端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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インヴェルズ大戦が終了したのもつかの間……再び侵略者が動き出す。
それに対して、ユウキがとった行動とは


第七話 束の間の平和を守るため

 インヴェルズの復活、ヴァイロンの暴走。そんな二つの大戦を乗り越えた端末世界。

 多くの者が傷つき、戻ってこないものが多すぎる。

 大戦直後、多くの人の葬儀が行われた。負傷者だけでもどれだけいるかわからない。葬儀に参加したユウキが周囲を見渡すが誰もがケガをしている。

 見ているユウキもリチュアの牢獄の影響で立っているのがやっとの状況だ。ウィンダから受け取った杖を使っている。

 後からわかったことだが、リチュアの牢獄に魔術がかかっている理由は、長い時間をかけて精神的に折るためだったらしい。

 

「あ……ユウキ君」

「カームさん、神官としての役割お疲れ様です」

 

 ムストが亡くなり、ウィンダールもインヴェルズとヴァイロンの戦いで負傷中。神官の中で一番経験があるカームがその代理に選ばれた。

 顔色も優れないが、求められたなら動くのが彼女だ。死者の前で祈りを捧げ、神官としての役目を果たした。

 

「いえ、私なんて……」

「そう謙遜しないでください」

「お父さんなら、もっと丁寧にできたんですけどね……」

 

 ムストを含めたエクシーズを行った者たちはディシグマによって取り込まれた後、銀河眼に開放され大地へと還った。その事実にユウキは勝手ながら心を強く痛める。

 彼は自分の心のままに死者蘇生を使用し、エミリアを救った。

 

 それは、ほかの命を見捨てたことと同じなのだから。

 

 カームに対してそれ以上何か言えなくなってしまうユウキ。そんな彼に追い打ちをかけるように、もう一人の少女が現れる。

 

「ユウキさん……」

「ファイちゃん……」

 

 ラヴァルの少女ファイの顔は疲れ切っていた。もう彼女がどれだけ泣いていたのか分からない。

 この大戦、一カ月にも満たないこの短い期間で彼女は大切な姉妹を二人とも失った。

 彼女を優しく見守ってくれていた姉たちは、もういない。たった一人だけ残されてしまった悲しみと絶望が彼女に大きく影を残す。

 

「どうして……どうして、お姉ちゃんたちを生き返らせてくれなかったの?」

「……」

「答えてよ!!!」

 

 ファイの叫びにユウキは答えられない。母親に強い想いを持つ彼にとって、家族を失った悲しみは他人事ではないのだ。

 まだ幼いころ、父親を失った時の記憶ははっきりしている。

 集まった黒い服を着た大人たち。涙を止めることができない母親。そして、ポカンと開いた小さな心の穴。

 今になってもその穴が埋まることはない。頭をなでてくれる大きなその手は、もういない。

 その後、必死になって自分を育てるために働く母親の疲れ切った顔を何度見たか。

 

「どうして……どうしてなの!?」

 

 ファイが流す涙はかつて母親が流していた涙と同じものだった。ユウキは何も言えず、俯くことしかできなかった。

 

 たまたまだったのだ。

 たまたま、目の前で家族を失い悲しむ人がいた。

 たまたま、自分がそれを覆せる力を持っていた。

 

 だが、それこそが力を持ってしまった者への責任だ。

 銀河眼は言った。他の人は救えないと。ファイの姿はその言葉を現しているかのようだった。

 ユウキが言えることは、銀河眼に返した答えと同じことだけだった。

 

「それは……俺が、救世主でも何でもないから」

「意味が分からないよ!ユウキさんは……」

「それは俺の力じゃない!」

「…っ!?」

 

 ファイの言葉を遮ってでもユウキは言うしかなかった。

 銀河眼という力を持ってしまったとしても、彼はただの大学生だということを。

 異世界から呼び出されてしまったただの人間であることを。

 

「ゴメン……俺は救世主なんかじゃないし、神様なんかでもない。エミリアを生き返らせたのは目の前にいたからだ。それ以外に理由はないよ」

「目の前に、いたから? それだけの理由なの……?」

「全員を救う、なんてことは俺にはできない。そもそも救うという行為自体、俺にできたことじゃないんだよ。俺はエリアルのように魔術が使えるわけでも、ウィンダのように動物と心を通わせることも、ファイちゃんのように溶岩を操ることもできない」

「でも!エミリアさんは生き返ってる!!なら、他の人も……!お姉ちゃんも!!一人くらいならできるんじゃないの!?」

「できないよ。俺が救えるのは一人だけだった」

「なら、どうして!? どうしてエミリアさんだけを助けたの!? 他の人はどうでもいいの!!!?」

「___どうでもいいわけないだろ!!!」

 

 ファイの嵐のような問いかけに、ユウキも我慢の限界が訪れる。

 助けられなかった者たち、死んでいった者たちの想いから涙を流し、激昂する。

 

「助けられるのなら助けたかったよ!!ファイちゃんを一人にさせたくないし、ムストさんにはお世話になった!それでも、救えたのはエミリアだけだった!!でも俺にどうしろっていうんだよ!? 異世界に飛ばされて、銀河眼を召喚することしかできないただの人間に、何を望むっていうんだよ!!!」

 

 

 

 

 

___それでも

 

 

 

 

 

「それでも!こんな弱虫な俺だって、目の前で誰かに死んでほしくないんだよ!!!」

 

 

 それが本心だった。ただの人間の、ちっぽけな優しさだった。

 誰にも死んでほしくない。それはきっと、誰にでも考えたことだ。

 それができるほど戦争は甘くない。戦いに犠牲は必ず出てしまうものなのだから。

 

「ゴメン……俺は、ただのエゴイストなんだよな……」

「ユウキさん……」

 

 力なく言葉を発するユウキの姿を見て、ファイもようやく彼の弱さを知る。

 ファイだって本当はわかっている。ユウキに八つ当たりしたところで姉たちは帰ってこないし、彼にはその責任はない。

 誰かにぶちまけなければ、自分が苦しくて苦しくて、死んでしまいそうだったから。

 だから、彼にぶつけたのだ。無責任であまりにもひどい言葉を。

 彼も助けられなかった悔しさがあることを無視して。

 そんな、優しいただの人間だからこそ、ファイはあることを思いついた。涙を流し、自分を一人にしたことを悔やんでいる彼だから頼める願いだった。

 

「……お願いがあります。ユウキさん、貴方にしかお願いできません」

「それは……?」

 

 

「私の、家族になってください。 私の『お兄ちゃん』になってください」

 

 

「!?」

「えええ!!?」

 

