端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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ひとまず、区切りです。


第九話ー後編 それぞれの想い、それぞれの戦い

 時の流れと共に、戦場はさらに激化していた。

 

「ビーハイブ!!さっきからヴェルズの発生速度が速くなってないか!?」

「そんなこと言われてもな!!」

 

 ジェムナイト・パールとセイクリッドの上級戦士 ビーハイブは次々と発生するヴェルズの大群に手を焼いていた。彼らは知る由もないが、プシュケローネが蘇った影響で発生速度が上昇していたのだ。一応、セイクリッドたちと同じ力、エクシーズのパールもヴェルズを倒すことはできてはいるものの、対処が追い付かないのが現状だった。

 そんな中、彼らの周りにいるヴェルズが突如天空から降り注いだ光によって蒸発すると、二つの男性の声が耳に入ってきた。

 

「ビーハイブさん!」

「カストル!ポルクス!来てくれたか!」

 

 ヴェルズに囲まれているパール達の元に、『双子座』を司る騎士が援軍として参戦する。兄のセイクリッド・カストルと弟のポルクス。二人で一つの星座を司るセイクリッドだ。

 駆け付けた二人はすぐさま油断していたヴェルズを撃破。一時的にだが、周囲の戦力を削ぐことに成功する。頼もしい戦力の登場に思わずパールとビーハイブの表情も柔らかくなった。

 

「向こうはなんとか持ちそうです。助太刀しますよ!」

「ビーハイブさん、パールさん、お手伝いします」

 

 冷静だが優しい兄のカストル。明るくムードメーカーのポルクス。彼らの最大の武器は連携だ。別々に戦うのではなく、二人が前衛・後衛を切り替える戦い方。

 カストルが攻撃をした隙を、ポルクスが完ぺきなタイミングでカバー。攻守をすぐ入れ替える。今まで戦いの経験を積んできたパールですら、その動きはまねできないものだと感心する。

 

「流石だな!」

「へへ!僕と兄さんなら敵なしです!」

「おい、ポルクス。思ってても戦場でそんな考えは言葉にするな___後ろ!!」

 

 カストルが叫ぶとパール達はすぐさま後ろに飛ぶ。その直後、彼らがいた場所から突然炎の柱が噴き出した。

 

「あら、よけたのね。やはりセイクリッドは目障りね」

「その声は……!」

 

 パールが見上げた先には黒い悪魔__イビリチュア・プシュケローネが笑っていた。

 今は『ジェムナイト』ではあるが、元をたどればリチュアとジェムナイトのエクシーズ。その長の変わりようにパールは驚いていた。だが、その見た目から敵と判断。戦闘態勢を解くことはしない。

 

「あれはヴェルズ……? いや、人間?」

「悪魔よりの人間だろう。もっとも、俺たちに敵意どころか殺意を抱いている時点で、敵であることは変わりない。__やるぞ、ポルクス」

「わかった!」

「愚かね。相手の力量も読めないなんてね」

「それはあんたのことじゃないかな!!」

 

 プシュケローネに挑む双子のセイクリッド。自分に迫りくるセイクリッドにもプシュケローネはうろたえることはなかった。

 まずはポルクスがプシュケローネに接近。それに対し、プシュケローネはすぐさま魔法陣を展開し、追撃の『魔弾』を放つ。自身に迫りくる魔弾にすぐ反応したポルクスは魔弾を一閃。攻撃後の弟の隙は兄が埋める。カストルがポルクスの前に出て、プシュケローネにさらに接近。攻撃の間合いに入ることに成功する。

 

「その邪念、断ち切らせてもらうぞ!」

「やれるものならね。『入減(デス)』」

「甘いよ!!」

 

 プシュケローネのカストルの動きを見越した攻撃ですら、彼らの連携の前では無意味となる。『入減』の魔術はポルクスが片手に宿した星の光で打ち消す。悪魔の『死』さえも、希望の星はかき消す。

 カストルの剣がプシュケローネを切り裂く。邪念はそのまま断ち切られる__はずだった。

 

「だから、甘いのよ」

「……!!ポルクス、下がれぇ!!!」

「自分より弟の心配、ね。禁術『上書(オーバーライト)』」

 

 自分の体に刺さっている剣をわざと握り、プシュケローネは接近した二人に触ようとする。その直前、カストルはポルクスを後ろに蹴り飛ばすことで無理やり回避させる。__自分の身を犠牲にしてまで。

 黒い泥のような『上書』の魔術によって、プシュケローネの中にあるヴェルズの力がカストルへと流れ込んでいく。

 

「があああアああアアアアア!!!!」

「に、兄さん!!」

「ああアアア!!!ポ、ポルクス……!オレヲ……オレヲタオセェぇェエエエ!!!」

「アハハハハ!!!闇に染まりなさい!!憎きセイクリッド!!!」

 

 カストルの純白の体、星の力、騎士の誇り。彼の全てが邪念に浸食されていく。体は黒く染まり、自我は崩壊。浸食された証として、鎧にヴェルズの紋章が浮かび上がった。___セイクリッド・カストルはたった死亡し、邪悪なる騎士『ヴェルズ・カストル』が今ここに誕生した。

 変貌してしまった兄を見て呆然とするポルクス。だが、既にセイクリッドとしての意思はないヴェルズ・カストルは目の前の『敵』に攻撃を仕掛ける。

 

「!!ドッリクイセ(セイクリッド)

「何をしているんだ、カストル!!!」

 

 様子がおかしいことに気づき、他のヴェルズと戦っていたビーハイブがカストルとポルクスの間に割って入る。上官の姿を目にしても、カストルから殺意が消えることはない。受け止められた腕から力が抜けることはない。

 この悲劇の製作者であるプシュケローネは喜劇を見ているかのように楽しそうな声で笑う。

 

「アハハ!!無様ね、セイクリッド!!」

「貴様、何者だ。カストルに何をした!」

「冥土の土産に教えてあげましょう。『我』はプシュケローネ。古の悪魔の一体」

「___詳細は分からないが、敵であることは理解した」

 

 押し切られる前にカストルを蹴り飛ばし、均衡状態から脱出。プシュケローネをにらみつけるビーハイブ。その横にパールも降り立つ。

 プシュケローネはにやにやと笑いながら、半身がリチュアであるパールにも悪魔の手を差し伸べる。もちろん、すでに敵と判断したパールの決断は揺るがない。

 

「パール。貴方もこちら側に」

「行くわけないだろ。くだらない愚問はするな」

「___ポルクス。カストルは君が倒せ」

「ビーハイブ、それは……」

 

 ビーハイブはプシュケローネを睨み警戒を解かず、ポルクスに非情な指示を出す。それは、セイクリッドではないパールが聞いても非情で残酷な指令だった。つい先ほどまで兄だったものを、敵として判断し自らの手で引導を渡せ、というのだ。

 下を向くポルクスは___一人で立ちあがり、決意をもって顔を上げた。

 

「わかり、ました。僕が兄さんを、ヴェルズ・カストルを倒します」

「頼んだ。パール、君は俺と共に奴を倒すぞ!」

「……わかった」

 

 ポルクスの言葉に迷いはなかった。セイクリッドとしての誇り、そして最後に兄が自分に託した言葉が迷いを断ち切った。すべては、ヴェルズを倒しこの星を守るため。

 一人となっても、胸に宿る『双子座』は消えないのだから。変わってしまった兄と対峙する。カストルの眼は『敵』だけを映していた。

 一度目を閉じ、息を整える。心を整理し、戦場を把握する。星の騎士団 セイクリッドとして、ヴェルズを討伐するのだ。

 

「行くぞ、ヴェルズ・カストル。その邪念を断ち切る!!」

「!!!ゥゥゥスクルポ(ポルクスぅぅぅ)

 

 悲しい兄弟喧嘩が始まるのと同時に、プシュケローネとパール・ビーハイブの戦いも始まろうとしていた。

 

「彼らほどではないが、俺たちのコンビネーションを見せてやろう。プシュケローネ!」

「その肉体、元リチュアの一員として返してもらうぞ!!」

「貴方たちも堕としてあげる。さあ、絶望しなさい」

 

 

 

 

 

「戦況は悪化しつつあるか……。ウィンダ、無理はしていないか?」

「無理しないと、こんな場所に立てませんよ……『cyclone』!!」

 

