端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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これは遊戯王の二次創作です。
ならば、突然学園物が始まってもおかしくない!!(暴論)


第八話ー前編 私立リチュア学園

「猛毒の風が浄化された、ですって?」

「はい、間違いないかと」

 

 リチュア本部。その最深部でノエリアはヴァニティから作戦失敗の報告を受ける。

 猛毒の風。リチュアが生み出したガスタ特攻兵器。

 ガスタにはユウキがいることはわかっていたが、彼自身に魔術の才能はない。だから、この作戦は成功すると予想していたのだが。

 観測していたヴァニティは原因を忌々しい顔で報告した。

 

「監視係によると、どうやらエクシーズと思われる者が出現したそうです」

「エクシーズ……なるほど、異世界人は使用できたわね。その点はうかつでした」

「いえ、この結果も読めなかった我々にも非はあります。そう気を落とさずに」

「ずいぶんと優しいのね、ヴァニティ」

 

 妖艶な笑みを浮かべるノエリアにヴァニティは無言を貫くだけだ。何せ、他部族にエクシーズの力を伝えたのは誰でもないヴァニティなのだから。

 話を変えるためにも、久々の作戦指揮ということもあるノエリアを心配する。

 

「体の調子は大丈夫ですか?」

「ええ。もうすっかり治りました。今まで長代理、お疲れさま。刺激的な体験になったかしら?」

「いえ、別にそんなことは……」

「私が気を失っている間に多くの同胞が消えてしまった。これからはより効率よく侵略を進めなくては」

「は。すべてはノエリア様のおっしゃる通りに……」

 

 と、ここで扉が勢いよく開けられ、部屋に大きな音が響き渡る。

 怒りの形相を浮かべ入ってきたのは、アバンスとエミリアだった。足音を早め、二人はノエリアの前に立とうとするが間にヴァニティが割って入る。

 怒り心頭の二人を前にしても、ノエリアから笑みが消えることはない。

 

「あら、アバンスとエミリア。どうかしたのかしら?」

「お母さん、ガスタに何かしたって本当?」

「ええ。次の侵略の一手として猛毒の風を発生させたけど、それが何か?」

「それが何か、じゃない!!!」

 

 アバンスが大声で怒鳴ると、ヴァニティは小さく、だが確実に殺意を彼に放つ。二人から怒りの目線を向けられても、ノエリアは笑みを崩さない。

 そのノエリアの態度と止めないヴァニティに、アバンスとエミリアの怒りは止まることを知らない。

 

「ガスタにはユウキがいる。あいつはエミリアを救ってくれたんだぞ!?どうして、そんな真似ができる!!」

 

 例えガスタが敵だとしても、二人にとってユウキは恩人だ。二人を割くはずだった『死』をユウキは乗り越えさせてくれた。

 リチュアによって彼を殺したくはなかった。甘い考えなのはわかっているが、それでも嫌なのだ。

 今まで、自分たちの力のみが信じられるものだった。

 死ぬときは死ぬ。それは自分の実力が足りなかったから。それ以外理由はない。そんな自然の摂理の中で生きてきた。

 だから、離れ離れになると確信してしまった時怖くて、怖くてしょうがなかった。

 

 ____ユウキに助けられたとき、二人の中で何かが動いた。

 この怒りは、それがきっかけだった。

 

「異世界人には効くかどうかわからないわ。そう怒ることでもないでしょ?」

「ふざけるな!それに、同盟はまだ続いてる。それを裏切るなんて!」

「いつも通りでしょ?そもそも同盟は、インヴェルズを撃退するまでだったはずです」

「でも!どうして私たちにも伝えずにガスタを侵略したの!? どうして急にこんなことを!?」

「あら、そんなことを今さら聞くの?」

 

 そのとき、アバンスとエミリア、そしてヴァニティさえも幻影が見えてしまった。

 ノエリアの後ろから、とてつもない邪念が形どり笑みを浮かべているような純粋な『闇』を。

 

 

 

 

 

「『未知』を求めるために、必要な犠牲で邪魔な障壁だからよ」

 

 

 

 

 

「……わかった。もういい」

「……」

 

 アバンスとエミリアは諦めた顔で、部屋から出ていこうとする。

 ___わかっていた。すでにノエリアにとってガスタは奪い、殺すだけの対象になっていることに。そして、それに自分たちが加担していることに。

 結局、自分たちもノエリアと同じだと、すでに分かっていたのだ。

 わかっていた。わかっていた。わかっていたのだ。

 今さらいい子ぶったって、過去は変わらない。自分がしてきたことは変わらない。

 

 ___結局、何も変わっていないのだと。

 

 そんな状況の中、恐ろしい形相をした魚人が部屋に駆け込んできた。

 彼のコードネームは『リチュア・キラー』。その名の通り、殺すことに特化したリチュアだ。そんな彼が非常に慌てているのは訳があった。

 

「の、ノエリア様!大変です!!」

「あら、キラー。どうかしたの?」

「い、異世界人が、高屋 ユウキが我々の基地に攻撃を!!」

「ユウキが!?」

「攻撃をやめてほしければ、ノエリア様と話をさせろと!」

 

 ほう、とつぶやきノエリアは少し考える

 ユウキが攻撃していたとしても、ここ、リチュアの本部には届かない。その証拠に本部には衝撃すら響いていなかった。

 だが、キラーの慌てよう。このまま引き延ばせば兵士たちに大きな被害が出ることは想像にたやすかった。

 

「その要望を飲みましょう。高屋ユウキにもそう連絡してください」

「わ、わかりました!」

 

 指示を受けると、そのままキラーは部屋から走って出ていく。

 冷静なノエリアとは逆に、突然のユウキの襲撃にアバンスとエミリアは驚きを隠せない。そもそも、襲撃なんてするやつではないと考えていた。

 しばらくすると、ノエリアとユウキと儀水鏡での通話が始まる。

 

「ずいぶんと荒々しいのね。異世界の救世主 高屋ユウキさん?」

『救世主呼びはやめてほしい。こうして話すのは初めてですね。リチュア・ノエリアさん』

 

 映像からユウキが銀河眼に乗っていることがリチュア側に伝わる。おそらく襲撃も嘘ではない。

 こんな状況での話とは何なのか。アバンス達も通話を見守っていた。

 

「それで、私に話とは?」

『単刀直入に言うと、俺をリチュアにいれてくださいな』

「……へぇ」

「「「!!?」」」

 

 いきなりの要望にノエリア以外は驚きを隠せない。一方のノエリアは少し笑みを浮かべるだけだった。ユウキもノエリアの反応に特に思うことはないようで、リチュア側の回答を待っている。

 

「それで条件はどんな感じかしら」

 

 即答だった。何の迷いもなく、ノエリアはユウキを受け入れる意思を見せる。

 

『話が早くて助かります。こちらの要件は、他部族への侵略の禁止。俺の待遇はエリアル達儀式師と同じにすること。そして、エクシーズした魂についての知識の提供。その三つ』

「こちら側のメリットは?」

『銀河眼たちの力を好きに研究してください。要は、デッキをリチュアに貸します。まだ研究しきれてないんでしょ?』

「わかりました。その条件、呑ませていただきましょう。地上で少し待っておいてください。使いを出します」

『分かりました』

 

 交渉はあまりにもサクサクと進み、ノエリアは儀水鏡を使いユウキの元へと使いを出すように指示を出す。彼が提示した条件はかなり受け入れがたいものがあったのだが、ノエリアにとってそれは問題ではない。

 ユウキの目論見通り、銀河眼が手に入るのであれば彼女にとってすべては軽いことなのだから。

 そんな母親にアバンス達は呆れ、そしてユウキに心の中で謝罪の言葉を漏らす。

 

 ガスタを守るために自分を売った。

 

