端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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改めまして、星野孝輔です。
このたび、端末IF第二話を読んでいただき、誠にありがとうございます。

この回でこの世界のエリアルがどんな属性なのかわかると思います。
新たなるエリアルをお楽しみつつ、本編もお楽しみください。



第二話 激戦の後に

 高屋 ユウキが意識を取り戻したのは、ベッドの上だった。ただし、彼の部屋のベッドではなく、見知らぬ部屋。自分の身体を見ると、自室で着ていたジャージの上に、絹のようになめらかなさわり心地の白く大きめのシャツが着せられていた。

 部屋にはベッドの他に整理された机、いくつかの本が入った本棚。日光が差し込む窓。全てに木が使われており、森の香りで満たされていた。

 呼吸するだけで気持ちが落ち着いていくようだ。ここでなら何日もストレスなく眠ることができるだろう。

 だが、今のユウキに必要なのは睡眠ではなく、情報だ。まだ眠気が強いが無理矢理上半身を起こしくせ毛と頭をかいて目を覚まし、寝起きの脳で必死に情報を集め始める。

 

(確か、部屋で寝た後に変な夢を見て、調子に乗って意気込んでたら突然空から落下して・・・・・・それで・・・・・・)

 

 そこまで思い出したところで、ノックもなしに部屋の扉が突然開く。思いがけない訪問者に言葉にならない悲鳴が飛び出した。

 

「んなぁあああ!!?」

「ひゃあぁ!? お、起きたんだ……。よかったぁ……」

 

 悲鳴に驚きつつも笑顔で部屋に入ってきたのは綺麗な緑髪をポニーテールにした少女 ウィンダだった。彼女は机の下にしまわれていた椅子を取り出して、ベッドの横に座る。

 そのまままぶしい笑顔のまま、ウィンダは感謝の言葉をまだ頭が混乱しているユウキに告げる。

 

「まずは、助けてくれてありがとう。あの時、君が助けてくれなかったら私……ううん、ガスタが危なかった」

「ええっと……君はガスタの巫女 ウィンダ、であってるよ、ね?」

「うん、そうだよ。君は本当に不思議な人だね。エリアルだけじゃなく、私の名前と役割も当てちゃうんだから」

 

 ウィンダを前にしてポリポリと頬をかきながら、ユウキは目線を泳がせる。そのことが彼女にとっては不思議でしかなく、彼の顔をのぞき込むようにして目線を合わせようとする。

 

「どうしたの? もしかして、どこか痛かったりする?」

 

 そんな純粋に心配されているユウキさんですが___

 

 

(やめろぉ!!!そんな、そんな純粋でかわいらしい顔でこっちを見るなぁ!!!)

 

 ものすごく悶々としておりましたとさ。

 元々女性に対しての免疫がほぼ0のユウキ。当たり前のように恋人が出来たこともなければ、良い感じになった人数も0。

 大学に入れば多少は女性と関われると都市伝説を信じていたが、現実は残酷であった。

 だが、これは免疫の問題ではないとユウキは感じ取っていた。

 あの、イラスト通りの正当派美少女であるウィンダが目の前にいるのだ。決闘者でなくても、緊張するだろうと、勝手に決めつけた。

 

「別に、何でもないデス。ハイ」

「そっかぁ。君が無事なら何よりだからね!」

 

 ユウキが無理矢理絞り出した声にも特に気づくこともなく、ウィンダは肩の力を抜いた。

 だが、二人が沈黙することはない。ユウキは現状を、ウィンダはユウキの正体を知らなくてはいけないのだから。

 

「じゃあ、改めて自己紹介。私はウィンダ。ここで巫女をやってます!まぁ、最近は戦いばっかで本業を全くやれてないんだけどね。アハハ・・・・・・」

「それは、なんというか・・・・・・お疲れ様、なのかな。あ、俺は高屋ユウキ。19歳の一般人・・・・・・のはずです、ハイ」

「本当に? なんか別世界の勇者様とかじゃないんだよね?」

「ハイ。大変申し訳ありませんが・・・・・・。別世界、というのは正しいと思うけど」

 

 別世界、という言葉にウィンダは少しだけ表情を曇らせたがすぐに隠した。

 彼女にとって、たった一つの心残りは彼には関係ないからだ。

 ユウキもウィンダの表情の変化には気づいていたが、わざわざ隠したことを追求することはない。

 何事もなかったかのように、互いの質問は続く。

 

「別世界って言ったけど、私やエリアルのことを知ってた理由も関わっているのかな?」

「その、すごく信じられない話だとは思うんだけどさ___」

 

 ユウキは自分がいた世界のことを話し始める。

 遊戯王というカードゲームがあること。自分がそのプレイヤー、決闘者であること。そして、彼女たちがそのカードゲームの登場キャラクターであることを。

 ウィンダはユウキの話を聞いて、信じられないという感想を抱くが、彼が嘘をついているとは思えない。

 自分たちがただの創作物だと言われて、簡単に信じられる人の方がいないだろう。しかし、彼が自分たちを知っている理由としては納得のいくものだ。

 ユウキの出自はとりあえず分かった。だが、そんなただの一般人と自称する彼が何故自分たちを救ってくれたのか。それがウィンダの最も知りたいことだった。

 魔術が使えるガスタですら戦場ではあっけなく命を落としていく。それなのに、何故彼はリチュアの前に立ち塞がったのか。

 

「魔術も、君が言う特別な力もないのに、なんで私を助けてくれたの?」

「あ~・・・・・・成り行き、ではあるんだけど。とりあえず誰かが死にかかってるのに見捨てることはできなかったかな」

「優しいんだね、君は。とっても勇気があるんだね」

「それはちょっと言い過ぎだと思う。ただ必死だっただけだから」

 

 通常時であればごく普通の理由を述べるユウキだが、ウィンダにはその難しさが分かる。

 目の前に恐怖があれば、逃げてしまいたくなるのが生命なのだから。その恐怖から逃げず、まっすぐ見つめることはまさしく『強さ』と呼べる物を、彼女はユウキから感じ取っていた。

 

「でさ、君はこれからどうするつもり? どこか行く当てはあるの?」

「ナイデスネ、ハイ」

「だったら、うちに来なよ!この部屋は空室だったし、私を救ってくれた君をほっておけないし。ね?」

「は、ハイ。おねがい、します」

 

 突然の願ってもいない申し出にユウキは反射的に頷く。もっとも、彼が座っているベッドに手を置き、ずいっと身を乗り出してきたウィンダの迫力に押されたのが大体の原因だ。

 とりあえずベッドから名残惜しく抜け出して、ウィンダが持ってきていた衣服へ着替えることに。

 黒の肌着に綺麗な新緑色に染め上げられたセータ。白色のズボンに皮で出来たブーツ。

 この内容を見て、内心冷や汗をかいているユウキ。単に現実世界でこんなおしゃれな物を着たことが全くないから、どんな感じになるのかが全く想像できないのだ。

 

(せめて、ダサくなりませんように・・・・・・衣服に負けませんに・・・・・・!)

