男二人が剣をぶつけ合っていた。
緑豊かな森の中で現生物たちがその戦いを見守り、鳴り止まない金属音が周囲に響き渡る。
蒼い刀を振るう白髪の青年に食らいつくかのように銀の剣を振るう黒髪の少年。ベージュの上着をはためかせ、青い瞳から光を消して目の前の青年を殺すことだけを考えていた。
少年が青年の体へ剣を振り下ろした瞬間、蒼の刀が少年の剣を上空へ跳ね飛ばす。大ぶりの技の隙を狙った切り上げが決まったのだ。
少年の手には既に武器はない。そのまま青年の蒼の刀が少年の首を狙って一閃___する前に少年は振り下ろした勢いのまま互いの頭を思いっきりぶつけ合った。ようは頭突きだ。
流石に青年もあっけにとられ、少年の踏み台になるかのように体を沈める。青年の背中を踏みつけ少年は高く上がった剣の場所まで飛び上がり、そのまま地面に倒れた青年へと重力に引かれながら刃を突き落とした。
確殺かと思われた少年の一撃。だが、青年は狙われた顔を即座に動かし攻撃をかわすと、逆に少年の喉元へと刀を突きつけた。
「・・・・・・惜しかったな、ヒカリ」
「いや、この一撃は予想できてた。それでも、よけきれなかった俺の実力不足」
青年が刀を地面に下ろすと、少年___高屋 ヒカリの瞳に光が戻ってくる。かけられた褒め言葉を静かに否定し、冷静に今回の訓練を振り返り始める。
そんなストイックさを見て青年は誰に似たのかと若干呆れつつ、肉体にかけていた魔術を解除する。瞬く間に中性的な青年は、ひげを蓄えた仙人のような老人へと変わった。
「今日も特訓してくれてありがとう。アバンスさん」
「もう10年も続けてるから、やらないと俺もしっくりこなくてな。今日もお疲れさん、ヒカリ」
剣の師で叔父でもあるアバンスと共にヒカリは住居へと歩き始める。二人の表情は柔らかく、先ほどまで殺気を帯びた特訓をしていたとは思えないほど楽しげに会話をしている。
ここはナチュルの森。生き残った者たちが身を寄せ合って、偽りの平和を過ごす場所。
あの『惨劇の夜』から10年。あの夜両親を失ったヒカリは15歳となっていた。
「お帰りなさい、アバンスさん。ヒカリ」
「ただいま、レラ。午後から特訓よろしく」
「アバンスさんと特訓した後なのに、よく体力持つね・・・・・・」
「鍛えてますから」
玄関で二人の出迎えたのはひまわりのような髪を持つ女性、霊獣使いのレラだ。ヒカリとは幼い頃からの付き合いで、仲のよい姉と弟のような関係である。
今ではそれだけでなく、騎乗についての師弟関係でもある。レラはガスタの血を継いでおり、動物と会話し心を通わせる力を持つ。
『霊獣使い』とは、そんな動物たちと心を通わせ彼らと共に戦う『ガスタ』直系の集団。
ヒカリにはガスタの血は流れておらず、動物たちと会話をすることはできないが『やれることは全てやっておきたい』という彼の判断で騎乗の特訓を行っている。一応5年間ほど続けて、少しの間だけ動物たちと連携がとれるまでには成長した。
早朝からアバンスとの特訓を続けていたにもかかわらず、まだつきぬ体力にレラとは驚きを通り越して呆れすら感じていた。その光景を見たアバンスはやれやれと首を振り、特訓のことしか頭にない甥に食事を勧める。
「ヒカリ、とりあえず飯にしよう。特訓の話はその後でも良いだろ?」
「そうだね、レラ、今日のご飯は?」
「えっとね、久々にカレーにしてみたよ。ヒカリ、好きでしょ?」
「よっし、さっそく食堂へゴーだ!」
カレーと聞いた瞬間に、ヒカリは5歳の頃と同じように目を輝かせて食堂へと走る。その速さは風が吹き抜けたかのようで、特訓の時よりも早いのではないかとアバンスはあっけにとられる。
変に子供っぽさが残っている弟分に笑いながらも、レラは彼の背中を追いかける。
「・・・・・・なあ、ユウキ。お前の息子は強くなったよ。でも、これがお前の望むあいつの姿なのか。俺には分からないんだよ・・・・・・」
誰もいなくなった玄関でアバンスは届くはずもない言葉をこぼす。
ヒカリが『英雄の息子だから強くなりたい』と、自分たちに宣言したあの日から、アバンスはずっと悩み続けていた。
それが本当に彼の幸せになるのか、と。
だが、その答えはヒカリにしか分からないし、彼が強くなることを望むのであればそれが答えだ。アバンスがやれることは、彼に技術を教えることくらい。
らしくない弱音から逃げるようにアバンスも二人の後を追う。廊下から食堂へと近づくにつれて、カレー特有の空腹を呼び起こす香ばしいにおいが強くなる。
のれんをくぐると、住居に住む者たちが各々向かい合って食事を始めていた。談笑しながら食事をしているその光景からは、いかにも『平和な日常』が再現されているようだった。
食堂に入ったアバンスを台所から赤髪の女性が笑顔で出迎える。髪をツインテールにしたまだ20代ほどの外見だが、その正体はアバンスの妻 エミリアである。
「あ、アバンス、お帰り~」
「ああ。今戻った、エミリア」
長年の夫婦生活でもはやこのやりとりは板に付いてきた。ごく自然にエミリアはアバンスに付き添い、そのまま隣り合った席で食事を始める。
目の前のカレーライスはアバンスのものよりエミリアの方が量は多い。
「アバンスも無理しないでよ?」
「いきなりどうした」
「もうお爺ちゃんなんだからさ。いくら影霊衣の儀式術で若返るといっても、無理したら体に響くんだから」
「そこは・・・・・・善処する」
守れるかどうか分からない妻からの心配に、アバンスは苦笑しながら曖昧な言葉でしか返せない。なにせ、それを決めるのはアバンスではなくヒカリだからだ。
エミリアも事情は分かっているが、夫の心配はやはりつきない。ただでさえ、自分に魔力を回しているのに歳を重ねた今でも体を酷使しているとなると、いつ倒れるか不安で眠れなくなってしまう。
「しかし、あれから10年が経つのか」
「もう、そんな経っちゃうんだね。まだ昨日のことのように思い出せるよ」
中規模の食堂を見渡して、二人は10年前のことを思い出す。
ガスタ、ラヴァル、ジェムナイトの壊滅。生き残った者たちはあの日のことを『惨劇の夜』と呼んでいる。
リチュア・・・・・・アバンス、エミリア、ヒカリ。
ガスタ・・・・・・カムイ、赤ん坊だった二人 ピリカとウェン。重傷者、カーム
ラヴァル・・・・・・ファイ、フロギス。
ジェムナイト・・・・・・ブリリアント・ダイヤ
生存者___合計10名。
惨劇の夜が明けた次の日の朝。異変を感じ取った神殺しの二人___セイクリッド・ソンブレスとヴェルズ・ケルキオンがナチュルの森に到着した。
二人ともなにか『最悪』が起こったことは覚悟していたが、星の悪魔 ヴェルズビュートからその実態を聞くと、その覚悟がいかに甘かったかを実感する。
特にソンブレスは元々ジェムナイトだったため、部族壊滅を聞いた途端に膝から崩れ落ち、声を隠すことも出来ずに泣き叫んでいた。
ケルキオンも今にも爆発しそうな感情を必死に殺し、ビュートたちから事情を聞き続ける。
「・・・・・・事情は分かった。この一大事に駆けつけられなくてゴメン」
「ブリリアント・・・・・・皆・・・・・・守ってあげられなくて、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・!」
「二人とも、再び彼らの力になってほしい。私と牙王だけでは情けないことに、もうどうしようもないんだ・・・・・・」
うなだれるビュートの姿を見て、神殺しの二人は現住民たちへの協力を約束する。
まず二人が行ったことは、現在ナチュルの森周囲に張り巡らされているビュートが貼った結界の強化だった。
ソンブレスはその身に宿る『創造』の力で結界の強度を上昇させ、ケルキオンはその身に宿る『破壊』の力で結界に部外者が触れれば消滅する攻撃性を会得させた。
そして、今生き残っている者たちの治療と教育に協力した二人は、今からちょうど一ヶ月ほど前に二人は結界の外へ旅立っていった。
ソンブレスは当てがあるらしい『新しい戦力』のために。ケルキオンはこの惨劇をもたらした『原因』を調査するために。
「ラズリーちゃんとケルキオン、大丈夫かな・・・・・・」
「無事を祈ることしか出来ないな・・・・・・」
