「■■■■!!!」
「いくらやっても傷が回復するのずるくないか!!?」
『やらなきゃこっちがやられるだけだぞ!!』
バハムートと対峙してからどれくらい経ったのか。ユウキには覚えていない。
幾度となく激突し、銀河眼の力でバハムートを除外してオーバーレイユニットを吸収しても、バハムートは時間が経てばオーバーレイユニットを自力で復活させ銀河眼を奪おうとしてくる。
最初に操られたフェルグラントは既にここにはいない。もう奪われる惨劇を見たくないからか、ユウキは新たにモンスターを召喚しておらず、それが功をなしてか、銀河眼だけに集中できなんとかバハムートの攻撃を回避できている。
だが、回避だけではただただ消耗戦で負けることも確実だ。バハムートは先ほどから銀河眼に受けた傷がふさがり始めている。一方、光の竜である銀河眼はセイクリッドと同じように全力を出し切れていない。かといって、下手にモンスターを出せば奪われる。突破口が見つからないまま、時間が過ぎていくだけだった。
ユウキが内心焦っている中、バハムートは口に闇を収束し始める。黒と白い冷気をまとった絶対零度の一撃が銀河眼に向かって放たれようとしている。
「銀河眼!!破滅のフォトン・ストリーム!!」
召喚者からの攻撃支持を受けて銀河眼も光を収束させ、バハムートへと放つ。少し遅れてバハムートも闇のエネルギーを銀河眼へと放つと、光と闇の光線が衝突し衝撃で空気が震えた。
膠着する光と闇だったが、徐々に闇が光を飲み込み始める。時間の経過で奪われた力は考えている以上に大きかったらしく、銀河眼自身も苦しい声を上げる。
『ちぃ!この環境じゃ全力出せないことはわかってたが……ここまであいつにアドバンテージがあるのかよ!』
「銀河眼!」
『なんか手はねえのか!召喚者!!』
「だったら!速攻魔法『フォトン・トライデント』!銀河眼の攻撃力を700アップさせる!」
ユウキがカードを一枚切ると、青白く光る三叉の槍が現れ銀河眼のフォトン・ストリームへと飛び込んでいく。トライデントの力によってフォトン・ストリームの威力が上昇し、闇を押し返す___が、すぐに闇が押し戻す。
「な!?」
『これだけじゃどうしようもねぇ!!他考えろ!!』
「ンなこと言ったって……!」
次の一手を考える暇はなかった。思わずユウキは目をつぶってしまい、戦う意思を一瞬だけだが消してしまう。そのまま目前に迫る闇が銀河眼を呑み込もうとした時、彼らとは別の光がバハムートの闇に衝突した。
『目開けろ!!』
「……あれ、死んでない……?」
「ユウキさん!!」
恐る恐るユウキが目を開けると、銀河眼の隣に浮かんでいる影が一つ。白いマントをつけた女騎士___ジェムナイト・セラフィが銀河眼の援護をしている姿が見えた。
思わぬ助けの手に涙が出そうになるが、今は感動している暇ではない。銀河眼へと意識を集中させ力を振り絞る。なんとか力を出せた銀河眼とセラフィがそのまま無理やりバハムートの闇を空中で相殺させた。
「ラズリーちゃん!!なんでここに!?」
「それはこっちのセリフです!ユウキさんが邪竜を抑えてるなんて聞いてませんよ!?」
「まあ……流れで」
「流れ!!? いったいセイクリッドさんたちと何を話したんですか!!? とにかく、私も加勢しますので、背中をお任せします!」
「待った!!他のセイクリッドはどうなってる!?」
セラフィが加勢に来てくれたことは非常にうれしいが、ウロボロスをどうにかしなくてはまずいことになる。彼女が他の戦場で戦っていたのなら、集えなかったセイクリッドのことも把握しているはずだとユウキは予測する。
バハムートを前に何を言っているんだ、と言わんばかりにセラフィは早口で答えた。
「カストルさんはなんとかヴェルズ化を解いてポルクスさんと一緒にヴェルズの殲滅に!スピカさんは私と融合してますからここにいます!それ以外の方は___危ない!!」
『ユウキぃ!!』
「銀河眼の効果発動!!」
『あ』
「_____あ」
気づけば銀河眼に対してバハムートの氷塊が飛ばされていた。セラフィと銀河眼の叫び声でとっさに効果を発動する、というとんでもない大馬鹿な行動をとってしまうユウキ。
確かに銀河眼は破壊されない。だが、一時的に除外されるということになる。
つまり、銀河眼に乗っているユウキは空に放り出されるということで。
