端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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明けましたおめでとうございます。
今年も、端末IFをどうぞよろしくお願いいたします。


第九話ー前編 それぞれの想い、それぞれの戦い

「___すべてはリチュアのために」

 

 それの異変は突然現れた。

 炎燃え盛る大地。ラヴァルたちが生息している灼熱の溶岩地帯。大勢のラヴァルたちが一つの場所に集まりつつある。

 彼らの眼から意思は感じられない。リチュアの名を口にし、うつろな目でよろよろと歩く姿はまるで亡霊のようだ。ただただ、一つの場所に集まっているだけ。

 

 

 

 その真下に、赤く光るリチュアの紋章があることに気づいていながらも。

 

 

 

 その場所からちょうど真上。長い赤髪をまとめた一人の女性が妖艶な笑みを浮かべながら、ラヴァルたちを見つめていた。

 その目は愛しい人を見るような熱い視線を送ってはいるが、見た者に深い闇を感じさせる濁りきった目。彼女の目に映っているのは___大量の『生贄』なのだから。

 

「ああ……ああ!この日をどれだけ待ったことかしら!ラヴァルたちが持つ『炎』を操る力とリチュアが持つ『水』を操る力。その相反する力が混ざったらどうなるのか!その『未知』の答えがようやく出るのね!!」

 

 喜びに満ちた声だった。リチュアにとって『未知』に挑むこと。そして『既知』に変えることこそが最高の喜び。それを達成できるのだから当然なのだろう。

 そのことが、例えユウキが出した条件に反していても___ノエリアにとってはどうでもよかった。

 彼女の儀式は最終段階に入る。

 

「さ、出番よ。チェイン」

「……は」

 

 ノエリアの後ろでずっと黙っていた魚人__リチュア・チェインはようやく声を発する。その声は酷く小さく、どこか後悔の念すら感じるほどだった。

 

「どうかしたの? 『未知』を変える時なのよ。もっと喜びなさいな」

「……ああ。以前の俺ならそうだっただろうな」

 

 

 

 

 

 ____グサリ

 

 

 

 

 

「これは……どういうことかしら? リチュア・チェイン」

「見ての通りだ、ノエリア様よ。今回ばかりはあんたの命令が気に食わねぇ」

 

 ノエリアをにらむチェインの瞳に怒りの炎が宿る。その理由が本気でわからないようで、彼の鎖で体を貫かれながらも不思議そうな顔で尋ねるノエリア。

 貫かれている場所は、左の胸部。すなわち、心臓。コフッっとノエリアは口から血を吐き出す。

 

「あんたは___もう以前のノエリア様じゃねぇ。人外の臭いが嫌でも感じるんだよ」

「それで……私に反逆を?」

「別にそれがただの人外ならいいさ。でもな、リチュアを殺した悪魔と同じ臭いだとしたら」

「見逃すわけにはいかない、と?」

 

 ノエリアの表情は変わらない。確実に心臓を貫かれているはずなのに、彼女から笑みが消えることはない。クスクスと笑うだけだ。

 一方、チェインは気を抜くことなく睨み続けるだけ。鎖を持つ手にはさらに力が入る。

 

「いつから気づいたの?」

「臭い始めたのは、あんたが重症を治して戻ってきた時だ」

「あら、それはずいぶんと____」

 

 

 

 

 

「_____ずいぶんと、遅かったのね」

 

 

 狂気の笑みを浮かべたノエリアは胸に刺さっている鎖を思いっきり、自分のほうに引っ張る。その行動にあっけを取られたチェインは動くことができない。

 その鎖をたどり一瞬でチェインに接近すると、彼に触れて詠唱を行った。

 

「禁術『屍型(レイス)』」

「______が」

 

 チェインに許された最後の言葉は、その一文字だけだった。

 彼の肉体から魂が消え、残ったのは抜け殻となった肉体だけ。自身の腕に倒れてきた肉体を見つめ、再びノエリアは笑みを浮かべる。

 その時には胸にあったはずの傷は元々受けていなかったかのように消えていた。

 

「愚か者ね。高屋ユウキに感化されたようだけど、所詮は生贄の一体でしかない。私に反逆するなんて、一生かかってもできないと知っていたでしょうに」

 

 地上に落下させたチェインの死体に侮蔑の目線を送り、ノエリアは詠唱を始める。

 

「儀式、開始。炎よ、水よ、混ざらぬ物よ。その常識を今こそ壊す時。星の力によりて混ざれ____エクシーズ、起動」

 

 地上のリチュアの紋章がより赤く光り始めると、すぐに変化が起こる。

 集まったラヴァルたち全員が赤い光球となり、例外なくチェインの肉体へと入っていくのだ。その量はとてもチェイン一体の体に収まるものではない。

 それでも、光球___オーバーレイユニットは絶え間なく空っぽになった肉体へと侵入して、一つに混ざっていく。その様子はまるで、ビックバンの前兆のようだ。

 そうしてラヴァルの魂の結晶をすべて取り込んだチェインの肉体は膨張し、そのまま爆発を起こす。

 

「______ウォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 爆心地中央に新たなる儀式体が誕生した瞬間だった。

 リチュア・チェインの肉体をベースに、周囲に灼熱の炎を放つ竜人。自我がないようで、ただただ自身の力を周囲に放ち続けている。その影響で、灼熱地獄が生まれ始めていた。

 その儀式体を見たノエリアは、ついに我慢できずに歓喜の大声を上げた。

 

「ついに、ついに完成した!!! 古の悪魔を使わずに儀式体を生み出す実験、その完成品が!名付けて『ラヴァルバル・チェイン』!!アハハハハ!!!!」

 

 気品のかけらもない、汚く濁った悪魔の笑い声。ラヴァル溶岩地帯に木霊する開戦の合図。

 

「さぁ、このつまらない『平穏』とやらを、壊しに行きましょうか」

 

 悪魔と化した女は、炎の竜人と共に湿地帯へと侵攻し始めた。

 

 

 同刻、リチュア本部。その最深となる空間で溶岩地帯にいるはずのノエリアはほくそ笑んでいた。

 空間に照明器具は存在せず、湿った空気とおぞましいほどの瘴気が充満しており、普通の人間どころかリチュアの一員でもこの空間に長時間滞在することはできないだろう。そんな場所に平然と立っているノエリア。彼女が既に『人間』ではなくなっていることを表していた。

 ノエリアの前には巨大なリチュアの紋章が描かれた床がある。この空間で唯一の光源であり、禍々しい赤い光を放っている。

 

「____やはり、私の魔力だけでは解けないか」

 

