悪魔と天使が営業する不思議なレストランでアルバイトから数日後。相変わらずエレメンツの屋敷には閑古鳥が鳴いていた。
自室の机に突っ伏すアウスはうなり声を上げ、日々少なくなっていく備蓄の数字に悲しみを覚えて、一筋の涙を流す。
「もう、面子とか考えてる場合じゃないか・・・・・・。プディンセスさんやネムレリアさんに話を聞いて貰って、そこから依頼を・・・・・・」
前にウィンやヒータが提案していた方法___コネクションが出来た王族の知り合いに依頼をお願いするという、普通ではない手段を取らざるを得ない状況。エメレンツ存続の危機は既に現実味を帯び、手段を選んでいる場合ではなくなりつつあった。
右手で顔を押さえながら、アウスが今後の予定を必死に考えている最中、突如として部屋にノック音が響く。壁に掛けられた時計はまだ十時を指し、誰かが昼食の知らせを届けたわけではなさそうだ。一旦意識を家計簿から離して、ノックした主に返答する。
「アウス、入るね」
「エリア? 今日って何か予定あったかな」
入ってきたエリアは一枚のはがきをアウスへと手渡す。彼女の言葉にエリアは苦笑いを思わず浮かべ、手渡したはがきの中身を見るように促す。
不思議そうな顔でアウスはエリアの言われたとおり手紙を見ると、その表情を一瞬で引きつらせる。
「・・・・・・そっか、そんな時期だったね。またお金がなくなるぅ・・・・・・」
「アハハ・・・・・・。でもこれは必要経費だよね」
「ソウダネ・・・・・・。ヒータとウィンにも明日プロファシーに行くって伝えておいてくれるかい?」
「確かに!ヒカリ君にも折角だから紹介しておこっか。私達の整備士さんに」
はがきには『定期メンテナンスのお知らせ』と大きく記載されており、指定された日時は明日から一週間以内。
何故か頭から抜けていた定期的な出費イベントにアウスは嘆きの声を上げながらも、エリアに明日の予定を伝える。
差出人の名は『創作ギルド アダマシア』と記されていた。
「アダマシアさん達に会いに行くのも久しぶりだね!」
「前は、えーっと、丁度一年前ね。あれからそんなに経ったのねぇ」
翌日、エレメンツとヒカリはプロファシーの一角を歩いていた。周辺には創作ギルド___剣や杖、防具など主に武具を取り扱っている店舗が数多く並んでいる。
エレメンツの他にも数多くの冒険者と思われる人々が店員や同業者と情報のやりとりを行い、活気で満ちあふれる場所だ。
いつもは見知らぬ場所を輝いた目で見渡すヒカリも今回は初めてではないためか、静かに彼女たちの後ろをついていく。
「確か、俺の装備をつくってくれた武具屋さんを紹介してくれたのもアダマシアさんなんだよな?」
「そうだよ。男性者の装備の知識が全くなかったから頼らせて貰ったんだ」
その理由は以前迷宮からの脱出を成した後にここに訪れたことがあるから。ヒカリの今の装備はアダマシアが紹介した別の創作ギルドの作品。試着なしでヒカリの身体にフィットする装備を作り上げた凄腕ギルドだった。
そして、そのギルドと交流があるアダマシアもまた、エレメンツの装備を作り上げた一流の創作ギルド。評価も黒星6を授かっており、最上級ランク一歩手前だった。
各員会話を楽しみつつ歩き続けて数分。レンガ造りの建物であるアダマシアのギルドハウスに到着するエレメンツたち。近くに飾られた看板には『鉱石のことなら何でもお任せ!魔法石を使った武具なら是非、アダマシアへ!』と大きな文字で刻まれていた。
エリアが入り口の扉を開けると、心地良いベルの音が部屋に鳴り響いた。白を基調とした内部には幾つもの黒板が壁に飾られており、アダマシアが得意とする鉱石について詳細に描き込まれていた。
「いらっしゃいませ!ギルド アダマシアへようこそ!」
「いらっしゃい・・・・・・っと、これはエレメンツじゃないか!一年ぶりだな!」
「お久しぶりです。シークさん、サーヤさん」
