___時はエレメンツが出発した直後に遡る。
彼女たちを見送ったヒカリは静かになった屋敷を見渡す。上を見れば彼女たちの個室に繋がる扉が、周囲には彼女たちの生活の痕跡が見て取れた。
四人で食卓を囲んだ机、魔術の練習をしたであろう床の魔法陣。これまでの冒険で集めたであろう思い出の品々が暖炉の上に飾られていた。
きっと、困難ではあったが楽しかった冒険があったのだろう。その思い出を是非聞いてみたいものだ。
(過去を詮索するのはダメでも、思い出くらいならいいよな・・・・・・?)
彼女たちの『過去』への負い目は今のヒカリでは計り知れないほど暗く、重い。直接聞かなくてもそれは雰囲気で分かってしまう。
それでも、そんな過去に引きずられることなく今を生きているその姿こそ、今の自分が見習う姿なのだろう。
自分もいつかは、彼女たちのように____
「・・・・・・無理だな」
それが出来るほど自分は器用ではないと自傷の笑みを浮かべるヒカリ。このまま部屋で立っていてもしょうが無い。ひとまず自分の部屋に戻ろうとした時、ふと美味しそうな匂いが鼻をつく。
その匂いに誘われるまま、ヒカリの足は勝手に動き出す。別に食い意地が張っているわけではないと誰かに言い訳しながら、キッチンの扉を開いた。
先ほどまでヒータが料理をしていたであろうキッチン。既に綺麗に片付けられており、料理の痕跡は残っていないが、存在感を放つ寸胴がコンロの上に置かれていた。ヒカリが気づいた匂いの正体もそれだ。
釣られる魚のごとく寸胴に引き寄せられたヒカリは何のためらいもなく、その鍋蓋を空けた。
「!!!!」
その匂いにヒカリは目を見開く。鍋の中にあった物。それは鮮やかな赤茶色の液体に黄色や緑、切られた様々な食材が浮かんでいた。
香ばしく万人を魅了するその料理の名を、もちろん彼は知っている。
「カレーだ!!!」
目を輝かせ鍋をのぞき込むヒカリ。幼い頃からの好物の一つで、母や幼なじみがつくってくれたカレーが出る度に今のように子供のようにはしゃいでいたものだ。
ハッとよだれや唾が入らないように口を押さえるヒカリ。そのまま少しずつ興奮を押さえて、蓋をする・・・・・・前に。
「・・・・・・少しだけなら、いいよな?」
鍋の隣に置いてあったお玉に震える手を伸ばし、少しだけカレーをすくう。少しだけ、少しだけと何かに取り憑かれたようにヒカリは小皿に移して、そのまま口を付ける。
瞬間、爆発的な辛みと旨みが同時に彼に襲いかかる。汗が一瞬で噴き出し、顔が熱を帯びる。そうでありながらも、確かな旨みが彼の心を掴む。
もっと、もっとと思わず手が伸び始めるが、流石にそれは理性が働いた。だが、その味にヒカリは虜になってしまった。
「ヒータは料理の天才だな。皆と食べるのが楽しみだ」
帰ってきた皆と共に食べられることを想像し、頬がほころばせながら自分の小屋へと足を向けるヒカリ。先ほど通ったキッチンの扉を通り、ロビーに戻る。そして、先ほどは浮かび上がっていなかった魔法陣が起動している事に気づく。
その模様は先ほどエリア達が使用した物と同じだった。
「___エレメンツの皆!いる!!?」
「ジュノンさん?」
ラメイソンの魔導法士 ジュノンは慌てた様子を隠すこともなく屋敷に出現した。焦りに満ちたその顔を見てヒカリは思わず身構える。
この顔は、何か悲劇が起こる予兆だと、本能が確信していた。
「ああ、ヒカリ君!他の皆は!?」
「約十分前くらいに出発しましたけど・・・・・・何があったんですか」
「ああ、やっぱり遅かった!緊急性の高い依頼とはいえど、なんで私はあの子達に頼んでしまったんだ・・・・・・!」
「ジュノンさん、説明をお願いします」
ジュノンとは対照的に酷く冷静なヒカリ。こんな状況はよく見てきた。そして、誰か一人が焦っても状況は好転しないこともよく知っている。
短く、冷静に。ジュノンもヒカリの異常なまでの落ち着きに引かれて、ようやく冷静さを取り戻す。
「さっき、迷宮内部の救援者から短いメッセージをこちらで受信したの。その内容は、迷宮内部には巨大な主がいるということ。特徴や力量から推測して、今回の依頼が黒星8に当たる物であるとラメイソンは判断したわ」
「黒星、8・・・・・・」
アウスとエリアから教えて貰ったとおりなら、黒星8の評価は最上級クラスの依頼。そして、エレメンツは黒星3から5までを受けているギルド。
明らかに彼女たちが受けられるレベルの範疇を超えていた。
「エリア達に連絡は?」
「それが繋がらないの。恐らく迷宮自体がこちらからの干渉を防いでいるんだと思う」
「わかりました。ジュノンさん、俺に行かせてください」
「ダメ。君まで危険な状態にさせるわけにはいかない」
迷うことなくヒカリはそう言った。最早言い慣れている言葉をいつも通りに誰かに伝えるだけ。そこに悲痛な覚悟はなく、日常の挨拶をするかのように。
それに対しジュノンもためらうことなくその申し出を断る。彼の異質さ___自分を勘定していないその態度が、余りにも危険だと判断した。