 

 一度ウィンダに部屋を出てもらい、震えた手つきで着替えていくユウキ。着ていくたびに未知の衣服の良さに身体の震えが止まらなくなっていく。

 肌触りは彼が着たい服の中で最高といってもいいほど心地よく、それでいて動きを阻害するような堅さが全くないだけでなく、部屋着にしても大丈夫なほどに軽い。

 

(それでいてオシャレなのずるすぎませんか)

 

 鏡の前でガスタ衣装に着替え終わった自分を見て、呆然とするユウキ。人生の中で最もおしゃれな服装であり、元の世界では高度なコスプレでもあるその格好に決闘者として感動しているが、どこか衣装に食われている自分に悲しみを覚えていた。

 

「ユウキ~? 着替え終わった~?」

(あのウィンダに名前を呼ばれた!!?)

 

 あの人気カードであるウィンダに名前を呼ばれるという普通ではない出来事でユウキに意識が戻る。

 恐る恐る扉を開くと、先ほどと同じように笑って出迎えてくれるウィンダの姿があった。ただ壁にもたれかかっているだけなのに漂う美少女オーラにユウキは燃え尽きそうだった。

 

「おー、なかなか様になってるね。じゃあ、外に行こっか。皆にユウキを紹介しないと!」

「よ、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 ガスタの里。ミストバレー湿地帯の奥に存在するガスタの一族の棲み処。

 普段は原住生物たちが侵入者を排除しているため、侵略はありえないが、今はリチュアの攻撃によりその防衛が機能していない状態だった。

 ガスタは争いを好まぬ温厚な一族。ゆえに、今回の侵略で大きな被害を受けており、今現在も集会場では現状打破の集会が行われていた。

 

「ふむ、正体の知れない青年、か。本当に戦力になるのだろうか」

 

 中年の男性が今日の報告を受ける。

 彼は、ガスタの賢者 ウィンダール。現在のガスタの族長で、ウィンダの父親でもある。

 

「戦力にはなるでしょうけど、部外者にあたしたちを守ってもらうなんて、趣味じゃないです」

 

 報告したのはツインテールの女性。ガスタの疾風 リーズ。戦場からユウキとウィンダを運んだのは彼女だ。

 彼女はガスタの中で戦いを司る『戦士家』の生まれで、どちらかというと血の気が多い。ガスタは自分たち『戦士家』が守り抜く、というプライドからの発言だろう。

 

「まあ、落ち着きなさい。リーズ。彼はウィンダを救ったのだろう?ならば、頼りにしてもいいだろう」

 

 優し気な笑みを浮かべながらリーズをたしなめる男性は、ガスタの神官 ムスト。

 『神官家』の一人で、軍師として裏から戦場を支えている。しかし、最近ノエリアの策略が読めず力不足を感じていた。現状打破のために、新たな戦力については好意的だ。

 が、そう簡単にプライドを無視できれば人は苦労しない。リーズはムストへと反論する。

 

「でも、あいつ。エリアルの名前を知っていました!今回の助けたのだって、リチュアの作戦かもしれないんですよ!?」

「それでも、戦士家の皆も今は負傷している者が多い。少なくとも今は彼と力を合わせるべきではないかね?」

「でも!」

「ふ、二人とも、落ち着いてください」

 

 口論する二人を止めようとする女性は、ガスタの静寂 カーム。

 神官家の出身で、リーズとは幼馴染である。正確はリーズとは正反対だが、仲は良い。

 ガスタを愛しており、争いを最も好まない性格ゆえに、誰からも愛されている女性。

 彼女を困らせる者は、大抵ひどい目に合うという噂もあるが、定かではない。

 

「そうだよ!ウィンダおねーちゃんがその人を見極めているんでしょ?リーズおねーちゃんとお父さんが言い争っても意味ないよ!」

 

 そう訴えるのは幼い少年。ガスタの希望 カムイ。

 幼いながらも、ガスタの原住生物と心を通わせることに成功している、将来有望な少年だ。

集会に出ている他の者たちも、ガスタは自分たちで守るという意見と、新しい戦力が必要だという意見で真っ二つに分かれていた。

 集会所に緊迫した空気に新たな風が吹く。透き通るような声が響き渡ったのだ。

 

「みんなー!私たちの恩人が目を覚ましたよー!」

 

 集会所へウィンダとユウキが入ってきた。ユウキは手を引っ張られたままで、ウィンダと二人でウィンダールの横に立つ。

 ウィンダールは空気を『わざと』読まずに入ってきた娘を見て、眉間に小さなしわをつくる。

 

「ウィンダ、何も説明をせずにここに来ただろう。彼、困惑しているぞ。」

「……あ」

「はぁ……。前から勢いだけで飛び出すな、と何度も言っているだろう。」

 

 族長から父親の顔へと変わったウィンダールはコツンと、軽くウィンダの頭をたたいた後、困惑しているユウキへと優しく声をかける。

 

「私の娘がすまなかったね、青年。話はある程度ウィンダから聞いているよ。先日のリチュアとの戦いでは随分と大きな戦果を上げてくれたようだ。」

「えっと・・・・・・貴方は、ガスタの賢者 ウィンダールさん、ですね?」

「……ああ、そうだ。驚いたな。私のことも知っているとはね」

「は、はぁ。あの、これってどういう状況なんですか? なんか、緊迫した空気でしたけど・・・・・・」

 

 今のところ、ユウキにはほとんどのことが分かっていない。

 わかっているのは、ここが端末世界であることと、これは夢ではないことだ。彼自身としてはこれが夢で、気づいたら自室だったーというオチがあってほしいのだが。

 何より、成り行きでウィンダを助けてしまったことが、彼にとっては大きな心配だった。本来の歴史では自分という遺物は存在しない。これでは自分が知る端末世界の結末と変わって……

 

(あ、あれ?どうなるんだっけ?)