 あまりにも予想外すぎる要求にユウキとカームは驚きの声を上げる。シーンと静まり返った会場に二人の声が響き渡る。

 発言の意図が全く分からず目を見開く二人に対し、ファイは真剣な顔を崩さない。

 

「私は、姉を失いました。もう帰る場所はないんです。ユウキさんの涙が私の姉のことを思って流してくれているのなら、貴方の家族になりたいんです」

「……」

「私にとっての家族は、居場所なんです。だから、あんなひどいことを言った私ですが、居場所をくれませんか? 今度は、私も一緒に誰かを助けますから」

 

「もう、お兄ちゃんにそんな涙は流させないから」

 

 彼女の瞳はユウキをとらえて離さない。それは彼女の勝手な我儘であり、純粋な願いだった。

 うろたえるユウキだったが少し目を閉じ、そしてはっきりと答える。

 

「ああ。不甲斐ない兄だけど、それでもいいか? ファイ」

 

 その一言を聞いたファイから涙は消えた。小さな体で思いっきり新しい家族、『兄』に抱き着く。不甲斐ない兄は『妹』の突然の行為に驚き、勢いそのまま後ろに倒れてしまう。

 

「ありがとう……!大好きだよ、お兄ちゃん!!」

「い、いきなり態度変わりすぎじゃないか!!?」

「え? 姉さんたちにはよくしてたんだけど」

「お、おう……」

 

 彼女なりの愛情表現なのだろう、とユウキは勝手に納得する。頬を自分の胸にこすりつけるファイの幸せそうな表情にユウキも安堵の笑みを浮かべた。

 

「あの、ユウキ君。私からもいいですか?」

「カームさん……」

「ムストさん……お父さんは確かに死んでしまいました。 それ以外にも、私と親しくなったラヴァルの人も、私の前から消えてしまいました」

「……」

「でもね、ユウキ君。 貴方は必死に戦ってくれた。リチュアの牢獄から出てきたばかりでボロボロなのに、必死になって取り込まれた魂を開放してくれた。それは、貴方がいてくれたからできたことです。本当にありがとう」

 

 地面に膝をつけ、優しくユウキの手を握るカーム。

 涙をためながらも、笑顔で彼女はユウキを励ます。彼の戦いは無駄ではなく、救えたものも多くあるのだと。

 

「父のことを思って泣いてくれたこと、嬉しかったですよ。お疲れ様です」

「……はい。こちらこそ、ありがとうございました」

 

 その笑顔はユウキの抱えていた責任を軽くしてくれた。例え、自分がただの人間だったとしても救えなかった命について考えると心が苦しくなる。

 今は、胸と手のひらから伝わってくるぬくもりが苦しみを溶かしてくれている。それがたまらなく心地よかった。

 

 かくして、古の悪魔と暴走した天使による大戦争は終結し、再び世界にはつかの間の平穏が訪れることになる。

 

 そう、世界には。

 

 

 

 

 

「ずいぶんといい心地みたいねぇ……救・世・主・サ・マ?」

「っ!!!?」

 

 突然の黒い気配がユウキを襲う。ユウキがその冷たい声のほうに首をギギギと動かすと、目からハイライトが消え仁王立ちしているエリアルがいた。

 彼女の背後からは黒いオーラが見えるようで、その迫力に思わずカームは手を離す。

 

「ど、どうしたのさ」

「こっちが死者の対応に追われているのに、よくもまあそんな風にできるわね!!ただでさえ人手が足りないのに、何をそういちゃついていられるのかしら!!?」

「いちゃついてなんかいない!!」

「うっさい!!そこのラヴァルも、さっさとそいつから離れる!」

「……やだ」

 

 ユウキにくっついたまま動こうとしないファイを無理やりはがそうとするエリアル。流石にいつまでもくっついていられると動けないので、ユウキもファイを諭す。

 

「ファイ、ちょっと離れてくれる?」

「じゃあ、おんぶして。お兄ちゃん」

「お兄ちゃん!? あんた、この子に何を仕込んだの!!?」

「何も仕込んでないから!!ただ兄妹になっただけだから!」

「きょ、兄妹!!? と、とにかく離れなさい!!」

 

 と、エリアルがファイに飛び掛かったところで狙ったかのようにファイがユウキからどいた。

 つまり、エリアルがユウキに飛びつく形になったということで。

 

 

 むぎゅ。

 

 

「むごっ!!!?」

「!!!!?」

 

 その数秒後、ユウキの顔の上にエリアルの胸がちょうど当たる形になり抱き着く形になる。

 思わずユウキは声を出してしまうが、柔らかい二つのもので顔全体が覆われて声にならない声になる。

 ファイはよくよく見ると少し口元が上がっており、カームは思わず両手で顔を覆う。

 もう一人の当事者のエリアルは顔を赤くして、なんとかユウキから離れようとするがパニック状態でうまく離れられない。

 

「むごご!!!?」

「ひゃん!!こ、こらぁ!変な声出すなぁ!!」

「ご、ごへん!」

「ひゃっ!!?だ、だからぁ!!」

「ちょっと、エリアルうるさい……よ……?」

 

 このタイミングで登場するのは二人をよく知る人物。ウィンダである。

 彼女もまた戦後の処理に追われており、エリアルが大声を出していたので注意をしに来たところだった。

 さて、二人をよく知るウィンダが現在の状態を見たらどう思うだろうか。

 

「はぁ……エリアル、ユウキが生きていたことを喜ぶのはいいんだけど、いちゃつくのは後にしてくれないかな?」

「は、ハァ!!?」

 

 エリアルのユウキに対する態度は既に知られている。そう、いわゆる『ツンデレ』というやつだ。素直になれないだけで確実に彼に悪い感情は抱いていないのは、周知の事実。連合軍の常識なのである。『常識』なのである。

 だからウィンダは勝手に、ユウキが牢獄から無事に出てきてくれて抱き着いているのだと解釈した。

 まあ、ユウキを牢獄に入れたのは彼女も関わっているのでそんな訳がないのだが。

 

「今さら好意を隠さなくてもいいのに。連合軍ならだれでも知ってるよ? エリアルがユウキに素直になれてないだけだって」

「そんなことないからぁ!!!」

「むごごご!!!!」

「ひゃっ!!?」

 

 なおこの間、ユウキはずっとエリアルの下敷きになっていたため身動きが取れていない。つまり状況は変わっていない。

 ここでようやくエリアルの脳内に『退く』という選択肢が思い浮かび、すぐさま実行する。解放されるユウキだが、その顔は満足げだ。

 

「それで、本当にどうしたの? エリアルがユウキに自分から抱き着くとは思えないけど」

「わかってるなら変なこと言うなぁ!!」

「ハイハイ。それでこれはどういうことなの、ユウキ」

 

