端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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第九話ー中編 それぞれの想い、それぞれの戦い

「セイクリッド___思ったより介入が早かったわね。これも、高屋ユウキの仕業かしら」

 

 リチュア本部の最深部、二人のノエリアはほくそ笑んでいた。なんてことはない。ただ、かつて娘に施した儀水鏡の幻影術を自分にも施して肉体と魂の二つに分けただけだ。

 ラヴァルバル・チェインを生み出したノエリアも、リチュア最深部で儀式を続けていたノエリアも、どちらも本人だというだけだ。

 二人のノエリアは儀水鏡から地上の戦場を確認する。

 セイクリッドが介入したことによりガスタとジェムナイトは結束。傀儡として操っていたリチュアとラヴァルは崩壊しつつある。

 

 いや、崩壊はとっくにしていた。ただ、ノエリアが操っていただけであってそれですら戦力ではない。火水の合成禁術さえも、この力の前ではちっぽけなものにすぎない。

 今必要なのは時間だ。それさえあれば__星の騎士団など敵ではないのだから。

 

 

「さて、ドウ足掻イテクレルノカシラ」

 

 その目にもう、光はなかった。

 

 

 ノエリアが閲覧する戦場。ガスタ・ジェムナイト・セイクリッドの連合軍とリチュア・ラヴァルの軍勢、そしてヴェルズが激突し、大混戦となっていた。

 ノエリアが言った通り、ラヴァルとリチュアの軍勢は崩壊しかかっていた。

 共に戦うと誓い合った三部族の結束は強く、無造作に襲い掛かってくるだけの者どもにうろたえることもなかった。

 

「ラヴァル……すまない。許してくれとは言わない……!」

「ガアアぁああ……」

 

 戦いの中で結ばれた絆を、ジェムナイトたちは涙を流しながら断ち切っていく。ジェムナイトの拳を受けたラヴァルたちは次々と地へ倒れていく。

 正義のためにふるわれるべき拳。それが『好敵手』を討つためにふるわれるのは何たる皮肉だろうか。

 だが、ジェムナイトたちに戸惑う時間も懺悔する時間もない。すぐさま次の敵が襲い掛かり、すぐに戦場に引き戻されるからだ。気合を一瞬で入れ直し、輝く体を持つ戦士たちは戦い続ける。

 

「セイっ!!」

 

 リーズの蹴りはリチュアの兵士を風のような速度で吹き飛ばす。彼女の周囲には多くの敵で囲まれており一見すると非常に危機的な状況に見える。

 だが、彼女自身はそんなことを考えてすらいない。

 確かに一人であるのならこの状況は苦しいが、今のリーズは一人ではない。

 

「ご、ごめんなさい!『storm』!!」

 

 猛烈な『嵐』が敵対者を飲み込み、そのまま吹き飛ばしていく。もちろん、魔術を使ったのはダイガスタ・エメラルこと、リーズの親友であるカームだ。

 謝ってはいるものの、その威力は流石エクシーズといったところだろうか。思わずリーズも苦笑いが浮かぶ。

 

「謝ってる人が出していい威力じゃないわよ。これ」

「だ、だって……こうやって前線に出るのは初めてで……」

「いいから。__次が来るわよ!」

 

 その『次』は、巨大だった。炎をまとった海竜であり、ノエリアによって引き起こされた災厄の一つ。多くのラヴァルの魂を食らって誕生した儀式体。

 ラヴァルバル・チェインが彼女たちに襲い掛かる。

 

「これは……!?」

「新たなる儀式体ってこいつのことか!」

 

 チェインの口から放たれた灼熱の光線を二人は飛び上がって回避。二人がいた場所は黒い焦土へと化した。

 チェインの周囲にはラヴァルとリチュアの兵士たちが多数存在し、再び彼女たちは囲まれる形となる。

 

「リーズ、あの儀式体は任せてください」

「ええ、任せ……って、ええ!?」

 

 つい『任せなさい!』と宣言しようとしたリーズだが、その返答が誤りになると知り驚愕の声を上げた。

 あのカームが戦う。

 その事実を聞いたらムストはどんな顔をするだろうか。

 だが、事実としてチェインはエクシーズの力を秘めている。何の力も持っていないリーズより、エクシーズに目覚めたカームが戦う方が勝機はあるというものだ。

 悩んでいる暇はない。

 

「無理はしないように!!あたしは周囲の奴を片付ける!」

「うん!任せて!!」

 

 隣に親友がいなくなるさみしさと不安を振り切って、二人はお互いの戦いを始める。

 リーズは周囲の兵士たちを次々と倒し、チェインの支援ができないように努める。そして、目標であるチェインはカーム__エメラルが対峙する。

 