エレメンツを出迎えたのは、青髪短髪の筋肉質な男性 シークと橙髪がよく似合う明るい声をした女性 サーヤの二名。エリアが会釈すると、二人はエレメンツ全員を笑顔で出迎えた。
シークは挨拶と共に彼女たちの杖を受け取って奥の作業台へ。サーヤは応接の為の席へと全員を案内する。
「お手紙、読んで頂いたんですね。早めに来てくれて助かりました~。それで、何か不調はありましたか?」
「特には何も。召喚獣たちも住み心地に何も言ってませんでしたし。アダマシアさん達の腕を信用してますから」
「ありがとうございます。でも、万が一があったらいけませんから、今回もメンテナンスさせて頂きますね!」
笑顔でそう伝えるとサーヤは一度事務所の奥へと帰って行く。少ししてから彼女は五人分のコーヒーとクッキーを全員の前に置くと、自身も席に着く。
アダマシアの探索者 サーヤと、アダマシアの追求者 シーク。このギルドが取り扱う『魔法石』を探索・採掘するエキスパート達。
サーヤは柔らかい笑顔がよく似合う17歳の少女。アダマシアの看板娘でもあり、明るく頼りがいのある少しだけ人たらしな彼女に惹かれてこのギルドを利用するという客も少なくないそうな。
今も断りづらい悪意ゼロの笑みをエレメンツたちに向けており、こっそりメンテナンス費用を回避できないか考えていたアウスの目論見を一瞬で霧散させた。
「とりあえず預からせて貰った杖は今、リーダーが見てるよ。パッと見た感じは特に問題がなさそうだが、核となる魔法石に若干のくすみと傷があったな。あれからいろんな所に冒険に行ったんだろ?」
「最近だと迷宮やマドルチェ国に行きました!」
「マドルチェ国!? あのお菓子の国のか! いいなぁ~俺も行きてぇ~」
続けて戻ってきたシークはウィンから彼女たちの近況を聞くと、躊躇うことなく羨望の声を上げた。彼は何よりの冒険好き。魔法石が採掘できる洞窟は彼が自らの足で探索・調査を行い、発見した。
一般的な方法では絶対に入国できないマドルチェ国にエレメンツが訪れたと知れば、彼がこうなってしまうのは容易く予想が出来てしまう。18歳でありながら幼子のように駄々をこねるその姿にサーヤは苦笑いを隠せない。
「シーク、お客さんの前だよ?」
「だって、マドルチェ国だぜ!? 女王からチケットをもらわないと行けない身近で遠いあの国に行けるなんて、羨ましいだろ!」
「もう、本当に冒険バカなんだから。ごめんなさいね、エメレンツの皆」
「まあ、あたし達もかなり貴重な体験だったとは思うけどさ。それで、杖のメンテナンスはどれくらいかかりそう? 今日中に終わる?」
「魔法石を交換するだけだから、すぐに終わるはずだ。それより!マドルチェ国についてもっと教えてくれ!」
「___いい加減大声を出すのをやめなさい。シーク」
机から身体を乗り出して続きを聞こうとするシークに背後から静かな男性の声がぶつけられる。その声の主にびくりと身体を跳ねさせ、ゆっくりと背後を確認するシーク。
その先には彼の予想通り、眼鏡をかけた緑髪の男性が腕を組んでシークを睨んでいた。
「り、リーダー・・・・・・。その・・・・・・スンマセン」
「はぁ・・・・・・冒険が好きなのは良いことですが、お客様を困らせてどうするのですか。改めて、いらっしゃいませ。ギルド エメレンツの皆様」
「お久しぶりです、ライザさん。お変わりないようで何よりです」
「そちらこそ、お元気そうで良かったです。エリアさん。本日は遠路はるばるありがとうございます」
男性の名はライザ。ギルド アダマシアのギルドリーダーにして分析者。シークとサーヤが採掘した魔法石を解析、加工し商品へと生まれ変わらせている職人だ。
エレメンツたちの杖を確認し終えた彼は結果が記された用紙を各員に渡し、ヒカリには懐から自身の名刺を差し出した。
「貴方がヒカリさんですね。初めまして、アダマシアのギルドリーダーを勤めています、ライザと申します」
「エレメンツのお手伝いさん、ヒカリです。以前は武具屋さんを紹介してくれて、ありがとうございました」