フッと銀河眼とバハムートの姿が消え、空中にユウキだけが取り残される。そしてそのまま、自然の摂理のまま重力に引かれ地面へと落下が開始される。
「___あああああああああああ!!!!!!!!!!?」
「何やってるんですかぁあああああ!!!!!」
完全に気が抜けていた。そのことに気づいてももう遅い。ぴゅーと風を切る音が耳に聞こえ、肌は風を受けて冷たさを感じ、背筋はこれから起こることを想像して肌とは別の意味で寒くなっていた。
思わず下を見るとグングンと迫ってくる地面が見える。当然、ヴェルズも大量にいる。どうあがいても死んでしまうとはこの状況のことだろう。涙が空中でキラキラと輝きながらユウキは落下していく。セラフィが手をつかむことも間に合わず、地面が目前に迫る。
「おいおい、こんなところで死んではいけないだろう。異世界の青年よ」
ユウキが次に感じたのは冷たい地面の感覚ではなく、誰かに抱きかかえられているような感覚。俗に言う『お姫様抱っこ』されている感覚。
聞いたことのない声の主を確認するためにもユウキは恐る恐る目を開くと、そこには金と黒の体をした一体の悪魔がいた。
「……インヴェルズ・ローチ!!?」
「おや、私の名を知っているのかい。流石は異世界の青年だ」
「観測者さん!」
華麗に着地を決め、ユウキを地面におろすローチ。知り合いであるようで、セラフィは嬉しそうにローチのそばに近寄る。一方、助けられたユウキは何故ここにローチがいるのか、その理由を考えていた。
「異世界からの青年__ユウキ、だったね。君が考えていることは大体わかる。何故私がここにいるのか、と考えているのではないかね?」
「おお……わかっちゃうんだ」
「観測者、だからね。っと、少し待ちたまえ」
腰に常備しているサーベルを振りぬき、すぐに腰に納めると周囲のヴェルズが吹き飛ばされる。その威力に言葉が出ないユウキを横にローチは回答を述べ続ける。
「私が動き始めたのはラヴァルバル・チェインが異常な消滅をしたからだ。何者かに力を吸い取られたかのように消えていったことから、リチュア__長であるノエリアの中にいる悪魔が何かしようとしているのではないか、と考察。その後、ヴェルズによる対策を取っている最中という訳さ」
「協力してくれるってこと?」
「いいや? 私は観測者。対策を立てるだけさ。それを生かせるかどうかは君たち次第だ。流石に今回は助けさせてもらったけどね。はっはっは」
「言葉もありません……」
「ま、君は戦い慣れしてないからね。しょうがないさ。ただし、次はないと思った方がいい。___そろそろ来るかな」
ローチが予言した通り、銀河眼とバハムートが再び姿を現す。銀河眼はバハムートが持っていたオーバーレイユニットを吸収しその体を青白く光らせていた。
だが、ヴェルズたちが放つ瘴気の影響を受けその光は徐々に小さくなっていく。
「やはり光の竜でも全力は出せないようだな。セラフィ、君の力で瘴気を打ち消すんだ」
「わ、私にそんなこと__」
「できる。世界中とは言わないが、銀河眼とバハムートの戦闘場所くらいの規模ならいけるはずだ。それから、君の光の欠片を少しもらった。では、私はこれで」
セフィラとユウキが何か言う前にローチはヴェルズの大群の中に消えて行ってしまう。本気で『観測者』としての義務を果たそうとするまじめすぎるその姿勢に二人は何も言えなかった。
戦場に引き戻されるユウキ。セラフィに手を引いてもらい、空中の銀河眼に再びまたがると、バハムートの圧倒的な威圧感が戻ってきた。頬を叩き、再び気合を入れる。
『バカ召喚者。気合は入ったか?』
「ああ。いくぞ、銀河眼!」
「ギャオオオオ!!!」
銀河眼の咆哮が端末世界に響き渡る。それに対抗するようにバハムートも咆哮を再び上げる。肌が軽くしびれるほど空気が震え渡り、今一度竜は対峙する。
一方セラフィはローチに言われたように、瘴気を取り払うための光を胸の核石に集束させて銀河眼とバハムートを包み込むように解き放った。白い球体の結界が展開され、結界内からは瘴気が取り除かれた。
「できました!これなら全力で行けるはずです!」
「ありがとう、ラズリーちゃん。いくぞ、ヴェルズ・バハムート!」
ユウキが優勢になろうとしてた同時刻、ウィンダ達は最悪と直面していた。
「____」
(何もしていないのに、なんなんだこの威圧感は……!!)