「……もう、意識はないんですね」

「がああァアアアアァアアアアアアア!!!?!!!」

「っ……」

 

 チェインの叫びは亡者の声と同じだった。何に対してか分からない怒りと憎しみであふれ、それが永遠に晴れることはないとわかる物。

 神に仕える神官家の一人としても、心優しい女性としても、カームは心苦しかった。

 

「___いきます」

 

 それでも、戦うしかない。

 覚悟を決め、エメラルは両手に持つ円盤に鋭い風の刃をはやす。そのまま身構えて、一気にチェインの懐へと飛び込んだ。

 その速さ、まさに疾風といえる。反応ができず、チェインはそのまま風の刃で切りつけられる。

 

「『wind edge』!!」

 

 『風の刃』。本来、このような風の魔術をガスタは得意としない。風を身にまとい一撃の威力を上げるものや、風の槍や弾丸を生み出し遠距離から放つものを得意とし、『風自体を武器に変える』ものは使わないのだ。

 エメラルがそんな魔術を使えたのは、戦闘を(不本意ながら)得意とするジェムナイトの力があってこそ。

 右手を横に一閃すると、チェインの体から血しぶきが勢いよく吹き出しエメラルの体に付着する。

 

「___あ」

 

 生々しい戦場にエメラルは失神しかけてしまう。それが、自分の命を奪われる時間になると頭ではわかっていても。

 動きの止まったエメラルをチェインは逃さない。受けた傷など気にすることなく右手に魔法陣を発生させ、そこから強烈な炎を吹き出させる。

 

「カーム!!!」

「__! 『whirlwind』!!」

 

 リーズのとっさの叫び声で気を取り戻したエメラルは『つむじ風』を発生させ、炎を吹き消すことに成功した。

 だが、チェインの左手から放たれる水弾には気づけず、そのまま体に重い一撃が叩き込まれてしまった。

 

「カーム!!しっかりしなさい!!」

「だい、じょうぶ……!」

 

 今までに受けたことのないほどの強烈な衝撃に気を再び失いそうになるものの、リーズの声で何とか踏みとどまる。

 水弾に吹き飛ばされ、距離が開いたことを好機と見たのか。チェインは自身の周囲に多数の魔法陣を詠唱なしで一気に展開。水と炎の波状攻撃がエメラルを襲う。

 カームだけなら間違いなくこの攻撃はよけられないが、ジェムナイトの戦士の経験が彼女の動きをアシストする。すぐに翼を展開し、空中へと飛び立つ。

 そのことを読んでいたように、水と炎は彼女を追尾。ダメ押しとばかりに、チェインはさらに魔術を発生させエメラルから逃げ場を奪う。

 

「風よ__わが身を守る盾となれ。『wall to blow』!!」」

 

 エメラルを中心にして一瞬だけだが台風が発生。追尾してきた魔術の軌道をめちゃくちゃにしてあちこちに吹き飛ばす。『目』にあたる場所にいるエメラルには攻撃が届くことはなかった。

 

「次は、こちらの番です!『cyclone』!!」

 

 意趣返しと言わんばかりにエメラルも自身の周囲に魔法陣を展開。風の槍を次々とチェインに発射する。チェインも今度はすぐさま反応し、口からの火炎放射でエメラルの魔術を消滅させた。

 魔術を使いニタリと笑うチェインだが、その視界にエメラルがすでにいないことに気づくと、先ほどと同じ状況が出来上がっていた。

 懐にはすでにエメラルが入り込んでおり、その拳に『暴風雨』をまとわせていた。

 

「『tempest』!!!!」

 

 拳が炎の海竜の腹部に叩き込まれると、宿っていた暴風雨が一気に膨張、爆発し風の爆弾となって襲い掛かる。チェインは『魔盾』の魔術を使用していたものの、多少威力を軽減するだけで大きなダメージは逃れられなかった。5mほどチェインの体は後退し、腹部には無数の切り傷が残っていた。

 

「仕留め、切れなかったですか……」

 

 エメラルが知る中で最も威力のある魔術である『tempest』で仕留めきれない。その事実は彼女にとって少しなりともショックだった。エクシーズで強化されていてもまだ自分が未熟だと叩きつけられているようだったのだ。

 一方のチェインは自身の体を周っているオーバーレイユニットを使用。その魂の力で傷を修復していた。

 

「……オーバーレイユニットを使えば、そんなこともできるんですね」

 