「お力になれて何よりです。ヒカリさんも機会があれば、是非アダマシアをよろしくお願いしますね」
名刺という未知の存在に目を輝かせるヒカリを横に、ライザは他の四人にそれぞれの杖の状態を説明し始める。
「ヒータさん。はっきり言いますけど、大分杖に無理させたでしょ」
「へ!? なんか、あったっけ・・・・・・」
「魔法石自体もそうですが、杖の強度が大分下がっていました。恐らく膨大な魔力を一度に流し込んだのでしょう」
「・・・・・・もしかしてあの召喚獣と戦った時のやつ」
「心当たりがあるんですね?」
ジト目で睨まれるヒータの脳裏に思い出されるのは、ヒカリと出会う直前の話。儀式によって呼び出された召喚獣を撃退するため、他のメンバーの魔力を自身の杖に集めて放出した。
あの時、必死だったのもあって自身の魔力コントロールがうまくいっていなかったのだろうか。いつも以上に火力が出てしまい、杖に負担が掛かったのかもしれない。
やっちまった、と顔を硬直させるヒータにライザは小さくため息をつく。
「申し訳ありませんが、杖の修復にはお時間を頂ければと」
「ぐ、具体的にはどれくらいな感じ、デスカね?」
「・・・・・・一ヶ月ほど」
「そんなに!!? え、なんで!? アダマシアさん達の腕ならちょちょいのちょいじゃないの!?」
「杖に使っている魔法石の在庫がちょうど品切れでして。入荷までに大体二週間くらい掛かるんですよ・・・・・・」
まさかの期間にヒータは思わず声を上げてしまう。この事態にはライザだけでなくシークとサーヤ。それに、エリア達も予想外であり、それぞれが困惑の色を隠せない。
ヒータはエレメンツの前衛担当。もし彼女が戦えないとなれば戦闘が出来ず、受けられる依頼はかなり絞られてしまう。
エメレンツの杖には幾つもの役割がある。自身の魔力を魔術に変換して攻撃の要になったり、それぞれの連絡手段となったり。
だが、彼女たちが一番重要視しているのは召喚機であるということ。
杖に使用されている魔法石に自身の召喚術を刻み込むことで彼女たちは普段屋敷にいる相棒達を瞬時に召喚できるのだ。魔法石が摩耗すると言うことは、相棒達の力も使えないと言うこと。召喚はおろか憑依装着すら。
「何とかなりませんか、ライザさん。私達としても、ヒータがいないとかなり厳しい状況と言いますか」
「と、言いますけどエリアさん。皆さん全員の杖が同じ状態ですからね?」
「え」
予想外の言葉に該当者であるエリア、ウィン、アウスが思わず口を開けてしまう。その光景を見てライザは小さくため息をつくと、手に持った魔法石で作られたデバイスを起動させた。
デバイスから展開されたホログラムには四人の杖が表示され、所々が赤く点滅している。特に核となる魔法石と杖の持ち手部分が真っ赤に染まっていた。
「恐らく杖自体が皆様の魔力に耐えられてない。最近何か大魔術を会得しました?」
「・・・・・・はい」
「持ち手の部分が大分抉れてるみたいだ。魔力を込めて頻繁に握っていたんだな!」
「確かに戦闘が多かったもんね・・・・・・」
「魔法石も私が思った以上に摩耗していますね。何かある前に来て貰って良かったです」
「自己メンテは怠ってなかったはずなんだけど・・・・・・」
各々がつぶやく中、ヒカリはゴソゴソと自身のバイト代を机に出そうとする。が、ヒータがその手を軽く叩くことで一度仕舞わせる。
一度静かになったところで、眼鏡が光って瞳が見えないアウスが、震えが隠せていない声でライザに禁断の質問を投げかけた。
「ライザさん、これ、作り直しだと、いくらくらいかかりますか?」
「ざっと、これくらいですね。あくまで暫定ですけど」
差し出された見積書に書かれていた金額を見たアウスは____涙を流した。ぐったりと力なく天井を見上げた彼女の顔から生気が消え、アハハと虚無な笑い声を上げることしか出来ない。
「あぁ・・・・・・無理だ・・・・・・ダメだぁ・・・・・・」
「あ、アウスちゃん!!?」