 ノエリアの前にある紋章は『とある封印』を解くために数年もの間展開されているものだ。その間、絶え間なく彼女の魔力を注がれているのだが封印はびくともしなかった。

 その証拠に今もノエリアが直接魔力を送り込んで封印を破壊しようとしたが、まったくの無反応。小さくため息をついて、すぐにいつもの笑みを浮かべる。

 

「さて、あちらは成功したみたいですし。この私も動き始めるとしましょうか」

『____ノエリア様!!』

 

 そのタイミングを狙ったかのように通信が入る。相手はシャドウの一体。彼の声は非常に慌てており、かつてのユウキ襲撃時を思い出させるものだった。

 その声にすらノエリアは笑みを浮かべたままだった。___これこそが、彼女の思い通りに事態が動いている証拠なのだから。

 

「何かしら。ジェムナイトが攻めてきた?」

『え……。そ、そうですが……すでに知っていたのですか?』

「もちろん。私が仕組みましたから」

 

 

 

「では、始めましょうか。世界の侵略を。____禁術『忘我(エクスタシー)』」

 

 

 

 

 

 平穏は終わり、ここに戦争の幕は開けられてしまった。

 

 生き残るのは、勝利するのは、最後に笑うのは____誰?

 

 

 

 

 

「____なんだよ、これ」

 

 ユウキの目の前に広がるのは、何も見えない暗闇。彼がこの世界に飛ばされる直前、謎の声と会話していた場所とそっくりだ。

 ならばこれは夢なのか? ユウキ自身には全くそう感じなかった。あの時とは違い、『夢』だという感覚が全くない。

 感じているのは、吐き気。早くこの場からどこかに逃げなくてはいけないという、恐怖心。頭の中に鳴り響く警告の鐘の音。

 そうこれはまるで___あの悪魔と対峙したときと同じ感覚。

 銀河眼によってなんとか戦えた時と同じ。だが、いま銀河眼は彼のそばに『何故か』いない。

 

『____アアア』

 

 空間自身がうなっているような声。恐怖心がさらに膨らむ。逃げ出そうとしても、足が動かない。声も出ない。

 ユウキの心など知りはしないというかのように、空間に変化が訪れる。

___闇だ。闇が彼を見ている。

 目がついている煙のような黒い闇は、ユウキの全身をなめるように眺める。まるで、彼に価値をつけるかのようにじっくりと。

 どうやら気に入ったようで、闇は目を細めてユウキに近づく。

 少しずつ近づいてくる闇に何もすることができない事実にユウキの恐怖心が増幅されると、さらに闇は嬉しそうに目を細めた。

 

(あ、あ、あ)

 

 思考が止まる。『死』の感覚が大きくなっていく。心臓の鼓動のみがユウキの耳に響く。

 やがて目前に闇が見えるようになると、彼の頭は真っ白になっていた。

 

『____スマキダタイ(いただきます)

 

 どこにあったのか。闇は大きく口を開いて、そのままユウキを飲み込___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_______起きなさい!!!!!」

 

 

 

 

 

「___っ!!!!!?」

 

 聞きなれた少女の叫び声で、ようやくユウキは目を覚ます。上半身を勢いよく起こすと、周囲の様子が暗闇でなく自室であることが分かった。

 そして、彼の隣に声の主が立っていることも。

 

「エリ、アル?」

 

 なぜか自分の部屋で息を切らしているエリアルに困惑しつつ、額に浮かんだ汗を服の裾でぬぐう。

 部屋の扉は無理やり開けたのか、ドアノブが破壊されており締めることができなくなっている。その犯人は考えるまでもなかった。

 

「エリアル。何かあったの?」

「何かあったの、じゃないわよ!!」

「???」

 

 

 

「リチュアのほぼ全員が、お義母さんに操られてる。あんたもその一人になるところだったのよ!」

 

 

 

 

 エリアルの言葉の意味がユウキには分からない。そもそも、先ほどの悪夢が脳内にこべりついているようで何かを考えられる状況ではなかった。その考えの見抜いたエリアルは現状を説明することにする。

 

「今、外ではジェムナイトがリチュアに攻め込んできてる」

「!!? じょ、冗談だろ!?」

「残念ながら本当よ。原因は、リチュアが侵略行為を行ったから」

「___ちょっと待て。ノエリアは?」

 

 その質問が彼女は来るのをすでに読んでいたのだろう。エリアルは床に視線を落とし、小さくつぶやいた。

 

「お義母さんは……リチュア全員とラヴァルのほとんどを洗脳して、戦争を起こすつもりみたい」

「ラヴァル……つまり、俺との約束を破ったわけだな」

「そうなるみたいね」

 

 ユウキがリチュアに入る際、ノエリアに提示した三つの条件のうちの一つ 『他部族への侵略行為の禁止』は既に破られていたのだった。

 いつかは破られるものだと考えていた。徐々にリチュアの雰囲気は変わりつつあったが、ノエリアは全く変わる様子がなかったのも証拠。いつまでも自分自身がストッパーになるとは思っていなかった。

 そしてそのストッパーが外れる時もあっけないものになると想像はしていた。

 起こってしまった戦い。もう止めることはできないだろう。ならば、自分がやることは一つ。今まで通り、必死になって抗うだけだ。

 

「まあ、いつかはなると思ってたし、時間は稼げた。少しは未来が変わるといいんだけど……。エリアル、他に持ってる情報は?」

「案外落ち着いてるのね。心配して損した」

「心配?」

「して悪い?」

 

 なんの狼狽えもなくエリアルは心配したと答えた。その反応にはユウキも驚きを隠せない。今までのエリアルだったら冷たい声か照れた声で否定するはずだ。

 そんな彼女には外見にも大きな変化があることにユウキはようやく気付いた。

 

「エリアル……その、儀水鏡は」

「見て分からない?____割ったのよ」

 

 いつも大切に持ち歩いている杖の先端部分。捕虜の時、まだユウキと知り合って間もないころ。冗談で儀水鏡を割るとユウキはエリアルに脅した。

 そうすると、すぐさま仮面は外れまだまだ未熟な女の子であるエリアルが姿を現した。それほどまでに大切にしていた儀水鏡。義母に認められるためには必要不可欠な物。

 

 

 それを破壊してまで彼女は何をしたかったのか。

 

「洗脳魔術は儀水鏡を通して行われた。お義母さんが持っている物はすべての儀水鏡とつながっているから、それを利用したんでしょうね。お義母さんらしいやり方だと思う」

「じゃあ、俺が悪夢を見ていたのは……」

「間違いなく洗脳のせいね。間一髪のところで、あんたの儀水鏡を破壊できたってところでしょう」

 