 無論、エクシーズ最大の特徴であるオーバーレイユニットについてエメラルは本能的に理解していた。

 オーバーレイユニット

 エクシーズモンスターが能力を発動するために必要不可欠な光球。その正体は、エクシーズ元になったモンスターの魂そのものである。

 魂そのものであるため、あまりにも膨大な魔力が込められており使用方法も様々。チェインのように傷を癒したり、攻撃を一時的に強化したり、自身の能力を使用したり。

 だが、強力な物には当然何かしらの制限がある。オーバーレイユニットには限りがあるのだ。

 ダイガスタ・エメラルのエクシーズ元となったのはカームとジェムナイト・エメラルの二体。よって、オーバーレイユニットも二つだけ。オーバーレイユニットを回復させる方法はおそらくユウキ以外知らない。

 そして何より、魂を使用するということはその人物の消滅にもつながっているのではないか、とカームは恐れていたのだ。

 もし___恩人であるエメラルの魂を消費してしまったら、それは恩を仇で返しているのではないか。

 悩むエメラルのことなど知ることもなく、チェインは炎と水の魔術を同時使用。炎と水の蛇がエメラルへと襲い掛かった。

 一瞬遅れてエメラルは動き出す。翼をはためかせ、縦横無尽に空を飛び回り魔術の追尾を振り払おうとするが相手もエクシーズである。魔術に意識があるかのように高速のエメラルの後ろを的確に追尾し続ける。

 

 ___このままではまずい。

 

 エメラルは直感的にそう感じとる。自分を追尾している魔術もただの魔術ではないだろう。先ほどの防御を破る策をチェインは用意しているとどこかで理解していた。

 打破する方法は、自分を周る二つの光球の片方を使うこと。だが、そんなことをすれば__

 

『何を恐れている?』

「___!?」

 

 カームの脳内に直接語り掛ける聞いたことのないはずの男性の声。だが、カームはその声の主を知っていた。

 緑色の体を持つ、誇り高き騎士。自分を救ってくれた命の恩人だと。

 

『エクシーズの力の源はオーバーレイユニットだ。何故使わない』

「それは……」

『私の魂を消してしまうかもしれない、とでも考えているのか?』

 

 男性の声は厳しくカームの悩みを暴いていく。その重大(ささい)な悩みに男性は笑って答えた。

 

『力を得たからと言って、一人で戦っているようでは真の未熟者だ。__もっとも一人で戦わなくてはいけないときもある。その時、力の使い道を間違えてはいけない』

「___!!」

 

 その言葉の意味を真に理解したエメラルは戦場へと意識を戻す。チェインが先ほどと同じく大量の魔法陣を作り出し、こちらに魔術を放とうとしている様子が目に入ってきた。エメラルは防御に使った風を今度は両手に集めると、上空から急加速。チェインに臆することなく突っ込む。

 それを好機と見たチェインは出現させているすべての魔法陣から魔術を放出。赤と青の弾幕がエメラルに襲い掛かる。風のような速さで回避しながらも接近するエメラルがチェインの目前に迫ると、炎の海竜はニタリと顔をゆがませた。

 

「!!」

 

 エメラルの真下に突然魔法陣が現れ、今までで最も大きな炎弾が出現した。今までの弾幕はすべて囮だった。そう気づくのに時間はかからなかった。

 回避は不可能。下手なガードは自分を殺すことになる。唯一の防御手段は__相殺。

 両手に集めた風を思いっきり地面の魔法陣に炎弾ごと叩きつける!

 

「storm barrette!!」

 

 ___その衝突は広範囲まで届いた。

 強烈な風と灼熱の炎が混ざり合い、軽く空気がゆがむほどの威力。一瞬の静寂の後、爆音と熱風が戦場にとどろいた。

 当然、地面もえぐられチェインは土煙の中でケケケと笑う。姿が見えない敵対者を排除したのだと、笑う。

 

 ___この状況こそ、彼女が想定した状況であると知らず。

 

「___行きますよ、リーズ!!!」

 

 土煙を突き破ってくる影は二つ。

 既に拳に風を宿し、チェインの顔と腹部目掛けてエメラルとリーズは大地を蹴っていた。何の打ち合わせも、一言の言葉もなしでリーズはこの状況が来ると確信し準備していた。

 そしてエメラル___カームもこの決定的な状況をつくり上げることに成功させる。

 いくらリチュアとラヴァル、そしてエクシーズの力を持っていたとしても、真の『結束(エクシーズ)』で結ばれた二人に勝てるわけがなかったのだ。回避や防御手段などなく、二つの拳がチェインに突き刺さった。

 

「「tempest!!!」」

 

 二つの『暴風雨』に巻き込まれたチェインはそのまま飲み込まれながら、戦場を強制的に駆けていく。脱出することなどできず、無駄に魂を使用していきながら、あっけなく、ラヴァルバル・チェインは脱落した。

 

「……弱すぎる、わね」

「はい……。何かおかしい気がします」

 