「なーに辛気くさい顔してるんですかね、二人とも」
思い詰めて食事も進んでいない二人に背後から男の声がぶつけられる。少しガサガサで力強いその声の主はにやりと牙を見せながら笑う。
青い体をした竜人はドカッと勢いよくアバンスの隣に座り、大盛りのカレーを頬張っていく。
「エグザ・・・・・・」
「あの二人のことは、新参者の俺にはよく分かりませんけどね。仲間なら信頼するしかないでしょ。ね?」
彼の名はエグザ。アバンスたちの新勢力『影霊衣』の戦士である。元々は『氷結界』に生息する生物『霜精』が成長したのが彼の正体だ。
10年前にアバンスが何か残っていないかどうか、藁にもすがる思いでかつての住居だった『旧大陸』で発見・保護できた唯一の生命で、それ以来アバンスとエミリアの息子 シュリットとは兄弟のように生活してきた。
「レラ~おかわり~」
「はっや!? そんな急いで食べなくてもカレーは逃げたりしないからねー?」
「じゃあ、俺も!」
「シュリットも張り合わないの!もう!」
そのシュリット___両親譲りの赤と白の髪に赤と緑のオッドアイが特徴の少年は、ガツガツとカレーを頬張る兄貴分に張り合うようにカレーをおかわりしていた。
シュリットにとってヒカリはいとこであり、兄貴分であり、兄弟子であり、そして同じ出自を持つ同胞でもある。
それでも11歳と15歳では食べる量が違う。ヒカリが三杯目をレラに注文した時、シュリットは中身が少し残っているカレー皿を前に机に突っ伏していた。
「もう、シュリットったらバカなんだから。ヒカリお兄ちゃんに勝てるわけないよ」
「ヒカリさん。コップにお水入れておきますね」
「ん!ありがと、ウェン!」
突っ伏したシュリットの頭を軽く叩いて小馬鹿にするのはピリカ。霊獣使いの長老でもあるガスタの生き残り カムイの孫で、その緑色の髪をサイドテールにした10歳の少女。
ヒカリのコップに水を入れているのはウェン。出自不明の捨て子で、カムイによってピリカとは姉妹のように育てられた。規格外の魔力量を秘めており、それを封じるため瞳を閉じている。今は聴力と魔力感知によって周囲を確認しており、その制度は視界がないというディスアドバンテージを感じさせないほどだ。
「ヒカリ!もうカレーはないからね!それに、そんなに食べたら、修行中に戻しちゃうでしょ!」
「大丈夫だって。ごちそうさま!・・・・・・ってか、シュリットも早く食べろよ~?」
「今度は・・・・・・負けないからな、兄貴・・・・・・」
「フフ、いつでもかかってこいや~」
「こいや~」
「こ、こいやー・・・・・・?」
「ピリカとウェンも乗らなくて良いから!まったくもう・・・・・・」
ぷんすかと怒るレラだが、その雰囲気はどこか楽しそうだ。食器を洗い場へと持って行き、再び自分の席に座るヒカリたち。毎日昼食後はミーティングの時間で、現状が全員に伝えられる。
幼いシュリットたちが何も言わないのも、今の平和が本物ではないことを理解しているから。いつ崩れるか分からないこの日々を少しでも過ごすため。
座る全員の視線の先にはアバンスともう一人、白みがかかった緑色の髪をポニーテールにまとめている老人___霊獣使いの長老 カムイが立っていた。かつて皆の弟分だった少年の面影は消え、アバンスと共に一族を率いる長としての顔つきをしている。
「皆、集まっているな。それでは現状報告を始める。といっても、そこまで変わりはない。ヴェルズビュートさんと牙王さんは引き続き森の周辺の警護に当たっているが、特に変化はないそうだ」
「ケルキオンからもラズリーからも連絡は特にない。皆、神星樹守護のために鍛練を積んでくれ。シュリット、エグザ、午後からはお前たちの番だな。準備しておけ。以上、解散」
「ぃよっし!父さん、俺も兄貴と同じメニューでお願い!行こう、エグザ!」
「ったく、それは無茶ってもんでっせ。シュリット」
ミーティングはすぐさま終わり、全員が午後の作業に入り始める。アバンス、シュリット、エグザは鍛錬へ向かうために住居の外へ。エミリアとレラは食器の片付けで台所へ。
カムイは新たなる相棒であるカンナホークと共に森の見回りへ向かう。
「ヒカリお兄ちゃん!今日は私たちと神星樹まで行こ!」
「うん、いいよ。レラが来るまで時間があるし、ウェンもくるよね?」
「う、うん。もしよかったら、ですけど・・・・・・」
引っ込み思案なウェンの体をヒカリはひょいっと軽々と持ち上げて、そのまま肩に乗せる。わっわっ、と驚くウェンを気にすることなくヒカリとピリカは食堂から外へと飛び出す。
住居地区を越え、あっという間にナチュルの森へと入っていく三人。周囲のナチュルたちに声をかけながら、新鮮な空気で満ちる森では自然と気分が落ち着いていく。
楽しそうにステップを踏みながらヒカリの周囲を回るピリカと、彼の肩の上で微笑みをこぼすウェン。反応は真逆だが、二人ともヒカリとの散歩を楽しんでいるようだ。
物心ついたときから二人はヒカリによく懐いており、この散歩のように遊びに行くことは日課となっていた。特にピリカは、シュリットとヒカリを取り合うこともあり、仲良くケンカすることも多い。
森の中心へ続く川沿いを歩き続けていくと、やがて巨大な樹木___神星樹が三人の目の前に現れる。そしてその近くには巨大な獅子が樹木を守るように鎮座していた。
「牙王~。遊びに来たよ~」
「・・・・・・ヒカリ、お前はいい加減年長者の自覚を___」
「俺よりレラの方が年上だし。そもそも、牙王がこっちに来ないのが悪いんじゃん」
ブーブーと子供っぽく口をとがらせるヒカリに、この森の守護者 牙王はため息を漏らす。幼少期からヒカリと関わっている牙王だが、彼の変わらない態度には頭を痛めて続けていた。
牙王がいつもヒカリに説教をして、それを聞いたヒカリが不機嫌そうに反抗する。このやりとりがもはやテンプレとなっており、周囲からは孫と祖父のように見られている。
「牙王サマ、こんにちは!」
「牙王さん、お邪魔します」
「ピリカ、ウェン、よく来た。彼らも二人をも待っていた」
「牙王、なんで俺にはそんなに辛辣なんだよー」
ヒカリのぼやきを無視し、牙王は樹木で待っていた二体の動物をピリカとウェンの元へ呼ぶ。ピリカの元には緑色のペンギンと言える外見の『精霊獣 ランペンタ』。その鶏冠がチャームポイントで、今もその鶏冠を指のない手で撫でてどこかドヤ顔をしている。
ウェンの元にはピンク色のイルカといえる外見の『精霊獣 ペトルフィン』が水辺から彼女に寄り添う。青の宝石が付いた装飾はウェンがペトルフィンのために選んだものだ。
「ペンタ!今日もお散歩しよ!お兄ちゃん、また後でね~」
「ペンペン!」
「フィン、迎えに来てくれてありがとう。今日もよろしくね。ヒカリさん、行ってきます」
「きゅい~」
ラムペンタとピリカは少し森の奥で、ペトルフィンとウェンは水辺の奥へそれぞれ歩いて行き、樹木前には牙王とヒカリだけが残された。
牙王は地面に座る彼の身体を見つめる。幼少期とは比べものにならないほど体も、その力も大きくなった。だが、その心はまだ未熟だ。
召喚獣と人間の混血。その秘めたる才能を開花させたとき、心が伴っていないようではいけない。
「ヒカリよ」
「ん?」
「お前は大きくなった。体も力も。だからこそ、より心を磨け。守る物を、使命を、常に忘れるな」
「使命はともかく、守る物はわかってる。肝に銘じておくよ」
ヒカリは笑ってそう返した。そのまましばらく瞑想をしていると食器洗いを終えたレラが神星樹に到着する。
レラの到着を見計らって一体の赤い獅子が彼女の前に現れる。獅子の名は『精霊獣 アペライオ』。牙王の遺伝子を継ぐ勇敢で優しい獣でレラのパートナーだ。
アペライオはぐるると喉を鳴らしてレラに頭をこすりつける。レラもそんなパートナーの頭を愛おしく撫でた。
「ヒカリ~、鍛錬するよ。起きて」
「起きてるよ・・・・・・瞑想は居眠りじゃないってば」
立ち上がったヒカリはレラとアペライオと共に神星樹から少し奥地に向かう。周囲と比べて平地が広がっているこの場所でいつもレラとヒカリは鍛練を積んでいた。
「さてと、ライオ。今日の体調はどう?」
