端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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第五話ー後編 夢のようなお菓子な話

 次の日、マドルチェ・シャトー 玉座の間。朝食を済ませ、身支度を調えた五人は膝をつき頭を垂れていた。その先にいるのは王冠をかぶった壮年の女性___マドルチェ国女王 ティアラミスが玉座に座っていた。

 

「お顔を上げてくださいませ。ギルド エレメンツの皆さん」

 

 ティアラミスは聞いているだけで落ち着いてしまいそうな優しげな声でエリア達に話しかけた。その言葉で顔を上げた五人の顔を見て、ティアラミスは笑顔を見せる。

 

「今回は私の依頼を受諾していただき、本当にありがとう。まさかこんな可愛らしい子たちがエレメンツとは。お話に聞いていたとおりね」

「私達のことをご存じなんですか?」

「もちろんよ、エリアさん。ジュノンさんからよくお話を聞いているわ。皆、自慢の妹だってあの方とても嬉しそうに話すんだもの。いつか皆さんにお会いしたいと思っていたのよ」

「それは大変光栄です。ティアラミス様」

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。フフ」

 

 ティアラミスの言葉通り少し気を緩めたヒカリをヒータが背中を杖で突っついて注意する。本人が何を言おうとも、今目の前にいるのは一国の王。失礼があっては絶対にいけない相手。

 だが、そんなわかり彼らのやりとりもティアラミスにとってはとても微笑ましい光景だったようで、笑顔でヒカリを見つめる。

 

「では、今回の依頼について説明しましょうか。___バトラスク、持ってきてくれる?」

「は。既にこちらに」

 

 エレメンツの背後の扉が開き、バトラスクが一つの箱をティアラミスの横へ運んでくる。一メートルほどの青い箱には金の装飾が施され、一目で貴重な物であると認識させる。

 中身は見えないが見たことのないような特別なお菓子が入っていることは想像に容易かった。

 

「本日、我々から使者を一人遣わせますので、エレメンツの皆さんはその子とお菓子達の護衛をお願いいたします。移動手段は馬車を使いますので、皆さんも一緒に乗り込んで頂いても大丈夫ですよ。それから、今日共に行動して頂く使者ですが___」

 

 ティアラミスが言葉を続けようとしたその時、玉座の後ろのドアが開き、一人の女性が現れる。頭部にティアラをのせ、白いドレスに身を包んだ金髪の女性。正装とメイクをしているが、彼女の正体をここにいる全員が知っていた。

 

「・・・・・・昨日ぶりですわね。エメレンツの皆様」

「プリンさん・・・・・・」

 

 昨日であったスイーツショップの店主プリンこと、マドルチェ国次期女王のプディンセスは空っぽな笑みでエレメンツの前に現れる。

 虚しさすら感じる彼女の表情を見て、五人の脳裏に昨日の言葉がよぎる。

 

『わ、私は行きません!こんな腕では、次期女王など・・・・・・』

 

 今回の案件はマドルチェ国の未来を左右するもの。使者という大役に選ばれたのに、プディンセスは自信がないのか辞退を考えているようだった。

 それを幼なじみでもあるマジョレーヌが説得に来たのが昨日の出来事。あの後、急遽店じまいになり、五人は釈然としない気持ちで客室へと戻っていたのだが。

 

(プリンさん、大丈夫なのか?)

「本日はよろしくお願いいたします。プディンセス姫」

「ええ、頼りにしておりますわ。エリア様」

 

 まるで他人行儀のように挨拶をするエリアとプディンセスにヒカリは違和感を覚えてしまう。が、他の誰も異議を唱えないため、一旦その感覚を心の中に仕舞うことにする。

 プディンセスはティアラミスの横に立つと、一瞬だけ現女王への視線を向けた。

 

「今回、プディンセスが次期女王になるための第一歩でもあります。皆さん、どうか娘をよろしくお願いいたします」

 

 玉座から立ち上がったティアラミスが頭を下げると、プディンセスも続くように頭を下げる。エレメンツも膝を付けたまま頭を下げ、その言葉に承諾の意を示す。

 朝の顔合わせが完了し、彼女たちは出発の準備に取りかかることになる。

 門前に再び集まったエレメンツ達。その周辺では多くの使用人達が慌ただしく動き回っていた。

 黒い帽子と軍服のシューバリエは今回の旅で使われる馬を手なずけ、マジョレーヌは馬車の方に魔術をかけて強度を上げる。

 バトラスクとメイド長であるマーマメイドはまだ若手であるシスタルトを始めとした他の使用人に指示を飛ばしていた。

 その光景を見て、ヒカリは今回の依頼に自分が想像するよりも多くの人が心血を注いでいると実感していた。

 

「これは、今回も頑張らないとな」

「そうだよ、ヒカリ。じゃあ皆、今回の陣形を説明するね」

 

 一通り下見が終わったアウスが他のメンバーを集めて、今回の配置を連絡する。今回は馬車に乗り込むと言うことで、ダンジョンを探索するときとは異なる陣形になる。

 気配に敏感なヒカリと風による探知が出来るウィンは馬車の外から護衛。移動の間、二人は馬に乗ることになる。残った三人は馬車の中でプディンセスとお菓子を護衛する形となった。

 オッドアイズを召喚してヒカリはそちらに乗るという案もあったが、馬が怖がってしまうため没となった。

 時間となり、全員が各配置につく。ウィンとヒカリは予定通り用意された二頭の馬にそれぞれまたがって出発の準備を整える。シューバリエが用意した馬は二人に頭を下げた後、自らしゃがんで彼らを背中に乗せた。

 

「ウィンさん、ヒカリさん。どうか、プディンセスのことをよろしくお願いします」

「はい!任せてください、シューバリエさん!」

「ああ、全力を尽くさせて貰う。ヒータ、中は準備できてるか?」

「問題なし!あとはプリンさん・・・・・・じゃなくて、プディンセスさん待ち!」

 

 五人が準備を整え、あとはプディンセスが乗り込むだけ。ヒカリが城のほうをみると、プディンセスと彼女よりも幼い少女が何か話をしているのが見えた。

 少女の名はプティンセスール。プディンセスの実の妹だ。姉に抱きついて、彼女は笑顔で姉を見送る。妹に答えるように笑顔を返すプディンセスだが、やはりその顔に気力は感じられなかった。

 

「お待たせいたしました、皆様。出発いたしましょう」

「プディンセスさん、本当に大丈夫なんだな?」

「ええ。私のことはお気になさらず。では、参りましょうか」

 

 ヒカリの心配の声も今の彼女には届いていなさそうだった。彼の顔を見ることなく、プディンセスは馬車の中へ姿を消してしまう。

 困惑するヒカリだが、今はエメレンツのお手伝いさんとして依頼をこなすだけ。馬の手綱を握り、馬車を進行させた。

 多くの国民達に見守られながら、プディンセス一行はマドルチェ国を出発した。

 

 

 

「しかし、この子は本当に頭がいいな。こちらから指示を出さなくても最適な歩き方をしてくれる」

「本当にそう!すごいね、君たち!」

 

 出発してから約一時間。マドルチェ国特有のお菓子の道から、緑が映える林道を歩く一行。マドルチェ国の国境から外へは一本の橋で渡ることができ、その一カ所しかチケット以外で国内に入ることは出来ないそうだ。

 もっとも、今回のような依頼が無ければ橋が下がっていることはないらしい。

 先ほどから自分たちからの指示がなくても安定して動いてくれている馬たちに、ヒカリは感嘆の声を上げ、ウィンが自分を乗せている馬の頭を撫でると、嬉しそうに声を上げた。

 

「そうでしょそうでしょ!もっと褒めて、だって!」

「流石ウィン、言葉が分かるんだな」

「うん!目的地までこのままお願いね!」

 

 ウィンの言葉に馬たちは鳴き声で答える。ウィンの血筋であれば馬と会話することも簡単なことだろう。昔を懐かしみながら、ヒカリはニコニコと笑うウィンと共に新鮮な空気で満ちる林道を歩く。

 一方、馬車の内部組はと言うと。

 

「プディンセスさんは、どうしてあそこでお店を?」

「その、お恥ずかしい話なのですが・・・・・・意地、ですわ」

 

 プディンセスが持参したお菓子を摘まみながら、ガールズトークに花を咲かせていた。雰囲気も彼女のお店で出会った時と同じような柔らかいものに戻っており、四人には笑顔が浮かんでいた。

 アウスがなぜ一国のお姫様が城ではなく、自分の店を持っていたのかを聞くと、プディンセスは苦笑いを浮かべながら『意地』と答えた。

 

「昔からお菓子作りは好きでしたの。王族としても、一個人としても。そして、それを多くの人に食べて貰うことが、私の夢でした」

「いい夢じゃないですか。だから城を出て店を構えていた、と」

「ええ。でも、現実はそう甘くなかったのです。私がお菓子を作っても、誰も手に取ってくれなかった。美味しければ地位や立場など関係なく、きっと誰かが気づいてくれると。そううぬぼれていたのですわ」

 