 そう言うエリアルの手の中には、ユウキがリチュア内で使っていた儀水鏡のペンダントが粉々になって握られていた。このことも見越して、ノエリアはユウキにこれを渡していたのだろう。すべてが手のひらの上だったということを知って、彼の中に悔しさがあふれてくる。

 彼の気持ちを理解しているからこそ、エリアルは特に何も言わずに情報を渡し続ける。

 

「現在、ラヴァルを取り込んだ儀式体とリチュアは湿地帯に侵略中。ガスタはジェムナイトと協力して現状打破を狙っているみたい」

「魔術使えないのによく外の様子がわかるね」

「使えない訳じゃない。前にも言ったけど、魔法陣をかければ使えるのよ。私の部屋の床にも魔法陣が書いてあるから使えたって訳。もっとも、部屋も出た今じゃ使えないんだけど」

「戦闘はできそうにないってこと?」

「雑魚相手なら何とかってところかしらね……」

 

 儀式体もなく魔術もすぐに行使できないエリアルはただの少女同然。ユウキもモンスターがいなければただの青年。誰かによる護衛がなければ、命を落とす可能性もぐんと大きくなる。

 だが、ここで閉じこもっていても状況は好転しない。むしろ悪化するだけだろう。

 ___ならば、やることはただ一つだけ。

 

「ノエリアを探そう。外に出ればジェムナイトたちと協力できるはずだ」

「あら、私も同意見よ。お義母さんを探さない限り、この事態は収まらない」

 

 外に飛び出すために二人は今できる準備を始める。

 ユウキはもう一度デッキを確認。メインデッキに欠損はないが、エクストラデッキはいまだに奪われているカードが多い。ナンバーズのカードは一枚もなく、そしてなぜかまだ何も書かれていないエクシーズのカードが一枚存在している。

 銀河眼に聞いても何か教えてくれないカードではあったが、正体は大体つかめてきた。だが、なかなかこのカードを召喚できないというのも事実だった。

 確認を終え、デッキからいつものようにカードを五枚引くと、いつものようにデッキは空間へと消えてしまう。この世界で当たり前になってきた、彼だけができる戦い方。

 この力を使って生き残り、そして元の世界に戻る。

 もう一度、自分が戦う理由を思い出して覚悟を決めた。

 エリアルはユウキが持つデッキからヒントを得て、白紙のカード一枚一枚に魔法陣を書き込んでいく。できるだけ速く、できるだけ多く種類を。カードを作成していくその表情は真剣そのもの。いつもの研究を楽しむリチュアとしての顔は完全になりを潜めていた。

 ユウキが気づいたころには三桁はあるであろう魔法陣の描かれたカードが出来上がっており、エリアルはそれを持ってきていた腰袋に入れた。

 

「これ以上は作れないわね。これだけで足りればいいんだけれど」

「持ってきたカード全部に書き込んだのか……そんなに時間経ってないぞ?」

「何言ってるのよ。リチュアの魔術を作成していたのは誰?」

「なるほど」

 

 魔術を作成していた本人だからこそ、それに必要な魔法陣は把握しきっている、ということだろうか。熟練の儀式師のような雰囲気の彼女にユウキは頼もしさしか感じなかった。

 

 息を整える。

 

 この部屋から出れば二度と生きて帰っては来れないかもしれない。それでも、未来へ進むために。自分たちの想いのままに、進むために。

 二人は扉の前に立つ。

 

「いくよ、エリアル」

「ええ。せいぜい、足手まといにならないようにね」

「そっちこそ」

 

 顔を見合わせ、扉を開ける。平穏から出ていく二人の顔は自然と強気な笑顔だった。

 部屋を出た二人を待っていたのは___瞳を赤く光らせる兵士たち。

 各々が身に着けている儀水鏡からはユウキでもわかるほどの邪気が常に放たれており、その肉体は邪悪な魔力で強化されているリチュアの兵士たちは二人を見ると、すぐさま襲い掛かってきた。

 

「フォトン・スラッシャーを特殊召喚!」

 

 ユウキの動きは非常に素早かった。これもアバンスとの特訓の成果が出ているのだ。

 戦場において、ユウキがしなくてはいけないことは二つ。

 すぐさまモンスターを選び召喚できる瞬発力と、自身を守る自衛力。

 それらを養うために何度も意識を失い、何度もボコボコにされてきた。その成果がようやく発揮され、少しだけ涙ぐむユウキ。

 召喚されたフォトン・スラッシャーは襲い掛かってくるリチュア兵士複数を一刀両断。召喚者とその想い人を守るように立ちふさがる。

 エリアルも同様に一枚のカードを手に持ち、魔術を発動する。

 

「『虚針(ヴォイドニードル)』!!」

 

 発動された『虚針』の魔法陣から無数の針が兵士たちに放たれ、多くの敵を蹴散らす。少しずつだが、確実に二人が進む道が出来上がっていく。

 魔術を発動したカードは役目を終えると、黒い灰になって崩れ落ちてしまった。

 

「早く決着着けないと!でも、銀河眼は部屋の中で出すと大きすぎるし」

「スラッシャー一体で十分でしょ? 彼はほかの召喚獣がいると攻撃できないのは知ってる」

「流石エリアル!じゃあ、頼むぞ!フォトン・スラッシャー!」

 

 二人の最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 二人よりも先に最後の戦いが始まっている人々もいる。リチュアと洗脳されたラヴァルから攻撃を受けたジェムナイトとガスタの連合だ。

 

「急げぇーー!!戦える者はジェムナイト様に加勢するんだ!!」

「怪我した人は後方へ下がって!死者を一人も出さないで!!」

 

 争いが苦手なガスタ。その常識も二度の大戦によって壊されていた。彼らは嫌でも戦い方を覚えさせられ、力を得たのだ。___彼らが平穏を望んでいたとしても。

 ガスタは襲い掛かる兵士たちに風の魔術を放ち、自身の里を守ろうと必死になる。そんな彼らをあざ笑うかのように、何度も吹き飛ばされようと、風の刃で切られようとも、その命が消えるまで侵略をやめない。

 ___その姿は、リビングデッドのようだった。

 

「ウィンダ!ユウキ君と連絡はとれたか!?」

「今やってる!!」

 

 防衛最終ライン、司令部。ガスタとジェムナイトの連合をまとめ上げる頭脳。ウィンダールとウィンダは必死になってユウキと連絡を取ろうとしていた。

 ここにはいないが、治療に向かったファイもユウキのことばかり心配していた。

 リチュアとラヴァルが洗脳されている。という情報をジェムナイトたちから受け取ってから何度もペンダントによる通話を試みてはいるものの、ユウキが応答することはなかった。