『おう、絶好調だぜ。レラ』
「そかそか!今日もヒカリに付き合ってあげてね」
『まあ、レラの頼みならしょうがないけどなぁ・・・・・・』
「なあレラ。もしかしなくてもアペライオ、乗り気じゃない?」
アペライオの声はレラにしか分からない。アペライオは若い男性の声でヒカリに協力することにどこか否定的な言葉を発していた。だが、鍛錬をしてきたおかげで、言葉の通じないヒカリにもなんとなく雰囲気は伝わった。
そしてこのやりとりは、今回が初めてではない。
「ライオ、前から気になってたんだけど、ヒカリに何か問題がある? 昔はそんなこと言わなかったよね」
『あー・・・最近、ヒカリからやな感じがするんだよなぁ。ヒカリ本人が悪いわけじゃないんだけどなぁ』
「やな感じ? ヒカリ、なんか思い当たる節はある?」
「いやまったく」
ヒカリに思い当たる節は全くないが、昔から鍛錬に付き合ってくれているアペライオが乗り気出ないのならヒカリも無理にとは言えない。
とりあえず体力強化のために走り込む事に。レラはアペライオに騎乗し、走るヒカリの後を追いかける。
「ヒカリ。とりあえず30分でいいよね?」
「うん。レラもさ、走り込みだったら別に付き合わなくても良いんだよ?」
「私も鍛錬しないといけないから大丈夫。私はヒカリみたいに力があるわけじゃないから、ちゃんとライオと連携できるようにならないと。いつか来る『驚異』のために」
「その驚異っていつ来るんだろうね。来ないのが一番なんだけどさ」
森を走り続ける二人の会話に出てきた『驚異』。牙王が予言し、ビュートが必ず起きてしまうと断言するもの。
彼らはまだ知らない。その驚異を引き起こすであろう黒幕のことを。
その黒幕が___二人が慕っていた人物であることを。
「なぜだ・・・・・・どうして君がそんな姿に!!?」
霧の谷の大湿原___かつては風の部族 ガスタが暮らしていた緑豊かで静かな場所。その場所を壊すように黒い鉄槌が湿地帯に突き刺さる。
神殺しの悪魔 ヴェルズ・ケルキオンは報告のためにナチュルの森へ戻ろうとしていた時、謎の巨人に襲われた。
異常に巨大化した右腕。崩れ落ちそうな汚れにまみれた銀の体。その体を突き破るように生える不自然な黒い水晶。黄色の髪をたなびかせた邪悪なるモノ。
白い翼をはためかせ、亡霊の一撃を交わすケルキオンの叫びはそれには届かない。
「なぜなんだ!クリスタ!!!」
ケルキオンが悲痛な声で叫んだ名はかつての大戦での英雄の一人。彼を襲っていたのはジェムナイトの長『ジェムナイト・クリスタ』が黒く、ひどく変わってしまった姿『
「■■■・・・・・・■■■■・・・・・・」
「こちらの言葉が通じないのか・・・・・・。一体どうすれば・・・・・・」
なんとか言葉で止めたいケルキオンだが、カンゴルゴームに言葉が届くことはない。そもそも、この亡霊にまともな自我はない。たださまようだけなのだから。
迷っている暇はない。弱い心を振り切るようにケルキオンは杖を掲げ、その身に宿る『破壊』の力を行使する。
「ああ、やっと見つけた」
突如、何の前触れもなくケルキオンの体に青の糸がまとわりつく。無数の糸は彼の手足に一瞬で何重にも絡み合い、その動きを封じようとしていた。
すぐさま対処しようとするケルキオンだが、不思議なことに自身の持つ破壊の力が全く機能しなかった。それどころか、この糸と同化しようとしているように彼は感じていた。
理解不能。
情けないことに、ケルキオンの脳裏にあった言葉はその4文字。せめて、自分へかけられたであろう言葉を発した人物を確認しようと後ろへと振り返った。
「____君、は」
それが最期だった。カンゴルゴームの右腕がケルキオンを叩き潰す。ぐしゃりと肉体がはぜたような音が一瞬だけ鳴った後、カンゴルゴームはそこにあったものを黒く濁った胸に取り込み始める。
まるで泥水をすすっているかのように、破壊の力はカンゴルゴームへと飲み込まれていき、吸収するにつれてその体は巨大化していく。
やがてその場所には10mは超えるほど巨大化したカンゴルゴームの頭部が残された。まがまがしい雰囲気を放つその
この現状を生み出した黒幕はその様子を見て、無感動に竜頭を見上げていた。
「じゃ、出番だよ」
とんとん拍子に事が進んでいく現状に黒幕は何も感じない。これは必然で楽しむことでもない。
自分は『母親』でもないのだから。
出番と称して、地面から突如として生えてきたのは黄色の試験管。その中には紫色のドレスを着た土人形のような誰かが眠っていた。
その誰かは眠るように瞳を閉じ、自分に迫り来る竜頭には気づく様子もない。竜頭が試験管を食らい原核からちぎれるように分離する。ボコボコと内面から泡立つように姿と色を替え始め、ここに新たなる『生命体』が誕生する。
祈る聖女のような顔立ちをした50mはあるだろう紫の『巨人』。その背中からは無数の紫の糸があふれ出し、遠くから見れば天使の翼のように見えるだろう。
糸は地面に突き刺さると、何かを掘り出した。それは鳥であったり、針鼠だったり、虎のようであったり。全てに共通しているのは、巨人からの糸につながれている紫色の人形のような見た目であることだ。
巨人を筆頭に『影』の集団は大湿原の奥___ナチュルの森の方向へと侵攻し始める。
「グルルルルアァァァ!」
影があるところには光がある。侵攻が始まったタイミングを見計らったのか、それとも、必死に急いだが影の発生を止められなかっただけなのか。
天空に8つの星が現れる。竜の姿を取り、影たちへ立ち塞がるように現れたのは、この世界が生み出した『光』。
その名も『竜星』。ドラゴンならざる『幻竜』である。
一体一体がジェムナイトの輝石をソンブレスから継承して誕生おり、今ここにいるのも彼女の指令だった。ケルキオンの危機をソンブレスが持つ『創造』の力から感じ取り、生まれてしまった『影』の侵攻を止めるべく戦いを挑む。
8体の竜星にひるむこともなく、影たちは侵攻を続けようとする。
自分たちを無視するなと言わんばかりに、炎の竜星『炎竜星―シュンゲイ』は体から炎を発生させ、影を焼き尽くす。炎に飲み込まれた無数の影たちは灰も残さずに消え去り、糸だけが寂しそうに揺れている
他の竜星たちもシュンゲイの後に続くように攻撃を開始する。『水竜星―ビシキ』は自身の周囲に漂う水をなまり玉のように変化させ発射。影の体を一瞬のうちに蜂の巣へと変える。
他の竜星よりも巨体な『幻竜星―チョウホウ』は身にまとった輝きを剣のように変化させ、嵐のように影へと降らせる。糸は切り裂かれ、影たちの体も輝きに触れた途端に消滅していく。
竜星たちに恐怖はなかった。自分たちを生み出したソンブレスの期待通りに、この影たちを駆逐できる。そう確信していた。
その影たちにも『恐怖』がないことなど、知る由もなく。
始めは竜星たちの優勢だった。影たちは反撃らしい反撃もせず、巨人も竜星たちをいないかのように無視し続けていた。
小型の影は次々と駆逐された。巨人も確実に足止めされていた。
その優勢が徐々に劣勢になってきたのは、竜星たちが攻撃を始めて3日が経過した時からだ。
竜星たちとて力は無尽蔵ではない。最初から継続的に全力が出せるわけではない。日が落ちて月が昇ろうとも、また付きが落ちて日が昇ろうとも、影たちは歩みを止めない。
徐々に竜星たちは力を失い始め、影を押しとどめることすら困難になり始める。息は荒く、まとっていた自身を象徴する属性は消えかける。
それでも引くわけにはいかない。無理矢理にでも力を振り絞り2体の竜星___シュンゲイと『風竜星―ホロウ』が影へと立ち向かおうとした。
グサリと、二体に糸が突き刺さった。
気づいたときにはもう遅い。巨人の糸は疲労した二体に切れる物ではない。グサリグサリとその身を奪うように糸はシュンゲイとホロウにまとわりつき、その『影』を奪う。影を奪われた生命に残るのは、空っぽの体だけ。
星は影へと墜ちた。新たなる人形が二体、ここに生み出された。
驚愕する残された竜星たち。初めて『恐怖』という感情を知ってしまう。だが、逃げるという選択肢はない。思いつくこともしない。
自分たちを生み出した星を守るために、星たちは影に挑み続ける。