 頭が回っていないエリアルではなく、ユウキに質問対象を変えるウィンダの判断は懸命だった。ユウキからあらかたの事情を聴きとりあえず納得するウィンダだが、彼らを見る目は胡散臭いものを見る目だ。

 この後、ユウキたちはウィンダから軽く説教を受けた後、戦後の処理に駆り出されることになった。

 その際、ユウキがずっとファイをおんぶしている姿があちこちで目撃されたそうな。

 

 

 

 

 

 

 数か月後、ガスタの里。

 リビングでお茶を飲むウィンダとユウキ。その空気はとても平和だ。

 

「平和だな……」

「平和だね……」

 

 大戦が終わり、連合軍は各部族の復興を始めた結果だった。ガスタの里では失われた自然が徐々に戻りつつあり、戦争の傷は消えつつある。

 あとは時間が心の傷を癒していくだけだ。そればかりは結束でもどうにもならない。

 静かな空間にガチャリと、勢いよく扉を開ける音が響く。

 

「お兄ちゃん、帰ったよ!!」

「ファイ、手を洗ってきなさい」

「は~い!」

 

 ウィンダールとファイが家へと帰ってくる。今日の復興作業が終わり、二人は洗面台へと向かってからリビングのソファーへと腰掛けた。そして当たり前のように、ファイはユウキの隣に座り右腕に抱きつく。

 この数カ月でユウキとファイの関係は本当の兄妹……以上に仲が良くなっていた。同じベッドで寝ることはもちろん、肩車や抱っこは当たり前のようになってきている。

 ファイが一度、一緒に入浴することも提案したがユウキが全力で断った。

 彼女は腕に抱き着いた後、心配そうな顔でユウキにいつもの質問をする。

 

「お兄ちゃん、体の調子はどう? 治ってきた?」

「なんとかね。リチュアの牢獄の影響がまさかこんなにも続くとは思わなかったけれど……」

 

 この質問も何百回聞いたことか。ユウキ自身としても自分をいたわってくれる家族がいるだけでとてもうれしいのだが、少しはウィンダとカームの治療を当てにしてほしいと思っている。

 今までユウキが復興に関わっていないのは、牢獄による体への影響を心配してのこと。

 あくまでも感覚としてだが数カ月もの時間を過ごしたようになっており、しばらくは体の様子がおかしかったユウキ。そのことを心配したウィンダールやクリスタが彼に休ませるように連合軍に依頼した。

 魔術の耐性がない彼にとって、あの牢獄は地獄のような場所だった。五感が何一つ役に立たず、何も変化のない牢獄に何カ月もいたのと同じ。

 途中エリアルが話しかけてくれたことと、ウィンダ達が助けてくれなければ狂いかけていたかもしれない。

 

「普通の人間じゃないなぁ……」

「お兄ちゃん?」

「俺がこの世界に来て体験したことだよ。前にも話したかもしれないけど、俺の住んでた世界ではこんなことありえないからな」

 

 そんな自分の体験を思い出しながら、ユウキは感銘を受けた。

 ユウキが端末世界に来て約半年。たった半年、されど半年。彼の身には多くの出来事が降りかかった。

 久々に落ち着いた時間が流れている。ユウキはファイに説明ついでに、今までを整理してみることにする。

 

「お兄ちゃんって、どうやってウィンダさんたちと知り合ったの?」

「あれはリチュアとガスタの交戦中に、俺が空から落ちてきたんだっけ……」

「アハハ……びっくりしたよ。見知らぬ男の人が空から落ちてきて、つい私もエリアルも戦闘中だってことを忘れちゃったし」

「よく落下死しなかったね、お兄ちゃん」

「言われてみれば……」

 

 謎の声の頼みに了承したら、異世界の空に落ちていた。今考え直してみると、あれは完全に詐欺だったのではないか。

 この世界の結末を変えてほしい、と頼まれたがそれはいったいどこのことなのだろうか。

 インヴェルズのことなのか、暴走したヴァイロンなのか。

 ___それとも、この先の戦いのことなのか。

 そもそも、あの声は誰だったのか。それすらまだわからない。いくら考えてもどの疑問にも答えは出なかった。

 

「その戦いの中、ユウキが私を助けてくれたんだよね。あの時見た銀河眼はすごく綺麗だったなぁ」

「まさか助けることができるとは思ってなかったけど。あの時は無我夢中って感じでもあったから」

「でも、助けてくれたことには変わりないよ。ありがとね」

 

 ウィンダの笑顔に思わず赤面して顔をそむけるユウキ。そんな兄を見てムッとするファイは抱き着いている腕の強さを強めた。

 顔を少しゆがめたユウキはチラリとファイのほうを向いた後、頭をなでてホールドを緩めてもらう。

 その話にウィンダールも乗る。あの時、ボロボロになった娘と見知らぬ青年、そしてリチュアのエリアルが家に入ってきたとき彼は驚愕の表情を浮かべたことを思い出す。

 

「ウィンダが帰ってきてくれたことは素直に嬉しかったが、まさか異世界人とリチュアを連れてくるとは思わなかったぞ」

「あの時お父さん、すっごく驚いてたもんね。『どうしたんだ、その子たちは!!?』って。あんな驚いたお父さん、初めて見たよ」

「当り前だ……。リチュアに勝利したこと自体が信じられなかったんだ。正直に言って、完全に諦めていた自分がいたのも事実だった」

 

 当時の戦況を振り返ってもガスタは非常に苦しい状況だった。

 リチュアには多くの兵士、強力な魔術、そして儀式体の悪魔。普段戦闘慣れしていないガスタがこれらを打ち破る方法はなかった。

 ユウキという希望が現れるまでは。

 

「よく正体不明の俺を保護する気になりましたね?」

「逆に聞くが、意識を失っている青年を殺されるかもしれない環境に置いておくかね?」

「……置かないですね」

「だろ? エリアルについても同じだ。いくらリチュアとはいえ、意識を失った状態で放置することはできない」

「ガスタって、やっぱり優しいんだね。ラヴァルにもこれくらいの優しさがあったらいいのにな。そうしたら、戦いで全部決めるなんて頭悪い考えなくなるのに」

「イッツ脳筋……」

 

 銀河眼を召喚しリチュアを撃退した後、ユウキは気を失った。

 ウィンダのおかげでガスタに保護され、目を覚ましたのは心地よいベッドの上で、そこからウィンダに事情を話した結果がアレだった。

 

「なんで救世主なんですか……」

 

 そう、あまりにも突然下された救世主認定。確かにリチュアを撃退させるきっかけを作ったのはユウキではあるが。

 今だからこそ当時の不満を隠さずウィンダに伝えると、彼女は申し訳なさそうに謝る。ユウキも本気で怒っているわけではないが、せっかくの機会なので理由を聞いておきたいのだ。

