速910m/秒、10発/分。帝国海軍の誇った小口径砲である。今回の目標は100メートル先に浮いている的の付いたブイ。これでも砲撃初心者である幸子の為の距離である。

 

人間が持ち運びできる、ランドセルより少し小さい程度の大きさのこの小口径砲、実はどんな力自慢でも普通の人間では持ち上げる事すら出来ない。それを重さなど微塵も感じず幸子が軽々と扱えるのは、現在の幸子の身体に宿る『艦艇・駆逐艦弥生の魂』の成せる技だ。

 

そんな事を知っている筈もない幸子は、適当に目標のブイを睨む。本来であれば風の強さ向き、湿度、地球の自転云々‥‥‥と様々な計算を考慮して撃たねばならないものなのだが、その辺は妖精がやってくれているらしい。現に幸子の『艤装』にも、専門の妖精達が乗り込んでいる。言わば彼らは駆逐艦弥生の乗組員であり、その司令塔である艦長が幸子という事だ。‥‥‥何とも頼りない艦長ではあるが。

 

「目標、方位マル―サン―マル‥‥‥って何ですか?よく分かりませんけどいきますよ‥‥‥‥‥‥ていっ!」

 

先ずは一発。続いて二発目。通常ならば、身体は艦娘と言えども素人である幸子が当てられる筈はない。目標を散布界に収めるのすら難しい筈の初砲撃。ところが幸子の放った砲弾は、一発目がブイのすぐ上を掠め越えた後方の至近弾。そして二発目は的に、とはいかなかったがブイの根元に直撃。

 

それを見た電の表情に一層陰りが見えるが「‥‥‥えっ?」と目を丸くして驚く衣笠の身体に遮られて幸子の視界からは見えない。

命中した事に自分でも驚きポカン、と停止していた幸子が状況を飲み込んで再起動したのは、1分程後。

 

「ふっ‥‥‥フッフッフッフッ‥‥‥。ボクの実力を見ましたか衣笠さん!」

 

「幸子ちゃんって初心者だよね?凄いねぇ」

 

衣笠の言葉に気を良くしたのか、幸子は連装砲に付いているベルトを首に掛けて両手を腰に当てフフンッ、と得意気にふんぞり返ってみせる。これがまぐれ当たりかも知れない事など頭の片隅にすら無い。其れ処か『自分は特別なんだ』とすら考え始めていた。

 

電も最初は苦労したという海上移動も難なくこなし、距離が近いとは言え砲撃の腕もある。だから自分はもしかすると艦娘として特別な才能があるのではないか、異世界ものの話でよくあるような所謂『チート』能力持ちなのではないか、と実に都合のいいように考えてしまっていた。

 

試しに、と幸子は更に二発砲撃。一発はブイを散布界内に収め、もう一発はすぐ右に着弾。これは幸子の中で確信を持つに充分な結果だった。

 

「フッフッフッフッ‥‥‥どうですか!流石ボクですね!見ましたか!ボクはカワイイだけじゃないんですよ!」

 

すっかりいい気になってしまった幸子。それを見て(初心者にしては)良い腕かな、と微笑む衣笠。電も笑ってくれてはいる。ただ電の瞳の奥は非常に暗いが。

 

早く元の世界に戻れるならそれに越したことはないが、もう少しこの世界に留まるのも悪くないかも知れない。これならばコチラでもやっていけそうだ。この艦娘としてのチート能力をコチラの世界で発揮するのもいいかも知れない。幸子はすっかりその気になってしまっていた。電の心境などもはや二の次だ。

 

‥‥‥しかしながらと言うべきか当然と言うべきか。この砲撃は四発とも完全なるまぐれ当たりだった。そしてこの油断と慢心によって、幸子は特大の貧乏クジを引く事になる。

 

◆◆◆◆◆◆

 

左脇腹にジンジンとした痛みを感じて、少女は目を覚ました。横になったまま頭だけ動かして周りを確認する。

清潔な、オフホワイト色のベッドの上。部屋の中も同色で統一されている。ベッドの脇に小さな収納棚があり、自身の頭の上辺りにボタン‥‥‥ナースコールがある。恐らくは病院だろう。

 

ハッと我に返った少女は右手を伸ばし、確認するように左肩をまさぐり、そのまま左掌、指先まで触ったあと毛布から左腕を出して「よかった、ちゃんとある」とホッと息をついた。

 

しかし同時に何故、という疑問が浮かぶ。左腕が治っているのに、どうして左脇腹の傷はそのままなのか。

 

包帯が巻かれ固定された左脇腹を微かに恨めしそうに見つめる。

もしかしたら、そういう事なのかも知れない。失敗したから、足を引っ張ってしまったから自分はもう用済みなのかも知れない。だから、腕だけは治してもらえたが脇腹はそのままなのか。もう第一線からは引退させられたのか。それなら此処はきっと、内陸の病院だろう。成る程、見たことの無い部屋なのが納得できた。

 

‥‥‥と。少女の耳に、扉が開く音が聞こえた。視界に映った少女が良く知る男性は、少女が起きた事が嬉しかったと見えてホッとした表情を浮かべ少女のベッドに近付いてきて、備え付けの丸椅子に座った。

