アウスの緊急連絡を受け、庭から全速力で屋敷に戻ってきたウィン、ヒータ、ヒカリ。戻った三人をアウスとエリアが深刻そうな顔で迎え入れた。
エリアとアウスの視線は机の上に置かれた一枚の書類に向けられており、入ってきた三人もその書類をのぞき込む。
右上に大きな赤印が押されたそれは、『緊急依頼』と呼ばれる物だった。
「エリア、緊急依頼ってことは、どこかで救助要請があったってことよね?」
「うん。想定ランクは黒星6の遺跡に調査に向かった探索ギルド三名が帰還予定時刻を過ぎても報告がなく、その後ラメイソンに救助要請が届いたみたい」
「黒星6は私達もまた未踏の依頼。本来なら危険を鑑みて断るところなんだけど、現在この救助要請にすぐ応じられるのが私達だった、と言う話さ」
「救助の依頼なら急いで行かないと!このままだと、最悪な結末になっちゃうよ!!」
エレメンツもまだ受けたことのない上位ランクの救助依頼。いつもなら受けるかどうか四人で話し合ってから決めるところだが、今回は事情が異なる。
緊急の救助依頼。もし誰かが行かなければ、その三人は帰らぬ人になってしまう可能性もある。今動けるのが自分たちだけであるのなら、結論は決まっている。
「行こう。あたし達がやらないと」
「エレメンツは人を助けるのがお仕事だもんね!」
「そう言ってくれると思ってた。じゃあみんな、やろうか」
「___ジュノンさん。エレメンツ、緊急依頼を受託します。転移魔術を屋敷に展開お願いします」
エリアが杖にそう話しかけると、部屋の中心に突如として白く輝く魔法陣が浮かび上がる。それはラメイソン職員が展開する転移魔術の魔法陣。この上に乗れば、救助依頼が出ているダンジョン入り口まで一瞬で移動できる。
エリアとアウスは既に出発準備を完了させている。ヒータとウィンはすぐさま自身の装備を各部屋に取りに走っていった。
いつもなら四人の順が整えば出発できる。だが、今回からはもう一人、メンバーがいる。
流れるように続いた会話についていけなかったが、所々の彼女たちの言葉から状況を把握し、自分も準備を始めようとする。
「アウス、エリア、俺は何を準備すればいい。戦闘なら___」
「悪いけどヒカリ。君は今回留守番だ」
「な___」
「私もアウスと同意見。ヒカリ君、ちゃんと理由を説明するから落ち着いて」
予想もしない言葉にヒカリはうろたえてしまう。そんな彼を一度座らせて少し落ち着かせると、エリアとアウスは懸念点を一つずつ上げていく。
「一つ目に、ヒカリ君の装備はまだ届いていない。さっきも言ったけど、準備なしで依頼に行かせることは出来ません」
「二つ目。ヒカリ個人の実力があっても依頼は団体で行うもの。連携しようにも私達が君の実力を把握できていない。連携がとれないことは致命的な失敗を生むリスクが高すぎる。以上二つの理由から、ヒカリに今回助けて貰うことは出来ないと判断したんだ」
準備不足と連携不可能という今ではどうしようもない壁がヒカリの前に立ち塞がる。力尽くでどうにかなる問題ではない。
アウスの『助けて貰う』という言葉に優しさを感じながらも、せっかく彼女たちの力になれると張り切ろうとしていた矢先に現実がそれを拒む。
顔を歪めて言葉を飲み込むヒカリを見て、二人は優しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ヒカリ君。私達の力になろうとしてくれたこと、とても嬉しいです」
「うん。帰ってきたら連携の話や、これからの話をちゃんとしよう。だから、今は私達の家をお願いできるかい?」
「・・・・・・ああ。わかった」
ヒカリが静かに頷くと、ウィンとヒータが部屋に戻ってくる。二人とも出発準備を最速で整え、コンとぷーちゃんも既に召喚されている。
エリアとアウスもバイドとビィを呼び出し、これで全員の準備が整った。
背中を見守るヒカリに我が家を任せ、彼女たちは人助けへと旅立つ。
「ギルド エレメンツ、出動!ヒカリ君、私達の家をお願いします!」
魔法陣に乗った少女と召喚獣達は一瞬で青年の前から姿を消した。部屋には青年と静寂と、まだ光り輝く魔法陣だけが残された。