「あたしにも見せて___わぁお」
「これは、流石に・・・・・・。ヒカリ君の補助があっても無理かも」
「マジか」
心配そうにアウスに駆け寄るウィンに、金額を見て単調かつ素直に驚きの声を上げるヒータ。その金額ではヒカリのバイト代を出して貰っても足りないとつぶやくエリアに、今までで一番感情を顔に出して驚くヒカリ。
装備の作り直しという予想外の大出費の目の前にして、今までエレメンツの財布を守り続けていたアウスの精神が遂に崩壊した。若くして四人の生活を守り続けていた守護神が倒れたとなると、エレメンツの未来はない。
それは今まで彼女たちを見てきたアダマシアも重々理解している。そんな一生懸命頑張る彼女の姿に自分たちも元気を貰ってきた。だからこそ、人間としてもギルドとしても譲歩できる案を提示する。
「エレメンツの皆さん。もしよければ、僕達の依頼を受けて頂けませんか?」
「依頼、ですか?」
「はい。___入ってきてください」
「し、失礼しましゅっ!!!」
勢いよく噛みながらも大声で部屋に入ってきたのは、白髪をツインテールにしたエリア達と同年代の少女。身体を硬くしながら、少女はライザの横に立つと上半身を地面と平行にするほど大きく頭を下げた。
「あ、あたし!このたびギルド アダマシアに所属する事になりましたリツと申します!!!今後もよろしくお願いしましゅ!!」
「リツ、落ち着いて。さっきから噛みまくりだよ?」
「元気なのは良いことだけどな!うちの最年少だ。エレメンツの皆も仲良くしてくれると嬉しい!・・・・・・もう顔を上げて良いぞ、リツ?」
シークに言われて顔を上げた少女 リツは噛んだことによる羞恥心からか顔を真っ赤にして潤んだ瞳でエレメンツたちにその顔を見せた。
彼女たちは一瞬呆気に取られるが、すぐに笑顔で会釈を返すとリツはようやく安心したようで安堵の息をつく。ファーストコンタクトが済んだところで、ライザはデバイスを再度操作し、とある場所の地図を展開する。
「エレメンツの皆さんはご存じの通り、僕達アダマシアのメンバーは特殊な魔法石である『奇石』を持ち帰り、石に宿る獣たちと心通わせています。皆さんで言うところの召喚獣ですね」
「で、リツはもちろん新人だから自分の奇石がないから、明日取りに行こうと思っている。そこで彼女の護衛をエレメンツの皆にお願いしたいんだ」
アダマシアのメインは創作ギルドだが、緊急時には冒険ギルドの救助を行う裏の顔を持つ。救助の際や発掘作業中に襲われたときに彼らと共に戦ってくれるのが『奇石の獣』たち。
魔力が宿る石である魔法石の中でも特殊な石『奇石』に宿る生命体であり、アダマシアのメンバーはその獣たちと心を通わせることが出来る。今回、アダマシアは新メンバーのリツのパートナーとなる奇石を発掘に向かうようだ。
しかし、そこは彼らにとっては庭のような場所のはず。わざわざ護衛を頼む理由もないはずなのだが。
「それに今回は杖の再作成のために、エメレンツの皆さんにも直接発掘場に出向いて貰いたいんです。もちろん、リツの護衛もかねて、ですけど」
「お、お願いします!助けてください!!」
「リツさんの護衛は分かったけど、私達がアダマシアさん達の洞窟に足を踏み入れていいのかな? その場所ってアダマシアさん達の仕事場でもあるわけだし・・・・・・」
「そこはウィンさん達を信じていますから。それに、皆さんの杖に使う魔法石はもう一般の物だと使い物になら無いと思うんです。そうですよね、ライザさん?」
サーヤがライザにそう問いかけると、彼は首を縦に振って肯定する。タブレットを操作して表示する画面を変えると、そこには四つの魔法石の立体画像が映し出されていた。
「ええ。皆さんの魔力は以前から大きく成長している。今まで使っていた魔法石はもう使い物にならないんです。再作成に必要になってくるのは、僕たちが使用している魔法石である奇石。つまり、リツの奇石を発掘するのは同じ場所になるんです。納期を短縮するためにもご協力頂けませんか?」