 戦況を見極めるプレアデス。ヴェルズの発生速度が上昇していることからポルクス・カストルをビーハイブ達の元に向かわせたのも彼の指示だ。

 ただ、彼のいる戦場も気を向ける状況ではない。ウィンダにサポートしてもらっているものの、ヴェルズの勢いは止まらない。次気づいたときには命がないかもしれない極限の状況でウィンダの精神は限界に近づいていた。

 

「今戦闘不能になるのは非常にまずい。下がることも候補に入れるべきだ」

「みんな戦っています。長代理として下がる訳には……!」

「勇気と無謀は違うぞ。長は皆を把握していなくてはいけない」

「キュイぃ……」

「どうやら、とっくに君の相棒は気づいていたようだな」

「ガルド……」

 

 巨大化したガルドはとっくに彼女の限界に気づいていたようだ。少し前から彼女が魔術を使わないように飛び回り、負担を減らそうとしていた。幼いころから付き合っていたガルドがウィンダの不調に気づかない訳がなかったのだ。

 ___泣きそうになりながら、必死になって恐怖を抑えて立ち上がる少女に追い風が吹き始める。

 

「そうだ。無理なら下がるべきだぞ、ウィンダ」

「___!お父さん!!」

「私もいるよ!ウィンダさん!!」

 

 ずっと聞きたかった家族の声が後ろから聞こえると、顔から恐怖は消えやっと笑みが戻ってくる。彼女の後ろにはイグルに乗った父、ウィンダールと妹分のファイの姿が見える。

 イグルはガルドの隣で止まると、ウィンダは思わずウィンダールに抱き着く。

 

「お父さん!!!」

「おおっと……心配かけたか。貴方がセイクリッド様ですか」

「そうだ。プレアデスという。ガスタの長、私の力の一部を貸そう。___共に戦ってくれ」

 

 プレアデスが手から生み出した星の光がウィンダールの杖に宿る。ウィンダールは光が宿った杖を見つめたあと、魔法陣が展開させる。バチバチと緑色の閃光を放ち、プレアデスもハッとするほどの魔力が発生。小さくもはっきりとした声で、ウィンダールが裁きの光を戦場にもたらす。

 

「『thunderbolt』!!」

 

 魔法陣から放たれるは、一筋の光。巨大な雷が目前のヴェルズの大群を走り抜ける。一瞬の静寂の後、爆音が戦場に響き渡った。

 凄まじい威力の魔術を撃ちながらも、ウィンダールの表情は全く変わっていない。魔術使用の疲労など全くないようだった。

 

「ざっと、こんなものでしょう。そう連発できるものでもないですが」

「これは……ヴァイロン並みの威力。さすが、ガスタの長といったところだな」

「ええ。里を守るのが長の使命ですから」

 

 ガスタが得意とする風の魔術。その上位にあるのが雷の魔術。インヴェルズの戦いの時、ウィンダもヴァイロンのサポートがある状況で使用したが、かなりの魔力を使用した。連発などできるわけがないと思い込むレベルでの消費だった。

 父の本気を見たウィンダは息をのむ。そんな彼女の後ろにはファイがくっついており、少しずつ体力と魔力が回復しつつある。

 

「ウィンダさん。無理しすぎです」

「……え」

「生命の鼓動が弱くなってます。そんな無理したら、私は悲しいです……」

「ご、ゴメン」

「___お待たせしました。ここから反撃と行きましょう」

 

 ファイのその言葉とともに、遠くから地響きが発生する。

 ウィンダでもわかるほどのエネルギーが彼女たちに近づいている。それらは勢いよくヴェルズたちに飛び掛かると、灼熱の炎で燃やし尽くす。

 

「___ラヴァルをなめるなよ!ヴェルズ!!」

「ラヴァルの皆!!救出は無事成功したの、お父さん!」

 

 ウィンダの質問に優しく笑みを浮かべるウィンダール。ノエリアに操られなかったラヴァルの救出は成功し、今セイクリッドたちに合流する。

 ラヴァルの炎だけではヴェルズを完全に消滅させられない。プレアデスはすぐさま近くにいるセイクリッドたちを集め、各々にラヴァルにも星の力の一部を分け与えるように指示を出す。

 

「救出できたラヴァルは全体の三分の一。それが限界だった」

「救出できる命には限りがあるのさ。ウィンダール、助かったよ」

「本来ならラヴァルの長も来る予定だったのだが……別件があると言って別の場所に行ってしまった」

「とにかく、ここから反撃の狼煙を上げるとしよう!!」

 

 

 戦場の舞台はクリスタとナイトメアへと戻る。___もっとも、『戦闘』と立派に言えるほどクリスタは戦えていない。

 ナイトメアから繰り出される剣をギリギリかわすことはできても、クリスタ自身の攻撃は先ほどから一撃も当てられない。防戦一方、ただただ体力を消耗するだけ。

 常人よりも圧倒的に多い体力を使い切って息を荒くするクリスタを見下し、息一つ切らしていないナイトメアは呆れ交じりの声で彼を罵倒する。

 

ナイワヨ(弱いな)

(一発も当てられないとは……これが、エクシーズを得たヴェルズの力、なのか)

 

 クリスタが弱いわけではない。ただ、ナイトメアに宿る邪念が強すぎるだけ。たったそれだけだが、その力の差は絶対。この世界の英雄であるクリスタは敗北寸前まで追い込まれていた。

 全身に鞭をうち、何とか立ち上がるが最早勝機はなかった。それでも、クリスタの中から最期まで戦うという意思が消えることはしない。

 クリスタを絶望の闇に葬るため、この世界の希望を消すため、ナイトメアは地を蹴り刃を光らせる。一秒、また一秒と彼の死が近づいていくが、クリスタにその攻撃を避ける力は残っていない。

 彼にできるのは、ただ死を迎えることを想像することだけ。

 

(ここまでか……!あとは、頼む……!)

 

 目をつぶり、それが永遠の暗闇だを信じ込み、クリスタは未来を託して_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ぼさっとしてんだぁあああ!!!クリスタぁあああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心を震わせるような叫びが木霊し、クリスタの後ろから猛烈な勢いで何かが飛び出す。

 クリスタが感じたのは__猛烈な熱気。

 こちらに走っていたナイトメアは回避することができず、炎をまとった拳を顔面に喰らい、後ろに勢いよく吹っ飛ばされる。

 ナイトメアを殴ったのは、その鎧を身にまとう竜人。クリスタとも戦ったことのある、ラヴァルの長の背中は希望を与えるには十分なほど大きく見えた。

 

 

「まさか、お前に助けられるとはな____ジャッジメント!!」

「ケッ!!そういうお前はだらしねぇな!!___立てるよな!!?」

 

 

 ラヴァル最強の戦士、ラヴァル・ジャッジメントは皮肉を言いながらも頬を上げクリスタに手を差し伸べる。その手をとり、ジェムナイト最強の戦士は再び立ち上がる。『好敵手』の前で、無様な姿はもう見せられない。空っぽだったはずの体に力が戻る。

 クリスタの元へ駆けつけたのはジャッジメントだけではない。ジャッジメントの肩から少女の声が聞こえてきたのだ。

 

「クリスタさん!!」

「ラズリー!? 君もいたのか!?」

「はい!とある方が私の力が必要だって!!」

 

 戦場に立つことのなかった幼いラズリーの姿を見て、クリスタは驚きが隠せない。何故、誰が。そんな疑念が頭を埋め尽くす。そのわずかな時間でナイトメアは既に復帰し、手のひらを彼らに向ける。周囲の闇が手のひらに集まると、邪念の塊が形成され、今まさに放たれようとしていた。

 

「!!デロコトタエフガズカ(数が増えたところで)

「あらあら、よそ見をするとは余裕ですね。ヴェルズ」

 

無論、そんなピンチを創るために彼らはクリスタの元に参上したのではない。最期の援軍である女性の声が上空からしたかと思うと、ナイトメアの前に『光』が現れ横蹴りを叩き込む。

とっさに反応し、両腕で回し蹴りを受け止めたナイトメアはその忌々しい名を叫ぶ。

 

「!!ドッリクイセ(セイクリッド)

「ええ。おとめ座を司るセイクリッド・スピカと言います。以後お見知りおきをっ!!」

 

 女性のセイクリッド、スピカは受け止められている方の足を軸にしてもう片方の足で回転蹴りを叩き込む。決定的な一撃にはならないものの、不意を突いた攻撃はナイトメアに確かに入る。