エメレンツがたどり着いたのは一面の荒野。高い草木は存在せず、乾いた風が吹き荒れ、砂埃が巻き起こる不毛の大地。
周囲を見渡しても何もないはずの場所に巨大な石壁がそびえ立っていた。
入り口と呼べるであろう人が入れる間を除き、進入不可な高さの石壁が横に伸びている。
突然荒野に現れた『迷宮』の探索。それが救援依頼を出しているギルドの依頼だった。
「アレが迷宮よね。上にも伸びてるから、空から探索っていうのもできなさそう?」
「ウィン達なら出来ると思うけど、なにせ黒星6だ。戦力分断はしたくないね」
「砂埃が酷いから、ぷーちゃんに上空から見てもらうことも難しいかも・・・・・・」
「ここは正面から行こっか。皆、救難信号は受信できてるよね?」
エリアのいう救難信号は迷宮の奥から一定間隔で送られてくる魔力の波。魔力が遮断されている場合は使えないが、一般的に使用されている救助要請方法だ。
四人の杖にも一定間隔で魔力の波が伝わってくる。とりあえず『救難信号を出している本人』は無事であることがわかった。
方針は『迷宮の正面突破』。単純だが困難な方法に彼女たちは挑む。
入り口から迷宮内部入り、すぐさまいつも通りにウィンとアウスが内部構造の確認を始める。ウィンは大気から、アウスは地面に手を付けて内部を探る。
内部はひんやりとした空気が広まっており、汗ばむような先ほどの外気は全く入ってきていない。上下左右が隔絶された空間を前にエリアとヒータも周囲をそれぞれ確認し続ける。
全員が慎重に行動する中、異変は突如起こる。
何の音もなく突如として、動くはずのない迷宮の壁が動き始めたのだ。
「なっ!?」
「ヒータちゃん!!」
壁はヒータと三人を分断するように地面から出現し、迷宮突入直後にも関わらずエレメンツは分断されてしまった。
出現した壁を叩くヒータ。手に伝わってきた感触から彼女の力では壊すことはできない厚みだと判断し、すぐさま杖での通話を試みる。
「アウス!エリア!ウィン!誰か聞こえる!!?」
『聞こえてるよ、ヒータ。そっちは無事?』
「今のところ問題なし。アウス達は?」
『私含めて三人とも無事だよ。ヒータ、恐らくこれはこの迷宮自体が生物の可能性が高いね』
通話に応えたアウスは自分たちの無事とこの場所がただの迷宮ではなく、生物の中であると推察する。
壁型の生物は経験を積んだギルドも遭遇することが殆ど無い珍しい存在。アウスも書籍での知識しか無いが、その時の記憶をすぐさま呼び出しヒータ達に伝達する。
『この壁自体がこちらに攻撃してくることはないみたい。ただ、この壁自体に別の生物が潜んでいるらしい』
「壁の奴とこの壁を利用してこっちを攻撃してくる奴がいるって事ね。とにかく、あたしは三人に合流できるように進んでみる。幸い通信は生きているみたいだし」
『そうだね。こっちもこれ以上分断されないように動くから、ヒータから合流してくれると助かる。定期的な連絡は忘れないように』
「了解!___さて、このヒータ様だけを分断したことは褒めてあげる」
三人の無事を確認したヒータは口角をつり上げ、『自分だけ』を分断したこの壁生物に賞賛を送る。
確かにエメレンツの前衛を担当する彼女を分断すれば、他三人は戦闘がしづらくなるだろう。それは確かだ。
だが、あの三人は自分一人が欠けたくらいで心配はいらない。それどころか自分を単独行動させてしまう愚かさを、この壁は今から知ることになるだろう。
その場で息を整えると、ヒータは迷宮内を走り始める。目標は三人と合流できそうな空間。
立ち止まっているだけでは、先ほど教えて貰ったもう一体の生物からの攻撃を受ける。救助が出来る体力を考えながらヒータは先へと進む。
「___そこっ!」
途中角を曲がった先に少し開けた空間が現れた。迷うことなくそこへ飛び込み、そのまま杖を振るう。ヒータの直感でその先に敵対者がいると察し、火球をすぐさま叩き込んだ。
その直感通り、その部屋には緑の肌をした小人二体がヒータへ驚愕の表情を向けており、その足下には、既に肌を焦がしたもう一体の小人が倒れ伏せていた。
