アバンスたち遠征組が集落を出発して、約二週間。残っている者たちはいつも通りだが、多少警戒を強めつつ生活していた。
遠征には各部族の長が出向いているため、管理は確認回数を増やして漏れを確実に減らし、警備についても人数が減った分回数を増やす。
こうして、皆が一致団結している中____
「あの、エリアルさん」
「?」
「そう腕に抱きつかれると、書類が見にくいんですがそれは」
ユウキは自室ベッドに座りつつ長たちの代わりに書類に目を通し、その左腕はエリアルにホールドされていた。
彼が今目を通しているのはラヴァルの書類___建築物に使われている木材についてのものだ。
この周辺には建築物に使えそうな木々は少なく、なんとか無事だったラヴァルの炎樹海から伐採してきた黒い木を使っている。
実際に伐採、加工をしようとなると木自体がすさまじい熱を持っているためラヴァル以外は行うことが出来ない。そのため、建築などは全てラヴァルが行っているのだ。
ファイから貸し出されている書類にも目を通した感じ、三ヶ月という短い期間での急な伐採によりついに底が見えてしまうレベルで木材も減少していた。
そんな状況での今後の管理をユウキは任されていたのだ。
ファイ曰く
「お兄ちゃんなら私たちよりも頭良いし、天才のエリアルお・ね・え・ちゃ・ん、ならなんとかなるでしょ?」
とのこと。お姉ちゃんのところに嫌みたっぷりだったが、当のおねえちゃんは涼しい顔で流していた。
そのラヴァルの書類を一緒にのぞき込むエリアルだが、まったくユウキの腕を放す気配はない。絶対に離さないという鉄の意志すらユウキは感じ取っている。
「何? 僕が邪魔って事?」
「いや、そうゆうわけじゃないんだけど・・・・・・一応、ファイから任されてるし、ちょっと真剣にやった方が良いなーって思って」
「・・・・・・僕を一人にするんだ、ウソツキ」
「いや、そういうわけじゃなくて・・・・・・」
エリアルの言葉は半分冗談で、半分本気だ。ここでユウキが突き放してもエリアルとの関係に亀裂が入ることはないだろう。
そうしないのは、ユウキもどこかこの状況に満喫している自分がいることを感じていたから。___まあ、ようするに、惚けているだけである!
その腕から伝わる柔らかい感触、規則正しい心臓の鼓動、繋がっている心から伝わるぬくもり。それらのすべてが心地よい。
「ねえ、ユウキ。僕以外にもこう言い寄られても、僕と同じ反応をしちゃダメだよ?」
「多少ドキドキすることくらいは許してほしいけど、俺はエリアル一筋だから」
「ん。信じてる」
エリアルは頬を染めて、ユウキに軽くキスをする。そうして再び二人で書類に目を通し始める。
こんな日々がもう二週間も続いていた。
ファイという監視がいなくなり、お互いに関係が変わったことで二人を止める者はいない。ただただ、いちゃつく日が続いていた。(仕事もしてます)
「木材については、補修が必要な箇所重視だよなぁ」
「だろうね。今の状況で作成するものもないし。大体、今重要視されてる事なんてリーズが管理してる食糧についてだろうし」
「あれはガスタの領分だからね。つい最近目が覚めた俺じゃどうしようもない」
ガスタの仕事は今現在、リーズが担当している。食事もでき、戦闘も可能。万が一の切り札として彼女はこちらに残っている。
しかし、ユウキにはそれ以外にも理由があるのではないかとにらんでおり。
「いつの間にあんなに仲を深めたんだろうね? カムイとリーズ」
「・・・・・・なんとなく僕も分かるようになっちゃった。アバンスたちよりも先にくっつくかもね」
食堂に入るたびに、カムイとリーズが横に並んで食事している姿を見かける。そしてそのときのあのにやけきったリーズの顔。
誰がどう見ても男女の仲になりつつある二人にどこか癒やされつつ、その変化が読み取れるようになってしまった自分自身にどこか腑に落ちないエリアル。