 自身の夢に突き動かされ城を飛び出したお姫様を待っていたのは、非情で合理的な現実だった。

 いくら彼女が腕によりをかけてお菓子を作っても、その輝きは誰にも見られることはなかった。国民が彼女を無視している訳ではない。だが、その『どこかの誰か』が作ったお菓子に価値を見いだす者はいなかったのだ。

 

「お恥ずかしながら、お店を開いてからリピーターを獲得したことはありませんの。私のお菓子は食べてもらえたとしても、もう一度足を運んでもらえる物ではない。そう突きつけられているようで。でも、明日には、明後日にはきっと。そう期待して、早数ヶ月。結果は、あの有様でした」

「プディンセスさん・・・・・・」

「わかっていますの。味だけではいけないと。でも、その味で自分を見てくれる方を私は探していたのかもしれませんわね。・・・・・・エレメンツの皆様、私を見つけてくれて感謝いたしますわ」

 

 そんな中来店したエレメンツ。自分のお菓子を食べて笑顔を浮かべた彼女たちの姿は、プディンセスにとって救いになっていた。

 それと同時に、愛する国民には彼女たちのような笑顔を届けられなかった事実がより彼女を締め付けていた。

 エリア達に頭を下げたプディンセスの顔はやはり悲しそうな笑顔で、何とかその悲しみを取り除いてあげたいとヒータは考える。だが、やはり現実の壁はとても高かった。

 

「皆様は凄いですわね。私よりも若いのに皆がしっかり現実を見て活動していらっしゃる。私も見習わないといけませんね」

「へ? プディンセスさん、いくつなの?」

「私、こう見えても成人ですのよ。実は皆様よりお姉さんなのです」

 

 その可愛らしい外観からは予想できない年齢を告げたプディンセスを、ヒータは思わず凝視してしまう。エリアとアウスも顔には出さないが、その年齢は予想できなかった。

 ヒータの反応が面白かったのか、プディンセスはいたずらな笑みで言葉を続ける。

 

「プディンセスお姉さん、と呼んでもよろしくてよ、ヒータさん?」

「い、いやぁ、流石にお姫様をそんな風に呼ぶのは・・・・・・」

「冗談ですわ。とにかく、本日はよろしくお願いいたしますね。どうか我が国の発展のために力をお貸しください」

 

 プディンセスの顔つきが店主から一国の姫へと変わり、改めて目の前の少女達に頭を下げる。エメレンツに事情を話したことで多少整理がついたのか、その瞳は出発前とは異なり、国の未来を見据えていた。

 本来のプディンセスの姿を見て三人は改めて気を引き締める。ここから先、お菓子だけでなくプディンセスの身柄を拘束するために襲いかかってくる者もいるかもしれない。そうなってしまったとき、すぐに対処できるように各自杖を握りしめる。

 そんな年下の彼女たちの姿を見て、プディンセスは頼もしく感じると同時に、自分が世間知らずの姫であることを実感してしまう。自分が同じ歳だったころ、ここまで誰かのために真剣になったことなどなかったから。

 

(国の外は、本当に広いのですわね。私も、彼女たちのように強くならねば・・・・・・)

 

 各々の決意を乗せて馬車は目的地へと順調に向かっていく。身構えていた三人も時間経過と共に警戒を少しずつ緩め、プディンセスもまた再び彼女たちとの会話を始める。

 エメレンツが今までして冒険してきた場所のこと。プロファシーのこと。彼女たちが今どんな生活をしているか等。

 プディンセスにとってはどの話題も興味が尽きないものばかり。楽しく、時に驚きながら彼女たちの話に心を躍らせた。

 そうして一時間ほどが経過したとき、馬車の動きが止まった。

 

「あら、もう到着したのかしら。それでは皆様、行きましょ___」

「プディンセスさん、ここから動かないでください」

 

 目的地に到着したと『勘違い』したプディンセスを止め、アウスは笑みを消してそう指示する。そして、安全を確認するように馬車の外を確認した。

 

 

 そこにあったのは『お菓子の国』だった。

 

 

 確かにお菓子の国ではあるが間違いなくマドルチェ国ではないこの場所。住民はおらず、地面は全てホイップクリームのように真っ白。クリームを突き破るように下から生えている無数のフォーク。見上げると茶色の空からチョコレートが垂れており、キャンディやクッキーが宙を舞っている。

 そしてひときわ目立つ、空を貫くようにそびえたつホットケーキの塔。重ねられているケーキは十、二十どころではない。今の場所からでは頂上を見ることも出来なかった。

 明らかな異常事態。アウスは馬に乗っていた二人に声をかけ、状況を整理する。

 

「ウィン、ヒカリ。何があった?」

「結論から言うと、俺たちにも分からない。一瞬で世界がこうなった」

「さっきまでは本当に林道を歩いていたんだよ!?」

 

 ウィンもヒカリも理解が追いついていないようで、お互いに目を白黒させながらなんとか状況を報告する。

 一旦二人を馬車の中に入れ、現状確認もかねて全員で作戦開示を始めることにした。

 

「エリア、この空間について何か分かったかい?」

「___一種の結界だと思う。でも、規模が大きすぎる。文字通り異世界を作り上げたようなものだよ、これ」

 

 まず周囲の環境を魔術で探っていたエリアからは、この場所が巨大な結界の中だと説明される。この状況は、どこかの遺跡に迷い込んだわけでもなく、何者かが作り上げた結界に入り込んでしまったようだった。

 だが、それ以外が何も分からない。誰が、何が目的で、どうしてここに、結界を張っているのか。

 

「ひとまず周囲を探索しない? 情報が無いとこれからの方針も決められない」

「俺もヒータに賛成だ。今のままじゃ、敵の思うつぼだ」

「そうだね。プディンセスさんとお菓子を守りながら、この世界を探索することにしよう」

 

 この場でじっとしていても何も分からないし、何も始まらない。元の世界に戻るために、一行は二手に分かれることにした。

 この馬車に残り、お菓子とプディンセスを守る護衛班はヒータ、ウィン、アウス。

 周囲を探索し、原因を突き止める探索班は魔術解析が得意なエリアとオッドアイズ召喚による機動力があるヒカリが務める。

 プディンセスに不安をなるべく抱かせないように、五人は直ちに自分たちの役割に従って動き始めた。

 その時、今まで唇を噛んで一言も発しなかったプディンセスが意を決したように声を上げた。その内容は五人が予想にもしていないものだった。

 

「あ、あの!私も外に連れて行って頂けませんか!?」

「それは危険すぎます。貴女に何かある選択肢は、私達は出来ません」

「それは分かっています!でも、私も皆様のお力になりたいのです!」

 

 共に探索に行くと言い始めるプディンセスに、エリアは即座にその申し出を断る。彼女の言うとおり、護衛対象であるプディンセスを外に出すという選択はあり得ない。

 少なくとも周囲の安全が確保できるまでは、彼女を外に出してはいけない。

 プディンセスの訴えは直接心に響くものだったが、罪悪感を覚えながらもアウスとウィンは彼女を再度座らせる。

 

「なるべく早めに戻るようにするね。ヒカリ君、行こう」

「プディンセスさん、少しだけ待っていてくれ」

 

 自分の無力さに打ちひしがれるプディンセスを背に、エリアとヒカリは馬車から可笑しな世界に足を踏み入れる。

 クリームの地面は見た目通り非情に柔らかく、どこもトランポリンを乗っているかのように身体が跳ねる。不慣れな足場で体勢を崩しながらも、ヒカリは腕輪を起動させ、カードを引いた。

 

「『決闘(デュエル)』。俺はスケール2の賤竜の魔術師とスケール8の竜穴の魔術師をペンデュラムスケールへ。___ペンデュラム召喚!来い、オッドアイズ!」

 

 慣れた手つきでカードを使い、チョコレートで閉ざされた空に光の軌跡が出現する。描かれた軌跡は空に穴を開け、その中から二色の眼の竜が降り立った。

 ヒカリの召喚獣 オッドアイズは二人へと近づき、乗れと首を低くして背中を差し出した。最初にヒカリが飛び乗り、上からエリアに手を伸ばす。

 

「エリア、しっかり捕まっていてくれ」

「う、うん!よろしくね、ヒカリ君、オッドアイズ」

 

 遺跡で見せた超スピードではなく、エリアを落とさない程度の速度でオッドアイズは走り始める。柔らかい地面にも苦戦することなく、いつも通りに走るその姿にエリアは笑みを浮かべた。

 アウス達と魔術で通話を繋げながら周囲の様子をうかがう二人。周囲のどこを見てもお菓子だらけの空間で、生命の息吹は感じられない。

 となると、やはり怪しいのは中央にそびえ立つ塔だ。警戒をより強め、オッドアイズの進行方向を塔へと変更する。

 

 そしてまたしても突然変化は訪れた。

 

 オッドアイズの前に二つの巨大な魔力の塊が出現すると、お菓子の生地を練るかのように蠢くと二体の獣へと姿を変えた。

 一体は全身をチョコレートでつくられている鋭い爪と牙を持つ二足歩行の獣。

 もう一体は全身がアイスでつくられ、その身にワッフルコーンの鎧を纏う四足歩行の獣。

 どちらもその場を動こうとしないが、こちらをにらみ『この先へは行かせない』とヒカリとエリアに伝えているようだった。

 