「ゴブリンか!あんた達に恨みはないけど、そこ、通して貰うからね!!」
ゴブリン___この世界では割と有名な生物。体型は小柄だが、その力は人間の大人と変わりなく、さらには必ず三体以上の団体で行動するため、一人で行動している者にとっては脅威となり得る存在。
だが、知能と動きの速さはそこまで高くなく、今のような不意打ちにはめっぽう弱い。また、様々な場所に生息しているため大まかな対策も確立されている。
油断はしてはいけないが、今のノっているヒータにとっては蹴散らせる障害でしかない。走りの勢いを殺すことなく、ゴブリン二体に突っ込んでいく。
彼女の姿を見て臨戦態勢に入るゴブリンたちだが、既に不意打ちによって陣形は崩れている。ゆえに、既に勝敗は付いている。
「コン!やっちゃって!!」
「ゴゥオーーーーン!!!」
ヒータが杖を大きく振り抜けると、その先から灼熱の炎が大気を走り抜ける。その先には姿を大きく変えたコンの姿があった。
可愛らしさは一切なくなり、白目と牙を敵対者に向ける灼熱の狐。ヒータとコンの現在の最高到達点『憑依覚醒―大稲荷』である。
『憑依装着』
エレメンツの奥の手であり、彼女たちのオリジナル魔術。契約している召喚獣達をその身に纏うことで、自身の属性を増幅させ肉体と魔力を同時に強化するもの。
四人と四体の召喚獣が心通わせ、長い時間をかけて完成させたその魔術は幾度となく彼女たちを危機から救ってきた。
『憑依覚醒』はその派生魔術。召喚獣が召喚者を強化するものから、召喚者が召喚獣を強化するものへと変化した。
注がれる魔力に耐えられる肉体強度は召喚獣たちのほうが上。つまり、その一撃の威力は装着よりも覚醒の方が高くなる。
ヒータの魔力を注がれたコンの一撃が、ゴブリン達を纏めて吹き飛ばす。一体はその熱で肌を黒く焦がし、コンの腕がクリーンヒットしたもう一体は壁にのめり込んだ。
戦闘時間 約10秒弱。もはや戦闘と言って良いのか分らない時間だった。
「コンありがと!急ぐよ!」
「コンコーン!」
すぐにマスコット状態に戻ったコンを肩に乗せ、ヒータは走り続ける。今の部屋の奥に続く迷宮の道へと入り込むと、再び見慣れた壁が現れる。
三人の魔力を正面から感じ取り、そのまままっすぐ走り抜けようとするが___
「っ!またぁ!?」
またも彼女たちを分断する壁が地面から生えてくる。いらつきながらも、既に塞がれた道の前で止まっていてもしょうが無い。残った道へと走り始めるヒータは、杖でアウス達と連絡を取る。
「アウス、聞こえてる!?」
『大丈夫だよ、何かあった?』
「また道塞がれた!申し訳ないけど、そっちからも合流できないか試してみて!」
『わかった。ちなみに例の生物には出会った?』
「まだゴブリンだけ!じゃあ、また後で!」
向こうも何事もなく迷宮内を進めているようで一安心したヒータ。周囲を警戒しながらも足を止めることはしない。
ただ目的に向かって彼女はひた走るのみ。
「さて、ヒータも頑張っているみたいだし、私達も歩みを進めていこう」
「うん。それはアウスの言うとおりなんだけど・・・・・・これ、どうにかできないかなぁ?」
「えー? みんなでくっついて動くの楽しいよ?」
ヒータと分断された三人は直後、これ以上被害が大きくならないために一カ所に集まって移動できる手段をとる。
まずエリアが三人の周りに球体の結界を張り、全員で一方向に歩いて球体を動かしているのだ。
もちろんこの結界はそこまで大きくないため、全員が肩を寄せ合っている。別世界では『ウォーターボール』と呼ばれるレジャーを楽しんでいるようにも見えるシュールすぎる状況。
誰かが歩くとゴロゴロと結界は転がり、ゆっくりと進んでいく。現在は三人が同じ方向に向かってまっすぐ歩いていた。
恐らくだが、今のヒータがこの状況を見たら怒りを露わにすること間違いなしである。
「これ以上分断させられたらミイラ取りがミイラになる。体力と魔力消費的にこれが一番効率的だ」
「・・・・・・ホントに?」
「シュールなのは認めるよ。でも、敵からの攻撃もこれなら防げる」