「どうしたら許してくれますか?」
「どうもないよ。私はこれからラメイソンに戻って救援を募ってみる」
「それで間に合わなかったら? 四人が死んだら、ジュノンさんは後悔しませんか?」
その言葉の冷たさにジュノンの背筋が凍る。この年代で出してはいけない声色。数多くの『死』を彼は見てきたと言いたいのか。
その目に光はなかった。
困惑するジュノンの顔を見て、ヒカリは自身の質問がどれだけ彼女を追い詰めるものかを自覚する。エレメンツに個人的に肩入れしているのは彼もよく分っていた。
そんな彼女がこの状況を良しとするわけがないのに、それでも自分の申し出を断ったその理由をヒカリは知っている。
自分の叔母がかつて、自分を戦いに行かせてくれなかったときと同じだから。
「・・・・・・ごめんなさい。でも、彼女たちに死んで欲しくないのは俺もです。もちろん、救助を求めている人も。だから、見てくれませんか?」
「な、何を?」
「俺の召喚獣を」
それでも、それでもだ。
もし彼女たちが帰ってこなかったら。
もし、自分の力で少しでも彼女たちの助けになれるのであれば。
危険など、一度死んだ自分の命など、知ったことか。
「来てはいけないって言ったはずだよね」
時は現在に戻る。ヒカリと竜の登場により状況は一度リセットされ、エレメンツの全員が無事戦線に復帰する。もっとも、魔術の行使によって彼女たちの魔力は全快しておらず、万全とまではいかないが。
自分の言いつけを守らずこの場に現れたヒカリに対して、アウスは低めの声で彼を咎める。状況は確かに良くなったが、ここから彼が命を落とせば何も意味は無い。
準備が出来ていない者にも、迷宮は容赦なく牙を剥くのだから。
竜から降りたヒカリはアウスの言葉に全身を見せて抗議する。
「準備はしてきた。アウスが注文してくれていた武具は殆ど出来上がっていたから引き取ってきた。許可もジュノンさんからもらった。だから、今回は許してほしい」
そう言って剣を引き抜くと、突如ヒカリは背後へ振り向いて剣を一閃。その直後、真っ二つに切り裂かれたシャドウ・グールだった何かが灰となって消滅した。
「・・・・・・少なくとも、あと三体いるな。アウス!さっきの生物がまだ周囲に潜んでいるはずだ!警戒してくれ!」
「戦闘慣れしているっていうのは、伊達じゃないって事だね・・・・・・。ヒカリ!こちらの陣形が整うまで、その魔神達の注意を引いてくれるかい!?」
「了解した」
アウスから初めての頼み。その事実がヒカリの魂を燃やす。助けて貰った恩を少しでも返せると、ヒカリは意気込む。
目の前には三体の魔神。全員がヒカリと竜へと意識を向けており、今ならエレメンツへ攻撃はされないだろう。
背中の突起に手を伸ばして再びにヒカリが乗り込むと、魔神達に向かって竜は走り出した。注視していた敵が動き始めたことで魔神達も同時に動き出す。再び一つの巨人となって、属性魔術を発動させる。
竜が駆ける地を水の魔術で覆うことで機動力を失わせ、風、雷の魔術で動けなくなったところを叩く寸法だ。
「オッドアイズ、跳べ」
巨人の戦術は的確かつ効果的だ。だからこそ、読みやすい。
水の魔術を発生させた直後、ヒカリの竜『オッドアイズ』は地面を力強く踏み込むと、次の瞬間には巨人の頭上まで跳び上がっていた。
水の魔術はもちろん、風と雷の魔術も狙いが付けられず、そのまま迷宮の壁に激突する。
オッドアイズはそのまま口に魔力をため、巨人の頭部に向かって赤い熱線を一直線に解き放つ。憑依覚醒よりも強烈な一撃が直撃する前に、巨人は再度分離して回避に成功する。
重力に引かれてオッドアイズが落下する前に、次はヒカリが分離した魔神達に飛びかかる。狙いは、水の魔神だ。
オッドアイズの背中を蹴り、一気に地面へと加速。分離した直後で隙があった水の魔神はヒカリの奇襲に反撃出来ない。
「魔力補強___たたき切る」
刀身を魔力で強化する叔父から学んだ『魔力補強』の刃が水の魔神に襲いかかる。回避が出来ないその速度に対し、魔神は自身達の奥の手を使用する。
『水』と書かれた文字が白く発光すると、ヒカリの目の前に一枚の障壁が出現する。そしてヒカリの身体は障壁へと激突する。
速度の付いた身体は大きな衝撃に襲われヒカリの意識は一瞬途絶えかけるが、この状況に慣れている身体は意識がなくても反射で動く。
すぐさま意識を取り戻し、今度は障壁を蹴って魔神達から距離を取る。そして、エレメンツ達の元へと降り立った。
「ヒカリ君大丈夫!? 壁に凄い勢いでぶつかってたけど!!?」
「ああ。少しだけ気を失ったが、問題ない」
「いや大ありでしょ!? 本当にいけるのよね!?」
「いける」
いまいち感情が読めない顔のヒカリを見てウィンとヒータは不安を覚える。だが、ここまで駆けつけてくれた事には感謝する。
「この竜はヒカリ君の召喚獣?」
「ああ。俺はオッドアイズって呼んでる。・・・・・・申し訳ないんだが、言葉でのやりとりはできない。コイツは俺の手足だと思ってくれ」