「そ、そこまであたし達に気を遣って貰うのも、なんか申し訳ないな・・・・・・」
「そりゃ、エレメンツは俺たちが発足したばかりの頃から長年頼ってくれているからな!本当に感謝しているんだぞ?」
シークとサーヤ、二人に続いてリツがライザの横に並ぶと、四人はエレメンツに頭を下げる。まだプロファシーに認められる前から、彼女たちがエレメンツとなる前から自分たちを頼り続けてくれた顧客に、アダマシアは敬意と感謝の意を込めて依頼する。
「どうか、僕達を助けて欲しいんです。ギルド エレメンツ」
「___ズルいですね、ライザさん。助けてほしいなんて言われたら、私達が断る理由なんてある訳ないんですから。いいよね、皆?」
「もち!」
「うん!・・・・・・アウスちゃん、戻ってきた?」
「___ぇ・・・・・・あ、うん。えっと?」
「アダマシアさん達からの依頼!受けるからね、アウス!!!」
「分かりました。エレメンツ、アダマシアさん達の依頼を受注します」
「今さら格好つけても意味ないって・・・・・・」
ウィンとエリアに声をかけられてようやく現実に戻ってきたアウス。先ほどまで天井とにらめっこをしていた彼女だったが、依頼を受けたことを認識するといつもの冷静さを取り戻す。
もっとも、先ほどの姿を見られているのでエリアの言うとおり何の説得力もない訳なのだが。
「コホン!___ヒカリ、今回もお手伝いをお願いできるかい?」
「もちろんだ。久々の依頼、全力で助力させて貰う」
周囲の微笑ましくも生暖かい目線から逃げるため、アウスは顔を少し朱に染めながら後ろにいるヒカリに助けを求めるかのように声をかける。彼はいつも通りに淡々と、しかし親愛を込めた声でその問いに肯定の意を示す。
エレメンツ一ヶ月ぶりの依頼が始まろうとしていた。
次の日の早朝。エレメンツの姿は再びアダマシアの店舗前にあった。アダマシアは今回の依頼のために彼女たちの杖の応急処置の為、エレメンツは依頼の準備のために昨日は解散となり、次の日に再集結の流れとなった。
杖を預けていたため彼女たちの側には既に相棒の召喚獣達の姿があり、それぞれ依頼主の登場を待つ。
「バイド、久しぶりだけど頑張ろうね」
「ハイ、イツモドオリオマカセクダサイ。マスター」
「ビィ、今回の依頼は君の宿る杖が関わっている。いつも以上に頑張ろう」
「ばむばむ」
エリアとバイド、アウスとビィはいつもどおり冷静に気を引き締めてアダマシア達を待ち、
「・・・・・・ぐぅ」
「コーン!!?」
「えへへ~ぷーちゃん、くすぐったいよぉ~ふへへ~・・・・・・」
「ぴぃ~・・・・・・」
ヒータとウィンは未だに夢の中。身体をフラフラとゆらしながら何とか立っている状況。そんな主達をコンとぷーちゃんは呆れた声を隠すこともなく、彼女たちの頬を突っついて現実へと引き戻そうとしていた。
そんな二人の後ろで、ヒカリもまた瞳を閉じて静かに始まりを待っていた。その姿にアウスが気づくと、以前ヒータにされたイタズラが彼女の脳裏に蘇り少し意地悪そうにヒカリに話しかけた。
「ヒ~カ~リ~? 君までネムレリアさんの所に行かないでくれるかい?」
「・・・・・・瞑想だ。寝ているわけじゃない」
「冗談だよ。さて・・・・・・ウィン、ヒータ、起きて。依頼主さんが来られたよ」
アウスに身体を揺さぶられようやく目を覚ましたヒータとウィン。目をこすり、はっきりとしてきた視界が捕らえたのは、準備を終えたアダマシア達の姿だった。
それぞれの奇石が組み込まれた杖に外出用のローブと装備。生まれたての子羊のように足を震わせるリツを支えるように階段を降りるサーヤ。逆に冒険への興奮が隠せていないシークは少し大きめのバッグを背負い、エレメンツたちに合流する。最後に店から出てきたライザが施錠を行うと、それぞれ朝の挨拶を交わした。
「おはようございます。では、参りましょうか。サーヤ、シーク、リツ」
「おう!久々の冒険だ!ワクワクするなぁ~!」
