端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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明けましたおめでとうございます。


第三話 ヒカリとエレメンツ

「あ!アウスちゃん、エリアちゃん、ヒカリ君!お帰り~!」

「案外早かったわね。ジュノンさんに捕まらなかった?」

 

 アウス達は集合場所である噴水に向かうと、既にヒータとウィンは近くのベンチに腰掛けていた。

 足下には購入した食品を詰めた袋と、異常に小さくなった木材が小山になって積まれていた。彼女たちの靴よりも小さな木材はもちろん魔術で収縮させた物。

変化させられるのはサイズだけで、重量はそのまま。彼女たちの筋力で運ぶのは難しいが、召喚獣であれば問題ない。

 

「お疲れ様、バイド。ありがと」

「イエ、オキャクサマノタメデスカラ」

「お客様はやめて欲しい。俺はヒカリだ」

「ワカリマシタ。ヒカリサマ」

 

 四体の中でも力に優れたバイドは二人を手伝い、この力仕事を難なくこなしていた。マスコット形態でもこの程度なら彼にとっては余裕である。

 自分のことをお客様と呼ぶバイドの呼び方を訂正するが、様付けされたことに対して首をかしげる。

 

「とりあえず何とか。新しい依頼も持ってきたし、一旦戻ろっか」

「え!もう依頼もらえたの!? やったぁ!」

「腕が鳴るわね!じゃ、さっさと戻りましょうか」

 

 非公式ギルドの弊害として、彼女たちは依頼を不定期にしか得られない。今回のように間を開けずに依頼が舞い込むのは非常に珍しい。

 思わぬ吉報にウィンもヒータも笑顔が生まれ、その足取りは軽くなった。

 

「デハ、ニモツヲオネガイシマス。ヒカリサマ」

「わかった。っしょっと」

 

 バイドに依頼された袋だけでなく、木材も両手で持てるだけ一度に持ち上げるヒカリ。先ほど三人がかりで運んできた大荷物も、彼にとってはただの手荷物同然。

 召喚獣ならともかく、ただの人である彼の怪力にこの場の全員が目を見開き、それぞれ驚きの声を上げた。

 

「え、ちょ、え?」

「だ、大丈夫? 無理なら私も持つからね?」

「ま、マジ?てか、ウィン何言ってるの?」

「わぁお・・・・・・」

「オドロキデス。ヒカリサマハ、ワタシイジョウノチカラモチノヨウダ」

「ああ。俺も半分は召喚獣だからな」

 

 バイドの素直な感想にヒカリはすぐに肯定の意を返す。ごく自然に返された異質な答えに、またしても全員が驚きの色を隠せない。思わず足を止めて、その数秒後アウスがようやく事態を飲み込んだ。

 

「ちょっと待って・・・・・・。召喚獣、って?」

「歩きながらでも大丈夫か?」

「え、う、うん」

 

 ヒカリに促されて再度歩き始めるエレメンツとバイド。ヒカリの両端にバイドとアウスが並び、その後ろに三人が続く。

 大切な家族を思い出して少し表情が緩んだヒカリは自分の奇妙な出自を話し始める。

 

「俺は父さんが召喚獣、母さんが召喚者なんだ」

「え、エリアルちゃんが召喚者? お父さんが召喚獣!?」

「つーか、召喚獣って子供出来るの!?」

「イエ、ドウゾクナラトモカク、ショウカンシャトノアイダハフカノウデス」

「不可能じゃなかったんだよ。俺と、もう一人 シュリットっていう俺のいとこがそうなんだ。もっとも、身体作りと訓練は欠かさなかったからな。そのおかげでこれくらいの荷物なら難なく持てる」

 

 シュリット。ヒカリのいとこに当たる人物で、彼と同じく召喚獣と召喚者の間に生まれた子供。

 良き弟分で、自分の事を兄貴と呼び慕っていた大切な家族。彼もヒカリと同じように他者よりも力があり、なにより魔術の才能がずば抜けていた。

 噛み締めるように家族のことを話すヒカリだが、そんな彼の話に四人は困惑を隠せない。

 あくまで、召喚獣は『他種族』。召喚者との間に子孫を残すことなど、聞いたことがなかった。

 この世界で常識とされていたものが、たった一人によって崩されていく瞬間を彼女たちは体感することになった。

 

(___でも、そんなことは『今』はどうでも良いわよね)

 

「それじゃ、今度から荷物持ちお願いするから。逃げないでよね?」

 

 他のメンバーは相変わらず混乱状態で、足の歩みも若干遅い中、ヒータは真っ先に彼の横に並び、少しイジワルそうな笑みをヒカリに向ける。

 彼女に応えるようにヒカリも頬を緩ませ、朧気ながらも柔らかい笑みを返す。

 

「任せてくれ。期待に応えられるように頑張るつもりだ」

「なんだ、あんた笑うとそんな感じなんだ。結構いい顔じゃない」

「・・・・・・そうなのか? ありがとう」

「そこ、お礼言うところ? おかしなやつ。フフ」

 

 ヒータの笑顔を見て、ふと昔の光景が脳裏に浮かぶ。一緒に食事を食べていた時も、森で遊んでいた時も、ただ一緒にいるだけでもそこには今の彼女のような明るい笑顔があった。

 楽しくて、温かくて、その笑顔に何度も助けられた。その笑顔を守るためなら、どんなことだって出来た。

 