 強敵を倒した二人もそのあっけなさに疑問を覚える。多くの命を食らっておきながら、あまりにも弱い。エクシーズや最上級インヴェルズよりも弱く感じた。

 まるで____力を吸い取られたかのように。

 

「……考えてもしょうがないわね。カーム、ここら辺の奴らを叩いていくわよ!」

「そう、ですね……。今はこの状況を打破しましょう」

 

 二人が考えても答えも出なければ、現状が大きく変わるわけではない。一抹の不安を覚えながらも、二人は戦いに身を投じることで気持ちを入れ替えた。

 ___長い距離吹き飛ばされ、岸壁にめり込むことでようやくチェインは動きを止めた。その目には生命は感じられず、既に抜け殻となっていることが一目でわかる。

 本来ならこのまま邪念の器となるのが死体の定めだが、どういうことだろうか。

 チェインの体は泥のように崩れ落ち、そのまま地面へ溶け込んでしまったのだ。

 

「___これは、どういうことだ?」

 

 この光景の眼にしたのは一人だけ。その観測者は異変に気付くと、すぐさま森の中へと消えて行ってしまった。

 

 

 

 

 星の騎士団 セイクリッド。彼らの相手は当然、形無き邪念 ヴェルズだ。

 死体か肉体を模写できれば、ヴェルズは無限に発生する。邪念とは、生命が必ず持ってしまう物であり、生物がいる限りヴェルズは蘇る。

 唯一、セイクリッドたちが持つ星の力がその邪念を絶つことができる。

 

「はああああ!!!」

 

 セイクリッドの騎士たちはそう多くいるわけではない。十三の星を司る者たち__シェラタン、ダバラン、ポルクスとカストル、アクベス、レオニス、スピカ、エスカ、アンタレス、ハワー、カウスト、グレディ、シェアト、レスカ。

 そして彼らを束ねる、眩き星を司るヒアデス、プレアデス、ビーハイブの三人。合計しても、たった17人しかいないのだ。

 そんな彼らの強さは『結束』の力。伝承通りエクシーズの力は本来、セイクリッドからもたらされたものなのだ。

 

「みんな!無理はするな!!ヴェルズに憑りつかれそうになる前に後ろに下がれ!」

 

 セイクリッドの団長であるプレアデスは仲間たちに指示を出しながらも、ヴェルズと戦っている者の中では二番目に戦果を挙げていた。

 では、一番は誰か。それは、この星生まれの英雄だった。

 

「せいっ!!!だああああ!!」

「ずいぶんと調子がいいようだな、クリスタ!!」

 

 再びジルコニアへと最適化したクリスタは星の力の結晶であるプレアデスのオーバーレイユニットを取り込み、ヴェルズと戦っていた。

 以前のように怒りに囚われているわけではなく、攻撃を受け流しながら強烈なカウンターを叩き込むクリスタが得意とする戦法で華麗にヴェルズを葬っていく。

 そのキレの良さはヒアデスが思わず声をかけてしまうほど、鋭く美しかった。

 

「これは、私が引き起こしてしまった戦いでもある。さらに言うなら、伝説の戦士たちと共に戦える。これほど心強いことはないさ」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか!じゃあ、僕も頑張るか!!」

 

 両手に持つ白き刃を構え、ヒアデスは無数のヴェルズを塵へと変えた。その速さはまるで流星のようだ。徐々に勢いを増す連合軍。順調に見えたヴェルズの討伐だったが、新たなる脅威が彼らの前に立ちふさがる。

 なぜ、それらがその力を手に入れたのかは分からない。目の前にいる脅威を排除するためなのか、実は意識がありたまたま一致したからなのか。

 だが、今理由はどうでもよいのだ。大切なのは、それらが『結束』の力を示すオーバーレイユニットを持った邪念であることだった。

 

ムコミノヲチタエマオ、ドッリクイセ(セイクリッド、お前たちを飲み込む)

イナセサハマャジノズルェヴ、ラレワ(われら、ヴェルズの邪魔はさせない)

「相変わらず、分かりずらい言語を話すなぁ……!!」

 

 馬に乗る暗黒騎士のような姿をしたヴェルズへヒアデスは光の速さで攻撃を仕掛ける。暗黒騎士は動じることもなく、光の刃を闇の剣で受け止めた。

 

「誇り高き騎士を汚す者、一応名前を聞いておこうか」

ダノモウラクヲエマオ。ストナタ(タナトス。お前を喰らう者だ)

「もう!!わかりにくいなぁ!!」

 

 言葉の分かりにくさに悪態をつきながらも、星の騎士団は邪念を討つ。

 もう一体の邪念、ボロボロになった赤いマントをつけた騎士とジルコニアは対峙する。ジルコニアにてとって、目の前にいる邪念の体は見たことがない。それであって、強敵であることはひしひしと伝わってくる。