直後、結界内部に巨大な音と衝撃が走る。金属同士がぶつかり合う大きくて嫌な音だが、彼女たちがその正体を確認する時間は全くなかった。
損傷を確認することも出来ず、中の三人は勢いのまま迷宮内を転がり始めてしまう。
「うわあああああ!!!!?」
「きゃあああああ!!!!?」
「なになになにぃ!!!!?」
途中壁にぶつかり進行方向が変わっても勢いが衰えることはない。エリアは必死になって結界を維持するも、二人と同じように悲鳴を上げてしまう。
一度、二度、三度と壁に何度も激突しながらも結界が消滅しないのはエリアの意地。もし解いてしまえば、全員が大怪我を負うのは間違いない。
上下左右の方向感覚が完全に失われ、結界内を回り続ける三人。出来ることは悲鳴を上げることだけ。
途中壁以外の物に当たった気がするが、もはや誰も分らない。残ったのは、何かにひき潰された哀れなゴブリン達だった。
そうして数分後。大きな壁に激突し、ようやく三人は動きを止めた。
「うっぷ・・・・・・だ、大丈夫みんな・・・・・・?」
「な、なんとか~」
「・・・・・・ぅ」
停止したことを確認したエリアは結界を解除し、二人に声をかける。ウィンは目を渦巻きにしながらも返事を返し、アウスは顔を真っ青にして四つん這いになっていた。
小さいうめき声しか上げられない彼女の背中をさすりながら、エリアは周囲を確認する。
そこは先ほどの迷宮とは異なる雰囲気だった。天井は高く、開けた空間。
中央に存在する5mほどの巨人と、怪我をした三つの人影。
「っ!大丈夫ですかっ!!」
エリアが声を張り上げると、巨人と女性の目線が彼女に向けられる。杖を持った魔術使いの女性は傷だらけの顔に涙をためた瞳で何かを叫んでいる。
声は聞こえないが、その口の形と表情から何を伝えたいのはすぐに理解できた。
タ・ス・ケ・テ
助けを求める彼女たちの前に立ち塞がっていたのは、頭部から雷・風・水と書かれた紋章を宿した巨人。その文字通り、三つの属性を纏い今にも救助を待つ者達に裁きの一撃を与えようとその拳を掲げていた。
「させないっ!」
エリアは酔いを押し殺してなんとか立ち上がり、杖を横に振り抜ける。彼女が放った水流と雷撃が襲いかかるが、巨人はその一撃に同じく水と雷の力ではじき返そうとする。
「バイド!!!」
『イエス、マイマスター!』
エリアの放った一撃は『憑依覚醒』の一撃。巨大化したバイドが水と雷を纏った拳を巨人の身体に叩きつける。その怪力は巨人の身体をも震えさせるほど。
だが、それだけだった。巨人は倒れるどころか姿勢を崩すこともなく、今度はバイドに風の弾丸をぶつけた。
バイドは瞬時に腕をクロスさせ身体を守る。勢いを殺すことは出来なかったが、致命的なダメージは回避する。風の弾丸によって、後ろにいたはずのエリアの横まで戻されるバイド。
「バイド、大丈夫!?」
「問題アリマセン。デスガ・・・・・・」
「・・・・・・強いね、あの巨人」
エメレンツ四体の中で一番の怪力を持つバイドが強化された一撃でも、巨人に目立ったダメージは与えられなかった。少なくともエリアとバイドだけでは依頼を達成することは不可能であると理解させられる。
だが、彼女たちの真の強みは各個人の実力ではない。
「エリアちゃん!」
「ピュイー!!」
「醜態を晒してごめん。さぁ、依頼を達成しよう」
「バムオーン!」
エリアとバイドの横に並び立つのは、戦闘形態へと姿を変えたぷーちゃんとビィ。そして、回転酔いからなんとか立ち直ったウィンとアウスだった。
特にアウスは大分酔いが酷く、リバース一歩手前だったがウィンの回復魔術のおかげでなんとか立て直した。それでもまだ若干顔が青いのを見て、エリアは思わず確認の言葉をアウスにかけた。
「アウス、本当に大丈夫?」
「・・・・・・お願いだからさっきのことは忘れて」
「アハハ・・・・・・。よしっ!皆、いくよ!」
もう一度気合いを入れ直し、三人と三匹は巨人に向き合う。ヒータ達はいないが、この状況に合った陣形を取る。
アウスが前線に立ち、エリアとウィンはその後ろで杖を構える。アウスをタンク役とし、ウィンとエリアの二人で攻撃を行う戦術だ。