 それなのに___

 

 その瞬間、思い出したくもない過去がフラッシュバックしてしまい、過去の思い出は霧散する。町中であるということも忘れ、取り繕うことも出来ずにヒカリの顔から柔らかさが消える。

 彼の変化にすぐさま気づいたヒータは、俯いたその顔を上げさせる。

 

「ヒカリ、ちゃんと前向いて歩きなさいって」

「悪い」

「あと、顔怖いから」

「・・・・・・悪い」

 

 謝罪の言葉を漏らしながらも、ヒカリの表情は晴れない。彼にとって『過去』は、原動力でもあり、呪いでもある。

 そのことを知る由もないヒータだが、はぁ、と短い息を漏らした直後、突然ヒカリは背中に痛みが走る。

 

「っつ・・・・・・」

「あんたの過去を知りたいとは今は思わないけどね。過去ばっか見るな。前見て進め。あたし達は、今しかないんだから」

 

 小さくなった彼の背中を叩いたヒータの瞳は前を向き、その言葉には揺るがない意思が宿っている。

 過去にも、元の世界にも戻れない。今やれることをやるしかない。父の口癖を思い出し、青年は再び前を向く。

 

「ほら、帰るわよ?」

 

 ヒータ、エリア、ウィン、アウス。四人に受け入れてもらったこの場所で、今を生きる。

 新しい自分の居場所に向けて、ヒカリは再び歩き始めた。

 

 

 

 屋敷に戻り荷物を一旦整理し終えた後、五人はジュノンにもらった依頼書をのぞき込んでいた。

 

「お菓子材料の搬送護衛、か。評価黒星3でこの内容なら受けても大丈夫そう」

「お菓子!? もしかして、マドルチェ国に行けるって事!? やったぁ!!」

「ウィン、喜ぶのは良いけどこれ依頼だからね? ちゃんと気を引き締めていかないと」

「皆大丈夫そうかな。ヒカリもいいかな?」

「その、すまない。黒星とはどういう意味だろうか」

 

 エリアが内容を確認し、ウィンは依頼内容に心を躍らせ、ヒータはそんなウィンを咎め、アウスは総意を確認し依頼書を纏めた。

 普段はここでラメイソンに依頼受託の連絡を入れ、依頼日までに準備を整える時間となるのだが、今回からは違う。

 お手伝いさんであるヒカリに内容の把握と依頼受託の確認をするアウスだが、ヒカリは彼女たちが話す用語に質問を投げかける。

 

「黒星っていうのは、依頼の難易度のこと。発注先の人達によって0から13までで評価されて、高ければ高いほど難しいのよ」

「私達は基本的に黒星5までの依頼を受けているんだ。0から2は初心者向け。4から6が中堅と認められたギルド。で、7以上はちゃんとした実績がある上級者のギルドしか受けられない、のだけど、非公式である私達には関係ない話だね」

「なるほど。二人ともありがとう」

 

 彼の質問にヒータとアウスが答える。前回、黒星5と評価された依頼をこなしたエメレンツだが、あくまでこの評価は客観的に第三者が判断した物である。

 事実、彼女たちが訪れた遺跡はアウスの個人的判断だと黒星3であった。

 評価されたものよりも簡単な場合もあれば、その逆も然りである。

 

「じゃあ、私はラメイソンに受託の連絡を入れてくるよ。その間に___」

「小屋をヒカリ君が住めるようにリフォームしよっ!」

 

 受託の連絡は一旦アウスに任せ、ヒカリ達は屋敷の庭に移動する。芝生は綺麗に整理されており、色とりどりの花が客人を出迎えるかのように咲き誇っていた。

 小さな畑にはアウスとウィンの成果であるいくつかの野菜が実って、表面の水滴が太陽の光を浴びて美しく輝いている。

 四人で住むには不釣り合いなほどの広さ。その片隅に人一人が住める程度の小屋と先ほど購入した木材が並べられていた。

 ヒカリの提案では小屋ごとつくる予定だったが、流石に重作業過ぎたため一部の家具を作ることにした。その製作指導者は___

 

「じゃあ、ぷーちゃんはこの木材をスパスパっと切っちゃって!ヒカリ君とヒータちゃんはその木材をこの図面通りに組み立ててね!エリアちゃんは小屋の掃除をお願い!」

「流石ウィンの図面。見やすいわね」

「すごいな、俺でもすぐに分かる」

「この庭の外観も基本的にウィンの提案。ま、あたし達の意見も取り入れてつくられてるけどね」

 

 ウィンの意外な特技にヒカリは手を動かしながら感心する。ヒータに見せて貰った図面は知識なしのヒカリが見ても非常にわかりやすく、組み立て作業は順調に進んだ。

 なお、今のヒカリは知る由もないが、その昔ガスタの一人 カムイが大戦からの復興作業の際に力自慢のラヴァルに指示を出し、彼の知る住居を建設していた。

 

「ウィンの召喚獣はドラゴンなんだな」

「そうなの!プチリュウのぷーちゃん!カワイイでしょ?」

「可愛い・・・・・・確かに」

「ピィー・・・・・・」

 

 自身のことを可愛いと呼ばれどこか不服そうな声を上げるぷーちゃん。確かに外見は可愛らしいぬいぐるみのような姿だが、今の作業は翼から風の刃を飛ばし木材を次々と切り続けている。