そのまま時間は過ぎて、エリアルの腹の虫が今の時間を二人に伝える。顔を赤くするエリアルだが、ユウキにとってはそれすらご褒美だ。
「なんか、時間の流れが速い気がする」
「そう? 僕はそう思わないけど。とりあえず、食堂に行こっか」
名残惜しそうに彼の腕を放し、部屋の扉の前へと移動するエリアル。ユウキもそれを追って椅子から立ち上がるのだが、ふとエリアルが不自然に身体を揺らしていることに気づく。
少し照れくさそうにエリアルは上目遣いで彼を見上げ、この時、ユウキにクリティカルで入っていることをここに記しておく。
「その、さ。明日の夕ご飯なんだけど・・・・・・僕が作って良いかな?」
「エリアルの・・・・・・手料理、だと・・・・・・」
「だ、ダメ?」
とんでもないと言うようにユウキは首を横に振った。しかし突然の提案だったため、なぜそのような事を思いついたのかをエリアルに問いかける。
すると彼女は、今度はどこかすねたような顔をして指で彼の胸をつつく。
「だって、君。ウィンダやカームさんの料理を食べて幸せそうな顔してるし・・・・・・僕だって君をそんな顔にさせたいの。・・・・・・君の、妻、だから」
「よし、押し倒す。いいよね」
「今はダメ!」
いろんなものが振り切れそうになったユウキだが、なんとか押さえる。
断る理由などない。それに出会って間もない頃、彼女の料理を一度食べたことがあるが、致命的な料理音痴というわけではないのは確認済み。
そもそも、エリアルが自分の意思で作ってくれるのだ。歓喜しない理由がない。
「じゃあ、お願いします」
「あんまり豪華なのは期待しないでね」
こうして、恋愛に溺れる少女は新たなるステージへと挑む。より愛する者を笑顔にするために、彼女は努力を続ける。
「___というわけで、料理を教えてください!」
「いや、教えるのは良いんだけどさ。今日やるの?」
翌日の朝食後、割烹着に着替えたエリアルがリーズに頭を下げていた。
以前ならば『リチュア』であるという一点でリーズは顔をしかめていただろう。だが、今となってはその過去への執念は薄くなっていた。
ただ、本日の夕食までにある程度技術を完成させるとなると料理専門ではないリーズとしては時間がないと感じていた。
「なんか期待されてるけど、あたし、カームほど料理できないし、他人に教えたこともないよ? それでもいいの?」
「ええ。簡単な定食みたいなので良いの。・・・・・・これから、私の料理をあいつには食べてほしいから」
「・・・・・・ふーん。本当にユウキの正妻感マシマシになってきたわねぇ。ま、頭も下げてきたし、いいわよ」
どこか手のかかる妹を見るような目でリーズはエリアルを見ていた。一方のエリアルは、なんとか隠そうとしているがその顔からは喜びがこぼれ出ていた。
ふとリーズはあることを思いだし、にやけ顔でエリアルの横に立つ。
「ちなみに今エリアルがやろうとしていることをなんて言うか知ってる?」
「え? 料理の練習じゃないの?」
「んふふ~。違うます~」
「なんか鬱陶しい言い方ね・・・・・・。で、答えは?」
眉間にしわを寄せるエリアルの表情を壊すために、今までの中でもっともウザいにやけ顔でリーズは答えた。
「花嫁修業っていうのよ」
「花・・・・・・嫁っ!!?」
「もう奥さんねぇ~。いい話のつまみになりそうだわ~」
「そっ、そう、だけどっ!堂々と言われると、どこかその・・・・・・恥ずかしいから・・・・・・」
(なにこのかわいい生き物)
あのリチュア・エリアルなのかと疑ってしまうくらい、今目の前にいるエリアルは恋に生きていた。
元々こんな性格だったなー、と昔を思い出しながら台所へと入っていく二人。
その同時刻。ユウキはカムイと共に外に出ていた。最近日課にしているランニングを行うためだ。
三ヶ月も感覚も鈍る。アバンスにしごかれた成果も消えてしまった。万が一召喚が可能になっても、自分が動ける体力がなければ結局足を引っ張る。