「見た目はなかなか可愛らしいが、実力はそうはいかなさそうだ。どうする、エリア」

「なるべく戦いたくないけど……この先に結界の秘密があるのなら、逃げるわけにはいかないね」

 

 一度戻り全員で戦うという手も考えたが、もし同じような獣がプディンセスとお菓子を襲ったら守り切れる自信は無い。それほどの実力だとエリアはそう判断した。

 下に降りれば足を取られる。エリアはオッドアイズに乗りながら杖を振るう。

 

「ヒカリ君、お願い!」

「オッドアイズ、いくぞ。エリアを落とすなよ!」

 

 オッドアイズが主からの指示を受けると、咆哮を上げて獣たちへ走り始める。停止していた状態から一瞬でその巨体に速度を乗せ、獣たちの眼前へと迫った。

 エリアはオッドアイズの背中にしがみつき、獣たちの前で停止したタイミングで勢いを殺すことなく飛び出した。

 

「バイド!」

「任サレマシタ、マスター!」

 

 杖から呼び出された憑依覚醒状態のバイドは、アイスの獣に雷と拳を叩き込む。オッドアイズの速度も乗った雷鳴のごとき一撃は、獣たちに反応させる隙も無く、この空間に爆音を鳴り響かせた。

 すぐさま巨大化したバイドはエリアを抱きかかえて、獣たちの距離を離す。

 アイスの獣へと駆け寄ろうとするチョコの獣に、今度はオッドアイズが襲いかかる。走っている間に体内にエネルギーを溜め込み、目前のチョコの獣に向けて射出。それによって二体の獣の間は更に空いた。

 だが、その見た目に似合わず身体は頑丈なようで、オッドアイズの一撃を受けてもチョコの身体に傷はついていなかった。

 

「オッドアイズの一撃でも、ほとんど外傷なし、か。本気でやらないと突破できなさそうだな」

「バイド、見た目に惑わされないで。この子達、相当強いよ」

「エエ、油断ハシマセンノデ」

 

 互いに背中を任せ、目の前の敵に集中するエリアとヒカリ。獣たちに敵対者として認識された以上、この場から逃げることは出来ないだろう。喉を鳴らし、自分たちを獲物として睨むその目からは明確な敵意を感じられる。

 アイスの獣が地面を叩く。その瞬間、クリームの床は凍結し、オッドアイズとバイドの足を固めてしまった。オッドアイズにとって一番の武器である機動力を先ほどの経験から察知し封じ込める。

 バイドの怪力でも拘束する氷を砕くことは出来ない。殴りつけても一瞬だけひびが入るとすぐさま修復される。

 動きを封じた獣たちは凍った大地を蹴り、獲物へと襲いかかる。直線的で攻めるのではなく、エリア達の周囲を走り、いつ襲いかかってくるのかを読ませない。

 

「バイド!」

「コレハ、時間ガカカリソウデスネ」

「エリア、バイドと自分を守る事を優先してくれ。俺がやる」

 

 動けなくなったオッドアイズから飛び降りると、ヒカリはチョコの獣に向かって走り始めた。地面が固くなったことを逆手にとり、自ら動いて迎撃に入る。

 ブーツと地面の間に魔力を挟むことで摩擦を生み出し、普段と変わらない動きで地面を駆け、直して貰った剣を引き抜く。

 先ほど獣たちを可愛らしいと言っていたはずの彼の顔から感情は消え、ただ前にいる敵対者を切る冷徹な目をしていた。

 チョコの獣が腕を振り上げ、ヒカリはその腕を狙って剣を振り抜いた。既に魔力補強は施している。金属さえ切り裂くその一閃は、獣の腕を空高く跳ね飛ばす。

 切口からチョコを噴水のようにまき散らす獣。だが、叫び声を上げることなく、無くなった腕をそのまま振り下ろす。

 嫌な予感がしたヒカリは咄嗟に防具に魔力を纏わせ、その直後一瞬のうちに復元した獣の腕の一撃をもろに食らってしまう。

 

「・・・・・・っ。再生が速すぎるな。一撃で葬らないといけないタイプか」

「ヒカリ君、大丈夫!?」

「俺のことはいい!自分とバイドを守ってくれ!」

 

 ヒカリを心配するエリアだったが彼の言葉通り、次は彼女の番だった。アイスの獣は大気を凍らせて氷の槍を無数に生成。一斉にエリアとバイドへと発射する。

 主人を守る事が出来ないことを不甲斐なく感じながら、バイドは両腕をクロスさせ、エリアは水の防壁をバイドと自分の前に二重に展開する。

 最初の数本は防壁に勢いを殺され、そのまま姿を霧散させるが、徐々に防壁が凍てつき始める。十本を受け止めたところで防壁は完全に凍り、残った槍が実態を得た壁を完全に粉砕する。

 

「バイド、一回杖に戻って!」

 

 バイドを守るために、強制的に杖に戻したあと、体勢を低くしてなんとか槍の嵐を躱すエリア。だが、残った槍は動けないオッドアイズへと襲いかかり、その身体を容易く貫いた。

 召喚獣が消滅したことによりヒカリの生命力が削られるが、その不気味な感覚を気にすることもなく彼はチョコの獣に再度立ち向かう。

 

(再びペンデュラム召喚するにはまだ時間がいる。あっちの獣はエリアと相性最悪。今度足を凍らされた終わり。状況が悪すぎるな)

 

 引いたカードを再度確認する。手札には『貴竜の魔術師』と『スケープ・ゴート』の二枚。今はその場しのぎしか出来ない。

 

「貴竜の魔術師を召喚!貴竜、その炎でエリアに助力してくれ!」

 

 ステータスは頼りない貴竜の魔術師だが、今はその炎の力が必要。苦戦するエリアのもとへと向かわせ、自分はスケープ・ゴートをセットする。

 スケープ・ゴートは四体の羊を生み出すカード。これを使えば、四回の攻撃は防ぐことが出来るはずだ。一旦、エリアに助力することは貴竜の魔術師に任せ、目の前のことに集中する。

 勢いを付けヒカリはチョコの獣の身体に飛び乗る。地面で戦えば、アイスの獣が先ほどの凍結攻撃を行ってくる。一撃でも食らえば終わりなら、当たらない場所で戦えばいい。

 飛び乗ってきた獲物をその爪で切り裂こうとするチョコの獣だが、巨体の戦いに慣れているヒカリの動きを捕らえることは出来なかった。ヒカリはすぐさま背後に回り込み、その剣を獣の身体に突き刺す。

 切るのではなく、えぐるように剣を突き立てると、再び獣の身体から噴水のようにチョコが吹き出した。チョコの飛沫を浴びるヒカリは淡々と毒性がないことを確認し、攻撃を続ける。

 獣から痛みの叫びは聞こえない。なら、標的が動かなくなるまで攻撃を続けるだけだ。淡々と確実にダメージが入るようにヒカリは動き続ける。

 一方、エリアの元に貴竜の魔術師が駆けつけ、戦局を五分五分まで戻す。貴竜はエリアの足下を炎で溶かして機動力を回復させると、アイスの獣が放つ氷の槍に火炎弾をぶつけてその温度を上げた。

 完全に相殺とはいかないが、炎を浴びた槍であればエリアの防壁を凍らせる温度はない。エリアは攻撃を受け止めながら、憑依装着を発動する。

 

「バイド、魔術師さんが攻撃を和らげてくれている。一気に葵で決着を付けよう」

『エエ、私モ全力デ魔力ヲ送リマス』

 

 杖に魔力を収束させ、『水霊術―葵』の準備を整えるエリア。炎で援護してくれている貴竜と彼女をこちらに回してくれたヒカリに感謝しながら、アイスの獣の冷気に耐えて好機をうかがう。

 

(あの獣だって何時までもこの冷気を出せるわけじゃないはず。狙いは冷気が途切れたその瞬間!)