例えそれが、『負け戦』であると知っていても。
「____ビュートさん!牙王さん!!」
セイクリッド・ソンブレスが最後の竜星『光竜星―リフン』を連れ、ナチュルの森に戻ってきたのはそんな最中だった。
『創造』の力を通して我が子でもある竜星たちの現状は把握していた。途中、心が折れそうになりながらも彼女は自身の使命を果たすため世界を飛び回り、現状打破の鍵となるリフンを誕生させて森に戻ってきた。
ソンブレスの悲痛な声にビュート、牙王だけでなく森に住む者たち全員が駆けつける。
「ソンブレス!一体どうしたんだ。それに、その竜は・・・・・・」
「野暮なことを聞くな、同胞 ヴェルズビュートよ。ソンブレス、ついに『驚異』が現れたのだな?」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・その、とおり、ですっ・・・・・・!」
息切れを起こすソンブレスを心配するようにリフンは彼女へと巻き付く。まだ生まれた間もないためか、母親を心配する子供のようにも見えるその姿は少しだけ周囲の緊張を解いた。
だが、事態は緊急を要する。
暴走したクリスタの出現、ケルキオンの消滅、生まれた『影』、竜星が墜ちたこと。
この場にいる者たちにとって、よいニュースは一つもなかった。
「ありえん!!我が父が・・・・・・クリスタが、そのような非道をするなど!!!」
「落ち着いて、ブリリアント。ラズリーちゃん、それは確実なんだよね」
声を荒げるのはジェムナイト最後の生き残り『ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ』。惨劇の夜に負った重傷はジェムナイトが持つ自然回復能力で何とか癒えたものの、心の傷は消えることはなかった。父親とも言えるクリスタの暴走に、彼女の心はより荒れていく。
そんなブリリアントとは対極に落ち着いて現状を見ようとしているのは、『ラヴァル炎樹海の妖女 ファイ』。高屋ユウキの義妹であり、ヒカリにとってはもう一人の叔母である。
かつての姉のように燃えるような赤色の髪を伸ばし、トレードマークでもある頭巾をかぶっている。外見年齢は10年前から余り変わっていないが、右目まわりには惨劇の夜に負った大怪我が原因で黒くひずんでおり、それを隠すように前髪を伸ばしている。
「うん、ファイちゃん。ブリリアントにはすごく残酷な真実なんだけど・・・・・・」
「ソンブレス様!!そんな、そんなふざけた嘘を言___」
「___ブリリアント。ラズリーちゃんの部族、言ってみなさい」
「そんなもの!セイク、リッ、ド・・・・・・」
ようやくブリリアントは気づいた。ソンブレス、否、ジェムナイト・ラズリーの体が隠しきれないほどに震えていることに。
当たり前だ。ラズリーにとってクリスタは、憧れで自慢の『長』だったのだから。
そんな長が自分の同胞を、子供を殺した原因であると知れば___。
「ソンブレス様・・・・・・私は、とんでもないことを・・・・・・」
「ううん。気持ちは分かるよ。同じジェムナイトだもん」
今にも罪悪感に押しつぶされそうなブリリアントの震えた声にソンブレスは無理矢理笑顔を作って、大丈夫だとつぶやいた。
内輪もめをしている場合ではない。すぐさま緊急の会議が開かれる。一旦ソンプレスにはわずかだが休息を取ってもらい、残りの者たちでチームを組むことになる。
1つは、ソンブレスと共に竜星たちへ加勢に向かうチーム。もう一つは、この森に残り、万が一の時に備えるチーム。
会議を進めるアバンスとカムイは顔を曇らせながら、チームメンバー案を発表する。
「加勢メンバーだが、俺、カムイ、ブリリアント、エグザ・・・・・・っヒカリとレラだ」
「お、ようやく出番っすか。族長」
「わ、私!?」
「レラ、機動力を兼ねそなえつつ攻撃するならお前とアペライオが適任だ。それからヒカリ、お前はレラを守れ」
「分かった」
待ってましたと言わんばかりに牙を見せて笑うエグザと、呼ばれると思っておらず驚きの声を上げるレラだった。
一方で、シュリットは不満そうな顔で父を見つめる。声を上げないのはすぐ横でエミリアが彼の手を握っていたから。選ばれないことが幸福であることを、震える母の手から感じ取ったからだった。
「兄貴。ついに出番だね」
「だな」
自分とは違い、名前を呼ばれた兄貴分の声は静かだった。いつもの子供っぽい雰囲気は消え、その瞳からは冷たさしかシュリットは感じない。
この状態のヒカリをシュリットは好きではない。まるで別人のような雰囲気で、いつも遊んでくれている兄貴はどこかで死んでいるように感じてしまうから。
「ヒカリ、行けるか」
「当たり前でしょ」
アバンスの心配を含んだ言葉にも、淡々とヒカリは答える。何をバカなことを聞いているんだと言わんばかりの目を、アバンスは直視できない。
こんな目をさせるために、彼を育ててきたわけではないのに。そう思いながらも、彼を戦場に出さなくてはいけない現状にアバンスは憤りを感じる。
「よーし、待機組は後方支援にまわるよー!皆、加勢組の手伝いをすること!シュリット、お父さんの準備を!ヒカリは私に付いてきて!」
「え」
「いいからいいから!」
まだ困惑が残る空気を吹き飛ばすように、エミリアがわざとらしく明るい声で檄を飛ばす。彼女の声でようやく全員が動き始め、ヒカリは背中を押されてエミリアにとある場所へと連れて行かれる。
食堂を抜け、廊下を歩いて増築された区画を抜けた先。かつてリチュアの住居として使われていた区画で、幼い頃のヒカリが住んでいた部屋。
ヒカリがこれまで入ろうとしなかった、家族の部屋にエミリアは彼を押し込む。
今現在もエミリアによって掃除されており、誰も生活していないはずなのに生活感が保たれている。ズラリと並んだ本棚も、三人で座っていたソファーも健在。思い出が目に映るたびにヒカリの心は悲鳴を上げる。
「えっと、ここに・・・・・・よし、あった!」
「エミリアさん、一体何を?」
先ほどから部屋をあさっていたエミリアが取り出したのは、黒のローブだった。それはかつて、彼の母 エリアルが大戦時代に身につけていた物とデザインが類似しており、よく見るとおぼつかない裁縫の跡が残っている。
「これはね、エリアルがヒカリのために裁縫してたローブ。あの夜にヒカリにプレゼントするって言っててね。慣れない裁縫を頑張ってたんだよ」
「母さんが・・・・・・」
「本来は首から足まで被うのを想定してたんだけど、今のヒカリじゃ多分上着としてしか使えないかな。でも、エリアル特製の防御魔術が組み込まれてるんだよ!すごいでしょ!」
エミリアからローブを受け取り、着ていたベージュの上着と入れ替えるように母の愛を身にまとう。エミリアの予想通り、ローブではなくただの上着の大きさしかなかったが、より大きい物を既にヒカリは得ていた。
惨劇の夜以降、ヒカリは両親に甘えていた象徴でもあるこの部屋と決別していた。
父と母はその命を持って自分を守ってくれた。なら、自分はその両親に恥じない___『英雄の息子』に恥じない男にならなくてはいけない。
うぬぼれなのは分かっている。そもそも父自身が『英雄』ではないと何度も何度も言っていた。
でも、父親とは息子にとって最も身近な『ヒーロー』なのだ。それが自分を守ってくれたヒーローなら尚更、報いなくてはいけない。
だから、一人で行えることは可能な範囲で全て行い、それ以外は他者から学ぶ。より強く、より賢くなるために。今度は、自分が皆を守れるように。
きっと、今がその時だ。
「ありがとう、エミリアさん」
「・・・・・・まあ、ぶっちゃけるとさ。私、シュリットにもヒカリにも魔術教えたくなかったんだよ。不要な物であってほしかったんだ。こんな侵略目的で創られたものを、後世に残したくなかった」
そもそも教えるの苦手だしー、とエミリアは茶化しながら語るが、声色は少し震えたままだった。
ヒカリが魔術を教えてほしいと言ってきたとき、その理由を聞いたとき、彼女は背筋が凍った。それは、かつて自分が魔術を学ぼうと思ったきっかけと同じだったから。
その結果、どれだけのガスタの民を殺してしまったのか。どれだけの悪事に手を貸してしまったのか。