 これで何度目になるだろうか。焦り顔で何とか連絡を取ろうとするウィンダ。しかし、杖からはノイズ音が響き続けるだけだ。

 その音はウィンダールから希望を奪う、最悪の結果を連想させるには十分だった。

 

「……ダメ、なのかな……」

「っ……。ウィンダ、そろそろ前線に出るぞ」

「わかった……」

 

 ウィンダが通信を切ろうとする、その直前。希望がようやく繋がる。

 

『……ンダ!!』

「!ユウキ!!」

『ウィンダ、そっちは無事!?』

 

 ユウキとの通話が繋がり、ウィンダの表情に明るさが戻る。通話先から戦闘音が聞こえてはいるものの、彼が正気であり生きていることに喜びがあふれてくる。

 ユウキの現状は先ほどと変わらず、エリアルと共にリチュアの兵士をなぎ倒して脱出を目指していた。

 

「あのね!リチュアとラヴァルが攻めてきて!ジェムナイトさんたちが攻めていって!」

『ええっと、ウィンダちょっと落ち着いて』

 

 パニックになっているウィンダから無言で杖を奪い、ウィンダールが代わりに通話を始める。

 

「ユウキ君。そちらの現状を教えてほしい」

『ウィンダールさん!__わかりました。現在、俺とエリアルは洗脳されたリチュアの兵士を撃破しながらアジトからの脱出を考えています』

「なるほど。エリアルも無事なんだね?」

『ええ。ウィンダール、リチュアは実質壊滅したと考えてくれて構わない』

「ノエリアが引き起こしたと考えてもいいんだな?」

『____間違いないわ』

 

 義母に狂信せず、真実を伝えるエリアル。そこにはかつてガスタを侵略しようとした冷酷なリチュアの儀式師の姿はなかった。

 静かに笑い、ウィンダールは自身の持つ情報を二人に伝える。

 

「現状、リチュアとラヴァルは我々ガスタの湿地帯に向けて侵略をしている。ジェムナイトが協力してくれてはいるが、そう長くは持ちそうにない。また、前線から見たこともない儀式体がいるとの情報が入っている」

『見たこともない儀式体?』

「儀水鏡をつけ、炎をまとった海竜のような儀式体だ」

『TUEEEかよ!?』

「つ、つえー?」

『いやなんでもないです。コホン__おそらく、それはラヴァルバル・チェイン。リチュアとラヴァルのエクシーズ体です』

 

 ラヴァルバル・チェイン__ダイガスタ・エメラルと同じく、攻撃力1800のランク4エクシーズモンスター。ユウキがリチュア・チェインを覚えていた理由であり、現実でも愛用する決闘者は多かった。

 が、ユウキが端末世界に来る数カ月前に禁止カードに指定。多くの決闘者が涙を呑んで彼を見送ったのだ。

 もっとも、そんな思い入れがあるカードであろうと今は脅威でしかないのだが。

 

『チェインがいるってことは、ラヴァルは……』

「ああ。大半が敵となっている。そこでユウキ君に対策を聞きたいのだ」

『お、俺に、ですか? そこはウィンダールさんが考えたほうがいいような……』

「もちろん考えてはいる。だが、君には元の世界の知識がある。__これから、何が起こるかを君は知っているのではないかね?」

 

 ウィンダールの予想は当たっていた。この世界に来た時に思い出せなかったこの世界の出来事が徐々に思い出してきている。

 ダイガスタ・エメラルのエクシーズの時も、ジェムナイトが悪意を持つと世界に大きく影響を及ぼすことも、リチュアが何かすることも。今ではすべて思い出していたのだ。

 これから復活するであろう最悪の『邪念』のことも。

 

『一応は、知っています。一番の打開策は、ジェムナイトの皆に悪意を持つのをやめてほしいんですけど……絶対に無理な状況になっちゃいましたし。ラヴァルも……救えませんでした』

 

 邪念の復活は、四部族の中で唯一負の感情を抱いていなかったジェムナイトが『怒り』という感情を持ってしまうこと。本来の歴史であれば、ガスタへの奇襲によってそのトリガーが引かれてしまうのだが、それはユウキが防いだ。

 しかし、今の状況はそれよりも悪化しているのかもしれない。

 二度の大戦によって互いを『好敵手』だと認知し始め、和解も行い関わりが増えてきたラヴァルが洗脳され手駒にされているのだから。

 それに、本来の歴史通りならば『ラヴァル』の生き残りは一人しかいない。チェインを誕生させる際、その一人を除いた全員が儀式の生贄となってしまったから。こうして、正史から炎の一族『ラヴァル』は消えてしまったのだ。

 正史と同じく、ラヴァルバル・チェインが誕生してしまったということは……

 落ち込むユウキの声に、ウィンダが思わず声を出す。

 

「? ユウキ、ラヴァルは全滅してないよ?」

『ああ、ファイは無事なんだ』

「違うよ?」

 

 

 

 

 

「ラヴァルの中からリチュアに対抗している人たちもいるよ?」

 

 

 

 

 

『___え』

「本当の話だ。我々ガスタはこれからリチュアに対抗している、洗脳から逃れたラヴァルの救出に向かおうと思う」

「出発前にユウキから助言をもらおうと思ってたんだけど、何かあるかな?」

 

 ラヴァルの全滅。ユウキが避けたかった出来事の一つ。

 姉を二人失った妹の悲しむ顔をもう見たくない。その思いからノエリアの行動に目を光らせていたのだから。

 なぜ全員が巻き込まれなかったのかは分からない。だが、全滅していないという結果が嬉しかった。

 

『なら、ファイを連れて行った方がいいかも。空を飛ぶにしても救出するときは地面に降りると思うから。あと……『セイクリッド』って知ってる?』

「セイクリッド様!? ユウキは知ってるの!?」

『ああ。もし彼らを降臨させられるのなら今からやってほしい』

「ということだ。ウィンダ、降臨の儀式を頼む。救出には私とファイ、そして他の者で行ってくる」

「……わかった。お父さん、どうか無事で」

「では、ユウキ君。次は直接会おう」

 

 杖をウィンダに返し、ウィンダールは治療をしているファイの元へと去っていく。その背中をウィンダは不安そうな顔で見つめていた。

 ウィンダールの姿が見えなくなった後、頬を両手で叩いて気合を入れるとウィンダはユウキに質問する。

 

「ユウキ、セイクリッド様を知っているんだよね?」

『そう、これから復活するであろう邪念。それに対抗するには星の騎士団であるセイクリッドの力が必須だからね』

 