 

 結界内の魔力は潤沢でも、獣が攻撃を永遠に続けるのは不可能と読んだエリア。僅かに冷気の勢いが緩んでいることを感じ取り、その時を待ち続ける。

 攻撃を続けても炎と水の防壁で捌かれている事実を前にして、アイスの獣は現状を続けても意味が無いと判断。一度攻撃をやめ、自身の最大火力で敵対者を凍結させることにした。

 そしてその瞬間は、彼女が待ち望んでいたものだと知る由もなく。

 獣の魔力の高まりと攻撃が止んだ一瞬をエリアは見逃さない。炎で溶かして貰った地面を全力で蹴って獣へと走り始める。

 憑依装着は既に実行済み。バイドの力を借りたその身体は弾丸のように獣へと接近し、魔術の射程距離に入る。魔法陣を自身と獣の目前に展開し、蓄積した魔力を一気に放出する。

 

「水霊術―葵っ!」

 

 巨大な水球がアイスの獣を飲み込む。獣が内部から凍結させる前に、エリアの魔術は獣から魔力を奪い、そのまま活動を停止させる。

 バシャリと水がはじける音と共に水霊術が消滅すると、アイスの獣はその身体を溶かして地面に広がった。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

「エリア、そっちも終わったみたいだな」

 

 確かに自分たちから戦いを挑んだ。それでも、獣の命を奪ってしまった事実はエリアに影を落とす。もう届かない謝罪の言葉をつぶやくと、チョコまみれになったヒカリが後ろに立っていた。

 チョコの獣も同様に身体を保つことが出来なくなったようで、ヒカリの後ろには大きなチョコ溜まりが生まれていた。激戦を制した後だというのに、その息は全くあがっておらず、ヒカリは何事もなかったかのようにエリアに話しかけた。

 

「お疲れ様、ヒカリ君。その、水で洗おうか?」

「ああ、頼む。毒性はないみたいだから、かかっても一応大丈夫だ」

 

 ホースで水をまくように、杖から水を放出してヒカリに付いたチョコを落としていく。時折身体を震わせる動物のような彼の姿を見て、エリアの顔に笑みが戻る。

 ずぶ濡れになった身体を貴竜の魔術師の炎で乾かしながら、ヒカリは周囲の警戒を再開する。

 獣たちは撃退したが、周囲に変化はない。脱出の手がかりは、目の前の塔にあるとエリアは確信する。早速、アウス達に通話を繋げて情報共有を行う。

 

「___アウス? 聞こえる?」

『聞こえてるけど、今それどこじゃないかもっ!!』

「何があったの!?」

 

 杖から聞こえてきたのは、焦りの色が見えるアウスの声と激しく揺れる馬車の音。そして、不定期に聞こえてくるプディンセスの悲鳴だった。

 向こうが緊急事態だと理解したヒカリはすぐさまペンデュラム召喚を行い、消えていたオッドアイズを呼び戻す。すぐさま竜の背中に飛び乗り、先ほどと同様にエリアに手を伸ばした。彼の手を取ろうと、エリアが手を伸ばした時、ヒカリは手を引っ込めてしまう。

 

「ヒカリ君?」

「・・・・・・あいつら、不死身なのか」

 

 ヒカリが見つめる先には、先ほど二人が倒した獣の残骸。だが、命を失ったはずの液体たちはカタカタと震え始め、再び魔力と生命を持つ獣へと変わろうとしていた。

 何が復活の条件なのか、今のヒカリとエリアには考える時間が無い。だが、対策をしなければ再び獣たちが襲ってくることは確実だろう。

 

「エリア、すまないがバイドと一緒に向こうに合流してくれ」

「却下します」

「へ」

 

 ヒカリが真剣に提案するが、エリアはすぐさまその案をぶった切った。呆気に取られる彼を横に、憑依装着で身体能力を強化している跳躍でオッドアイズの背中に飛び乗る。

 そして全てお見通しだと言わんばかりに、エリアは呆れた顔でヒカリの考えを見抜く。

 

「どうせ、ここは自分が、とか言おうとしたんでしょ? 貴方はエレメンツのお手伝いさんです。単独行動は避け、私達の依頼に付き合うのが第一のはずだけど?」

「だが、獣たちがまた襲ってきたら___」

「その結果、君がいなくなったら意味ないでしょ!? ヒカリ君がいなくなったってプディンセスさんが知ったらどう思うか想像して!」

 

 遺跡の時と同じく、自分一人で足止めをしようとしていたヒカリ。自己犠牲の精神が強すぎる彼の思考パターンをこの短期間で理解してしまったエリアは、残される者達の気持ちを代弁するように思いをぶつけた。

 瞬間、ヒカリの脳裏にエメレンツやプディンセス、そして自分を『兄』だと慕ってくれていた人物達の顔が浮かび上がり、身体から余分な力が抜けた。

 

「・・・・・・そう、だな。すまない、エリア」

「いいよ。オッドアイズの速さなら皆の所まですぐに行けるよね。お願い、ヒカリ君!」

「しっかり捕まっててくれ。いくぞ、オッドアイズ!」

 

 二体の獣が復活する前に、ヒカリとエリアはオッドアイズに乗ってこの場を後にする。遺跡を駆け抜けたオッドアイズの全速力は凄まじい風を生み出し、背中に乗るエリアは思わず顔を下げる。

 先ほどまで目の前でそびえ立っていた塔はいつの間にか小さくなり、気がつけば出発地点付近まで戻っていた。

 

「あれか。エリア、確認できるか?」

「う、うん。・・・・・・なに、あれ」

 

 オッドアイズの速度を落とし、ヒカリの声で再び顔を上げたエリアが目にしたものは、全身がクリームで出来た羊型の獣と、一回り大きなアイスケーキの怪物。

 クリームの獣は宝石のような色とりどりのキャンディを身体にちりばめ、その角はチョコのドーナッツで出来た鋭い牙を持っており、先ほど二人が遭遇した獣たちと同族だと予想できる。

 だが、問題はもう一体の怪物。もはや獣の形をしておらず、強靱な腕はキャンドルキャンディとイチゴ。両肩はストベリーアイスとホイップクリームで。頭部にはアイスにイチゴにクリームととにかくイチゴまみれでカロリー爆弾。

 そしてそんな可愛らしい物を全てぶち壊すような、凶悪そうな赤い目と大きな口が胴体に付いている。文字通り『怪物』と呼べる存在。

 そんな二体が追いかけるのは、爆走するマドルチェ国の馬車。馬にはウィンが騎乗しており、涙目になりながら二頭に必死に指示を出している。

 怪物二体には風の魔術を纏ったヒータ一人が必死に火球をぶつけているが、多勢に無勢。彼女一人だけでは殆ど効果が無いように見える。

 

「ヒカリ君!」

「ああ」

 

 オッドアイズをすぐさま馬車の方角へと走らせ、ヒータ達に加勢に入るエリアとヒカリ。馬車と並走するようにオッドアイズを走らせると、その姿を見たウィンに少しだけ余裕が生まれる。

 

「ヒカリ君!エリアちゃん!戻ってきてくれたんだね!!」

「遅れてゴメン!ウィン、私にも風の魔術を!」

「う、うん!アウスちゃん、私の杖取って!」

 

 荷台からウィンの杖が差し出され、手綱を片手で持ちながら受け取ったウィンは直ちにエリアに風の魔術を行使する。すると、彼女の身体が緑の風に包まれて空中を移動できるようになる。

 オッドアイズの背中から飛び出し、すぐさまヒータの横に移動するエリア。エリアの到着にヒータは頬をつり上げる。

 

「遅くなってゴメン!」

「じゃあ、遺跡で遅れたのはチャラにしといて!いくわよ、エリア!」

 

 二人が立ち向かう中、ヒカリはオッドアイズに馬車の周辺を走らせ、羊の獣の接近を防ぎつつ、荷台から顔を出したアウスとウィンに状況を確認する。

 

「エリアとヒカリが塔の調査に向かった後、この辺り周辺を私達も調査していたんだけど、突然あの二体が馬車に襲いかかってきたんだ」

「羊さんは一回ヒータちゃんが退治したんだけど、時間が経ったら元に戻ってて。そうしたら、あのケーキのお化けさんも出てきて・・・・・・」

「ウィンの方で対話は出来なかったのか?」

「それが、できなかったの。分かったのは、お化けさんが『オカシ、オカシ』って言っているだけで・・・・・・」

「つまり、こいつらの狙いはマドルチェ国のお菓子、か」

「そ、そんな!」

 

 荷台からプディンセスの声が上がるが、激しい揺れで再び聞こえなくなってしまう。とりあえず、この獣たちの目的が護衛しているお菓子であることは予測できた。

 どんな理由があったとて、護衛対象を易々と渡すわけにはいかない。再び敵を切る瞳に戻ったヒカリはクリームの獣を標的に見据える。

 

「ヒカリ君、このままだとこの子達も体力が尽きちゃう!なんとか羊さんを止めて!」

「任せろ」

 

 再び戦闘態勢に入るヒカリ。オッドアイズを馬車から離すと、クリームの獣に向かって走らせる。先ほどの獣同様、この獣も見た目で判断してはいけない強さと倒しても復活するしつこさも持っているはず。

 今この場で倒してもまた自分たちに襲いかかってくることは確実だ。ならば、倒す以外の方法で無力化する。

 腕輪から新たにカードを引いて内容を確認すると、そこには渦の中にオッドアイズのシルエットが浮かび上がっている緑色のカード。それはヒカリが望んでいたカードだった。

 

「魔法カード 『オッドアイズ・フュージョン』発動。貴竜の魔術師とオッドアイズを融合する!」

 

 『オッドアイズ・フュージョン』はその名の通り、融合召喚を行うカード。カードから出現した神秘の渦に貴竜の魔術師とオッドアイズが飛び込むと、二体の身体は輪郭を無くして一つに混ざり合う。

 その瞬間、一際眩しい光が世界を照らすと強烈な風がヒカリの周囲に吹き荒れた。

 

「融合召喚、モード『ボルテックス』!悪いが世界の端まで吹っ飛べ」

 

 渦の中から現れた緑色のオッドアイズは身体に風と雷を纏わせてこの世界に降臨すると、猛烈な突風でクリームの獣を吹き飛ばした。獣の姿はあっという間に小さくなっていき、そのままどこかへ消えていった。