どれだけ、アバンスとエリアルを泣かせてしまったのだろうか。
ヒカリも、彼を真似して学び始めたシュリットも、自分と同じ道をたどってしまうのではないかと恐怖した。
「でも、今のヒカリならそんな心配は不要かな。・・・・・・本当は甥っ子を戦場に出すとかしたくない。エリアルが知ったら、多分生け贄にされるのが容易に想像できるし」
「そう、ですかね」
「二人とも、ヒカリのことを愛していたから。もちろん、私とアバンスもね。だから___1個だけ約束。絶対に無事で、全員で戻って来なさい」
当たり前です。
そうヒカリは答えたかった。だが、エミリアがこの言葉をわざわざ出した理由が彼の口を塞ぐ。
誰だってそうだ。全員生きて帰ってくることが最善で当たり前だと思い込んでいる。そんなものが幻想だと理解しているのは、戦争を経験した人間だけ。
何も答えることが出来ず静かに俯く真面目な甥っ子に、叔母は思いっきり彼の背中を叩いてやる。いい音共にヒカリの顔が痛みで歪む。
「真面目だね~。ま、そこはエリアルに似たのかな。とにかく、これも持ってけ若造!!」
「いっつ・・・・・・って、これは」
エミリアが投げ渡したのは幾何学模様が刻まれた腕輪だった。そして、ヒカリにはこれと同じものを昔からずっと見ていた記憶がある。
そう、彼の父親 高屋ユウキが左腕に身につけていた『召喚機』である。
自分用の憧れのアイテムがあるとは思ってもおらず、目を輝かせながら自分の左腕に装着するヒカリ。だが、召喚術は鍛練を積んでも成功したことがなくあくまでも装飾品になってしまうことにもったいなさも感じる。
「ほら、両親を背負って行ってこい!」
「・・・・・・ええ。いってきます、おばさん!」
「おばさん言うな!!外見は20代なんだぞ!!」
叔母の怒鳴り声が心地よい。家族部屋を出て、集合場所でもある住居前に走るヒカリ。既に加勢メンバーとファイは集合しており、ヒカリも集まりの中に入る。
「ヒカリ」
「ファイ姉さん、どうしたの?」
加勢メンバーではないファイは自身がこの数年で生み出した独自の魔術で、ソンブレスに回復処置を施しながらヒカリへ心配そうに声をかけた。
ヒカリが『姉さん』と呼ぶのは、かつておばさんと呼ばれたくないとファイがぼやいていた事による彼の配慮なのだが、端から見れば全く違和感がないのも事実だ。
「絶対に、いなくならないで」
「うん、わかってる」
ファイの言葉はそれだけだった。ヒカリは微笑みながら言葉を返すが、彼女の言葉の重さに押しつぶされそうにもなっていた。
ファイの過去はヒカリも知っている。三姉妹の末っ子だったこと。ユウキの義妹になったこと。ウィンダとも姉妹のようになり、エリアルともなんだかんだで仲良くケンカする仲になったこと。生き残ったラヴァルの族長になったこと。
ファイは、得た家族を全て失った。だから、自分の目の前から誰かがいなくなってしまうことを極度に恐れるようになっていた。
ヒカリがいなくなれば、ついに彼女から『家族』はいなくなってしまう。そう考えただけで、彼の心は重くなる。
ファイも変なプレッシャーをかけたくないから短い言葉で済ませたのだろうが、その恐怖で歪んだ目を見てしまえば誰でも察してしまうものだ。
自身の頬を叩き、気合いを入れ直す。
アバンスから装備一式を受け取り、それぞれの部位に装着していく。各プロテクターや、エリアルがかつて作り上げた魔術札。鍛錬に使っている物と同じ銀色の剣は腰に。
装備を付け終わると、不思議と高揚感が湧いてくる。まるでヒーローのようになった気分で、思わずその場で跳んだりはねたりしてしまう。
その背後から牙王があきれ顔でヒカリに近づき、その気配に気づいたヒカリはアハハと困ったように笑う。
「ヒカリ、先ほども言ったが年長者としての自覚を持て。これから向かうのは、戦場だぞ」
「が、牙王・・・・・・ご、ゴメン」
「今回は我が戦場に出ることになった。ソンブレス、レラ、カムイ以外は我の背中に乗れ。全員が乗り次第、すぐに出発するぞ」
牙王が出ることにビュートを除いた全員が驚く。本来牙王はナチュルの森の守護者であるため、森の外へ出ることは全くなかった。それこそ、惨劇の夜ですら森から出ることはなかった。
そんな牙王が戦場へと赴く。その意味は、ナチュルの森にも大きな被害が出る可能性が高いということ。それは、この平穏がついに崩れる時が来てしまったということ。
牙王の言葉を聞いた全員の顔がより引き締まる。体をかがめた牙王の背中に一人ずつ加勢メンバーが乗り込んでいく。
ソンブレスはリフンと共に先頭へ。レラはアペライオに、カムイは鳥獣型の精霊獣『カンナホーク』に騎乗して出発の時を待つ。
「では___いくぞ!!!」
牙王が咆哮を上げ、選ばれた戦士たちは森の外へと駆ける。出入り口となる結界の穴をくぐり、荒れ果てた大地へと繰り出した。
木々の匂いは消え乾いた土の臭いしかしない色の失われた世界。生命の息吹はなく、誕生も始まりもない。ただ静寂だけが流れるこれが本当の世界だと森に住んでいた子供たちは思い知る。
「これが・・・・・・森の外の世界。やっぱり寂しい世界っすね・・・・・・」
「俺たちが小さい頃は、もっと緑豊かだったはずなんだけどね」
風を切る牙王の背中で揺られながらエグザは世界への感想をこぼす。ヒカリも変わり果ててしまった世界の光景に心が締め付けられる。両親たちが守ろうとしていた美しかったものは、誰かによって失われてしまったのだと、改めて実感した。
「___みなさん!そろそろ戦闘領域に突入します!ご準備を!」
「え、早くな・・・・・・ッデッッッカ!!!?」
森を出て10分程度だろうか。ソンブレスから警告が投げかけられ、全員が戦闘準備に入る。ヒカリも皆に続いて牙王から立ち上がろうとして____その巨人を目にした。
その大きさに気を引かれてしまうが、今はそれどころではないと頭を横に振って気持ちを切り替える。
牙王が巨人に接近するにつれて戦場の様子がはっきりと見え始める。
必死に抵抗する6体の竜星と、そんな必死さをあざ笑うかのように森へと歩み寄る影の人形たちと巨人。
敵の姿を視認し、ヒカリは自身のスイッチを入れる。その顔つきからは先ほどまであった子供っぽさは消え、目には冷たさが宿る。
「ヒカリ、アペライオへと乗り移れ!」
「ご武運を。牙王、皆」
猛スピードで大地を駆ける牙王の背中から、並走しているアペライオへとヒカリは何の恐怖もなしに飛び降りる。レラはヒカリが飛び降りたことを確認すると、自身の杖を用いて霊獣使いとしての力を解放する。
杖から彼女の髪と同じ明るい橙色の光があふれ始めると、アペライオの体が、力がより大きく変化していく。光が収まると赤いマントを身につけたレラが騎乗している子獅子は、炎を携えた猛き大獅子へと変化する。
その大きさはレラとヒカリの二人が乗っても全く問題ないサイズで、ヒカリが飛び乗ってもその体はびくともしない。
それ以上に、あの状況から飛び移って全く痛みも何もないヒカリの体にレラは驚きを隠せない。
「ヒカリ、大丈夫!?」
「問題ない。このまま行こう」
「わかった!ライオ、行くよ!!」
前両足に炎を起こし、アペライオは獣型の影へとその爪を振り下ろす。焼け焦げた臭いを残し、影は紫色の糸を切って消滅していった。
新たなる敵が現れた事実に気づくことはあっても、影の人形たちに変化はない。同じようにただ森へと歩き続ける。
その様子を見たヒカリは少しだけ考えを巡らせると、アペライオから地面へと飛び降りて剣を引き抜く。
「レラ、こいつらは多分あの巨人をどうにかしないと止まらなさそうだ。だから俺たちは周辺の雑魚を叩いて、アバンスさんたちのサポートにまわる!」
「わかったけど、一人で大丈夫!?」
「いや、基本的にはレラとアペライオが取りこぼした分を叩く!頼むぞ!」
「了解!行こう、ライオ!」
『しゃあ!行くぞ、レラ、ヒカリ!』
早速ヒカリは懐から魔術札を取り出し、自分を対象に発動する。エミリアの改造により複数の効果が一度に得られる自身への肉体強化魔術。アペライオの全力はともかく、通常の疾走なら追いつくことが出来るレベルに速度を上げる。