 

「……強敵、だな。だが、負けるわけにはいかない。過去の戦士よ。名を聞いてもいいだろうか」

「……アメトイナ(ナイトメア)

「ナイトメア……いくぞ」

 

 拳に星の輝きを宿し、過去にこの世界を支配しようとした悪魔に宿った悪へと戦いを挑む。かならず勝利すると心に誓って。

 ジルコニアは地を蹴り、ナイトメアへ接近。巨大化した腕で攻撃仕掛ける__のだが、腕を振り下ろした時にはもうそこにナイトメアはいなかった。

 

イソオ(遅い)

 

 後ろから声が聞こえ、振り向いたときには背中に衝撃が走った。どうやら切りつけられてはいるが、ジルコニアの固さが勝ったようだ。不機嫌そうな顔をするナイトメアをようやくジルコニアは視界に入れた。

 

カタイナ(堅いな)

「っ……見えなかった……」

 

 俊足__その言葉が合うであろうナイトメアの動きは今まで何度も修羅場を乗り越えてきたジルコニアですら見ることができなかった。最適化により自身の硬度を上げていなかったら、今の一撃で勝敗はついていたであろう。

 もっとも、一撃の重みに比重を置いたジルコニアではナイトメアに攻撃するどころか、触れることすらできないとクリスタは感じた。

 

「___なら、こうするしかない」

 

 ジルコニアの最適化を解除し、クリスタ本来の姿へと戻る。これなら彼本来のスピードを生かした戦闘が行なえるが……一撃食らえばどうなるか分からない。そんなリスクを背負うことになる。

 それでも、今クリスタにできる最善手はこれしかない。

 

ナダウヨタキデハゴクカヌシ。ウホ(ほう。死ぬ覚悟はできたようだな)

「私はセイクリッドたちとは違い、お前たちの言葉はおおよそしか分からない。しかし、これだけは言っておこう。___私たちは『諦める』などしない」

ナカロオ(愚かな)

 

 地を強く蹴り、クリスタはナイトメアへと突撃する。ジルコニアの巨体とパワーは失われたが一番慣れたこの状態ならば、ナイトメアの移動速度にもついていけるはずだ。事実として、ナイトメアを射程圏内にとらえることに成功する。

 

「行くぞ!!」

 

 星の光を宿すクリスタのラッシュ。その姿は流星群を操る神秘的なものだった。もしここが戦場でなければ誰もが見とれる美しさであっただろう。

 

 

 

 ___無数の流星ですら、邪念の悪魔には通じなかった。

 逃げ場のないラッシュをナイトメアはすり抜けるように避ける。そこには何もないかのようにクリスタが感じてしまうほど、完璧な回避。何とか当たりそうな一撃ですら、簡単に手のひらでいなされてしまう。

 今繰り広げられている状況にクリスタは言葉も出なかった。避けられることもいなされることも予想はしていた。だが、それ以前の問題だったのだ。

 クリスタは、ナイトメアに触れることすら許されていない。

 完全に動揺してしまっているクリスタの腹部に襲い掛かる暗黒の剣が目に移り、考える前に後ろに飛んだ。

 

「っ!!!」

メツヤイイノンウ。カタシワカデンカンョチ(直感でかわしたか。運のいい奴め)

 

 今までの戦闘で培われてきた経験がクリスタの命を救った。いなすのではなく緊急回避。地面に転って距離をとると、すぐさま体勢を立て直す。

 ナイトメアに握られている剣からはすさまじい邪念が誰でも目視できてしまう。もし、クリスタがあの剣に触れていたらどうなってしまうのか。想像は難しくなかった。

 

「この姿でも、あいつに一撃を入れることすらできないのか……!」

?ゾルイテイヅカチニツジクカハシ、アサ(さあ、死は確実に近づいているぞ?)

 

 ナイトメアはクリスタをあざ笑うかのように笑う。その声を黙らせることもできず、クリスタはただただ睨めつけることしかできなかった。

 戦いは続く。この世界の戦士 ジェムナイト・クリスタは今まさに、絶体絶命の危機に直面していたのだった。

 

 

 

 

 

「さて、こちらも準備を始めましょうか」

 

 戦況を見極め、ノエリアは動き出す。すなわち、浸食の時である。

 ノエリアの前には悪魔の死骸__インヴェルズの亡骸が存在していた。かつての大戦の際、部下に回収させていたもので、日々研究を続けていたのだ。

 

「そして、これを贄とすることで新たなる儀式を行える」

 