「わかった。ヒカリ、現状の確認だ。私達四人の魔力が半分程度。救助者の方々は見ての通り、二人が動けない。そして、私達の目的は___」
「全員が無事に脱出すること、でいいんだよな。俺が奴の気を引く。皆はその間に部屋の入り口に移動してくれ」
エリアとアウスから現状を確認し、自分が囮になると言って駆け出そうとするヒカリ。巨人も待ってはくれない。いつ全員に向けて再び鉄槌を下すかも分からない。シャドウ・グールもまだ周囲から狙っている。
だが、それを全員が許すわけがない。
「ヒカリ? 私がここに来る前に言ってたこと、覚えてる?」
「・・・・・・?」
「連携の話をするって言ったよね? 君一人で突っ走って、もし死んでしまった時の私達の気持ちを考えた?」
「それは・・・・・・」
「ヒカリ君。助けてくれるのは嬉しいけど、君も一緒に『無事で』脱出するんだよ?」
「うっ・・・・・・」
「ヒカリ君、ダメだよ。ここを脱出したらまた皆で冒険するの。君も一緒にだからね」
「・・・・・・」
「分かったら返事。私達全員で、ここを切り抜ける。いいわね、ヒカリ?」
「・・・・・・わかった」
全員からお説教をくらい、わかりやすく落ち込むヒカリ。先ほどまでの頼もしい雰囲気はどこへやら。親から叱られた子供のように小さくなる背中を見て、救助者の女性は本当大丈夫かとここにきて不安に襲われる。
前に立つヒカリとヒータ。ヒカリの動きに合わせられるのは今のところ彼女だけだ。
「ヒカリ、魔神が分かれたら雷の奴をお願い。あたしは風を狙う」
「了解した。水はどうする?」
「水は私がやるよ。エレメンツのリーダーで、水属性担当の意地を見せないと」
二人と共に前に出たのはエリアだった。先ほどはシャドウ・グールの不意打ちがあったがもう遅れは取らない。三人は剣と杖を構え、巨人と対峙する。
三人の後ろにはアウスとウィンが控え、エレメンツの新しい陣形が完成する。
すぐにウィンが全員に風の魔術を使用し、全員の移動速度が上昇する。流石にオッドアイズの巨体にかけることは魔力不足で出来ないが、十分な支援だ。
「いくわよ、エリア、ヒカリ!」
ヒータの声で三人は同時に動き出す。ヒカリはすぐにオッドアイズに飛び乗り、雷の魔神へと跳躍する。
空中では動く方向を変えられない。そこに雷の魔術は相性が悪く、絶好の獲物になり得る。
だが、そこはアウスがカバーする。今までの戦闘で出来た瓦礫を魔術で固めて、オッドアイズの行く先に固定。一時的な足場を作り出すことでオッドアイズの機動力を支える。
魔神が飛ばしてくる雷をアウスの足場とオッドアイズの機動力、そしてヒカリの直感で回避しながら魔神へと接近する。
「オッドアイズ!雷の魔神へ攻撃!」
召喚者の指示に従い、二色の眼の竜は雷の魔神に再び熱線を放つ。再び一つになろうとするものの、他二体が別々に攻撃を受けていることでそれは叶わない。
一撃を受けても行動不能になることはないが、防御できるならそれに越したことはない。水の魔神同様、雷の魔神も障壁を展開しオッドアイズの一撃をいなす。
いなしたその直後、魔神の前には剣を構えたヒカリの姿があった。
オッドアイズの一撃では仕留めきれなかった時に備え、既に飛び出していたのだ。
「たたき切る。覚悟してくれ」
先ほど同様に魔力補強で紫に輝く刀身を横に振るうと、遂に雷の魔神に明確な傷跡を付けることに成功する。
そしてもう一つ、ヒカリが予測できる事象が増えた。
「ヒータ!エリア!おそらく魔神の防御障壁は連続で出せない!」
「ナイス情報!」
「一撃目を防がせて、二撃目を直後にぶつければいいんだね!」
障壁をいつでも展開できるのであればヒカリのこの一撃も同様に受けることが出来たはず。それが出来ないということは、単に反応しきれなかったか、連続で出すことが出来なかったか。
落下する身体はオッドアイズに拾わせて、再び雷の魔神へと攻撃を続行するヒカリ。
彼に続くようにヒータとエリアも攻撃を仕掛ける。ヒータは風、エリアは水の魔神に向けて『憑依覚醒』を発動。コンとバイドは再び魔神へと突撃する。
風の魔神の風刃に怯むことなくコンは爆炎を纏って、猛攻を仕掛ける。すると、他の魔神同様に風の魔神も同じく障壁を発生させ、コンを受け止める。
それを見たバイドも同様のことが起きると予想。相手に受け止めさせる必要があるため、全力で水と雷を纏った拳を水の魔神に叩き込んだ。
___叩き込めてしまった。
「アレ?」
「障壁を、発動させなかった?」
バイドの一撃で転倒する水の魔神。エリアとバイドの両名がその事実に疑問を頂かせるがこれは好機。とりあえず予定通りに二撃目を加えるためにエリアは水の魔神へと接近する。
「コン!あたし達も行くわよ!」
「ごーーーんっ!」
ヒータも風の魔神へ走って接近。ウィンの魔術のおかげですぐにコンに追いつき、そのまま『憑依装着』を発動する。