アペライオとレラが放つ炎の中に影たちは溶けていく。一体、また一体と確実に灰になっているにもかかわらず、人形たちはすぐに生み出されて何事もないように現れる。
きりがないと弱音を吐こうとするレラだが、目の前で剣を振るうヒカリの姿に勇気づけられて心を燃やす。
ヒカリの剣は蒼く発光しており、これはアバンス直伝の『魔力補強』によるものだ。巨大な鉱石ですら真っ二つに出来るほどの切れ味を自身の剣に取得させる物で、かつて儀式体となったアバンスは『古の悪魔』の肉体をこの魔術で切り裂いた。
地面を蹴って上空にいる影の鳥獣へと急速接近。その背中に乗り移って剣を背中から突き刺して、そのまま頭まで切り裂く。
残った鳥獣の体は魔術札から『
燃えさかる炎の軌跡と蒼の光が紡ぐ線が混じり合い、この大地にはふさわしくない幻想的な光景がここに生み出される。
「レラ、まだいけるか?」
「それ一人で戦ってるヒカリが言う? ヒカリこそ無理しないでね!」
尽きることない影の人形たち。確実に消耗しながらも、ヒカリとレラ、アペライオは互いを信じて影を葬り続ける。
その敵意を感じない様子に気味悪さを感じながら。
一方、巨人へと立ち向かっているソンブレスは影に取り込まれてしまった我が子たちを助けるために、リフンの力を解放した。
「リフン、貴方の力をここに示しなさい!星をつなぎ、影からあの子たちを解き放って!」
本来『竜星』の使命はこの異常事態を引き起こしている『黒幕』が企てている野望の阻止。そのために9体の竜星が必要だと、ソンブレスは理解していた。
だが、シュンゲイとホロウの二体が影に取り込まれ、急遽その2体を救わなくてはいけない。『光竜星―リフン』はそんな二体を影から救う、本来の使命とは異なる使命を持つ存在だった。
そしてその力の正体は、『星をつなぐ力』。かつて、ソンプレスに全ての力を託した『星の騎士団』がもつ力と同質の物。
リフンがその光を解き放つと、湿地帯全土が白く照らされる。光は影へ必死に抵抗する6体の竜星だけでなく、影に墜ちてしまった2体の体と影を包み込み1つにつなぎ合わせる。
竜星は極みへと到達する。
白き輝きと共に現れたのは『輝き』を司る竜星『輝竜星―ショウフク』。その力で影から救い出した全8体の竜星を率いて影たちに反旗を翻す。
ショウフクが放つ輝きは大地にだけでなく、空にまで届く。輝きは道しるべとなり、かつての伝説がここに再現される。
天空に輝く一等星。昼間であるにもかかわらず、その輝きは肉眼でも捉えられるほど大きくなる。影たち同様に異常な光景ではあるが、地上にする者たちからは『異質さ』よりも、新しい希望が生まれる『祝福』を感じ取っていた。
星からオーロラが地上に向かって伸び始め、虹の帯を伝って光に包まれた戦士たちがこの地上に降り立ち始める。その輪郭はおぼろげで明確な実態を得ていないことが誰にでも分かる。
だが、かつての大戦を生き抜いた者たちは知っている。その星が、その騎士たちが、あの星の騎士団『セイクリッド』を継ぐ物だと。
「我が身に宿る12の星座よ。今、その輝きをお返しいたします。我らに、どうか輝く未来をもたらしたまえ!」
「___我らが祖先『セイクリッド』の力、確かに受け取った!」
ソンプレスは身にまとう『星座』を星へと返し、ここに新たなる『星の騎士団』が誕生する。その名も___『テラナイト』。かつてセイクリッドたちの末裔であり、同じく星の名を冠する者たち。
その姿は、全部で五人。
リーダー格となるはくちょう座の『
白き体に金色の装飾、そしてその体を包むように黄金の輪___『星因環』を持つ事が特徴で、デネブを除いた四人は降臨直後に影たちへと攻撃を始める。
デネブは自分たちを降臨させたであろう神殺しの天使へ元へ駆け寄り、力を使いすぎた彼女に肩を貸す。
「よく我々を導いてくれた。私の名はデネブ。一応、現テラナイトのリーダー役を務めている」
「私はソンプレスといいます。本来は別の部族なのですが、セイクリッドさんたちに力を託されてこのような姿になっています」
「可憐な少女に力を託さなくてはいけない事態だったのだな・・・・・・。一旦休むんだ、気高きソンブレスよ。ここは我々に任せてくれ」
「そうは、いかないんですよ・・・・・・」
セイクリッド・プレアデスに似た男性の声でデネブはソンプレスに休息を取るように進めるが、彼女は巨人を見つめ首を横に振る。
その様子に気づいた牙王が駆けつけ、呆れながらも戦場に立とうとする彼女を休ませるために言葉をかける。
「今は無理をするときではないだろう、ソンブレス。神殺しの天使よ」
「牙王さん・・・・・・」
「新たなる星の騎士よ、彼女は我が引き取ろう。降臨した直後で申し訳ないが、共に戦ってくれ」
「無論だ、我らとは異なる星の力を秘めた勇敢なる獅子よ。我らテラナイト、この星を守るために力を振るおう!!」
ソンブレスを牙王の背中に乗せ、デネブは既に戦っている者たちの元へと飛び立った。テラナイトの参戦により戦局は連合軍が優勢に傾き始める。
まだ戦えると文句を言うソンブレスを休ませながらも、牙王は影たちをその爪で切り裂き、その体で敵を打ち砕いていく。しかし、そこまでソンブレスが無理をしてでも戦場に立とうとする理由が牙王には分からない。
「ソンブレスよ。何を焦っている? 何か心当たりがあるのか?」
「・・・・・・私には分かるんです。あの影を生み出している巨人は____」
「ああ。ここまでとなると、殲滅するしかない、よね」
少女の声が戦場に響いた。
その声はなぜだか分からないが戦場にいる者すべてに聞こえていた。声を聞いたソンブレスは続けようとしていた言葉を失い、アバンスとカムイは想像もしたくなかった『最悪』であることを知ってしまい____
レラとヒカリは、声の主にただただ目を見開くだけだった。
先ほどまではどこにいたのだろうか。巨人の前に一つの人影が現れた。
鈍く輝く紫色の杖の先端には闇が詰まったかのような鏡が取り付けられている。
その手足はまるで『人形』のように無機物となり、黒と紫の金属で作られているようだった。
パキパキとわざとらしい折り目が付いた板のようなマントを着けたその少女は、無感情に巨人へと指示を出す。
「ネフィリム、この者たちを『敵対者』として認証します。殲滅しなさい」
「___うそ、でしょ? なんで? どうして?」
レラから漏れる言葉は現実への拒絶のみ。その言葉に『緑髪の』少女は何も答えない。ただこちらに無表情の顔を向けるだけだ。
「どうして・・・・・・どうして___」
「『ウィンダ』さんが、そっちにいるんだよ!!!!」
ヒカリの叫びも、影の人形と化したウィンダには届かない。巨人はウィンダの指示を受け、明確に抵抗する者たちを『敵対者』として認識。森への歩みを止め、人形たちを再生成。軍団を一瞬で作り上げ、襲いかからせる。
ただ動きを止めるだけでも拮抗状態に持ち込むのが精一杯だった連合軍が、明確に敵意を持った影たちと激突すればどうなるか。その答えは簡単だった。
あっさりと戦況はひっくり返る。
「レラ!ヒカリ!しっかりしろ!!前を向いて対処するんだ!」
「ずいぶんと___偉くなったものだね、カムイ」
「ウィンダさん・・・・・・!」
戦意を喪失しかけている若者たちにカムイは上空から叫ぶが、そこにウィンダが横やりを入れる。
ケルキオンを拘束した青い糸をカンナホークとの抜群の連携で回避し、黄緑色の雷をかつての族長に向けて落とす。迷いはある。あのウィンダがこのような事態を引き起こした『黒幕』だと信じたくない。
だが____どうしても、あの惨劇の夜で死体が見つからなかったことがずっと気にかかっていた。
カムイの雷はウィンダが発生させた暗闇に吸い込まれ、次の一発は近くの人形にかばわせる。なんの驚異も感じていないように、ウィンダはカムイとの会話を続ける。
「今じゃ族長? 私に代わって?」
「そうですよ。本当は代理でしたけどね。貴方が戻ってこなかったから、私は!」
「それもそっか。ガスタはほとんど殺したし」
「_____________は?」
「あれ、気づいてると思ったんだけど。あの日、皆を殺した魔術を仕込んだのは私だよ?」