 インヴェルズの亡骸の横に置かれたのは、ヴェルズ化したシャドウ・リチュア。ヴェルズ・カイトスの死体だ。戦場から転移魔術で回収したものである。

 ___この二つを並べ、ノエリアはうっとりとした表情で魔法陣の中心に立つ。

 古の悪魔と根源となる邪念。この生命に反逆するかのような異物。ノエリアがやろうとしていることを知れば誰もが正気を疑うだろう。

 

「___さあ、儀式を始めましょう」

 

 だが、ノエリアを止める者はもういない。

 娘のエミリアも、義理の息子のアバンスも、彼女を慕うエリアルも、彼女を補佐するヴァニティも、彼女の親友のナタリアも。

 

 

 

 

 ___かつて名儀式師と呼ばれた『ノエリア』は、もうこの世界にはいないのだ。

 

 

 

「儀水鏡よ___悪魔を呼び覚ます鏡よ。ここに真なる力を呼び覚ませ。一つは悪魔。一つは邪念。ここに呼び覚ます贄は整った。我が名は『プシュケローネ』。この体と二つの贄を喰らい、今ここに力を呼び戻せ!!」

 

 儀式は起動し、三つの贄は捧げられた。

 リチュア・ノエリアは魔法陣から生まれた闇に包まれ、混ざり、溶けあい、悪魔と化した。

 黒い鱗、悪魔の羽、その身に宿すおぞましいほどの邪念。

 イビリチュア・プシュケローネは今ここに復活した。

 

「さて、まずは愛しの娘たちに会いにイキマショウカ。『転移』」

 

 悪魔は笑みを浮かべ、『転移』の魔術を使用。その行先にある悲劇を引き起こすために転移した場所は、リチュアのアジトの一角だった。戦闘音が響き渡り、あちこちに死体が転がり、血が壁や天井にぶちまけられている。

 魔術で操られ、上司であった人物に襲い掛かる大勢のリチュア兵士たち。その軍勢に必死になって対抗している二つの人影にプシュケローネは近づいた。

 二人は驚愕の表情でプシュケローネを目視する。

 

「お、お母さん……?」

「どうして、あんたが今ここに……いや、その前にその姿は……!?」

 

 ノエリアの娘と義理の息子、エミリアとアバンスは状況が全く把握できなかった。

 アバンスは早朝の自主訓練中、儀水刀から謎の干渉を感じとっさに鏡を割った。その後、操られかけていたエミリアを救出。魔術が使えない彼女を剣術のみで数時間守り切っていた。

 プシュケローネが現れると同時に、操られているリチュアの兵士たちは操作されていない人形のように動きを止めた。

 

「儀水鏡から貴方たちを感じなかったから、様子を見にキタノヨ。これはまた__無様にあがいているみたいね」

「っ!!エミリア、俺の後ろを離れるなよ!!」

 

 事態の急変を察したアバンスは刀を構え、戦闘態勢を解かない。一方のエミリアは実母の急変に状況が全く呑み込めていない。必死になってエミリアを守ろうとする彼を見てフフフと小さく笑うと、アバンスが瞬きをした瞬間を狙って彼の前に転移するプシュケローネ。アバンスが動揺した一瞬のスキを突き、彼の胸に触れる。

 

「な__」

「禁術『忘我(エクスタシー)』。親から逃げるなんて、悪い子」

 

 アバンスの体に魔法陣が浮かび上がると、ドクン、とアバンスの体に衝撃を感じない何かが走り抜けた。次の瞬間、アバンスから意識が失われる。エミリアを守るために握っていた剣は手の中からすり抜け、地面に金属音を響かせる。

 

「___アバンス!!!」

「心配ないわ、エミリア。貴方もこっちに来るのだから」

「貴方……誰!? お母さんはどこ!!?」

 

 ようやく感じる迫りくる恐怖で足を震えさせながらも、必死に叫ぶエミリア。大切な幼馴染に何か魔術をかけたその母親に似た『誰か』は笑みを崩すことなく、彼女にゆっくり近づく。

 

 死神

 

 近づくプシュケローネがそうにしか見えない。

 後ろに走らなければ。この場から逃げなくては!早く動かなくては!!