「シーク? 今回はエレメンツの皆さんとリツの為の出張だからね。興奮するのは良いけど、向こうに行ったら落ち着いてね。リツも深呼吸して」
「すぅ~はぁ~・・・・・・が、頑張ります!」
エレメンツとアダマシアが全員そろい、今回の依頼が始める。まずはアダマシアの採掘場である『ラピュタイト』を目指すことになる。ラピュタイトへ向かうためは本来天然の迷宮と呼べるほど深い森を抜け、何十日もかけて歩いて行く必要がある。
だが、そこは魔術が発展している世界。サーヤ、シーク、ライザの三人は自身の杖を重ね合わせると、この場の全員の足下に白い魔法陣が生まれる。
「では、行きますよ」
全員の視界が一瞬だけホワイトアウトすると、次の瞬間には目の前に幻想的だが不気味な洞窟が出現していた。先ほどまでの都市の空気は消え去り、洞窟独特のひんやりとした雰囲気が来訪者達を出迎える。
紫の淡い光が洞窟全体を包み込み、無数の水晶があちらこちらで成長している。一方その影には光が全く届いておらず、その全容を掴むことが出来ない。
驚き、感動、不安、恐怖。
正と負の感情を同時に生み出すその光景にエレメンツ達は全員が興奮を隠せなかった。
「ここが・・・・・・奇石が生まれる場所!」
「改めて、ようこそ。ギルド アダマシアの採掘所、ラピュタイトへ。景色に感動しているところ申し訳ありませんが、早速移動しますよ。シーク、先導を」
「任せてくれ、リーダー!皆、着いてきてくれ!」
浮いた雰囲気を消すようにライザはシークに指示を出しながら、自身の杖を輝かせる。すると、前日と同様にプログラムが彼の前に展開され、そこにはラピュタイトの簡単な地図が刻まれている。地図は現実とリンクしているようで、表示されているアイコンが常に更新されていた。
地図をシークとサーヤにも共有し、シークを先頭にしてアダマシアとエレメンツは洞窟の奥へと進んでいく。
「綺麗だけど、それだけじゃない暗いところもある。幻想的だけど不気味さを兼ね備えた洞窟・・・・・・良い場所ですね」
「アウスさんは気に入ってくれたんですね。お恥ずかしいことに、私はまだちょっと怖いんですよね。リツも大丈夫?」
「あたしもちょっと怖いです・・・・・・。本当にここに私の相棒君がいるんですよね?」
おどおどと周囲を怯えながら見渡すリツと、そんな彼女を精神的に支えるように隣に歩くサーヤとアウス。アウス自身が植物や鉱石、そして静かな場所を好んでいるのもあって、洞窟の雰囲気を好意的に受け止めていた。
自分たち以外に生命と呼べる物はおらず、ただ歩く音だけが洞窟内に響き渡る。
エリアとウィンは僅かに輝く水晶に興味を引かれ、ヒータとヒカリは最後部を歩き、万が一があるかもと周囲を警戒する。だが、その目は周囲の光景に惹かれてしまっていた。
歩き始めて十分程度。まだ奇石が採掘できる場所までは遠い。だが、それぞれの雰囲気は柔らかくなり、リツはエレメンツがつれている召喚獣達について興味を持ち始めた。
「そう言えば、皆さんも召喚獣を連れていらっしゃるんですね。その、仲良くなるためにはどうしたらいいんですか?」
「やっぱり腹を割ってはなすことかしら。あたしとコンは喧嘩もすることあったし」
「私とビィは好きな物が同じだったんだ。好みが同じだと打ち解けやすいと思うよ」
「やっぱり大好きって伝えることかな!友達になろうって伝え続けるのが私は大事だと思う!」
ヒータ、アウス、ウィンがそれぞれの召喚獣との思いを語る。コン、ぷーちゃん、ビィは主の肩に乗って楽しそうに鳴く中、エリアとアハハと乾いた笑い声を上げ、どこか遠いところを見つめていた。
ヒカリはそんな彼女に気づき、何か声をかけようとして___その目に気づいて行動をやめた。
その目は、両親を失って未来が見えなくなった自分と同じだったから。
「___リツさんの想いはきっとその相棒さんにも届くよ」
「そ、そうでしょうか・・・・・・。でも、あたしもアダマシアの一員ですから!仲良くなれるように頑張りますっ!」