 

 おかしい。端末世界のストーリーは一通り覚えていたはずなのに、何一つとして思い出せない。まるで、誰かが思い出させないようにしているかのようだった。

 覚えているのは、その結末___世界が終末へと向かっていく中、神との最終決戦があることだけ。

 

 他にも何かおかしい。

 

 いくらエリアルが好きだからと言って、命の危機にあえば恐怖が湧き上がるはずだ。なのに、まったく恐怖を感じなかったのは何故か。

 世の中には、決闘者ならよくあること、とか言われるが、ユウキは普通の人間である。

 まあ、モンスターが召喚して実体化していることには疑問を持っていないのだが。

 ユウキが色々考えていても答えは出ない。無意識に顔に出ていたようで、ウィンダールが心配そうに彼の顔をのぞき込んだ。

 

「不思議な顔をしているが、大丈夫か? もし、まだ体調が優れないなら、休んでいてもらってもかまわない。」

「へ? あ、はい。大丈夫です。というか、なんでここまでしてくれるんですか?」

「リチュアの侵略から我々ガスタを守ってくれた救世主だから、と言ったら?」

「きゅ、救世主ぅ!!!?」

 

 

 

 

 

 

「救世主だなんて、そんなむちゃくちゃなぁ……」

 

 部屋の中で一人、ユウキはベッドの上でつぶやく。

 部屋は前に寝ていた部屋で、そこを自由に使っていいと言われた。さらにありがたいことに、ウィンダから渡された衣装も私物に。さらに、外は寒いということで薄茶色のコートもいただいてしまった。

 整理する時間が欲しいと言ってあの場は切り抜けたが、異世界に来たどころか救世主になってくれ、ときてしまいユウキの頭はパンクしそうだった。

 

「そもそもあの声、誰だったんだ?」

 

 この世界に来る前、おそらく端末世界に来てしまった原因は、あの女性の声に了承してしまったからだろう。

 声は言った。世界を救ってほしいと。

 自分じゃなくてもいいのに、と不満を漏らす。母親も元の世界にいる。一人にさせることはしないと誓っていたのに。

 こうして、いくら青年が文句を言っても、元の世界には戻れないし、夢は覚めない。ため息をついて、とりあえずデッキを見てみる。

 自分の手持ちは、貸してもらった服とこのデッキしかない。やることと言えば、先ほどの答えを考えることくらいだ。

 ぼーっとカードを見ていたユウキはようやく、デッキの異変を見つける。

 

「エクストラデッキのカードが、何も書かれてない?」

 

 エクストラデッキ。つまり、融合・シンクロ・エクシーズモンスターのカードが使えなくなっている。

 メインデッキは大丈夫かと不安になり、カードを確認していく。

 

『ずいぶんと慌てているみたいだな、ええ?召喚者さんよ』

「!?」

 

 デッキを見ていると、今度は姿なき男の声が聞こえた。部屋の周りには人の気配はないが、間違いなく話しかけられた。

 ベッドの上で思わず飛び跳ねると、その声がエリアルとの戦いの最中に聞こえたものと同じ事に気づく。

そして『召喚者』のワードでその声の正体にすぐに気づくことができた。デッキの中から彼のエースカードを取り出し、声をかける。

 

「ぎゃ、銀河眼(ギャラクシーアイズ)、か?」

『そうだ。お前のエース、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)様だ。エクストラのカードが使えないことを焦ってるのか?』

 

 声が聞こえる事と同調するように銀河眼の光子竜のカードが淡く光る。遊戯王のアニメではモンスターが自我をもって、キャラクターたちに話しかけることがある。

 それでも自分にその状況が降りかかってきても、平然としているユウキはやっぱりおかしいのだが。

 

「そう。ランク8とかのエクシーズ使ってただろ? 使えないのか?」

『ああ。それは俺とお前、お互いの気合いっつうかノリっつうか・・・・・・まあ、気持ちが高ぶっていくと解放される、らしい』

「らしいって・・・・・・」

『うっせぇ。俺も全容を把握してるわけじゃねぇ。ま、俺様に任せておけば安泰だからな』

「そうかなぁ・・・・・・不安しかねぇ」

 

 一見すると、ベッドの上でカードに向かって話しかけているイタイ青年の図が出来上がっている。

 エクストラデッキを使えないのは、結構な死活問題ではあるが、銀河眼(ギャラクシーアイズ)は気にせずユウキに話す。

 

『俺様の力はよーく知ってるだろ。なら、使いこなしてみせろや。そうすりゃ、すぐにエクストラのカードも使えるようになる』

「……わかった。とりあえず、これからもよろしく、銀河眼(ギャラクシーアイズ)

『ああ。期待はしといてやるよ。んじゃ、お勉強の時間だ。この世界はデュエルとは異なることが多い。俺様が知ってること教えてやるから、全部覚えろ』

 

 二人の絆ができたところで、銀河眼(ギャラクシーアイズ)からのレクチャーが始まる。

 高屋ユウキの端末世界生活はこうして過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「パパぁ!!!ママぁ!!!どこにいるの!!!!」

 

 寒い、寒い、寒い。

 

 痛い、痛い、痛い。

 

 いくら泣き叫んでも、わめいても、誰も助けてくれなかった。

 

 両親はこの場にいない。もっとも、今では親の顔すら思い出せないが、

 

 必死に泣き叫んでいる『僕』は、バカみたいだ。どうせ、誰も気づいてくれやしない。

 

 ……あの人を除いて。

 

「エリアルちゃん!!?」

 

 一人の女性が僕に気づいた。すぐに駆け寄って、僕を抱きしめてくれた。

 

 その時の安心感を今でも覚えている。

 

 あの人のためなら、私の命も差し出して構わない。

 

 あの人の、娘になることができるのならば。

 

 その願いをかなえるために、彼女は暗闇に手を伸ばしている。

 

 それが、どんな結末になるか。まだ、知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 エリアルはベッドの上で目を覚ます。

 昔の記憶、思い出したくもない絶望の過去。目覚めは、最悪だった。

 手足は縛られていないが、謎の腕輪がつけられている。一目見た瞬間に魔術がほどこされていると見抜くエリアル。

 解除しようにも手元に儀水鏡はない。当り前だ。彼女はガスタの捕虜なのだから。

 