 風の刃がもし生物に当たれば、その場に残るのは身体を真っ二つされたナニカだろう。

 今もその力を振るっているのに、それをみて可愛いと言われるはどうかと。

 だが、彼の主はその姿にすら可愛いと感じているのが事実だった。

 

「あたしのコンも可愛いけどね。戦闘の時はすっごいかっこいいんだから」

「コンちゃんも、ぷーちゃんも、バイド君もビィ君もみんな頼りになるんだよ!探検の時も、こういう時も!頼れる友達で、仲間なんだ!」

「仲間・・・・・・か。いいな」

 

 自分の召喚獣を楽しげに語る二人にヒカリは寂しげに笑みを浮かべる。ウィンの話に同意することも出来ず、ただ作業の手を動かすことしか出来ない。

 召喚獣とは、そんな関係にもなれるものなのだろうか。

 

「そういえばさ、ヒカリは魔術も使えるの? 体術はあの時見たけど、大分鍛えてきたんでしょ? 魔術が使えるなら、遠距離にも対応出来るし」

「一応、本当に初歩的な奴は使える。自分の魔力を形にしてぶつけるものと、身体や剣に魔力を流して切れ味を上げる強化魔術くらいだ」

「それだけ使えれば十分ね。今度はヒカリとあたしで前衛を担当することになると思うから、その時はよろしく」

 

 ヒータからウィンクにヒカリはコクリと頷いて応える。そんな二人を見て、ウィンはまた笑顔を咲かせた。

 そうして会話と作業を続けていく内に、ベッド、机、本棚とヒカリのための家具が完成していく。新しい自分の部屋に置いてもらえる事を想像して、少しヒカリの頬が緩んだ。

 家具が完成すると同じタイミングでエリアとバイドが小屋の中から出てきた。二人とも頭巾とマスク、エプロンを着用し、よく見るとあちこちにほこりが付いている。

 エリアは完成した家具を見て、作業が全て終わっていることに感嘆の声を上げる。

 

「凄い!この短時間で全部つくれたんだね!流石ウィンの設計図!」

「そんな褒めないでよ~。照れちゃうよ~エヘヘ・・・・・・」

「ヒータサマトヒカリサマモオツカレサマデシタ」

「ありがと、バイド。じゃあ、家具を中に入れてもらっていい?」

「・・・・・・そういえば、このままだと入らなくないか?」

「「「あ」」」

 

 おそらくアウスがいたら気づけていたであろう事実に、四人は今気づいた。一人一人分しか入れない扉に、今つくった家具の全ては入らない。

 だが、今更分解することも出来ない。いくらヒカリとバイドの怪力でも、部屋に入れることが出来ないのであれば意味が無い。

 エレメンツ三人が息ぴったりに声を漏らして顔を見合わせると、思わず笑い声が上がる。

 

「そうじゃん!このままじゃ部屋に入らないじゃん!!」

「どうしようこれ!このままじゃヒカリ君の部屋が完成しないよ!!」

「なんで組み立てている間に気づけなかったんだろ!ゴメンね、ヒカリ君!!」

「何をしているんだい、みんなして」

 

 笑いながらも各々がそれぞれの反応を取っている中、アウスが合流する。笑い合う三人と彼女たちを不思議そうに見つめるヒカリ。そして、完成した家具達。

 

「・・・・・・なるほどね。家具を先に完成させてしまったと」

「そーなのアウスちゃん!どうしよう!?」

「エリア、さっきも使っていた物を小さくする魔術使ったら?」

「あ、そっか!なるほど!」

 

 エリアが杖を一振りすると、家具の下に青い魔法陣が展開される。すると、時間経過と共に家具達が小さくなっていく。瞬く間に目の前に手乗りサイズの家具へと早変わりした。

 だが、先ほど同様重量はそのまま。なので、バイドとヒカリが家具を持ち上げて全員は小屋の中へ。

 エリア達のおかげで綺麗になった部屋にそれぞれ家具を設置。アウスが持ってきたランタンを天井に取り付け、ウィンがカーテンを取り替える。

 天日干ししていた布団と絨毯をヒータとエリアがそれぞれ敷いて、遂にヒカリの部屋が完成した。

 

「ありがとう皆。これから先、この恩を忘れることは無いと思う」

「いや大袈裟だなぁ・・・・・・」

「でもでも!ヒカリ君、すっごく嬉しそう!ほっぺもなんだか上がってるし!」

「なんか、実はヒカリ君って結構子供っぽい……?」

「実は、じゃなくて、本当にそうなんでしょ。わかりやすい奴で良いんだけどね」

 

 どこか大袈裟な感謝の意を述べるヒカリに各々が反応する。アウスは少し呆れ、ウィンは自分の事のように喜び、エリアは外見とのギャップに困惑し、ヒータはそんな彼を肯定する。

 ひとまず本日の予定が終了し、誰が何かを言うまでもなく五人は床に座り込む。

 自分たちの力で何かを成し遂げた達成感に浸りながら、何気ない会話を始めた。

 

「ダメならダメと言って欲しいだが、このお屋敷は本当に広いな。どうやって手に入れたんだ? お金もたくさん掛かりそうだ」

「昔、私が購入したんだ。まあ、色々あってね。いいお屋敷でしょ?」

「ああ。四人と召喚獣の皆が手入れを欠かさないおかげで、凄く綺麗だ」

「・・・・・・ヒータはそんなにお手入れしてないけどね」

「聞こえてるわよ~? エリア~?」

 