 破壊するのではなく、転移させて獣を無力化する。最適解をすぐさま導き出して戦闘を終了させたヒカリは浮遊できるようになったオッドアイズの背中に飛び乗って、ヒータとエリアの元に向かう。

 

「これ、本当に攻撃効いてるの!?」

「魔力奪っているはずなのに、全然動きが鈍くならない!本当に生き物!?」

 

 ヒータもエリアも両者困惑の声を上げる中、ヒカリは合流する。先ほどから二人が攻撃を加えているはずだが、目の前の怪物には傷すら付いていない。

 その大振りな動きでは二人に攻撃を当てることはできないが、二人の攻撃も怪物には効かない。炎で焼かれようとも、魔力を奪われようとも、何事もなかったかのように攻撃を続けてくる。

 

「ヒータ、エリア。一旦俺に任せてくれ」

 

 二人の背中を抜き、オッドアイズは周囲に複数の雷を発生させて一気に放出。ヒカリもワンテンポ遅れてオッドアイズの背中から飛び出して、怪物の手の甲に飛び乗る。

 回避することもない怪物はそのまま雷をその身に受けて、動きを鈍らせる。その隙をつくようにしてヒカリはその巨体を駆け上がる。

 怪物がヒカリを落とそうと暴れるが、彼にとっては妨害にすらならない。ひたすらクリームの身体を駆け上がり、遂にその頭部に到着する。そして剣を抜き、頭部に突き立てようと___。

 

「・・・・・・は?」

 

 目の前に爆睡している少女の姿を見て、ヒカリは思わず動きを止めてしまった。

 頭部に乗っていたストベリーアイスとクリームは赤髪の少女の寝具となっており、ヒカリの存在など気づくこともなく、ただ気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 殺気を一気に奪われ、ヒカリは戦闘態勢を解いてしまう。その直後、怪物の大きな動きで頭部からはじき出され、地上へと落下し始める。

 

「オッドアイズ!」

 

 呼び声を聞いて、すぐさまオッドアイズはヒカリを背中で受け止めると怪物から距離をとる。落下してきたヒカリを見てヒータとエリアが心配そうに近づく。

 

「ヒカリ大丈夫!?」

「ああ。・・・・・・いや、大丈夫じゃないかもしれない」

「ヒカリ君がそんなことを言うなんて・・・・・・。何があったの!?」

「あの怪物の頭部に、爆睡している女の子がいた」

「「ハイ?」」

 

 頭を打ったのかと別の心配をしそうになるヒータと思わずポカンとしてヒカリを見つめてしまうエリア。だが、彼の表情は嘘を言っているようには見えず、思わず二人は頭を抱え込んでしまう。

 

「女の子がいるのはまだ分かる。多分こいつらの召喚者なんだろうなって予想できるから。問題は・・・・・・」

「なんで眠っているのか、っていうことだよね。起こしたら話を聞いてくれるかな・・・・・・?」

「そもそも起きるのか? あの怪物がここまで暴れているのに、文字通り爆睡していたぞ。あの子」

 

 何故戦闘中に寝ている見知らぬ女の子の話をしなくてはいけないのか。その問いに答えてくれる者は誰もいない。

 怪物の攻撃を避けながら、とりあえずウィンとアウスと合流して対策を立てることにした三人。幸い、怪物の動きはそこまで速くない。クリームの獣に追われていたときよりも遅い速度で馬車を走らせることが出来る。

 オッドアイズに怪物の動きを誘導させつつ、三人は一度馬車に戻った。

 

「___というわけなんだが」

「ヒカリが言っていることとこの状況を考えるに、恐らくこの世界はその女の子の『夢の世界』だろうね」

「夢の世界? じゃあ、その子が見ている夢が現実になっちゃったってこと? アウスちゃん」

 

 常識的な範囲で馬を走らせながら、エレメンツの作戦会議はスタートする。状況を聞いたアウスは見聞から得ていた『夢を現実にする』魔術の存在を共有する。

 常識外れな世界観と獣たち。獣たちを修復できる大量の魔力。それが術士の夢であれば一応納得は出来る。

 だが、問題は解決策が明確でないこと。ウィンが聞いた怪物の言葉から護衛中のお菓子を狙っていることは間違いないのだが、もちろん渡すことなど出来はしない。

 

「夢でもお菓子でいっぱいの世界を見ちゃうってことは、その女の子はお菓子が大好きなんだね!」

「ですが、このお菓子は我が国の特別な物。差し上げるわけにはいきませんわ」

「・・・・・・じゃあ、プディンセスさんが作ったお菓子をあげるっていうのは、どう?」

「それいいじゃない!プディンセスさんのお菓子なら満足すること間違いなし!」

「わ、私の!?」

 

 ウィンの何気ない言葉がアウスに解決案をひらめかせる鍵となる。護衛中のお菓子を渡すことは出来なくても、それ以外のお菓子なら。

 そしてここには、エメレンツを虜にしたお菓子を作り上げたパティシエがいる。条件は既に満たされていた。

 全員から期待の目で見られるプディンセスだったが、その表情は暗い。彼女の胸に浮上するのは、自分の品物が誰の手にも渡らないあの虚しさ。

 

「私のお菓子では、きっとそのお方も満足などされないと思いますよ。国民ですら笑顔に出来ない物ですから」

 

 思わず漏れてしまう卑下する言葉。理由や理屈ではない、心から零れてしまう言葉に、エレメンツたちは各々の意見を口にした。

 

「でも、私達はプディンセスさんのお菓子で笑顔になれた!私、プディンセスさんのお菓子大好きだよ!」

 

 ウィンは眩しい笑顔で純粋に好意を伝え、

 

「プディンセスさんのお菓子が売れなかった理由は味では無いと思います。広告、需要、いろんな理由があった。それだけです。その腕前を信じてください」

 

 アウスは現実的な面から事態を解析し、プディンセス自身の腕を高く評価した。

 

「プディンセスさん、お願いです。今この状況を打破するには、貴女の力が必要なんです。力を貸してくれませんか?」

 

 エリアはまっすぐな目でプディンセスに助けを請い、

 

「大丈夫!もしその子がプディンセスさんのお菓子を気に入らなかったら、気に入るまで食べさせてやるんだから!」

 

 ヒータは突拍子もない。だが、プディンセスの腕を信頼して彼女に手を差し伸べる。

 

「皆様・・・・・・」

「俺からも頼む。悔しいことに、俺の手助けだけじゃ誰も傷つかない結末にはならない。皆が笑顔になるそんな結末。プディンセスさん、貴女と共に掴みたいと思っている」

 

 ヒカリもプディンセスに頭を下げる。ただ敵を倒すのではなく、皆が笑顔になる結末をエレメンツが望んでいるのであれば、それを叶えることが今の手伝い。

 五人からの言葉と寄せられる信頼。後に一国を背負うことになる姫は、そこから目をそらすことなど出来なかった。

 思い出してしまう重く苦い記憶。その闇から彼女たちの手を借りて、一歩踏み出す。

 

「・・・・・・わかりましたわ。皆様の信頼を裏切ることなど、私のお菓子を美味しいとおっしゃってくれた皆様のお願いを断ることなど、一国の姫としても、一人のパティシエとしてもできませんわ!!」

 

 立ち上がったプディンセスの瞳に光が宿る。その姿を見たエレメンツたちは全員笑みを浮かべた。後はプディンセスのお菓子を怪物の頭部に届けるだけ。

 だが、そんな時に障害は再び発生してしまう。

 エリアとヒカリを追ってきたチョコレートとアイスの獣。そして、その二体とは別方向からクリームの獣がこちらに向かって走っている。

 馬車を引く馬の体力も底が見えてきている。残された時間はあと僅か。

 

「アウス、指示をお願い!」

「了解。ウィンは引き続き馬車の操縦をお願い。アイスはヒータ、チョコレートは私、クリームはエリアが足止めする。ヒカリ、君はオッドアイズで女の子にお菓子を届けてくれ」

「ラジャー!」

「かしこまりっ!」

「わかった!」

「大役だな。任された」

 

 ウィンは馬車の操縦に専念し、怪物から逃走を続行。ヒータ、アウス、エリアは追ってきた三体の獣の足止め。そしてヒカリはプディンセスのお菓子を運ぶ大役を任される。

 全員が頷き作戦を開始する前に、アウスはもう一人に指示を出す。

 

「プディンセスさん、貴女はヒカリと共に女の子の元へ向かってください」

「わ、わかりましたわ!」

「プディンセスさんは馬車にいて貰った方がいいんじゃないか?」

「ヒカリが女の子と上手く交渉できるか怪しいからね。それにウィンが馬車の操縦に集中する関係上、プディンセスさんを守る人がいるから」

「・・・・・・確かに。俺だと女の子を怖がらせるかもしれないな」

 

 先ほどまではアウスが残っていたが、今回は誰もいない。万が一のことを考えてもプディンセスが誰かのそばにいた方がいいとアウスは判断する。

 もっとも、ヒカリが交渉に向いていないことも本音ではある。

 ウィンがヒータ達に風の魔術を施し、ヒカリはオッドアイズを呼び寄せてプディンセスと共に背中に乗り込んだ。

 