コンがヒータの身体の中へ吸い込まれるようにして消えると、彼女は狐の皮を被ったような姿へと変化する。すぐさま杖を構え直し自身の周辺に魔法陣を展開。杖に巨大な狐火を生成する。
「火霊術―紅っ!」
召喚獣と心を通わせ放つエレメンツの得意技。その名も『霊術』。自身の魔力を召喚獣の力で強化し、魔力を塊にして敵にぶつけるシンプルかつ強力な魔術。
障壁を発生させることが出来なくなった風の魔神にも遂にヒータ達の一撃が通ることになる。焦げた肉の匂いが上がり、魔神の身体のあちこちが黒ずんだ。
エリアも『憑依装着』を発動。バイドの力をその身に纏い霊術を発動させる。
「水霊術―葵」
ヒータと異なり、エリアは外見に大きな変化はなく、背後に半透明になったバイドの姿が現れる。バイドの動きはエリアと連動しており、彼女が杖を振るとバイドも同じように右腕を振るった。
彼女たちから放たれた水弾は既に横転している水の魔神に追打ちをかける。直撃した水弾がはじけると、魔神の魔力の大部分を奪っていった。
「水の魔神は障壁を発生させなかった・・・・・・。いや、さっきオッドアイズの攻撃に対して使っていたから、やっぱり連続使用にはクールタイムが必要って事なのかな」
「デシタラ、今ガチャンスデスネ。一気ニタタミカケマショウ」
各魔神に明確なダメージを与えられたことにひとまず安堵するエリア。ヒータも同様にこのまま風の魔神へと攻撃を続けるつもりで動いている。
だが、ヒカリだけは別の考えを持っていた。
(グールの動きが静かすぎる。さっきから気配も薄い。何か仕掛けてくるつもりか)
そう、壁に潜む暗殺者の存在。アウス達が感知した三体は既に片付いている。だが、ヒカリが迷宮に入ってから感じ取っていた気配は無数にあった。
シャドウ・グールがこの魔神達と共存関係であるのであれば、こんな危機を見逃すはずがない。
そう予想した直後、ヒカリの肌が無数の視線を感じ取った。
「アウス!ウィン!来るぞ!!!」
「へ?」
「っ!!ウィン、防衛いくよ!!!」
「う、うん!」
いつの間にかアウスとウィンの周辺に無数の赤玉が出現していた。それらは彼女たちを取り囲むように現れ、そして一斉に襲いかかってくる。
「ぷーちゃん!憑依装着!風霊術―雅!」
「ビィ!力を借りるよ!地霊術―鉄!」
ウィンとアウスも憑依装着を発動し、そのまま各霊術で撃退に入る。
視界に入ったシャドウ・グールたちを風と土の魔弾が貫いていく。確実に一体ずつ、漏らしがないように。
だが、多すぎる。その数は恐らく50は超えているだろう。救助者の女性も何体かは自身の魔力弾で撃退しているがそれでも手が足りない。
「エリア!あたし達もアウス達のところに!」
「うん!」
「___っ!!!」
二人が魔神から目を離した直後、わずか数秒の間だった。魔神達は再び巨人へと戻り、その拳を二人に放っていた。
三属性全てが混ざりあったその拳は、ただの人間なら肉塊に変えることができる。そうヒカリが確信できる魔力量。
エリアとヒータに声をかけて防御の態勢を取ってもらっても、おそらく重傷は避けられない。そうなれば、アウスとウィンの援護に行ける人間がいなくなり、最悪の結末が訪れる。
ならば、とれる方法は一つ。
「オッドアイズ!!!」
オッドアイズと共に足場を蹴り、両拳とエリア・ヒータの間にヒカリが入り込む。
オッドアイズはその巨体でエリアへ、ヒカリは魔力補強した剣でヒータへ向けられた拳を受け止めた。
直後、ヒカリは迷宮の壁に叩きつけられていた。ひゅっと風を切るような音がしたかと思えば、直後ヒカリが壁にのめり込んだ爆音が部屋に響き渡る。
オッドアイズは一瞬にしてその姿を光の粒子に変えられた。
「な」
「え」
「___二人とも足を止めないで!!!」
今起こったことを理解してしまいそうになるヒータとエリアに、アウスは現状を最悪にしないためにその言葉を叫んだ。
ヒカリは二人の名前を呼ぶことだって出来たはずなのに、それをしなかった。その理由をアウスなりに考え、そして見抜いた。だから、二人をこちらに戻すことをまず優先した。
アウスの声で一度考えるのをやめたエリアとヒータは再び『霊術』を発動。そのままシャドウ・グールの群れを撃退していく。
「アウスちゃん、どうしよう!!ヒカリ君が!」
「わかってる!でも今は集中して!」
先ほどの光景を目にしてしまったウィンの声は震えている。目で追えなかった速度で壁に叩きつけられたヒカリの状態を確認することも出来ず、無事であるわけがないと想像してしまった。
アウスもその同じ気持ちを吐き出してしまいたい衝動に襲われるが、そうしたところで現状が変わるわけがない。今はただ無数のシャドウ・グール達を何とかしなければ。
奇襲が主な戦法であるシャドウ・グール達。そんな奴らが正面から向かってきても大きな脅威にはならない。その物量も彼女たちの精密な攻撃で確実に数を減らされていき、そしてそのまま全滅の道を辿った。
「これで、終わりっ!」
「エリア、ウィン!すぐにヒカリの手当を!」