 いくら自分たちが侵略者でリチュアであっても、恩人であるユウキをそうさせたのが自分たちだと考えると、胸が苦しかった。

 しばらくして、ユウキがエリアルに連れられて部屋に入ってきた。彼は周囲にある見慣れない壁や装飾を忙しく見まわし、エリアルは沈黙した表情を浮かべている。

 ノエリアは歓迎の笑みを浮かべ、ユウキに話しかける。

 

「初めまして、高屋ユウキさん。私がリチュアの長、ノエリアです」

「ご丁寧にどうも。異世界人の高屋ユウキです。それで、俺の条件は呑んでくれるってことでいいですね?」

「ええ。我々リチュアが最も最優先させるのは『未知』ですから。銀河眼たち、フォトンモンスターは未知の塊。ぜひ研究させてくださいな」

「これがそのデッキです。あ、貸すだけですので、そこは忘れないでください」

「ふふ……」

 

 ユウキがデッキを差し出すと、ヴァニティがそれを受け取りノエリアの元まで運ぶ。デッキを、宝石を見るような目で見ているノエリアにユウキは物申した。

 

「それで、何枚か抜き取ったエクストラデッキのカードで研究は進みましたか?」

 

 牢獄から脱出したとき、カムイが持ってきてくれたデッキは枚数が足りなかった。メインデッキのほうは無事だったものの、エクストラデッキ。すべて『No.』のカードが抜きとられていたのだ。

 ノエリアは肯定も否定もしない笑みで応え、それにユウキは睨んで返す。

 

「ではヴァニティ、彼に儀水鏡のペンダントを」

「は。かしこまりました」

 

 ヴァニティはそう言うと小さな魔方陣を自分の手元に生み出し、そこに手を突っ込む。簡単な次元魔法だ。

 彼が取り出したのは小さな縦長の箱だった。それをユウキに渡す。箱を開けると、そこにはペンダント型の儀水鏡が入っていた。

 

「それはリチュアの証、儀水鏡です。魔術が使えないあなたにとってはここでの連絡手段だと思っておいてください」

「携帯電話みたいなものですか。了解しましたよ」

「では、取引はこれにて終了。ここからは、貴方はリチュアの一員。リチュアの掟には従ってもらいます。エリアル、彼を部屋に案内しなさい」

「……はい、ノエリア様」

 

 儀水鏡のペンダントをかけた後、ユウキはエリアルに連れられて部屋を出た。

 その際、アバンスとエミリアが何か言いたそうだったがあえて無視する。ノエリアの前では言いづらいこともあるだろう、という考えからだった。

 無言で歩くエリアルにユウキはフレンドリーに話しかける。

 

「どう、驚いた?」

「…………」

「おーい?」

 

 ユウキの声が届いていないのか、エリアルは無視し続ける。

 ユウキも少し諦めて、無言でエリアルの後ろをついていく。カツーン、カツーンと冷たい廊下に二人の足跡が響き渡り、それ以外の音は全く聞こえなかった。

 ユウキが地上から本部に連れてこられたとき、思ったのは『冷たい』だった。

 壁や細かい装飾。どれをとっても氷のように冷たそうだった。別に触ってそう思ったわけではなく、ガスタとは真逆の感覚。

 柔らかく、温かみのある場所ではなく、固く、冷たい場所だと感じたのだ。

 

 しばらくして、エリアルが一枚の扉の前で立ち止まり魔術を使用する。彼女が手のひらから魔法陣を出すと、かちゃりと乾いた音が扉から響く。

 

「おお、魔術で解錠したのか!」

「入って」

 

 驚くユウキを無視し、エリアルは部屋へと入る。彼女に続くようにユウキが部屋に入ると、まさに普通の、具体的に言えばユウキがいた世界と同じような、家具が置いてある普通の部屋だった。

 勉強机に大きな本棚。椅子にベッド。布団も既に敷いてある。

 窓もついており、そこからは水中が見える。小さな魚や時々リチュア・ビーストがこちらを眺めてくる。

 

「やっぱり、リチュアの本部って水中にあるんだな。浸水とか大丈夫なのか?」

「……」

 

やはりユウキを無視し続けるエリアル。いい加減ユウキが悲しくなってきたときだった。

 エリアルが部屋の扉を出現させ、大股で近づいてきた。そして、目を見開いて___

 

「あんた、何考えてるの!!!?」

 

 思いっきり至近距離で怒鳴ってきた。

 

「え!? 無視してたんじゃないの!?」

「違うわよ!外であんたと話して、変な印象をリチュアの皆に持たれないためよ!!」

「ツンデレだったらもう広まってるぞ?」

「うるさい!私の質問に答えなさい!!」

 

 ユウキの茶化しに顔を赤くしながらも、エリアルは真剣に怒っていた。

 ここまでの彼女をユウキは今まで見たことがない。今までどこか余裕があるような雰囲気だったのに、今はどうだ。

 ユウキにはまるで、友人を心配するかのように見えたのだ。

 

「わかったわかった!そう焦るなって」

「焦ってない!」

 

 なんとかエリアルを話すことに成功したユウキは、これまでの経緯について話す。

 猛毒の風を防ぐために、カームとエメラルがエクシーズを行ったこと。カームの姿が元に戻らなくなったこと。

 そして、ガスタを守るためにも自分をリチュアにいれるように提案したこと。

 すべての聞き終えた後、エリアルは___

 

「あんた、バカじゃないの?」

 

 ものすごく呆れた声でユウキを馬鹿にした。

 それはもう、人ではないようなものも見るような目で。心底呆れた感情を凝縮したような声で。

 その反応にはユウキも少しムッとした顔になる。

 

「なんでさ!」

「あんた救世主じゃないんでしょ? なら、わざわざ自分を売るとか馬鹿じゃないの?」

「そりゃ……そうなんだけどさぁ……」

 

 ここでなぜか照れくさそうに、頬を染めながら目線を合わせないユウキ。その意味が分からず、エリアルは首をかしげる。

 実はユウキ。あといくつかリチュアに入りたかった理由がある。

 

 しかも、すっごく個人的な理由で。それはもう、ただの青年として。

 

「え、エリアルの近くにいられるかなぁ~って……」

「…………………」

「そこ、引くな。わかってたけど」

 

 思わず引いてしまうエリアルにユウキはきちんと理由を話す。

 

「正直に言うと、ガスタを守るためとかそんな立派な理由じゃない。帰るためにはリチュアの力がいるからそれを調べるのと、ガスタのスパイとしてリチュアを抑制するためなのが主な理由」

「やっぱりガスタのためじゃない。別にそう謙遜することないでしょ? 救世主サマ?」

「だから、やめてくれ」

 

 エリアルはからかっているような笑みを浮かべているが、本心から言っているのだ。

 なんだかんだ自分のためと言いつつも、結局それが誰かのためになっているのであれば、それはもう『救世主』や『英雄』といえるだろう。

 しかも、彼自身にその自覚や鼻にかけている部分がないのがより鮮明に感じさせる理由にもなっている。

 

「ま、あんたごときに止められるリチュアとは思わないことね」

「そうなんだよなぁ……いろいろ苦労は多そうだし、頼りにしてるよ。エリアル」

 

 ハァ……と小さくため息をついた後、しょうがないという口調でエリアルは答える。ノエリアから任されてしまった、ユウキのお世話係としての回答だ。

 

「お義母さんから世話をしろって命令出ちゃったし、しょうがないから!やってあげるわよ。光栄に思いなさい」

 

 

 

 

 リチュア生活。一日目。

 部屋のベッドで爆睡しているユウキの姿は、休日に爆睡する大学生のようだった。少し前まで大学生だったのだが。

 そんな平穏は、扉の爆発音で削除される。

 

「おーきーなーさーい!!!」

「ウェイ!!?」

 

 部屋の一部が急に爆発し、その衝撃と爆音で飛び起きるユウキ。なお、くせ毛以上に寝ぐせがついており、簡単に言うと爆発している。服装も完全に寝巻用の軽装である。

 そんな彼を起こした原因を作ったのはほかでもない。エリアルである。

 