 エリアの小言にヒータは笑っていない笑顔で返す。そのままエリアの横腹を突っつき始めるヒータと必死に抵抗し始めるエリア。

 エリアが人前で上げる訳がない甲高い声を上げているが、これが日常茶飯事なのか。ウィンもアウスもただ困った笑みを浮かべるだけ。

 

「あれは・・・・・・止めなくて良いのか?」

「猫のじゃれ合いみたいなものだから。エリアの自業自得だし、嘘は言っていないからね」

「ヒータちゃん、結構お寝坊さんだもんね」

「ちょっと二人とも~? 三人纏めて相手してあげようかしら~?」

 

 エリアの抵抗を難なく躱しながら、彼女の横腹をくすぐるヒータ。次の獲物を見つけたと言わんばかりに目線をアウスとウィンへと向ける。そんな彼女の膝元には、ぐったりと床に倒れ込んだエリアの姿があった。

 思わず身体をびくりと跳ねさせるウィンと、やれやれと首を横にふるアウス。

 そんな彼女たちを見たヒカリはお手伝いさんとして、よかれと思って提案する。

 

「じゃあ、ヒータが出来なかった分は俺がやろう」

「いや、それだと当番制にしている理由がなくなるから、とりあえず保留で。ヒータがサボる理由になっても困るし」

「サボってないでしょ!?・・・・・・少ししか」

「ヒータ。流石に任されているならちゃんとやった方が良いと思うぞ」

「う、うっさいわね・・・・・・」

「も、もっと言ってあげて・・・・・・ヒカリ君・・・・・・ぜぇ、ぜぇ」

 

 彼の善意から出た言葉はアウスの正論で一旦保留となる。却下ではなく保留にしたのは、いずれはやって貰った方が良い状況になる可能性が残っていたからだ。

 当番制であることを知ったヒカリは先ほどと一転してヒータを諭す側へと移る。他意のない純粋な言葉にヒータも強く言い返せず、それを聞いたエリアも息絶え絶えながら追撃をかけた。

 ヒータは復活しかかっているエリアに再度攻撃を開始。再びエリアの甲高い声が部屋に響き渡り始めた。

 もう止めようとする者はいない。二人がじゃれ合っている間に、三人は今後の話を開始する。

 

「でだ、ヒカリ。今回は護衛ということもあって一応戦闘が考えられる。君の武具を見積もって貰わないといけないと思っているんだ」

「確かに。だが、それにもお金がいるんだろ? 小屋の材料のお金もある。流石にそこまでして貰うわけには・・・・・・」

「でも、装備を整えないままで依頼には行けないよ? 依頼は楽しいけど、それでも危険なんだから!」

「ウィンの言うとおりだ。準備せずに取り組むなんて、それこそ現実的じゃない。それに、もう依頼してるからさ」

 

 そう言ってアウスが懐から取り出したのは、とある店の請求書。内容を読むと、胸当てや手甲、そして剣とどう見ても彼女たちの装備ではない武具一覧が記載されていた。

 最後に付いている数字はヒカリにとってよく分らないが、とにかく『0』が並んでいることからかなりの高額であることが分ってしまう。

 

「これ、具体的にはどれくらい手伝えば良いんだ?」

「ざっと黒星4を20から25件くらい?」

「アウスちゃんそれ黒星7の依頼数件と同等くらいじゃないの……?」

「準備するなら、一番良い物をね」

 

 ウィンの顔もどこか引きつっている。おそらく簡単に返済できる金額ではないのだろう。

 それでも、こんな自分にそこまでしてくれることにヒカリは感謝の念を抱く。

 

「ありがとう、アウス。これなら皆を全力で手伝える」

「それはどうも。到着まで楽しみに待っていてね」

 

 アウスの裏の目的は、ヒカリに借金をつくらせて簡単にエレメンツから逃げられないようにすることだった。

 彼の人間性はある程度把握できたが、これからは違う一面____見たくない醜いものを見てしまうかもしれない。それでもここから逃げられないようにするための一手。アウスの現実を見ての策だったのだが。

 

(本当にこの人は……疑うって事を知らないのかな。単純というより、幼子を見ているみたいで危なかっしいよ、全く)

 

 どんな環境で育てば『疑う』という事をしなくても生きていけるのか。

 脳裏に浮かんだ疑問をかき消し、彼らに悟られないようにアウスは会話を続けた。

 

「今回受けた依頼は三日後。集合場所は依頼人から指示があるみたいだからそれまでプロファシー門前で待機。ヒカリの装備はその前日に納品予定だから試着しておいて」

「わかった」

「さてと・・・・・・ヒータもいつまでやってるの? 今日の夕ご飯担当はヒータだよね?」

「エリア参ったかし・・・・・・って、え? ああ、それは忘れてないから大丈夫」

 

 打ち合わせはこれにて終了。いつまでも遊んでいるヒータ達に声をかけ、撤収を促すアウス。

 昼食もまだとれていない五人。先ほどヒータ達が購入したお弁当もまだ手つかずの状態で屋敷に放置されている。

 それに午後には各々やることが残っている。休息や遊び時間は必要だが、メリハリを付けないと何もかもが崩れてしまう。

 さっきよりも息が乱れているエリアをウィンが両手を引いて起こし、昼食にするために一度屋敷へと戻るのであった。

 