「拘束もないとは、相変わらず甘いわね。もっとも・・・・・・この状況を打破できない私が一番どうしようもないんだけど」

 

 自分の情けなさに、エリアルは笑ってしまう。儀水鏡がなければガスタの魔術もどきすら突破できない、非力な自分を。

 状況整理をするがてら、気を失う前の記憶を思い出す。

 ウィンダにとどめを刺そうとした時に、上空から突然男が落ちてきたのだ。

 それで殺そうとしたのだが失敗して、それで勝手に興奮されて、そして___

 

「・・・・・・~~~~!!!」

 

 一番可愛いとか言われたことを思い出してしまい、顔が真っ赤になる。

 

「そ、そんなんじゃなくて!!とにかく、あいつの召喚した竜のせいよ!!しかも、殺さずに捕まえるなんて、なんて悪趣味なのかしら!!」

 

 今度は怒りで顔が赤くなる。

 ただ、『かわいい』と言われたことによって、よくわからない感情が混ざっていることに彼女は気づいていない。

 そんな最中、狙ったかのように部屋の扉がノックされ一人の青年が部屋に入ってくる。

 

「お、お邪魔しま~す・・・・・・起きてますか・・・・・・?」

「____お前、よく私の前に顔を出せたな!!」

 

 部屋に入ってきたのは、例の男であるユウキだった。彼が持っているお盆のことなど全く気にせず、エリアルは怒りを爆発させ彼にとびかかった。

 驚くユウキだが、その意識は危害を加えられることに向けられていなかった。それは何故か。

 

「ちょ!?そんなことしたら、結界が!」

「ふぎゅ!?」

 

 エリアルがユウキにぶつかる寸前、彼らの間に一枚の緑色の壁が出現。そのままエリアルは壁に激突してしまい、自分でも聞いたことのない声が上げた。

 情けない声を聞かれたことに、さらに彼女の怒りが増す一方で、ユウキは恐る恐るエリアルに声をかける。

 

「えっと、どうやらエリアルから危害を加えようとすると、今みたいに結界が自動作成される魔術がその腕輪にかけられてる、らしい」

「ガスタのくせに、生意気なぁ……」

 

 涙声で頭をさするエリアルは非常に可愛らしく、思わず顔がにやけそうになる。そのユウキの目線が、さらに彼女の怒りの炎に油を注ぐ。

 が、このまま怒り続けていてもループするだけなので、エリアルが一旦落ち着いて、しかし怒りを込めてユウキをにらむ。

 

「で、何。殺すなら殺しなさい」

「いや、単に夕ご飯ができたから呼びに来ただけなんですが・・・・・・」

「夕ご飯、ですって?」

 

 あっけにとられる。捕虜なら、食料など与えない、または最低限が普通だろう。

 リチュアの中を見てきたエリアルには考えられない、信じられないことだった。

 ユウキは殺気におびえながら、おどおどと話を続ける。

 

「そう。償うためには身体も大切ってウィンダは言ってた。まぁ、俺には何が何だかさっぱりなんだけど」

「償い? 笑わせるわね。償うことなんて、一つもないわよ」

「あー・・・・・・あんまり言いたくないんだけど、万が一のことがあれば、儀水鏡を割ることになるって___」

「それだけはやめて!!」

 

 言葉を遮るようにエリアルは再度ユウキに飛びかかる。

 だが、結果は先ほどと同じだ。彼女は結界に阻まれてぶつかり、そのまま床に倒れ込む。

 強気の仮面は既に外れ、その声は震え始める。

 

「やめて……それだけは、やめて……。あれをなくしたら、お義母さんに……二度と認めてもらえない……」

 

 先ほどの強気で冷酷そうな彼女は消え、今ユウキの前にいるのは、必死に大切なものを失わないように、そのことに恐怖している、年相応の少女だった。

 哀れむような感情は彼女にとって侮辱だと分かっている。だが、少しだけ。母親に認めてもらいたい、褒めてもらいたいという事はユウキにはよく分かった。

 

「お義母さん……ノエリア、だね。エリアルがリチュアでどんな扱いを受けているのかは、俺には分からない」

 

 彼もまた、母親に対して深い感情を抱いている。ここまで育ててくれた、たった一人の家族に。だからこそ、暴走しているように見える彼女に言いたいことがある。

 

「母親に認めてもらいたいっていう想いはわかる。でも、認めてもらうことは、ほかの人を巻き込んでいいわけじゃない」

「お前に何がわかる!!」

「わからないさ。でも、このやり方でエリアル自身は満足するの? 知り合いの命を奪って、認められて___昔は一緒に笑っていた人を忘れられるの?」

 

 涙をためながら、エリアルは必死にユウキをにらむ。が、今度はおびえることなく、ユウキは彼女に手を差し伸べる。

 

「ウィンダ、待ってるよ」

 

 そんないい場面で、ぐぅ~、とエリアルから音が聞こえた。

 さっきからエリアルは顔が赤くなってばかりだが、今回は今までで一番赤くなる。

 それが羞恥心なのか、怒りによるものか、彼女自身も分からない。とにかく頭が沸騰しそうになっているのは事実だ。

 

「アハハ……。とりあえず、いこっか?」

「ぐぬぬ……。別に、お前の言ったことに納得したわけじゃないから!わかった!?」

「ハイハイ」

 

 本来ありえなかった青年と少女の出会い。奇しくも『母親への想い』という一点が共通している二人は何を変えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 二人が部屋から出て階段を降りると、広めのリビングへと入る。

 爽やかな森の香りがするリビングでは、ウィンダールが書類整理を。よい匂いがする奥のキッチンでは、カームとウィンダが二人で夕食の準備をしていた。

 ウィンダールの指示通り、エリアルを連れてくることに成功したユウキ。まずは簡単にウィンダールに声をかける。

 

「ウィンダールさん。エリアルを連れてきました」

「ああ、ありがとう。ウィンダ、カーム。そろそろ食事にしようか。カームはカムイを呼んできてくれ」

「はーい。わかりました。……リーズは連れてこないほうがいいですよね?」

「ああ。リチュアを目の前にしたら、彼女は何をするかわからない。何人も友人を奪われているからな」

「わかりました……。エリアルちゃん、ちょっと待っててね」

 