「今何時だと思ってるの!!」

「へ……?」

「もう朝礼に遅刻してるんだから、さっさと身支度しなさい!!」

「はぁ……」

 

 寝ぼけ眼でまだ状況が把握できていないユウキにイラついたエリアル。無言で儀水杖を構え小型の魔法陣を展開。小型の魔弾(マジックミサイル)を彼の顔面に直撃させる。

 当然、ユウキは勢いでベッドに戻された。流石に死ぬほどではないが、結構痛いようでベッドでのたうち回っている。

 

「なにすんだ!!!」

「遅刻だって言ってるでしょ!!!」

 

 ギャーギャーとやかましいやり取りをした後、ユウキはリチュアから支給された衣服に着替え、ウィンダとファイからもらったペンダントと儀水鏡のペンダントの二つを首にかけると、二人とも全力ダッシュを始める。

 リチュアの衣装はガスタの者とは打って変わって、黒を基調としたものだ。黒い肌着に青いシャツと白のズボン。その上に黒のローブを羽織っている。なお、この黒のローブはエリアルとお揃いにしたいとう男のロマン(笑)が詰まっている。

 昨日は冷たく静かな廊下だったが、今は二人の足音で非常にやかましくなっている。その二人の前から、白い調理服、つまり割烹着を着た魚人。リチュア・アビスが歩いてくる。

 アビスは二人に鋭い牙を見せ、笑顔で注意する。

 

「おお、エリアル様と新入り。もう朝礼始まってるから早くしろよー」

「わかってる!」

「す、すみません!!」

 

 急いで返事をするがゆえに、いつもは仮面を被っているエリアルは素の反応を。ユウキは大学の先生に怒られた時の反応が出てしまう。その反応は完全に予想外だったようでアビスはぽかーんと、あっけにとられた顔で止まってしまう。

 アビスの横を走り抜け、数分後。二人は集会室前に到着。扉を勢いよく開けると、アバンスがリチュアの全員に今日の連絡をしているところだった。

 

「___という訳だ。今日は特に侵略行動はなし。各自、いつもの訓練や特訓を行うこと。また、今日はアビス組が調理担当だ。楽しみにすること」

「「「やったーーー!!!」」」

「そこ、ヴィジョン組うるさい。じゃあ、エリアルとユウキは後で俺のところに来ること。以上、朝礼を終わる。今日も平和な侵略を!」

「侵略を!」

 

 平和な侵略という謎のワードで朝礼は締めくくられてしまい、直々に呼び出されてしまった二人はアバンスのもとに向かう。

 アバンスは怒ったような表情は見せないものの、二人が来ると小さくため息を漏らした。

 

「遅刻厳禁だ」

「ゴメン……」

「こいつが寝坊なんてしなきゃ……」

「連帯責任だ。世話係のエリアル」

「はい……」

 

 アバンスに何も言い返せない二人。昨日説明を受けていたにもかかわらず、起床することのできなかったユウキに原因があるのだが。

 一応フォローするなら、ユウキは昨日ガスタの里を走り回ったり、銀河眼やエクシーズを召喚したりして体力が少なくなっていたことも理由である。

 反省の色を見せていることに納得したのか、アバンスは顔を少し緩めた。

 

「じゃあ、朝食に行くか。今日はアビス組が担当だからかなりうまいと思うぞ」

「アビスって、さっきの会った魚人だよな。あの時間に言って朝食できてるのか……?」

「それは大丈夫だ。アビス組はうちでも一番の料理上手だ。昨日から仕込みを行っているはずだ」

「それ、かなり本格的なのではないでしょうか……」

 

 アバンスに連れられ、食堂へと移動するユウキとエリアル。

 綺麗に列を作った魚人たちの後ろに並び、『今日の献立』と書かれたパネルを確認する。

 

「ええっと、カレーに焼き魚にパンメインの洋食……これ、うちの大学よりも豪華じゃねぇか!!?」

「だから言っただろ? アビス組は美味いと。おすすめはカレーだ」

「い、意外だな……」

 

 アバンスと共にカレーの列に並ぶ。一方エリアルは洋食に並んだ。そのまましばらくすると、カレーを次々とついでいる割烹着をきたアビスたちが見えてきた。その速度はまさに職人のごとく。数秒で五人以上のカレーを用意している。

 受け取り口に近づくたびにカレーのいい匂いが強くなり、朝の起きていない脳が徐々に覚醒し、それと共に空腹をはっきりと感じられるようになってくる。

 

「腹減ったぁ……」

「もうすぐだ。……おはよう、アビス」

「おお!アバンスぼっちゃんに新入りさんじゃねぇか!!こいつはおおきに!」

(なぜ関西弁……?)

 

 着ているのは割烹着だが、その対応は完全に板前のおっちゃんである。

 アビス___の一体はいい笑顔で二人を出迎えた。

 後ろにも何人もの同じ顔、アビスたちがカレーを作っている。一人一人ならまだともかく、何十人も同じ顔が集まるとユウキには狂気にしか見えない。

 

「で、量や辛さはどうしましょう?」

「俺は全部普通でいい。ユウキはどうする」

「あ、ええっと、量は少し多めで。」

「了解!少しお待ちを!」

 

 数秒後、あの職人技によってアバンスとユウキの頼んだカレーが同時に到着する。配膳皿にカレーを置き、座る席を探していると彼らを呼ぶ声が聞こえた。

 

「アバンスー!ユウキー!こっちこっち!!」

「エミリア、朝から元気なんだな」

 

 エミリアが席をすでに取っていたようで、テーブルの空席が二つ。

 席は四つあり、アバンスとユウキの向かい側にはエミリア。そして、エリアルが座っている。

 珍しいものを見るように、エリアルを見るアバンス。

 

「珍しいな、エリアルがいるなんて」

「私だってエミリアに連れてこられなければここいないわよ……」

 

 どうやらエミリアが(無理やり)連れてきたようで、エリアルはなんだか疲れ切っているような雰囲気を醸し出していた。

 一方のエミリアは輝くような笑顔で二人を迎えた。

 

「さて、ユウキ。リチュア就任、おめでとー!」

「お、おう。ありがと……ってこれ、喜んでいいのか?」

「もちろんだよ!じゃあ、いただきます!」

「いただきます」

 

 挨拶をして食事を始める四人。各々が注文したものを口にすると、同じ反応を同時にするという奇跡が起きる。

 

「うま!? なにこれ、めちゃくちゃうまい!!」

「う~ん、やっぱりアビス組は違うね!」

「流石だな。この味はアビス組のカレーでしか出せない」

「この味、どんな魔術を使えば……」

 

 なんかエリアルだけずれているが、それでも皆美味しいという感想を持つほどアビス組の料理はおいしかった。

 普段は朝食をあまり食べないユウキだが、今日は量を増しておいて正解だったと心から思える。カレーをすくうスプーンが止まらない。

 味わって食べようとしたが、気づいたらカレーは既に胃袋の中だった。

 

「ずいぶんと速かったな。そんなにうまかったか?」

「ああ……予想以上だった。こんなうまい料理は食べたことがない」

「な~んかユウキの反応、子供っぽいね~。ま・さ・に、小さいころのエリアルみたいな」

「エミリア」

「~♪」

 

 睨むエリアルだがエミリアはまったく気にしていないようで、へらへらと笑う。

 談笑をしながら朝食の時間は流れる。アバンスもエミリアも、エリアルも年頃の会話を楽しみ、ユウキは笑みを浮かべながら聞いていた。

 

 あっという間に朝食の時間が終了し、ユウキはエリアルと共に食堂を出て廊下を歩く。アバンスとエミリアは別件で用事があるため食堂で別れた。

 自分から話そうとしないエリアル。やはりリチュアの中では静かなのだろうか。

 それでも黙っているのは嫌なので、ユウキは彼女にリチュアの構成について尋ねる。

 