エリアは巨人が先ほどしてきた攻撃とバイドへの対応から、巨人が物理的な攻撃以外にも属性を纏った魔術攻撃をしてくることを二人に伝える。
「所持属性は、風、水の二つかな?」
「いや、紋章に雷の文字がある。恐らくだけど、光属性も持ち合わせていると思う。風属性が二つ表しているとは思えないから」
「私もアウスと同意見。魔術攻撃にも注意していこう。バイド!」
ヒータがいないことによる火力不足を『憑依覚醒』で補う。バイド、ぷーちゃん、ビィの三匹はアイコンタクトだけで合図を取り、巨人へと立ち向かっていく。
最も素早いぷーちゃんは巨大化した翼で風の刃を巨人に放つ。それは家具を作っていたときとは比較することも出来ないほど、巨大で迅速な一太刀。
巨人も同じように風の魔術で防ごうとするものの、その姿を見たぷーちゃんは不敵に笑う。その程度で自分と同じレベルに立ったつもりかと、そうあざ笑う。
その予想通り、巨人が生み出した風の塊は綺麗な断面をつくり真っ二つに切れる。
そして、巨大な切り裂き跡が巨人の身体に刻み込まれた。
『!』
「バムガウゥ!!」
巨人の驚く暇も無く次はビィが仕掛けた。巨大になった翼と尾、そして魔力を宿す岩石と共に巨人へと突撃する。ビィの特に強化されている能力は速度、そして硬度。
『地』の属性の特徴は硬度の高さ。それは防御だけでなく、攻撃にも応用できる単純だが強力な力。
身体を砲弾のように丸め、岩石と共に速度を上げるとそのまま巨人の腹部へと激突する。
その瞬間、バイドの一撃でもよろめなかった巨人の身体が少し揺らぐ。並の相手ならビィの突撃で身体を貫通することもあり得る。
隙は出来た。二匹に続いて最後はバイドの番だ。その拳に雷と水の魔力を乗せ、巨人の身体を力強くも軽やかな動きで駆け上がる。
『今度ハ尻餅ヲ付カセル!』
そして『雷』と書かれた紋章にその一撃を叩き込んだ。巨大な落雷の音と、何かが焦げたような臭いが部屋中に広がり、バイドの宣言通り今度こそ巨人はその身体を地面に付ける。
三匹の華麗な連携は格上であるはずの巨人すら翻弄した。その事実が救助者の瞳に光を戻した。
倒れている今が好機。依頼の本筋である救助に三人は乗り出す。風に乗り、自慢の召喚獣の横を通って怪我人の元へと駆けつける。
「大丈夫ですか!意識はありますか!?」
「え、ええ・・・・・・。でも、二人が・・・・・・」
「ウィン、回復薬と回復魔術をお願い。応急処置も一緒に」
「まかせて!」
まだ巨人は消滅していない。敵から目を離すことなく、防御の構えをとり続けるアウスとエリア。その後ろで、ウィンは救助者三名の状態を確認する。
唯一意識のある魔術使いの女性は、外傷は少ないものの両足に大きな傷が出来ている。おそらく風の魔術で切り裂かれたと予想できる。
そして、彼女の後ろで倒れ伏せている男性二人。装備品からしてどちらも剣士だろうか。共通しているのは、装備品とその怪我の大きさ。
防具は大きく破損しひしゃげてしまい、胸や背中にも大きな傷と焦げ跡が付けられている。出血も酷く、顔は既に青白くなり始めていた。
「二人とも、私を守って……」
「大丈夫!私が絶対に助けるからっ!!」
傷口に回復薬をかけ殺菌と治癒を促し、ウィンは杖を天に掲げて風の魔力を集結させる。
ぷーちゃんや巨人が使っていた暴力的な風ではなく、悪しきモノを取り除き、生命を運ぶ優しい春風。
春風が三人を包むと、徐々に出血は治まり、倒れている二人の顔に赤みが戻ってくる。それでも傷は完全に塞がらない。すぐにローブの中から包帯とガーゼを取りだし、応急処置に取りかかるウィン。
「とりあえず、これでっと。立てるかな?」
「まだ足が・・・・・・」
「わかった!二人とも、救助者の皆が動けるようになるまでお願いできるかな!?」
「任されたよ。エリア、やれるよね?」
「もちろん!」
救助者たちはまだ動くことが出来ない。ウィンは回復に努める関係上、ぷーちゃんの憑依覚醒は解除され、エリアとアウスは自分たちにとって不利な耐久戦を強いられる。
だが、二人から希望が消えることはない。一人ではなく、友がいるのであれば自分たちに乗り越えられない試練はない。