 パタパタと足音を立てて、カームは部屋の外へ出ていく。残ったウィンダがエリアルに話しかける。

 

「エリアル……。こうやって落ち着いて話すのは久々だね?」

「……」

 

 エリアルは下を向いて、無言を返す。照れくさいなどの感情ではなく、話すことはないという拒絶の感情をもって。

 その態度に、ウィンダは寂しそうな顔をしてから、キッチンの奥から何かを持ってくる。

 

 それは、スープだった。見た目は何の変哲もない、ただの野菜スープ。

 

 その、ただのスープをいとおしく見つめながら、ウィンダは語る。

 

「これ、覚えてるかな?トリシューラ様の暴走で私たちが元々住んでた場所は氷漬けになっちゃって。そんなとき、ノエリアさんが私たちを助けてくれた」

「……」

「こっちに移動してきて、不安がいっぱいだった時に、ノエリアさんが初めて作ってくれたのが、この野菜のスープだった。今でも忘れないよ。寒かった後に飲んだ、とっても安心するあったかいスープは」

 

 エリアルは何も言わない。それでも、ウィンダは彼女に語り続ける。

 

「あのとき、みんな一緒に飲んで、それから泣いたよね。元々の場所への愛着だったり。あ、アバンスはナタリアさんを失って放心してたっけ……。忘れたい記憶だよ。私にとっても。カームさんやリーズさんにとっても。きっと、エリアルにとっても」

 

 トリシューラ。ユウキにもトラウマがある名前だ。

 レベル9のシンクロと言えばこいつ。もしくはミスト・ウォーム。

 とにかく、対象を取らない除外が強い。ユウキも何度も銀河眼を除外されていた。

 この世界では、かつて魔轟神ごと世界を滅ぼした氷結界の龍。

 ユウキにもこの知識はあった。そして、ウィンダ達のトラウマになっていることは、確かな記憶がなくても雰囲気で察することができた。

 

「だけどね。それでもエリアルやエミリア、アバンス。それにノエリアさんと一緒に生活した思い出は、絶対に忘れられないの。すごく大切な思い出だから」

 

 ウィンダはしっかりとエリアルを見る。そして、笑顔で思いを告げる。

 

「今だけでいいの。ガスタに捕まっている間だけは、昔みたいに仲良くしたいの。……ダメかな?」

 

 ウィンダの心からの願いを聞いたエリアルは、顔を俯けて彼女に近づき__

 

 

 

 スープを奪い取るように受け取って、一気に飲み込んだ。

 

「!!? あづっ!!!」

 

 当然スープなので熱々であり、それを一気に飲み込んだら吹き出すに決まっている。

 そして、吹き出したということは目の前にいるウィンダにかかるということで。

 

「あつっ!!!? な、何してるの、エリアル!?」

 

 ゴホゴホとむせるエリアルはやっぱり顔が赤くなっている。だが、吐き捨てるかのようにとげのある言葉でウィンダを突き放す。

 

「う、うっさい……。飲めばいいんでしょ。あんたたちの捕虜なんだから、勝手にしなさい。でも、私は絶対にリチュアに帰るから」

「……そっか」

 

 エリアルの想いは変わらない。彼女はリチュア、ガスタへの侵略者なのだから。悲しみと共に、ウィンダはその事実を受け止める。

 ウィンダールはその様子をうかがっており、口を出すべきかどうかを考えていた。

 部屋の中がシーンと静まり返る。

 

 

 

 異世界から来た青年が、ある一言を言うまでは。

 

「エリアルってさ、昔ツンデレだった?」

 

「ツンデレ?なにそれ?」

 

 ユウキが言った単語にウィンダが反応する。

 

 

「ええっと、別にあんたのためにやったわけじゃないんだからね!……みたいな感じで、本当はうれしいのにそれを表に出すのが恥ずかしくて、こうツンツンしてる感じの」

「あ~、確かにエリアルって昔からそんなことあったような~。あ!昔怪我してた私を治療してくれた時に、似たようなこと言ってた!」

「なぁ!!?」

 

 思い出したくもない過去を暴露され、エリアルの仮面が外れる。

 一方、ウィンダとユウキの会話は止まることを知らない。

 

「お礼言ったら、『べ、別に君のためじゃないし……』って言ってた!思い出したよ!!」

「あーやっぱり。そんな雰囲気だったけど、なんか良い子感が消せてないんだよなぁ。萌えポイント高い」

「萌えって?」

「エリアル見てて、なんかほんわかしたり、胸がキューンってなったことない?」

「あるある!昔から負けず嫌いで、かけっこで転んでも涙をこらえて一番になろうとしたり、『つ、次は負けないんだから!!』とか言ったり!」

「わぁああ!!!わぁああああああ!!!!やめなさい、あんたたち!!!ウィンダもいい加減にしてよ!!!!」

 

 もう顔が真っ赤のエリアルを無視して、楽しそうなウィンダとユウキのエリアル話は続く。

 

「あと、エリアルってさ、魔術で失敗して黒焦げになるイメージ、ない?」

「あー、わかる気がする。で、涙目になって『別に失敗してないし』とか言いそう」

「同意。他にも嫌いな食べ物があると、少しうろたえるんだけど、プルプルしながら食べて『まずくないし。食べれるし』とか言いそう」

「あ!そんなことあったよ!!確かあれは……」

 

 

「もういい!!もういいからぁあああああああああ!!!!!!!!!勝手に僕のイメージをつけるのやめろぉおおおおお!!!!!!!!」

 

 

「!今僕って!」

 

 昔の一人称が出たことに、昔馴染みのウィンダが見逃すはずがない。もう、エリアルの精神的LP(ライフポイント)はゼロである。

 

「ち、ちがぁ……」

 

 涙声で反論するが、まったく説得力がない。むしろ、二人のイジリ心を加速させるだけだ。

 

「マジの僕っ娘、だと……!!」

「そうなの!昔、エリアルは自分のことを僕って言ってたの!でも、男の子っぽいっていう理由で辞めたんだったっけ。懐かしいなぁ~」

「意外と乙女なんだ。エリアルって」

「うん!アバンスとエミリアとの関係性を顔赤くしながら聞いてたり、自分でお姫様と王子様のお話をつくって読み聞かせたり……。結構面白かったよ、その話」

「その話詳しく」

 