 頭でそう分かっているはずなのに、体がすくんで動けない。足は震えが止まらない。

 恐怖がエミリアを支配する。絶望が彼女の心を染め上げる。足から力は失われ、膝がすくみ、座り込んでしまう。

 涙を目にため、恐怖で震えあがる『元』娘を見て、『元』母親は歓喜で震えあがった。

 

「サア、コッチニイラッシャイ」

 

 悪魔は魔術も使えない無力な少女に手を伸ばす。

 

「や、やぁ……」

 

 恐怖と絶望にあらがうことなどできず、彼女にできたのは情けない声を出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔弾(マジックミサイル)!!!!!」

 

 

「あら」

 

 突然飛来した水の弾丸を後ろに飛んで回避するプシュケローネ。攻撃を仕掛けられた方向を見ると、既にフォトン・スラッシャーが大剣を振り上げていた。

 降り下げられた大剣の前に魔法陣の盾を発生させ防ぐと、そのまま『魔弾』の魔術でスラッシャーを吹き飛ばす。

 

「何……してるんですか!!お義母さん!!」

「あら、エリアル。貴方を娘と認めたことはないのですけどね?」

「そういえばそうでしたね___ノエリア!!」

 

 『絶望』という闇に包まれていたエミリアに『希望』の光が差し込む。

 エミリアの前に、エリアルとユウキが登場する。二人とも傷だらけであり息も荒いことから、ここまで来るのにかなりの戦闘を行ってきたことが見て分かった。

 今まで長として、義理の母親として見ていたノエリアに、初めて敬語を外して叫ぶエリアル。ユウキはエミリアに手を差し伸べ、彼女を何とか立ち上がらせる。

 

「ユウキ……エリアル……」

「エミリア、君は無事みたいだね。___イビリチュア・プシュケローネ、だな」

「やはり、『我』のことを知っていたか。まあ、問題はないのですが」

 

 ノエリアが変貌した悪魔を持ち前の知識で見破るユウキ。プシュケローネは驚くこともせず、ただただ邪悪にほほ笑む。悪魔は次の一手として、『忘我』によって意識をはく奪されたアバンスの体に触れさらなる魔術を施す。

 

「アバンスをどうするつもり!」

「こうするのよ。___『強制儀式 リヴァイアニマ』」

「な__」

 

 プシュケローネが生み出したリチュアの紋章がアバンスの体を通過すると、(アバンス)(リヴァイアニマ)に変化する。

 強制儀式__その名の通り、儀式を強制的に行うものだ。

 シャドウ・リチュアはオリジナルを除き、すべてこの強制儀式の魔術でソウルオーガへと変化させられる。本人の意思を無視し、無理やり儀式の悪魔へと変化させる。エリアルが生み出していない、リチュア特有の魔術だった。

 姿を変えたリヴァイアニマは開いた瞳を赤く輝かせ、咆哮を上げる。

 

「____ウオオオオオおおおおオオおおオオオォォォォおおオオォお!!!!!!!」

「アバンス……そんな……」

 

 先ほどまで自分を必死に守ってくれていた背中はもう見えない。彼女の目の前にはただただ悪意を自分たちに向ける竜と母の姿をした悪魔だけだった。

 ___エミリアの大切な存在は、もういない。

 再び絶望に囚われようとしている少女に、もう一人の少女が問いかけた。

 

「リチュア・エミリア。今やらなくちゃいけないことは何?」

「エリアル……」

 

 茫然としてしまい、今にも殺されてしまいそうなエミリアにエリアルは顔を向けることなく声をかける。今ここで何をするべきなのか。そんなことはよくわかっている。

 それでも、エミリアは先ほどプシュケローネから与えられた恐怖と絶望で体が動かない。さらに、大切な人を失った悲しみと自分をかばった形で悪魔の手先になってしまったアバンスへの罪悪感が重なる。

 目を開けているのに、目の前が真っ暗で動けない。真っ暗な闇の中にただ一人取り残されてしまっているような感覚に、エミリアは陥ってしまっていた。

 

「私は……」

「___アバンスがあのままでいいの!!?」

 

 あのままでいいのか。

 幼馴染の叫び声が彼女の心に突き刺さり、思い出されるのは彼と過ごした日々の記憶。

 

___わかったから、服を引っ張るな!もうガキじゃないんだぞ?

 

___まったく……わかったよ。ノート持ってこい。

 

___俺も。支えてもらってるのはこっちもだ。ありがと、エミリア。

 

___旅か……ああ、わかった。平和になったら、必ず。約束だ。

 

 

「そう、だよね……怖がってる場合じゃ、ないよね……」

 

 彼との日々。何気なくからかかったことも、ふとした仕草にドキッとしたことも、旅をするという約束。その約束は、今のままじゃ叶えられない。

 アバンスを___大切な人を取り返さなくては、後悔したまま生きなくてはいけない。

 何より___彼を失いたくない。

 自身を縛る呪縛をアバンスへの想いで無理やり引きちぎり、動かなかった足を無理やり一歩前へ動かし、目の前の最悪にエミリアは絶望せず向き合った。

 

「恐怖と絶望で溺れる最後のチャンスだったのに。実の娘だというのに呆れたわよ、エミリア」

「違う___今私の前にいるのは、ノエリアお母さんじゃない!!そんな言葉に惑わされることはもうないから!」

「『僕』も同意見だよ。僕が尊敬していたノエリアさんは、もういない。だから___私は今からあんたを叩きのめすことにする!プシュケローネ!!」

 