 再びナイトメアとの距離が開くと、スピカは少し微笑んでラズリーへ近づき彼女の顔を見る。ラズリーも決意を秘めた顔でうなずくと、スピカの手を握った。その意味が理解できず、クリスタが声を漏らす。

 

「スピカ……一体何を?」

「星の悪魔が私に伝えてくれました。この状況を打破するにはこの子の『融合』の力が必要だと」

「ラズリーの、融合だって?」

 

 この幼きラズリーが融合する。クリスタはその意味が分からなかった。

 確かに、ラズリーもジェムナイトの一人。彼女の姉妹であるラピスは融合を行うことができた。ならば、彼女にできないことはないだろう。

 だが、なぜ彼女なのか? その理由が思いつかない。そもそも、インヴェルズとの戦いにおいて大切な姉妹を失い、戦いに対して恐怖を覚えていた彼女がなぜここにいるのか。

 その疑問を見抜き、ラズリーが口を開く。

 

「クリスタさん。おそらく、私が『天空』の核石を持っているからだと思います。空に浮かぶ星。ジェムナイトさんたちとも融合できるはずです」

「それはそうかもしれないが……」

「オイオイ、何でこいつがここにいるのか。わからねぇのかよ、クリスタ」

 

 呆れ顔のジャッジメントの質問の意味。それがどういうことなのか、今のクリスタは本気で分からなかった。その答えを伝えるべく、ラズリーは自分の意思を、決意を伝える。

 

「クリスタさん。私は『ジェムナイト』です。___あの時のラピスと一緒です。誰かを守るために、ここにいるんです!」

「____」

 

 いつの間にか、守る者として見ていた幼いラズリーは既にジェムナイトの一員としての精神を培い、今ここに『守る』ために戦場に降り立った___クリスタ自身と同じなのだ。

 その成長速度にクリスタは言葉を一時の間忘れてしまうほど、感動を感じてしまう。

 

「この戦場にな、覚悟のねぇ奴なんていねぇんだよ。それくらい分かってんだろ」

 

 ダメ押しとばかりに、ジャッジメントの言葉がクリスタの心に響く。

 

 この戦場に覚悟のない者はいない。

 

 当たり前のことだ。みな、勇気を振り絞って戦っている。戦うと、そう選択して立ち上がったのだ。覚悟の強さに歳は関係ない。そんなこと、他の部族を見ていればよく分かる話だったのだ。

 ___少女の決意は固まった。もう一度ラズリーとスピカはお互いの顔を合わせ、頷く。

 

「さあ、ジェムナイト・ラズリー。私と融合を」

「はい!___ジェムナイト・フュージョン スタート!!!」

 

 宝石のように輝く神秘の渦がラズリーとスピカの真下に発生し、その中で二人は溶け合っていく。『天空』に輝く『星座』。異なる種族が一つとなり、新たな力をここに生み出す。

 渦から一筋の光が空に向かって飛び立つと、中から白き翼が身に待っている光を粒子に変え、新たなる戦士がここに誕生する。

 白き翼を持ち、青いマントを羽織る女騎士。光り輝く剣。星の力を秘めた胸の宝石。

 

「私は、ジェムナイト・セラフィ!!今、この世界に希望をもたらしましょう!!」

 

 ラズリー改め、ジェムナイト・セラフィの放つ光は戦う全て仲間の体力と魔力を回復させ、星の力を与える。その恩恵をクリスタも受けていた。そのあまりにも大きく、そして美しい力にクリスタは感動し、目の前の敵と再び対峙する。

 

「ヴェルズ・ナイトメア!どうやら、私はまだ死ぬわけにはいかないようだ!!」

「当り前だ!お前は俺が倒す。それを邪魔する奴は、誰であろうとぶっ飛ばす!!」

「!!ロミテッヤ、ラナノモルレヤ(やれるものなら、やってみろ)

「ジャッジメント___行くぞ」

「言われなくてもな!」

 

 クリスタが差し出した拳に、ジャッジメントも拳を合わせる。エクシーズが相手であるという苦しい状況であっても、二人は笑っていた。

 まったく同じタイミングでジャッジメントとクリスタは大地を蹴る。共にナイトメアへと接近すると、対するナイトメアは剣を抜いて撃退体勢をとる。

 まったく同じ速度でナイトメアへ横並びで走る二人。先に仕掛けたのはジャッジメントだ。右手に宿した炎を中距離で手のひらから放つ。それほど単純な攻撃を喰らうナイトメアではなく炎を剣で横払い、炎ごと切り裂いて無力化。だが、一瞬ナイトメアの視界から二人が消える。

 立ち込めた炎の中から飛び出してくるのは、一つの影。

 

「おらぁあああ!!」

「!」

 

 今度は左手に炎を宿し、ジャッジメントはナイトメアへと殴り掛かる。邪念を帯びる剣など全く恐れることなく、ジャッジメントは己の肉体と武術で邪念に挑む。

 黒い炎と化した邪念と灼熱の炎が激突する。漆黒の剣と白い鎧がぶつかり合う。邪念すら燃やし尽くしてやると言わんばかりにジャッジメントから炎が燃え上がり、それを飲みつくすかのようにナイトメアの邪念も強くなる。

 

「はぁあああ!!」

 

 燃え上がる黒と赤の炎の中、光を受け煌く宝石の戦士が参戦する。クリスタが光の宿した拳をナイトメアの開いている腹部に叩き込もうとするが、これもナイトメアは反応。空いている片手でクリスタの拳をつかむ。

 このまま二人とも邪念で浸食してやろうと、ナイトメアの握る力が強くなった__のを確かめると、二人は全く同時に蹴りをナイトメアへと叩き着込んだ。クリスタ一人だけではあまり効果のなかった攻撃も、二人がシンクロして行えばその力は何倍にも膨れ上がる。

 その『想定外』の力に初めてナイトメアが苦悶の声を上げ、後退る。蹴りが入れられた部分からはどす黒い煙が立ち上がっていた。

 

「クリスタぁ!!」

「やるぞ、ジャッジメント!!」

「!!ナルメナ(なめるな)

 

 再び大地をまったく同時に蹴りナイトメアへと急接近を始めたタイミングを狙い、ナイトメアは自身の邪念の剣に集めて横に振るう。黒い斬撃が二人へと襲い掛かる。

 

「硬度、一時上昇」

 

 斬撃に臆さず立ちふさがったのはクリスタ。腕の硬度を上昇させクロスガード。数秒間だが斬撃を受け止め、腕を振り払って後ろに受け流す。防御している間にジャッジメントがナイトメアに接近。両手に炎を宿し、ナイトメアに叩きつけようとする。

 だが、それは先ほどと全く同じ戦法。それを読めないナイトメアではない。バックステップで後ろに飛び、ジャッジメントとの距離を開ける。その反応速度ならジャッジメントが両手から炎を放出しても余裕で間に合うだろう。

 

「そうくるよなぁ……普通はなぁ!!!」

「!?」

 

 ジャッジメントが突然体制を低くして、停止する。そして彼の背中を超えるように一つの影__クリスタが飛び出していた。

 クリスタが地面につく前に、ジャッジメントは炎ごとクリスタの足を殴りつける。するとどうなるか。もちろん、炎も含めた反力でクリスタの体はさらに加速するのだ。ナイトメアの反応速度を超えるほどに。

 爆炎に包まれながらクリスタは回避行動中のナイトメアに突っ込み、そのまま懐へと突撃をくらわせる。高速で突っ込んでくるダイヤモンドの衝撃は想像するまでもない。普通の生物の体なら貫通してしまうかもしれないほどの威力。それが直撃したのだ。体は大きくよろめき思わず膝をついてしまうナイトメア。___好機は、訪れた。

 クリスタは光を、ジャッジメントは炎を両手に宿らせラッシュを叩き込む。生み出されるのは逃げ場のない光と炎の流星群。

 それはお互いがお互いを認め合っているから生み出される『完璧』なラッシュ。初めて対峙した___インヴェルズを目覚めさせるため、リチュアに利用されていた時から戦い続けていたから、できるただの運が呼び起こした『偶然』ではなく、結束が生み出す『必然』。

 二人の拳がナイトメアの頭部に炸裂する。頭部にひびが入るほどの一撃をくらい、よろめいたチャンスを合図に二人の戦士は咆哮を上げる。

 

「「だあぁああ!!!!」」

 

 四つの拳の嵐がナイトメアを飲み込んでいく。対峙した相手を確実に討ち倒す嵐の前にヴェルズ・ナイトメアは防御すら許されない。全身に星の力が流れ込んでいくと、今度は全身からどす黒い煙が上がり始める。