バハムート、オピオンとは違い何も咆哮を上げずにウィンダールたちを狙うのは最悪の竜 ヴェルズ・ウロボロス。ユウキがいた世界でも(悪い意味でも)有名な氷結界の竜 トリシューラがヴェルズ化したこの世界においての最強と呼べる竜。
ウロボロスはウィンダールたちの目論見をすでに読んでいるのか、セイクリッド探索開始時から彼らを狙い続けている。セイクリッド三人が何とか防御しているが、もう限界を感じつつある。
それが、わずか二回の攻撃だったとしても。
「ありえないだろ!!? なんだよあの威力!?」
「落ち着けダバラン!俺たちがやらなければ他が死ぬだけだ!!」
「っ……」
イグルやガルドの風のような機敏な動きですらウロボロスの攻撃を回避することは不可能だった。無慈悲な闇のレーザーは高速を超えた光速かつノーモーションで放たれる。ウィンダの天啓やセイクリッドたちの直感で防御タイミングを何とか読めているだけであって、いつ誰かが墜落してもおかしくない状況での探索となってしまった。
「ファイちゃんどう!?」
「邪竜のせいでうまく感知できないよ!!こんな巨大な邪念じゃあ……」
「逃げることもできないか……イグル、もう少し速度を上げられるか?」
イグルは無言で首を横に振った。今以上の速度を出せばガルドの最高速度を超えてしまう。この状況ではぐれるのは非常にまずいとイグルは言っているようだった。
次の一手を考えている時間もない。ウロボロスの三つある頭の一つに邪気が収束し始め、すぐにでもウィンダールたちへと放たれようとしている。
「セイクリッド様!!」
「まだ三回目だが……次はしのげるかわからない」
「でもやるしかねえだろ!アンタレス!」
セイクリッド三人が防御のバリアを展開すると、そこに向かってウロボロスの光線が衝突した。バリアが満足に光線を防ぐことができたのは一瞬だけだった。すぐに亀裂が入り、数秒後には消えてしまうだろう。
声を上げ、力を振り絞るセイクリッドたちだがその力量の差は圧倒的だった。なんとかウィンダールたちだけでも逃がそうとするもの、そんな時間すら与えられない。アンタレスが何か言う余裕すらない。
「くっっっっそぉおおおおお!!!」
レオニスの悲痛な叫びも闇の光線の前にかき消されてしまう。星の光がまた一つ消え、絶望の闇がさらに侵略を進める。その結果が確定しようとしている。
突然、ウロボロスの攻撃が明後日の方向にそれた。
「____オラァ!!!!」
猛スピードで突っ込んできた一つの影がウロボロスの巨体を動かした。動かしただけで外傷は見えない。ところどこに黒ずんだ傷をつくった白い体の戦士は小さく舌打ちをして、セイクリッドの前に移動した。
「やっぱり俺じゃダメージは与えられないか!」
「___パールさん!!」
「悪い、遅くなった!!まずは、無事で何よりだな」
歓喜の声を出すウィンダにパールは笑って言葉を返す。激戦の中で急いできたのか、少し息が上がっている。ウロボロスへと視線を保ちながら、パールはウィンダールたちにある朗報を伝える。
「セイクリッド・プレアデスが収集をかけてたよな?」
「ええ。集まれたのは三人だけでしたが……」
「___よかった。クリスタとジャッジメントを置いて、全員を探し回った甲斐があった」
「……!ウィンダお姉ちゃん!こっちにすごい速度で接近してくる光が1、2、3……いっぱいある!!」
ファイの言う通り、こちらに向かってくる光がいくつも見える。その光景を見たウロボロスが宿敵を前にして初めて咆哮を上げる。
「■■■!!!」
「遅くなりました!アンタレスさん!」
「___ヴェルズ改め、セイクリッド・カストル、参上しました」
「カストル……話は聞いたが、大丈夫なんだな?」
「大変ご迷惑をおかけしました」
集う光は全部で13体。エクシーズの力を持つヒアデス、ビーハイブ、オピオンと交戦中のプレアデスはいないが、それ以外の全てのセイクリッドが集結。すべてのセイクリッドが破滅の竜 ウロボロスと対峙する。
「って、なんでスピカもいるんだ? ジェムナイトと融合したんじゃなかったのか?」
「観測者の悪魔がこう、ちょちょっと。私自身もよくわかってないの」
ローチがユウキを救出した際、セラフィの光の欠片を回収したのはこのためだ。融合は魂単位で一体化するものなのだが、星の力を得た悪魔はその欠片からスピカを復元させた。
____希望はここにそろった。
ウィンダールが満を持して口を開き、希望の存在を教える。
「セイクリッドの皆さま、異世界からの青年の言葉をお伝えします。『神聖なる昇降龍』を降臨させるために、今こそ力をお貸しください」
「それ自体に知識はないわ。でも、おそらくそれを呼び出すための力はわかった」
「スピカ、それは?」
「___融合よ。ジェムナイトと同じように、我らセイクリッドの力を芯から一つにすること。それこそが、その神聖なる昇降龍を呼び出す力になるんじゃないかしら」