 二人の少女は大切な人を取り戻すため、『リチュア』という家族を崩壊させた悪魔を倒すため、悪魔の前に立ちふさがることを選んだ。

 プシュケローネはわざとらしくため息をついて、隠すことなく殺気を二人にぶつける。

 

「哀れすぎてもう何も言えないわ。___いいでしょう。その選択の報酬として、絶望と恐怖におびえた『死』を与えましょう」

「エリアル達がかっこよく決めてるとこ悪いけど、俺もいるからな。プシュケローネ」

「ええ。忘れるわけがないでしょ。___異世界カラノ異物メ」

「銀河眼の話じゃ、ノエリアが呼んだらしいんだけどね……もう、理由も聞けなさそうだな!!」

 

 無論ユウキにとっても関係のない話ではない。自分をこの世界に呼んだ人物はもういない。その事実はユウキの希望を奪うものだったが、今は関係なかった。

 目の前に、この世界でできた友人を苦しめる敵がいる。想い人の憧れを汚した悪魔がいる。ユウキ個人として、こいつは許せないだけの理由があった。

 デッキからカードを引こうと力強く手をかざした時、思わぬ横やりが入る。

 

「あんたは先に行きなさい」

「___は?」

 

 戦闘を始めようとするユウキをエリアルは止め、先に進むように促した。その理由が彼には理解できず、単調な言葉の中に怒りを宿した。

 だが、エリアルのユウキに顔を向けることはなく、ただ前を向き前を向き、敵を捕らえたままで後ろにいる彼に言葉を投げる。

 

「あんたがいると、守らなくちゃいけなくて邪魔なのよ。さっさと行きなさい」

 

 言葉だけなら、エリアルは本当にユウキのことを邪魔としか思っていないように見える。___そうではないと確信する。ユウキは今の言葉だけで彼女の言いたいことを理解できてしまった。

 少しの間のようで、非常に濃い時間を過ごしてきた彼女。本当の彼女の性格。リチュアという仮面の裏にある、エリアルという少女。

 自分が思いを寄せる彼女と共に戦いたい。それがユウキの本音だ。だが、それは彼個人の理由であって、彼がこの世界に呼ばれた理由ではない。

 必死に自分の想いを抑え、歯を食いしばり、エリアルに返事をする。

 

「___エリアル、エミリア。アバンスと生きてまた」

 

 出口に向かって走り始める。彼が走る先を見越してプシュケローネが魔術を放つが__

 

「『魔盾(シールド)』!!」

 

 それを読んでいたのか。エリアルが投げたカードから障壁が生み出され、走り始めたユウキを魔術から守る。そのまま続けてカードを使用。生み出された魔法陣に魔力が集まり、一発の巨大な砲弾を形どる。

 

「『呪砲(カノン)』!!」

「『魔盾』」

 

 意趣返しということか。エリアルが放った呪砲はプシュケローネが使用した魔盾によって受け止められ、そのまま消滅してしまう。

 

「エリアル!!」

「いいから走りなさい!!!」

「っ……くっそおおおおお!!!!」

 

 自分の想いを無視してまで、戦わなくてはいけないこの状況。誰にぶつけたらいいのか分からない怒りを叫びに変え、ユウキは走り続ける。

 ユウキの姿が見えなくなったことを確認し、エリアルはエミリアに自身のカードを渡す。

 

「__そう、それでいい。エミリア、これを」

「これは……魔術が書かれたカード?」

「使いきりだから、慎重に使いなさい。これがあれば、プシュケローネとも戦える」

「ただ絶望する時間が先になっただけでしょ? 本当に愚かね」

 

 娘と部下をあざ笑うプシュケローネと悪魔に従うリヴァイアニマ。二つの巨大な力に立ち向かう少女。勝てるかどうかなど知ったことではない。大切なもののために戦うと決心をしたのだから。

 

「エミリアはアバンスを元に戻して。あんたの魔力を込めれば、あいつの心には届くでしょう」

「……お母さんと戦うつもり?」

「いくら意識がなくても。もうノエリアさんじゃなくても。母親を殺させるわけにはいかないでしょ?」

 

 乾いた笑みを浮かべるエリアルにエミリアは悲しさしか感じなかった。

 娘と認められていない。

 それは彼女にとってのトラウマ。それを理由にしてプシュケローネに立ち向かおうとしていた。傷をえぐっても、彼女は立ち向かおうとしていた。

 

「ゴメン……」

「謝らないの。私がやることだから、やるだけ。アバンスのことはよろしく」

「……うん。絶対に元に戻すから!」

 

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