少女は諦めが悪い   作:アイリスさん

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9話です。少し短め。事態が動きます。


9話 練習航海

幸子、電共に航行に問題無さそうなのを見て衣笠が提案したのは「んー、それじゃちょっと練習航海に出てみよっか」というものだった。

 

数ある任務の中でも基礎中の基礎。新米の艦娘が遠征任務を受ける前に慣れる為に泊地近海を航行するだけ、の謂わば遠征航海の為の練習に当たるものだ。

幸子も電も今後はもちろん深海棲艦討伐に参加する事もあるだろうが、遠征だって立派な任務。普段主力の艦娘達が出撃できるのは遠征担当の艦娘達が鋼材や弾薬、石油やボーキサイトといった重要な資材を集めてくるお陰だ。

 

勿論資材は日本本土から定期的に送られてくるのだが、それだけでは艦隊の維持には全く足りない(中には『資材?大規模作戦でも備蓄無しの0からスタートでも何とかできるけど?』という提督も居たりするが、普通は到底そんな真似出来るものではない)。

 

「練習航海って何をするんですか?」

 

とは言っても。この世界の、とりわけ艦娘の事に関して殆んど知らない幸子にも不安がない訳ではない。しかしながら衣笠の「泊地近海をぐるっと回るだけだから、そんなに危ない事はしないよ?」という言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろした。

 

「本当に練習なんですね、安心しましたよ。それならボクでも大丈夫そうですね」

 

「たまーに深海棲艦とエンカウントする事もあるんだけどね」

 

衣笠の言葉通り、近海といえど海は海。深海棲艦が現れる場合もある。ことショートランド泊地近海には強力な深海棲艦も居る。であるから勿論幸子と電の二人だけで練習航海に行かせるような真似はしない。万が一に備えて今回で言えば衣笠が一緒に着いていくわけである。

 

電は兎も角、幸子は衣笠の言葉を信じ安心しきっていた。幸子にしてみれば、ここショートランド泊地はRPGで言うところの『始まりの街』であり、RPGは最初は難易度の低い所からスタートと相場が決まっている。だから出ても精々スライムみたいな雑魚敵のようなものだけだろう、と高を括っていた。それにたとえそれなりの相手が出てもチート持ちであろう自分の敵ではない、と。

 

反対に電は「あの‥‥‥衣笠さん、本当に大丈夫なのですか?」と不安を隠しきれない様子。それはそうだろう。電はショートランド泊地近海に例の深海棲艦が時々現れる事を聞いて知っているのだから。

 

「大丈夫よ。泊地からの応援もこの位置なら間に合うし、いざとなったら衣笠さんが守ってあげるからねっ」

 

右目をウィンクして答える衣笠を見ても、電が安堵する様子は無い。

 

「大丈夫ですよ電さん。ボクも付いてますからね」

 

幸子が電の両肩を正面からポンっと叩いく。少しだけビクッと震えた浮かない表情の電に、幸子は自信たっぷりの笑顔を向けた。

 

「電さん、何かあってもボクに任せてください!」

 

暫しポカンとしていた電がクスッと笑い「はい。お願いするのです」と漸くその気を見せた。「よーし、それじゃ行こっか」と言って零式水上偵察機を発艦、羅針盤片手にゆっくり前進し始めた衣笠の後ろを、少し距離を置いて並走する二人。

 

三人はショートランド諸島を南下。チョイスル島の南東近海を航行中の事。

 

泊地の極近海上を走っていた時とはまた違う海上の航行。島から近いとはいえど、辺りは一面海。微かにチョイスル島の影が望める程度だ。この風を受けながらの航海、しかも乗り物に乗っている訳ではなく自身の自由意志のままに走れる爽快感。幸子もこの事ばかりはこの世界に来れた事に感謝した。この感動はきっと、元の世界に居たら永遠に味わう事が出来ないに違いない。たとえ実現したとしてもそれは一体どのくらい先の未来になるか分からない。

 

「あは、あはははっ!凄いですね!」

 

これが練習航海、という事もすっかり忘れ興奮の収まらない幸子は、あちこち見回しながら満面の笑みを見せていた。衣笠の後ろを真っ直ぐ着いていく電と違い、景色を良く観る為にフラフラと蛇行しながら。

 

『幸子ちゃん、気持ちは分かるけどこれも訓練だからね?』という衣笠の通信にも「分かってますよ!」と応えつつも止めようという様子は微塵もない。

 

‥‥‥と。そんな時だった。衣笠からの通信。『二人共、第二戦速を維持して!』とその声には張りつめた緊張感が滲み出ている。

 

「衣笠さん、どうしたんですか?」と幸子は呑気に聞き返し事態を飲み込めていない。

 

『偵察機が撃墜されたわ!二人共、絶対私の前に出ちゃ駄目だからね』

 

衣笠の様子からして、どうやら敵艦隊が現れたらしい。衣笠の偵察機は発見され撃墜されたようだが、三人が向こうに見つかったかは分からない。今ならまだ上手くいけば見付からずにやり過ごす事が出来るかも知れない。

 

‥‥‥のだが。今の幸子がそんな事を考える訳はない。「敵ですか!フッフッフッ、いよいよボクの出番ですね!」と無駄なヤル気を出していた。

連装砲を持った右手にも力が入る。

 

『敵の艦爆隊を確認!駄目ね、コッチも見つかってる!二人共、対空戦闘用意!』

 