スピカの言葉を聞くと、アンタレスの体から光が発し始める。アンタレスだけではない。他にも、レオニス、アクベス、レスカ、ダバラン、スピカ、グレディの6体の体からも発行し始める。内側から今までに感じたことのない力があふれ出し、これがウロボロスに対抗できるものだとアンタレスたちは確信した。
「行ける___これならやれるかもしれない」
「ええ。行きましょう、アンタレス。我らセイクリッドの力を、あの邪竜に見せてやりましょう!」
アンタレスが右腕を空に掲げると、選ばれた6体のセイクリッドがその周囲で両腕を掲げる。六体のセイクリッドを点として光の帯が生まれ、その輝きを徐々に増していく。
強大な輝きに対抗するように、ウロボロスは三つの口にどす黒い邪念を集結させる。希望の存在が生まれる前に潰そうということだろう。今まで一つの口にしか攻撃に使っていなかったことから、その本気が伝わる。
収束された邪念がすべてアンタレスに向かって放たれる。それを防ぐのは残り6体のセイクリッドとジェムナイト・パール。七人の力でつくり上げられた防壁がなんとかウロボロスの攻撃を防ぐ。
だが、それも長く続かない。ピキリ、と嫌な音がして防壁に小さな亀裂が入る。
「7人でも受けきれないのか!?」
「なら!10人です!!」
光の防壁に風と炎の力が追加される。ウィンダール、ウィンダ、ファイの三人も加勢した防壁は黒き光線をなんとか抑え込む。先ほど発生した亀裂も広がることはない。10人の結束が時間を稼いでいる間も、光の帯がさらに輝きを増していく。
「___神星なる領域 セイクリッド・ベルト。蠍座を司り我が名はアンタレス。集いし7つの星からなるは蠍の星団!!今こそ降臨せよ__神聖なる昇降龍」
真の力を手にした蠍は、その名を高らかに叫ぶ。
「エクシーズ・チェンジ___『セイクリッド・トレミスM7』!!!」
6体のセイクリッドがアンタレスの中に光となって吸い込まれると、銀河の渦がアンタレスを中心に爆発を起こす。それは、エクシーズモンスターが誕生するものと同じ爆発。
希望の存在が誕生したことを確認すると、ウロボロスは攻撃をやめ、空高く舞い上がった光の機械竜___セイクリッドたちも知らなかった真の力を覚醒させた神聖なる昇降龍を忌々しく見ていた。
星々が映し出される銀河の翼を広げ、白と金の体を持つ竜が放つ光は世界に広がり、邪竜たちが発していた邪念を浄化していく。これで原住民たちも弱体化の影響を受けずに済むだろう。
『これが___神聖なる昇降龍。トレミスM7の力!!』
トレミスから発せられる声は核となったアンタレスのものだった。沸き上がる力の大きさが信じられないのか、寡黙だった彼の声が高揚している。その神々しさにウィンダやファイはおろか、仲間のセイクリッドたちですら無言でその姿を見ているだけだ。
ウロボロスの前にトレミスが対峙する。闇の邪竜と光の機械竜。この最終決戦における両軍の最強が今出そろった。
一瞬の静寂の後、二体の竜は激突した。今までのどの大戦で起きた激突より大きな衝撃は近くにいた者たちだけでなく、地上にいたヴェルズ、周囲にあった草木__周囲の存在をすべて吹き飛ばした。
衝突、衝突、衝突。
爪を肉体に食い込ませ、巨体をぶつけあい、尾で叩き落とす。
それが数秒間に何十回も起こる。他の者たちは只々見ることしか許されなかった。
「___っと、見ているだけではいけない。我々もヴェルズの討伐へ向かうぞ!」
カストルの言葉で皆が我に戻ると、残ったセイクリッドたちは本部の防衛へと向かった。ウィンダールたちも本部に戻ろうと、パールとウィンダに声をかける。
「パール、ファイ、ウィンダ。我々も戻るぞ」
「いや、俺はここでトレミスの援護をする」
「本気か!? いくらエクシーズの君でも___」
「___とっくに限界なんぞ来てるんだよ」
ハッとなるウィンダールはそこでようやく気付いた。パールのオーバーレイユニットはすでに無くなっており、彼の体の亀裂は徐々に大きくなり始めていることに。
パールは笑っていた。それは、戦士が自分の『死期』を悟ったときのどこか寂しい笑顔にウィンダールは何も言えなくなってしまう。
「___死ぬことは、やっぱり怖い。でも、俺はジェムナイトの一員だ。この力の半分がリチュアでも、やっぱりジェムナイトなんだよ」
「パール、君は……」
「気にすることはないさ。俺が選ぶ道だ。___後は頼む」
優しき鬼神が最後に見せた顔は、やはり笑顔だった。
取り残されたウィンダールとウィンダ、そしてファイ。パールを救うこともできない不甲斐なさに心を震わせながらも、ウィンダに今一度声をかける。
「ウィンダ、行くぞ」
「______」
「ウィンダ!」
「っ!え、あ……うん!」
「お姉ちゃん?」
「何でもないよ。行こっか!」
セイクリッドたちに一歩遅れて、ウィンダールたちも本部の防衛へと急ぐ。
だが、ファイもウィンダールも気づかなかった。
ウィンダが先ほどからずっとウロボロスとトレミスの衝突にくぎ付けになっていたことに。
その時、彼女の瞳が彼女ではない『何か』に変わっていたということに。