 

「目を覚ましたか。良かった良かった。一時はどうなるかと思ったぞ」

 

少女が「すみ‥‥‥ません。私が‥‥‥油断したせいで」と少しばかりぎこちなく謝ると、しかし男性は驚いた表情に変わった。

 

「お前‥‥‥喋り方まで変える程凹んでるのか。心配するな。犯人は無事逮捕されたし、怪我が治ったらまた一緒に頑張ろうな」

 

「‥‥‥え?」と思わず声を洩らした少女。確かに瀕死の怪我を負ったのは事実だが、誰かに襲われたとかでは無いのは目の前の男性も知っている筈だ。にも関わらず『犯人』等と口走ったのは一体どういう事なのか。それに、少女は喋り方を変えた覚えはない。この違和感は一体なんなのか。

 

「どうした幸子?」

 

男性に『幸子』と呼ばれて、少女は戸惑った。この男性は今、確かに自分の事を『幸子』と呼んだ。理解など出来る筈もなかった。「私‥‥‥『サチコ』じゃないです」と僅かに分かる程度にムッとした表情に変わる。

一体どういうつもりなのかは分からないが、自分がこんな時にそんなジョークを言われるのは、正直少しばかりカンに触る。

 

「‥‥‥司令官、そういう冗談‥‥‥私、好きじゃないです」

 

少女のその言葉を聞いて、今度は男性が驚いた表情。どうやら少女が男性の事を『司令官』と呼んだのが原因のようだ。

 

「幸子?俺の事『司令官』って何言ってるんだ?お前、本当に大丈夫なのか?」

 

「だから、幸子じゃないです‥‥‥『弥生』、ですよ?」

 

少女‥‥‥弥生は今度は先程より一層(と言っても少しだが)ムッと表情を顰める。幾ら司令官でも時と場合でやっていい事と悪い事があるというものだ。頑として自分の事を『幸子』と呼ぶという事はこの状況事態が弥生を騙すドッキリか何かという事かも知れない。だとしたら卯月が一枚噛んでいる可能性もあるが‥‥‥卯月は人の心を傷つけるような悪戯はしなかった筈だが‥‥‥。

 

「どうして、こんな事するんですか?私‥‥‥」

 

弥生はベッドから降りようと身体を起こした。脇腹の傷は痛むものの、そんな物は入渠すれば回復するので問題にならない。痛みを堪え震える足で立ち上ったものの、身体を支えきれずにフラついてそのままベッドに腰掛ける。

 

「幸子、まだ無理したら駄目だ」

 

慌てて弥生を支えようとした司令官の手を振り払い、弥生は視線を逸らせた。こんな状況でもまだ自分を『幸子』と呼ぶ司令官に、流石に怒りを隠せなくなってきた。

 

‥‥‥と、視線の端にあるもの‥‥‥鏡に強烈な違和感を感じた。その鏡に映るものがおかしいのだ。鏡に視線を向けた弥生は、何が起きたか理解出来ずしばし思考停止。何せ鏡に映っていたのは弥生ではない別人の少女の姿だったのだ。

 

我に返って、脇腹の痛みも忘れ慌てて窓を開けてみると、明らかにそこは弥生の居たショートランドではない。間違いなく日本の風景だった。驚き司令官に「ここは、何処ですか?」と訊ねると、返ってきた答えは「●●区の病院だ」だった。

 

「どうして‥‥‥日本に?」

 

そう口にした弥生の様子にいよいよ焦ったらしい司令官は「‥‥‥ちょっと先生呼んでくるからな、そこで大人しく待ってるんだぞ?」と一言弥生に告げて病室を出ていった。

ショートランドから態々日本に連れてくる、など驚かせるにしては少しばかりスケールが大きい事に戸惑ってベッドに座ったままの弥生。

 

コンコン、と扉を叩く音が聞こえて、弥生は「どうぞ」と力無く返事をした。入ってきたのは銀髪の美少女。なんというか、人を惹き付ける魅力を持った女性だった。例えるならばそう‥‥‥かぐや姫のよう。

全く容姿や雰囲気は違うが、弥生は彼女をまるであの英雄と呼ばれた化け物駆逐艦夕立のようだ、と思った。

 

「おや、起きたのですか輿水幸子」

 

‥‥‥まただ。彼女もまた、弥生の事を幸子と呼んだ。これはもしかしたら先程鏡に映った姿と関係があるのかと思った次の瞬間。銀髪の彼女の視線が鋭くなるのを感じた。

 

「はて‥‥‥輿水幸子、少しばかり質問をしても宜しいでしょうか?」

 

「‥‥‥はい」

 

弥生は魅入られたように動けずにそう頷く。それを確認した銀髪の彼女の口から出たのは。

 

 

 

「貴女は何者ですか?どうして輿水幸子の身体の中に居るのですか?その身体の本来の持ち主‥‥‥輿水幸子の精神を何処にやったのですか?」

 

 




幸子の身体、生きてました。中には当然のように弥生が入っています。
弥生の事を一瞬で見抜いたのは当然ながら四条貴音です。


幸子の慢心が導く結果は‥‥‥。


それでは皆様、よいお年を。
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