 星の騎士団『セイクリッド』

 機械仕掛けの天使たち、ヴァイロンを作りあげ、星の力で世界を守護するという伝説の戦士たち。そして、この世界にエクシーズの伝説をもたらした者たちでもある。

 セイクリッドが降臨しなければ、これからの戦いに勝ち目はない。ならば、少しでも早く降臨していた方がいい。そして、星の力に詳しいガスタの巫女であるウィンダならばそれが可能なはずとユウキは踏んだのだ。

 

「セイクリッド様が降臨するだけの脅威が、これから起こるってことなんだよね……」

『そう、なるね。だけど、今やれることをやるしかない___うおぉ!?』

『ちっ……隠れてたけど、流石にばれたみたい。戦闘再開よ!』

『ゴメン、ウィンダ!生きてまた!』

 

 戦闘音が杖から響いて、ユウキとの通話が切れる。不安を振り切ってウィンダも今やれることをやり始める。

 自室に急いで戻り、母から受け継いだセイクリッドについて書かれている本を取り出すと、セイクリッドを調べ上げる。本には降臨の儀式方法とその詳細が記されていた。

 

「ええっと……うん。これならできそうかな。ちょっと時間かかるけど、やれることをやるしかないもんね!」

 

 本を持ち出し、祭壇前へと走る。

 神を奉る『霧の谷の祭壇』__ガスタの巫女が祈りをささげる場所と言えばここだ。ここには不思議と誰も近づこうとしない、神聖にして不気味な場所。何も気にせず近づけるのはユウキくらいだろう。

 一人でこの場所に入るのは巫女を襲名した今でも、抵抗がぬぐえなかった。

 

「___よし。やるぞ!!」

 

 でも、逃げるわけにはいかない。再度気合を入れて、ウィンダは巫女として祈りを始める。

 この祈りがのちの希望になると信じて。

 

 

 

 

 

 場所が変わって、前線付近。リチュア側には多くのソウルオーガが侵攻していた。

 だが、その巨体を次々と蹴散らし、殴り飛ばし、粉砕している戦士が二人。

 

「___いくら半身がリチュアと言えど、これは見過ごすことなどできないからな」

 

 目を赤くし、鬼神の連撃を叩き込むのはジェムナイト・パール。元々、ジェムナイトとリチュアのエクシーズである彼。思うことはあるのだが、自分とジェムナイトの仲間たちに攻撃を加えるのであれば容赦はしない。

 そして『鬼神』と肩を並べて戦っているのは、巨大な石柱と化した両腕を持つ新たなる戦士。

 

「うおおおおおおお!!!!!!」

 

 その名も、ジェムナイト・ジルコニア。ジェムナイト・クリスタがただただ純粋に『戦闘』に特化し、最適化した姿だ。

 その怪力はソウルオーガを簡単に叩き潰せるほどのもの。先ほどから雄たけびを上げてリチュアに襲い掛かる姿は仲間のジェムナイトにすら恐怖を覚えさせるものだった。

 一人、また一人とソウルオーガが戦闘脱落していく中、今度はラヴァルの戦士がジェムナイトたちに襲い掛かる。

 

「っ……ラヴァルと戦うのは、せめて喧嘩の時だけであってほしかったんだがな……」

「……」

「く、クリスタ?」

 

 舌打ちをし、苦い顔でラヴァルを見るパール。だが、それ以上に隣にいるジルコニアが無言であることに不安を抱く。

 普段の彼なら、今の自分と同じように苦い顔をして___悲しみながら戦うはずだ。

 だが、今はどうだ。彼は肩を震わせ、闘志とは違う気配を漂わせている。戸惑うパールだが、彼が持つリチュアの半身がそれは何かを察する。

 

 

 

 

 それは___『殺気』と呼ぶものだと。

 

 

 

 

 

「___リチュアああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 その叫びに込められているのは、怒りと憎しみ。

 今まで、ずっと対立していた。彼らが攻めてきたから、仕方なく、自身を守るために戦ってきた。戦うことしかできず、彼らを理解することを諦めていた。

 一度目の大戦、インヴェルズとの戦いで隣に並んだ時、それは奇跡だと思った。ヴァイロンがいたからまとまっただけだと。お互いに理解などできないと、そう決めつけていた。

 だが、二度目の大戦。ヴァイロンの暴走時、お互い協力し合うことができた。

 拳を振るうこと。それは決して命のやり取りをするだけではない。死力を尽くして戦い、そしてどちらかが倒れたら勝敗をつけ、そしてお互いの健闘を称えあう。

 そして、その関係を何というか。

 『好敵手(ライバル)』___そう言うと、ラヴァルもジェムナイトも信じていた。

 

 そして、時にその関係は読み方を変えるのだ。

 

 『好敵手(とも)』と。

 

 ジルコニアの怒りと憎しみ。それは『好敵手』を道具のように扱っていること。あまりにも非道な行いをしてきたリチュアがまだそのようなことを行っていること。

 そして___自分たちがなぜ阻止できなかったのかという、自分への怒り。

 怒りは大きなエネルギーとなる。先ほど出していた速度をはるかに超える速さでジルコニアはリチュアの大群へと単身突っ込んでいく。

 一人残されたパールに洗脳されたラヴァルが襲い掛かり、ジルコニアを追跡することを妨害する。

 

 

「お、おい!?クリスタ!!」

「シャァアアア!!」

「ちぃ……!一人で何とかできそうか!?___なんだ?」

 

 ラヴァルを迎え撃とうとするパールだったが、背筋に寒気を感じ立ち止まる。そしてそれは、洗脳され自我を失っているはずのラヴァルとリチュアも同じだった。

 それはあの時と同じ___否、あの時以上の恐怖。

 かつて古の悪魔が蘇っていた時以上の恐怖と悪意、そして邪念が世界中からあふれようとしていた。

 

 

 破滅へのトリガー。それは、『負の感情』。今まではジェムナイトがその感情を抱かなかったことから引かれることはなかった。だが、今、その最後の条件が満たされた。

 一度は放たれた物をまた元に戻すことはできない。ここに、世界の破滅は決定した。

 

「こ、これは!?」

 

 戦場で戦うジェムナイトたちが異変を察知する。地面からボコボコと黒い泥があふれ出し、それがあちこちで発生し始める。命を持つ者なら、それに触れてはいけないと本能で察知することができるであろう。

 泥はそこら中に転がっている死体となったラヴァルとジェムナイトの中へと入っていくと、その死体(からだ)を黒く染め上げて蘇らせた。

 動き始めたのは、その場の死体だけではなかった。

 かつてあった光の邪神__魔轟神との戦いの際に散っていったはずの種族までもがその姿を現した。

 