「瘴気が消えた!?神聖なる昇降龍の誕生がうまくいったのか!」
オピオンと戦闘を続けるプレアデスは驚きと喜びが混じった声を上げた。ついに訪れた反撃の時。この機を逃すことはできない。
オーバーレイユニットは既に使い切っている。これ以上回復もできない状況に差し込んできた一筋の光。その光をつかむために、プレアデスは力を振り絞る。
「■……■■■!!」
対するオピオンも状況の変化に気づく。残っていたオーバーレイユニットを喰らい、自身の力を底上げする。邪竜の体から今一度どす黒い邪念が立ち込め始め、その眼はより赤く光りだす。
オーバーレイユニットの有無はエクシーズモンスターにとって大きな差となる。今のまま戦えば、プレアデスは間違いなく『死』という結果を受け入れることになるだろう。___このまま戦えば、の話だが。
「プレアデス!!」
「ゴメン!遅くなっちゃった!!」
「まったく___遅いぞ。ヒアデス、ビーハイブ!」
二つの流星がこの場に駆け付ける。プレアデスと同じくエクシーズの力を持つセイクリッドのヒアデスとビーハイブの登場だ。お互いにボロボロになった体を見て、クスリと小さく笑う三人。
「プレアデス、ずいぶんと無茶してたんだねぇ。オーバーレイユニットも切らして……それくらいこの邪竜はやばいって訳だ」
「だが、俺たち三人ならいけるだろう。我ら、セイクリッドの結束ならば」
「無論だ。___共に戦ってくれ、我が同志たち!」
力を増したオピオンが三人に向かって突進してくる。漆黒の翼を広げ、空間を切り裂くような速度を得た邪竜はまるで漆黒の嵐。星の騎士たちは嵐に向かうことを選択せず、各々が別に回避する道を選んだ。
瘴気が消滅し、彼らの動きもいつも通りに戻った。宇宙を駆け巡る流星のようにセイクリッドたちは光速の回避を見せる。三人は何も言葉を交わすことはないが、お互いの顔を見て頷くとオピオンの周囲を飛び回り始める。
戸惑うオピオン。何とかセイクリッドたちをとらえようとするが彼らは光そのもの。その速度をとらえることは不可能に等しいのだ。光となった騎士たちはその速度を保ったまま、オピオンへと攻撃を仕掛ける。
その一撃は邪竜にとって小さいかもしれない。だが、それが何百回も続けばどうだろう。少しずつだが確かにオピオンの体から黒い煙が発し始める。それは間違いなくヴェルズが浄化されている証拠だった。
「確実に効いているようだな!ヴェルズ・オピオン!」
「■■■■■■■■……■■■■■■■■!!!!!!」
調子に乗るな、と言っているかのようにオピオンは咆哮を上げると同時に、黒い瘴気ともう一つ、白い煙幕を自身の体から放出した。それはヴェルズとしての力ではなく、元になった氷結界としての力。セイクリッドが詳しく知らない、オピオンの奥の手。
それは、『絶対零度の冷気』だった。
極寒の環境をいとも簡単に作り出せる、生命にとっては最悪ともいえる力で三竜は旧大陸を永久凍土にしてしまったのだ。その冷気は星すら凍りつかせる。闇と氷の煙を直撃してしまった三人の動きがまるで停止してしまったように遅くなる。
「身体、が」
「動か、せな、い……」
「これが、邪竜の、力、なのか……!」
白く張り付く氷がセイクリッドを蝕む。徐々に体が氷像へと変わっていく実感が彼らの背筋をぞっとさせる。何とか状況と打開しようと、ヒアデスとビーハイブはオーバーレイユニットに手を伸ばす。
その光は既に消え、彼らと同じように凍り付いていた。
「な」
「冗談……やめて、ほしいんだけど、な」
顔が思わずひきつろうとして、それが凍り付いていることで不可能だとわかったのは数秒後のことだった。
魂すら凍てつかせる__いや、これは氷結界の力だけではなく、魂さえも侵略するヴェルズの力も組み合わさったもの。
決着は____あっけなくついてしまった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
「がっ」
「あっ」
「ヒア___」
プレアデスが二人の名を呼ぶことはなかった。そんな時間すら与えられなかった。
二人と同じように___氷像となった体を砕かれた。
星の騎士団 セイクリッド。彼らとて無敵ではない。予想外のことが起こり、それに対処できなければ、戦場で戦う他の生命と同じように散っていくだけ。
彼らの肉体は無残にも、邪竜の一体に粉砕され小さな欠片となって消えていった。
だが、その魂までは消えることはない。
勝利の咆哮を上げるオピオンの下から突如、セイクリッドの紋章が展開された。眩く輝くその光ですらオピオンにとっては猛毒だ。勝利の咆哮から一転して、痛みからくる叫びに変わった。
『ヴェルズ・オピオン!この戦い、確かにお前の勝ちだ!』
『まさか死ぬとは思わなかったよ。でもね___僕らがただで終わると思うなよ?』
『我らは星の騎士団__この星を救済するために参上したセイクリッド!この魂燃え尽きようとも、お前をここで倒す!』
肉体を失い魂だけの存在となったヒアデス、ビーハイブ、プレアデスの体は半透明だ。三人はオピオンの上空でそれぞれが持つ星の武器を重ね、詠唱を開始する。