 

「ご、ゴメンね? あのときこう、ビビッ!ときて、こうガスタを救ってくれる感じがしてね」

「ウィンダさん……それは私でも少し引くよ」

「か、神様からの啓示だから大丈夫なの!」

「何が大丈夫なんだ」

「すまないな……妻、先代巫女もこんな感じだった」

「……母親ゆずりなんですね」

 

 ウィンダの母親の姿をユウキは見たことがない。そして、それがどういうことなのかも大体理解しており、聞くこともない。

 ウィンダには妹のこともあるだろうから、傷をえぐることはしない。家族の問題についてはユウキもうかつに手を出したくないのだ。

 この話題を打ち切るように、ウィンダールはユウキに謝罪の言葉を述べる。

 当時、突然現れたユウキに反感を持っている者は少なくなかった。

 特にリーズをはじめとした戦士家は、自分たちがガスタを守るという意識から反感が強くユウキを見る目が冷たかった。

 

「あの頃はすまなかった。何度謝っても許されることではないが」

「そりゃ、異世界から来たとか急に言って自己紹介もしてないのにみんなの名前がわかって……信用されるとは思えないですね。自分で言っておいて何なんですが」

「あれ、私には名前を聞かなかったっけ?」

「ファイはカード名に固有名詞が書かれてなかったから分からなかったんだ」

「へぇ~」

 

 一カ月間、エリアルの監視も兼ねていたがガスタで生活していたユウキ。それが崩れたのはエリアルがガスタを抜けだしたときだった。

 あの時、抜け出すのを手伝ったのはユウキだったため救世主から捕虜扱いに変わった。ウィンダールが謝罪しているのはこのことだ。

 ユウキ自身も今は反省しており、クリスタから言われた言葉。『部族の掟』についても考えるようになった。

 だが、そんなものがどうでもよくなってしまうような出来事が直後に起こる。

 湿地帯だけでなく、全世界に広がった瘴気と共に復活した古の悪魔。

 

「俺が来てから二度目のリチュアとの戦いの中、インヴェルズが復活したんだよね……」

「今でも、思い出したくないよ……」

 

 ファイとウィンダの表情が暗くなる。

 目の前で同族、顔見知りや親しい人が悪魔に捕食される光景を思い出せば、誰でもそうなってしまうだろう。あまりにもショッキングな光景にユウキも嗚咽が止まらなかった。

 直後にヴァイロンが介入してきたが、もしそれがなかったのなら___

 被害は今以上に広がっていただろう。

 

「その後連合軍が創られて、インヴェルズとの戦いになったんだけど……ユウキは怖くなかったの?」

 

 インヴェルズとの戦いは正しくどうなるか分からないという恐怖心との戦いでもあった。戦士でもないウィンダは当時、体の震えが止まらなかった。

 いざ出撃しても、近くにウィンダールがいてもその震えは止まらなかった。

 

 だからこそ、気になるのだ。

 

 自分以上に戦いから遠い存在だったユウキが、なぜインヴェルズと戦えたのかを。

 なぜ、恐怖心を克服できたのかを。

 

「怖かったさ。でも、元の世界に戻れるってオメガが言ったし、ただ待っているわけにもいかない状況だったし」

「でも、そうは感じなかったよ?」

「銀河眼が無理やり立たせたのもあるけど……やっぱり、死んでほしくなかったからかも。ただのカッコつけだな、こりゃ」

「そんなことない。とても立派だったよ」

 

 ウィンダの言葉は自然に出たものだった。ユウキの戦いは非常に立派だった。

 それはウィンダールも一緒だった。彼を無理やり戦力に組み込んだヴァイロンを止められなかったことをまだ悔やんでいる。

 

「ヴァイロン様は機械だった。心、という不確定要素まで観測できなかったのだろう。君を戦力として見ていることを止められなくて申し訳ない」

「いいですよ。もう過ぎたことです。それにそこでファイと出会えたし。悪いことばかりじゃなかったです」

「お兄ちゃん……」

 

 ファイとユウキの出会いはインヴェルズ戦での護衛だ。

 ユウキが初めてファイを見たときは、どちらかというと保護対象のような感じだった。ラヴァルなのに戦闘狂という感じではなく、落ち着いたおとなしい子という印象。

 まさか今、自分の妹になっているとは考えてもなかった。

 

「まさか、妹になるなんて思ってなかったけど……」

「この人はいいお兄さんだな~って思ってはいたけど、まさか本当にお兄ちゃんになってくれるなんて想像もしてなかったよ」

「そういえば、ユウキって兄妹は?」

「いないよ。一人っ子だったからファイが可愛くてしょうがないよ」

「えへへ……」

 

 ファイが幸せそうな笑みを浮かべる。姉二人を失った悲しみは少しずつだが癒えているようだ。

 インヴェルズとの戦いだけでも失ったものは多い。インヴェルズとの戦いでジェムナイトの上級戦士たち。ユウキの護衛についてくれたアクアマリナもインヴェルズ・ギラファによって殺された。

 誰も犠牲にならない。そんな綺麗ごとは考えていなかった。だが、それでも誰かがいなくなってしまう悲しみは想像もしたくないことだ。

 

「インヴェルズとの戦いが終わって、なんとか落ち着きそうなところでユウキ君が誘拐された……まったく、ノエリアは何を考えているんだか」

「ひどい目にあいました……でも、エリアルのおかげで何とか」

「エリアル、なんだかんだ言ってユウキを意識してるよね。ちょっとずつ昔みたいになってるし」

 

 インヴェルズとの戦いの直後、突然起こったユウキ誘拐事件。牢獄に囚われたユウキを意図的ではないにしろ助けたのはエリアルだった。

 そして、最近エリアルの態度が軟化しているのは間違いなくユウキのせいである。その原因を思い出したウィンダは思わず苦笑を漏らした。

 

「ユウキったら、初めて儀式体のエリアルを見るなり目を輝かせて可愛いって言ったもんね。そりゃエリアルだって混乱するよ」

「いやぁ~つい」

「……そういえば、彼女が捕虜の時にユウキ君がとんでもないことを言っていたような」

「え? 告白したことですか?」

「それだ!!なぜ君は突然愛の告白をした!!」

「お兄ちゃん。その話詳しく」

 

 再び腕のホールドが強くなる。しかも、今度はひもで強く締め付けられているような感じだ。痛みで顔をゆがめながらユウキは今までの成り行きと、今の自分の心情を話す。

 

「エリアルについては別に嘘を言っているわけじゃないですけど、俺の一方通行でいいんですよ。俺は元の世界に戻りたいから色々ごちゃごちゃしちゃうし」

 

