「いやぁ・・・・・・ご心配おかけしました」
長い眠りから覚めた異世界の青年 高屋ユウキはくせっ毛が特徴的な頭をかきながら、気まずそうに生存者たちの前に現れた。少し大きめの白い服に、黒いジャージズボンというラフな格好にヘニャリと覇気のない笑顔。
そんな緊張感もない登場だったが、あまりにも突然の復活に生存者たちは誰一人として言葉を発することができず、全員が口を小さく開けていた。
「ええっと・・・・・・あの、何か言っていただけると」
「___ユウキ、なのか」
「そうですよ!? そんなに見た目変わってる!!?」
アバンスの信じられない物を見る目にユウキも思わず不安がよぎった。まさか眠っている期間に自覚できていない変化が起きているのかと、身体のあちこちを触り始める。
そんな馬鹿らしい姿を見て、ため息をつきながらエリアルは大丈夫だと言い張る。
「そんなことないわよ。アホみたいなことやめなさい」
「そ、そうなの? ならいいんだけど、なんでみんな固まってるの?」
「そりゃあんた___」
エリアルが何かを言おうとする前に、高速で何かがユウキへと飛び込んだ。彼はなんとかその『何か』を抱きかかえるが、その勢いで後ろに倒れてしまう。
彼にはそれが何かは見えなかったものの、手から伝わってくる温かさには覚えがあった。
優しい大地の温かさ。このぬくもりを持っているのは一人しかいなかった。
「おはよ、ファイ」
「おはよう・・・・・・お兄ちゃん!」
両目に涙をためながらも笑顔を浮かべる彼の義妹はぎゅーっと抱きつく。今までの分を取り返すかのように強く、強く大好きな義兄を抱きしめる。
とても感動的な場面だ。周囲の雰囲気も思わず頬が緩み、涙腺の緩いカームは釣られて涙を浮かべていた。
が、ここで忘れてはいけないのは、彼女 ファイはラヴァルであると言うことだ。
戦闘民族であるラヴァル。当然のごとく、怪力を持っている。そんな彼女が全力で抱きしめたのなら___
「イデデデデデデデデ!!!」
抱きつかれている者にとってはただの拷問と化す。ミシリミシリとユウキの身体から悲鳴が上がり、寝起きの身体にいきなりの激痛が走る。
そんな悲鳴にも気がつかないほど、ファイは彼の身体を抱きしめる。それほど彼女の心は義兄を求めていた。
「ファイ!わかったから!わかったから!!このままだと骨折れるぅぅぅ!!」
「ご、ごめんなさい!久しぶりだったから、つい・・・・・・」
必死の訴えでファイは力を緩め、ユウキは拷問から脱出する。締められていたのは数十秒にも満たないが、それでも息があがってしまっていた。
シュンとするファイに申し訳なさを感じて、ユウキは彼女の身体をひょいと持ち上げると自身の肩の上にのせた。
「これで許してくれるか?」
「うん!許してあげる!」
ユウキの頭に腕と顔を乗せ、ファイは満足そうに笑う。ユウキも楽しそうな顔で彼女の身体を支える。
なんとなーく後ろから黒いオーラを感じるが気にしないことにする。とりあえず集団の中心にいるであろうアバンスに声をかけた。
「それで、本当に大丈夫なのか。ユウキ」
「今のところは何も。アバンス、俺が眠っている間何があったのか教えてくれる?」
「わかった。ブリリアント、俺が案内するが大丈夫か・・・・・・って、ブリリアント?」
ジェムナイトの長であるブリリアントに声をかけるがなぜか返事がない。気になってアバンスが振り返ると、そこにはガッチガチに固まっている女騎士がいた。
「ブリリアント・・・・・・?」
「ひゃ、ひゃい!!」
「どうした?」
手足を棒のようにしてユウキに近づくブリリアントの姿はまるでロボットのようだ。そのまま手を彼の方へと伸ばし、ギギギと身体から音がするかのようにゆっくりと動く。
「あ、あの!私、現在ジェムナイトの族長を務めていますブリリアント・ダイヤと申します!!」
「う、うん。知ってるよ。まさかここで会えるとは思わなかったけど。これからよろしくね」
そう言ってユウキがブリリアントの手の握ると、今度は彼女の身体がカチンと固まる。
まさかとは思ったが、ユウキは思わず苦笑を漏らして彼女に言葉をかける。
「緊張しなくて良いよ。そんな対した事してないから」
「そんなことないであります!!ユウキさんはこの世界の英雄でありますから!!」