試練となる立ち上がった巨人は敵対者全員を見下ろし、全てを壊そうと魔力を集め始める。水・風・光、三つの属性を複合させ、全員に絶対なる死を与える一撃を彼女たちに振り落とそうとしていた。
エリアとアウスが力を合わせても抵抗することすら出来ない一撃。バイドとビィの力を借りても、拮抗できるか怪しい。なにせ向こうは三つの属性だ。
だから、こちらも『三つ』だ。
「バイド!もう一回行くよ!」
「ビィ、準備は良いね?」
「____わよ!!」
再度杖に魔力を集め、『憑依覚醒』を『三人』は同時に発動。巨人の正面からはビィとバイドが。
そして、背後からは巨大な火球が出現しバイドたちと全く同時に巨人へとぶつかった。
巨人が背後の異常に気づくことができたのは、自分に初めてダメージが通っていることを自覚した後だった。
火球の中から火を操る狐が現れ、遅れて一つの足音がこの部屋に入ってくる。この窮地から全員を救うきっかけを呼んだ炎の少女が姿を見せる。
「タイミングバッチリだよ、ヒータ!」
「伊達にエレメンツの前衛名乗っている訳じゃないわよ。遅れてゴメン!」
迷宮内を走り回っていたヒータが到着し、ついにエレメンツが再集合を果たす。コンとヒータはエリア達に駆け寄り、アウスの横に並ぶ。
前衛のアウスとヒータ、後衛のエリアとウィン。これが彼女たちの基本スタイル。
「___よしっ!今度はどうかな?」
「あ・・・・・・立てる・・・・・・!」
「よかったぁ~。でも、後ろの二人はどうしよう・・・・・・」
「彼らは私が魔術で運びます。そこまで貴女達のお世話になるわけにはいきませんから」
ウィンの処置によってようやく動くことが出来るようになった魔術使いの女性。自身の杖を握り呪文を唱えると、倒れている男性二人の身体が宙に浮いた。
意識は戻らないものの、これなら全員で避難することが出来る。依頼達成まであと少しのところまで来た。
(でも、気がかりなことが一つある。私達を襲ったあの衝撃の正体は・・・・・・)
ここまで来て、アウスの脳裏には一つの懸念点が浮かぶ。それは、迷宮内で三人を襲ったあの衝撃の正体。
彼女の予想が正しければ、目の前の巨人よりも厄介になってくる存在。
そしてそれは現実のものとなる。
彼女たち全員が巨人に気を取られているその背後から、音もなく忍び寄る複数の影。その存在を察知できたのは、万が一を予想していたアウスだけだった。
悪寒を感じた彼女が背後に目線を移すと、視界に三体の化け物の姿を捕らえる。黒髪をはやした緑の身体に鋭利な爪。そして体中に浮かび上がる赤い球体。
狙われたのは、エリア、ウィン、そして救助者の女性。
時間がゆっくり流れる感覚に襲われるアウスだが、かばえるのは一人だけ。今、エレメンツの一員である自分が取るべき行動は一つ。
私情を振り払い、アウスが魔術で守った相手は___
「危ないっ!!!」
「え」
救助者の女性の前に岩壁を出現させ、化け物の一撃から彼女を守る。
だが、アウスの声で初めて化け物の存在に気づいたエリアとウィンは・・・・・・。
「うっ・・・・・・」
「いったぁ・・・・・・」
二体の化け物の爪が白から赤へと変わる。致命傷は何とか回避できたものの、二人とも横腹をえぐられて膝をついてしまう。その光景にアウスは顔を歪ませる。
分かっていた結果。自分で選択した光景なのに後悔の念は尽きない。
エレメンツとしてやらなくてはいけないのは『人助け』。考えたくもないが、最悪救助者だけでも脱出することが第一。
だが、そう考えてられても割り切れないのが人間だ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ちょ、ちょっと怪我しちゃっただけだから!私達を気にせず、お友達のことを見ていてあげて?」
「ウィン、エリア!後ろに下がってて!ここはあたしとアウスが!」
「ごめん・・・・・・ちょっと手当してくる」
エリアは怪我をかばいながらも自身とウィン、そして救助者たちを結界で覆い回復と防御に努める。
残されたヒータとアウスは先ほどの化け物について考えを巡らせていた。
「アウス、さっきの奴らって!」