タイクウセントウ‥‥‥?と暫し悩んだ幸子。そう。実はまだ教わっていなかったのだ。幸子の隣で恐怖でガタガタと震え表情を引き攣らせ機銃を構えていた電が、「うーん」と悩む幸子に気付いた。

 

「幸子ちゃん、機銃なのです!これ!これなのです!」

 

電は自分の構えた機銃を見せてアピールしている。幸子の持っている連装砲A型改二は対空には向かない。別に持たされた機銃で対処する他は無い。幸子達に空母が同行していれば話はまた違ってくるのだろうが、今は自分達で対処するしかない。

 

本来ならばこの訓練用の航路に深海棲艦が現れるのは非常に稀。その稀を引く辺り、やはり幸子は色々な意味で『持っている』と言える。

 

 

 

 

『ちょっと待ってよ‥‥‥あれって飛び魚艦爆じゃ‥‥‥』という衣笠の通信の直後。『ドゴォン』という何かの爆発音と『キャアァァ』という悲鳴が聞こえてきた。衣笠に何かがあったに間違いない。助けに行こうと慌てて走り出そうとした幸子の左手首が「駄目なのです」と電に掴まれた。

 

「電さん、どうして止めるんですか!衣笠さんを助けに行かないと!」

 

「‥‥‥駄目なのです」

 

そう呟いた電の視線の先を追って見ると、海面に何やら線のような跡が走っているのが見えた。もしもさっき幸子が飛び出していたら、ちょうどその線と幸子の航跡がぶつかる位置に走っている。

 

「電さん、あの飛行機雲みたいな海を走る跡は何ですか?」

 

気になって電に聞いてみるも、返事が返ってこない。おかしいと思って電の顔に視線を戻してみると、電の表情は絶望に染まりポロポロと涙を流していた。

 

「えっ‥‥‥電さん?」

 

「もう‥‥‥もう駄目なのです‥‥‥‥‥‥お父さん、お母さん‥‥‥助けて」

 

◆◆◆◆◆◆

 

独房の簡素なベッドにゴロン、と力無く横たわり「はぁ」と小さく溜息。

 

こうして独りゆっくりと考える時間があれば、自身の行動を冷静に捉える事もできるようになる。

 

「‥‥‥流石にアレは無いっぴょん」

 

そう卯月はひとりごちる。気が動転していたのは分かる。弥生の事を案じたのも分かる。だからといって、弥生の身体に宿る得体の知れない他人を追い出す為に弥生の身体の首を絞めよう、など以ての外だ。たとえそれで幸子の魂を追い出したとしても、肝心の弥生の身体が死んでしまっては元も子もない。

 

幸子とかいう魂は是が非でも追い出さねばならないが、それによって弥生の身体が傷付く事があってはならない。そんな分かりきった事すら理解出来ないほど混乱していた自分に腹が立つ。理由はどうあれ、もう少しで親友の身体を殺す所だったのだ。

日頃の悪戯で怒られる程度では反省の色すら見せない卯月だが、今回ばかりは反省と後悔しかない。

 

「はぁ」

 

今度は大きく溜息。あの不審な魂を追い出す方法を一刻も早く見つけ出すと同時に、その間弥生の身体は死ぬ気で守らねばならない。

 

「両方やらなくちゃいけない、ってのがうーちゃんの辛い所っぴょん」

 

昔に同じ駆逐艦の秋雲が使っていた言い回しを真似てそう呟いて、再度溜息。

 

と。コンコン、と厚い扉を叩く音と「卯月ちゃん?」という聞き慣れた声が聞こえた。

 

「白露‥‥‥何か用っぴょん?」とベッドの上で動かずに力無く返事をした卯月に「あのね」といつもと違いトーンの低い白露の声が響く。

 

「あのね卯月ちゃん。幸子ちゃん、悪い子じゃなくてね、それでね」

 

「はぁ‥‥‥」とまた溜息をついた卯月は「もうあんな真似は‥‥‥『弥生の身体』を傷付ける事はしないっぴょん」とだけ答えて黙った。

以降あれこれとどうにか気を紛らわせようと白露が話しかけるも、卯月は何も応えない。白露も諦めて扉から離れていく。その足音がトボトボと落ち込んでいるように聞こえた。

 

「‥‥‥心配してくれてありがとうっぴょん」

 

足音が聞こえなくなった後に、卯月はそう呟いた。もう少し時間が欲しい。あの弥生の身体に居る不審な魂の主を見ても落ち着いていられるだけの時間が。そういう意味ではこの独房でのひとときは丁度いいのかも知れない。少し眠って気持ちと記憶の整理でもした方がいいだろう、とそのまま瞳を閉じた卯月だが、今度は扉の向こうからドタドタと誰かが走ってくる音。

 

当然ながら卯月の独房の扉の前で止まった。そのすぐ後に、ドンドンドンドン、と扉を叩く音と白露の怒鳴り声。

 

「卯月ちゃん!大変なんだよ卯月ちゃん!」

 

「‥‥‥五月蠅いっぴょん。うーちゃんは寝る所っぴょん」

 

両手の小指で両耳を塞いで寝ようとした卯月の耳に微かに白露の何かを伝える声が聞こえて、ガバッと慌てて上体を起こした。

 

「今何て言ったっぴょん?」

 

「大変なんだよ!幸子ちゃんがっ!」

 

 

 




衣笠さんに連れられ練習航海中の幸子と電、例によって深海棲艦と会敵。次回の幸子の活躍や如何に。

飛び魚艦爆による開幕航空戦と先制雷撃‥‥‥あっ(察し)
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