『星の輝きは未来を照らす光___』
『未来は無限、希望は未知数、光は可能性を照らし続ける___』
『それを奪う、闇に今こそ裁きを___』
『『『セイクリッド・テンペスト!!!!』』』
武器が重なる一点から上空に向かって一筋の光が放たれ、巨大なセイクリッドの紋章が空に広がる。そこから生まれ出るのは、無数の流星。
星に滅びをもたらさんとする闇に裁きを下す、正義の『暴風雨』だ。___ガスタの誇る最大級の魔術と名前が同じなのは、きっと偶然ではないのだろう。
回避をしようにも、下に発生しているセイクリッドの紋章がオピオンの動きを封じる。流星がそのままオピオンに襲い掛かると、体から発せられていた黒い煙の量が増える。続いて二発目、三発目、四発目……。その流星群がいつ尽きるのか、オピオンは知る由もない。
セイクリッドたちも文字通り、魂を燃やし尽くしてもオピオンを討伐しようとしている。
星の魂が燃え尽きるのが先か___邪竜の存在が消え去るのが先か。
真の意味での決着は、まだつかない。
連合軍、最終防衛ライン付近でエメラルとリーズは戦い続けていた。無限に湧き出てくるヴェルズの大群に、体力的にも肉体的にも追い込まれながら。
リーズの拳がヴェルズ・マンドラゴを粉砕すると、周囲にベチャっと黒い泥がまき散らされる。見ているだけでも精神を侵食されそうな泥を無理やり振り払い、次の標的へと立ち向かっていく。
カームことエメラルも同じだ。戦闘慣れしていない彼女の場合、リーズ以上に精神への負荷が大きい。それでも、エクシーズの力を持っているという責任感からフラフラになりながらも戦い続けていた。
「カーム!無理なら下がりなさい!」
「でも……!」
「死んだら意味ないでしょ!? 個々は私が何とかするから!」
「もう、リーズだけに戦わせないって誓ったんです!だから、逃げません!!」
決意の言葉を口にするエメラルだが、すでに体には限界を感じていた。どれだけ戦ってもぬぐうことのできない恐怖。また失ってしまうのではないかという不安。それらは心があるものであれば当たり前に感じるものだ。
だが、その暗い感情が増幅すればするほど体は固まり始め、動きに支障が出てくる。そして生まれてしまうのが『隙』である。
___ゴッ、と背後から嫌な音が聞こえた。
それからすぐに後に、エメラルは切られたと自覚できるほどの痛みを感じることになった。
ジェムナイトの体だからか血が流れているわけではなさそうだ。もっと別のものが、もっと大切なものが外に流れ出ていくように感じた。
「____」
「ネシ!!!」
一体のヴェルズの一言でエメラルに大量のヴェルズが襲い掛かる。声を出すこともできず、魔術を使うことすら忘れてしまうほど、エメラル___カームは放心状態に陥っていた。
「____!!」
リーズが何か叫んでいるが、彼女の耳に今聞こえているのは___
ネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
___尽きることない呪いの言葉と体と魂が確実に削られている音だけだった。
「嫌、いやイヤぁあああああ!!!!」
先ほどまでヴェルズたちに向けられていた手は、自身の頭部を守るために頭上へと。大地に立っていた両足は体を縮めるために折りたたまれる。発する言葉は子供のようで、そこにエクシーズの戦士はもういなかった。
緑色の体は徐々に黒く染まり、手足が腐り始めていることにカームは気づかない。恐怖だけが今の彼女に感じられる唯一のものだった。
「カーム!!!」
親友の危機にガスタの疾風が駆け付ける。風をまとった拳を横に振るい、エメラルに襲い掛かっているヴェルズを吹き飛ばす。幸い、エクシーズのヴェルズは彼女の周りにいなかった。すぐさまエメラルに駆け寄り、黒くなってしまった体を抱き起こす。
「カーム!!しっかりしなさい!!」
「いやいあいややいいあいあいやいやいいあいあいやいやいゆあっやいいあっやいやいやいいあっやいやいやいっやいいあいあいやいや!!!!!!」
「カーム!!!」
もはや会話もできないほどにエメラルは恐怖に囚われており、親友の声も届かない闇に落ちてしまっていた。あの時、無理やりにでも下がってもらえばよかったと後悔するが、時間が戻ることはない。
ぞろぞろとエメラルとリーズの周りにヴェルズが集まりつつあった。その中にはタナトスやナイトメア___エクシーズのヴェルズも複数体存在している。
エメラルは既に戦える状態ではない。それどころか、ヴェルズ化が進行しており早く何とかしなければ彼女もヴェルズの一員へと堕ちてしまう。そしてリーズは治癒の魔術を会得していない。
まさに、絶体絶命だった。
(どうする!? どうしたらいい!!? 最善の一手を考えなさい!リーズ!!今、あたしもカームも救う方法を!!!)
リーズが考えている時間と共にヴェルズは迫り、エメラルの体はさらに黒く染まる。
親友を置いて逃げる……?