「うん。壁に潜んでいる生物『シャドウ・グール』だ。まさかこのタイミングで出てくるとは・・・・・・」
「目の前の奴にも、グール三体に警戒しながら脱出・・・・・・。こりゃ厳しいかもね」
「諦める?」
「なわけないでしょ?」
二人は背を互いに預け、この状況でも諦めの色を見せない。杖を敵対者へ向け、この先には手を出させないと言い放つ。その消えない闘志は巨人にいらつきを覚えさせるには十分だった。
突如、巨人の身体が割れる。
それは決して身体が崩壊したわけではない。頭部、腹部、脚部の三つに分かれ、それぞれが独立した魔神へと変化したのだ。
巨人の正体は、強大な力を持つ一つの生物ではなく、それぞれが力を持った魔神が合体した姿だったのだ。
一見力を分散させているように見えるが、言い換えれば手数を増やしたということにも繋がる。
目の前の三体の魔神に加え、奇襲を仕掛けてくるシャドウ・グール三体。
対してこちらは二人。例えウィンとエリアが戻ってこられても、残っている魔力量でどこまでやれるか。
「これは、本当に覚悟決めないとね」
「だね」
まず動き始めたのは風の魔神。周囲の物を飲み込み破壊する竜巻を発生させ、ヒータ達へと発射する。物理的に防御するのは困難な形のない風の魔術に対し、ヒータが動く。
アウスと比べて魔力はまだ彼女の方が残っている。迷うことなく『憑依覚醒』を発動させ、コンとの一撃で竜巻を対衝突させる。
ヒータが動いたことで手薄になった後衛に向かって、雷の魔神が動いた。回避困難な雷を複数本エリア達に向けて放つ。閃光が部屋を走ったかと思うと、今度は轟音が部屋を支配する。
文字通り光速の攻撃。それをアウスは予測と勘で防ぎきる。ヒータが動いた直後に動いていたのは魔神だけではない。アウスもエリア達の前へと移動し、雷の魔神が動いたことを確認した直後、魔術によって大地から壁を複数生成していた。
魔神達に敵意があるなら、真っ先に狙うのは負傷者だろうと予想したアウスの勝利だった。
だが、壁が生成されたことでアウスとヒータが完全に分断される。その隙を狙って、再びシャドウ・グールが襲いかかる。
一体目はアウスの背後から。先ほどのエリアとウィンと同じように鋭い爪が彼女に迫る。
だがそれはアウスの予想通り。分断されているこの絶好の状況を、この強襲者たちが見逃すもない。
「ビィ!」
「バムバムゥ!!!」
背後から狙ったはずのシャドウ・グールだったが、アウスの視界は完全に姿を捕らえている。ビィとアウスが放つ岩石魔術がシャドウ・グールに直撃すると、その姿は塵になって消えた。
一体目がやられたことを見ていたのか、二体目はヒータの背後に迫っていた。魔神の影に隠れ、コンと彼女が離れている隙を突く形の奇襲だ。
「ヒータ!」
「ナイスアシスト!」
シャドウ・グールが姿を現した直後、ヒータの足下から石柱が伸びてくる。石柱によってヒータは更に上へと移動し、その一撃は代わりに石柱が受ける。
またしてもアウスの予想に奇襲を阻まれ、その姿を無防備に現すシャドウ・グール。その目先には落下しながら杖を向けているヒータの姿があった。
「奇襲頼りの奴なんかに、負けてられないのよ!」
放たれた火球が二体目のシャドウ・グールの身体を消し炭へと変え、一体目の後を追わせる。直後、ヒータは何事もなく着地し、次の奇襲を警戒する。
だが、次に襲ってきたのはこの場所にはあり得ない水流だった。飲み込まれる直前に、水の魔神が自分を狙っていたことに気づいたが、もう回避は出来なかった。
咄嗟に呼吸することも出来ず、水中に引きずり込まれるヒータ。目も開けられない勢いと呼吸が出来ない状態でそのまま壁に叩きつけられる。
「がはっ・・・・・・」
「ヒータ!」
アウスの叫びが部屋に響き渡るが、ヒータから返事はない。コンも必死にマスターの意識を取り戻させようと鳴き続けるが、彼女は顔を上げない。
思わずヒータに駆け寄ろうとするアウスだったが、状況を思い出して足を止めた。今自分が離れれば、エリア達を危険にさらす。だけど、今のままではヒータが命を落とすかもしれない。
(どうするっ!? どうしたらいい!!?)