「なあ、エリアル。もしかしなくてもなんだけど、魚人のリチュアって何人もいるのか?」

「ええ。中身は違うけれど、見た目はリチュアに適した体に変えたから」

「……チェインが言ってた本当の名前じゃないって、そういうことなのか?」

「ここで呼ばれているのはコードネーム。オリジナルと同じ能力を持っているという証であり、リチュアの生贄であるという烙印でもある」

「……」

 

 エリアルの口調は淡々としている。それが、わざとなのかはわからない。だが、その話を聞いてユウキは体が冷たくなるような感覚に襲われる。

 

 何もかも正反対だ。

 部族全員が家族のような温かさを持っているガスタ。

 部族全員が生贄として考えているリチュア。

 戦いを好むラヴァルも、嫌うジェムナイトも、仲間への温かさはあった。リチュアにはそれが全く感じられなかった。

 

 あまりにも自分の理想、思想とはかけ離れている部族。それがリチュア。朝食のあの時間が嘘のように感じられてしまう。

 立ち止まるユウキに気づき、そして何事もなかったかのように歩くエリアルは、怖気づく情けない新入りに背を向けたまま彼女は言葉を投げる。

 

「突っ立てないで歩きなさい。そうやって立っていて、何かを成し遂げられるのならね」

 

 厳しい口調だ。厳しい言葉だ。

 

 だが、この道を選んだのは誰だ。今まで戦わされてきた自分が、この世界で初めて選んだ道のはずだ。

 こんな、初日でくじけるなんて__そんな自分は自分自身が絶対に許せない。

 

「ふ~ん……多少は成長してるみたいね。救世主サマ?」

「その呼び方はやめてくれって」

 

 立ち止まっている時間はない。今はただ、結末を変えるためにも走るだけだ。止まっていた足を動かし、先を歩くエリアルの横に並ぶ。

 それを見て、エリアルは小さく笑みを浮かべて歓迎の言葉を述べる。

 

 

「ようこそ、私たちの部族。この世界の嫌われ者集団___リチュアに」

 

 

 

 

 長い廊下を歩くエリアルとユウキ。リチュアに来て初日となる今日の要件は、いきなりの実戦だった。

 その部屋にたどり着くまで二人は話し続けていた。主にユウキがリチュアについて聞いて、それにエリアルが答える形だった。

 リチュアの闇は深い。底など見えはしない。それでも知っておきたかった。少しでもリチュアを知りたかった。

 目的の部屋に到着し扉を開けると、そこにはノエリアとヴァニティ。そして一体のシャドウ・リチュアがいた。

 ノエリアはユウキを見ると、いつものような笑みを浮かべる。ユウキにはそれが冷たい笑みにしか見えない。

 

「ユウキ。昨日の夜に通達したように実戦データを取らせてもらう。これを」

 

 ヴァニティからデッキを受け取り、シャドウの前に案内される。

 エリアルは後ろに待機したままでユウキとは一緒に来ない。ユウキがシャドウの前に立つと、ヴァニティも一旦距離を取り円状の結界を発生させる。

 

「では、シャドウと戦ってもらいます。戦闘準備を」

「こんな若造が今まで戦い抜けていたとはのぅ。運命とはわからぬものじゃ」

 

 ユウキがカードを引いたのを確認すると、シャドウは重い腰を上げ、胸の儀水鏡に手をかざす。

 

「我と契約せし古の悪魔よ。我が肉体に宿りて、目の前の壁を粉砕せよ___降魔、ソウルオーガ」

「完全詠唱!!? じゃあ、そのシャドウは……!!」

 

 シャドウの詠唱が終わると彼の下にリチュアの紋章が現れ、そして一発の赤い雷が落ちる。ユウキが再び目を開けると、目の前には筋肉隆々の悪魔。イビリチュア・ソウルオーガが出現していた。

 

「エリアルやアバンス、エミリア以外にも儀式できる人っていたのか……」

「気をつけなさい!そのシャドウはオリジナル。お義母さんと共にイビリチュアを完成させた……天才儀式師!」

 

 オリジナル。ここに来る前の質問で聞いていたことの一つだ。

 リチュアが創られてはじめに行われたこと。それは戦力増強だった。ただの魚人たちをそれぞれ、能力のある者の体と同じにする。それがリチュアの軍勢の正体。

 そして、そのもとになった者たち。ノエリアに選ばれた者たちをオリジナルという。

 

「ほほ。現リチュア最高儀式師のエリアル嬢にそう言ってもらえるとは、わしもまだまだやれるかのう」

「イビリチュアを完成させた天才に言われても、全然うれしくないわよ」

「ふむ。では新入り、本当にリチュアに役立つかテストしてやろう」

 

 ソウルオーガの拳がユウキに襲い掛かる寸前に二枚のカードを切る。

 

「フォトン・スラッシャーを特殊召喚!クラッシャーを通常召喚!」

 

 二体のフォトンモンスターがソウルオーガの拳を武器で受け止め、なんとか拮抗する二体モンスターだったが徐々に押され気味になっていく。

 それでも時間は稼げた。ユウキは必死になって距離を取った後、エクシーズの宣言を行う。

 

「スラッシャーとクラッシャーでオーバーレイ!」

「む」

 

 エクシーズの宣言で二体のモンスターが黄色の光球になって、発生した銀河の渦に吸い込まれ爆発を起こす。

 

「エクシーズ召喚!現れよ、輝光帝ギャラクシオン!そのまま効果発動!オーバーレイユニットを二つ使って、デッキから銀河眼の光子竜を特殊召喚する!」

「ハァっ!!タァ!!!」

「早速エクシーズとは、いい反応じゃ」

 

 ギャラクシオンは出現すると、双剣をオーバーレイユニットを貫きながらソウルオーガに投げつけるという技を見せる。

 ソウルオーガはギャラクシオンの攻撃を回避し、双剣が床に突き刺さる。

 銀河の皇帝の力で、ユウキは光の竜を降臨させる。

 

「光の化身、ここに降臨!現れよ、銀河眼の光子竜!!」

「ほぅ……」

 

 ソウルオーガとユウキの間に降臨する銀河眼と横に並ぶギャラクシオン。その光景を見てソウルオーガとノエリアは笑みを浮かべる。

 この戦いに興奮しているわけではない。より『未知』を間近で見られるから浮かぶ笑みだった。

 

「では、光の竜の力を見せてもらおうかの!」

「銀河眼!イビリチュア・ソウルオーガを攻撃!!」

 

 ソウルオーガの右腕に禍々しい瘴気が、銀河眼の体に周囲の光が収束する。

 ソウルオーガが一歩踏み込むと床に穴が開き、次の瞬間には銀河眼の前にすさまじい勢いで突っ込んでくる。

 だが、銀河眼も負けていない。ソウルオーガにすぐさま反応し、攻撃目標を右腕に確定させる。

 悪魔の右腕が銀河眼の顔に叩き込もうと、銀河の光がソウルオーガの右腕を吹き飛ばそうとし、両者の攻撃が衝突する。

 

「破滅の、フォトン・ストリーム!」

「『鉄槌(スマイト)』」

 

 

 

 ___次の瞬間、部屋全体を揺るがす衝撃が走る。

 ヴァニティが張っていた結界はすぐさま砕け散り、外から見ていたノエリアとエリアルにも爆風が襲い掛かる。

 衣服はたなびき、エリアルとヴァニティは必死に衝撃に流されないように踏ん張る。部屋の装飾や壁にはひびが入り、小さな小石などは壁に衝突して壁に埋め込まれた。

 衝撃が収まり、視界が開けてくるとお互いに無事な銀河眼とソウルオーガ。そして、ギャラクシオンに守られているユウキの姿が見えた。

 

「ふむふむ、よい力じゃ。古の悪魔以上になる可能性も秘めているとは」

「そいつはどうも。まだやるんですか?」

「そうしたいところではあるじゃがな……」

 