 彼女に好意を抱いているのは事実だ。それを伝えるのはいいが、結ばれる気は彼にはない。

 そもそも、元の世界に帰ることが彼の最優先事項である。

 確かに遊びのように見えるかもしれない。だが、彼の想いは本物だった。親を失った者同士分かり合える部分もあれば、ぶつかり合うこともあった。そんな時間でも、とても心地よい時間だったことは今でも思い出せる。

 家族のことを想うユウキに、ファイが鋭い質問を飛ばす。

 

「お兄ちゃん、いなくなっちゃうの?」

「……いずれは、ね。俺も母さんを一人にしたくない」

「私は?」

「……」

「私は一人になっちゃうよ? それは、イヤだよ。お兄ちゃん」

 

 妹からの質問にユウキは答えられない。

 家族。ユウキが最も重要視していること。それはもう呪縛と言ってもいいかもしれない。

 母親と妹。どちらかしか選べないとすれば___

 

「……ファイも行くか?」

「うん」

 

 ___否、どちらかなんてそんなことはしない。取れるのなら両方。誰一人として家族を失いたくないのだ。無理だとしても、今はそう答えたい。

 もっとも、そうなるには元の世界に戻る方法を見つけなくてはいけないのだが。

 そのためにユウキは大戦の葬儀後、リチュアに異世界転移について頼んでおいたのだが今でも何も連絡がない。

 

「結局、オメガは消滅しちゃったしどうやって帰るかな……」

「一応、リチュアの皆に協力してもらっているんだっけ?」

「一応、な。多分してくれてないと思うけど……」

 

 リチュアの信頼は今でもはっきり言って皆無である。ユウキを誘拐していれば当然でもあるが。考えておく、という返事をもらったがユウキ自身も当てにしていない。

 ユウキはあくまでも、エリアルやアバンスたちは信用しているが『リチュア』という部族は信用していない。

 

「最近、やけにおとなしいな……やな予感がする」

「……あんまり言いたくないけど、私も嫌な予感がしてる。お父さん、何かリチュアに動きはなかった?」

「そういえば……ノエリアが完治してちょうど二カ月が経つ。それに、今日はノエリアの姿を見なかった」

 

 不穏な空気が流れ始めてしまい、ウィンダもファイも不安の表情を隠せなくなる。

 この状況を何とかするため、これから起こるかもしれない惨劇を回避するため、ユウキは思いっきり頭をひねる。

 ユウキが今までの出来事を特に驚かなかったのはカードの知識で知っていたからだ。ならば、カードから今から起こるかもしれない事件を予想できるはずだと考えた。

 

(思い出せ思い出せ思い出せ!今から起こる可能性があるイラストを描いたカードがあるはずだ!!)

 

 ユウキがこの世界に来た時、なぜか端末世界のストーリーを思い出せなくなっていた。

 だが、カードの知識はそのままだった。みんなの名前が分かったくらいだ。他のカード名も思い出せる。

 ならば、イラストからストーリーを思い出せれば、結末を変えることもできるはず。必死に思い出すユウキだが、どうにもノイズがかかって思い出せない。

 難しい顔をしているユウキにファイが心配そうに聞いてくる。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと考え事。ファイもなんか今日気づいたことある?」

「うーん、特にないかな。あ、カームお姉ちゃんが湿地帯に薬草を探しに行くって言ってたよ」

「……カームさん、が?」

「うん」

 

 カーム。その言葉で脳内のノイズが完全になくなる。そして、一枚のカードがユウキの脳内に現れた。

 それは紫の風の中、カームが苦しそうにしている永続魔法。

 

「猛毒の風か!!!!」

「!? ど、どうしたの、お兄ちゃん」

 

 ソファーから立ち上がり、すぐさまウィンダールたちに指示を出す。

 

「ウィンダールさん!今すぐカームさんを探し出してください!今すぐです!!」

「わかった」

 

 事の大きさを理解したウィンダールもすぐさま行動に移し、そのことを読んでいたかのように待機していたイグルの元へと向かう。

 

「ウィンダとファイは俺と一緒に外の人を建物の中に入れるぞ!!」

「え、え?」

「急いで!!」

 

 戸惑う二人だが、走るユウキの後ろをついてくる。先ほどの雰囲気から一変。事態は急を要していた。

 すぐさま家を飛び出すユウキたち。ウィンダールはイグルに乗ってカームを探しに空へと飛び立った。ファイはいつの間にかユウキの背中にくっついていた。

 全力で走るユウキについていくウィンダ。ウィンダはなぜこんなことをするのか彼に後ろから問いかける。

 

「ユウキ~!どうして急に~!?」

「これから猛毒の風が来る!それを食らえばガスタに大きな被害が出る!!」

「もしかして、リチュア?」

「ああ。一番は魔術とかで防ぐことだけど、ムストさんはもういない。なら、外にいさせなければ被害は少なくなるはず!」

 

 永続魔法『猛毒の風』。効果は風属性モンスターへのメタカード。

 すなわち___ガスタへの特攻兵器である。

 イラストではカームが非常に苦しんだ絵が描かれており、ストーリーではカームは重傷。そしてウィンダールは……。

 その結末を変えるために、必死になってユウキたちはガスタの里を走る。

 外にいる困惑するみんなをなんとかして建物内へと入れていく。

 途中、出会ったリーズやカムイも困惑しながらも非難に協力してくれたおかげで、三十分後にはガスタの全員は建物の中へと非難させることに成功する。

 

 

 そしてその直後、紫色の風がガスタの里に襲い掛かった。ユウキたちは家に戻り、ウィンダが家の周囲に結界を張る。

 

「どう? ウィンダ」

「うん……一応うちには簡単な結界を張ったけど、ちょっと苦しいかも」

「そう……カムイは?」

「ウィンダおねーちゃんと同じ。ちょっとだけど苦しいね……リーズおねーちゃんは?」

「戦士家、なめないでよね……って言いたいけど、やっぱり苦しいものは苦しいわね……」

 

 リーズとカムイもウィンダの家に集まり、外の様子をうかがう。紫色の風が外の風景を侵食しており、外に出ることは不可能だった。

 家の中にいてもウィンダやカムイ、そして戦士家であるリーズも少し苦しそうにしている。

 そして、カームとウィンダールはまだ帰ってこない。

 

「……カームとウィンダールさん、まだ帰ってこないのね」

「うん……」

 

 リーズもウィンダも『大丈夫』という言葉を言わない。それほど二人のことを心配しているし、それが現実的ではないのが分かっている。

 ガスタではないファイにはあまり影響は出ていないようで、ファイは辛そうにしているガスタ組のために水を持ってきたりしている。

 一方のユウキは銀河眼と今後のことを相談していた。

 