 

「!!!!エエエェレノオ、オ(お、おのれぇえええ)

 

 最期の悪あがきとしてか。ラッシュの嵐の中でナイトメアはクリスタとジャッジメントへと手を伸ばす。自身の邪念を取り付け、彼らの肉体を乗っ取り復活するためだ。

 ___それが『不可能』であると、ナイトメア自身が一番よくわかっていたのに。

 

「消え失せろ!!邪念野郎!!!」

「『私たち』の勝ちだ!ヴェルズ・ナイトメア!!」

 

 二人の拳がナイトメアに同時に叩き込まれる。

 黒い体の中から光があふれ始め、古き時代の悪魔の体は塵となって消えていった。ここに一体の邪念は消え去った。

 だが、燃え上がったジャッジメントの闘志は消えることはなく、共に戦ってくれる友の姿を見たクリスタも体に力が蘇ってきた。何より、まだ戦いは終わっていない。まだ止まることは許されていない。

 

「ここまできれいに連携できるとは、自分でもびっくりだ……」

「何ぼさっとしてんだ。まだ終わってねぇんだぞ」

「そうだな___加勢に行こうか!」

 

 

 

 

「『彗星(メテオストライク)』」

「うおおおお!!!」

 

 プシュケローネと戦闘を続けるパール。ディシグマを撃退した一人でもある彼は空から降り注ぐ彗星を己の拳で砕いて防御する。今の魔術が効かないとわかると、プシュケローネは新たな魔術を展開。パールを葬るためにその名を読み上げる。

 

「『核撃(アトミックブラスト)』」

「っ!!」

 

 自分の今いる位置に魔力の塊ができていることに気づいたパールはすぐさま後ろに回避する。だが、その爆発から逃げるには時間が足りなかった。

 強力な爆発がパールに襲い掛かる。いくらエクシーズの彼でもその魔術を防ぎきることはできず、白い体に黒い焦げ跡が無数についてしまう。

 

「……とんでもない破壊力だな。それにあんたのことだ。俺が倒したとしても何か仕掛けてるんだろ」

「それはどうかしらね。『爆撃(ボミングレイド)』」

「次から次へと高威力の魔術をっ!!」

 

 リチュアの力を持ち魔術に耐性のあるパールでも、ここまで高威力の魔術を連発されると防御すら意味をなさなくなってくる。何とかしたいところだが、突破口が見つからない。

 パールの考える暇もなく次々と高威力魔術が彼を傷つけ、ついに体にひびが入ってしまう。

 

「いくらエクシーズといえども所詮は生物。脆いものよ」

「くっ……」

「それ以上、私の仲間を傷つけさせんぞ。リチュア!!!」

 

 肩を押さえるパールのもとに、ナイトメアを倒したクリスタとジャッジメントが駆けつける。プシュケローネの姿を見た二人の心は怒りの炎で燃えていた。

 クリスタは仲間を傷けられたことの怒り。そして、自分を支えてくれたパールを傷つけられ、多くの命を奪われたことの怒り。

ジャッジメントは種族を裏切り、自分たちをはめたことへの怒り。

 戦いで命を落とし誇り高く散っていくことを目標とする自分たちラヴァルから意識を奪い、手駒として扱い無残に殺されていった仲間たちの無念を晴らす。それが、ラヴァルの長としての役目だとジャッジメントは確信している。

 パールを後ろに下がらせ、二人の長は悪魔に静かに怒りの言葉をぶつけた。

 

「___もう何も言わねえ。ノエリア、お前をぶっ倒す」

「パール、少し下がれ。ここからは___私たちでケリをつける!!」

 

 二人の長を目の前にしてもプシュケローネから余裕が消えることはない。走りくる二人に魔法陣を展開し、追撃を行うだけ。むしろ心は喜びに満ちていた。___邪魔者を葬れるという喜びに。

 

「『爆撃』」

「ついてこい、クリスタぁ!」

「頼むぞ、ジャッジメント!」

 

 迫りくる爆炎にジャッジメントは臆さずに突っ込み、クリスタはその後ろに続く。無謀のように見える行動だ。重傷が約束されるような行為だ。

 ___だが、『炎』を司る戦士を侮っていてはいけない。

雄叫びを上げながら、『爆撃』の魔術を自身の爪で切り裂いていくジャッジメント。彼の後ろには炎の存在はなかった。

 なめるなと。ふざけるなと。俺たちを甘く見るなと。ジャッジメントの雄叫びが戦場に木霊する。

 

「リチュアぁ!!!!俺を誰だと思っている!!この世界において『炎』を司り、戦の中で散る誇り高き種族___ラヴァルの長、ジャッジメントだぁああああ!!!!!!」

「まさか『爆撃』を切り裂くとは、とんだ馬鹿力ね」

「てめぇが悪魔だろうが何だろうがカンケ―ねえ!!!ぶっ飛ばす!!ただそれだけだぁあああああ!!!!」

 

 燃える体と心。自身の炎を力に変え、憎き種族の仇へと接近する。

 

 

 

 無論、それが罠であると知る由もなく。

 

「『雷鎖(ライトニングバインド)』」

 

 殴りかかるジャッジメントの前にいつの間にか展開されている魔法陣。雷をまとった鎖がジャッジメントの体を縛り上げる__前に、後ろのクリスタが動く。

 飛び出した鎖をつかみ上げ、ジャッジメントに触れないように引きちぎる。当然、鎖がまとっていた電撃は彼に流れ、強烈な衝撃がクリスタの体に襲い掛かる。

 クリスタは声を上げることはしなかった。

 

(これくらいの痛み……パールや種族を守れなかったジャッジメントのものと比べたら!!)

 

 同じ長として、種族が傷けられる痛みはよくわかっていた。戦で誇り高く散ることが本望だというラヴァル。だが、残されるものがそれを良しとしないのはどこも同じだ。敵を討ちたいというのもよくわかる。

 

「いけ!ジャッジメント!!ラヴァルの怒りをぶつけてやれ!!」

「_________!!!」

 

 声にならない叫びをあげながらジャッジメントは爆炎を宿した拳をプシュケローネへと叩き込む。ジャッジメントの拳はプシュケローネの体を突き抜け、貫通する形になる。___まったく手ごたえのない体を。

 クリスタが異変に気付くころには既に二人の上には、彼らをしとめるための魔法陣が描かれていた。黒く禍々しい魔力を放つ魔法陣の上に、プシュケローネがゆがんだ笑みを浮かべ宣告する。

 

「禁術『破滅(ドゥーム)』」

 

 おぞましい死の砲弾がジャッジメントとクリスタを襲う。防ぐことはできない。触れればその瞬間に命を落とすだろうと、直観でクリスタたちは気づいていた。

 だからこそ、プシュケローネはこの状況を用意した。クリスタがジャッジメントをかばい、ジャッジメントは全力の一撃を自分にぶつけ、決定的な隙ができる状況を。

 回避は不可能。そう確信するプシュケローネ。

 

 だが、魔術が二人に衝突することはなかった。

 

 二つの光が『破滅』の魔術にぶつかる。白き光をまとったヒアデスとセラフィが押し返そうとするが、均衡状態に持ち込むのが精いっぱいだった。

 

「そうは、させません!!!」

「ったく、めちゃくちゃだなぁ!!」

「ラズリー!!」

「く、クリスタさん!私たちはいいですから!」

「本当は手伝ってほしいけどね!!でも、あの悪魔を倒したいんだろ!?ぼさっとしてないで早く行って!!じゃないと、持たないからイデデデ!!!」

 

 白い光は闇に浸食されようとしている。いくらセイクリッドの戦士とその力を持つセラフィでも長くは持たない。

 両足にありったけの力を入れ、ジャッジメントは飛び上がる。翼など不要。今の彼はプシュケローネを倒すまでは止まらない。飛び上がった後は、自身の炎で空中を移動する。

 

「逃がさねぇ!!」

「面倒ね」

 

 つまらなさそうな顔で待ち構えるプシュケローネを見て、さらに怒りの炎が増す。全身から吹き出す炎がさらに激しくなると、移動速度も上昇した。

 再びジャッジメントはプシュケローネに拳を繰り出すが、『魔盾』の魔術に受け止められてしまう。ならばと、守られていない箇所へ拳を叩き込むがそれもまた『魔盾』に受け止められる。