____聞きたくなかった言葉が、彼らを貫いた。
投げかけられたカムイも、近くにいたレラとヒカリも、遠くで聞いていたアバンスも。その言葉によって頭の中を真っ白にさせられる。
一瞬だけ思考が止まった隙をウィンダは見逃さない。カムイに向けて杖から発生された黒い風を塊にしてカンナホークごと吹き飛ばす。さらに、巨人 ネフィリムは影を奪わんと連合軍に糸を伸ばす。
「キュルルルルアアア!」
「ショウフク!?」
セイクリッドと同じ力を持つショウフク。人に分かる言葉は発せなくとも、その志は星の騎士団と同じもの。
この星に生きる者たちを守るため、ショウフクと竜星たちはその身をもってその糸を受けてしまう。本来の使命を遂行することは出来ないと分かっていても、竜星たちに母を、その母が守ろうとする者たちを見捨てることは出来ない。
影を奪われ、今度は全ての竜星がもぬけの殻と化す。その代わり、ネフィリムが操る人形たちのバリエーションがいくつか増加していく。
「____ウィンダぁぁぁ!!!!!」
思考が追いついたヒカリの空っぽになった頭を埋め尽くしたのは、両親を、家族を奪われた『怒り』だった。
肉体強化の魔術をかけたまま大地を蹴る。その目に殺気と怒りを宿しウィンダへと剣をなんの躊躇もなく彼女の首へと振った。
「ヒカリ、大きくなったんだね」
「___黙れ。もうしゃべるな」
杖で彼の剣を受け止めながら、ウィンダは親愛を示すような微笑みを浮かべる。それが彼にとって到底受け入れることが出来ないものと知って。
さらに剣に力を入れるヒカリだがウィンダの体は全く動かない。この状況を楽しむかのようにウィンダは会話を続ける。
「私を、殺すの?」
「黙れ」
「ふぅん・・・・・・。でも、無理だよ。ヒカリの力じゃ、ユウキのようには___」
「黙れぇぇぇ!!」
父という逆鱗に触れられ、ヒカリは力任せに剣を振り抜いた。ウィンダの杖は切れることなく、ただ刀身が滑っただけだが勢いは出来た。体勢を低くして、今度は彼女の銅を狙い一閃。
彼をあざ笑うかのようにウィンダは踊るように剣を回避し、杖から青い糸を放出。ケルキオンですら抜け出せなかった拘束魔術。ヒカリは反応するもののその量に圧倒される。
左右、抜け道なし。上、移動が困難になるため不可能。正面、罠の可能性高。
「___ライオ!!」
『ヒカリから離れやがれぇ!!』
背後、増援の可能性アリ。
一瞬で戦局を何とか読み切り、駆けつけたアペライオの背中へ視界を正面に固定したまま、ヒカリは飛んだ。
直後、ヒカリがいた場所から炎が飛び出し糸を焼き切る。あら、と少し声を漏らしウィンダは再び影に墜ちた竜星の背中に飛び移った。
「ウィンダさん!」
「レラ。それにそのライオン。いいコンビネーションね」
「・・・・・・その言葉は、生きて言ってほしかったよ」
震えた声でレラは叶わぬ願いを漏らす。かつての族長にして、叔母のような存在であった彼女に牙を向けることにレラはまだ迷いがあった。
それでも、今を守るためにはウィンダと対峙するしかない。涙を必死に押さえ、心配するアペライオに大丈夫だとつぶやく。
「ウィンダ、お前たちの目的は何なんだ!」
「それは内緒。いずれ分かるよ。今はそうだね・・・・・・新しい戦力がほしい、かな」
「だから、あの竜たちを操ってるのか!」
「それだけじゃ、まだ足りないんだよね」
ウィンダの言葉が自分たちに向けられていると感じ取った二人は、今一度警戒を強め、周囲の人形たちに剣と杖を向ける。
だが、ウィンダの瞳は、影達の魔の手は確実に連合軍に迫っていた。
「ウヌク!」
「っこっの!!」
ヒカリたちとは別の場所で戦っているテラナイト達。その一員であるへび座のウヌクはなんと、人形達が生み出した影に両腕を突っ込んでいた。
人形達の影は触れた生者を影に堕とし変質させる力を持つ。それはこの戦場ではとっくに常識になっていたはずなのだが。
「何をしている!? 早く手を離すんだ!」
「そういうわけにもいかないんですわ、これが!この中に、俺たちの先祖がいるみたいなんでね!!」
「な!?」
竜星が影に堕とされたとき、ウヌクはこの影の中から『へび使い座』の力を感じ取っていた。その力の持ち主は、セイクリッド・ハワー改め、ヴェルズ・ケルキオン。へび座とへび使い座という密接な関係だったからこそ、ウヌクはこの事実に気づくことが出来た。
そして事実、ケルキオンは影に変化しつつも何とか抵抗を試みており、青い糸に雁字搦めになりながらも、必死に足掻き続けていた。
ウヌクは何とかケルキオンを救出しようとここ見ているのだが・・・・・・。
「この影・・・・・・意味わからんくらい拘束力が強すぎるっ!」
『クソっ!破壊の力も押さえられてるし、このままじゃこの子が・・・・・・!』
影の力は二人の想像を超えていた。引っ張っていたはずのウヌクが吸い込まれる立場に変わったのは、救出を試みて少し後のことだった。
「デネ、ブ・・・・・・!ゴメン・・・・・・!」
「ウヌク!!!」
ウヌクとケルキオンの必死の抵抗もむなしく、ウヌクは影へと墜ちた。デネブの伸ばした手を取ることも出来ず、無念のまま星は消えていった。
何も出来ずに仲間を失いデネブは悔しさで顔を歪めるが、ウヌクが吸い込まれた影から鏡が付いた杖が中から飛び出していることに気づいた。
『そこに・・・・・・誰かいるかい?』
「そのお声・・・・・・セイクリッドなのですか!?」
杖から発せられたケルキオンの声を聞き、デネブは杖に向かって傅く。伝説として語り継がれている先祖の声を聞けることは、彼らの力を継いだ末裔にとって光栄なこと。
なんとなく外界の様子が分かったケルキオンはその堅苦しい態度に対して苦笑をわずかながら漏らし、そして新たなる星の騎士に自身の願いと力を託す。
『我が名はハワー。新たなる星の騎士よ、この杖を君に託す。未来を、頼んだよ!』
「はっ!このデネブ、必ずや!」
ケルキオンの杖から流れ込んできた力は、デネブが持つ『星をつなぐ力』を増幅させる。これならばと、デネブは天空に銀河の渦を発生させる。
そう、かつて高屋ユウキがこの世界に持ち込み、セイクリッド達が持つ『結束』の力が今再び現れる。
「アルタイル!ベガ!我ら三人の力を一つに!」
「これこそ、我らテラナイトの結束の力!」
「私たちの輝きを、より強きものへと!」
「「「エクシーズの力よ、我らを導け!!」」」
エクシーズ召喚。種族、部族を超え、新たなる戦士を生み出す力。かつての大戦ではユウキがインヴェルズとの戦いの時に使用し、後に暴走したヴァイロンを止めるために4部族が見つけ出した力でもある。
元々はセイクリッドが持つ『星をつなぐ力』が由来であり、その末裔でもあるテラナイト達にも引き継がれていた。
三体のテラナイトが黄色の閃光となって渦へと吸い込まれると、新たなる星を生み出す爆発が起こる。その中から現れるは、星の輝きを得た騎士『
「この輝きに導かれた我が同胞達よ。今こそ大地に降り立て!」
エクシーズとなったことで星をつなぐ力はさらに強力になる。デルタテロスが空に『神聖なる因子』を解き放つと、新たなる星達がこの地上に降り立つ。
おおいぬ座の『シリウス』、こいぬ座の『プロキオン』、オリオン座の『ベテルギウス』と『リゲル』、ぎょしゃ座の『カペラ』の5体の希望がここに降臨した。
「まったく、さっきから心配かけ過ぎなんすよ。テラナイトの皆さんは!」
「まあ、そういうなエグザ。あいつらはセイクリッドの力を継いでいる。なら、多少の心配は不要だ」
めまぐるしく星達が現れる様子を見て、エグザは悪態を、アバンスは信頼の言葉を交わす。
エグザは白を主体とした金色の爪をしたガントレットを両腕に装着し、人形を糸ごとなぎ払う。アバンスは大戦時まで若返った姿で、白馬のような造形をした足具に黒色の尻尾、一角獣のような槍と頭具を装着しており、その槍裁きは人形達の気づかぬ間に体に穴を開けていた。
彼らが使用する魔術は『
エリアルが、ユウキが銀河眼へと肉体が変化することをきっかけに、他の生命の力を鎧に変換・装着することができないか、と考えたことから始まったもので、この儀式魔術を使えば様々な力を使用でき、なおかつリチュアのような体を生贄にするリスクを抑えられるという物だ。