 

 

 午後。昼食を終え、それぞれ個人の作業に入る時間帯。

 ヒータは当番である夕食作りを。エリアとアウスは個人で作成したマジックアイテムの売買のために再度プロファシーへ。

 そしてウィンは屋敷の庭の手入れを行っていた。左手でエリアがつくった魔道書を開き、右手には青色の魔法陣を展開し、庭に木々に水をやっていた。

 

「~♪」

「ぴぃ~♪」

 

 ぷーちゃんと一緒に鼻歌を歌いつつ、落ち葉や邪魔な草は自身の風の魔術で一つに集めたり、飛び出た枝はぷーちゃんに切ってもらって整えたり、楽しげだが正確に手入れを進めている。

 手際よく進めて約一時間。纏めておいた落ち葉を屋敷の外に捨てて彼女のタスクは終了した。

 時刻はまだ夕方前。自室に戻ってもやることはなく、かといってこのまま別の作業をするのも少し体力的にしんどい。

 

「そういえば、ヒカリ君なにしてるんだろう?」

 

 思いついたのはヒカリの過ごし方。今日はとりあえず部屋にいてくれてかまわないとアウスとエリアから言われたことから、恐らく小屋の中にいるはずだが。

 思い立ったら即行動。好奇心に従って、ウィンは再び小屋へと歩き出す。

 小屋の姿が見えてくるのと同時に、ヒカリの姿もウィンの視界に入り込む。ヒカリは小屋のすぐ横で座禅を組み、瞳を閉じていた。

 

「ヒカリ君、お昼寝するならもっと良いところがあるよ?」

「・・・・・・昼寝をしているわけじゃないんだけどな」

 

 かつて幼なじみからかけられた言葉を思い出しながら、ヒカリはウィンへ顔を向ける。あの時と同じく、瞳を開けると自分を笑顔で見つめている優しげな女性がそこにいた。

 だが、それは彼の幼なじみではない。

 当たり前の事実に少しだけ寂しさを覚えながらも、隣に座ったウィンに身体を向ける。

 

「手が必要になったか? 何をすれば良い?」

「いや、ただヒカリ君が今何してるのかなーって思ったから来ただけ~」

「そうか。瞑想なんか見てても面白くないよな。何か話そうか?」

「うーん、瞑想ってどんな効果があるのかな?・・・・・・昔ちょっとだけやったことあるんだけど、目的がよく分らなくって」

 

 エレメンツ同士での過去の詮索はNG行為。だが、ウィンは自身の好奇心を抑えられない。

 それ故に、彼女は自身の故郷を捨てた。

 その昔、家族全員で瞑想を行った時もウィンにはその目的がよく分らなかった。父が言うには『偉大なるカミサマ』の声を聞くための修行と言われたが、そんな曖昧な存在を彼女は信じることが出来なかった。

 そんなに偉大な存在なら、誰かが姿を知って、ちゃんと話を出来るようにすれば良いのでは?

 いるかどうかも分らない『偶像』にただ祈るだけの時間は、彼女にとっては理解できない無駄な時間だった。

 

「ガスタが行っていた瞑想は知らないが、俺のは大気中の魔力の把握と変換、蓄積だな」

「把握は分るけど、変換って?」

「大気中に含まれる魔力の属性を把握して、自分に合う属性の魔力だけ蓄積するように調整して取り込んでいるんだ。例えば___」

 

 と、そう言うとヒカリはボソっと一言つぶやくと、右手に紫色の光弾を出現させる。その色から闇属性の魔力だと一目で理解できる。

 おー、とまじまじとヒカリが出現させた魔力弾を見つめながら彼の次の言葉を待つウィン。どうやら興味を持ってもらえたようでヒカリは一安心する。

 

「俺の場合、メインは闇属性の魔力を使うから、この場所にある魔力の中から同じ闇属性を取り入れやすくするように身体の構造を少しいじって、闇の魔力を蓄積しているんだ」

「ちょっと待って? 身体の構造を?」

「いじる」

「イジル?」

 

 またしても予想できない言葉にウィンの目が点になる。今の説明、前半は意味がわかる。

 魔力を持つ者は必ず『所持属性』と呼ばれる自分の魔力の属性が存在している。例えばウィンであれば所持属性は『風』である。

 魔力を蓄える方法は主に二つ。体内で生み出すことか、大気中から取り入れるか。

 体内で生み出す方法は外部の環境に影響されないという強みがあるが、体力を消費してしまう欠点がある。一方、大気からなら自身の体力や体調に関係なく魔力を得ることが出来るが、外部の環境に大きく依存してしまう。

 ある程度の実力者なら、その両方を使い分けて魔力を調達しているのが常識となっている。ウィン達も時間は掛かったが全員が取得している。

 だが、身体の構造をいじるなど聞いたことのない話だった。

 

「あくまで俺が召喚獣との混血だからという前提なんだが、その、リチュアの技術で魂を操作できるものがあって、それを教えて貰ったんだ」

「魂を・・・・・・。リチュアの皆ってそんな事もやってたんだね」

「昔の話だけどな。アバンスさんにも反対されたけど、やれることは習得しておきたかった。だから、こんなことをやっていたのは俺だけだ。ウィン達にはもちろん、他の誰にもオススメなんて出来ない」