そんな考えが一瞬でも浮かんでしまったことにリーズは頭を横に振って打ち消す。それでも、その考えが間違っていないのではないか、という考えがどうしてもよぎってしまう。
エメラルを抱きかかえるリーズは迫るヴェルズをにらみつけるが当然効果はない。
二人に近づく死の音が大きくなっていくにつれて、リーズの鼓動も大きくなっていく。冷や汗が流れ始め、体の震えが大きくなっていく。この場が死地だと、直観的に感じ取ってしまう。
「……ここ、まで、なのかな」
リーズだけならまだ助かるかもしれない。だが、彼女は親友を見殺しにしてまで生き残れるほど心が強くなかった。それを甘さという者もいるだろう。それを理解していても、リーズはカームを救わないという選択肢が選べなかった。
あきらめの言葉を発し、戦意を消失するリーズは最後にと親友のカームへと悲しげな笑みを浮かべた。せめて、死ぬ直前まで親友に寄り添えるように。恐怖と絶望に未だ囚われている彼女に少しでも安心を与えるように、少女は笑った。
これで終わりだと、邪念の軍団は二人の少女に一斉に襲い掛かった。その光景があまりにもゆっくりに見えて、リーズはそれが走馬灯だと理解した。
静かに目を閉じ、うつむく。平和になった未来を見たかったと心から思いながら、彼女はそれを諦めた。
「______死なせる、もんかぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
そこに飛び込んでくる、一つの小さな希望。緑色の暴風を拳に宿して、出せる限りの声を上げながら少年はもう無力な存在ではない。守られる存在ではない。
『希望』の名をこの世界に知らしめる時。それが、今。
「おねえちゃんたちから……離れろぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
叩きつけられる拳から発生した魔力はあまりにも巨大だった。長いガスタの歴史の中でも、これほどの威力を持つ魔術を使用できるものは__いない。
『風』の魔術であるtempestだが、あまりにも規模が大きくなりすぎた影響で雷鳴が起こり、その雷は多くのヴェルズを焼き払った。これは最早『暴風雨』どころではない。自然が生み出す最大の暴力の一つ___『typhoon』
草木をなぎ倒し、大地すら抉り取り、生命という者を破壊するほどの大災害。ユウキの世界では風神雷神と神の所業でもあると言われたそのエネルギーが、大切な誰かを守るために使われた。
___リーズが次に目を開けた時には、周囲からヴェルズという存在自体が消滅していた。
「____な、に。今の」
世界が真っ白になり、視界が開けたと思ったら状況が好転していた。そんな事実に誰がついていけるだろうか。ポカンと間抜けのように口を開け、目を丸くするリーズ。
そんな彼女に一人の少年が抱き着いていることに気づくのは、その数秒後のことだ。泣きじゃくる声を上げる主を見てみると、自分の腹部に見覚えのある髪型が見えた。
「カムイ……?」
「よかった……間に合ったよ……よかった……」
あの時、このヴェルズとの戦争が始まる時、手を取れなかった少年 カムイが今ここにいる。泣きじゃくりながら、必死に自分を抱きついている。まだ理解が追いつかない。
何もかもが考えられなかった可能性。だが、こうして今彼女は生きている。その事実こそがすべてなのだ。
___ボコボコとえぐれた地面から再びヴェルズが出現する。
その見慣れた光景で、ようやくリーズは現状を理解した。
「っ!!ヴェルズ、やっぱり湧いてくるか!!」
失われていたはずの戦意は復活し、今一度立ち上がろうとする___が、カムイが必死に抱き着いているためうまく立ち上がれず、再び座り込んでしまう。
「カムイ!」
「ダメ!!このまま戦ってもリーズおねえちゃんが犠牲になるだけ!!」
「でも!!」
「___カームおねえちゃんも!!」
「っ!」
自分のすぐ近くで横たわるエメラルは声を上げてすらいない。気絶したのか、意識を飲まれたのかはわからないが、体が黒く浸食されていく現象は止まらない。
今ここで撤退しなければ、もうチャンスは廻ってこないことをリーズはわかっていた。しかし、逃げても現状を打破できないのも確かだった。その不安を消すように、贈れて星の騎士団がやってくる。
リーズたちを背に、セイクリッドたちはヴェルズとの戦闘を再開する。瘴気の影響が消え全力を出せるようになった少数の彼らに対し、邪念は数で応戦をする。その光景はもう昔のように思えてしまうほど遠く感じるほんの少し前、開戦の戦場と同じだった。
「ガスタの子ね!早く後方に下がって!!」
「申し訳……ありませんっ!カムイ、行くよ!!」
「うん!!」
スピカに急かされ、リーズは無念の逃走に成功する。動かなくなったエメラルを抱きかかえ、自分の出せる最高速度で後方へと走っていく。小さいカムイは走るリーズの背中に抱き着いていた。
闘争の最中、泣きすすりながらカムイはぽつぽつと言葉を漏らす。
「よかった……二人とも、逃げてくれた……」
「よく、ないわよ」
「そうやって、なんで死のうとするの!!? 誇りある戦いができればそれでいいの!!? 皆を守れたとか思いながら死んでいくのがそんなに本望なの!!!?」
「それは___」
リーズが答える前にカムイは想いを吐き出していた。それは、カームやリーズ、カムイに未来を託そうとしていた者たちの『傲慢』を暴き出す一言。
「どうして_____一緒に生きようとしてくれないの!!!!!!!?」
未来を託す。言葉だけを見れば、きれいな響きだし美しい文字だろう。託す側としてはこれ以上にないほど___最期の言葉にふさわしい。
逆を言うのであれば、託される側にとっては一番聞きたくない言葉なのだ。託す側が消えてしまうという、最後の告白なのだ。
「僕はもう、誰かがいなくなるのは嫌だよ!!!」
父を、母を、相棒を失った。幼い少年にこれ以上何を失えというのだろうか。自分たちが言っていた言葉の意味の残酷さをようやくリーズは理解できた。そして、無意識のうちに自分たちがこの戦いで死のうとしていたことにも気づいた。
背中から伝わる涙の温かさが、彼女の心に深く突き刺さってくる。いなくなることの恐怖を思い出させる。自分が消えた時、きっとこの少年は泣き出す。そんな涙を見たくないから戦っていたのに___。
「ゴメンね、カムイ。あたしたち、何もわかってなかったね」
「グスッ……生きてくれてるから、いい……」
「急いでカームを助けてもらわないと……。そういえば、カムイはどうして外に出てきたの?」
「なんか、男の人の声がして。カームおねえちゃんとリーズおねえちゃんがピンチだって。それを助けられるのは、僕しかいないって」
(確かに、あの時のカムイの一撃がなかったら私たちは死んでいた……。でも、なんであんな力が?)