英雄____その言葉に心が震えた。
自分がこの世界に来たとき、自分には何もできないと思った。魔法も特別な技術もなく、本当にただの一般人が戦場へと放り込まれた。
命の危機に何度も脅かされながら、何度もけがを負いながら、何度も誰かの死を目撃しながら____彼は生き続けた。
何度も心が折れそうになった。何度も泣きそうになった。それでも必死になって歩き続けた。その結果、一度命を落とした。
だが、それでも今、彼はここにいた。
「そっか。そう思われてるのなら、嬉しいよ。ありがと、ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ」
「わ、私の名前を・・・・・・感激であります!」
非常に感動してくれるのはユウキにとっても嬉しいのだが、ぶんぶんと握った両手を激しく動かされるのは痛い。顔を若干しかめつつなんとか手を離してもらうと、改めてブリリアントに自己紹介をする。
「俺は高屋ユウキ。異世界から来た19歳だ。今後ともよろしくね」
「挨拶は終わったな。じゃあユウキ、今の世界を案内する。ついてきてくれ」
「なるほどね。現在は生き残った人たちで協力しながら、なんとか生活できてる訳か。三ヶ月も寝ててごめん」
「まったくだ。その分働いてもらう・・・・・・と言いたいが、お前の世話は全部エリアルがやっていたから、ほとんど苦労はなかった」
「・・・・・・」
集落の説明をアバンスから受けて、現状をようやく把握するユウキ。働いているラヴァルを見ながら、自身が今まで働いていないことに冷や汗が浮かぶ。
もちろんアバンスも本気で言っているわけではない。
「そういえば、ソンプレスちゃんとケルキオンは? やっぱりどこか行っちゃった?」
「ああ。あの戦いの後、世界のどこかへと飛び立っていったよ。一応、時々帰ってきてくれることもあるがな」
ユウキと共にSophiaと戦った二人の戦士___セイクリッド・ソンプレスとヴェルズ・ケルキオンは彼の予想通りここにはいなかった。
二人は女神の力を宿し世界を巡っている、というのは知っている正史通り。多少のさみしさはあるものの、どこかで生きていることが嬉しくなる。
アバンスから施設の説明を受け、再び集会場に戻ってくると誰もいなかった。適当な席に座り、今後の予定を話し始める。
「現在、俺たちは食糧難に陥りつつある。そこで、遠征をしようと思っているところだ」
「かなり現実的な問題だね・・・・・・。遠征先は?」
「ナチュルの森だ。あそこにローチが向かって小さな拠点を作っている。どうやら、あそこはトリシューラの影響をあまり受けなかったらしい」
その言葉にユウキは頭をひねった。彼は元々、この世界が架空の物語である世界から来た。元の世界で得た知識を元に行動してきた。
それこそが、ただの人間であった彼が結末に介入できた理由の一つ。
今回も物語を思い出して、遠征中に起こりうる不吉な出来事を避けようとする。
のだが____
「どうした? ユウキ」
「んんん?」
何も思い出せなかった。
今まで思い出せなかったことは何度もあった。インヴェルズの復活、ヴァイロンの暴走など、思い出せればいくらでも犠牲を防ぐことが出来た出来事もあった。
だが、それは思い出そうとすると脳内にノイズが走って『無理矢理』思い出させないようにしているような感覚だった。
が、今回は違う。本当に何も思い出せないのだ。
今までが紙に書かれた文字の上からぐちゃぐちゃに落書きをされた感じだったのに対し、今回は白紙が目の前にあるだけのような感じ。
「話を続けるぞ?」
「あ、ああ・・・・・・」
「ナチュルの森までここから約二週間。移動方法は足になるから、人力車を用意してラヴァルやジェムナイトに引いてもらう形になる」
「そんなにかかるなら、銀河眼を呼んで何人か乗せようか? そっちの方が速いと思うんだけど」
「言われてみれば・・・・・・。じゃあ、頼めるか?」
「了解。今までの分、働かせてもらうね____というか、エリアル。さっきから無言でついてきてるけど、どしたの?」
アバンスから説明を受けているときから、なぜかずっと無言でついてきているエリアルにようやくユウキが反応する。