 

 自傷するかのように目を細めるヒカリに、ウィンは心配そうに視線を向けることしか出来ない。そんな彼女の顔を見て、すぐにいつものどこか達観したかのような表情に戻るヒカリ。

 ウィンはこんな事を聞きに来たわけじゃないはずだと、彼は一旦今の話題を打ち切る。

 

「用意して貰った部屋はとりあえず片付け終わった。もっとも皆のおかげでやれることは殆ど無かったけど。剣がないから素振りは出来ないから、後やれることと言えば瞑想くらいだった」

「なんかいつも修行してるみたいだね」

「・・・・・・言われてみればそうだな。折角来てくれたから、一旦修行はやめよう。その代わり、ウィン達のことを改めて聞いていいか?」

「うん!全部・・・・・・は無理だけど、いっぱいお話しさせて!」

 

 他の三人や召喚獣のことが大好きなウィンにとって、この話題が一番嬉しいもの。まだ彼女たちを知らないヒカリにとっても聞いておきたい事。

 ニコニコと楽しそうに笑いながらぷーちゃんを肩に乗せたウィンは、彼から聞かれる前に大好きな友人達の話を始める。

 

「エリアちゃんはね、すっごく物作りが上手いの!オリジナルのマジックアイテムとかをつくって皆に売ってるんだ。あ、この魔道書もエリアちゃんがつくったんだよ!」

「それはどんな物なんだ?」

「エリアちゃんが使う水の魔術を誰でも使えるようになるんだ!お庭の整備をするときにいつも使っているの。凄いでしょ!」

 

 魔術の基本として使い手の『所持属性』以外の魔術は使用できない。風の属性を持つウィンは本来であれば水の魔術は使えない。だが、エリアが開発した魔道書があれば誰でも彼女と同じ水の魔術が使用できる。

 それ以外にも屋敷で使用されている魔力で起動する火を使わないランタンも、屋敷周りに張られている防犯用の結界も。屋敷で使用されている魔力で動く家電も全てエリアの発明である。

 

「すごいな。この屋敷はエリアが生み出した物でつくられているんだな」

「そうなの!エリアちゃんは魔術の腕が凄くてね!戦う時も、日常生活でもいろんな魔術をつくって助けてくれるんだ!」

「魔術を創れるのか」

「そう!すごいよね~。私なんてエリアちゃんの書いた魔術書を読んだら頭痛くなっちゃった。アハハ・・・・・・」

 

 この世界でも無から魔術を創り出せる者は数少ない。魔術作成の基本は、今まで積み上げられた基礎から自分に合うように『改良』することでつくられる。

 基礎がある関係上、その基礎に合わない魔術はどうしてもその人間には使えない。そして、各個人の技術が関わってくるため、魔術がもたらす結果も異なってくる。

 そんな常識の壁をエリアはあの若さで飛び越えた。

 

「バイド君はね、すっごく力持ちですっごく紳士なの!私達が買いすぎちゃっても、荷物をいっぱい持ってくれるんだ!・・・・・・買い過ぎちゃう私達も私達なんだけど」

「買い物というのは、とても楽しいものなんだな。それを支えるバイドはかっこいいな」

「それにね、言葉をしゃべることも出来るんだ!実はすっごく練習して、頑張って習得したんだ」

「努力家なんだな。そういえば、ウィンはぷーちゃんの言葉は分るのか?」

「もちろん!!!」

 

 今までで一番大きな声と笑顔でウィンは早口で語り始める。ヒカリ的にはガスタの血筋に関わることだったので質問した後、少し後ろめたい気持ちになったのだが、彼女の笑顔を見ればそれは杞憂だったと理解してしまう。

 

「ぷーちゃんはね、私がこの世界に来て最初の友達なの!森の中で迷っている私を助けてくれてね、プロファシーまで案内してくれたんだ。あの時のぷーちゃん、すっごくかっこよかったなぁ・・・・・・」

「ぴぃ~!」

 

 よくぞ言ってくれたと言わんばかりにぷーちゃんは得意げな顔で鳴いた。ドラゴン的にかっこいいと言われるのは本望だったのだろう。

 だからこそ、ぷーちゃんという名前は可愛すぎるのではないだろうか。

 首をかしげるヒカリに、ウィンはなるほどと勝手に理解して話を続ける。もちろん彼女はエスパーではないのでその疑問に気づくことはない。

 

「ヒカリ君もぷーちゃんのことをかっこいいって思ってくれる?」

「どちらかというと、可愛らしい、かな?」

「だよね!かっこよくて可愛いんだもん!ぷーちゃん、あの時助けてくれて本当にありがと!!」

「ぴぃー・・・・・・」

 

 満面の笑みのウィンに抱きしめられて、嬉しいような、可愛いと言われて不服そうな。色々と複雑な感情を込めたぷーちゃんの声は空気に消えていく。

 抱きしめて頬ずりするウィンは本当に幸せそうで、そんな召喚者の顔を見たぷーちゃんはやれやれと目を細めた。

 しばらくぷーちゃんを抱きしめて満足したウィンの顔と瞳はどこか輝いている。ぷーちゃんは解放された後、定位置である彼女の右肩に再度とまった。

 