(銀河眼。ちょっと考えがあるんだけど)

『ああ?』

(_______しようと思うんだ)

『…………はぁ?』

 

 ユウキの考えに長い沈黙の後、銀河眼は呆れた声を出す。

 

 

 

 

 

 何せそれは、自分を売るということなのだから。

 

 

 

 

 

(どうかな)

『有効打ではあるな。だが、正直に言ってそこまですることは__』

「お父さん!カームさん!!」

 

 ウィンダの声でユウキが顔を上げると、苦しそうに息を荒げるウィンダールと意識を失って体の力が抜けウィンダールに担がれているカームが部屋へと入ってきた。

 ウィンダールは部屋に入ると、すぐさま倒れこみ息を切らす。そんな体でも、ウィンダールは謝罪の言葉をこぼす。

 

「ハァ……ハァ……すまない、このありさまだ……」

「お父さん、無理しないで!!」

 

 すぐさまウィンダールとカームを横に寝かせ、ウィンダはすぐさま治癒魔術を二人にかける。が、二人の体調は戻らない。

 彼女の顔が悲しみで歪み、ウィンダールの胸に顔をうずめる。

 あの大戦で何度も味わった、『誰かを失う』という恐怖が彼女たちを支配する。

 

「お父さん死んじゃやだ!!!」

「ウィンダ……」

「お願いだから、大丈夫だって言ってよ……!」

「おねーちゃん!!カームおねーちゃん!!!」

「…………」

 

 ウィンダールはなんとかウィンダの頭をなでようと腕を伸ばすが、しびれているのかうまく上がらないようで撫でることができない。

 カムイもカームに必死に声をかけているが彼女が目を覚ますことはない。

 

「なんで……なんで、こんなひどいことができるのよ!!リチュアぁああ!!!!」

 

 リチュアの非道な行いに激怒しているのか、それともこの状況で自分にできることは何もないことへの嘆きか。はたまた、その両方か。怒りで体を震わせるリーズは叫びをあげる。

 ついに起こってしまった惨劇を見て、銀河眼はユウキに問いかける。

 

『さて、どうする?』

「どうするもこうするも、やるしかないだろ。今、助けられるのは俺しかいないと思うから」

『だな。おそらくお前の考えた通りになるだろうよ』

「……お兄ちゃん?」

 

 このような光景を目の前にして、ユウキは動くことを決意する。目の前で家族を失う悲しみを、もう誰にも味わってほしくないから。

 彼を心配するファイに笑顔で返すユウキ。

 それと同時に、玄関からガチャリと扉が開く音がした。

 

「失礼する。ガスタの長の家はここであっているか?」

 

 青年の決意と共に、一つの希望がここに舞い降りる。

 新たに部屋に入ってきたのは緑色の騎士。輝く体を持つ正義の戦士だった。

 その戦士の顔を見たユウキはこの状況でありながらも、安堵の笑みを浮かべる。

 

「ナイスタイミングです。ジェムナイト・エメラルさん」

「ああ、話は聞いている。高屋 ユウキ君だな」

 

 ジェムナイト・エメラル。彼がここにいる理由は復興中の出来事にあった。

少し前の復興作業でインヴェルズとの戦いで散っていったジェムナイトの戦士、ジェムナイト・パーズの核石をウィンダールが発見したのだ。

 それを受け渡すためにジェムナイトが里に来るという話をユウキは聞いていた。そして、それこそが現状を打破する希望でもあった。

 エメラルが来たことによって、ユウキの脳内にもう一枚のカード名が現れる。それは彼自身もよく使っていたカードだった。

 

「お父さん……お父さん……」

「おねーちゃん、目を開けてよ!!」

 

 二人の悲痛な叫びが部屋に響く。それを見たエメラルは顔をゆがませるがユウキがそれを阻止する。

 今、ジェムナイトが負の感情を抱くことは、終末へと向かう引き金になってしまうからだ。

 

「エメラルさん。怒りを抱くのはまだ早いです。感じてくれるのはありがたいんですけどね」

「む……そんな顔になっていたか。私もまだまだ未熟だということか。それでユウキ君、何か私にできることがあるのか?」

「ええ。現状を打破する方法です」

 

 そう言ってユウキは泣き崩れるカムイに声をかける。勝手に行ってしまってはリーズに殴られかねないからだ。

 今からユウキが行おうとしているのは、この状況を打破する方法。それにはエメラルと、もう一人の協力が不可欠となるからだ。

 

「カムイ、この状況を打破する方法が一つある。聞いてくれ」

「……ユウキ、おにーちゃん。それは……?」

「ああ。お前の許しが欲しい。エメラルさんとカームさんでエクシーズを行う」

「え……?」

「ちょっとユウキ!? それどういうことか説明しなさい!」

 

 ユウキの提案に予想通りリーズが反応する。彼の胸元をつかみ、説明を求めてきた。

 その行動が予想できていたユウキは、落ち着いてリーズとカムイに説明する。

 

「この猛毒の風、俺の知る知識じゃ『ダイガスタ・エメラル』っていうエクシーズモンスターが打ち消したんだ」

「エメラルって……もしかしてジェムナイト様?」

「そう。それで、おそらくエメラルさんと波長が合うのが__」

「……カームおねーちゃん」

 

 カムイの脳裏にかつての相棒と父の顔が思い浮かんだ。

 赤ん坊のころから近くにいた、友であり家族であり、そしてパートナーだったファルコはもういない。

 母親がいない中、ずっと自分を優しく見守ってくれていた自慢の父、ムストもいない。二人はエクシーズに選ばれ勇敢に戦い、そして大地へと還っていった。

 それはファルコの相棒として誇るべきことのはずだ。ムストの息子として良きことだと思わなくてはいけないはずだ。

 

 なのに、この目からは涙が止まらなかった。体から震えが止まらなかった。

 心から悲しみが止まらなかった。

 また、目の前で大切なものが自分から失われようとしている。

 それは、もう、イヤだった。

 

「カムイ。いつもいつも助けられてばかりなのに、こんな急に残酷な質問をしてしまってごめん」

「僕は……どうしたらいいの?」

「姉弟であるカムイに決めてほしい。お前のお姉さん、カームをエクシーズさせることに」

「そんなこと……僕には……」

「じゃあ、もっと簡単な質問にする。正直言ってずるい聞き方だけど、そこは後で殴るなりしてくれ」

 

 そしてユウキはカムイの顔の高さを合わせ、聞く。

 もっと根本的なところ。相棒を失い、自身の無力さを感じてしまったカムイがずっと抱いていた願望であること。

 

 

「ガスタを救いたいか? 君のお姉さんを助けたいか?」

 

 