 ニヤニヤ顔で自分を見るユウキと、ほほえましい物を見る顔で自分を見てくるウィンダに、もう、エリアルは何も言い返せない。

 顔を真っ赤。耳どころか首まで真っ赤にして、もうこんな恥ずかしい思いはしないだろうというくらい羞恥に襲われ、ぺたんと地面に座り込んでしまう。

 その座り方は『女の子座り』というのだが、これがまたユウキの心をキューンとさせる。

 

「あーマジでかわいいよエリアル」

「うん!かわいいよね、エリアル!!」

 

 ただのオタクとしてのユウキの本心の言葉に、まったく無垢な言葉でウィンダが同意する。

 もう、エリアルの心は恥ずかしさとか誇りを失った怒りとか。とにかくいろいろごっちゃまぜになり、ついには泣き出してしまう。

 

「もういっそ殺せぇー!!!!!お願いだから消えさせて!!!!うわあああああああああん!!!!!!」

「ど、どうしたの!?何があったら、エリアルちゃんが泣き出すの!!?」

「エリアルおねーちゃん、どうしたの!?」

「泣き声がするから来てみたら……どうゆう状況よ、これ」

 

 エリアルの泣き声につられて、カームがカムイを連れて部屋に飛び込んでくる。それに続いて、突然ウィンダの家から泣き声が聞こえたため、リーズも現れる。

 だが、この三人に今の状況を理解しろ、というほうが無理である。

 そんな混沌とした部屋を見て、傍観していたウィンダールが一言つぶやく。

 

「……平和だな」

 

 

 

 

 

 

 エリアルがガスタに捕まってからの数日。ガスタの里は平和だった。

 例えば__

 

「きゃあああああ!!!!!?おろしてぇええええええええ!!!!」

「アハハハハ!!!ウケる!!エリアルがビビってる!!」

「ちょ、ちょっと!リーズ!?そんなに笑わなくても……」

「ええっと、大丈夫? エリアル」

「なら、おろしなさいよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!?」

 

 ウィンダがエリアルを無理やりガルドに乗せて、空中散歩をしたり。

 なお、カムイはユウキの銀河眼(ギャラクシーアイズ)に目を輝かせていた。

 

「ユウキおにーちゃんの竜、カッコいい!」

「お、カムイは分かってるなぁ。銀河眼(ギャラクシーアイズ)も喜んでるよ」

『俺様がカッコいいのは当然だからな』

「・・・・・・しかし、エリアル大丈夫かえ」

 

 他にも__

 

「さて、どうしようかしら♪」

「別に、髪型なんて……」

「ダメよ、エリアルちゃん!折角きれいな髪なんだもの。ちゃんとオシャレしなきゃ♪」

「ううっ……」

 

 エリアルがカームのお人形になったり__

 

「儀水鏡返せ!!」

「ダメに決まってるでしょ!!」

 

 リーズとエリアルが喧嘩したり。なお、エリアルがボコボコにされました。

 そんな楽しい日常を過ごしている間、ガスタ全体ではエリアルの存在について会議が行われていた。

 その内容はほとんどが自由をなくし拘束して、リチュアのとの交渉材料にするべきだという意見が多い。

 いくら温厚なガスタでも、何度も侵略を受け、身内を殺されていればその怒りは抑えることが出来ない。中には過激派の意見もあり、殺してしまえ、というものも。

 ユウキは特に関わることはしなかったのだが、その日の夜、ウィンダから依頼があった。

 

「このままだと、エリアルがまずい状況になるかも……。ユウキ、貴方の意見を聞かせてくれないかな?」

「・・・・・・部外者の俺が出ても大丈夫なの?」

「なんとかしてみる!部外者の意見もいるし、なにより私の恩人だもん!」

「それは関係ないのでは」

 

 本当に考えているのか、ただ勢いで発言しているだけなのか分からないウィンダの発言に、思わずあきれ顔をさらしてしまうユウキ。

 ただ、推しキャラであるエリアルがひどい目に遭うのを見過ごしたくはない。何が出来るかは分からないが、とりあえず参加させてもらうことにした。

 翌日の夜、ウィンダに連れられてガスタの集会所に入ったユウキは、予想通りのその重い空気に苦笑いを漏らす。

 部外者であるユウキの姿を見たウィンダールやリーズ達、戦士家は当然会議に参加することに渋い顔を見せるが、皆に必死に頭を下げているウィンダに免じて納得したようだ。

 ユウキが指定された席に着くと、ガスタにとっていつもと変わらない意見が拮抗し一向に決着が付かない時間が始まった。

 口を挟むこともなくユウキはただ意見に耳を傾けて、ウィンダールから発言を促されるまでは地蔵のように固まっていた。

 

「___では、ユウキ君。君の意見を聞かせてもらいたい」

「あ、はい。ええと、確認なんですけど、ガスタの皆さんはリチュアと争いたいわけではないんですよね?」

 

 そんな当たり前の質問に、困惑の声はあれど誰も反対の声は出さなかった。それを確認したユウキは不思議そうに言葉を続けた。

 

「なのに、なんでリチュアにケンカを売るようなことするんですか? 今みたいに自由にさせれば良いと思うんですけど・・・・・・」

 

 あまりにも呑気で危険なその意見に一人の男性が声を荒げて、反論した。

 

「だが、リチュアは何をするか分からない!今も我々の情報を___」

「しているという理由は?」

「___は?」

「証拠、あるんですよね? ただ疑うだけなら俺でも出来ますよ」

 

 その声はどこか冷たさがあった。頭が固くエリアルを見ていない男性に少なくともカチンときていたユウキは彼をにらみつけて、早口で反論した。

 一瞬で熱くなってしまった頭を冷やすようにユウキは深呼吸をはさみ、再度言葉を続ける。

 

「彼女に魔術を使わせないために儀水鏡を取り上げているんですよね。その状態でどうやってリチュア側に情報を流すんですか」

「それは・・・・・・」

「落ち着きましょう。確かに放置してはいけない問題だとは思います。でも、ただ怒りや憎しみのまま行動していたら、逆に自分たちが争いを振りまく側になりますよ」

 

 戦いのない世界から来たユウキだからこそ言える一言。争いが呼ぶ怒りや憎しみをちゃんと理解していないから言える一言。

 だが、その言葉はまちがいなくここにいる者たちの心に届いた。

 

「ええっと、出過ぎた真似でしたよね?」

「いや、ぴったりだったよ。とりあえず座ってくれ」

 