「わかってる!」
「ヒカリ君っ!」
すぐにヒカリの下に駆けつけようとする四人だったが、その間に巨人が攻撃を再開する。先ほどヒカリ達が負わせた傷は残ってはいるものの、その雰囲気はまだ余力を残していた。
焦る彼女たちに向かって再び三属性の魔術が放たれる。風の刃、津波、雷。全てが彼女たちに重傷を負わせるのに十分な威力。
アウスが地面から防壁を発生させるものの、最速で飛んできた雷だけは防ぎきれずそのままウィンの目前へと迫っていた。
誰かが叫ぶまもなくその雷は降り注いだ。土煙が上がり、ウィンの姿が見えなくなると、三人の顔が青く染まる。
「___ウィーーーン!!!」
ヒータが叫ぶ。だが、残酷なことに返事はない。アウスは強く杖を握りしめ、エリアは膝から崩れ落ちそうになる。
想像しなかったわけではない。でも、起こるとは思っていなかった。
ギルドの誰かが依頼中に欠けることなど、当たり前にあることなのに。
土煙が晴れていく。見たくない物がそこにある。震える身体を必死に押さえ、三人はそこにあるウィンを見つめる。
そこには焦げが付いた地面だけが残されていた。
「風の魔術は本当に便利だな。俺も使ってみたいくらいだ」
「でも、ヒカリ君のオッドアイズ君も速かったよ?」
ウィンとヒカリの声がする。何もなかったかのような声色でどこか抜けた会話をする二人は、いつの間にか部屋の隅に移動していた。
ヒカリは多少出血があるものの重傷は負っておらず、ウィンに至っては無傷だった。
「ウィン!ヒカリ!二人とも無事!!?」
「ヒータちゃん、私は大丈夫!」
「俺も多少怪我はしたが動ける。次の一手はどうする、アウス」
「まったく、心配させて・・・・・・」
「でも、本当に良かった・・・・・・!」
三人に合流するウィンとヒカリ。その周囲にはウィンが施した風の魔術が現れていた。
先ほど何があったのかの説明は非常に簡単。ヒカリが風の魔術と壁を蹴った勢いでウィンに雷が当たる前に、彼女と共に部屋の隅へ移動しただけ。
もちろんヒカリも雷を目視してから動いたわけではない。壁に叩きつけられ、その直後にこちらに走り出せたからこそ間に合ったのだ。
「というかヒカリ、君、本当に大丈夫なの? さっき巨人の拳が直撃していたはずだけど……?」
「ああ。アウスが用意してくれた防具が良い物だったからな。まあ、さっきの一撃で破損してしまったんだが・・・・・・」
申し訳なさそうに自身の胸当てに指を指すヒカリ。実際、彼の胸当てや腕防具は割れてしまっており次からは使い物にならないほど破損していた。
ヒカリは攻撃を受ける瞬間、剣だけでなく防具にも魔力補強を施して巨人の一撃を受けていた。水の魔神と戦っていたときは予測が出来ずにそのまま防壁にぶつかってしまったが、今回は自分から攻撃を受けていったためこの手を使った。
「折角用意してくれたのに、本当に申し訳ない」
「いいや、準備した物が君の命を守ってくれたのならそれでいいさ。それより君自身へのダメージは大丈夫?」
「俺は召喚獣との混血だからな。肉体強度も多少高い。問題なく動けるから心配はいらない」
ピョンピョンと跳ねて無事をアピールするヒカリ。彼が動けることを確認し、アウスは現状を把握し始める。
エレメンツ四人は体力と魔力の底が見えつつある状況。ヒカリはまだ動けるものの、巨人は大きな傷を負っておらず、こちらが逃げられる場面でもない。
ここからの長期戦はこちらが完全に不利。ならば、ここで出せる最大火力をぶつけ、一撃で巨人を戦闘不能にするしかない。
「エリア、ヒータ、ウィン。『一輪』をやろう」
「じゃあ、次で最後にするって事だね?」
『大霊術―一輪』
一年前に彼女たちが試練を乗り越え会得した最後の切り札。四人の魔力を均等に合わせ、巨大な魔力の花を咲かせる大魔術。
咲いた魔力の花は使い方を破壊に転じれば、小さな町程度なら吹き飛ばせるほどの威力を持つ。今は彼女たちが全快ではないためそこまでの威力は見込めないだろうが、それでも巨人に致命傷を与えることは出来るだろう。
問題は四人の魔力量を一定に保つ必要があるため時間が掛かること。
その弱点を補える人物が今ここにいる。
「ヒカリ、私達はこれから大霊術の準備に取りかかる。その間、私達は無防備になる。だから___」
「問題ない。その間、救助者の方とあいつらは任せろ」
アウスの言葉を遮ってヒカリは了承する。シャドウ・グールの気配はもうない。不意打ちがないのであれば目の前に集中するだけ。
自分よりも巨体な相手との戦闘に彼は慣れている。いつも通り、やれることをやるだけだ。
剣を抜き、巨人の前に立つとヒカリは左腕の腕輪を白く輝かせる。
「そろそろ、あいつも戻ってこれそうだからな」
ヒカリが走り始めると、迷宮の天井に『空』が突如出現する。
ここは迷宮内。空も星も見えない密閉空間。それなのに上を見上げれば青色に輝く空がそこにはあった。