「じゃあ、ヒカリ、プディンセスさん。頼んだわよ!」

「しっかり捕まっててくれ」

「は、はい!!」

 

 ヒータ、エリア、アウスが馬車から飛び出すのと同時にヒカリとプディンセスを乗せたオッドアイズは怪物へと再び飛び立つ。

 獣達に立ち向かう三人と馬車を操縦するウィンを見送るプディンセスだが、その身に受ける風圧に負けてオッドアイズにしがみつく。

 怪物もオッドアイズが再度接近してくることに当然気づき、巨大な腕でオッドアイズを握ろうと手を伸ばしてくる。

 だがそれはヒカリにとっては頭部に向かう道を作り上げる行為に等しい。

 

「プディンセスさん、俺の身体にしがみついてくれ」

「へ? こ、こうですの?」

「ああ。じゃあ、いくぞ」

「行くってどこに___きゃあああああ!!!?」

 

 お菓子を抱えたプディンセスを文字通り『お姫様抱っこ』すると、ヒカリは再びオッドアイズの背中から怪物の腕に飛び乗った。そしてそのまま自身の最高速で頭上へと駆け抜ける。

 既に腕の上を走ることは経験済みのヒカリ。一方、こんな状況を体験することなどなかったプディンセスは目を白黒させながら、ただ必死に彼の身体にしがみつく。

 目を瞑り、お菓子を抱きかかえながらヒカリを信じるプディンセス。そして、その時は思ったよりも早く訪れた。

 

「プディンセスさん、到着だ」

 

 声をかけられ目を開けると、そこは怪物の頭部。そしてヒカリの報告通り、確かにスイーツのベッドに眠る一人の女の子がいた。

 こちらの存在など気づくこともなく口を豪快に開けて、気持ちよさそうに眠る少女。そんな彼女にプディンセスは自身のお菓子を持って近づく。

 

「あ、あの!お菓子を持ってきましたわ!」

「むにゃぁ~・・・・・・お菓子ぃ?」

 

 あんなに熟睡していたはずなのに、プディンセスの『お菓子』というワードに少女は確かに反応した。ただ、まだ目は開けておらず夢うつつといった感じだ。

 ヒカリと視線が合うと彼は頷き、プディンセスは再び少女に声をかけた。

 

「貴女がここの主様ですか!? もしよろしければ、私のお菓子を食べて頂けませんか!」

「味は保証する。だから、かい・・・・・・じゃなくて、この子たちの動きを止めてくれ」

「お菓子ぃ・・・・・・持ってきてくれたのぉ~? じゃあ、起きるぅ~」

 

 今度ははっきりと、眠たそうに目をこすりながら少女は起床し、ヒカリとプディンセスをはっきりと視界に捕らえる。

 赤紫色の長髪に薄ピンク色の寝間着の少女は千鳥足で二人の元にゆっくりと歩いてくる。そしてその距離に比例して、怪物の動きが徐々にゆっくりになっていく。

 少女が二人の目前に来る頃には、怪物はその動きを完全に停止していた。

 

「えぇ~っと、君たちは、だれぇ?」

「わ、私はプリンと申します。しがないパティシエですわ」

「俺はヒカリという。ギルト エレメンツのお手伝いさんだ」

「プリンさんに、ヒカリさん? はじめましてぇ。私、ネムレリアって言いますぅ。ふわぁ~」

 

 大きな欠伸を上げ、『ネムレリア』と名乗った少女は半開きの眼で二人を見つめる。正確にはプディンセスが持っているお菓子に視線を集中させていた。

 

「それ、貰っていいのぉ?」

「ええ。お口に合えばいいのですが・・・・・・」

「じゃあ、さっそく。いっただきま~す~」

 

 差し出されたシュークリームを遠慮無く一口で頬張るネムレリア。もぐもぐと口を動かし、そしてピタリと動きを止めてしまった。

 まさか、と嫌な予感を覚えるプディンセスとヒカリ。万が一口に合わなかったら、再び怪物が動き出すかもしれない。そうなれば、ヒカリはプディンセスを守りながらネムレリアを切る必要が出てくる。

 剣をいつでも抜刀出来るように手をかけ、腰を低くして構える。永遠にも思える一瞬の時間が流れると、ネムレリアは再び声を上げた。

 

「お・・・・・・おいしぃい~!!!」

「だろ?」

「いやヒカリさん、剣に手を伸ばしていましたわよね!? でも、よかった・・・・・・」

「これプリンさんがつくったの!? 凄い!天才!今まで食べたお菓子の中で一番美味しい!」

 

 先ほどの眠たげな雰囲気は一瞬にして吹き飛び、ネムレリアは目を輝かせながらプディンセスの手を握った。

 その勢いに若干押されながらもプディンセスは笑顔を浮かべる。

 

「お口に合ったみたいで何よりですわ」

「本当においしいよ!マドルチェ国のお菓子も美味しかったけど、プリンさんの方がもっと美味しい!」

「・・・・・・え」

「ねぇ、まだ持ってるんだよね!もっともらえないかな!!」

「ああ、下の馬車にまだあるはずだ。そこまで行こう」

 

 ネムレリアの言葉でプディンセスは頭が真っ白になってしまう。目を開けているはずなのに、何も見えていないかのように。ただその場に立ち尽くしてしまう。

 その事に気づいたヒカリは彼女の代わりにネムレリアへ答え、先ほどまで戦っていたオッドアイズをこちらに呼び寄せる。

 

「わわ、ドラゴン!? 私初めて見た!」

「オッドアイズという。ネムレリアも背中に乗ってくれ」

「わーい!よろしくね、オッドアイズ!」

 

 無邪気にヒカリの手を取ってオッドアイズの背中に乗るネムレリア。続けてプディンセスにも手を伸ばそうとするヒカリだったが、プディンセスはやはりその場を動こうとしない。

 ヒカリにもその理由は分かる。あんなに自分の腕に自信が無かったプディンセスが自国のお菓子よりも美味しいと言われたのだ。その衝撃はヒカリにも想像が出来ないほど大きかっただろう。

 だが、何時までもここにいてもしょうが無い。すまないとネムレリアに先に謝って、ヒカリは大きな声を出した。

 

「プディンセスさん!!!」

「ひゃ、ひゃい!!なんでしょうか!!!」

「ん? プディンセス?」

「あ」

 

 プリンと名乗っていたことを忘れてしまい、思わず彼女の本名で呼んでしまうヒカリ。プディンセスの意識を取り戻すことが出来たものの、ネムレリアに本名を知られてしまった。

 一国の姫であることを隠すためにプリンという偽名をつかったのに、これでは変に萎縮させてしまう。しまったとヒカリは思わず口を開けて、間抜けな面を見せてしまう。

 だが、ネムレリアの反応は意外なものだった。

 

「あ~。貴女がプディンセスさんかぁ。じゃあ、お菓子はまた後にしようかな」

「え?」

「ごめんね。私の夢に引きずり込んじゃって。次は、現実で会おうね」

 

 そう言ってニコッと笑ったネムレリア。次の瞬間、ヒカリとプディンセス。そしてエレメンツたちは元いた林道を馬車で移動していた。

 馬車の中を見ても何の変化もない。一度馬車を止めて、全員で周囲を確認してもただ静かな鳥の鳴き声が聞こえるだけ。

 

「え、どういうこと・・・・・・?」

 

 ヒータの問いに答える者はいない。強いて言うなら、そう。

 

 まるで、夢を見ていたかのようだった。

 

 

 

 不思議な出来事を体験してから数時間後。日は傾き既に夕方にさしかかろうとしていた。

 ネムレリアの情報を共有し、とりあえず歩みを進めることにしたエメレンツ。ウィンとヒカリは引き続き馬に乗り、残りのメンバーとプディンセスは馬車内部で過ごす。

 林道を抜けて無限に広がる草原を移動し続けると、朧気ながら建造物の影を目視できるようになる。

 それは天高くそびえ立つ、あの夢の中で見たような天井が見えない塔。

 

「ヒカリ君。あれって、夢で見た塔と似てるよね?」

「もしかして、あそこにネムレリアが?」

 

 そしてその塔の麓にある国が彼女たちの目的地。見えてきた門に近づき、滞在していた門番の男に素性と目的を伝えると、男は笑顔でエレメンツ達を出迎えた。

 

「ようこそ、マドルチェ国のプディンセス姫。そしてギルド エレメンツの皆様。夢守の国 ドリムへ」

 

 夢守の国『ドリム』。一年前にこの世界に現れた巨大な塔を持つ中規模の国。

 王族は夢を現実にする不思議な魔術を使うことができ、その力を持って外敵から身を守り、今まで外交をしてこなかった未知に包まれた国家だった。

 そびえ立つ塔を除けば町の外見はプロファシーと変わりなく、西洋風の住宅が定間隔で建造されている。その多くのショップは寝具の専門店で埋まっていた。

 門番に教えて貰ったとおり、町を歩きながらエレメンツは塔の入り口を目指す。その道中、馬車組はプディンセスと再度考えを纏める。

 