 ウィンダールは笑みを浮かべてユウキを座らせると、集まった全員へと視線を向ける。

 ウィンダを除く全員が何かに気づいたかのように、お互いの顔を見合わせて小言で話している姿があった。長い戦いの中で埋もれてしまったものが、再び姿を現したことをウィンダールは確信した。

 

「ここに集まったガスタの民よ。今一度私からも問おう。我々は___奪いたいか? 我々から奪っていったリチュアから、奪いたいか?」

 

 問いに答えるものはいなかった。

 

「悔しいと思う者、怒りを覚える者、敵を討ちたいと思う者。思うことは様々だろう。だが、決して自分がリチュアになりたいと思う者はいないと私は信じている。___だが、ユウキ君」

「はい?」

 

 まさか声をかけられるとは思わず、気の抜けた声が出るユウキ。ウィンダールの顔は先ほどとは違い、少し険しいものだった。

 

「エリアルは我々から奪ったことは事実だ。それは理解してくれるね」

「それは・・・・・・はい、そうですね。自分も、殺意を向けられましたし」

「我々ガスタはリチュアであるエリアルを心から信頼できない。だから、君にもエリアルの見張りをお願いしたい。彼女が決して、我々の敵にならないように」

 

 それは、自分にも責任を持ってもらう、という忠告だ。何かあれば自分も協力をして、最悪、エリアルと再度対峙することもあり得る。

 首を縦に振ることに、初めて恐怖を感じた。

 だけど___

 

「・・・・・・わかりました。自分なりになりますが、よろしくお願いします」

 

 エリアルを信じたい。

 

 儀水鏡を壊すと脅したときのあまりにも幼く恐怖におびえた顔。

 昔話をしたとき、恥ずかしさのあまり昔の一人称が出てしまったこと。

 ここ最近、ウィンダたちと仲睦まじく生活をしている姿。

 その、『普通』の女の子を信じたいと、ユウキは思った。

 

 こうして、ユウキの責任と引き換えに、エリアル本人の知らないところで彼女の自由が保たれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 エリアルがガスタに捕まって一カ月が経とうとしていた。

 

「エリアル!おはよ!」

「相変わらず、うっさい……おはよ」

 

 エリアルは少しずつ、確実に態度が軟化していた。

 相手を傷つけるような、周囲を離れさせるような言葉は減り、ふとした時に笑顔を見せるようにもなった。そんな彼女を見て昔馴染みの友人たちは全員が思ったのだ。

 

 

 ああ、彼女は結局何も変わっていない、と。

 

 

 ただ、エリアルが一番素の顔を出しているのはその友人たちではなく、

 

「あ、おはよう。エリアル」

「消えろ!」

「朝一番からそれは酷いなぁ!?」

 

 異世界の青年、ユウキだった。

 こうやって、何度も何度もひどい言葉をぶつけられながらも、ニコニコ笑っており、その度にエリアルがイライラしている。

 何かとエリアルが突っかかるが、彼はなにも気にしていないように笑う。

 それがむかついて、エリアルがさらに素の顔を出すのだ。

 

「何笑ってるの、ウィンダ」

「フフ……。いや、ちょっと嬉しくって。エリアルがなんか昔みたいな感じで」

「……ふん!」

 

 エリアル自身も自覚している。自分が昔のように、感情を隠さずに出せていることに。

 それが、こいつのせいだと思うとまたイラついてきて。

 

「なんで、こんないろいろ言ってるのに、あんたは笑ってるの。正直、一番それがイラつくんだけど」

 

 エリアルのその質問に、ユウキはごく自然に答えた。

 

 

「だって俺、エリアルのこと好きになっちゃったし」

 

 

 飲み物を口に含んでいたウィンダールが思わずそれを吹き出す。

 ウィンダは驚きのあまり、転んでしまう。

 ユウキは、特に何も変化はない。

 そして、その死球をぶつけられたエリアルはというと、

 

「な……な……な……なっ!?」

 

 またまた顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。

 

「ゆ、ユウキ君? 君は朝から何を言っているのかね?」

 

 冷静になろうとしているウィンダールが確認する。何故、いきなり朝から愛の告白をしているのかと。平然として、ユウキは答える。

 

「いや~。エリアルのことは元々可愛いと思ってたんですよ。元いた世界の時から」

「か、かわ……!!!?」

 

 またまた耳まで真っ赤っかである。ゆでだこレベルである。近くで聞いているウィンダも、顔が赤くなっている。

 

「で、こうやって過ごしてみて中身も好きになってきて・・・・・・まぁ、惚れたといいますか」

「いやいやいや!!待て待て待て!!君はなんだ!?なぜ、そこまでサラリとそんな告白ができるんだ!?」

「この際なんで、もう告白してしまおうかと。若気の至りっす」

「それがおかしいんだ!」

 

 常識をぶつけるウィンダールだったが、ユウキは全く動じない。

 

「~~~~!!ふしゅぅ~~……」

「エリアルがショートした!?」

 

 そんなこともあって朝から、ウィンダール家が大騒ぎとなった。

 

 時間は過ぎて、その日の深夜。

 エリアルは、いつも通り、与え得られた部屋で就寝しようとしていた。

 自分は捕まっている身だ。それはわかっている。

 

(でも……って何考えてるの、私!?私はリチュアなんだよ!?)

 

 考えてしまった。

 

 このまま、ガスタにいるのもいいか、と。

 

 そんな甘い考えが、昔の温かさが、頭に浮かんでしまう。

 その考えを読んだかのタイミングで、エリアルの脳内に男性の声が響く。

 

『エリアル、聞こえているのなら返事をしてくれ』

『!もしかして、アバンス!?』

『ああ。その様子だと無事のようだな』

 

 リチュアの仲間である、リチュア・アバンスが念話で呼びかけてきたのだ。

 

『今、湿地帯の前に来てる。義母さんが言ってた。戻る意思があるのなら、これがラストチャンスだ、って』

『……』

 

 ラストチャンス。

 

 ノエリアにはすべてお見通しなのだろうか。自分が昔に酔っていたことに。

 その言葉でエリアルは思い出す。一人だった自分を引き取ってくれた、優しい義母を。

 

『わかった。すぐにそっちに行くから、待ってて』

『無理そうなら、明日にでも攻め入る。その隙に抜け出せ』

『いい。今から抜け出すから』

 

 念話を切る。そして、脱出の準備を開始する。

 以前から、部屋の結界は解析を続けていた。一カ月もあれば、数秒で解除することもできるようになる。

 問題は儀水鏡だ。あれがないと、リチュアに戻っても役立たずのままだ。

 

(儀水鏡は、誰が持っている?)