エリアとウィンの回復もまだ終わっていない。もし魔神がまた一つになって二人に攻撃を仕掛ければ、エリアの結界でも一撃で砕け散るだろう。
そしてそれがヒータに向けられたなら・・・・・・。
三体目のシャドウ・グールもまだ姿を現していない。自分が単独で動けば今度こそ奇襲を受ける可能性が高い。
どう足掻いても、全員を守る事は出来ない。誰かを切り捨てないと、誰かを守れない。
だが、誰も切り捨てたくない。誰も死んで欲しくない。
(決断しろ!でないと、全員がっ!)
脳を必死に動かすも、結論は出せない。残酷な現実に押しつぶされそうになり、遂にアウスの瞳には涙が滲み出る。
一秒、また一秒と時が進む度に状況は悪化し続ける。決断できない彼女をあざ笑うかのように、誰かの灯火が消えていく。
その時、ウィンがふと部屋の入り口へと視線を向けた。
「・・・・・・誰か、来る?」
「え?」
ウィンの言葉にエリアも回復しながら入り口を見つめる。その先に張るのは何の光も見えない漆黒の闇。なのに、ウィンは何故こんなことを言うのだろうか。
だが、それは錯覚では無かった。
ウィンだけでなく魔神たちもアウスから目を離し、何故か入り口へと視線を変えていたのだ。
「アウスちゃん!今のうちにヒータちゃんをお願い!!!」
「わ、わかった!」
この異常な光景に好機を見いだしたウィンは、足を止めていたアウスに対して声をかけた。今なら魔神の意識は入り口へと向けられている。シャドウ・グールの奇襲にだけ気をつければ問題ない。
周囲を警戒しながらヒータの元に駆け寄るアウス。ローブの中から強めの薬を取りだし、無理矢理ヒータの口に突っ込んで飲み込ませる。
身体がビクンと跳ね上がると、ヒータは大きく目を見開く。
「っ!?あたし気絶してた!?」
「よかった・・・・・・。目が覚めて、本当に良かった・・・・・・」
「コーン!」
「コンもアウスもありがと。って、あいつら何してんの?」
「それがさっぱり・・・・・・ん?」
ヒータが現状に疑問を持つのは当然だ。アウスも何故魔神がこんな行動をしているのかが予想できない。だが、彼女は今までに無かったあることに気づいた。
何か巨大な足音が、こちらに向かって近づいていることに。
だんだん近づく音が大きくなる。その音の大きさから分るのは、近づいているのは間違いなく人ではないこと。
そして、ここにいる誰もが動くことを忘れるほど異常な質の魔力を帯びていること。
全員が入り口を見つめ始めてから約三十秒後。『ソレ』は姿を現した。
赤と白の身体、そして背中から生える二本の突起には青・赤・緑の宝玉が輝いており、足は大地を駆けることに特化しているようで非常にたくましい。
その顔は道化師の仮面のようで、赤と緑の異なる眼を持つ一体の竜。
そんな竜に騎乗していたのは、彼女たちが知る青年だった。
「すまない、皆。我慢できなかった」
「なんで、君が・・・・・・!?」
「来ちゃったの!!?」
「あいつ・・・・・・!」
「・・・・・・でも、いいタイミング出来てくれた」
その竜と同じ瞳の色をした青年は申し訳なさそうに、だが、それでも引く気はないという強い意志を持ってこの場に現れ、魔神達に殺気のこもった目線を飛ばす。
他の三人が驚愕の顔で彼を出迎える中、エリアだけは微笑みながら歓迎した。この窮地を脱するには、恐らく彼の力が必要だから。
「ヒカリ君、私達を助けて?」
「ああ、当たり前だ。俺は、エレメンツのお手伝いさんだからな」
異世界の青年 高屋ヒカリの初お手伝いが、始まろうとしていた。
ダンジョン描写難しい