先ほどから何もしゃべらない。ただついてきているだけで、何もしない。普通に考えて様子がおかしい。
ユウキが俯いている彼女の顔をのぞき込むと、顔を青くし息を切らしている苦しそうな表情が見えた。
「エリアル?」
「・・・・・・ゴメ、ン」
そう言うとエリアルはパタリとユウキへと倒れた。思わぬ出来事にユウキはとっさに彼女の身体に手を回した。
彼女の身体は、折れてしまいそうに細く、軽かった。
「____エリアル!!!」
ユウキの声は彼女に届かない。倒れかかったエリアルはただ息を荒くし、苦しそうにするだけ。
何をすれば良いのかわからずにただ愕然とするユウキだったが、この部屋にいるもう一人の存在を思い出し大声で名前を呼んだ。
「アバンス!これは・・・・・・」
「落ち着け。ゆっくり横に寝かせてくれ」
熱くなるユウキに対し、冷静に声をかけて対処するアバンス。
ユウキはアバンスの指示に従ってエリアルを床に寝させて、アバンスは彼女の顔をのぞき込む。その苦しみ方にアバンスは心当たりがあった。彼女の手を握り、アバンスは確信を得る。
「___魔力が枯渇してる。このままだと、命に関わるぞ」
「はぁ!? なんでエリアルの魔力が枯渇してるんだよ!別に魔術を使ってるわけじゃないだろ!!?」
「理由は今はどうでも良いだろう。とにかくエリアルの部屋まで運ぶぞ」
軽くなってしまったエリアルを抱え上げて、ユウキは走る。あまりに突然の出来事でまだ混乱している頭をなんとか動かして、エミリアのいるリチュアの部屋へと飛び込んだ。
エミリアの部屋は以前のエリアルの部屋のように、中央に魔方陣、周囲にはいくつかの本棚に本が何冊かしまわれており、机の上には魔術関係の本が広げられていた。
エリアルは部屋の中心に寝かされ、周囲の魔方陣はエミリアの魔力で起動して青い光を放っていた。
突然の来客に驚きながらも、エミリアが適切な処置をしたおかげでエリアルの顔色は大分回復しており、今は小さな吐息を立てて眠っている。
「エリアル・・・・・・大丈夫かな」
「一応処置はちゃんと出来るから安心して。不足している魔力を自然と私から供給してる形になるから、安静にしてもらわないといけないけどね」
魔力が枯渇している、という意味を詳しくわかっていないユウキでも異常事態が起こっていることくらいはわかっている。一体何が原因なのかがわかっていないが、自分に出来ることなら何でもしたいと焦っていた。
そんな彼を横目にエミリアは手短に真実を告げる。
「結論から言うと、エリアルの魔力枯渇の原因はユウキ。あなただよ」
「俺・・・・・・?」
思いもよらない答えに困惑が隠せないユウキにエミリアは彼の身に起こった異変を含めたすべてを語り始める。
「ユウキが意識を失った後、私たちはあなたの身体を調べてたの。召喚獣の魂を宿した人間なんて前代未聞だったから。万が一何かあったらいけないと思って、ね」
「俺も多少協力したが、基本はエリアルが進めていたんだ」
「・・・・・・それで、どうなったの」
冷や汗が流れる。今から二人が話そうとしていることは、間違いなく自分が耳を塞ぎたくなるようなことだとユウキは確信してしまう。
聞かなくてはいけない。だが、それと同時に恐怖が襲いかかってくる。
「今、ユウキは____エリアルの召喚獣って事になってる」
その真実は、あまりにも衝撃的だった。
「____は?」
「その反応が妥当だろうな・・・・・・。正直に言って俺も初めて聞いたとき意味がわからなかった」
「私だって信じられなかった。でも、『召喚者』であるエリアルが言ってるんだから間違いないんだよ」
『召喚者』
それはこの世界でユウキのことを指す言葉のはずだった。この世界での召喚術は非常な高度な魔術で、ユウキが持つカードのみがそれを可能としていた。
その『召喚者』がエリアルで、ユウキは『召喚獣』だと二人は言った。
「今回の魔力枯渇はこの三ヶ月間、エリアルがほぼ休みなしで召喚術を維持していたことが原因ってこと」
「魔術の維持するための訓練は受けていたが、三ヶ月間も休息なしで行ったことはない。逆にここまで意識を失わなかったのが奇跡的だ」
二人は彼に伝わるように丁寧に説明するが、ユウキの耳にその言葉は届いていなかった。
「俺が・・・・・・俺が、召喚獣・・・・・・」
「・・・・・・ユウキ」