 誰かを救いたいという、『希望』。それをユウキは確認した。

 ガスタのために、カームとカムイのために。恩返しをするため。

 その質問はあまりにも愚問だった。『希望』の名を持つ彼にとって、ガスタとカームを救わないなどという言葉はない。

 カムイは裾で涙を拭いて、力強い目で即答する。

 

「救いたい……もう、誰もいなくなってほしくないよ!!」

「ああ。その望みを叶えるため、ここは俺に任せてもらってもいいか?」

「お願い、ユウキおにーちゃん……『希望』を僕たちに下さい!」

「了解」

 

 この悲しみの中に希望を生み出すために、ユウキは自身を救世主として振るえ立たせる。

 次にリーズにも確認をとる。

 

「カムイから返事はもらった。リーズ、いいかな?」

「そりゃ、救世主サマの頼みを断るわけにはいけませんし。でも、一つ確認させなさい。エクシーズした後、その二人は元に戻るの?」

 

 リーズの疑問はもっともだ。

 大戦後、生き残ったエクシーズはジェムナイト・パールだけ。しかも彼はエクシーズ前の、二体の姿に戻っていない。

エクシーズをしてしまえば、カームはもう戻ってこないのではないか。

 その心配をユウキにぶつける。ユウキはそれに正直に答え、そして提案をする。

 

「わからない。だから、もう一つ提案がある」

「それは?」

 

 

 

 

 

「俺、リチュアに入ろうと思う」

 

 

 

 

 

 部屋の中が静寂で満たされる。

 泣いていたはずのウィンダも目を見開いてユウキを見ていた。リーズもカムイもエメラルも信じられないものを見る目で彼を見る。

 

「____ごめん、どういうことかさっぱりわからない」

 

 静寂を壊したのは頭を抱えるリーズの一言だった。自分と同じ反応をした全員を見て、銀河眼は小さく苦笑した。

 ユウキの提案。正直に言って正気ではないように感じるものだ。この前ひどい目にあったばかりなのに、また同じことを繰り返しに行くのか、と。

 だが、この提案にはきちんと理由があり、そして以前から考えていたことでもある。大戦後、ユウキも何も考えていなかったわけではなかった。

 

「ちゃんと説明するよ。まず、リチュアは銀河眼たちの力に目をつけている。その証拠が以前の俺誘拐だ」

「ええ。そうね」

 

 誘拐事件の根端は、ユウキの持つ銀河眼の力をリチュアが前から目をつけていたからだ。

 実際、全員の隙が生まれるあの瞬間、誰もリチュアを止めることはできなかった。

 ならば、ユウキが自らリチュアに入れば。捕虜ではなく、一員として入ればどうだろうか? うまくいけばリチュアを内側から止めることができるのではないか、と彼は考えたのだ。

 

「で、この猛毒の風を発生させているのは間違いなくリチュアだ。ならば、銀河眼の力を条件に猛毒の風を止めさせるように交渉をかけることはできる」

「確かにそうだろうけど、だからってあんたが捕虜になる必要はないんじゃない?」

 

 そう。銀河眼も指摘したのはそこだ。彼自身がリチュアに入ることはない。デッキを差し出せば終わる話であり、たとえユウキが入ったとしても用済みとして殺される可能性も否定できない。

 それにも、ユウキなりの考えがある。

 

「いや、ムストさんが前に言っていたけどデッキは俺にしか使えない。より正確なデータをとるためには俺自身が必要だ。それに、リチュアに潜り込めれば魂について。エクシーズした魂を分離させることもできるかもしれない」

 

 デッキは彼にしか使えない。ムストは以前そう言っていた。

 ならば、リチュアも詳しいデータをとれていないのではないか?

 詳しいデータをとるためなら、ユウキをリチュアにいれることも視野に入れているのではないか?

 都合のいい考えだが、強く否定できる材料がないのも事実だった。

 ユウキの説明に、リーズもとりあえず納得したようだった。

 

「……なるほどね。私としても、カームが助かるのであれば賛成。だけど、ジェムナイト様のことを忘れていない?」

「その質問は不要だ。ガスタの勇敢なる戦士、リーズよ」

 

 エメラルはカームの疑問を一刀両断した。彼の言葉に一切のためらいはなかった。

 

「か弱き命を救えるのであれば、私は自分の命も差し出そう。それに、エクシーズはどうやら片方の意識がメインになるようだ。パールは我らジェムナイトがメインだからな」

 

 ジェムナイトの高貴な魂。それはエメラルにもリチュアとのエクシーズのパールも持っている。エメラルにエクシーズの確認は不要だった。あまりにも高貴な魂に、ユウキもついつい申し訳なさそうな顔をしてしまう。

 

「私は彼女に意識を渡すつもりだ。彼女は家族思いの心優しい女性なのはこの前の大戦でよく知っている。そして、彼女の治癒魔術に我々が助けられたことも。ならば、今度は私が彼女を救おう」

「……自分から言い出しておいて申し訳ないんですが、ありがとうございます。エメラルさん」

 

 ユウキの言葉にエメラルは笑みを浮かべることで応えた。

 意識を渡す、と簡単に言っているが、すなわち自身の死さえも彼は恐れていない。

 それは、守るべきものを守り抜くため。恐怖をその精神で乗り越えるジェムナイトだからこそ。

 

 

 ___準備は整った。

 いったんウィンダールをカームと離し、彼女の隣にエメラルが立つ。ウィンダ達が後ろから見守る中、ユウキは一呼吸おいてから宣言する。

 

「行きます!俺はレベル4のジェムナイト・エメラルとガスタの静寂 カームの二体で、オーバーレイ!!」

 

 ユウキの宣言で部屋の中央に宇宙の渦が生まれ、そこにエメラルとカームが光となって吸い込まれる。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!!!現れよ、ランク4 ダイガスタ・エメラル!」

 

 ユウキの宣言で銀河の渦が爆発を起こす。そして、その中から新たなる戦士が出現した。

 戦士は、ジェムナイト・エメラルとほとんど外見は変わっていないが、その背中から巨大な緑色の翼を持っていることに目を引く。

 それは『風』を司るガスタの力を宿していることを現していた。

 戦士は顔を上げると、戦士らしからぬおどおどとした動きで自分の両手を確認し、小さくつぶやいた。

 

「あれ……私、どうなって?」

 

 その声は、聞き覚えのある女性のものだった。声を聴いた途端にカムイは戦士に、姿が変わったカームに抱き着く。

 彼女(?)は抱き着かれたことで少しだけうろたえるが、何の問題もなくカムイを受け止めた。

 

「おねーちゃん!!」

「か、カムイ? あれ、私本当にどうなっているんですか!?」

「まったく……心配したんだからね!」

「り、リーズも!?ええっと、何がどうなって……」

 