 ソウルオーガに異変が起こる。筋肉は徐々に衰えていき、体も縮小していき、気づけば、いつの間にかユウキの前にはシャドウが腰をついていた。

 

「わしはもう体が持たなくてのぅ。三分程度が儀式体の限界なのじゃよ」

「なるほど……」

 

 杖を使いながらよろよろと情けなく立ち上がるシャドウの姿は、ただの老人のようでリチュアの儀式師のようには見えなかった。

 その姿に、何気ない人間味に、思わずユウキは苦笑を漏らした。

 

「今のだけでもかなりの力を観測できたわ。シャドウ、ユウキ、お疲れ様。エリアル、ユウキと共に研究に戻りなさい」

「はい、ノエリア様。……行くわよ」

 

 シャドウの限界によって実践訓練は三分足らずで終了し、エリアルとユウキは部屋から廊下に出た。

 デッキはユウキが所持したままだ。ノエリアは特に何も言わなかったが、おそらく今後も実戦データをとるためだろう。

 

「で、とりあえず私の研究室に行くことにするから」

「お!」

「なんでそんなに嬉しそうなのよ。……バカみたい」

 

 笑顔で自分についてくるユウキ。そんな彼をエリアルはおかしく思いながらも、小さく笑みを浮かべた。

 再び冷たい長い廊下を歩く二人。ユウキはエリアルに質問の続きをする。

 

「なあ、オリジナルってすごい人だって聞いたけど、シャドウはそんなことないような……」

 

 ユウキの言うことはエリアルにもわかる。

 先ほどの戦闘は三分足らずで終了した。銀河眼にもソウルオーガにも傷はついていない。だが、ソウルオーガを保つことができずシャドウの実質的な敗北で終わったのだ。

 ___オリジナル。その名にふさわしい相手とはいいがたかった。

 

「すごい、というよりオリジナルはリチュア初期メンバーなのよ。つまり、今のリチュアの技術を創った者たち、というのが正しいわね」

「なら、余計にすごくないといけないんじゃ?」

「オリジナルはリチュアの兵士たちの元。逆に言えば、それだけ魂をいじくりまわされているということなのよ」

「魂を……?」

 

 考えてみれば簡単なことだった。

 見た目が全く同じ者たち。それは本来ありえない。

 似ているならともかく、まったく同じ。肌の色も、目の色も、声さえも同じ。

 食堂でアバンス達と談話していたからあまり気にならなかったものの、周囲の状況に目を配っていたらユウキの気は間違いなく狂っていた。

 

「魂の複製。写魂鏡を使ったリチュアの得意分野よ。オリジナルと同じように他の魂を設計しなおす。当然、オリジナルもそのたびに魂をいじられる。だから、肉体は無事でも魂が壊れかけていることが多い」

「……」

「そう怯えなくても、あんたはそんなことされないから。しても意味ないし」

 

 ユウキが思っているのはそこではない。

 あまりにも倫理観から離れているその行いを、当り前のように話すエリアルに戦慄を覚えているのだ。

 

「エリアル、それはリチュアの普通なのか?」

「普通ね。他の部族と断絶しているから、戦力確保には一番手っ取り早い方法だし」

「そう、なんだ」

「……今さらでしょ。そんなことを聞いても、誰も疑問に思ってないんだから。それにね、リチュアに望まずに所属している人はいない。誰もがお義母さん、リチュア・ノエリアに忠誠を誓っている。お義母さんが言うことは、リチュアの方針、すべてなの」

 

 ユウキは前にチェインが言っていたことを思い出す。

 

『惜しいさ。でもな、俺たちはノエリアさんについていくって決めた。なら、その道を進むだけ。他のリチュアも、きっとそう考えてるよ』

 

 命は惜しい。それ以上に、ノエリアのことを信じている者たち。それがリチュア。

 ユウキの記憶では、リチュアは氷結界のトリシューラ解放反対派の者たちがノエリアに引き連れられて集まった部族だと覚えている。

 かつて、氷結界で何があったのか。ユウキは把握していない。

 それでも、氷結界内で何か大きな絶望があり、その絶望を覆すためにノエリアに希望を見たことは感じ取れた。

 ノエリアは歪んだ形ではあるが確かに、リチュアの『希望』なのだ。

 

「さ、ついたわよ。入って」

「あ、ああ」

 

 ある部屋の前に到着し、二人は部屋の中に入る。そこは儀式場だった。

 床には儀式に使われるであろう魔法陣が赤い線で描かれており、左の壁側には机がある。机の上にはいくつかの薬品と分厚い魔導書が置かれており、いかにも実験室であることを現していた。

 部屋をきょろきょろと見渡しているユウキをいつものようにスルーし、エリアルは机の上に置いてある眼鏡に手を伸ばし装着する。

 

「じゃあ、これから授業を始めるわよ。覚悟しなさい」

「りょ、了解」

 

 なぜか顔を赤くするユウキだが、エリアルはやっぱり無視して魔術の授業を始める。

 

「私たちリチュアが使っている魔術は、いわゆる異世界の知識から成り立っているの。あんたの銀河眼と同じようにね。逆にガスタは自分たちが使える力を変化させたもの。この世界特有の魔術と言っていいわ」

「つまり、ガスタの風を操る力を魔術に変えたってこと?」

「その通り。だから、あいつらは杖とかは本来なら使わなくても魔術を使用できる。あれはあくまでもコントロール装置だから」

「……あれ、エリアルはガスタにいた時は儀水鏡なしで魔術使ってなかったっけ?」

 

 ガスタに捕虜としていた時、魔術の披露会があった。

 その時エリアルは簡単だが、非常に繊細で綺麗な水の魔術を使用していたことにユウキは疑問に思う。

 

「話を最後まで聞きなさい。確かに私たちリチュアは、準備なしで魔術を使うことはできない。使うためには、儀水鏡か魔術を呼び出す魔法陣が必要になる」

「あの時は魔法陣をかいていたってこと?」

「ある程度制御できるようにね。魔法陣や儀水鏡が必要になる分、ガスタの魔術と比べると非常に破壊力や応用力が高い。水以外にも使えるし」

 

 実際、エリアルが儀式体であるマインドオーガスになったとき『雷撃(ライトニングボルト)』を使用していた。他にもやろうと思えばいろんな魔術が使えるのだろう。

 

「で、私の研究は新しい魔術を生み出すこと。具体的に言うと、異世界に接続してその知識をこの世界に呼び出すこと」

 

 そう言ってエリアルは魔法陣の中央に立ち、儀水鏡を胸に抱えて目をつぶる。

 ユウキはこの状況に既視感があった。それは一枚のカードイラスト。儀水鏡の瞑想術だった。

 

「___浸食(アクセス)開始」

 

 エリアルがつぶやくと儀水鏡から淡い光が漏れだす。とても集中しているようで、ユウキの様子をうかがっているようには見えない。

 

侵略(ロード)___魔術発見。儀水鏡に模写(セーブ)。3…2…1…完了。浸食(アクセス)終了」

 

 儀水鏡から光が徐々に消えていき、完全に消えたところでエリアルが目を開ける。ふぅと一息ついた後、彼女は儀水鏡をもって机へと向かう。

 ユウキは何が何だか分からないので、とりあえずエリアルの後ろから様子をうかがう。

 

「今ので新魔術は発見できた。あとはこれをこの世界で成り立たせるために魔術の構成を考えなくちゃいけない」

 

 机の上の分厚い本、もはや辞書のようなノートをエリアルは開く。そして、手にペンを持ち椅子に座った。

 

「さてと、今回の魔術は……っと」

「ん? 何の魔術かわからないのか?」

「ええ。異世界にどんな魔術があるのかは分からない。そもそも接続するだけでも結構な体力を使う。そこからピンポイントで一つの魔術を読み込むのは不可能なの。だから、こうやって一つずつ書き込んでいるって訳」

 