「じゃあ、俺がこの世界にいるだけで____俺が生きてるだけで、エリアルは魔力を使うって事か?」
「そういう・・・・・・ことになるね・・・・・・」
「俺は・・・・・・」
「俺はもう、人間じゃないって事か?」
アバンスとエミリアは何も言えなかった。
『英雄』となった青年の声は震え、目には涙がたまっていた。自分がすでに『ただの一般人』でなくなってしまった事に、『召喚者』がいなければ存在すら許されない『召喚獣』に成り果ててしまった事に、彼はようやく気づいた。
「___そっか。そうなんだな。俺はもう・・・・・・アハハ」
乾いた笑い声をだすことしかもう出来ない。ためていた涙が一筋の線となって頬を流れ、顔は悲しみで歪んだ笑みを浮かべた。
力なく膝をつき、俯いた顔から涙を流すその青年を果たして誰が『英雄』と呼べるのだろうか。
残酷な真実に折れてしまったただの一般人の姿が、その部屋にはあったのだ。
「・・・・・・」
ユウキはただ一人、ベッドに横になり天井を意味もなく見つめていた。
もう自分は人間ではない。
その事実だけが彼の心を支配していた。今の彼に気力という物はない。動くことも、考えることも放棄してしまっている。
アバンスたちと別れて何時間か経ったのだろうか。お昼の時間はとっくに過ぎているはずだが、彼の身体は空腹を訴えることはなかった。
これも魔力さえあれば存在出来る召喚獣だから___
「っ!!!!」
考えたくもない事実が頭によぎってしまい、ユウキはベッドの上でうごめく。
どうしろというのだろうか。
召喚獣となった自分を、世界のためだからしょうがない。むしろ誇りに思うべきだ、と説得するべきなのだろうか。
無理だ。そもそも彼が今まで必死になってきた理由は二つ。
一つが元の世界に帰るため。もう一つがエリアルを生かすため。
それがどちらも不可能になってしまった今を、どう正当化しろというのだろうか。
人間でなくなってしまった以上、元の世界に戻っても元の生活は出来ない。そもそも、エリアルがいなければ存在も出来ない自分が、あの世界に戻ることが出来るとは思えないのだ。
そして、自分がいる限り、エリアルは魔力を使い続ける。どれくらい使うのかはわからない。だが、間違いなく彼女に負担をかけ続ける。そんな迷惑をかけてまで、今ここにいても良いのだろうか。
「・・・・・・母さん、ごめん」
届くはずもない謝罪を母に送ると、再び涙がこぼれ落ちた。
こんなに泣き虫だった訳ではないのに、さっきから泣いてばかりだ。銀河眼がいなくなったことで、励ましてくれる者も、臆病者であった彼を奮い立たせる事もなくなってしまった。
「どうすりゃいいんだよ・・・・・・どうすれば、前に進めるんだよ・・・・・・」
頭を抱え、布団に潜り込む。目の前には闇が広がっており、何一つ見えない。
今を進めるための一歩すら、今のユウキには出来ない。
そしてまた、何も考えず、何も感じないようにただただ無気力になろうとする。
音が部屋に響く
ガチャリとノックもなく突然に、部屋の扉が開かれた。思わぬ訪問者にユウキは上半身を起こす。
そこにいたのは、まだ少し顔色が悪いエリアルだった。たどたどしい歩き方でベッドの方へと無言で近づいてくる。
「エリアル・・・・・・体調は大丈夫?」
無理に笑顔を作るユウキの前でエリアルは顔を俯いて、何も言うことなく立っていた。
どこか不気味な雰囲気の彼女にユウキは言葉を失う。そのままお互いが無言になって数十秒、ポツリと少女はつぶやいた。
「・・・・・・なんで」
「?」
「なんで怒らないの!!?」
エリアルは、泣いていた。ボロボロと涙を流して叫ぶ彼女からは、自分の無力さに対する悔しさがにじみ出ていた。だが、ユウキにはどうしても彼女が泣きながら叫んでいるのかがわからなかった。
「何を怒るって言うのさ。俺は別に・・・・・・」
「___召喚獣と召喚者の心は繋がるんだよ。銀河眼を召喚してるときとかに感じてたでしょ?」
「それは・・・・・・」
確かにユウキが銀河眼を呼び出しているとき、直接脳内に銀河眼が語りかけていた。実際に言葉になっているわけではないのに、意思疎通が出来ていたことを今更ユウキは不思議に感じた。
そうして、鈍感な彼はやっと気づいた。