 現状がまったく理解できずあたふたする姿は間違いなくカームだ。

 ユウキが今までの経緯を彼女に説明する。すると、カームは胸を押さえて感謝の言葉を述べた。

 

「この命、ジェムナイト様が救ってくれたのですね……。エメラル様、いくら感謝しても足りないくらいです……」

「カームさん。エクシーズの力を手に入れたカームさんにしかできないことがあります。お願いできますか?」

「!!……はいっ!!私にできることなら!」

 

 妙に張り切った返事が返ってきて、ユウキは思わず笑みがこぼれた。ダイガスタ・エメラルの姿で両手をグッっとする姿は何とも言えない不思議さがある。

 普段大人びているカームだからこそ、そのギャップが増しているからでもあるのだが。

 コホンと軽く咳払いをしてから、ユウキは真剣な面持ちでカームにやるべきことを伝える。

 

「今も苦しんでいるウィンダールさんの治療、およびガスタの里全域に吹いている猛毒の風の解除です。お願いします」

「任せてください!まずは、ウィンダールさんから治療します」

 

 カームことダイガスタ・エメラルは苦しむウィンダールに近づき、胸に手を添える。すると優しい緑色の光が手の中に生まれ、そのままウィンダールの中へと溶けていく。

 ウィンダールの表情が徐々に苦しみから解放されていき、呼吸も安らかなものに変わっていった。

 あっという間に猛毒を解除したことに皆が驚いている中、カームはホッと息をつくと、すぐさま玄関から外へと飛び立つ。外に彼女が出ても特に苦しむ姿がなかったことから、ユウキの予想通りエクシーズの力が猛毒の風を上回ったのだろう。

 空高く飛びあがったカームは、紫色に犯された自分の里を見て嘆きの声を上げる。

 

「これは……ひどい。せっかくの自然が、ガスタの里が弱っている……ですが、もう後ろで泣いているだけの私ではありません。エメラル様、力をお借りします!!『purification wind』!!!」

 

 だが、もう無力なカームではない。両手に浄化の力をため、それを風に変えて里全体に放つ。

 

 

 『浄化の風』。それは生命の息吹そのもの。輝く息吹はガスタの里全域を優しく吹き抜ける。

 害ある猛毒はすべて打ち消され、この神聖なる土地に大地の鼓動が蘇っていく様はとても美しい光景だった。

 

 

 里が浄化されたことを確認すると、カームは地上に舞い戻る。戻ってきた彼女をリーズとカムイ、ユウキが歓迎していた。

 

「おねーちゃん、お帰り……!」

「まったく、心配したんだからね。カーム」

「お疲れ様です。カームさん、きっとムストさんも喜んでますよ」

 

 次々と出てくる感謝と喜びの言葉にカームは照れながらも、すこし戸惑っていた。

 体をあちこちぺたぺた触ったり、自分の体をきょろきょろ見たり。そして、もじもじしながら困った声で言った。

 

「それだといいのですが……ええっと、この格好だとちょっと不便ですね」

「やっぱり、元に戻れないですか?」

「ええ……特別、何かを着ているような感じではないので重くはないのですが……やっぱりいつもの見た目ほうが落ち着きます」

 

 どうやら鎧と一体化しているため見た目が変えられないようだ。カームは困った声で言うが、誰も元に戻る方法は知らない。

 おそらく知っているとすれば、魂の取り扱いに上手いリチュアだけ。

 ガスタは救われた。ジェムナイト・エメラルとガスタの静寂 カームの力によって。

 なら、今後の未来を守るのは___変えるのは、ユウキの役目だ。それは決して強要されたものではない。彼自身が選んだ選択だ。

 

「なら、あとは俺の出番ですね」

「ユウキ……君?」

 

 後悔などない。選んだ道を進むだけ。青年の眼に迷いはなかった。

 その背中を押すように、二人の少女が彼に近づく。

 

「ユウキ」

「お兄ちゃん」

 

 ウィンダの手の中には、緑色の宝石と赤色の宝石それぞれがついているペンダントが握られていた。彼女はペンダントを両手で握り祈りをささげた後、ユウキに手渡す。

 

「これは?」

「いつか渡そうとしてたの。ユウキもガスタの一員っていう証として」

「そこに私が我儘を言って、ラヴァルの鉱石をつけてもらったの。お兄ちゃんに似合うといいなって」

「二人とも……」

 

 ユウキが思っている以上に、彼は周囲に受け入れられていたのだ。それが嬉しくて、思わず感動してしまうユウキ。

 そんな彼に呆れるような笑みを浮かべてリーズが話す。

 

「あんたねぇ、どうであれずっとガスタは助けられてきた。これはあんたが勝ち取った信頼なんだから、誇りに思いなさい」

「リーズ……」

「それだけじゃないですよ。ガスタだけじゃなく、ラヴァルのファイちゃん。ジェムナイトの皆さん。それにリチュアの中にもユウキ君を認め、信頼している人がいます」

「僕たち、ユウキおにーちゃんに助けられてきたから。だから、いなくなっちゃうの寂しいよ」

 

 初めて会った時には敵意すら向けられていたリーズも、今ではユウキのことを信頼している。そしてそれは、カームとカムイも同じだった。彼が戦った姿は、間違いなくこの世界に少しながらも影響を及ぼしている。

 涙ぐみながら抱きつくファイの頭を優しくなでる。

 

「お兄ちゃん……本当はね、本当は行ってほしくないの。もっと、頭をなでてほしいよ……」

「ファイ、ごめんな」

「謝らないでよ……ガスタを、家族を守るためでしょ? だから、一つだけ約束してね」

 

 

 

「必ず、ここに帰ってきてね。お兄ちゃんも、私の家族なんだから」

 

 

 

「ああ」

「ユウキ。私も同じだよ。もう、ユウキはガスタの一員だと私は思ってる。なら、ユウキが帰ってくる場所はここだから」

 

 ウィンダは彼のもう片方の手を握る。

 

「必ず帰ってきて。そして、できるなら___」

 

 

 

「今度はエリアル達と、一緒に……」

 

 

 

「___わかった。できるだけやってみるよ」

 

 二人の約束に笑顔で応えるユウキ。そして誓う。もう一度、ここに帰ってくると。

 そして、できるのであれば部族など関係ない、昔のような平和を取り戻す、と。

 すべては、異世界人の自分を受け入れてくれた人たちを少しでも守るため。家族を失う悲しみを少しでもなくすため。

 『救世主』でもない青年は、自分で選んだ道を進もうとしているだけだと考えている。

 

 だが、銀河眼に乗りリチュアへと向かうその姿は__

 

 

 

 まさしく、『救世主』だった。




次回!リチュア学園、はっじまるよ~(違)
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