「アウスちゃんはね、私達のお母さんなんだ!」

「どう見てもウィンとアウスは同年代に見えるが?」

「あ、本当のお母さんってわけじゃなくてね? 私達が非公式ギルドで生活できているのは、アウスちゃんのおかげなの」

 

 先ほどまではただ楽しそうに語っていたウィンが今度は落ち着いた微笑みを浮かべて、屋敷の方を見つめる。ヒカリもつられて彼女と顔の向きを合わせる。

 改めてみるその屋敷は四人が住むには大きすぎる古びた豪邸。庭も小屋が複数あっても十分な広さがある。彼女たちには不釣り合いな規模の大きな彼女たちの家。

 そんな我が家を見つめて、ウィンは優しげに語り出す。

 

「この場所はねさっきも言ってたけど、元々アウスちゃんが所持していたものなんだ。ギルドで生きていくためには、大体活動拠点が大きな問題になるんだけど、アウスちゃんのおかげで私達には何の問題も無かった」

「こんな大きな家を準備しているなんて、アウスはしっかり者だな」

「うん。この家だけじゃない。お金の管理や受ける依頼の選別、依頼以外の収入源を考えてくれたのも、全部アウスちゃん。私達三人はこの世界で生きていく方法を知らなかった。アウスちゃんが、全部教えて、支えてくれたの」

 

 年頃の少女達が例え集ったところで、世界は彼女たちに優しくなるわけではない。自分たちだけで生き続けるためには、その術を知り、上手く世渡りをしていかないといけない。

 今までエレメンツが誰一人欠けることなく、豊かでなくても暮らしてこられたのは、アウスが裏で様々な手引きをしていたからに他ならない。

 アウス自身がそのことを語ることも、弱音を漏らすこともなかったが、三人全員がその事を分っていた。

 彼女が時に現実的なことを言うのも、お金に対して厳しい面があるのも、全ては今の時間を守るため。エメレンツという、この居場所を守るため。

 

「だからね、アウスちゃんはお母さんなの。私達を裏からずっと守ってくれているんだ」

「・・・・・・ここが大切なアウスは、なんで俺をここに置かせてくれているんだろう」

「きっとね、ヒカリ君が困っているだけじゃなくて、君なら信頼に応えてくれるってどこか思っているんじゃないかな。アウスちゃん、信頼できない人はここに近づけさせないから」

 

 この場所にいられる意味。その重さを改めて実感するヒカリ。アウスという守護者に期待されているという事実が、彼の決意をより引き締める。

 アウスの考えの全ては分らずとも、彼女の行動に無意味はないのだから。

 

「あ、でもね? 実はお化けが苦手なんだよ、アウスちゃん」

「・・・・・・意外だな」

「ふよふよしているのが苦手なんだって。意外と可愛いのにね~?」

 

 ウィンのストライクゾーンが広すぎることと、アウスの意外な一面に少し驚くヒカリ。依頼の内容には暗くて陰湿な雰囲気な場所を訪れることもあるだろう。

 だが、エレメンツが受けている依頼の仕分けを誰が行っているかというと・・・・・・。

 

「まさか、アウスが依頼の仕分けを行っているのは___」

「ヒカリ君。それ以上は言わない方がイイヨ」

 

 いや、まさかと思いながらもウィンはハイライトオフの瞳でどこか遠いところを見ている。彼女にも確信はない。だが、アウスならやりかねないと、どこかで思ってしまう自分もいる。

 脳裏に眼鏡を光らせたアウスが出現し、とりあえず二人はこの危ない考えはここで打ち切ることにした。

 

「ビィ君はね、畑仕事を手伝ってくれることもあるんだけど。よく自分の持ってるどんぐりの種を勝手に植えちゃうことがあるんだ。可愛らしいんだけど、他のお野菜がダメになっちゃうから、別のところに植え直しているの」

「ビィはいつもどんぐりを持っているな。お気に入りなのか?」

「そうみたい。なんか、『オイラの気に入った奴しか触らせねぇ』って言ってたなぁ」

「一人称オイラなんだな」

 

 ビィが持つどんぐりは非常に大きい。彼の身体とほぼ同じサイズだが、彼にとっては常時肌身離さず持っているお気に入り。

 自分もいつか触ることが出来るのだろうか、とちょっとした期待とオイラという一人称に興味を引かれたヒカリ。

 だが、彼は知らない。実はビィが可愛らしい見た目ではあっても『悪魔』であることに。

 

「最後はヒータちゃんだね!ヒータちゃんはね、一言で言うなら『姉御』って感じ!」

「あ、姉御・・・・・・?」

「ヒータちゃんはいろんな人の相談に乗ってるの。それこそ、プロファシーでは『紅の姉御』って呼ばれているんだよ」

 

 紅の姉御___プロファシーでも知る人ぞ知る若きお悩み解決のプロ。すれ違いざまに話しかけられ、その数分後には悩みが解決しているとかなんとか。

 とある魔人が広げた噂だが、事実ヒータはその魔人を含めて何人かの悩みを解決へと導いていた。なお、ヒータ本人にその自覚はないのだが。

 エメレンツの活動中も常に前線に立ち、自身が傷つくことも恐れることなく味方を照らし、敵を焼き尽くすその炎は多くの人を惹きつけた。

 