そして空に伸びる二柱の柱には二人の男が現れている。方やその長髪を竜の尾のように結んだ若き青年には1。方や竜の角を頭部に持つ荘厳な中年男性には8の文字が浮かび上がっていた。
余りにも突然起こった部屋の変化に誰一人理解が追いつかず、エメレンツはもちろん、巨人ですらその空を見上げてしまっていた。
空に現れた一つの光体は揺れるように動き始め、その動きは徐々に大きく光の軌跡を描き始めた。不規則に動き、ただ揺れているだけなのにその輝きは儚くとも美しい。
「空に描かれし光の軌跡よ。今一度揺れ、再び次元の扉を開け。___『ペンデュラム召喚』!再度蘇れ、俺の竜よ!」
軌跡の中央に巨大な穴が出現し、そこから何かが一筋の光となってこの場に落ちる。大地に降り立った赤い光は竜の姿を取り、その二色の眼を輝かせる。
復活したオッドアイズの背中に乗り、再び巨人へと立ち向かうヒカリ。その光景を見たエメレンツたちは目を驚きで見開く。
「消滅した召喚獣を再度召喚した・・・・・・? そんなこと、そう簡単にできるわけが・・・・・・」
「ヒカリ、君は本当に私達の想像を壊していくね・・・・・・。皆、私達は一輪に集中しよう」
「あの召喚方法、後で聞いてみよっと!」
「うっし!やるわよ!!」
各々が驚きながらも一輪の準備に取りかかる。全員が杖を上に掲げて先端を重ね合わせ、それぞれの魔力を高めていく。
憑依装着で魔力の上限を高め、巨人を確実に打ち倒す一撃を彼女たちは作り始める。
その魔力の高まりから彼女たちに次はないと察するヒカリ。ならば出し惜しみはなし。自分の使える範囲で全てを使う。
「流動を見定める竜脈の魔術師よ!その荘厳なる力で標的を粉砕せよ!手札の貴竜の魔術師を捨て、巨人を破壊する!」
光の柱に浮かぶ竜脈の魔術師が主の指示を受けて杖を掲げると、茶色の魔法陣が巨人を取り囲むように複数出現する。魔法陣から頭をのぞかせた岩の槍が一斉に巨人に襲いかかった。
分離させる隙は与えない。岩の槍が巨人を攻撃している間にヒカリはオッドアイズから飛び降りて、次の手段をとる。
「墓地の貴竜の魔術師の効果により、オッドアイズのレベルを下げることで特殊召喚!そのまま、レベル4のオッドアイズにレベル3の貴竜をチューニング!」
オッドアイズの星を糧に墓地から蘇った貴竜は調和の力を持つ。自身の身体を緑の輪に変え、その中にオッドアイズが駆けていく。身体の内側から現れた四つの星が輝くと、竜の身体に灼熱の炎を宿した。
「シンクロ召喚、モード『メテオバースト』!その効果で、ペンデュラムゾーンの竜穴をフィールドに!続けて、レベル7のメテオバーストと竜血の二体でオーバーレイ!」
呼び出された灼熱のオッドアイズ『メテオバースト』は自身の能力で竜穴を呼び出し、彼と共に出現した宇宙の渦へ飛び込んでいった。
竜穴とオッドアイズが呼び出すのは『水』の力。灼熱から絶対零度へ自身に宿す力をオッドアイズは変化させる。
「エクシーズ召喚、モード『アブソリュート』!」
身体に溶けない氷を纏わせた極寒のオッドアイズ『アブソリュート』が降臨し、部屋の大気が徐々に凍てつき始める。
この低温なら巨人が放つ水の魔術もエレメンツを襲う前に凍らせることが出来るだろう。
準備は整った。後は彼女たちの準備が出来るまで巨人から耐えるだけ。
「アブソリュート、巨人を凍らせるぞ」
ヒカリの指示を受け、オッドアイズは自身に秘めた凍気を巨人に向かって一気に放出する。簡単には凍らない相手だがそれでも動きを鈍くすることは出来る。
風の魔術で一気に巨人との距離を詰めるヒカリ。剣はすでに魔力補強済みで、巨人の足から腰へ一気に駆け上がっていく。
風の刃、降り注ぐ雷は壊れた防具ではもう受け止めきれない。巨人は魔術と巨体から繰り出す攻撃で彼を振り落とそうとするが、オッドアイズによって動きは鈍くなっている。
先ほど剣を突き立てられなかった雷の紋章に、今度こそ剣を突き立てる。巨人から出血はないが、その身体の一部が砂となって身体からこぼれ落ちる。
冷気を何とかしなければ。
そう考えた巨人は標的をヒカリからオッドアイズに変更。持てる最大出力の雷と風を忌々しき竜へと放った。それはまさに必殺の暴雷風。オッドアイズだけでなく後ろに隠れる者たちまで巻き込みかねない。
「させねぇよ。アブソリュートの効果!オーバーレイ・ユニットを一つ使い、相手の攻撃を無効にする!」
巨人が放った風と雷はオッドアイズが一瞬にして形成した氷塊の壁に衝突する。ガリガリと氷が削れる音が響き渡るが、氷塊には割れ目すら付かない。
ならばと無理矢理足を動き、巨人は氷塊にこぶしを叩き込こんだ。鈍くなった身体でもその巨体は健在。放った魔術と共になんとか氷塊を砕こうと必死になっていた。
「そんなにアブソリュートの壁を砕きたいか。なら、望み通りにしてやるよ」
動き出した巨人から飛び降りたヒカリはその必死な様子を見て悪い笑みを浮かべると、右指を鳴らした。すると、こんなに強固だった氷塊は巨人の一撃と共にあっという間に砕け散ってしまった。