 目の前に宿敵がいるのに、拳一つすら通せない。その現状に対する怒りがさらに炎の勢いを増加させる。そんな無理やり『魔盾』を壊そうとするジャッジメントに呆れ声でプシュケローネは言葉を投げた。

 

「そんなに私が憎い?」

「当り前だ……!お前をぶっ倒さねぇと、ラヴァルの奴らは何で死んでいったのか理解できねぇ!!」

「あらあら、ずいぶん強烈な怒りだこと。こちら側に来ていれば、楽になれたでしょうに」

「ほざけ……!お前と俺をいっしょにするな!!」

「同じでしょ。怒り、憎しみ、恨み、後悔。そういった負の感情を抱き戦う。何も変わりないでしょうに。『魔刃(スレイヤー)』」

 

 新たに生まれた魔法陣から放たれる黒い刃はジャッジメントの腹部を狙い撃つ。だが、少しだけ彼のほうが対応が早かった。足から炎を放出し、上空へと舞い上がる。その際、サマーソルトを決める算段もあったが回避されてしまった。

 プシュケローネの真上を取り、炎を噴出させて一気に距離を詰めてラッシュをかける。だが、どうあってもプシュケローネの守りを崩せない。

 はぁ、と小さくため息をついて、プシュケローネはジャッジメントに最後の慈悲をかける。

 

「こちら側に来る気はないのね?」

「ふざけたことを言うなぁああ!!!!」

「___なら、しょうがないわね」

 

 『魔盾』を発動する魔法陣の手とは別の手に新たなる魔法陣が生まれる。プシュケローネなりのジャッジメントへの慈悲。___同じ闇を抱える者として、同じ道を歩ませる最悪の一手。

 

「禁術『忘我』」

 

 その言葉で、その刹那で、ジャッジメントの意識が黒く塗りつぶされた。

 その魔術に多くのラヴァルは自意識を奪われた。彼女の手駒として無残に命を散らしていった。彼も、同じ道をたどった。

 

「___」

「ほら、堕ちなさい。そうすれば、あなたの大切なお仲間にも会えるわよ」

 

 禁術の効果は絶大だ。ジャッジメントの中にある怒りの炎を一瞬で消火し、彼から戦う力だけでなく意思すら奪う。振りかざしていた拳は力なく降り、目から光は消える。

 闇の中、ジャッジメントは自分の名を呼ぶ仲間が見えた。

 あの脳筋で、バカで、戦うことしか能にない___大切な仲間たち。彼らが自分の名を呼び手招いている。

 

 

 こっちに来てくださいよ、待ってましたよ、ずっと一緒ですよ。

 

 

 そんな甘い言葉が聞こえる。失ったものがここにある。もう、奪う者はいない。ジャッジメントの最後の火が今、消えようとしていた。

 

 

 

 

 

『____私との決着をつけるんじゃなかったのか!!!』

 

 

 どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。そいつが誰だかうまく思い出せない。

 

 

 仲間たちが叫ぶ。早くこっちに来てください。みんな待っていました。

 

 

 ああ、お前たちがいれば俺は___

 

『皆を殺した悪魔の手先になっていいのか!!!』

 

 また聞こえた。いい加減にしてくれ。俺の仲間はここに___

 

 そこでようやく気付く。自分の名を読んでいた『仲間の形をした何か』に目の輝きがないことを。心の火がないことを。

 

 こんな奴らに、俺はついていこうとしたのか? 仲間だと思い込まされていたのか?

 

 なにより___俺を呼ぶ声は誰だ?

 

 思い出されるのは、一人の騎士。戦うことを嫌うくせに、戦うときにいつも悲しそうな顔をしているくせに。自分と同等に戦うことのできる数少ない戦士。

 その体の輝きが、心の輝きが、ジャッジメントの心の闇を吹き飛ばす。炎を燃え上がらせる力となる。

 

「そうだ……お前を倒すのは俺だ。他の誰でもねぇ。俺がお前を倒す!そう決めた!!」

 

 再び心に火が灯る。その日は徐々に燃え上がり炎へと変わった。その熱がジャッジメントの血を、肉体を、意識を、彼の全てを呼び覚ます。自分に憑りついた暗い闇を払うように、ジャッジメントは『好敵手』の名を叫ぶ。

 

「お前を倒すまで、倒れるわけにはいかねぇ!!ジェムナイト・クリスタぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな……!?」

 

 闇から舞い戻ったジャッジメントの目前に初めて驚愕の表情を浮かべた憎き仇がいる。ニィと自然に笑みが浮かんだ。目の前に、殴りたいやつがいることにジャッジメントは喜んだ。

 

「ぶっ飛ばされる覚悟はできてるなぁ!!?ノエリアぁああ!!!」

 

 全身からジェット噴射のように炎を放出。その勢いを体に乗せ両こぶしに灼熱の業火をまとわせる。今度こそ、もう逃がさないように確実にその忌々しい魔術をぶち破るために。

 至近距離の炎放出。噴火した火山並みのエネルギーをくらったプシュケローネがよろめく。

 炎の加速をつけた一発目の拳がプシュケローネに迫る。禁術の『妖革(ハードカバー)』をすぐさま発動するもいともたやすく燃やし尽くされてしまう。もう、悪魔を守るものはなかった。

 

「終わりだあああああ!!!!」

 

 ___決着はついた。

 怒りの業火をまとったジャッジメントの拳がプシュケローネの顔面に入る。一瞬の間の後、プシュケローネは目に見えぬスピードで地面に叩き込まれ、そこ場所に巨大なクレーターが出来上がった。

 その地面にぶつかった勢いは殺されることなく、周囲に広がる。すさまじい突風が周囲の戦場を駆け巡り、巨大な土煙が上がる。

 それはまるで、天にいる仲間たちに勝利を知らせる狼煙のようだった。

 

 

 

 

「『魔弾』!!」

「フフ……『魔弾』」

 

 戦場と化したリチュアのアジト。エリアルともう一人のプシュケローネが同じ魔術をぶつけあう衝撃で周囲には戦闘跡が生まれる。エリアルが打ち出した水色の『魔弾』とプシュケローネが打ち出した黒い『魔弾』は混ざり合い相殺される。

 儀式体もなしに自分と互角の魔術を使うエリアルを見てプシュケローネは笑みを隠せない。

 

「ここまでの才能とはね。エミリアではなくて、貴方を後継者にするべきだったかしら。エリアル」

「今さらどうも。断らせてもらうわ。『連鎖(チェイン)』」

 

 もはや情はないと言わんばかりにエリアルは次のカードを切り、魔術を発動させる。『連鎖』の魔術によってこの瞬間だけエリアルが二人となり、それぞれ異なる魔術を発動させる。

 それを見切っていたかのように、プシュケローネも魔法陣を展開する。

 

「『雷鎖』!」

「『呪砲』!」

「『返呪(カウンター)』」

 

 魔術名を聞いたエリアルの顔が驚愕の表情に染まる。繰り出された連携魔術を前にしてもプシュケローネから笑みが消えることはなかった。

 プシュケローネに放たれていたはずの二つの魔術は、一瞬にしてエリアルに襲い掛かる。自分が生み出した連携に苦しめられる事実に苦い顔をしてすぐさま対策をとる。

 カードを二枚切って自身に魔術を施す。一つは『看破(ディテクション)』。相手の行動を先読みし、攻撃をよけやすくする魔術。もう一つは『攻則(アサルトマニュアル)』。ユウキとの模擬戦でアバンスが使用していた一時的に反応速度を上げる魔術。

 二つの魔術を組み合わせ、回避するエリアルだったが普段慣れていない行動で完全に成功せず、頬から一筋の血が流れる。

 

「早い反応だこと。流石魔術の生みの親といったところかしら。でも、いつまで続くかしら」

「嫌味たっぷりの感想ありがとうございます」

 

 エリアルが使用した二枚のカードがボロボロと黒く炭と化して崩れ去った。

 彼女の魔術は以前のように無制限に打てるわけではない。今手持ちにあるカードの枚数分しか打つことはできない。一方のプシュケローネは儀水鏡を使用し、今まで通りに魔術を使用する。いくら威力が同じであっても、明らかにエリアルが不利なのは誰でもわかった。

 彼女をあざ笑うかのように、プシュケローネは会話を続ける。

 

「今手持ちのカードの枚数が気になるかしら? こんなことになるなら、エミリアにカードを渡さなければよかったのに」

 

 プシュケローネの目線の先___エリアルの後ろでは人VS竜という無謀すぎる戦いが行われていた。

 