 エリアルが儀水鏡に触れると、バラバラになっている文字らしきものが浮かび上がった。

 当然日本語ではないため、ユウキにはまったく意味が分からないが彼女は理解しているようで顔をしかめた。

 

「あ~……これ禁術レベルの奴引いちゃったかぁ」

「禁術?」

「そ。イビリチュア関連じゃないとデメリットが大きい魔術のこと。基本的には儀式体でしか使わない魔術。強力なんだけど、組み立てるのに時間がかかるのよね……」

 

 そう言いつつもエリアルは魔術の組み立てに取り掛かる。

 儀水鏡に浮かんでいる文字を、頭をひねりながら、うなりながら、首を傾げながら並べていく。ユウキはそれを黙って見つめていた。

 

 

 ___一時間後。

 

「あーーーー!!!!できない!!!」

「ふぇ? あれ、俺寝てた?」

「寝てんじゃないわよ!!」

「イテっ」

 

 魔術が完成せず苛立ちを隠せないエリアルに、あまりにも暇だったため寝てしまっていたユウキ。彼女のストレス発散のために理不尽な暴力を受ける。

 

「あ~もう!禁術だからめちゃくちゃ長いし!うまくいかないし!イライラする!!」

「だからと言って俺を殴るのはやめてくれ!」

「うっさい!役に立たないんだから私のストレス発散くらいにはなりなさい!……はぁ、一息つきましょうかね」

 

 エリアルは手元の小型の魔法陣を出現させ、その中からマグカップと一本の瓶を取り出した。瓶の中にはオレンジ色の液体が入っており、それをマグカップに注いで飲み干した。

 

「それ、オレンジジュースか?」

「まあね。ガスタから奪ったり、連合軍の時に供給されたものを使用してる」

「気になったんだけど、その魔法陣はどこにつながっているんだ?」

「自室の冷蔵庫」

「へぇ~……ところでさ、俺は何をしたらいいの?」

 

 先ほどからエリアルを見ているだけだったユウキ。いくら実践を行ったとはいえど、流石に暇である。

 

「じゃあ、あんたのデッキの研究でもしましょうか。息抜きついでにね」

「息抜きなのか? それ」

「うるさい。さっさと召喚しなさい」

「へいへいっと。ドロー!……クリフォトンを召喚」

「フォト!!」

 

 出現したクリフォトンはユウキの周りを二周ほど回った後、彼に頬ずりをする。クリフォトンの頭をなでつつ、ユウキは申し訳なさそうにエリアルに告げる。

 

「ゴメン。手札事故った」

「はぁ!? どういうことよ!」

「いやぁ……召喚できるモンスターがクリフォトンしかいなかった。銀河眼も引いたけど、召喚できないし」

「役立たずめ……まあいいわ。さ、その召喚獣を渡して」

「フォト?」

 

 きょとんとした目でエリアルを見つめるクリフォトン。その瞳に、エリアルはうろたえた。

 ジーっと見つめるクリフォトンと、なんかためらっているエリアル。その状況に苦笑いを浮かべるユウキは、クリフォトンに命令する。

 

「クリフォトン、エリアルのところに行きな」

「フォト!」

 

 クリフォトンはユウキにしたように、エリアルの周りを二周回った後彼女に頬ずりした。

 ユウキはきっと、エリアルが少し怒ると予想していた。

 

 が、その予想は全く外れることになる。

 

「か、可愛い……」

「フォト?」

「ん?」

 

 その直後、エリアルはクリフォトンを思いっきり抱きしめ満面の笑顔を浮かべる。

 

「フォトぉ!?」

「可愛い!なんか私の好みだわ、この召喚獣!!」

「ふぉ、フォトぉ~~」

 

 抱きしめられて苦しそうに助けをこうクリフォトンだが、ユウキは苦笑いを浮かべ続けるだけだった。

 ギューッとぬいぐるみを抱きしめるようにして、子供のような笑顔を浮かべるエリアル。リチュアの儀式師ではない、女の子としてのエリアルがそこにはいた。

 

「エリアル。クリフォトンが苦しそうだから、そろそろ離してやって」

「……ハッ!べ、別にぬいぐるみにしたいとか思ってないから!」

「はいはい。で、どうやって研究するのさ?」

「ふぉ、フォト~~」

 

 ヘロヘロになって帰ってきたクリフォトンは座っているユウキの膝の上で休む。目はぐるぐる目になっており、結構苦しかったことを伝えていた。

 コホンと咳払いをしてから、エリアルはクリフォトンに対して魔術を使用する。

 

「『分析(アナライズ)』___ほうほう」

「え、分かったの?」

「大体ね。これ、うちの召喚術___儀式と同じような魔術が使われている」

「え!?」

 

 その分析結果にユウキは驚かざるを得なかった。

 召喚魔術が高度な魔術とか、フォトンが異世界の力だとかはまだ知っても『なるほど』くらいしか思わなかった。だが、その元がリチュアと同じものとなれば、ユウキをこの世界に呼んだ謎の声の正体にも近づけるのだ。

 

 ___つまり、現状でユウキをこの世界に呼んだのは、リチュア関係の人物となるのだから。

 

「というか、そのことって前に解析していたリチュアって知ってるの?」

「いや、知らないと思うわよ。知っていたら上に伝達があるはずだから」

 

 普通に話すエリアルだが、ユウキは非常に感心していた。他のリチュアができないことを、彼女は平然と淡々とやってのけた。感動の言葉が口から洩れる。

 

「___それって、エリアルがすごいってことじゃないの?」

「はぁ? なんでよ」

「いや、だってさ。俺が牢獄いた時間って大体数時間なんだろ? その時間でも分析できなかったことを、エリアルは今数秒で解析した。これってすごいことだろ?」

 

 ユウキの言葉は100%善意から出た言葉だ。

 しかし、ユウキの称賛の言葉にエリアルは暗い影を落とすだけだった。

 

「すごくない。こんな初歩の魔術なんて、誰だって使える」

 

 妙に頑固なエリアルにユウキはすこし、イラっとする。

 

「あのさ、いい加減自分を認めたら?」

「何が。別に認めてるわよ。私が___」

「「未熟者だから」だろ?」

 

 二人の言葉が重なる。そのことにエリアルはあっけにとられた。

 今度は、ユウキが小さくため息をつく。

 

「何度も聞いてるよ。認められてないとか、未熟者だとか。そんなこと今やったことをリチュアの皆に見せてから言ってみろって。誰もできていなかったんだろ。なら、それはエリアルの成果だ」

「……なんなのよ、あんた。どうしてそこまで私を無理やりフォローしようとするの?」

「無理やりなんかじゃない。俺は魔術を使えないし、みんなみたいに直接戦えるわけじゃない。だから、それがすごいことだと思ってる」

 

 異世界に来て多くの戦いを見てきた。実際に参加した。

 それでも、足と心の震えが止まったことはなかった。銀河眼によって無理やり立たされていただけだった。

 デッキがなければ戦うこともできず、そもそも戦いたくもなかった。そんな中で自分よりも年下なのに、戦争に飛び込んでいく者たち。そんな風には絶対になれないと、ユウキは理解している。

 

「だから、なんなのよ」

 

 だが、彼女にその言葉は届かない。聞こえないように必死に耳をふさいでいる。

 

「わたしは全然すごくない!このリチュアではお義母さんに認められなきゃ意味がないの!」

「___じゃあ、俺が全部認めてやる」

 

「俺がエリアルのすごいところ、全部認めてリチュアに伝えてやる!」

 

 そう言うとユウキは突然立ち上がり、部屋から出ていこうとする。その後の行動を予想できたエリアルは顔を青くして彼を止める。

 彼の手首をつかみ、そのまま壁に押し付ける。

 

「ちょっと、何をする気!?」

「ノエリアに抗議しに行く!なんでエリアルを認めないんだって!」

「余計なお世話だから!ただ私が未熟者なだけだから!」

「そんな訳ないだろ!? なんでインヴェルズを一人で倒せて、インヴェルズを足止めできて、こうやってすぐに分析できるエリアルが未熟者な訳ないだろ!!」

「な、なんで怒ってるのよ……」

 