唖然とする巨人。砕け散った氷塊の欠片が空中を舞い、その光景はどこか神秘的だ。
だが、突如この場には似つかわしくない猛烈な熱波が巨人を襲った。
「アブソリュートの効果。攻撃を無効にした時、墓地のオッドアイズを復活させる。蘇れ、メテオバースト!」
先ほどアブソリュートへと変化したはずのメテオバーストが効果により復活。そして、そのまま巨人へとメテオバーストが飛びかかる。
勢いよく振り抜いていたことでその体勢は不安定。上から飛びかかってくるメテオバーストに対応することが出来なかった。その高温によって身体は焼かれ始め、必死に振り払おうとするがその両手足をアブソリュートが凍結させる。
動きは完全に封じた。厄介な分離もメテオバーストがその身体を使って無理矢理押さえ込んでいる。
決着の時は遂に訪れた。
「ヒカリ、よくやってくれたわね。後は___」
「「「私達に任せて!」」
熱気と冷気が混ざり合うこの異質な部屋に、四色に輝く巨大な花が咲き誇る。
四人が杖を掲げた先には文字通り『一輪』の花が咲いていた。その美しさに心を奪われるヒカリだったが、見とれている場合ではない。
彼女たちの元に駆け寄り、最後までオッドアイズ達に巨人を拘束させる。
「後は任せた、エレメンツの皆!」
「いくよ、皆!大霊術____」
「「「「一輪っ!!!」」」」
花は彼女たちのかけ声でつぼみへと戻ると、拘束される巨人へと放たれた。四人と四体の合計八人分の魔力が編み込まれたその魔術は最早芸術と言ってもいい。
彼女たちが会得した大魔術は巨人へと直撃し、部屋に大きな衝撃と風を生み出した。
「きゃあああ!!!」
「オッドアイズ!」
救助者の女性が思わず悲鳴を上げてしまうが、ヒカリの呼びかけで全員を守るようにオッドアイズ二体がその衝撃を身体で殺す。
そして衝撃と風が止み、土煙が晴れるとそこには行動不能となった横たわる巨人の姿があった。
様々な危機を乗り越え、ようやくエレメンツとヒカリは勝利をつかみ取った。
「お、終わったぁ~。うへぇ~・・・・・・」
「お疲れ様、ウィン。エリアとヒータ、それにヒカリも」
「ああ。だが、まだ終わりじゃない。ここを脱出するぞ」
「そうしたいんだけど・・・・・・」
「も、もう足が立たないって・・・・・・」
召喚獣達を呼び出す魔力も無く、エレメンツ全員は床に座り込んでしまう。頭では分かっているのに、もう体力もすっからかんで動くことが出来ない。
ふむ、と少し考えたヒカリはオッドアイズ二体をこちらに呼び出した。その冷気と熱気は極限まで抑え、少し冷たい、少し暖かいレベルになっている。
一人ずつ手を取って、慎重に全員をオッドアイズの背中に乗せていく。特に救助者三人は背中から落ちないように、アウス達が持っていたロープで固定する。
アブソリュートにはヒカリと救助者三人が。メテオバーストにはエレメンツ全員が乗り込んだのを確認したヒカリは入り口に向かってオッドアイズ達を走らせる。
「わぁ~!!速い速―い!」
「ウィン、はしゃぐのはいいけど落ちないようにね!?」
「・・・・・・迷宮が構造を変化させる前に走り抜けてるね、この竜」
「はっや!? 通りでヒカリがここまで来るのが速かったのね。そういえばアウス達も結構速かったけど、どうやってあの部屋まで来たの?」
「あ~・・・・・・」
「転がって来たよ!」
「こ、転がる・・・・・・?」
彼女たちが苦戦していた迷宮の変化にオッドアイズはその速度で対応するという力業で何とかしていた。エレメンツの中でもウィンだけなら同じ事が出来るだろうが、複数人で動いていた彼女たちには取ることが出来なかった手段だ。
やっと帰路に就くことが出来た彼女たちは今回の冒険を語り始める。ウィン達が転がってあの部屋までたどり着いたこと。ヒータはその間必死に迷宮を走り回っていたこと。ゴブリンを蹴散らしたこと。そして、巨人とシャドウ・グールが脅威だったこと。
「本当に、ヒカリが来なかったらどうなってたのかしらね」
「ヒータやめて。想像すらしたくない・・・・・・」
「アウスちゃん・・・・・・」
「ゴメン。疲れているから弱気になってるのかも」
「・・・・・・もっと訓練しないとね」
ヒカリがもし来なかったら、彼女たちは想像することすら恐ろしい結末を迎えていただろう。自分たちの力のなさを改めて実感する四人。
人を助けるつもりが、自分たちが助けられてしまった。人を助けるにはもっと力を付けないといけない。
「もっと頑張ろう。四人で強くなろう」
「うん」
「ええ」
「エレメンツ、ファイト!だね!」
彼女たちは全員で強くなることを決意する。その顔に悲壮感はなく、ただ前を向いていた。
救助者とエレメンツの決意を乗せ、オッドアイズ二体は迷宮をついに脱出。太陽の光が祝福するかのように全員を照らしていた。
「___と言うわけで、依頼はこれで完了。で、いいんですよね?」
「はい、確かに。救助された人達はこちらで保護させてもらうわ。本当にお疲れ様」