エリアの目に気づくことなく、リツはようやくエレメンツ達の前で笑顔を見せる。その笑顔を見てエレメンツ達は改めて依頼遂行の意思を固めた。
たわいない会話を続けるリツとエレメンツ達。だが、その間も全くしゃべらない他のアダマシア達にヒカリは不思議そうに疑問を抱く。サーヤやライザはともかく活発なシークですら無言でただ歩き続けているだけだ。
今のところ害敵となりそうな存在は感知できない。少しくらいこちらに意識を向けても良いのではないか。
そう思った直後、考えを見透かすようにライザが突然口を開く。
「ヒカリさん、貴方は気を抜かないようにしてください。万が一、何かがあってもヒカリさんが咄嗟に動ければ、最悪の事態は避けられますから」
「・・・・・・最悪、とは」
「ここは確かに僕達の仕事場ですが、常に気を張っていないと行けない場所でもあります。その理由は___ここは次元の裂け目が多発する場所でもあるんです」
「裂け目が・・・・・・?」
「はい。ここ数年はラピュタイト内部に未確認生物を我々は目撃しています。それ自体は何度か撃退していますが、恐れているのは生物ではなく、裂け目による内部構造の変化です」
次元の裂け目という言葉を聞いてヒカリの目つきが戦闘時のものへと変わる。裂け目の発生を予測することは不可能。発生する場所も時間も、裂け目から何が出現するのかも、誰も分からない。
だが、ライザが恐れているのは裂け目が発生することで世界が繋がってしまい、洞窟内部の構造が大きく変わってしまうこと。洞窟自体が変化してしまえば、いくら自分たちが慣れている場所も一瞬で未知の領域へと化す。
ライザはその優れた観察眼でヒカリが戦闘慣れしている事実を察し、自身とヒカリで周囲の警戒をより強めるように勧める。
「サーヤとシークも常に周囲を警戒してくれていますが、今回はここでの単独行動が殆ど出来ないリツがいます。何かがあってしまった時、ヒカリさんの経験が必ず役に立つはずです。そのために動けるようにしておいてください」
「分かりました。警戒を続けておきます」
「ありがとうございます。最も、何も起きないのが一番なのですけどね」
だが、ヒカリもライザもこの時点でどこか気づいていた。この洞窟は間違いなく自分たちに牙を剥いてくると言う直感を。
そして、二人と同じ予感を覚えていた人物がもう一人。彼女は戸惑いながら歩くリツに不安を与えないように楽しそうに談話を続けながらも、その予感が外れることを祈っていた。
だが、その予感が外れたことは今まで一度たりともなかったことを彼女は知っている。
それはまるで、神からの天啓のようだった。
(もう。この力、本当にイヤ)
「___いよぉし!奇石の反応アリ!!もう少しだぞ、リツ!」
ラピュタイト内部を歩き始めて約二時間。適度に休憩を挟みつつ天然の洞窟を探索し続けて、皆の顔に疲労が見えてきた頃、シークが突然歓喜の声を上げた。
展開されている地図に現在地から多少離れたところに金色のアイコンが出現している。これこそ、リツの相棒となりうる奇石が存在している証拠だった。
「つ、遂に会えるんですか!? 私の、相棒君に!!!」
「ああ!よくここまで頑張ったな!リツ!」
「おめでとう、リツ。でも、その子に貴女が選ばれるかどうかはこれからだからね。それまで気を引き締めていこう」
「は、ハイっ!」
シーク、サーヤがリツに祝いの言葉を伝える様子を見て、エレメンツも思わず微笑みをこぼす。ここまで歩いてきたが特に異常は無く、ヒータは自分たちが護衛に付く必要など無かったのでは無いか、と少し気まずそうに頬を指でかいた。
だが、まだ依頼は終わっていない。リツの最終目標は奇石を発見することではなく、その中に宿る獣と出会い契約を交わすこと。サーヤの言うとおりここからが本番である。
今一度深呼吸をし、自分の頬を両手で叩いてリツは胸の高まりに一度蓋をする。相棒と出会えたその時こそ、この興奮と喜びを解放するのだと心に誓った。