 

 儀水鏡は儀式者の分身でもある。気配自体は里の中にあるのだが、正確な位置がわからない。

 

(とりあえず、外に出ないと!)

 

 邪魔な結界を解除。ならびに自分に掛けられている妨害結界、危害を加えようとすると発生する結界、も体を触り解除する。

 脱出の下準備ができたところで二階にある部屋から玄関に向かおうとした時だった。

 

「エリアル・・・・・・?」

 

 背後から声をかけられる。それは一番聞きたくない、青年の声だった。

 月明かりが照らす彼の顔は、半分目が閉じており彼女を待ち構えていたわけではなさそうだ。

 

「……あんた、起きてたんだ」

「物音がしたから、つい。トイレとか、散歩・・・・・・っていう顔じゃないよね」

「私はリチュアに戻る。邪魔しないで」

 

 ___もう、この生活は終わり。

 エリアルの殺意のこもった声にユウキはうろたえる。

 強い意思がこもった瞳を前にして、自分にはもうどうしようも出来ないと、彼は悟る。少しだけ考えて、このあと自分がどうなるのか考えて。

 ユウキは、玄関を静かに開ける。

 

「わかった。じゃあ、ついてきて」

「罠にはめようとしたって、そうはいかない」

「そうじゃないよ。儀水鏡、いるでしょ」

 

 外に出た二人に会話はない。人気のない夜の里を二人は黙々と歩く。

 住居区を抜け、ガスタの里の奥地、霧の谷(ミストバレー)の祭壇に到着する。祭壇前には、エリアルの儀水鏡が祭壇に置かれていた。

 エリアルの監視係として、ユウキはウィンダールから場所を教えられており、本来ガスタしか入れない祭壇にも入る許可が特別に下りていた。

 

「儀水鏡!」

「ああ!?ちょっと待って!!エリアルが近づくとセンサー? みたいのが発動して皆に知られちゃうから」

「っ・・・・・・」

「少し待ってて」

 

 ユウキはゆっくりと儀水鏡へと手をのばし持ち上げる。月光を反射しているはずなのに、その鏡は光を吸収する闇を秘めているようで本能が恐怖を覚える。

 エリアルへ儀水鏡を返すと、彼女はとても優しい眼でその鏡を見つめる。

 

「儀水鏡……。やっと、戻ってきてくれた」

「・・・・・・うん、やっぱりその顔は好きだな」

「またそうやってからかって!」

「からかってないんだけどなぁ・・・・・・。エリアル、お願いがある」

 

 ふにゃりとしていたユウキが真剣な顔へと変わる。

 いつもは見ないその顔にエリアルは不意に緊張するが、すぐに攻撃できるように儀水鏡を握りしめる。

 

「一つ、この一カ月のことを忘れないでくれ。二つ、リチュアの意思ではなく、エリアルの意思でこれから行動してほしい」

「約束はできないわよ」

「今はそれでいいよ。忘れなければ、十分に意味があるから」

 

 エリアルの答えにユウキは安堵の笑みを浮かべると、デッキを取り出してカードを五枚引く。儀水鏡を向けるエリアルだが、ユウキは少しビビりつつも引いたカードを確認する。

 

「送ってくよ。今地上を通れば、原住生物に襲われるし、騒ぎを起こせばみんなが起きちゃうから」

「そうね。いざって時には、あんたを殺せばいいし」

「それはご遠慮願いたい。さて、魔法カード、フォトン・サンクチュアリを発動」

 

 ユウキが緑のカードを発動すると、小さな球体が二つ生まれた。その体はフォトンモンスターと同じ青白い光に包まれている。

 フォトン・サンクチュアリ__攻撃力2000のフォトン・トークンを二体生み出す魔法カードだ。

 

「俺は攻撃力2000のフォトン・トークン二体をリリース!闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が僕に宿れ!光の化身、ここに降臨!現れよ、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!」

 

 現れた十字架を夜空に投げると、星や月の光が十字架へと集まり、竜の姿をとる。

 エリアルにとって屈辱を与えられた光の竜が再び降臨する。

 銀河眼は足下の召喚者とエリアルを見て、呆れ混じりの鼻息を漏らす。

 

『敵に塩を送るとは、ずいぶんとバカなことやるんだな。召喚者さんよ』

「うっさいなぁ・・・・・・。じゃあ、エリアル。申し訳ないけど背中に乗って」

「……高いところ飛んだら、即生贄にしてやる」

 

 二人を乗せて、光の竜は空へと舞い、月が浮かぶ夜空に銀河の光が走る。あっという間に里と湿地帯を抜け、湿地帯前の草原に銀河眼(ギャラクシーアイズ)が降り立つ。

 そこはガスタとリチュアが激突し続けている場所。今は何の物陰も見られない静かな場所だ。

 

「今度は叩き潰してあげるから」

 

 ユウキが何かを発する前に、銀河眼(ギャラクシーアイズ)からエリアルは飛び降り、草原へと走っていく。

 その背中に何か子を書けることもなく、青年と竜は見守っていた。

 

 

 

 

 

「本当に帰ってきたんだな。エリアル」

 

 エリアルがしばらく走り続けると、灰色の長髪の少年が安堵の顔でエリアルを迎える。

 息を整え、いつもの態度で声をかける。

 

「ゴメン。手間かけさえたわね」

「義母さんの命令だからな。絶対に戻ってくるって言っていたな」

「そっか」

 

 帽子で顔が見えないエリアルに少年、アバンスは改めて確認する。

 

「無事なんだな。あいつらと戦えと言われても大丈夫なんだな?」

「当り前のことを聞かないで」

 

 少女の表情は消え、リチュアの儀式師として、エリアルは宣言する。

 

「私は、リチュア・エリアル。お義母さんのために、侵略を続けるのみ、よ」

 

 青年の想いは、少女に届くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 世界には、古の悪魔と機械仕掛けの天使が出現しようとしていた。

 

 戦争が始まるのは、もうすぐだ。

 




うちのエリアルの属性は『ポンコツツンデレ』です。
PTAと覚えてください()

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