アバンスに再び稽古をつけてもらおうにも、彼は別の業務があって時間を割いてもらうわけにはいかない。
少しでも身体を動かして、眠っていた分の時間を取り戻そうとユウキは少し焦っているのだ。
「じゃあ、行こっか。ユウキおにーちゃん」
「今日もお願いね、カムイ」
その言葉を合図に二人は走り始める。カムイがユウキの前に出て誘導しながら、周囲を見渡しても何も残っていない荒野を駆けていく。
集落の周辺。創星神によって命が滅ぼされた荒野。
草木も生えることはなく、新たなる生命もない。残された植物や生命は集落の中にしか出現することはなく、ただ変わらない寂しい風景が広がっているだけだった。
「うーん、やっぱりこうも変化がないと寂しいな」
「うん。僕たちは周囲に自然があることが当たり前だったから、新しいところにはちょっと期待してるんだ」
「ナチュルの森なら自然だらけだろうし。遠征組の成功を祈ろっか」
話しながらも足を止めることはない。息も切れることなく二人は走り続ける。
乾いた砂の音が響く。風を切る音が聞こえる。それ以外には何もない。
息は少しずつ荒くなり、リズムが崩れ始める。二人の速度が減少してきた頃、風景に一つだけ変化が現れる。
なんてこともない。ただ地面から頭を出している岩が見えてくるだけだった。だが、それは二人にとってそれは意味を持つ。
「よっし、とりあえず、休憩!」
ランニングの中間地点として決めていた岩陰で二人は腰を下ろす。呼吸を整え、出発前に手渡されていた水筒の口を開けて水分を補給する。
額に浮かんだ汗を拭い、一息つく。走り続けて約10分。普通であれば体力が衰えているはずのユウキはバテていてもおかしくないのだが、普段から走っているカムイと同じように少しの息切れだけで済んでいた。
「やっぱり、銀河眼の魂を宿してから体力がついたの?」
「うーん、やっぱりそうだよねぇ。魔術とかも使ってない、というより使えないのにこれはおかしいよなぁ・・・・・・」
その原因はユウキの中にある『銀河眼』の魂だと言われている。もっとも、銀河眼の意思は消え、ただの空白の魂ではあるのだが。
その力によって、体力はアバンスと同じレベルに。重い物も難なく持てるようになり、少し悪くなっていた視力は元に戻り・・・・・・
「って、体力以外大してメリットないことに気づいた・・・・・・」
「銀河眼の力だったら、その、飛べたりしないの?」
「翼なんか生えませんデシタ」
さりげなく期待していたユウキだったのだが現実は厳しく、どこかで憧れていたチートのような能力は手に入らず、ただ常識の範囲内で便利なステータスになっただけだった。
これでは、エリアルの魔力消費に合っていないのではないかとユウキは考える。
「なんとかして俺も魔力生み出せないかなぁ」
「うーん。僕の意見になるんだけど、多分異世界から来たおにーちゃんには難しいんじゃないかな?」
「ムムム・・・・・・変に銀河眼の力を呼びだしたらエリアルに負担がかかるし・・・・・・」
「今のままで良いと思うよ? そろそろ再開しよう!」
休憩は終わり、二人は再び立ち上がって今度は集落へと向かって走り始める。
その走っている最中でもユウキはつい考えてしまう。
なんとかしてこの力を、身体を、皆の役にはたてないだろうか、と。
その時が来るのは、そう遠くなかった。
「ど、どうぞ!」
「おお!!?」
その日の夕食、本来であれば食堂にいるはずの時間にユウキとエリアルは彼の部屋にいた。
ユウキの前にはお盆の上に並べられた料理を見て、目を輝かせていた。
白いご飯にガスタの畑でとれたであろう野菜スープ、少し形が崩れ焦げ目の多い卵焼き、小さめのサラダに水が入ったコップと、特別ではないが彼にとっては特別な料理たち。
エリアルは申し訳なさそうな顔をして言葉をかける。
「ごめん。卵焼きは前にも作ったのに、上手くいかなくって・・・・・・」
「関係なし!いただきます!」
さっそく卵焼きを口に放り込むと、彼の好きな甘みが口いっぱいに広がった。卵焼きにも甘いものとそうでないものがあるが、ユウキは甘い方が好きだった。
「うめえ!エリアルって、俺が卵焼き甘い方が好きって知ってたっけ?」
「ええっとね、多分好きかなって思って。よかったぁ」
非常に緩んだ笑みを浮かべるエリアルを見て、ユウキの頬もほころぶ。改めて、ユウキの前にエリアルが座り食事を始める。
今日あったこと、そこから思いついたこと、突拍子もない話。
何のためにもならない、ただただ自分たちがしたい話をしながら、二人は食卓を囲む。これがどれだけ幸せなことなのか、今の二人はよく理解していた。
会話が止まることはなく、また笑顔が崩れることもなく、幸せな時間は続く。
「ねえ、ユウキ。今度食べたい料理とかある?」
「うーん。じゃあ、エリアルの作ったカレーが食べたいな。どう?」
「まかせてよ!それくらいすぐにつくっちゃうんだから!」
「間違えて調味料入れちゃダメだよ?」
「うっ・・・・・・あの時はたまたまだから!」
たまたまで砂糖と塩を間違えるかなーと思うユウキだが、エリアルがかわいいので何も考えないことにした()
食事も終わり、エリアルは食器を片付けに住居にある水道へ、ユウキはファイからの書類に目を通し始めたそのときだった。
突然、床に描かれていた魔方陣が青い光を発し始める。
部屋の変化にユウキは驚きつつも警戒態勢をとり、エリアルは運ぼうとしていた食器を一旦机の上に置く。彼女の顔は落ち着いており、緊急事態が起こったわけではないとユウキに自然と伝わった。
二人が魔方陣を見つめていると青い光の一部が徐々に人の形を取り始め、よく知った女性の姿が浮かび上がってきた。
『やっほー? お二人の甘い時間を邪魔して失礼~』
「わかってるなら多少は申し訳なさそうにしなさいよ。エミリア」
『久々なのにひどいねぇ!?』
それはナチュルの森へと遠征に向かっているエミリアだった。緊張感もないその声と二人きりではなくなったことで通常モードに戻ったエリアルにユウキは苦笑を漏らす。
だが、この通信は喜ばしいことだ。少なくとも遠征組は無事であるということがこれで証明されたのだから。
そんなユウキの考え通り、エミリアは笑顔で結果を伝える。
『私たち遠征組は全員無事でナチュルの森に到着。先に来てたローチさんとも合流して、私たちの住居として使えることが確定したよ』
「おお。ってことは、遠くないうちにこちらも移動することに?」
『うん。今こっちで魔方陣組んで、私の部屋から移動できるようにしてる。数日後にはいけるよ~』
さも当たり前のように転移の魔術を組み上げているエミリアだが、これはエリアルも感心せざるを得ない。自分もより精進しなくてはと意気込む彼女の姿にユウキは癒やされていた。
嬉しいニュースだが、エリアルはここで不安に思っていたことをエミリアに質問する。
「でも、原住民とはどうなの? あそこって、トリシューラの暴走後も自然が残っていた場所でしょ?」
「あー、ナチュル・ビーストとかいるもんね。まさかとは思うけど、侵略行為とか・・・・・・」
『するわけないでしょ!? 儀式体にもなれないのに勝てると思わないよ!』
「デスヨネー」
『ナチュル』の森、という名の通り、元々そこは植物の姿をした種族 ナチュルが生息している場所だ。ユウキの決闘者知識でもあまり知っていることが少ない目立たない種族ではあるが、そのロック能力は計り知れない。
特に、簡単に出てくるナチュル・ビーストは軽くトラウマになっているほど。
心優しい種族ではあるらしいので、話は聞いてくれるはず、と希望的な考えを一応アバンスたちには伝えておいたのだが、どうやら何かあったらしい。
その証拠にエミリアが先ほどから目線を反らして、乾いた笑い声を上げている。
「・・・・・・何があったのよ」
『あー、それがね・・・・・・』
どうも歯切れの悪いエミリアの言葉を待つ。すると、彼女はユウキの方を見て申し訳なさそうに言葉を続けた。
『ナチュルの長・・・・・・というか、守護者がね、ユウキを信用できないって、言っててね? 自分の目で見極めないと、ユウキに肩入れしてる私たちまで共生することは許可できないって言ってて・・・・・・』
「よし、そいつ黙らせるわ」
「お、おお落ち着け、エリアル!?」
本当に実行しかねないほどの声色で動き始めるエリアルをユウキは咄嗟に抱きしめて止める。冗談よ、彼女はと軽く受け流すがその目はマジだろとユウキは震える。
エミリアが言うには、まず現在ナチュルの森には森全域をまとめる管理者兼守護者が存在している。ローチの手引きですぐにその者に合流した遠征組は、自分たちにまつわる全てを話したそうだ。
彼らの心配は杞憂に終わり、守護者は突然来訪した遠征組に対してかなり友好的であり、創星神のことも大体把握していた。そのため、遠征組の伝えたこともすぐに信じ移住を許可してくれたそうだ。
しかし、異世界人であるユウキの話を始めると顔をしかめ、全て話し終わった後、彼を森に入れるわけにはいかないと言い始めたそうだ。
「なんで?」
『神殺しという巨大すぎる力を持っていることに加えて、この世界の生命のシステムが通用しないから、って言ってる・・・・・・』
「生命のシステム・・・・・・?」
ユウキが持っている決闘者知識でも聞いたことのないワードに首をかしげる。エリアルも同様で、手を顎に当て考え込んでいるようだ。
ただ、そのことを考えていてもしょうがない。そのシステムについては一旦置いておいて、ユウキはエミリアに質問していく。
「結局のところ、俺はその守護者に力を見せれば良いのかな?」
『うーん・・・・・・。ただ強いだけじゃダメだと思うけど、力がなくてもアウトみたいな雰囲気だったなぁ』
「・・・・・・あんまり考えたくないけど、認められなかった場合は?」
『よくてユウキだけ、最悪の場合、みんなナチュルの森には入れなくなる・・・・・・んじゃないかなぁ』
「最悪すぎだろ」
エミリアの顔つきは嘘を言っているものではない。本当に、今までの努力を全て無駄にするような結果も考えられてしまう今回の出来事にユウキから余裕が消える。
前とは違う。制約だらけの状態で正しく力を示せるのか。のしかかる重圧に口も開かなくなる。
「そんなこと、知ったことじゃないわよ。勝てば良いのよ」
淡々と、彼の召喚者は告げた。
彼が戦って一番負荷が大きいのは誰でもない、彼女であるにもかかわらず、自分には関係ないと言うかのような言葉。
本音と分かっているからこそ、ユウキは驚きを隠せない。
「エミリア、その守護者サマっていうのはそれをいつまでにやれって?」
『転移出来るようになって三日以内だって。おそらく、今日から一週間以内だと思う』
「了解。首洗って待ってろ、って伝えておいて」
『あっちょ___』
一方的にエリアルは通信を打ち切ると、すぐさま彼女専用の机に向かって作業を始めた。
簡素な木製の机の上には、彼女が記した魔方陣の書類や、ジェムナイトからもらった何種類かの鉱石。そして、腕輪のような何かが広げられていた。
何も言うこともなく作業を始めようとするエリアルに、ユウキは声をかけざるを得ない。
だが、エリアルは彼が何かを言う前に自身の言葉で遮る。
「どっちみち、勝たなきゃ君は森には入れないんでしょ。だったら勝つしか選択肢はないよね」
「いやでも!」
「___それに、僕の召喚獣が負けるわけないし」
何の根拠もない、合理的でない言葉。だが、その言葉には絶対の信頼が宿っていた。
喜べば良いのか、無理をしそうな彼女を心配すれば良いのか、照れれば良いのか、苦笑すれば良いのか。ユウキには選べない。
でも、エリアルから信じられている。
それさえあれば、戦えると根拠もなく思ったのだ。
三日後の朝。エミリアの転移魔術が完成し、徐々に集落から人が消えていく。
ユウキたちが生活していたリチュアの住居に全員が一列に並んで、エミリアの部屋へと入っていく。
そんなエミリアの部屋の近くでは、机の上で作業を続けるエリアルと彼女の背中を見守るユウキの姿があった。
この三日間、エリアルはひたすら机の前に座り『ある物』を完成させようとしていた。ユウキに身の回りの世話を任せるほどに、彼女はただ黙々と作業をこなし続けている。
刻一刻と時が過ぎ、徐々に人気が少なくなってきた頃だった。
「___できた」
完成した腕輪を手に持って立ち上がったエリアル。だが、無理がたたったのか、膝から崩れ落ちてしまう。そのまま地面に倒れる前に、ユウキが彼女の身体を受け止める。
「お疲れ様。ちょっと休んで」
「それはできないよ。ここからが本番なんだから」
見るからに疲れ切っているはずなのに、エリアルは自然と微笑んで手に持った腕輪をユウキの左腕に通す。
幾何学的な模様が描かれているその蒼い腕輪は淡く光を放ち、再び沈黙する。この腕輪が何であるか。ユウキは心を通じて彼女から知ることとなる。
決闘者風に言うのであれば、エリアル特性のデュエルディスクである。
ユウキがデッキを腕輪にかざすと、光の粒子となって腕輪に吸い込まれていった。エクストラデッキも同様に吸い込ませる。その後腕輪に触れると、青くデータ化されたようなカードが五枚、ユウキの前に展開された。
今までは、デッキを持ち歩き、そこから五枚引くことでデッキが姿を消し、魔力がたまって引けるようになるとデッキトップが光って出現する、といったプロセスだった。
だが、この腕輪があれば持ち歩く手間もなく、カードを持つことで塞がっていた両手も空き回避行動にも多少余裕がでる。
強度もジェムナイトからお墨付きをもらえる物を使用しているため、滅多に壊れず、書き込まれている魔術で重さもない、というエリアルの心遣いが現れている。
「おんぶするから、少しの間だけど寝てて」
「・・・・・・わかった」
おぶられてすぐに聞こえてくる寝息に、ユウキはもう一度感謝して部屋を出る。すでにほとんどの住民たちは移動を終わらせているようで、廊下には10人程度しか並んでいなかった。
列の最後尾に並ぶ。二人の姿を見た周囲の人々の目線は温かいが、逆にそれがユウキにとってはつらく感じた。もし、自分のせいで彼らにまで被害が出てしまえば・・・・・・
(あー!これ以上は考えない!)
一旦思考を止める。今はただ、新天地にわくわくしていれば良い。
ユウキの前の人物が光を放つ魔方陣の上に乗り、姿を消す。続くようにユウキも魔方陣の上に立ってそのときを待つ。
変化は一瞬だった。
目の前が白く塗りつぶされたかと思ったら、次の瞬間に飛び込んできたのは緑の景色だった。
頭上からは木漏れ日が差し込み、いくつもの大木と不思議なことに宙に浮いている岩が目に入る。周囲は草木が生い茂り、かつてガスタで暮らしていたときに感じていた自然に囲まれる感覚がユウキの中で蘇る。
さらに周囲を見渡すと、ファンシーでかわいらしい昆虫やぬりかべのような人物(?)がこちらを見ている。彼らこそが、この場所に生息している『ナチュル』である。
「ここが___ナチュルの森」
カードでしか見たことのない場所。その壮大さにユウキは思わず息をのむ。
「そうだ。よく来たね、ユウキ」
「その声はロ___!?」
聞き覚えのある声がした方へユウキは振り向く。だが、そこにいたのは彼が予想していた星の悪魔ではなくて___なんか、白い仮面をかぶった変身ヒーローでした。
「はっはっは。驚いたかい? 今の私は、インヴェルズ・ローチ改め__」
「___ヴェルズビュート、でしょ・・・・・・」
「何故君はそんなにイヤそうな顔をする。かっこいいと子供たちからは好評なんだぞ?」
不思議そうな顔でローチ改め『励輝士 ヴェルズビュート』はユウキを見つめる。ソンナコトナイデスヨーと乾いた笑みを浮かべながら、ユウキはその視線を横へとずらす。
別に、彼の性格や見た目が嫌いになったわけではない。むしろヒーローチックで割とユウキの好みなほうだ。
____元の世界にいるときに、デュエルでボコボコにやられていなければこんな反応にはならなかった。
(レベル4二体・・・・・・頭が・・・・・・)
限定的ではあるが、非情に切り返し能力の高いヴェルズビュートに何度もユウキは敗北していた。それが今になって蘇り、再開を素直に喜べなくなっているのだ。
そんなことを知るよしもないビュートはユウキたちを遠征組のもとへと連れて行く。
森の新鮮な空気がユウキの緊張をほぐし、エリアルの寝息も深くなったように感じる。気持ちよさそうな顔をしている彼女は起きる気がない。
色々話したいこともあるが、エリアルを起こさないためにお互い言葉を発することはない。ただ平穏な森で森林浴をしているように見える光景。これにたどり着くまでに、どれだけの時間が経っただろうか。
歩き始めて数分後、アバンスやファイといった遠征組の顔が見えてくる。彼らはユウキたちに気づくことなく近くにいる巨大な獣に向かって説得しているようだった。
ローチと同じ白い身体にそれに似合わない黒い角が生えている。知的な獅子のような獣はどこか険しい顔をして彼らの言葉に対して首を振っていた。
「___汝らの意思はよく理解した。だが、見極めるのは我の役目。そうだろ? 星の悪魔、我が同胞ビュートよ」
「そうだな。守護者としての役割を果たすためにも、彼を見極めてくれ。『牙王』よ」
「お兄ちゃん・・・・・・」
心配そうな顔をして駆け寄る義妹にユウキは笑顔で応える。そして心配ないよ、と伝えてビュートが『牙王』と呼んだ獣の前で座り込む。
一旦、寝ているエリアルを近づいてきたエミリアたちに託し、改めて獣にまっすぐ向き合う。
「ずいぶんと気楽だな」
「まあ、貴方が急に襲いかかってくる性格ではないと分かっていますから。『ナチュル・ガオドレイク』改め『神樹の守護獣 牙王』さん」
「___こうなる前の名まで知っているとは。流石、異世界の青年 高屋ユウキといったところか」
どこか気に入らなさそうな声で牙王は言葉を吐き捨てる。
この獣『神樹の守護獣 牙王』は元々、ナチュルの森の長 ガオドレイクと呼ばれていた。ガオドレイクとローチの二人は経緯は分からないものの、この森の奥深くにある世界樹からあふれる星の力によって、現在の姿へと至った___というところまで、ユウキは把握していた。
それ以降はほとんど覚えていない。そもそも、自分が介入したせいで多くの変化が起こっているこの『IF』の世界での未来など分かるはずもない。
今、確かに言えるのは、この牙王が自分のことを気に入らないということだけだ。
「はっきりと言おう。高屋ユウキよ。我は、お前を信用できない」
「ずいぶんな言いようですな・・・・・・。理由を聞かせてもらっても?」
「簡単なことだ。お前はこの世界にとっての異物だからだ」
包み隠さず思いっきりナイフのような言葉を牙王はユウキに向けて突きつける。直接すぎてユウキは少し泣きそうになる。
だが、ここで弱気になったら相手の思うつぼだ。なんとか立ち直って言い返す。
「だから、森には入れないと?」
「お前からは、変な感覚がする。我やビュートと同じのように見えるが全く違う星の力を感じるのだ。そんな得体も知れない物を、平穏な地に引きいれたいと、お前は思うのか?」
「それは、そうだけど・・・・・・」
「お前が原因となり、この世界に生きる者たちの平穏が崩れ去ることがあってはならない。勇敢さも、正しさも感じられないその目ではもはや力を試す価値すらない。即刻立ち去るが良い」
全くユウキの話を聞く気のない、完全に彼を突き放す言葉にユウキは何も言えない。絶対にやらないが、ここで実力行使をしても全くの無意味であることは理解している。それではただの侵略であり、暴力だ。
おとなしく牙王の言う通りにする。それが一番平和で、皆に迷惑をかけない。
「わかった。ただし、みんなをよろしく頼みます」
「言われるまでもない」
俯いた顔を上げ、元来た魔方陣にまで戻ろうと牙王に背中を向けた。
ボガン、と牙王の顔で爆発が起きた。
灰色の煙が晴れると、無傷の牙王がユウキとは別の方向をにらんでいた。爆発音に釣られ振り返ったユウキが牙王と同じ方をむくと案の定、エリアルが牙王に向けて一枚のカードをかざしていた。
カードが黒ずみ崩れ去ると、エリアルが大股でユウキと牙王の間に割って入り___
「何様のつもりよ、この駄犬が」
リチュア時の侵略モードに切り替わり、牙王に本気の殺気を込めて再びカードを手に取って魔弾を発動させる。
牙王はよけることもなくそのまま魔弾を受けて、無傷のままエリアルをにらむ。
「___どういうつもりだ? リチュアは侵略行為をやめた、とお前の長から聞いているが?」
「は? この程度で侵略とか、またずいぶんと平和ボケした頭してるのね」
全くひるむことのないエリアルに牙王の怒りが徐々にたまっていく。
ただ、すでに激怒しているのはエリアルの方で、いくらでも応戦する気はあった。
___寝ている場合ではなかった。
最愛の人が、こんな訳も分からないやつに排除されようとしている。今まで、何も認められなかった自分を初めて認めてくれた彼。見過ごせるわけもない。
神だろうが悪魔だろうが、守護者だろうが、関係ない。
「私の召喚獣を馬鹿にした罪、痛みを持って償いなさい」
「愚か者め」
大地を蹴り、鋭い爪をエリアルへと突き立てようとする牙王。だが、その前にユウキがエリアルの手を引いて全力疾走する。
間一髪のところで回避は成功し、エリアルが先ほどまで立っていた場所は大きくえぐれており、本気で殺しにかかってきていることが見て取れる。
そんな状況でも、エリアルは臆することなく牙王に罵声を浴びせ続ける。
「ふん。何も知らないバカに、愚か者呼ばわりされたくないわよ」
「エリアル、落ち着いて。気持ちは分かったから」
彼女に合わせるように、ユウキも先ほどとは打って変わって牙王をにらむ。その変化に牙王も、周囲でただただ唖然としているガスタやジェムナイトたちも、思惑が読めないでいた。
このままでは間違いなく周囲に被害が出る。
そう確信したビュートは怒る寸前の牙王にある提案をする。
「牙王よ、君の意見は正しい。だが、正しさだけでは世界は測れない。ここは一つ、手合わせをしてみてはどうだ?」
「手合わせ、などというぬるいもので済ませる気はない。あの二人はここで排除する」
「・・・・・・ダメか。ならば」
提案は通らない。そう知って諦めながらもビュートはサーベルを腰から抜き、その先で空に円を描く。すると、その軌跡が光の輪となって形取り、エリアル・ユウキ、牙王の三人を内側に入れるように輪が地面に広がる。
「これで周囲のことは気にしなくて良い。気がするまで、戦うと良い」
「最期に聞こう、高屋ユウキ。お前が出て行けばこの者以外には何もなく終わるが、どうする?」
「とりあえず、ごめん。うちの召喚者が突然攻撃したことは謝る。___けど、それと俺の彼女に手を出したことは話が別」
高屋ユウキは、ただの大学生であった。今では、世界を救った英雄の一人と言われているが、本質はただの青年だった。
たった一つ、自分の家族に関して異常に執着があることを除けば。
「最愛の人を殺されかけて、飲むわけないだろうが」
「たたきのめしてやるわよ。ユウキ」
彼女に後ろに下がらせ、ユウキは左腕を構える。彼の闘志に反応するように腕輪が青く輝きだした。
この話を聞く気もない、にくったらしい守護獣に自分たちの力をぶつけるために。ユウキは腕輪を起動させる呪文を叫ぶ。
彼がこの世界に来てから初めて叫ぶ、馴染みのある単語。現実世界で友人とよく言っていた言葉。
「
青年は今再び、決闘者へと変わった。
ここまでしておいて、前編という()