「プディンセスさん。今回の会談する相手って、ドリムの王族ですよね」

「ええ。ネムレリアさんは私と別れる前に謝罪の言葉を口にしておりました。『自分の夢に引きずりこんで、すまない』と」

「ドリムの王族固有の魔術。そしてその言葉。おおよそ、ネムレリアが今回と会談相手で間違いないだろうね」

「だとしたら、さっきの出来事も悪い事ばかりだけじゃなかったってことだね。よかったよかった。・・・・・・まあ、文句の一つは言いたいけど」

 

 ネムレリアがドリムの王族だと状況から断定。色々あったが直接出会う前から面識を持てたのは大きい。少なくとも悪い印象を与えているとは考えにくい。

 馬車は遂に塔の麓に到着。ここまで自分たちを運んでくれた馬たちの頭を撫で、プディンセスとエレメンツ達は入り口にある巨大な門の前に立つ。

 献上品であるお菓子はヒカリがキャスターにのせて運び、プディンセスが門をノックする。奇妙なことに塔に人気は無く、入り口を守る門番も使用人の姿も見えない。

 王族が住んでいるとは思えない雰囲気に疑念を抱いていると、エレメンツたちの足下に転移魔術の魔法陣が突如出現する。彼女たちが再び周囲を確認すると、そこは大きなベッドが置かれている空っぽで寂しい部屋だった。

 そのベッドの上に座る少女は来訪者を確認すると、目覚めたばかりのような柔らかい笑みを浮かべて歓迎した。

 

「ようこそ、マドルチェ・プディンセス。そして、ギルド エレメンツの皆さん。私はネムレリア。この国 ドリムの姫です」

 

 夢で出会った少女 ネムレリアは寝具のまま立ち上がり、どこからか六人分の椅子を出現させると自身もごく普通の椅子に座った。全員が座ったのを確認すると、プディンセスは対談を始める。

 

「本日はお時間をいただき、感謝いたします。プリンセス・ネムレリア」

「こちらこそ、はるばる遠いところからありがとうございます。・・・・・・ねぇ、プリンさん。プリンさんがつくったお菓子も持ってきてくれた?」

「え・・・・・・ハ、ハイ!」

「っ~!やったぁ!!!早く食べよ!エメレンツの皆も一緒にね!」

 

 王族としての覇気を一瞬にして霧散させると、ネムレリアは年頃の少女のような満面の笑みでパーティの準備を整える。彼女が何か唱えるまでもなく先ほどの椅子と同じように突然長机が出現。その上に持ってきたお菓子をのせてくれと懇願する。

 

「ヒカリさん、君が持ってきてくれたそのお菓子も上にのせて!」

「ああ、わかった」

「ええっと、ネムレリア、さん? 私達まで対談に参加してもいいのですか?」

「問題なし!むしろ人が多い方が楽しいから!」

 

 既に面識があるヒカリに気さくに話しかけ、困惑するエリアには気さくな笑顔で返答するネムレリア。ティーカップやポットも出現させると、あっという間にパーティ会場ができあがった。

 その中の華はマドルチェ国の献上品・・・・・・ではなく、プディンセス自作のスイーツ達。

 献上品の正体は女王ティアラミスと城の使用人達が総力を挙げてつくり上げた文字通り『マドルチェ国の総て』と呼べるパフェ。

 基板となっているのはティラミス、その上に重なるクリーム、フレーク、大きなプリン、マシュマロにアイス・・・・・・と、まるでネムレリアの見ていた夢が現実になったかのようなスイーツ。

 だが、自分の夢など眼中にもないほど彼女が夢中になっていたのはプディンセスのスイーツだった。いつかのエレメンツのように頬をぱんぱんにして次々と頬張っていく。

 

「おお、いい食べっぷりだな」

「ふぉんとうにおいふぃ~!!!プリンさんのスイーツさいこー!!!」

「私もそう思う!!本当に美味しいよね、プディンセスさんのスイーツっ!」

 

 そんなネムレリアと同様にヒカリとウィンもプディンセスのスイーツを頬張っている。同年代で同性であることに親近感を覚えたウィンも既に打ち解けていた。もう、国家同士の談話と言う目的はどこへやら。

 ネムレリアにつられるようにして、他の面々もスイーツを頬張り始めると笑顔の花を咲かせる。その光景をプディンセスは瞳に涙をためながら見つめていた。

 プディンセスが持ってきたスイーツを食べ終え、献上品を頬張りながらネムレリアは突如本題に入る。

 

「それで、ドリムとマドルチェ国間で貿易をしたいっていう話だよね?」

「ええ。ドリム国の寝具は素晴らしい物だとお聞きしておりまして。それに、王族の方がマドルチェ国のお菓子をよく購入して頂いているとも」

「うーーーん、いいよ。マドルチェ国からドリムが侵略される心配はなさそうだし」

「な___そ、そんな簡単に決めることではありませんわ!」

 

 あまりにもあっさりとネムレリアは重要事項を決定してしまい、当の本人以外の全員が呆気に取られてしまう。まるで自分には関係ないと言わんばかりの態度に、思わずプディンセスは立ち上がってしまった。

 

「これは口の未来を決める大切な話です!それをそんな適当に決められては、国民がどれだけ不安と恐怖を覚えるか。分からないのですか!?」

「分からないと思うよ? どうせこの国を守るのは私の役目だし。私がこの塔から出なければ、ドリムはずっと平和だからさ」

「・・・・・・何を、おっしゃっているのですか・・・・・・?」

 

 ネムレリアの言葉をプディンセスは理解できない。特に彼女が塔を出なければ、という点が。助けを求めるようにアウスに視線を送るが、彼女もどこか悲痛な面持ちでプディンセスを見つけ返すだけ。

 ネムレリアは気にすることなくパフェを食べ続けながら、淡々とドリムについて語り始める。

 

「この国はね、王族が持つ『夢を現実にする』魔術によってずっと守られてきた。そりゃあもう、内戦以外に戦いなんてないくらい平和。で、私は歴代でも魔術の才能が突き抜けているんだって。まあ、そのせいでたまに国の周辺にいる関係ない人まで夢の世界に引きずり込んじゃうんだけど」

「じゃあ、あたし達があの世界にいたのは・・・・・・」

「うん、事故だね。本当にごめんなさい」

 

 ネムレリアの首にかけられた王家のペンダント『ネムレリアシード』には王族の力を増幅させる力がある。元から力が強い彼女が所持すると、無差別に魔術が発動することがある。

 今回、マドルチェ国の話を聞いて『お菓子』への欲が強くなってしまったことで無意識のうちに魔術が強まり、エレメンツ達を巻き込んでしまったようだった。

 頭を下げたネムレリアに何も言えなくなってしまうヒータ。悪意も何もない事故だったと一旦自分を納得させ、ネムレリアに顔を上げてもらった。

 

「で、王家の一人はこの塔に残り、魔術をつかってドリムを守る使命を与えられる。今は私がその担当。塔とペンダント、二重の増幅装置で魔術を強大にしてその力が衰退するまで国を守り続ける。それが、私達の使命なの」

「そんなの、生贄と同じじゃんか・・・・・・」

「生贄・・・・・・か。確かにそうかも。でもね、今の私はこのお役目をやっててよかったなぁ~って思っているんだよね」

 

 ヒータの漏らした言葉にネムレリアは一定の理解を示しながら、それでもよかったと前向きな言葉を発する。

 その優しげな視線はプディンセスへと向けられていた。

 

「だって、プリンさんに会えたもん!こんな美味しいお菓子も食べられた!私ね、お菓子が大好きなの!スナックも好きだし、和菓子も好き!でも、一番好きなのはスイーツ!ケーキにプリンにクッキーにシュークリーム!あ、もちろんパフェも大好きだよ!」

 

 先ほど食べたスイーツ達を指で数えながら、楽しそうに語るネムレリア。どのスイーツも幸せそうに食べていた彼女の言葉に嘘などある訳がない。

 

「そんな美味しいスイーツを他の誰かと一緒に食べるのが私の夢だったんだ~。夢はいっつも見てるのにね。そんな夢を、プリンさん。貴女が叶えてくれた。私にとっては、それだけで貴女のお話を受けるのには十分なんです」

「ですが・・・・・・国民の皆さんは納得されないと思います」

「それに、こんな美味しいお菓子を私だけが知っているっていうのも勿体ない!だから、このお話を是非受けさせて欲しいの。大丈夫!マドルチェ国のお菓子なら絶対国民の皆も納得するから!」

 

 プディンセスの手を握り、ネムレリアはあくまで『マドルチェ国のお菓子』に焦点を当てて話を進める。それならばと表向きは納得し、笑みを返すプディンセス。

 その後、プディンセスが取り出した書類の項目を流し読みし、自身のサインを記載するネムレリア。こうしてドリムとマドルチェ国に繋がりが生まれ、また世界は広がった。

 ここからは、ネムレリア個人の話だ。

 

「それでね、プリンさん。そして、エレメンツの皆さん。お願いがあるの」

「私達も、ですか?」

 