 非常に怒っているユウキを理解できないエリアル。もっとも、大体の人が分からないだろう。これはあくまで彼女の問題であり、ユウキには関係ない。むしろ関わってどうにかなる問題ではない。

 そうだとしても、見過ごしたくはなかった。

 努力がすべて報われるわけではないし、そもそも誰かに評価されるために努力をするのは何か違うのだから。

 だがここに、エリアルは結果を出し、それがリチュアに貢献していることは確かだ。それを、母親から認めてもらえないなどという悲惨なことがあってはいけない。

 

 そんな、ひどいことがあってはいけない。

 

 だから、余計なお世話であろうと、お節介であろうと、その事実を伝えたいと思ったのだ。彼女のすごいところはいっぱいある。ユウキはそれを知っていた。

 

「エリアル。魔術を創るのが研究なんだろ。今のリチュアの魔術も創ったのか?」

「……三分の一くらいは」

「ええ!!そんな創ったのか!?」

「それが、私の研究だから……」

「それすごいだろ!? なんで誰も評価しないんだよ!」

「え……?」

 

 

「それはまぎれもない、エリアルの才能で成果だろ! エリアルは間違いなく、リチュアに必要な人材だと思う!」

 

 

「……近い」

「え」

「少し、離れなさい……」

 

 突然しおらしくなったエリアルに困惑を隠せないユウキだが、とりあえず彼女から離れる。

 俯くエリアル。どうしたらいいのかとユウキが立ち尽くしていると__

 ポタ、ポタ。

 床に水が落ちる音が聞こえた。その場所はエリアルの顔の下。それがどういう意味か、説明されなくても分かった。

 

「エリ、アル?」

「……うっさい。あっちいけ」

 

 うつむいたまま、エリアルはユウキに小さくつぶやく。

 困惑するユウキ。だが、エリアルは同じ言葉を繰り替えす。

 

「あっちにいって。じゃないと……弱い『僕』に戻っちゃうから……」

 

 ユウキは小さくうなずいて、部屋の隅に移動する。しばらくすると小さく、でも確かに少女の泣き声が部屋に響いた。

 ユウキはそれを止めることなく、ただただ眺めていた。

 

 

「……」

「……」

 

 時刻はお昼過ぎ。結局、ユウキはエリアルが魔術を組んでいるのを眺めている。エリアルはあれから二時間ほど、ちょくちょく休憩を入れつつも、黙々と魔術を組み立てていた。

 先ほどのようにイライラすることはなく、ただただ黙々とひたすらに。

 

「…………これで、どうかな」

 

 エリアルが儀水鏡からバラバラに浮かび上がっていた文字を、綺麗な羅列に並べ替え終わる。すると、文字が光を放ち始める。まるで完成した回路に電気が通るように、美しく輝く。

 それは、この世界に誕生した証のようだった。

 

「お、できた!?」

「まあね。ええっと、『禁呪(タブー)』っていうのね。効果はっと……禁呪の負担をゼロにする……。これ、かなり有能な魔術ね」

「やったじゃん!早速使ってみようよ!」

「なんであんたがそんなに喜ぶのよ。おかしな奴……ってもうお昼じゃない。ご飯食べに行かなきゃ。『転移(シフト)』」

 

 エリアルの魔術によって、ユウキとエリアルは一瞬で食堂前に到着する。

 おおー、と声を上げるユウキを背にエリアルは食堂へと入り、遅れてユウキも入る。

 

「エリアル、何選ぶ?」

「パスタ」

「じゃあ、俺もそうしよっかな」

 

 特に何も言うこともなく同じ列に並び、そのまま食事担当のアビスからミートソーススパゲッティを受け取る。アバンスとエミリアはどうやらいないようで、二人で席に座って食事を始める。

 

「異世界にもパスタってあったんだなぁ。ちょっと意外」

「そうね。異世界から知識を入れてるし、もしかしたらあんたの世界の知識が入り込んできてるかも」

「そうなんだ。そういえば、前言ってた謎の声の正体なんだけどさ。エリアルの分析結果から、やっぱり俺をこの世界に呼んだのはリチュアの誰かなんじゃないかって思うんだ」

 

 先ほど『分析』の結果から、ユウキのデッキはリチュアと関連性が高いとわかった。以前から予想していたことだが、これでよりリチュアの仕業だと確信が持てるようになった。

 それでも残る疑問。それは、『誰が』呼んだか。

 

「召喚魔術……しかも継続して行っている時点で、できるのなんてお義母さんくらいしか思いつかないけど」

「ノエリアがそれ行う理由がないんだよな。そもそも呼び出された場所もガスタとリチュアの間っていう……。ノエリアがやらかすミスじゃないよなぁ」

 

 ノエリアにしてはあまりにもミスが多すぎる。

 召喚位置、時間、そして目的。

 頭をひねるユウキの前でエリアルは少し考え、そしてある人物が思い浮かんだ。

 

「いる、かも」

「いるって、俺を呼んだ人が?」

「可能性としてはゼロじゃない。でも……」

「でも?」

 

 エリアルは珍しく口を一度閉ざし、そして小さな声で伝えた。

 

「私もほとんど会ったことない人だから」

「それは?」

「……ナタリアさん。アバンスの実母よ」

「その人は……!」

 

 リチュア・ナタリア。ユウキも当然彼女を知っている。

 ノエリアとは氷結界からの付き合いで、トリシューラ解放派、反対派で対立していたにもかかわらず親友だった女性。

 だが、エリアルがあったことのない理由。それは、既に彼女が故人であるということだ。

 

「確かに可能性はある。ノエリアの声は謎の声と同じではなかった。なら、誰も聞いたことのないのなら……!」

「可能性はある。でも、本当にそうならこれ以上は調べようがない」

 

 そう。それで終わりなのだ。

 理由を聞こうにも、ナタリアはすでに亡くなっている。それで終わりなのだ。その事実にユウキは口を閉ざしてしまう。

 彼が自分を呼んだ人物を探していたのは、元の世界に帰るため。自分をここに呼んだのであれば返すことも可能だと、そう信じたかったからだ。

 だが、もしたどり着いた結果が真実ならば帰ることはできないのかもしれない。

 その事実は、非常に残酷なものだった。

 

 落ち込むユウキに、エリアルは目線をそらしながらボソッとつぶやいた。

 

「ま、いざこざが終わることがあればやってあげてもいいけど」

「__!ありがとう!!」

 

 エリアルの思いがけない言葉にユウキは笑顔で彼女の手を握る。

 

「ちょっと食事中だってば!」

「あ、ゴメン。つい嬉しくって」

 

 アハハと笑みを浮かべるユウキにため息を漏らすエリアルだったが、どことなくその表情は柔らかかった。

 そんな二人にちゃちゃを入れる者が現れる。

 

「オウオウ!あの冷酷なエリアル嬢がそんな顔をするとは、意外だぜ!!」

「シェルフィッシュ……あんた、生贄にされたいみたいねぇ」

 

 現れたのは赤いとさかのような頭部を持つリチュア、シェルフィッシュだった。

 二本のサーベルを使用し敵を切り刻む比較的好戦的なリチュアではあるが、実はジェムナイト・パールのエクシーズの一人だったりするのだ。

 ただでさえ恐ろしい形相が、笑みを作ることでさらに恐ろしくなる。ちょっとユウキが怖がったほどに、なかなか強烈な笑顔だった。

 シェルフィッシュに冷たい目線をおくるエリアルだったが、彼は何も気にすることなくユウキの隣に座った。

 

「てめーが新入りだな? 話は聞いてるぜ。中々に生意気なことを言うガキだってな」

「そうかもね。どう思ってくれてもいいさ。俺も、お前たちを信じることはしないから」

「言ってくれるじゃねえか。ま、こちらとしては戦力は増えるし、あの冷酷なエリアル嬢の珍しい顔が見られて大万歳なんだけどよ!」

 

 ガッハッハと豪快な笑い声を漏らし、ご機嫌になっていくシェルフィッシュに比例して、エリアルの黒いオーラがどんどん増していく。

 

「で、新入り。おめーはエリアル嬢に目をつけてるってな。連合軍の時からうわさにはなってたんだ」

「はぁ。あと、俺はユウキだ」

「おう、ユウキ。で、質問なんだが、この冷酷冷徹儀式師のどこが気に入ったんだ?」

 

 ニヤリと笑いながら聞くシェルフィッシュに真顔でユウキは答えた。

 

 

 

「全部」

 

 

 

「……く、くくく、クハハハ!!!そうか!全部か!こいつは、とんだクレイジー野郎だ!!」

 

 ユウキの回答からワンテンポ開けて、シェルフィッシュは豪快な笑い声を食堂中に轟かせた。ユウキは特に何かを想うことはなく、沈黙している。

 

「そりゃいい!まさか、異世界の奴にここまで好かれているなんてなぁ!エリアル嬢、将来の相手はもう決まったなぁ!!ガッハッハぁ!!!」

「シェルフィッシュ……!!」

「ま、これ以上いじると本当に生贄にされちまうからここまでにしといてやるよ。んじゃな、エリアル嬢、そして、そのパートナーのユウキ様よ!!」

 

 笑い声を止めることなくシェルフィッシュは去っていく。

 嵐が過ぎたような感覚に襲われるエリアル。大きなため息をついた後、今度はユウキをにらむ。

 

「で、あんたも生贄にされたいの?」

「別に冗談で言ってるわけじゃないってば。本心だよ」

「……本当に生贄にしてやろうかしら」

 

 パスタをささっと食べ終え、席を立つ呆れ顔のエリアル。すでに聞きなれているためか、顔は赤くはなっていない。

 立ち上がったエリアルについていくため、残っていたパスタを口の中に放り込むユウキ。

 

「まっふぇよ~エリアル!!」

「ちゃんと飲み込みなさい!」

 

 だが、彼女は気づいていない。

 ユウキと共にいる時、いつも隠していた彼女の素が出ていることに。

 そして、それを隠していたリチュアの皆に見せていることに。

 

「エリアル様ってあんなに子供っぽかったんだな。かなり意外だ」

「ああ。あんな大声聞いたことないぞ? 連合軍の時に聞いた噂は本当だったんだな」

「あれだろ。つんでれ?ってやつなんだろ? 人間味の薄い、ノエリア様の手足って感じだったんだが……」

「ま、どちらにしろ面白いじゃねえか。いい酒のつまみができたもんだ!」

 

 なお、夕食時に周囲の反応がおかしいことにエリアルは気づいたが原因がさっぱりわからなかったとさ。

 

 

 

 

 リチュアの生活はだいたい同じだった。

 

「今日も平和な侵略を!」

「「「侵略を!」」」

 

 妙な挨拶で終わる朝礼から一日が始まり、

 

「銀河眼!破滅のフォトン・ストリーム!!」

「ハァアアア!!!」

 

 実戦データをとるために、リチュアの誰かと戦闘を行い、

 

「「……」」

 

 エリアルの魔術作成を見学し、夕食までエリアルの隣にいて、

 

「あ、ウィンダ。今日も大丈夫だった?」

『あのさ……通信している私が言うことじゃないんだけど、こう堂々と交信していても大丈夫なの?』

「何か言われたら気絶させればいいから♪」

『わーお』

 

 夜にはウィンダ達にもらったペンダントで彼女たちに現状を確認する。

 魔術に詳しいリチュアのことだ。おそらくこのことはバレているのだろうが、何もお咎めがないので気にせず続けた。時々聞こえるファイの悲しそうな声が心に刺さった。

 報告が終わるとベッドで眠り、一日が終わる。

 この規則正しい生活にユウキは懐かしさを感じていた。

 

 まるで、ただの学生に戻ったかのようだった。

 

 朝起きて母親と共に朝食をとり、大学に出校する。朝に乗る電車は通勤ラッシュで混雑しており、あまり好きではなかった。

 大学に到着し、友人たちとくだらない雑談をして講義が始まる。真面目に聞いたり、眠くなって爆睡したり。

 食堂でお昼ご飯を食べて、また講義を受けて寝たり。

 すべての用事が終わり、友人と共にカードショップに直行。そこでデュエルを楽しんで遅くなったら帰る。

 帰ったら母親に今日の報告を少しして、課題をやってデッキをいじって、日付が変わったくらいに横になって明日を迎える。

 

 そんな毎日がずっと続くと思っていた。それ以外ありえないと思った。それが、今はもう遠い日のことのようだった。

 ___やっぱり、寂しかった。

 眉間にしわを寄せながらも、自分を見守り続けてくれていた母親。いつもカードショップに付き合ってくれる友人。そして、戦争がない退屈なようで楽しかった日常。

 ベッドで横になるユウキの眼に涙が浮かぶ。

 

『泣いてるのかよ。召喚者?』

「うっせぇ……」

 

 寝る前に思い更けていたユウキに銀河眼が言葉をかける。その声は笑っていなかった。けれども、心配している声でもなかった。

 その声は息子を見守り続ける父親のようだった。

 

『ま、巻き込まれちまったにしてもやるべきことはやり遂げなきゃいけねぇ』

「結末を、変えることだよな」

『ああ。俺たちを完成させた女の願いをお前は受けちまったんだよ』

「それは、リチュア・ナタリアか?」

『ああ。そいつで半分だ』

「は、半分?」

 

 銀河眼から思わぬ真実が伝えられる。エリアルの予想通り、ユウキをこの世界に呼んだ謎の声はナタリアであることは大体確定した。

 が、それで半分。それが意味することとは。

 

「てか、銀河眼。お前知ってたのか?」

『いや、初めは知らなかった。だが、リチュアの野郎どもにいじられたときに浮かんだビジョンがあったんだよ。お前の記憶を頼りに、俺たちを完成させた女二人のあまりにも強い意志を見たんだよ』

「女、二人?」

『ああ。お前もよく知ってるやつだよ。今のお前の上司』

「それって……まさか!」

『ああ』

 

 

『お前をこの世界に呼んだのは、リチュア・ナタリアとリチュア・ノエリアだ』

 

 

 明かされる事実。ずっと知りたかったこと。だが、知ったところで何が変わる訳でもなかった。

 

「ノエリアが、俺を……? そんなバカな」

『事実だ。ただし、今お前が知っているノエリアじゃない。あの顔は邪悪が取り除かれていた』

「……それは、つまり」

『ああ。おそらくだが、あれはすべてが終わった後だろな』

 

 すべてが終わった後。それはつまり結末を迎えた後のことだろう。

 ユウキの端末世界の記憶はまだ完全に戻っていない。今思い出しているのは、ジェムナイトが負の感情を抱いたら非常にまずいということだけだ。

 結末。それは果たして、自分に変えられるものなのか。

 

「すべてが終われば、俺は帰れるのか?」

『多分無理だな。だから、今のうちにリチュアに恩を売っておけ。リチュアくらいしか異世界に長けてるやつらはいないだろう』

「……そうだな。まずは、結末を変えなきゃいけないってことか」

『ああ。前にも言ったが、お前は少し勇気を出せばいい。あとは俺様がどうにかしてやる』

「頼りにしてるよ。俺のエースモンスターさん」

 

 今はただやれることをやるしかない。それしか道はなかった。

 巻き込まれた。戦わなくてはいけなくなった。必死に生きなくてはいけなくなった。

 どれもこれも簡単にできることではなかった。でも、今ここに生きている。結末を変えるために、抗うしかない。

 いつか、できれば近いうちに、元の世界に帰るために。

 ユウキは新たに決意を決める。

 

「んじゃ、かえれるように頑張りますかね」

 

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