「___アアア」

 

 この世界に生まれ落ちた邪念たちはうめき声と共に原住民たちへと襲い掛かった。正義のために戦うジェムナイトも、悪のために戦うリチュアも、操られているだけのラヴァルも。

 邪念たちにとっては、浸食する対象でしかない。

 襲い掛かる死体に驚愕しながらも撃退しようとするジェムナイトとリチュア・ラヴァルたちだったが、被害は出てしまう。

 何人かのリチュアがやられ、何も言わない死体になると先ほどと同じように黒い泥が地面から這い出し、そのまま死体の中へと入っていく。

 

「___アアア」

 

 こうして新たなる邪念が生まれ、また死体が生まれる。そうすれば、また邪念が……

 負のスパイラルが広まるのも遅い話ではない。

 

「__『Squall』!!」

 

 生まれた邪念と戦うダイガスタ・エメラル。『突風』の名を持つ風の刃で敵の体ごと切り裂くが、彼女が倒すスピードよりも新たなる敵が生まれるほうが速かった。

 そして、邪念の意思は死体以外にも向けられる。

 生者であるはずのエメラルの腕から泥が侵食しようと試みる。だが、エクシーズの戦士であるエメラル。反応は早かった。

 

「離れなさい!」

 

 腕に風をまとわせ泥を払うと、ボトリと嫌な音を立てて地面に落ちる。落ちた泥はボコボコと泡を立てて、人の形をとり始める。

 その姿を、エメラル___カームはよく知っていた。

 

「な、なんで……? どうしてあなたが……?」

「アアア」

 

 人の形をとった泥は、黒くくすんだ緑の体をしていた。その姿はダイガスタ・エメラルとそっくりだったのだ。

 それが、ジェムナイト・エメラルであることに気づくのは容易いことである。

 自身に力を貸し、消えていった恩人が目の前に現れていることにカームは茫然とするだけ。それこそが大きな隙になるとわかっていたとしても。

 その隙をつく形で緑の邪念はカームに襲い掛かる。反撃をしようとしても、体がついていけず動けない。このままでは確実に刃で切られてしまうだろう。

 そもそも、力はあってもカームは戦士ではない。侵略するだけに生まれた邪念とは大きな差があったのだ。

 

「っ!!!」

 

 目をつぶり痛みを、死を覚悟するカーム。邪悪なる刃が彼女を切り裂く

 

 

 

 その寸前だった。

 カームの目の前に、眩く光る星が現れその刃を受け止めたのだ。

 

「___この星を守るのは、我ら星の騎士団の使命。これ以上、好きにはさせんぞ。ヴェルズ!!」

!!!ドッリクイセ!!!アアア(アアア!!!セイクリッド!!!)

 

 純白の鎧、輝く剣。まとうマントには宇宙が現れているその騎士が邪念に操られた戦士を切り裂くと、黒い霧となって消えてしまった。

 ここでようやく危機が去ったことを察し、目を開けるカーム。前の白い騎士が心配そうに彼女を見ていることに気づく。

 

「え、え、え……?」

「パニックになるのも分かるが、私の指示に従ってくれ。今は撤退するぞ!」

 

 あまりにも戦局が変わりすぎてパニックになるカームことエメラルを騎士は優しい声で諭すと、彼女を抱きかかえて空へ飛び去った。

 それは他のガスタとジェムナイトも同じことで、この騎士に似た者たちが生き残ったジェムナイトたちと共に後方へと撤退していた。

 見知らぬ人に抱きかかえられている状況にエメラルはさらに混乱する。

 

「貴方は誰ですか!? 私を誘拐するつもりですか!!?」

「お、落ち着け!私は君たちの味方だ!名を、セイクリッド・プレアデスという」

「せ、セイクリッド……?」

「ああ。星の騎士団、と言えば知っているかい?」

「え……えええ!? ど、どうしてセイクリッド様が!?」

「詳しくは後で話す!今は、君たちの拠点に撤退する!」

 

 文字通り、光の速さとなって撤退していくガスタ・ジェムナイト。

 一方、地上に取り残されたラヴァルとリチュアはそのまま邪念、ヴェルズの侵略を受け続けるのだった。

 

 

「戻られましたか!セイクリッド様!」

「ああ。何とか全員、撤退に成功したみたいだ」

 

 ガスタの里__ジェムナイト・ガスタ連合本拠地。

 戻ってきたセイクリッドと仲間たちをウィンダは笑顔で出迎えた。まだ長であるウィンダールはラヴァル救出から戻ってきていない。長代理として、この状況をまとめ上げなくてはならない。

 疲労・重傷を負っている者にはすぐさま治療を受けさせ、それ以外の者には簡単な食事を配り士気を保たせるなど。自身にやれることを全部行っていた。

 少し時間が経ち、全員が話を聞ける状況になるとプレアデスが現状とこれからについて話し始める。

 

「改めて自己紹介させてもらう。私は『セイクリッド・プレアデス』。星の騎士団 セイクリッドの長を務めている」

「せ、セイクリッド様が本当に降臨なされるなんて……」

「助けを求める声があれば、いつでも参上するさ。もっとも、君たちが呼ばなくても参上していただろけどね」

 

 ガスタの中でセイクリッドは伝説の存在として語られていた。星の騎士たちを見るガスタの民の眼は憧れと尊敬で輝いていた。

 

「現状をお話ししよう。今、この星には邪念、『ヴェルズ』が復活してしまった」

「ヴェルズ? インヴェルズではなくて、ですか?」

「そうだ、ガスタの戦士 リーズ。古の悪魔 インヴェルズとは本来、ヴェルズ化に適応した者たちのことを指すんだ」

 

 ヴェルズ。生物の負の感情が具現化した邪念そのもの。死体に乗り移る、もしくは生物の現身を取り世界を侵略する生物と言っていいのかわからない者たち。

 古の悪魔であるインヴェルズの根源。すなわち、リチュアの儀式体の根源でもあるのだ。

 セイクリッドはかつてインヴェルズを封印しており、その際ヴェルズについて危惧していた。時間が経っていればプレアデスの言った通り、ウィンダの祈りがなくても降臨していたであろう。

 

「ヴェルズは既に君たちが言う『旧大陸』。永久凍土となった大陸に浸食しており、過去の種族たちの肉体に宿っているようだ」

「それって、ミストバレーとかドラグニティ様たちということですか!?」

「ああ。これから君たちが戦うのは命を失った者。文字通り『過去の亡霊』たちだ」

 