 パーティはいつか終わる。楽しかった時間は終わり、エレメンツたちは帰路の準備を始めようとした時、ネムレリアは寂しそうに全員に声をかけた。

 自分たちにまで声が掛かるとは思わず、アウスはつい聞き返してしまう。彼女の言葉にネムレリアは頷いて、まずはプディンセスから伝え始める。

 

「プリンさん。もしよければ、その、またプリンさんのスイーツを二人で食べたいなって思ってて・・・・・・。どうかな?」

「私のスイーツで、いいのですか?」

「うん!プリンさんのスイーツがいいの!」

 

 改めてネムレリアはプディンセスにまっすぐな言葉を伝える。夢の中で彼女が発したマドルチェ国よりも美味しい。その想いが嘘ではないと、夢ではないと実感したプディンセスの瞳から一筋の涙が頬を伝う。

 

「ええ・・・・・・ええ!貴女が望んでくれるのであれば、何度でもっ!この腕にかけて、貴女が大好きだと言ってくれたスイーツをつくりあげますわ!」

「それから、ネムレリアって呼び捨てにして? 私達、もうヒメトモでしょ?」

「ひ、ひめとも?」

「お姫様友達!ね、プリン!」

 

 同じ立場の友人はプディンセスにとっても、ネムレリアにとっても初めてのことだった。再び手を取り合って、友として名前を呼び合う二人。その光景をエレメンツ達は優しい笑みで見守っていた。

 

「それからエレメンツの皆さん。先ほど話したとおり、私はこの塔から出ることは出来ない。もしよかったらなんだけど、貴女達の冒険を時折でいいから教えてくれると嬉しいな」

「ええ、よろこんで。ですが、料金は頂きますよ? 私達、ギルドですから」

「あ、アウスちゃん!?」

「フフっ!王族相手でもちゃんと見ているのね、貴女。でも、いいよ。私と同年代の子達だけのギルドなんて、とっても夢があるもの!___また来てね。約束だからね?」

 

 寂しそうに、でも次への期待を込めたネムレリアにエレメンツたちは頷いて応えた。再会の約束をした少女はとびっきりの笑顔で次の旅に向かう友人達を見送る。

 いつも眠ったままの孤独な少女がこの短い時間で得たのは、夢でも見られなかった夢。

 大好きなお菓子を友達と分け合い、楽しくおしゃべりする時間。

 手を振る友人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた少女は再び国を守るために眠りにつく。今までは起きることがおっくうだったが、これからは違う。

 約束した『次』を夢見て、夢守の姫は友人達を待ち続けるのだった。

 

 

 マドルチェ国からの依頼から一週間が経過した。ドリムからマドルチェ国に戻ったエレメンツとプディンセスはティアラミスを始めとした多くの国民に歓迎され、そのままパーティに参加することになった。

 幸い通常の料理が多く、ヒカリを除いて全員が胸をなで下ろした。道中でも、ネムレリアとも多くのスイーツを食べてしまった彼女たち。ここでもスイーツ中心だった場合、確実に胸焼けを起こすと恐怖していたのだ。

 なお、食後に大量のティアラミス作のスイーツが出てきたことによって案の定胸焼けを起こしたとここに記す。

 

「みんな~!プディンセスさんからお手紙来てるよ~!」

「お!早速読んでみましょ!」

 

 再び日常に戻ったエレメンツ。お昼前に届いた手紙を持ってウィンが食事の準備をする一同の元に駆け寄る。一度準備の手を止め、ヒカリを含めた全員でその手紙をのぞき込んだ。

 

 エレメンツの皆様

 

 この前は本当にありがとうございました。あれから私は次期女王となるために日々精進しております。

 城から逃げ出していたこともあり、覚えなくてはいけないこと、忘れていたことは山のようにあり、毎日店に戻りたいと思わないことはありません。

 その度にマジョレーヌやシューバリエに連れ戻され、お母様から笑顔でお説教を頂くのですが。時に、妹のプティンセスールからもお叱りを受けながらも、私なりに頑張っております。

 私は、未だに自分に自信を持つことが出来ません。

 数ヶ月でしたが、お店で過ごした時間は私の心に傷を残しました。そして、その傷が一生癒えることはないでしょう。

 でも、こんな私にも期待してくれる人がいる。そう気づかせてくれたのは、エレメンツの皆様のおかげです。

 改めて、心から感謝いたします。本当に、本当にありがとうございました。

 お時間があるとき、再びマドルチェ国を訪れてください。歓迎いたします。

 またネムレリアと皆様でスイーツを食べ合える日を、心からお待ちしております。

 

                             貴女達の友人 プディンセスより

 

「プディンセスさん、元気そうだね!」

「とりあえず当初の目的だったマドルチェ国へのPRは大成功って所かしら? アウス」

「ドリムにも縁ができたし、超大成功っていったところかな」

「超、大成功・・・・・・ぷっ。アハハハ!!アウス、浮かれすぎだよ!!!」

「なっ・・・・・・!?」

 

 プディンセスの手紙を読み終わり、今回の旅を振り返る一同。目的だったマドルチェ国に自分たちを知ってもらうことはもちろん、別国のドリムにも王族の友人ができた。

 どこか浮き足立っていたアウスの言葉にエリアは声を上げて笑う。自分らしくない言葉を発したことに気づいたアウスの顔は一瞬でゆであがり、その光景を見てウィンもヒータも笑い始める。

 

「ヒータ!ウィンまで!? わ、笑わないでよ・・・・・・」

「アウス」

「ひ、ヒカリは笑わないよね?」

「ああ。今回の依頼、超大成功だ」

「ぶふぅ」

 

 真顔でアウスの言葉を繰り返したヒカリに思わずヒータが吹き出すと、つられるようにエリアとウィンも抑えたはずの笑いが蘇り、屋敷中が彼女たちの声で満たされる。

 ぶいっと無表情でピースするヒカリの姿がツボに入ったようで、ヒータはヒーヒー言いながら腹を抱えて笑い続ける。

 耳まで真っ赤になったアウスが全員を睨み付けるがそこに恐ろしさは全くなく、ヒカリはどこか微笑ましいものを見るような目で見つめ返し、他のメンバーは思いのまま笑い声を上げる。

 

「これもネムレリアさんに伝えないとね、フフフ!」

「え、エリアぁ~勘弁してよぉ・・・・・・」

 

 ネムレリアとの約束を守るため、現在エレメンツ総出で過去の冒険や日常を本に纏め始めている。各メンバーが思い出に残っていることを元にしたお話を書き上げ、彼女に持って行こうと考えたのだ。

 本であればネムレリアの好きな時間で読み返すことも出来るし、自分たちで読み返して昔話に華を咲かせることもできる。そして、ヒカリにも過去の体験を伝えることが出来る。

 誰も反対することなど無く四人全員が執筆を開始しており、エリアは今のアウスの出来事を絶対に執筆しようと心に決める。

 

「そう言えばウィン。この本のシリーズ名は決まったの?」

「うん!冒険のお話だけじゃない、私達の日常も書くから『エレメンツ 活動日記』っていうのを考えたよ!」

「日記、か。確かにそっちの方が的を得てるかも。今の出来事は冒険譚じゃないし」

「え、エリアっ!・・・・・・まぁ、ネムレリアさんが喜んでくれるなら、いいけどさ・・・・・・」

「そう拗ねないの、アウス。あたしはエリアがカレー食べて火を吹いたこと書くつもりだからさ!」

「ヒィータァー・・・・・・?」

 

 今度はエリアがヒータを睨むが、睨まれた本人はどこ吹く風。いつもはエリアの味方をしてくれるアウスも、今回はヒータの肩を持つ。ニコリと笑っていない笑みを浮かべ、ヒータの肩に手を添える。

 

「ヒータ。ゴー」

「イエス」

「ふーたーりーとーもー?」

 

 今度は三人でやかましく屋敷内を駆け巡る追いかけっこが勃発。それをウィンはいつものように楽しそうに見守る。ヒカリもその様子に全く心配していないが、とりあえずウィンに止めに入った方がいいか確認した。

 

「ウィン、止めなくてもいいんだよな?」

「うん。これも私達の日常だから。・・・・・・ヒカリ君、この世界で生きていけそう?」

 

 ウィンの問いかけにヒカリは少しだけ考えて、素直に答える。

 

「まだわからない。元の世界のことを忘れることは出来ないし、割り切ることも俺には出来ない」

「・・・・・・そっか」

「でも、ウィンがいる。ヒータもアウスもエリアも。プロファシーや依頼で関わった人達もいる。俺なりに考えながら過ごしていこうと思うよ。君がくれたチャンスを無駄にはしたくないから」

 

 右も左も分からない場所に理由も分からず転移したヒカリにウィンは手を差し伸べた。それが彼にとって大きな救いとなったのは想像に容易い。

 優しげな笑顔で感謝の言葉を伝えるヒカリにウィンも微笑みで返す。騒がしい毎日を過ごす彼女たちにこれからも力添えしていく。

 

 いつか終わるその時まで、高屋 ヒカリはエレメンツを手伝い続けるとそう決めた。

 元の世界に戻る、その時まで。




前後編合わせて四万文字オーバー()
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