「___その疑問にお答えしよう。ガスタの疾風」
「!!?」
突然横から声を掛けられてぎょっとなるリーズ。全力疾走しているはずの彼女に並んで走っているのは、金色の悪魔だった。
「その声!!」
「ああ、君に声をかけるのは三度目だね。ガスタの希望 カムイ君」
「あんた、インヴェルズ!!?」
「おっと、敵ではないよ。私の名前はローチ。ただの観測者さ。それよりも、いったん止まって話をしないか?」
「あいにく、急いでるの。邪魔しないで」
「ああ、その少女 カームを救う方法なんだがね」
その言葉を聞いた途端、リーズは急停止。それを読んでいたかのようにローチも走るのをやめ、周囲に光の結界を貼る。貼られた結界が光であることから、多少リーズの態度も軟化の色を見せた。
「時間がないから手短にはなそう。彼女を救うカギは君だ。カムイ君」
「ぼ、僕!?」
「そうだ。軽く君のことを調べたんだが、君はガスタの中で唯一、神官家と戦士家の二つの側面を持っている存在だ。雑種強勢というやつかな。まさに希望と言っていいだろうね」
「それで、どうすればいいの!?」
「簡単なことだ。君の神官としての力を引き出せば、カームを救うことができる。手引きは私がしよう。さ、手を」
言われるがままにカムイは手を差し出し、ローチがその上に手を重ねる。既に体の半分以上が黒く染まっているエメラルに触れ、静かに目をつぶる。
「さあ、カムイ。君の願いを力にするんだ。___君が、あの異世界の青年に憧れたように、今度は君が彼女を守るんだ」
「僕が、おねえちゃんを……」
脳裏に浮かんだのは、いつも微笑みながら見守ってくれた実の姉。そして、自分たちを何度も守ろうとしてくれた異世界の青年と銀河の竜。強さは違えど、どちらも未来を照らし出す光。そのイメージを頭に浮かべ、手のひらに投影する。
強く、優しく、希望を照らす。その力をエメラルの中に溶かしていく。カムイは力の使い方がわからないが、それをローチが導く。光が溶けていくと、少しずつだがエメラルの浸食されている黒の部分が小さくなっていくのが目に見えて分かった。
その光景に安心したのか、カムイはぺたんと座り込む。瞳は重くなり、全身から力が抜けていく彼をローチが支え、そのまま寝かせる。
「はっはっは。疲れただろう? 今は休むべきだ。短時間に力を出しすぎた影響だ」
「あり、がとう。ローチさん……スゥ」
「さて、私の出番はここまで___」
「ちょっと待ちなさい!せめて質問に答えてから去って行って!!」
「何気にひどいなぁ」
用事を終え、さっさとどこかへ行こうとするローチに思わずリーズの突込みが入る。ここが戦場の中であるということも忘れているが、緊迫した状況から一時的にだが解放され言うもの彼女らしさが出てきた。小さく笑いながらローチは頭をかく。
「もしかして、あんたがカムイに何か言ったの?」
「ああ。彼は心がまだ幼い。だが、一度走り出せばその目的に向かってゆける強さはある。私はそのきっかけを作っただけさ。走るという選択を取ったの彼だからね」
「でも、助かった。ありがと」
「その言葉は生き続けて、彼に言ってあげなさい」
リーズがカムイを背負い、エメラルを抱きかかえたことを確認すると、ローチは最後に声をかける。
「では、生きてまた」
「___その言葉は」
「フフ。彼の言葉を借りてみたのさ。希望は、必ずある。それを忘れずに足掻き続けるんだ」
リーズの返事を聞くこともせず、ローチはすさまじい速度で去っていった。あのスピードなら自分にも追いついて当然だとリーズは感じた。
今は逃げる。そして、好機が訪れたら次こそは___。そう決意して、リーズは再び走り始めた。