「『雷撃(ライトニングボルト)』!!」

 

 エミリアが放つ『雷撃』はリヴァイアニマに直撃するものの、少しだけ焦げ目がつくだけでほとんどダメージが入らない。それどころか、魔力を感知したリヴァイアニマがエミリアへと急速接近。手に持つ太刀を彼女へと振りかざす。

 

「『防壁(ウォール)』!!」

 

 エミリアの前に巨大な壁が生まれ彼女を守る___はずが、その障壁はリヴァイアニマの一閃によって切り裂かれ、発生した風の刃でエミリアも切り裂かれる。

 服はボロボロになり、腕や足には無数の傷が。そのから流れる赤いしずくがエミリアを染め上げている。息を荒くし、竜と化した幼馴染を見上げる。

 

「アバンス……」

 

 幼馴染から名を呼ばれても竜から殺気が消えることはない。大切な存在を認識できず、ただただ暴れまわるのみ。

 その悲劇を見ているプシュケローネが鼻を鳴らす。つまらない劇を見ているかのように、ただただ呆れたという表情だった。

 

「くだらない茶番ね。そう思わない?」

「ええ。まったくよ。___あんたのことをノエリアさんだと思っていたことが、あまりにも笑えない茶番よ!!」

 

 エリアルが明確な怒りを見せることにノエリアの記憶を持つプシュケローネは少しだけ驚いた。ノエリアにずっと認められたくて、過去の友人はおろか、リチュアにも心を開かず興味を示さなかった彼女が、自分以外のことで怒っている。

 言葉にはしていないが、確実にアバンスとエミリアのことでエリアルは怒っていると感じられた。

 

「貴方をそこまで変えたのは、高屋ユウキかしら」

「___知らない!!!『速読(ヘイスト)』!『厄災(ハザード)』!!」

 

 ほう、と何か思うようにプシュケローネは声を漏らし回避行動に移る。

 『厄災』___その名の通り、周囲に厄災をもたらし攻撃する魔術。最大の特徴は、使用者も含めた無差別攻撃であるということ。

 この場にいる全員。エリアルとプシュケローネだけでなく、エミリアやリヴァイアニマ、周囲にいるリチュア兵ですらも攻撃対象だ。

 投げられた『厄災』のカードから無数の炎、激流、嵐、雷、岩石が飛び交い始める。魔術によってつくられた厄災は混ざりあい、めちゃくちゃな環境を作り出す。ある者は焼かれ炭と化し、ある者は激流に流され姿を消し、またある者は岩石に潰される。

 プシュケローネは魔術の盾で防御。仮に当たれば悪魔でもけがを負うだろう。それだけの才能をエリアルが秘めていることはとっくに知っている。事実、防御もしないリヴァイアニマに無数の傷がつき始めた。

 

「わ、わ、わ!」

「『護力(パラディウム)』!」

 

 対処しきれていないエミリアに向かってエリアルは一枚カードを投げる。自分の魔力で他者を守る『護力』の魔術によって白みを帯びた球体のバリアがエミリアを包み込む。

 ホッと一安心するエミリアだったが、一つの疑問からエリアルのほうへ視線を移した。それは、エリアルはどうやって『厄災』を対処しているのかを知るため。

 

 

 そこには魔術で自分の身を守ることもせず、ただ自分の魔術で傷ついてるエリアルが立っていた。

 

 

「エリアル!!?」

「あんたはアバンスに集中しなさい!!」

「どうして自分を守らないの!!?」

「『速読』で連続して使える魔術は二つまでだからよ」

 

 まさか。いや、そうとしか考えられない。

 エリアルは今___アバンスを元に戻せない自分の手助けをするために。自分を笑った母親の肉体を使った悪魔に、怒っている。

 嬉しかった___こんな状況でなければ。

 理解した____自分の力のなさを。

 悲しかった___エリアルが守ってくれなければ、アバンスが守ってくれなければ、自分は今ここで生きてはいないということを実感した。

 うつむくと両目から涙がこぼれた。悔しさで体が震えた。力のなさに絶望するしかなかった。戦う前、決意したのに、泣かないと、アバンスを取り戻すと決めたのに、涙があふれてしまった。

 泣きじゃくる義姉に、妹は優しく言葉をかけた。

 

「前を向きなさい」

「……無理、だよ。私じゃ、アバンスは取り戻せないよ……」

「諦めるんだ。自分の大切な人を___好きな人を」

 

 顔を上げる。体中に傷をつくりながらもエリアルは微笑んでいた。その結果が、エミリアが顔を上げるとわかり切っていたように。

 その口調は、昔を思い出させるような優しいものだった。

 

「アバンスのこと好きなんでしょ? だったら、頑張らなきゃいけないよね」

「エリ、アル」

「『好き』っていう気持ちはね、人をおかしくさせる。本当に、厄介な感情だよね」

 

 『厄災』の魔術の効力が切れ、周囲に静寂が戻る前にエリアルはプシュケローネの元へと走り去っていった。『護力』も消え、再びエミリアとリヴァイアニマは対峙する。竜を見つめる瞳にもう恐怖や絶望はなかった。ただ一つの想いをもって、再び立ち上がるだけだ。

 ___たった一つの感情を思い出した少女は、恋した少女は、強い。

 

「そうだよね。別に、大義がある訳でも、大きな目標のための経過でもないもんね」

 

 少女は淡い想いを再度口にする。

 

「私はアバンスが好きだから、取り戻したいんだ。たった、それだけのことだったんだ」

 

 カードを切る。儀水鏡があるときは絶対に使うことのない魔術。もしかしたら『人』に戻れなくなるかもしれない魔術。

 その危険性を知りながらも、エミリアは恐れを抱くことなく魔術を発動させた。

 

「『覚醒(アウェイクン)』」

 

 『覚醒』の魔術がエミリアの体を変えていく。この魔術の使用用途は『儀水鏡なしで儀式体になる』という物。一見これだけ見れば非常に便利な魔術ではある。

 最大のリスクは、儀水鏡というコントローラーなしで悪魔をその身に宿るということ。人の人格を完全に乗っ取られ、今のプシュケローネのようになってしまう可能性が非常に高いこと。

 エリアル自身も使えない魔術と評価していたほど、この魔術は使われない魔術だった。

 

(でも、今の私じゃアバンスは取り戻せないから。私は弱いから。だから、悪魔でもいい。私に力を貸して!!)

 

 胸が高鳴る。全身から汗が噴き出す。ドクンドクンと鼓動が早くなる。自分の体が、心が、深い闇に浸食される。

 落ちる。堕ちる。おちる。

 

 

 

 

オチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチル

 

 

 エミリアの全てが悪魔に食われる生贄。抗うことすら、考えることすら、感じることすら許されない。そのまま消える存在として、エミリアは決定された。

 

 

『諦めるんだ』

 

「……諦めない」

 

『大切な人を』

 

「……大切な人を」

 

『好きな人を』

 

「……大好きなアバンスを、諦めるわけ…………ないでしょうがぁあ!!!!!!!!!」

 

 

 闇を打ち砕くその力は__『恋』だった。

 『覚醒』の魔術はエミリアを包み込んだ後、二つの光になってから発動を終える。

 リヴァイアニマの前に姿を現したのは、ガストクラーケとメロウガイスト___二人のエミリアだった。

 エミリアたちはお互いの顔を見合わせると、同時に声を上げる。

 

「「私が、もう一人……。別に驚くことでもないか」」

 

 一度幻影術を受け、肉体と魂の二つに分かれたことのあるエミリア。今さら自分が二人にいるなどという驚愕の事実に驚くことはない。

 リヴァイアニマが咆哮を上げる。新たなる敵が出てきたことへの威嚇なのか、それとも壊すべき存在が増えたことへの喜びか。

 はたまた、この現状への怒りと悲しみからか。

 武器を手に取り、エミリアたちはもう一度自分に宣言する。

 

「「アバンス、絶対に取り戻すから!!」」

 

 メロウガイストは翼を広げ急加速。リヴァイアニマへと接近するが、竜もそのことに気づいたようだ。巨大な翼を広げ勢い良く羽ばたくと、猛烈な突風が発生。近づくものをすべて壁に衝突させんとするほどの威力を秘めている。

 だが、『風』の扱いならばガスタの力を宿るメロウガイストのほうが上だ。本来であれば流される逆風を見極め、波に乗るようにしてさらに加速。見事リヴァイアニマの真下に接近することに成功した。