心が繋がっているのなら、先ほど彼が考えていたことも少女にはすべてお見通しだと言うことに。
泣きながら少女は言葉を漏らし続ける。
「君がこんな風に悩んでしまうことは、なんとなくわかってた。君が元の世界に戻るために必死になっていたことも、ずっとわかってた」
「・・・・・・」
「無理に生きようだなんて考えてもないし、ましてや人じゃなくなるなんて望んでいないこともわかってた!この世界の英雄になるよりも、ただの人のままで元の世界に戻ることを望んでいたのも!・・・・・・全部、わかってたの・・・・・・」
「エリアル、もう何も言わないでくれ」
エリアルの言葉を聞いて心に黒いもやが生まれてしまい、ユウキは彼女の言葉を拒絶する。だが、彼女の言葉は止まらない。
「それでも生きていてほしかった。僕のそばにいてほしかった!僕をもっと褒めてほしかった!!___君がいなくなるのが、怖かったんだ・・・・・・。だからっ!」
「だから、俺を生かし続けてるのか? 俺が人でいたいってわかってるのに、俺がこうやって悩むことも予想できて! それでも、自分のわがままのために俺を人形のようにし続けているのかよ!!」
ユウキにも限界が訪れてしまう。今までたまっていた不安や葛藤が、不安定なった精神と合わさって、エリアルに理不尽ない怒りの言葉をぶつけてしまう。
突然の大声にエリアルの身体がビクッと震えあがった。
「あ・・・・・・ごめん。っサイテーだ、俺・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ、本当に、死にたい?」
その声はひどく冷たかった。先ほどまで、泣き声だったはずなのに。いつの間にかユウキの目の前にいる少女が、冷酷な侵略者の目でこちらを見ている。
そして、その右手には___鈍く光るナイフを握っていた。
「エリ、アル」
「そうだよね、人じゃなくなっても生きたくなんてないよね・・・・・・。僕のわがままのために生きていたくないよね・・・・・・。だから、僕がその願いを叶えてあげる」
ゆらゆらと揺れながらエリアルは瞳から光を消して、ユウキへと近づく。
その異常な光景にユウキの全身から冷や汗が吹き出す。残念ながら、彼がいるベッドは壁側にあって逃げる道はない。
今までに何度か命の危機を感じたことはあった。だが、これほどまでにリアルに殺される状況は初めてだった。
「大丈夫。君を殺したら、僕も死ぬから。君を一人になんてさせないから。だから___」
「だから、一緒に死んじゃおう」
「それは、ダメだ」
震えた声でユウキはそれを拒絶する。恐怖で身体は震え、身体は縮こまりうまく動けないが、それでもエリアルに答えた。
「どうして?」
「自分が死ぬのが怖いっていうのもある。あるんだけど___エリアルが死ぬのが一番イヤだから」
素直に思ったことを伝えるユウキ。その言葉に嘘はなかった。
たとえ、人じゃなくなったとしても。たとえ、今までの過程が自分が受け入れられない結果をもたらしたとしても。
想いを寄せていた彼女が生きていることが嬉しいのは、決して嘘じゃないから。
エリアルがベッドに手をつき、四つん這いになったところで動きが止まる。ナイフは相変わらず握られたままだったが、冷たい雰囲気はいったん収まった。
「エリアル。今から本音で話すね」
「・・・・・・わかった」
「俺は正直に言って、今の自分が受け入れられない。起きたら自分が人間じゃなくなっていたっていう事が未だに信じたくない」
丁寧に、慎重に、彼は言葉を選んでエリアルに伝えていく。先ほどのように激情に駆られないように、少しずつ。
「俺はずっとこのまま人間のまま生きて、いつかは元の世界に戻って・・・・・・いつかは、エリアルたちと別れるものだとずっと思ってた」
「別れる、つもりだったの?」
「そうなると思ってた。つらくても、悲しくても、最後は笑って別れないといけないって思ってた。____でも、それが全部ぶち壊された」
改めて、自分が人間でないことを受け止められていないとユウキは語る。今まで魔法や戦争といったものから遠ざかって生きていた彼からすれば、あまりにも受け入れられないことだろう。