「エレメンツの皆さん、もう少しだけあたしに付き合ってください!お願いしますっ!」
「うん!頑張ろうね、リツちゃん!」
「よっしゃ!もういっちょ頑張りますか!」
「依頼達成まであと一歩だ。皆、頑張ろう」
「もう一踏ん張り・・・・・・行きましょう、アダマシアさん!」
リツの心に呼応するようにエレメンツ達も再度息を入れ、洞窟の奥へと進んでいく。陣形は変わらず先頭はシーク。そこから順にヒータとアウス、エリアとライザとサーヤ、ウィンとリツ、最後列はヒカリが務めている。
地図に示されるアイコンが近づく度、リツの沈めた興奮が少しずつ漏れ始める。もうすぐだと、もう少しだと。もうすぐ、正式にアダマシアの一員になれると、胸の鼓動が抑えられない。
少しずつ早まるリツの足にサーヤが気づくと、困った笑顔を浮かべながらリツの肩を叩いて落ち着かせる。それが短い時間で何度も繰り返され、隣にいたウィンもどこか微笑ましい目でリツを見つめていた。
そして、遂にその時は訪れる。全員の視界が捕らえたのは紫水晶の畑に中に突き出る影を纏った巨大な魔法石___闇の力を秘める奇石。おぞましくも美しい外見と魔力に全員が息をのむ。
「あれが、あたしの・・・・・・っ!」
「すげぇ・・・・・・久々だ。こんなに心が震えるのは・・・・・・。すっげぇぇぇ!!!」
「綺麗・・・・・・。纏わせている魔力も恐ろしさと美しさを兼ね備えてる。これは、すっごい子が宿ってるかも!」
シーク、サーヤが目を輝かせて奇石を見つめ、リツはもう自分の心を抑えられない。今すぐに駆け寄りたいと身体を震わせていた。
だが、まだ気は抜けない。浮き足立つリツの代わりにエレメンツ達が周囲を確認しながら、一歩ずつ前に進むその度に奇石の魔力が彼女たちの肌をひりつかせる。
そうして遂に奇石まで数メートル。リツは遂に我慢の限界を迎える。自分の相棒に受かって走り始め___
世界が歪んだ。
「___え」
「固まれぇ!!!!!」
ヒカリの叫びが洞窟中を木霊する。割れるはずのない地面に黒い亀裂が走り、消えるはずのない大気が突如として出現した裂け目に吸い込まれていく。
体験したことのない現実に三人を除いた全員が動くことも出来ない。だが、備えていたヒカリとライザはそれぞれ別の方法で残ったメンバーの救出を試みる。
ライザは杖を輝かせ、自身と近くのエリア、サーヤを球状の結界で包み込む。ヒカリも地面を全力で踏み込んで、ウィンとリツを抱きかかえて裂け目から少しでも遠ざかるように走り始めた。
だが、これで全員ではない。準備ができていないアウス、ヒータ、シークはまだ理解すら出来ていない。逃げるという選択肢が脳裏に浮かび上がっていない。
(ここから三人には・・・・・・届かないっ!!)
オッドアイズを呼ぼうにも召喚術の準備が出来ていない。もしオッドアイズを呼べたとしても、その巨体からの衝撃で洞窟を崩してしまう恐れもあったため、実行することが出来なかった。
ライザも自分を含めた三人を助けることで手一杯。残ったヒータ達が裂け目に飲み込まれるのも数秒後の出来事だろう。
「___『gale』!」
「!?」
そこに最後にこの事態を予想していた人物が動く。彼女___ウィンはヒカリに抱きかかえられながら魔術を発動。杖から威力を調整した風の塊を発生させ、ヒータ達三人へとぶつける。
強力ながらも肌に傷を付けることのない絶妙な威力の風の魔術は三人を裂け目から大きく遠ざける事に成功する。
裂け目が発生してわずか数秒の出来事。たったそれだけでこの場所の構造が大きく変化する。先ほどまで目の前にあったはずの奇石は忽然と消え去り、この場にはヒカリ、ウィン、リツの三人だけが残されていた。
「___先輩方・・・・・・? 他のエレメンツの皆さんは・・・・・・?」
「リツさん、落ち着いて。ライザさんとウィンのおかげで全員無事だ」
「・・・・・・」
どこか気まずそうに下を向くウィンと力なく周囲を見渡すリツ。そして周囲に広がる広大な洞窟をