端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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お久しぶりです、生きてます、すみませんでしたぁ!


第六話ー前編 宴は突然に

「べろべろ・・・・・・ばぁー」

「きゃっきゃっきゃ!」

 

 床に魔方陣が描かれている一室で、ベッドに座る赤い髪の少女は腕に抱きかかえている宝物にわざとらしい変顔を向ける。すると、他に誰もいない部屋に嬉しそうに笑う無垢で高い声が響き渡った。

 少女ことエミリアは数ヶ月前に母親となった。出産からまだ体力は戻っておらず、服装はだぼっとした大きめの白服を着用し、身体を休めることに専念している。ベッドの近くにある机には食事が置かれていたお盆があり、彼女自身があまり動かなくていいようにされているのが見て分かる。

 息子の笑顔を見ていると、義妹と同じ立場にようやくなれたことを実感する。彼の頬を指でつつきながら、今日も彼女は幸せを噛み締める。

 

「シュリットー今日も可愛いでちゅねー」

 

 彼女にあやされている子供は、母親から赤色の髪と瞳、父親から白色の髪と緑の瞳を受け継いだ元気な男の子。『シュリット』と名付けられた赤ん坊は笑い続ける。母親の顔が面白いからなのか、それとも愛情が伝わっているからなのか。それは誰にも分からない。

 そんな親子の時間をエミリアが過ごしていると、扉がノックされた。来客者の正体は既に分かっている。エミリアはシュリットを抱きかかえたまま、本がまばらに入れてある本棚の横を抜けて明るい声で扉の奥の人物に声をかけた。

 

「エリアルー入ってきて良いよー?」

「お邪魔するね、エミリア」

「お邪魔しまーす」

 

 エミリアの部屋を訪れたのは普段の黒ローブを脱いでラフな格好な彼女の義妹のエリアルと、その息子のヒカリだ。父親の黒髪とウィンダに仕立ててもらった白を基調とした民族衣装を揺らし、母親の青い瞳を輝かせてヒカリは母親の後ろから飛び出してエミリアへ近寄る。

 彼の視線はエミリアの腕へと、その腕の中で笑うシュリットへと収束していた。ニコッと笑って、エミリアは膝をついて慎重にヒカリへ息子を手渡す。

 

「シュリット、ヒカリお兄ちゃんが来てくれたよ。よかったねぇ」

「シュリット、こんにちは!」

 

 母親の腕を離れてもシュリットは笑っている。恐れるどころか、ヒカリの顔に小さな手を伸ばし彼に触れようとしている。出会ってから半年程度しかたっていないのにもかかわらず、ヒカリは非常にシュリットになつかれていた。

 一方のヒカリも年下の血縁者が出来たことに喜びを隠せずにおり、こうして何度もシュリットに会いに来ている。受け取った彼の頭を撫でたり、小さな手を握ったりとよい『兄』をしているように見える。

 子供たちの微笑ましい光景に、エミリアは頬の力が抜けた間抜けそうな顔を浮かべる。椅子に座ったエリアルも彼女ほどではないが、優しげな微笑みで彼らを見守っていた。

 

「食事はちゃんととれてるね。徐々に回復に近づいてるのは良いことだよ」

「まあね。ガスタのみんながつくってくれてるし、残すわけにはいかないでしょ。それに、大切な妹が運んできてくれる料理ですからネ?」

「・・・・・・あっそ」

 

 妊婦であった彼女に合わせて湿地帯に戻ったガスタが料理をつくっており、その料理を毎回エリアルたちが運んでいた。いくら身重であったとはいえ、食事をつくるどころか運ぶことすら任せっぱなしだった。

 おちょくられて顔を背けるエリアルをニヤニヤとイヤな目で見つめるエミリア。

 もっとも、そんな話をするためにエリアルはここに来たわけではない。

 

「それで、今日の夜なんだけど。覚えてる?」

「もっちろん!私たちも楽しみにしてたから~!」

 

 息子たちはキャッキャと楽しそうな声を上げている中、母親たちもお互いの顔を見て笑みを浮かべる

 今日は5回目の記念日。新たなる時代が開いた日___ヒカリの5歳の誕生日だった。

 

 

「ただいまー」

「ただいまー!」

 

 エミリアの部屋からお盆を持って、エリアルとヒカリは自室に戻る。といっても、同じ建物内の話なので、歩いたのは数分にも満たない時間だ。

 ヒカリが生まれる前から使っている部屋だが、時々魔術でリフォームを繰り返しているため外見は新しく、広い。相変わらず床には魔方陣が描かれており、エリアルが読み込んだ本たちがきっしりと詰まっているいくつもの本棚たちが威圧感を放つ。。

 

「おかえりー。エミリアは元気そうだった?」

 

 部屋からの声は二人の左側にあるキッチンから聞こえてきた。水の音が切れ、陶器でできた食器の音が鳴った後、洗い物をしていた青年はベージュのエプロンを外して、エリアルたちと同じく部屋の中央へと向かった。

 中央にある三人以上が確実に座れる藍色のソファーの上で、ヒカリの父である高屋ユウキは笑顔で二人を出迎える。身につけている青い半袖のシャツに一般的なジャージズボンは、彼の知識からエリアルが創り出した物だ。

 相変わらず覇気のないへにゃっとした顔は、彼が一度死んでから全く変わっていない。一般男性よりも低い身長も、くせっ毛が目立つ黒髪も、一目惚れしたときから抱いているエリアルへの想いも、何も変わっていない。

 

「お父さーん!」

「ほいほいっと。おかえりー。良いお兄ちゃんでいたかー? ヒカリ」

「うん!」

 

 もうすぐ5歳となるヒカリだが、(主に父と叔母に)甘やかされた影響か、昔の母に似たのか、未だにかなり甘えん坊な性格となってしまった。

 が、相変わらず父は大して気にしておらず、いつも頭を抱えているのは母親のみだった。

 今も寄ってきたヒカリをユウキは抱きかかえ、そのまま肩車して部屋を走り回っている。

 

「どっちが子供なんだか・・・・・・」

「ん? なんか言った?」

「なんでもない・・・・・・バカユウキ」

 

 ヒカリと同じように純粋な眼をしている夫に、エリアルはため息を漏らす。だが、その光景こそが自分がずっと求めていた『家族』なのだとも感じ取っていた。

 しばらくユウキとヒカリが騒ぎあった後、三人の家族は息子を挟んでソファーに仲良く並んで座り、今日の予定について話し合っていた。

 

「午後からは霧の谷に向かうんだよな?」

「そう。その後の移動の手間を省くために、ガスタへラヴァルやジェムナイトも来てくれるらしいから」

「ファイおばちゃんにもあえるの!?」

「そうだな。あと、おばちゃんは本人が嫌がってるからお姉さんと呼んであげなさい」

「はーい」

 

 今日のヒカリの誕生日。両親の二人は5歳という節目と言うこともあって、先月から全部族を巻き込んだ『子供たち』を祝う大きなパーティにしようと計画があがっていた。

 最近はカームやエミリアにも子供が生まれ、次の時代を創り上げていく基盤が出来つつある今だからこそ、大きなものにしたいとユウキたちは考えていた。

そのことを各部族に相談に行くと、反対意見は全く出てこず、むしろ二人が圧倒されるほど意見が飛び交う羽目になったのは、ヒカリには内緒である。

 

「そういえばさ、シュリットとエミリアの体調は大丈夫だった? 今日行けそう?」

「問題なさそうだった。存在も安定してるし、ヒカリの出産の時ほど心配出ないかな」

「シュリット、元気だった!」

 

 もちろん今日のパーティの主役の一人にシュリットは数えられている。不参加を心配するユウキは二人の様子をエリアルに尋ねた。

 エリアルがエミリアの部屋をよく訪問していたのは、食事を運ぶだけが理由ではない。

 ユウキがエリアルの魔術と銀河眼の魂で蘇ったことと同様に、彼女もまた誰にも気づかれないうちに『召喚獣』となっていたのだ。

 

 原因は、ユウキが使用した『死者蘇生』のカードである。

 

 一度彼女が命を落としたとき、ユウキが魔法カードで蘇生させた。これは、通常のデュエルで言うならば____墓地から特殊召喚された、ということなのだ。

 この時点で既に召喚獣となっていたのだが、現在も使用不可能な死者蘇生のカード自体が召喚者となっていたことや、ユウキと違い自身で魔力が生成できたこともあり、長年誰も気づくことがなかったのはそのためだ。

 今では召喚者はアバンスに変更されており、シュリットもまたヒカリと同じく人間と召喚獣のハーフとして生を受けている。出産時には、エリアルの時同様に多くの者が尽力していた。

 

「そっか、参加できそうなんだね。よかった・・・・・・」

「あんたがそんなに心配する必要ないでしょ」

「いやいや、義姉さんですから。__よし!ヒカリ、出かける準備をしてきなさい!」

「わかった!」

 

 父に準備を促されてヒカリはソファーから勢いよく起き上がると、『ヒカリ』とネームプレートがかけられた扉___1年前に与えられた自分の個室へと駆け足で入っていった。

 あまりにも落ち着きのないその姿にエリアルは再びため息を漏らし、そんな彼女の頭をユウキは苦笑を漏らしながら撫でた。

 

「いやぁ、元気だね。ヒカリ」

「どうしてあんなに落ち着きがないのか・・・・・・。僕、何か育て方間違えた?」

「俺としては、元気で何よりって感じだけどね。存在も安定しているみたいだから」

 

 口調は柔らかいが、その重い言葉をこぼしたユウキの顔を見る。眼を細め、どこか遠い目をしながら彼は言葉をこぼす。

 

「いくらエリアルやエミリアがいるとは言え、ヒカリが不安定な存在であることに変わりはない。もし、目が覚めたらあいつの姿がなかったら、って考えると、正直眠れなくなる」

「ユウキ・・・・・・」

「もう、父さんみたいに急にいなくなってほしくはないからね」

 

 ユウキの父親は彼が幼い頃に事故で亡くなった。それが、ユウキの『家族』というものへの執着の始まりだった。

 今となっては、妻と息子という新しい家族が出来た。それはきっと、父と同じかそれ以上の存在。失ってしまったら、何かが壊れてしまうという事はユウキ自身が一番理解している。

 エリアルは以前の自分と同じように『家族』への闇が深い夫を心配そうな見つめ、正面から抱きしめる。

 彼女はエミリアやアバンスとの過去を乗り越え、新しい家族ができたことで闇を打ち破ったのに対し、彼はまだ引きずったまま。少しでもその背負っている物を軽くするように、エリアルは腕の力を強めた。

 

「エリアル・・・・・・?」

「大丈夫。君が約束してくれたように、僕も君を一人にしない。絶対に君のそばにいるから」

「アハハ・・・・・・ごめんね、軟弱な男で」

「そうやって自分を落とすような発言禁止。うじうじしてないで、癒やされてなさい」

「・・・・・・ありがと、嫁さん」

「どうも、旦那様」

 

 このまま抱きしめていたい・抱きしめられていたい二人だが、出かける準備をしなくてはいけない。名残惜しそうに腕をほどき軽く唇を合わせると、ヒカリが先ほど入っていた扉の隣___二人の寝室へと入っていった。

 

 

 着替えた三人はリチュアの家を出て、ナチュルの森を歩いていた。

 エリアルは魔女帽子に黒を基調としたいつもの魔女風の服装。これはエリアルの後の服装と同じなのだが、残念ながらユウキにその知識はない。異なっているのは、魔女帽子に儀水鏡をつけていないことだろう。

 ユウキはというと、白のシャツに黒の上着を合わせ、元の世界で言うGパンをはいている。いわゆる『彼の中でなんとか外出しても大丈夫な』服装である。多少のおしゃれは、前にウィンダたちから送られたペンダントとデュエルディスクである青の腕輪を身につけているくらいだ。

 そしてヒカリはというと、完全に動きやすさ重視の服装である。今もウィンダからもらったお気に入りのガスタの民族衣装__緑のシャツに緑の短パン。ベージュのローブをたなびかせて走り回っている。

 

「ヒカリ~そんなに走り回ると危ないってば~」

「この服装だと、なんだかとっても走り回りたくなるんだ!」

「落ち着きなさい。転んでも知らないわよ」

 

 日光が降り注ぐ心地よい森の中を、三人はただ歩く。途中で出会ったナチュルたちにヒカリは一喜一憂しながらはしゃぎまわり、その姿を二人は心配しながらも優しい瞳で見守る。そうやって10分ほど森の中を歩くと、ユウキとエリアルにとって因縁のある相手に意図せず遭遇してしまった。

 白の身体に赤いたてがみ、背中からはえる黒い角。かつて銀河眼と真っ向勝負を行ったこの森の守護者___牙王だ。

 眼に入った途端、ユウキは思わず顔をしかめ、エリアルも自然に視線が冷たくなる。かれこれ何十年ナチュルの森で生活してきたものの、牙王への反応は相変わらず変わらない。そしてそれは牙王も同じ。毎度のごとく、眉間にしわを寄せて二人を見下す。

 

「・・・・・・汝らか」

「どうも、守護獣サマ。そしてサヨナラ」

「アハハ・・・・・・」

 

 険悪なムードの中、そんなことを知っているのかそうでないのか、ヒカリは駆け足で牙王の近くに寄って、無垢な笑顔を向ける。

 本当に謎なのだが、両親がこんな対応を取る牙王に対して非常になついているのだ。その理由は、ヒカリ本人しか分からない。

 

「牙王サマ!こんにちは!」

「あ、ああ。ヒカリ、こんにちは、だな」

「今日ね、誕生日!牙王サマも祝ってくれる?」

「む・・・・・・そうか、今日であったか。いくつになる?」

「5さい!」

「・・・・・・ヒカリよ、もっと大人になれ。今のままでは、いつまでも子供だぞ」

 

 ニコニコで話し続けるヒカリと少し困りながらもちゃんと対応する牙王の姿を見ていたユウキは、孫とお爺ちゃんの姿を幻視する。

 牙王の言葉はごもっともではあるのだが、ヒカリはただ話すのが楽しいらしくおそらく今も言葉の意味を理解していない。

 対した意味もなく楽しそうにはしゃぎ続けるヒカリ。このままだとずっとここで話し続けてしまうとあまりにも簡単に想像できてしまったユウキは、我が息子の背後に忍び寄り眼を両手で覆った。

 

「う~何も見えないよ~お父さん~!」

「ヒカリ、他の人待たせてるからいくよ。牙王も、ヒカリを祝ってくれてありがと」

「ふん・・・・・・本日行けない代わりだ」

 

 牙王にも以前から今日のパーティのことは伝えてあるが、森を離れるわけにはいかないと言うことで断られている。それでも、ヒカリには先ほどの言葉で十分なようだった。

 牙王と別れ、もうしばらく歩くとナチュルの森を抜け、目の前に平原が広がった。

 風で草がたなびき、遙か向こうまで緑が広がった景色を見ていると、心にも風が吹いているようなそんな気分になる。

 んーっと背伸びをしたユウキは大きく深呼吸をすると、蒼の腕輪を触る。

 

「んじゃ、今年もお父さんの背中に乗って、ガスタのところまで行きましょうかね!」

「やった!!でも、お父さん。魔力は大丈夫なの?」

「突然現実的な答えはNG。ちゃんとお母さんと相談しているから、大丈夫だよ」

 

 ヒカリがもっと小さい頃、銀河眼になったユウキの背中に乗って空中散歩をしたことがある。それ以来ヒカリが非常に気に入っていたのだが、エリアルの魔力問題的に何度も行うわけにはいかず、誕生日の恒例企画となっていた。

 呼吸を整え、腕輪の起動呪文をユウキは高らかに宣言した。

 

「決闘!・・・・・・さてと、魔法カード『フォトン・サンクチュアリ』!からの~トークンをリリースして___」

 

『闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が身体となれ!』

『光の化身、銀河眼の光子竜!!ここに再臨!』

 

 銀河眼の高速召喚を成功させ、肉体を竜の姿へと変えるユウキ。口上本来は必要ないが、彼の気分的にも、かつてそばにいてくれた相棒を忘れないためにも叫ぶ。

 譲り受けたその巨体をかがめ、守り抜くべき存在の二人を背中に乗せると、大分動かすのに慣れてきた翼を羽ばたかせる。

 

『二人とも、しっかり捕まってろよ!』

 

 返事を聞く前に、ユウキは速度を一気に上げる。雲一つない青空へと少しでも近づけるようにより翼を強く叩きつけ、風を切る。

瞬く間にナチュルの森は小さくなっていき、ヒカリが待ち望んでいた空中散歩が始まる。

 

「お父さん、はやいはや~い!!」

『だろ? 俺の相棒の力だからな!』

「・・・・・・ちょっとは私のことも考えなさいよぉ!」

『相変わらず空の旅は苦手だもんね。でも、今日は我慢して!』

 

 エリアルとヒカリが真逆の感情を込めた叫びを上げる中、ユウキは今の世界を遠くまで見つめていた。

 緑が生い茂り、生命が感じられるようになったこの世界。どこもかしこも荒野だったあの頃はもう遠い昔の話になりつつあった。

 嬉しかった。

 戦いで失うなど、もうあってはならない。瞳を閉じれば、いつでも失ってしまった人の顔が思い出せる。

 ウィンダール、ムストを始めとした、彼と一番長い期間共に過ごしたガスタ。

 クリスタやアクアマリナのように命をかけて他者の命を守ったジェムナイト。

 交流自体は少なかったものの、自分に妹を託して消えていったラヴァルの姉妹。

 全ての悲劇の元凶ではあったが、内面を知り、憎めなくなってしまったリチュア。

 彼らの死体の上に、自分たちの平温は成り立っている。

 

(ああ、出来るなら、ヒカリが中年になるくらいまでに静かに死んで行ければいいな)

(いいわけないでしょ。バカユウキ。僕がお義母さんに挨拶までは死ねないから)

(アハハ・・・・・・ありがと、エリアル)

 

 しんみりとしている考えを読まれて、エリアルから突っ込みを受ける。その突っ込みはユウキがどうしても諦められない夢でもある。

 長年ずっとエリアルたちが元の世界に戻れる方法を模索しているが、未だに手がかりすらつかめていない。焦ってもしょうがないが、周囲が年を取っていく様子を見ていると自然と焦りは出てしまう。

 母親に再会するまで、死ねない。

 分かっているのに、心のどこかで無理じゃないかと思ってしまうユウキ。その心に喝を入れるのはいつだってエリアルだった。

 孫の顔も見せなくてはいけない。妻として、母として、エリアルはいつだって諦めていなかったのだ。

 

(でも、それはまた今度。今日はめでたい日だから楽しもう?)

(そだね。うっし、飛ばすぞ、エリアル!)

「それは勘弁してぇ!!」

 

 光の竜はさらに速度を上げ、青い筋を残す流星へと化す。悲鳴が少し混じるが、お構いなしに平穏な空を駆け抜けていくのだった。

 

 

 霧の谷の湿地帯___創星神との戦いの後一度は廃れてしまった場所だが、今ではかつての豊かな姿を取り戻していた。

 その中で生活していたガスタの一族は、今日のパーティのための準備に取りかかっている。

 

「はーい、その机はそこに置いてくださーい!」

 

 明るい橙色の髪を縛り、右肩に流している緑の瞳を持つ少女が運ばれてくるテーブルや椅子の場所を指示している。ひまわりのように明るく輝くような笑顔が似合う彼女の指示に従って、夜に向けての会場ができあがっていく。

 頑張りながらも、楽しそうにする彼女の後ろから一人の女性が近づいてきた。ガスタ特有の緑の髪に柔らかい笑みを浮かべている中年の女性。

 

「レラ、準備はどう?」

「あ、お母さん!私なりに考えて配置してみたんだけど、上手く出来てるかな?」

 

 少女の名前はレラ。そして、話しかけてきた女性はガスタの静寂 カームである。

 レラはヒカリが生まれる二年前に生まれ、持ち前の明るさから多くの人に好かれていた。ヒカリやシュリットとは違い、召喚獣と人間のハーフなどといった特別な事情はなく、この世界で一般的に育った。

 違うところと言えば、ガスタ特有の緑の髪ではないことと、目に浮かんでいる紋章が独自のものである事くらいだ。

 一昔ならともかく、今になってそんなことを指摘して不気味に感じる者は誰もいない。

 

「うん、綺麗に出来てると思いますよ。そんなところで申し訳ないですけど、もうすぐユウキ君たちが到着するみたいだからちょっと一緒に来てくれます?」

「ヒカリも来てる!?」

「もちろん。さ、行きますよ」

 

 一旦会場の準備を他のガスタに任せ、レラとカームは族長の家へと向かう。道中も今日の祝い事のために多くの人が動いている姿が見えた。

 数分間歩いた後、他の家と比べて少しだけ大きく、玄関に緑の宝石が飾られている族長の家に二人が入ると、すでに何人かが集まっていた。

 最初に声をかけたのは、白い長髪を一つにまとめ背中に流している男性。顔にしわをつくり、眼を細めてレラを見ていた。

 

「お、きたか。久々だな、レラ」

「アバンスさん!エミリアさんも、お久しぶりです!」

 

 現在のリチュアの長、アバンスである。その隣には、転移魔法を使って既に到着していたエミリアとシュリットの姿もある。

 シュリットは静かにエミリアの腕の中で眠っており、その寝顔をのぞき込んでレラとカームは思わず笑みがこぼれる。

 

「シュリット君の様態は安定しているみたいですね。よかった」

「はい、いつも心配していただいてありがとうございます。カームさん」

「本当に、シュリットがここまで安定しているカームさんのおかげだよ~。ありがとう!」

「フフッ、そう言っていただけると何よりですね。___私としては、そろそろ族長の跡継ぎの姿も見たいのですけどね」

「ウッ」

 

 カームの意地悪は目線の先には、どこか気まずそうに目線を泳がせる族長ことガスタの巫女 ウィンダの姿があった。

 カーム同様に年を重ね、良い年齢になったにもかかわらず未だにそういう臭いが全くしないため、どこか彼女を見る周囲の目がちょっとだけ冷たくなっている気がする。

 ただし、カームの言葉は決してウィンダだけに刺さる言葉ではないのだ。ここにはもう一人、未婚の族長がいるのだから。

 

「カームさん、それ、私にも言ってます?」

「自覚はあるんですね・・・・・・ファイちゃん」

「私は兄さんみたいな人じゃないとイヤなんです」

「わーお。ぶらこんここにきわまれりー」

 

 ウィンダの棒読みも気にせず、ラヴァルの族長でありユウキの義妹であるファイは堂々と宣言する。いつもの鱗のような服の上から、眺めの黒いフード付きのコートを羽織っており、露出度はかなり押さえられている。

 燃えるように赤い長髪は大戦が終わった後から伸ばし続けており、既に膝まで伸びつつあり、その姿はかつての姉を思いださせる。

 

「で、その兄さんはいつ来るんだ?」

「エリアルから連絡が私の方にさっきあったし、もうすぐだと思うよ。銀河眼に乗ってるらしいから問題があったとは思えないんだけど・・・・・・」

 

 ウィンダとアバンスがそんなやりとりをしている中、再度ウィンダの家の扉が開く。まず一番に部屋に入ってきたのは、小さな陰。駆け足でレラの目の前に姿を現した。

 

「レラおねえちゃん、こんにちは!」

「ヒカリ!お誕生日おめでとう!」

 

 満面の笑みを浮かべるヒカリをぎゅーっとだし決めるレラ。どうもヒカリは保護欲をそそられるらしく、少し幼い性格もあり皆の弟のようにかわいがられている。

 元気な子供に遅れて両親二人も部屋へと入ってくる。そばにはここまでの案内人である女騎士の姿もあった。

 

「皆さん、おそろいのようで。お待たせしました。ブリリアントもありがとう」

「いえ、エスコートするもの騎士の勤めですから」

 

 凛々しくも優しげな女性の声はジェムナイトの長であるブリリアント。初対面の時はガチガチに緊張していたのは既に懐かしい。

 ブリリアントが扉を閉じ、この家に集まる予定だった人物が全員集合する。エミリアはベビーベッドにシュリットを寝かせ、全員が各々言葉を交わし始める。

 一人一人がヒカリに誕生日を祝う言葉を伝え終わると、レラと一緒に遊び始める。その隙を狙って、ウィンダはエリアルとエミリア、カームを別室に呼んでいた。その顔は真剣で、何か深刻なことが起こったと三人に言葉もなく伝えていた。

 

「カムイの家のことなんだけど、エミリアとエリアルにも知っておいてほしいの」

「カムイのところっていうと・・・・・・最近孫が生まれたんだっけ」

「ピリカ、でしょ。それがどうかしたの?」

 

 シュリットと同時期に生まれた子供___ピリカはカムイとリーズの孫で、その吉報は既に四部族に知れ渡っていた。

 だが、ウィンダの顔はそのことではないと言っている。カームはどこか寂しそうな顔をして、ウィンダには少し怒りの表情が見えていた。

 

「実は先日、カムイが捨て子を引き取ったの」

「このご時世に捨て子? まったく、なめた真似してくれるわね」

「エリアルちゃん、少し落ち着いて」

 

 捨て子というワードに何よりも怒りを示したのは、同じ境遇だったエリアルだ。ほぼ反射的に出てしまった怒りの声に、カームが制止をかける。肩を落とし、大きく呼吸したエリアルを確認して、ウィンダは話を続ける。

 

「捨て子といっても、この世界の子供じゃないみたいなの。ただ、すごく強い魔力を秘めているみたいだから、魔術に詳しい二人にも会ってほしくって。どうかな?」

「断る理由もないけどさ。ウィンダ、貴方がその子を引き取って養子にすればよかったんじゃないかな?」

「それは___考えてなかった!」

「まあ、あんたらしいっちゃあんたらしいけど。んじゃ、その子に会いに行きましょうか」

 

 この世界の住人ではないことは些細なことである。なにせ何十年前にユウキという存在が別世界を証明したのだから。

 どうやってこの世界に来たのか。気になるところではあるが、今はそれを無視して四人は歩いて数分の場所にあるカムイの家へと向かう。ウィンダの家と比べると少し小さい、ガスタの中では一般的な木造の家。

 中に入った四人を迎え入れたのは、姉と同様に優しい笑顔を浮かべる男性 カムイと鍛えられた身体の女性 リーズ。そして、その二人の腕の中で眠っている二人の赤ん坊の四人だった。

 

「姉さん、族長、それからリチュアのお二人。このたびは立ち寄っていただき、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいいよ。私たちの仲でしょ? それに、カームさんにはいつもお世話になってるから」

「ありがとうございます。エミリアさん」

 

 軽く会釈をするその姿からは、かつての弟分だったことはわからないだろう。背もずいぶんと伸びてユウキよりは大きくなった。大戦で命を落とした父 ムストの面影が強く出ている優しくも頼もしい男性へと成長した。

 

「今更なんだけど、本当にしっかりしてるわね。まったく・・・・・・うちの誰かさんも見習ってくれないかしら」

「そこはエリアルがしっかりすれば良いでしょ。あたしもカムイに頼り切ってるところはあるし」

 

 リーズは相変わらず身体を鍛え続けており、以前から変わらないプロポーションを保っていた。エリアルも体型についての悩みは彼女に聞いており、多くの女性のお悩み相談所のようになっている。

 軽く挨拶を終えた後、早速本題であるリーズが抱えている捨て子の赤ん坊についての話に移る。

 カムイが言うには、湿地帯の草むらに捨てられていたらしく、ガスタ内部には両親らしき人物はいなかったとのこと。別に褐色肌でもないので、ラヴァルでもない。ガスタでないのであれば消去法でリチュアとなるのだが、もちろんエミリアもエリアルも母親ではない。

 となれば、考えられるのは別世界の子供ということになったわけである。一旦、カムイの話を聞いて、第一声を発したのはエリアルだった。

 

「なんか、聞けば聞くほど私に似てるわね・・・・・・」

「エリアルさんもそうだったんですか?」

「んー、もう記憶もないんだけどね。確か、氷結界内に親はいないとか聞いてたから」

 

 自身と似た境遇に親近感を寄せるが、今問題になっているのはそこではないとエリアルは続ける。

 ウィンダがわざわざリチュアの二人に会ってほしいと言ったその理由。それは、赤ん坊に宿っている魔力だった。

 

「この子、私はおろかどのリチュアよりも魔力を持ってるように感じるんだけど。あんたはどう? エミリア」

「私も同感。間違いなく私以上だと思うし、下手したらお母さん以上かも」

「ねぇ・・・・・・それが原因でこの子は捨てられたっていう可能性って、ある?」

「否定はしないわよ、リーズ。考えられる理由の一つっているだけだから」

 

 リーズの声に怒りが混じり始める。力が強いというただそれだけの理由でこの子が捨てられたのであれば、その両親を見つけ出して一発入れないと気が済まない。

 エリアルが赤ん坊に直接触れて、『解析』の魔術カードを使用する。カードが炭になると同時に、青白い光のラインが赤ん坊の全身に流れた。

 

「___ま、予想通りね。とんでもない魔力を秘めてるわ。質・量、共に最上級。鍛えれば、最高峰の魔術師になるでしょうね」

「これは、とんでもない逸材だねぇ。これは育てる人にかかってるよ~?」

「せめて、これからは魔術が平和に使えれば良いんですけど・・・・・・」

「それは、今の時代を生きている私たちがつくっていかないと、ですね!」

 

 新たなる魔術師の卵の誕生は祝福されたものでなくてはいけない。ただし、生きる世界は、魔術が人に向けられる世界ではなく、人の役にたてる世界でなくてはいけない。

 カームとウィンダは必ずそんな世界にしてみせると強く決意すると、二人の思いに答えるように赤ん坊が小さく笑みを浮かべた。

 

 

 それからしばらくして、日が沈みかけてきた頃。ついに、ヒカリの誕生日兼、新世代の子供たちのためのパーティが開かれる。

 何日も前からこの日のためにラヴァルとジェムナイトたちが作り上げた光り輝く宝石のオブジェに、ガスタが飾り付けた装飾が子供たちを盛り上げる。

 何十人が並んで座れる長椅子の前には、カームたちの手料理がずらっと並べられており、普段から多めの食事をとるラヴァルが子供たちよりも目を輝かせていた。

 堅苦しい挨拶は最初のアバンスによるものだけ。その後は、誰もが騒ぎ、誰もが笑う心地のよい混沌が会場を包み込む。

 今宵の主役である子供たちも、付き添いのはずの大人たちも、部族の枠などないのと同然に今このときを楽しむ。

 

「ヒカリ。改めて、誕生日おめでとう」

「ありがと、お母さん!ところで、お父さんはどこ?」

「もう少しで来るらしいから、少し待ってなさい。・・・・・・バカユウキめ」

(ほんっとうにゴメン!もうすぐいくから!)

 

 口にケーキのクリームをつけ、輝くような笑みを浮かべるヒカリだが、父の姿が見えない疑問を母にぶつける。一応エリアルは召喚獣であるユウキの謝罪が聞こえているのだが、当然ヒカリにはなんのことやら、である。

 謝罪の通り、五分もしないうちにいつも通りの困った笑顔を浮かべたユウキが二人の前に姿を現す。エリアルの蔑むような目線に思わず頭をかきながら、ユウキは言い訳を始める。

 

「ヒカリ、エリアル、ゴメン!ちょっとクリスタさんのところ行ってて・・・・・・」

「クリスタのところ、ね・・・・・・。確かにジェムナイトの住処の最奥に保管されてるから、時間はかかるわね」

「くりすた? って、なに? お父さん」

「すごく簡単に言うと、ブリリアントのお父さんで皆のヒーローだよ」

 

 ジェムナイト・クリスタ。先代のジェムナイトの長で、多くの命を救った本当の英雄だとヒカリの隣に座ったユウキは語る。

 ジェムナイトマスター・ダイヤと姿を進化させ、リチュアを乗っ取り蘇ったインヴェルズと戦い、そしてついにその身体は崩れ、魂も力尽きた。

 その後、遺体として残っていたジェムナイトの核でもある輝石は、許容量を大幅に超えたジェムナイト・フュージョンの負荷により黒くくすみ始めており、放置していれば悪しき者を呼んでしまうと牙王から忠告を受けてしまう。

 現在はくすみが進行しないように、ジェムナイトの住処の奥にあるガスタとリチュアによる合同結界内で静かに眠っている。

 

「しかし、ジェムナイトも不思議よね。力尽きた者の輝石を再度研磨して住処の地中に埋め込むと、後継者が生まれるなんてね」

「初めて聞いたときは本当にびっくりしたよ・・・・・・。まあ、確かに生物的な見た目ではないとは思ってたけどさ」

 

 ブリリアントはクリスタの輝石のくすんでいない部分を少し削り、散っていった他のジェムナイトたちの輝石を一族が持つ『融合』の力とジェムナイトの誕生方法を掛け合わせて生まれた、本人曰く『人工ジェムナイト』だそうだ。

 性別はあるものの、生殖行動をすることがない彼らは文字通り『土から生まれる』のだ。

 そんなブリリアントの誕生秘話を聞いたヒカリが、何かに気づいたかのように言葉をこぼした。

 

「僕はどうやって生まれたの?」

「え。それは、エリアルのお腹の中から・・・・・・」

「ううん。そうじゃなくて、僕って『どうやって命を授かった』のかなぁ、って」

「ブホッ」

 

 言い方は隠しているようであっても、その質問はユウキにとってはただの豪速球である。まさか五歳児に性教育を今ここでするとは思わず、口に含んでいた飲み物を吹き出しかける。

 どう答えたら良いものかと彼が考えるものの、まったく最適解が見つからない。無垢な視線が焦りを生み、変に口を滑らせ掛ける直前だった。

 

「年を取る内に誰に教えられるまでもなく分かるわよ。そんなこと気にしないで、さっさと食べなさいな」

「はーい!」

 

 エリアルが嘘のような本当の事実と食事でヒカリの口を黙らせ、変な知識が付くことを防ぐ。母の言われたとおり、ヒカリは別の料理に手を伸ばしてまた幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

(ごめん、助かった)

(ったく・・・・・・もう、変なことを言わないの)

 

 安心する両親がふと思ったのは、ヒカリの将来のパートナーのことだった。

 ヒカリもいつかは恋に落ち、そして誰かと家族になるのだろうか。どんな相手でも歓迎だが、せめて互いに思いが通じ合っている女性であってほしい。

 

(でも、恋人に興味がないとか言い出さなきゃ良いんだけど)

(そんな風にならないように、僕が教育しますので)

 

 エリアルと出会うまでちゃんとした恋をしたことがないユウキが一抹の不安を覚えるが、彼女がそう言うなら大丈夫だとなんとなく思った。

 隣で食事に没頭している愛息子の頭にその手を乗せる。きょとんとした眼でこちらを見る彼に、父親は微笑みを渡す。

 

「ちょっと早いけど、来年も、それ以降も、こうして祝わせてくれよ。ヒカリ」

 

 こうして、全部族がこの日を祝い、明日からの未来に希望を託していく。

 絶望を消し去り、前へと歩き続けようとする。

 平穏を保つため、今を懸命に生きようとどこかで決意する。

 

 

 

 この『日常』が壊れるときは一瞬だと、分かっていたはずなのに。

 

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