 

「ガアアあアあぁアア!!」

「目を覚まして、アバンス!!」

 

 接近してもアバンスを解放できなければ意味をなさない。攻撃されると察したようで、リヴァイアニマはもう一度翼をはためかせ宙へ浮く。そのまま地に足をつけることなく、低空飛行をしながら太刀でメロウガイストへ切りかかる。

 

「禁術『縛魂(ソウルバインド)』!」

 

 攻撃タイミングを狙っていたガストクラーケは魔術を発動させる。あの上級インヴェルズにすら効果のある禁術である『縛魂』はリヴァイアニマにも通用した。何かに縛られたように動きが止まった。

 

「今なら!」

「レ……『抵抗(レジスト)』!」

「っ!」

 

 『縛魂』に対して『抵抗』するリヴァイアニマ。禁術ではないが、儀式体の魔術だ。かなりの力を秘めており、ガストクラーケの魔術がかすかに緩む。

 戦士として生きてきたアバンスが変化したリヴァイアニマ。そのチャンスを逃すことはない。一度止めた太刀を再びメロウガイストへと落とし始める。

 とっさに杖で受け止めたメロウガイストだったが、体格差という条件は彼女を少しずつ押し切られ始める。

 

「力が足りないんだったら、『怪力(オウガパワー)』!」

 

 魔術でその体格差を埋めようとするものの、均衡状態が精一杯。押し切ることはできず、少しでも魔術の使用を止めれば目の前で輝く刃はメロウガイストを真っ二つに切り裂くだろう。

 逆を言えば__魔術を使用し続ければ、均衡状態を保たせることができる、ということでもある。

 

「もう一人の私!」

「わかってる!!」

 

 メロウガイストに続いてガストクラーケもリヴァイアニマへと走り出す。リチュアが生み出した儀式体だからこそできる戦術。___魔術の複数使用。

 何も観察をしていただけではない。アバンスを取り戻すための魔術をいくつも組み上げ、展開し発動できるように準備を整えていたのだ。

 ガストクラーケの杖からいくつもの魔法陣が飛び出し、回避行動をとれないリヴァイアニマの体に張り付いた。

 

「___合唱魔術(マギカカルテット) 詠唱開始(スタート)。『消去(イレイス)』『救済(サルベーション)』『還送(ヴァニッシュ)』『脱出(ブレイクアウト)』」

「ぐ____あああああああ!!!!!」

 

 合唱魔術が起動し始めると、リヴァイアニマという存在が揺らぎ始める。アバンスを取り戻すにはプシュケローネとリヴァイアニマの二つの悪魔から解き放つ必要があるとガストクラーケは解析した。

 

「『破呪(ディスペル)』『返呪(カウンター)』『裁断(ギロチン)』」

 

 だから彼女が用意した魔術はその呪縛を解き放つものと、悪魔自身を攻撃するもの。貼り付けられた魔法陣の光が強くなるのと比例してリヴァイアニマの叫びが大きくなる。

 抵抗を続けるリヴァイアニマの力も大きくなっていく。少しずつメロウガイストが押されつつあった。時間はもう残されていない。

 

「『願望(ウィッシュ)』『幸運(ラック)』『出口(イクジット)』」

 

 最後の魔術は、エミリアの願い。アバンスが必ず戻ってくると、戻ってきてくれると信じて、出口を作り上げる。

 

合唱魔術(マギカカルテット)__詠唱完了(コンプリート)全開放(フルオープン)!!」

「ウグガアアアアアアア!!!!」

 

 地面にのたうち回りもがき苦しむ竜。魔術が完全に起動しても未だその存在を保つ執念がアバンスを閉じ込める呪縛。あと一押し、アバンスを取り戻す一手が足りないのだ。

 苦しみながらも一撃食らえば即死レベルの攻撃をしてくるリヴァイアニアを長時間いなすことは難しい。魔術での対策はもうこれが全力。下手にリヴァイアニマを攻撃すればアバンスへの影響もあるかもしれない。

 そんな状況でのエミリアが思いついた『最後の一手』は、何の根拠もないもの。

 それでも彼女は___叫ぶ。闇にいる想い人に出口はここだと聞こえるように、その名を叫ぶ……!

 

「「お願い!戻ってきて、アバンスぅ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___ああ。聞こえたよ、エミリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜は突然暴れるのをやめた。体から煙が上がり、肉が徐々に溶け始める。まるでそれは死者が天に召されていく様子を見ているようだった。

 少しして竜の肉が完全に溶け切ると、そこには半裸の人の姿が。

 白銀の長髪に筋肉質の上半身。あちらこちらに見える戦闘での傷跡。

 自分をずっと守ってくれていた少年の姿を見てガストクラーケとメロウガイストは同時に近づいて抱き着いた。

 

「「___アバンス!!」」

「イデデデ!!!!? な、なんでメロウガイストとガストクラーケがいるんだ!? どうしてまたエミリアが分裂してるんだぁ!!?」

 

 戦いの傷は残っているので、抱きしめられたら当然のごとく痛い。絶叫するアバンスだが必死に抱き着くエミリア達には声が届いていない。

 アバンスの叫びが天に届いたのか、メロウガイストとガストクラーケの体が光りだすとそのまま一つに混ざり、エミリアが一人でアバンスに抱き着いている構図になる。

 ただ、ものすごく強烈なハグなのでやっぱりアバンスの体に激痛が走ることには変わりない。

 

「いだいから!!エミリア!!」

「よかった……よかったよぉ……アバンスにもうあえないかもしれないってぇ……うわあああああん!!!!」

 

 少女は思いっきり彼の胸で泣いた。今までため込んでいた彼に会えなくなる恐怖を吐き出すように、泣いた。

 それは以前、少年が少女を失った時と同じように。

 ここが戦場であることは二人とも理解している。

 

 でも、今だけは

 

 今だけは再び出会えたことへの喜びをかみしめようと、二人は思った。

 

 

 

 

 

 ___無情にも、戦場はそれを許すことはない。

 

 突如として巨大な揺れがリチュアのアジト全域に走り始め、ついに崩壊が始まってしまったのだ。

 天井を支える石柱は折れ初め、壁は崩壊していく。そして徐々に増えていく浸水にボロボロの二人は怯える。

 

「エミリア!早く地上に……!」

「わかってるけど、エリアルは!!?」

 

 

 

 

 アバンスが元に戻る少し前まで時は遡る。

 『厄災』の効力が切れ、再びプシュケローネと対峙するエリアル。彼女の予想通り『厄災』でもプシュケローネを倒すことはできなかったようだ。

 

「あれで私を倒すつもりだったのかしら?」

「無理だってわかってたわよ。いくら強力な魔術でも、古の悪魔と直接つながっていたら倒すのは難しいから。___『鉄槌(スマイト)』!」

 

 すぐさまカードを切り、魔術を発動。拳の形をした魔力がプシュケローネに向かって放たれるが、涼しい顔をしてプシュケローネは受け止めてそのまま消滅させる。

 エリアルの次の動きは早かった。再び『速読』の魔術を使用し魔術の同時使用を試みる。今度は先ほどのようにカウンターされないような組み合わせを選ぶ。

 

「『攻則』!『怪力』!」

 

 普段彼女がやらないような近接戦闘。自身の動きを加速させ、プシュケローネに接近。そのまま拳をぶつけようとするものの__

 

「なれないことはしないほうがいいわよ。エリアル。『魔炎(フレイムパリー)』」

「___ぁぁぁああああああ!!!」

 

 プシュケローネがまとった黒い炎に拳を入れてしまい、逆に大けがを負ってしまう。右の拳から焦げた肉の臭いが広がり始める。

 苦痛にもだえる時間はない。プシュケローネは先ほどエリアルが使った同じ魔術を使用。魔力の塊を宿した拳をエリアルの腹部に叩き込んだ。

 

「___」

「なれないことをするから、痛い目を見るのよ」

 

 プシュケローネが拳を振り切るのとほぼ同じタイミングで、エリアルが壁にすさまじい勢いで衝突する。壁に大きく人型のくぼみが開き、その中に口から血を流すエリアルが叩き込まれていた。

 彼女は、ピクリとも動かなかった。

 

「確かにあなたは魔術作成の天才。それはノエリアが認めてあげる。でも、それだけ。魔術を創ることと、魔術を使うことは全く違うのだから」

 

 コツコツと壁に近づく悪魔の足音。静かに重く響くその音。

 