 ヴェルズの脅威。再び訪れてしまった大戦。また誰かを失うかもしれないという恐怖が蘇り、原住民たちの足がすくむ。ジェムナイトであっても、上級戦士が簡単に散っていった事実が足を重くする。

 

「恐れるな……とは、言わない。君たちは機械ではないし、機械であろうと完璧ではない。機械であったヴァイロン達も暴走し君たちの仲間を永遠に眠らせた。恐れを、感情を抱かない生命などいない」

「だが、我らセイクリッドは知っている。君たちが今まで、仲間の死をなかったことなどにはせず、時に乗り越え、時に引きずりながらも前に進んできたことを」

「君たちが胸に秘める心の光。それが完全に消えるまで、我々は戦い続ける。だから、どうか我々を信じてほしい。生き残るために、力を貸してほしい」

 

 

 

「「「この星の未来のために、星に生きる命を守るために、共に戦ってほしい」」」

 

 

 

 セイクリッドの上級戦士、プレアデス、ヒアデス、ビーハイブは頭を下げ、力を貸してほしいと頼む。この星のために、生きる命のために戦う。それこそが彼らの使命なのだ。

 ヴァイロンの時とは違う。共に戦う仲間として、彼らに協力を要請したのだ。

 伝説にも残る星の騎士たちが頭を下げる光景にガスタは驚き、ジェムナイトは無言を貫く。

 戦っても、戦わなくても、『死』は誰かに降り注ぐであろう。ならば、その間にやれることもあるかもしれない。

 希望をもって戦っても、全滅するかもしれない。もし生き残っても、大切な誰かを失うかもしれない。

 それでも___戦えるのか?

 

「……」

 

 話を聞いていたカムイの脳内に、かつての相棒と父親の顔が思い浮かぶ。カムイの大切な二人は、機械天使の暴走によって彼の前から消えた。

 その創造主が目の前にいる。

 頭ではわかっているのに、心で拒否している自分がいる。この星の騎士団があんなものを創らなければ、今頃父も相棒も生きていたはずなのに。

 今さら、自分たちに力を貸してほしいなどと戯言を言わないでほしい。降臨するのであれば、古の悪魔たちとの時にしてほしかった。

 もっと、早く助けに来てほしかった。

 

(……僕は、戦いたくはない。お姉ちゃんにも、ガスタの皆にも、戦ってほしくない)

 

 言葉にはしない。ぐっと必死になって我慢する。そうでなければ、父にも怒られてしまうだろうから。

 誰も言葉を発さないまま、数分が経とうとしていた。

 

「___今やれることを、やるしかない」

 

 静寂を壊したのは、やはりと言うべきなのだろうか。巫女のウィンダだった。

 

「私は、皆が戦う必要はないと思います。戦わず、その時まで生きたいと思う人もいるでしょうから」

 

 ウィンダは言葉を絞り出すように話す。彼女の足は震えており、拳をつくる手も小刻みに震えていた。無理をしていることは誰にでもわかってしまう。

 震えを無理やり抑え、深呼吸をしてから話を続ける。

 

「でも、だからこそ私はこの言葉を投げかけたいのです。ある青年が言っていました。彼は異世界から戦いに巻き込まれ、魔術も強靭な肉体もない。それなのに、戦い続けていました」

「そんな青年がいるのか?」

「はい。彼は今、彼がやれることをやっている。私たち以上に恐怖を抱いているはずなのに、今も戦っています。___私は、何もせずに、もう大切な人たちを失いたくない。だから、今やれることを、セイクリッド様たちと共に戦うことを選びたい」

「それは、私も同じだ。ウィンダ」

 

 ウィンダの横に立ったのは、最適化を解除したクリスタだった。撤退するまで彼はジルコニアの状態で暴れまわり、リチュアのアジトを目指して一人突撃していた。

 セイクリッド四人とパールの協力でようやく撤退させられたが、それまでは大暴れしていて言葉すら耳に届いていなかった。先ほどまで頭を冷やさなくてはいけないほどに、彼は怒りに囚われていた。

 

「ヴェルズが覚醒したのは、私のせいだ。私が怒りに囚われてしまったから、邪念が生まれてしまった。その罪は、あまりにも重い。償うためにも戦わなくてはいけないだろう」

「自分を責めないでください、クリスタさん。それだけ、ラヴァルのことを想っていてくれてたんですよね」

「その通りだ。眩き光を放つ正義の戦士、ジェムナイト・クリスタ。君がいなければ、より多くの者が犠牲になっていたはずだ。それは、ここにいる誰もが知っている」

 

 セイクリッドもクリスタのことは既に把握しており、彼が今までどれだけ傷つきながらも戦ってきたのかは知っている。だから、今回のこともまったく気にしていない。

 ヴェルズを消し去るために、セイクリッドはここにいるのだから。

 

「しかし、私は……!」

「クリスタ。怒りの次は疑いか?」

 

 自分を許せないクリスタにパールが彼の肩に手を置く。諭す言葉だが同時にクリスタは呆れられたとも感じた。クリスタが後ろを向くと、パール以外のジェムナイトたちが全員、真剣なまなざしで彼を見ていることに気づく。

 

「クリスタ。ジェムナイトには、お前を信じていない者などいない。今までも、これからも。ジェムナイト・クリスタは仲間と共に立ち上がり、そのつながりで進化していく我らが自慢の長。そうだろ、みんな?」

「ああ!クリスタさんは俺たちの誇りだ!」

「クリスタさんと共に戦えることは、俺たちの望みでもある!」

「……みんな……」

「良き仲間に恵まれたな、クリスタ」

「……はい。私の宝物です」

 

 クリスタは前を向き、改めて誓う。『償う』ためでも『倒す』ためでもなく、『守る』ために戦い抜くと。自慢の仲間がいるのであれば、それは不可能ではないと確信できる。

 プレアデスと握手を交わし、クリスタは高らかに宣言する。

 

「我ら、地を司りし戦士 ジェムナイト。その長、クリスタがここに宣言する!我らジェムナイトは、星の騎士団 セイクリッドと共に戦い抜き、この星を、未来を、今を生きる命を守り抜くために戦うと!!!」

 

 ジェムナイトたちから歓声が上がる。彼らの中に戦うことを拒む者はいない。彼らは自分たちの中の正義を信じ、この星と命を守るために立ち上がることを選んだ。

 それを見た風の一族の者たちも、決意を固める。

 

「戦士家は一族を守ることが使命。そうよ、今までだってずっと戦ってきたじゃない。なら、今度も一緒」

 

 リーズを始めした、戦士家もみな立ち上がる。

 恐れはある。失う悲しさも知っている。何度も、何度も、略奪され、侵略されてきた。

 だからもう、誰にも何も奪わせない。邪念であろうと過去の亡霊であろうと、知ったことか!

 

「ああ。行こう、リーズ!」

「我ら戦士家が戦わずして、誰が一族を守るのだ!!」

「ジェムナイト様、セイクリッド様。我ら、ガスタ戦士家もあなた方と共に戦うことをここに誓います。我らに勝利と希望をお与えください!」

 

 宣言するリーズに続いて、神官家からも声が上がり始める。

 

「戦士家だけに戦わせないぞ!」

「そうじゃ。われらガスタは戦士家と神官家、二つがあってこそ成り立つ。わしらだけ置いていこうとしても、そうはいかんぞ」

「みんな……!」

 

 ウィンダの声は確かに広がった。ためらっていた者たちの心を動かし、今を生きるために、未来のために立ち上がる。それこそが、今を生きる者の使命だと言わんばかりに。

 

 ここに、戦う者は募った。心優しき種族は星の騎士団と共に得体も知れぬ邪念へと挑む。

 

 そんな中、カムイの心は沈んでいた。

 

(なんでさ……どうしてみんなそんなに死に急ぐんだよ……!!)

 

 彼の心は以前として動かなかった。どうして皆、わざわざ早く消えてしまうような行為を選ぶのか。

 どうして、誰も戦うことに抵抗がないのか。静かに滅びるより、命を燃やし尽くすことを選んでしまうのか。

 

 ___どうあれ死んでしまうのであれば、何をしても同じではないのか

 

「なにぼさっとしてるの。カムイ」

「!? あ……リーズおねえちゃん」

 

 闇に落ちそうな少年の心を引き上げたのはリーズだった。周囲が熱く盛り上がっている中であるからこそ目立つ戦いにおびえた雰囲気。彼女は逃すことなくカムイに話しかけた。

 腰を落とし、まっすぐ彼の顔を覗き込む。

 

「戦いが怖い?」

「___」

 

 彼女の眼はすべてを見通しているように透き通っていた。その目は少年の心の迷いを一発で見抜いてしまう。その事に気づけたのは、長年の付き合いがあってこそ。

 周囲の様子など気にせず自分の顔を覗き込んでくるリーズから逃れられないカムイは、ためらいながら彼女の言葉を肯定する。

 

「戦いは、僕からすべてを奪っていったんだ……お父さんも、ファルコもいなくなっちゃった……」

「そうね。戦争は失うばかり。勝利して手に入るものなんて、失ったものと比べたらちっぽけな物ばかりだもの」

「なのに、どうしてみんな戦いたがるの? どうして、僕の前から消えちゃおうとするの……?」

 

 言葉は震え、目には光るものが現れる。それは当然のことだろうとリーズは感じた。

 物心つく前に母親を失い、リチュアの侵略で知人を失い、暴走したヴァイロンとの戦いで父と相棒を。残った姉も猛毒の風によって彼の前から消えてしまうところだった。

 何度も、何度も何度も失うことを覚えてしまった心。荒れ果ててしまっているのは想像にたやすい。

 そんな幼い彼を見てリーズはその手を優しく握った。

 

「大丈夫。誰も消えはしない。だって、あたしが全部守るからね」

「無理だよ!さっきも言ってたよね!戦争は失うものばかりだって!何も……何も守れていないじゃないか!!」

「カムイ!!」

 

 握られた手を振り払い、カムイは里へと走り去っていった。

 リーズは彼を追わなかった。___否、追えなかった。あんな恐怖と絶望に支配されてしまったカムイにショックを受けたのだ。

 今までガスタのために戦ってきた。

 うまく戦えない神官家のために。共に戦う戦士家のために。里で待っている友人のために。何より、もう何も失いたくないと願う自分のために。

 そして、戦ってきた結果がこれだった。

 家族ぐるみで付き合っていた彼の笑顔を、リーズは守ることができなかったのだ。

 

「___」

 

 ここまでのショックは初めてだった。頭が真っ白になり、その場から動くことができない。

 それはきっと___彼女が心のどこかで思っていた言葉を言われてしまったからでもあった。

 次から次へと襲い掛かる戦い。もう二度と起こってほしくないと願い続けていたのに、それを嘲笑うかのように戦いは起こり、失い続ける。

 いつの終わるのかわからない、憎しみと悲しみの連鎖。

 今回もそうだ。本当に終わるのだろうか。本当に勝てるのだろうか。

 不安が彼女の心を支配する。そんなリーズにカームが声をかけた。

 

「リーズ……。カムイは純粋だから、余計に言葉が刺さっちゃいますよね……」

「カーム……あたし、やっぱり怖い。今まで強がってきたけど、失うことは全然なれない。それどころか、どんどん怖くなってる……」

 

 カームの目の前にいるのは、いつも強気で自信にあふれていた幼馴染ではなく、誰もが抱くような恐怖におびえる年頃の少女だった。自らを抱きしめるようにして必死に震えを抑えようとしているが、震えが止まることはなかった。

 カームはその恐怖を感じ取りながらも、ぐっと抑えてリーズに言葉を投げる。

 

「大丈夫。リーズはもう何も失いませんよ」

「なんで、そんなことが言い切れるの?」

 

 

 

「貴方の隣に、私がいるからです。もう、インヴェルズの時とは違う。リーズを一人で戦わせたりしないから」

 

 

 

 普段は絶対に聞かない、カームの強気な発言。リーズは唖然とし、カーム自身も照れたように顔を俯ける。

 

「……やっぱり、リーズみたいな発言は、恥ずかしいです……」

「うん。全然なれない。むしろ気持ち悪いくらいね」

「り、リーズ!!」

 

 だが、不思議なことにその言葉はリーズの恐怖をかき消し、立ち上がる勇気を燃え上がらせるには十分だった。

 体の震えを止め、力強く両足で戦士家のリーズは立ち上がった。

 

「でもありがと。カームが隣にいるなら本当に___負ける気がしない」

「そ、そうですか? 私としては、リーズのサポートがちゃんとできるかどうか不安でしかないのですが……」

「自分から発言しておいて、その言葉はないんじゃない? でも、ま。よろしくね」

 

 握手を交わし、二人のガスタは戦場へと降り立つ決意を固める。もう、何も失わないように。『守る』ために戦う。

 だからこそ、二人の脳内にカムイの顔がフラッシュバックしてしまった。

 

「ねぇ、カムイは……」

「大丈夫ですよ……気持ちの整理ができていないだけだと思います。それに、あの子は『希望』の子、ですから。私たちが__倒れても、未来につないでくれます」

「___そう……よね」

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