「しかし、ヒータは何故模擬戦をやると言っていたんだ? 俺はヒータと勝負した記憶は無いんだが」

「ヒータちゃん負けず嫌いだから。最初にヒカリ君が飛びかかった時に反応できなかったのが悔しかったんじゃないかな?」

「・・・・・・あの時のこと、ちゃんと謝らないと」

 

 ヒカリとヒータの初対面は正直良い印象ではなかった。見知らぬところで目が覚めたら、突然火球を放たれた。

 目が覚める前に魂まで焼かれる業火に包まれていたからか、炎という物に対して非常に敏感になっていたヒカリは咄嗟に反応してしまい、気づけば同年代の少女に襲いかかっていた。

 少女の名前を呼ぶ声が聞こえ、ようやくそこで自分が犯した過ちに気づいた。

 あの出来事は、ヒカリにとって苦い思い出になり始めていた。

 自己嫌悪でヒカリの顔に影が差す。それに対してウィンは優しくその闇を取り払う言葉を告げる。

 

「ヒカリ君。ヒータちゃんはあの時のことを気にしていないと思うよ」

「そうだったとしても、俺はヒータを傷つけようとした。俺は取り返しの付かないことをするところだったんだ。俺は___」

「ヒカリ君。過去の失敗に囚われてちゃダメだよ」

 

 その言葉にヒカリはハッとした表情で顔を上げた。そこには優しくも諦めが混じった少し儚げなウィンの笑顔があった。

 ウィンはその顔のまま、ただ事実を告げる。

 

「過去は変わらないの。だから、今と未来を変えていくしかないよ。謝るのはいいと思うけど、後悔を引きずり続けるのは良くないよ。ちゃんと前を見ないと、ね」

「・・・・・・そうだな」

 

 彼女の言葉は正しい。何も間違っていない。前向きな言葉だ。

 なのに、何故。

 こんなに、寂しそうなのだろうか。

 

「それでね、コンちゃんは___」

 

 何事もなかったかのように話を続けるウィン。だが、その言葉はヒカリの心に届かない。

 先ほどの寂しそうな彼女の顔と、自分がヒータにしてしまった過ち。

 そして、自分が守れなかった過去が彼の心を縛り付けてしまった。

 折角ウィンが教えてくれているのに、心は過去という名の闇に飲み込まれてしまう。一度付いてしまった傷は、そう簡単に消えてはくれない。

 ヒカリの意識が飲み込まれてしまう、その時だった。

 

「コンがどうかした?」

「あ!ヒータちゃん!お料理は終わったの?」

 

 現れたのは紅の姉御ことヒータご本人だった。右手を腰に当て、ウィンとヒカリにいつものように明るく声をかけた。その声は灯火のようで、闇に落ちようとしていたヒカリの意識を現実に引き戻す。

 どこか辛気くさい顔のヒカリを見て、ヒータは呆れたように言い放つ。

 

「なーんて顔してんのよ、ヒカリ」

「それは、その・・・・・・すまない」

「なんで謝るのよ。あんたが何かあたしにした?」

「最初の時、俺は、君を・・・・・・」

「あーあれね。じゃあ、ここで模擬戦をして。それでチャラ」

 

 そう言うとヒータは準備体操を始め、ヒカリは目を見開いて困惑の色を隠せない。一方、彼女の人柄を知るウィンはやはりそうなったかと困った笑みを浮かべた。

 彼を無視して準備をするヒータにヒカリは思わず立ち上がる。謝罪はしたが、その結果が模擬戦であることにどう考えてたどり着かない。なんとか抗議の言葉を出したいところだが、当のヒータ自身は何食わぬ顔。

 

「どうして模擬戦で解決になるんだ。危ないだろ」

「あんたねぇ、あたしを甘く見てるでしょ。いいわ。絶対にここで分らせてやる」

「いやなんでそうなるんだ」

 

 絞り出した言葉も逆に彼女の闘志を燃え上がらせるだけ。訳も分らず、構えるヒータを前にしてヒカリの混乱はより増していく。

 さっさと構えろと言わんばかりの雰囲気に飲み込まれそうになるもの、ヒカリはそれに応えることもなくただ立ち尽くすだけ。そんな彼にヒータは少し苛立ちを覚える。

 

「まさか女だから弱いって思ってる?」

「そんなことはない!・・・・・・ただ、俺は君と戦いたくない。模擬戦で君の綺麗な肌に傷を付けたくない」

「なぁ!? ・・・・・・き、綺麗とか、変なこと言うんじゃないわよ!」

「いや、ヒータの肌は綺麗だろ。お腹とか」

「っつ!!!? あんた、絶対ぶっ飛ばすっ!!!」

「いやだからなんでだ」

 

 純粋であるが故に無自覚なヒカリの言葉はどこか女性慣れしているようなもの。本人にその自覚がないのが余計にたちが悪い。

 ヒータは自分の髪色と同じように顔を赤くし、彼に向かって指を指した手を激しく動かして理不尽な宣言をかます。その言葉に更にヒカリは理解が出来ず、思わず首をかしげる。

 そんな光景にウィンはニコニコと楽しそうに笑って二人を見守る。

 

 

 だが、平穏が消えるのは何時だって一瞬だ。

 

『ヒータ、ウィン、ヒカリ!緊急事態!今すぐ屋敷に戻ってきて!!!』

 

 アウスの叫びが静かな庭に響き渡った。

 

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