場所はラメイソン受付。ジュノンとヒカリは依頼完了の手続きを行っていた。本来であればエリアかアウスがこの手続きを行うはずなのだが・・・・・・。
該当する四人はラメイソンの待ち受け椅子で気持ちよく眠っていた。
迷宮から脱出し、ラメイソンに到着するまでは良かった。ジュノンが依頼完了の手続きの書類を持ってきた時には既に四人は夢の世界へ旅立っていた。
流石に起こすわけにもいかず、そのままヒカリが手続きを教えて貰いながら完了させたのだった。
「今回の報酬は弾んでおくってアウスちゃんに伝えておいてね」
「あの、ジュノンさん。一つお願いがあるんですが・・・・・・」
依頼を終え、後は戻るだけところでヒカリは難しそうな顔をしながらジュノンに助けを求める。何かあったかとジュノンは疑問に思うが、ヒカリの意図をその声色から予想した。
「あ、もしかして寝てる皆を起こすのが申し訳ないと思ってる?」
「はい。俺がたどり着くまでにもきっと戦い続けていたんです。今日はゆっくり休んで欲しいから。それに、女性の寝顔を見るのは失礼ですし」
「うーん、そういうものかなぁ? とりあえず私の方で彼女たちを屋敷の寝室まで送っていくから」
「ありがとうございます。では」
そう言って、ヒカリは壊れた武具を持ってラメイソンから走って出て行く。どうやら武具屋の店主に折角作って貰ったのに壊してしまったと、謝罪に行くと言っていた。
武具は壊れる物なのだから、そんなことは余り気にしなくてもいいとジュノンは伝えたのだが、アウスからの贈り物でもあったからとヒカリはクソ真面目に答えた。
苦笑いを浮かべながら、ジュノンは四人を転移魔術でベッドの上へと転送し今回の通常業務を終える。
そして、魔導に所属する者としての特別業務に入る。
ラメイソン内部の自室に戻る廊下の途中___『魔導』の称号を得た者しか入れないゲートを通り、書廊『エトワール』を歩く、
頭上に輝く星を眺めることなくその最奥にある魔法陣を起動させ、ラメイソン頂上へと転移した。
日が差し神々しくきらめく二つの玉座に座る者たちにジュノンは膝をつき、頭を深く下げる。
「君から私達に会いたいというのは珍しいね、ジュノン」
「それだけ何か大きな事があったと言うことでしょうか?」
「法皇様、皇聖様。此度は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます」
玉座に座る男女___黒を基調とした衣服の男性と白を基調とした衣服の女性はジュノンの訪れに少し驚いているようだった。
ジュノンは顔を上げることなく、普段の彼女から考えられない畏まった言葉で、彼らの時間を頂戴していることに感謝の意を伝える。
男性の名は『魔導法皇 ハイロン』。女性の名は『魔導皇聖 トリス』。このプロファシーを治める二人の王である。
魔導という称号はこの二人から与えられるプロファシーの中で最高の名誉。それを与えられているジュノンもまた、トップクラスの実力者である。
「ご報告しておかなければいけない事が一つ出来まして。単刀直入にお伝えします。___二色の眼の竜が現れました」
「___ほう」
「それは・・・・・・」
その内容は、ヒカリがジュノンに見せたオッドアイズの件だった。助けに行きたいという彼の意思をジュノンはオッドアイズを見るまで断る気だった。
だが、オッドアイズとペンデュラム召喚を見た瞬間、ジュノンの背筋は凍り付いた。そして、その力なら何とかなってしまうと確信も持ててしまった。
「ペンデュラム召喚で呼び出された事から、間違いなくオリジナルかと」
「ペンデュラムまで使う、となると、コピー体とも考えにくいか。召喚者は?」
「高屋ヒカリという、異世界から来た男性です。彼自身、あの竜の正体を知っているわけではなさそうでしたが」
「そうか。ジュノン、そのヒカリ君を見守るんだ。もしかの魔術師がまだ彼と接触していないのであれば、竜は彼の力になってくれるはずだ」
「かしこまりました。それでは、私はこれにて」
法皇からの指示を受け、ジュノンは姿を消した。再び二人っきりになったハイロンとトリスは互いに手を顎に当て、先ほどの報告に考えを巡らせる。
「二色の眼の竜。消滅したと聞いていたが、別世界に生き延びていたとは」
「これも、かの魔術師の仕業のなのでしょうか」
「わからない。我々のような若造にはかの者は理解できない領域にいるからな」
ハイロンは玉座から立ち上がり、窓から町を見下ろす。多くの者が生活し、そして未だに広がり続けるこの世界はとても美しい。
異なる世界と繋がり続け、広がり続けるこの世界。魔術を学ぶ者も、この世界に流れ着いた者も万人を受け入れるのがプロファシー。
例えそれが、かつてこの世界を引き裂いたものだったとしても。
「トリス、今は見守ろう。その青年と竜を」
「ええ。どうか青年と竜にも魔導の祝福があらんことを」
法皇と皇聖の言葉はヒカリに届くこともなく、空気に消えていく。
運命の歯車はもう動き始めていた。
戦闘描写難しい