「そういう面で言えば、エミリアのほうが上だった。接近戦で言えばアバンスがダントツ。___あら、あなたはもう役立たずだったわけね。貴方を生贄にしても、たいして強いものは作れないのだから」

 

 あまりにも無情な言葉がエリアルに投げかけられる。彼女は何も反応しない。

 

「役立たずは___処分しなくてはね」

 

 胸ぐらをつかみ、壁から引き釣り出す。意識を失っているのか体から力が抜けているエリアルにとどめを刺すため、プシュケローネが片手に魔力を集める。

 もはや少女が悪魔に対抗するすべはない。その結果がわかっているからなのか、エリアルの口元が上がる。

 

「最後に命乞いはしないのかしら」

「___するわけない……でしょ……『爆撃』」

「っ!!」

 

 今になってエリアルがいた壁に一枚のカードが張られていることに気づくプシュケローネ。だがもう遅い。カードは魔術を発動させ、その周辺の壁をすべて破壊する。

 その壁からひびが入り、戦闘で傷ついていたリチュアのアジトが次々と壊れて始めていく。

 

「あなた、ここで死ぬつもりなの?」

「……さてね」

 

 プシュケローネの質問に薄い笑みを浮かべるエリアル。彼女の手にはもう一枚、新たなるカードが握られていた。

 

「待ってた。あんたが私に接近してきた時を」

「待っていた? 今から絶望しながら死んでいく貴方が、何を待つというの?」

「見せてあげる……あんたを倒すための、私の最後のあがき__『異境召喚(サモンビヨンド)』!!」

「!!!!」

 

 エリアルが魔術名を宣言すると、カードは眩く発光し始める。とっさにエリアルを手放して離れようとするプシュケローネだったがもう遅い。放たれた光は急速に広がり半球体となってプシュケローネとエリアルを包み込む。

 プシュケローネは初めて驚愕の表情でエリアルをにらむ。そのエリアルはどこか自慢げな笑みを浮かべていた。

 

「召喚魔術……ですって……!!お前にそれだけの力はないはず!!」

 

 この世界の召喚魔術は非常に難易度が高い。それは誰でも知っている常識のようなものだ。リチュアでも行えて、ノエリアか亡くなったナタリア。エリアルはプシュケローネが言っていた通り、魔術を創りだすことには天才的だが使う才能は並みである。

 そんな彼女が召喚魔術を使えるわけ。その理由は一つしかなかった。

 

「あんた、忘れたの? 『僕』が、どれだけ、『あいつ』と一緒にいたのか」

「____高屋 ユウキかぁ!!!!!!」

「大正解。あんたが世話係にしたのよ。自分を恨みなさい。___さて、一応説明しておいてあげる。『異境召喚』は世界のルールを一つ、この空間に加えることができる。追加されたルールはお互いに破ることはできない」

 

 残った力を使いフラフラとエリアルは立ち上がる。全身に痛みが走り顔をゆがめるが、すぐに不敵に笑って見せる。まだ終われないと、彼女は心の中で叫ぶ。

 

「今回追加したルールは『最終決闘』。防御・回避不可の『魔弾』を一発だけ打てる。そして、負けた方は当たった時点で絶命する。ね、簡単なルールでしょ?」

「ずいぶんふざけたルールね。貴方が死ぬことが確定しているようじゃない」

「合図はこのペンダントが落ちた瞬間。あ、これもルールだから」

 

 エリアルが取り出したのは、割れた儀水鏡がついたペンダント。ユウキがこのリチュアで身に着けていたものだ。なんとなく回収していたので、今ここで使うことにした。

 もちろんエリアル自身、指定したルールが絶対に勝てるようになるものだとは思っていない。一発しか打てないとはいえど、向こうのほうが魔術の腕は上であることは明白。

 それに負ければ___

 

(あいつにも、もう会えないんだ)

 

 なぜか青年の姿が浮かんだ。リチュアやガスタの誰かではなく、異世界の青年の顔が。

 

「それじゃ」

 

 長くすれば向こうから魔術を食い破られるかもしれない。現実をすぐさま見て、エリアルはペンダントを上に投げる。

 割れてもその役目を果たす鏡がキラキラと光りながら宙に浮き、重力に引かれて落ちてくる。その時間はわずかなのに、エリアルにとっては何分のように長く感じられた。

 彼女の前を落ちていくペンダント。コツリと地面から乾いた音を立てた。

 

「「『魔弾』」」

 

 決着の魔術は放たれた。同じ軌道に乗った二つの『魔弾』はそのまま衝突し___

 

 

 

 

 

「___かはっ……」

 

 

 

 

 

 エリアルの体を貫いた。

 衝突しあった『魔弾』は一瞬だけ均衡したものの、すぐにプシュケローネが放ったものがエリアルの『魔弾』ごと押し返す流れとなった。

 回避・防御不能。威力負けした時点でこの結末は決まっていた。

 少女の体に穴が開き、そこから生命の証である赤い血がとめどなく流れ始める。残っていた力も消え、立ち続けることもできずに膝から崩れ落ちた。

 少女が倒れても血は止まらない。ドクドクと流れ続ける血はやがて彼女の下に小さなたまりをつくる。

 あまりにも予想通りであっけなく、つまらない決着にプシュケローネはため息をついた。

 

「結末は既に決まっていたでしょうに。哀れなエリア___」

 

 ____言葉が途切れると、少し遅れて悪魔の体に風穴が開いた。

 

「な」

 

 多少の傷や損失ならなんてことはない。すぐに治癒できるはずだが、これは違う。『呪い』だ。治癒では治せないような、何か条件を満たさないと治せないもの。

 風穴は、目の前の少女と同じ位置に空いていた。

 

「……ざまあ、みなさい」

 

 ぽつりと少女は呟いて、完全に意識を手放した。

 エリアルは『異境召喚』を行う前___壁で気絶しているように見せかけているときに、仕込んでおいた魔術の一つ『報復』が発動したのだ。

 この魔術の効果は、発動者がダメージを受けた場合一度だけその傷を相手にも与える。

 弱点として、必ず発動者が傷を負わなくてはいけないが強みはこの発動者の傷が治らなければ治癒を受け付けないということ。つまり、プシュケローネが傷を癒したければエリアルを治癒するしかなくなる。

 だが、それは本気を出したプシュケローネの魔弾を受けたエリアルが『治癒可能』な傷を負っていれば、の話だが。

 

「こ、のっ……!!」

 

 プシュケローネは顔を憎しみで歪めながらエリアルへと近づこうとするが、落石がそれを阻む。アジトの崩壊が徐々に早くなっている。もう長い時間ここは持たないだろう。

 忌々しく思いながらプシュケローネは体を引きずり、その場を脱出した。

 

 

 

 崩壊が始まるリチュアのアジト。そのなかで動かない人影が一つ。

 ボロボロの衣服、破れてしまった魔女帽子、割れた儀水鏡、血にまみれた身体。

 今の彼女を見れば、ほとんどの人が手遅れというだろう。もしくは、既に死んでいると。

 下からの揺れを感じつつ、エリアルは小さく笑っていた。

 声はもう出ない。少しずつ体が冷たくなっていくのがわかる。こんなことなら、『本当に』死ぬルールを加えておくべきだったと思う。

 

(……アバンスとエミリアは脱出できたかな)

 

 もう一つの戦闘音はもう聞こえない。二人は脱出できたのかどうかを確認する方法は、動けない彼女に残されていない。

 

(やりきったんだよね……僕は。未練はないんだよね……)

 

 プシュケローネを倒すことはできなかったが、致命傷は与えた。自分を殺したと思っていた悪魔に一泡吹かせられたのなら、それでいい。

 そう、思っていた。

 

(……あいつ、大丈夫かな)

 

 また思い浮かんだのは異世界の青年の顔。

 自分の心の中にずかずかと入り込んできて、引っ掻き回して、理解してくれた人。

 ずっと憎々しく思っていたはずなのに、ずっと鬱陶しいと思っていたはずなのに。

 どうしてこうもあいつが気になるのか。

 

(……会えなくなるの、寂しいな……)

 

 どうしてこんなに、胸が苦しいのか。

 その理由は、もう気づいていた。とっくにわかっていた。

 でも、言葉にしない。どうせ今したところで何の意味もないのだから。

 

(……そういえば、名前、呼んだことなかった気がするなぁ……)

 

 そんなことを思いながら、少女は瓦礫の山に埋もれていくのだった。

 

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