現在、エグザは旧大陸にて活躍した『A・O・J カタストル』の力を、逆にアバンスは旧大陸にて猛威を振るった神々の下部『魔轟神獣 ユニコール』の力を鎧に替えている。
この儀式が出来るのも、旧大陸にてこの儀式の元となる生命の残骸をアバンスが発見できたことと、再生したアバンスの儀水刀から新たな鏡『影霊衣の降魔鏡』を複製できたからだ。
複製の際、材料提供をしてくれたのはブリリアント。鏡の元となる鉱石をなんとか見つけ出してくれたことによる。
「あの巨人・・・・・・いえ、今は考えている場合ではありません」
そのブリリアントは巨人に何か『同じ物』があるような奇妙な感覚を覚えていたが、一旦頭の隅に置く。目の前で無数に複製される人形達の糸を手に持つサーベルで切り裂く。
父とは異なり、肉弾戦は余り行わないブリリアント。得意とするのは剣技であり、美しく無駄のない動きから放たれる一撃はアバンスですら真似できないほど繊細な技。
苦戦することなく人形を撃退するブリリアントの前に、新たなる人形が現れる。金色の装飾をした紫色の蛇。
そう___取り込まれてしまったウヌクが人形と化した姿だった。
「この人形の力は、あの星の騎士の物・・・・・・」
「ウヌク!この人に手出しはさせないよ!」
ブリリアントの元へ星因士 シャムが駆けつけた。ブリリアントの半分ほどの体格しかない男性の声を発する小型のテラナイトだが、その黄金の矢は人形を一撃で葬り去る輝きを秘めている。
出会ったばかりだが、お互いを信頼することは出来る。ブリリアントは自身の背中を託し、影へと再び立ち向かう。
「テラナイト殿、お力をお借りします」
「まっかせて!これ以上、好き勝手にやらせないからな!」
「ライオ!炎の柱を!」
『任せろ!』
場所はレラ・ヒカリとウィンダの戦場へと戻る。レラの指示でアペライオは正面に炎を吹き上がらせる。竜にまたがり空を飛ぶウィンダに狙いを付けて発生させるが、ウィンダは焦ることもなくまるで分かっていたかのように、炎の柱を回避する。
元々ガスタで鳥獣と共に暮らしてきた彼女の操獣技術はずば抜けていた。影の人形となった今でも、その技術に変わりはないようだ。
「狙いがまだまだ甘いね、レラ」
「___そうでもない」
「おっと」
炎の柱の発生に合わせて、ヒカリは飛行魔術を使用。空中を蹴るようにウィンダがいる上空まで飛び上がり、その背後を取った。
背後からの奇襲もウィンダには届かない。余裕を残す笑みを浮かべてヒカリの一撃を回避すると、今度は杖から禍々しい暴風を引き起こす。
実態をつかむことが出来ない攻撃に空中のヒカリは対処できない。猛スピードで地面に叩きつけられると思わず言葉にならない声を漏らす。
「ヒカリ!」
「だい、じょうぶ・・・・・・!」
思わず声を上げるレラに無事だと伝えるが、間違いなく大きなダメージがヒカリに入った。受け身もとれず、その体に衝撃を受けた。上手く呼吸が整わない中で、次の一撃を食らわないようにウィンダをにらむ。
「____よし、星の騎士を取り込めたみたいだね。じゃあ、ここからが本番だよ」
「本番、だと?」
ウヌクを取り込んだことを確認したウィンダは、ネフィリムに新たな指示を出す。指示を受け取ったネフィリムは影に堕とした『水竜星―ビシキ』と影のへびを融合させ、本来存在しない10体目の竜星を生み出した。
禍々しい闇を司る『闇竜星―ジョクト』の誕生である。テラナイトが持つ星をつなぐ力が、連合軍に牙を剥くというのは皮肉でしかない。
だが、絶望はこれだけでは終わらなかった。今度はそのジョクトと、『魔を食らう』竜星であるトウテツを融合させ、『邪』なる竜星 ガイザーを誕生させてしまった。
暗黒の竜星という存在してはいけないガイザーの咆哮は、聞く者すべてに恐怖を与えるような威圧感を持っており、その体には黒く染まった『星因環』を所持していた。
「竜星の皆が、苦しんでる・・・・・・」
動物の声を聞くことが出来るレラには、竜星達の意思が分かっていた。言葉は発しない竜星達だが、その全員が今苦しみ、もがき、抗おうとしている。
そんなささやかな抵抗ですら、このガイザーが全て打ち消してしまう。
本来、希望の存在であった竜星は、最悪の敵として連合軍の前に立ち塞がったのだ。
「これで終わりだと思ってる? まだだよ。これからもっと面白いことが起こるんだから!」
「ウィンダ・・・・・・!」
初めてウィンダは声を上げて笑った。だが、その声には邪気が込められた汚い物。ヒカリ達が知る彼女の声とはかけ離れた、あまりにも悲しくなる声。
だが、彼女の言うことは事実だった。
突如、遠くから赤い炎が上がる。それはネフィリムを含めた影の人形達が生み出された場所からネフィリムよりも高く上がっていた。
戦場どころか世界を赤く染め上げるように光り輝くその正体は____赤い糸を背中から噴出し、片角と黄色い髪を持つ男性型の巨人。
そして、変わり果ててしまったがわずかながらに残るその面影は、ブリリアントが見間違えるはずもなかった。
「___父、上?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
影を生み出す原核であったジェムナイト・クリスタが、完全に影の巨人へと変わり果ててしまった姿だった。
「アハハ!!!やっと起きたね、クリスタさん!!これで、これで!アハハハハ!!!」
「うそ・・・・・・まだ巨人がいるの・・・・・・?」
「レラ!」
もう一体の巨人を見てしまい、レラは完全に心が折れてしまう。今ですら食い止めることが出来ていない状況。気を抜けば自分も影に墜ちてしまうという恐怖。
そんな中でさらに襲い来る巨人という名の絶望。
テラナイトたちも必死に戦い、生きる者たちを援護するが、戦況はひっくり返ることはない。カムイもエグザもアバンスもブリリアントも牙王もソンブレスも全力を尽くしているのに、状況は悪くなるばかり。
瞬く間に希望は砕かれ、少女は立ち上がる理由を失い、立ち上がり方すら忘れてしまう。
「もうイヤだよ・・・・・・死にたくないよ・・・・・・!」
『レラ!歩みを止めるな!本当に死んじまうぞ!!』
「アハハ。無力だね、レラ、ヒカリ。もう、このままこっちに来ない?」
「___ふざけるなよ」
絶望的な状況。恐怖で心を折れた幼馴染み。それら全てをあざ笑う声。
ヒカリの怒りは頂点を通り越して、もはや憎悪と化していた。声は荒げず、静かに、だが何かを振り切ってしまったかのようなどす黒いものが込められていた。
「楽しいんだろうな、俺たちが苦しんでいて。絶望していて。ああ、もう、俺たちが知っているウィンダさんはもういないんだろうな」
「ヒカリ・・・・・・?」
「なら____お前を壊しても、いいんだよな?」
その聞いたこともない声色をした青年を見上げたレラが見たのは、母親譲りの青くて綺麗なヒカリの瞳が___赤く染まった。
突如、ヒカリの左腕の召喚機が光り輝き始める。白い光を放ち、ただの鉄色から鮮やかな明るい赤色へと染まる。今まで何の反応もなかった召喚機が突然の変化を見せたことに、ヒカリは何の違和感も抱かずにカードを引く。
「『
召喚機を起動する呪文『決闘』を唱え、ヒカリは冷静に、初めてだとは思えないほどに素早く二枚のカードを発動させる。
発動されたのは、二人の男。青白い光の柱に囚われた男達の下には、謎の書体で描かれた数字が浮かび上がっていた。若い青年の下には1が、壮年の男性の下には8が現れている。
「これにより、2から7のレベルのモンスターを同時に召喚出来る。光の軌跡よ、異次元の門を開け!」
かつての彼の父がこの世界に『未知』をもたらしたように、彼もまたこの世界に『未知』をもたらす。
____その力の由来を、彼本人が知る由がなくとも。
「ペンデュラム召喚!!!現れよ、二色の眼の竜よ!」
二体の魔術師が描いた光の軌跡は空に紋章を描き、その中から一体の竜が出現する。
仮面を付けたような、赤と緑の二色の眼を持つ赤き竜。その眼に、召喚者と同じ『怒り』を宿して。
書いていて思うのですが、三期は公式ストーリーが絶望しかないですよね?(白目)