「だから、頭が今は滅茶苦茶だ。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。どう受け止めて、どう進めば良いのか。全くわからない。それに、俺がいるだけでエリアルがまた倒れるかもしれないって考えると、本当に死んでしまった方が良いのかもしれないって思った」
でも、と彼は続ける。
「でも、エリアルが俺のことを心配してくれていることは感じ取れた。本当に、こうなってしまった事に責任を感じているのも、心で感じた」
「・・・・・・僕の心が読めるのは、イヤじゃないの?」
「うん。こうやって落ち着いて話して、やっとわかった。俺がイヤになっているのは、エリアルなんかじゃない。この事態をうまく受け入れられない自分自身に、いらついているんだと思う」
言葉にしたら少しだけ楽になった。ユウキは肩の力を抜いて、エリアルに微笑みかける。
エリアルもユウキの笑みを見て少し気が抜けたのか、手からナイフがこぼれ落ちた。落ちたナイフは地面に当たると、そのまま銀色の粒子となって空中へ霧散する。
その光景にユウキは驚きを隠せず、エリアルは自傷気味に笑った。
「君の言うとおりだよ。今の僕はほとんど魔力がない。召喚獣である君を維持するので精一杯で、魔力で何かしようとしてもほとんど劣化品になっている。今のナイフみたいにね」
「俺の、せい、なんだよな」
「そう。君と僕のせいだ。君は死にたくないって言うし、僕は君を失いたくない。だから、この結果は必然だ」
ナイフは消えたが、エリアルが四つん這いを解くことはない。それどころか、ベッドにのってユウキの目前にまで接近する。
何度か近くで彼女を見つめることはあったが、どれも状況が状況だった。それが、こんなエリアルから近づいてきていることに、ユウキの胸は高鳴ってしまう。
「でもね、僕は何も後悔していない。だって、君がいてくれるから。君がいてくれるなら、この身体が弱くなっても、魔術が使えなくなってもいい」
「それは、少し言い過ぎなんじゃ・・・・・・」
「そうでもないよ。だって」
「____どんなユウキでも、僕は大好きだから」
「____」
「君がこんな自分にした僕を嫌っていても、かまわない。悲しいけど、寂しいけど、君が生きていてくれるだけで___きゃっ!?」
気づけば、ユウキは彼女を抱きしめていた。ほとんど反射的に彼は動いた。
寂しそうな表情を浮かべながら、嫌われてもいいという彼女の顔を見たくなかった。
ユウキの心にも彼女の寂しさが伝わってきて、そんな感情を消し去ってしまいたくてとっさに出た行動だった。
「・・・・・・ユウキ?」
「わがままなのは、俺だ。エリアルが必死になっていたのに、全く気づかずにバカなことばかり考えてた。自分のことしか考えれなくなって、他のことが何も見えてなかった。一番無理しているのは、エリアルだって言うのにひどい言葉をぶつけた」
エリアルは何も言わない。ユウキの胸の中から彼の顔を見上げているだけだ。
「でも、さっきの言葉で目が覚めた。・・・・・・覚めないわけないんだけどね、あんな告白聞いてさ」
「そ、う?」
「びっくりしたよ!? おまけに心が繋がってるから嘘じゃないってわかるし!___ともかく、エリアルが全て使って俺を生かしてくれているのなら、俺もエリアルに応えるべきだと思った。それが、今の俺に出来る事だと思った」
ぎゅっと彼女を抱きしめると、エリアルもそれに応えて抱きしめ返す。お互いの体温、鼓動、心が伝わり体と心が温まっていく。
腕を緩め、二人は顔を見合わせると何を言うわけでもなく、お互いの顔を近づけた。
その距離はゼロになり、唇が触れあう。
数秒間という刹那だったが、十分に意味はあった。
「エリアル、俺と、付き合ってください。俺の恋人になってください」
「やだ」
「・・・・・・はぁ!!?」
決死の告白を断られ間抜け面をさらすユウキに、小悪魔のような笑みを浮かべてエリアルは言葉を続けた。
「それだけじゃないもん。君とは、召喚者と召喚獣で、ご主人様と召使い。そして___夫婦、だからね」
「!!?」
「僕をこんな風にした責任は、君の生涯を持って償ってもらうよ。恋人なんかじゃ許してあげないから____覚悟してね、ダ・ン・ナ・サ・マ」
恋する少女は、想い人に笑顔を見せてそう宣言するのだった。
僕はね___いちゃらぶが、書きたかったんだ()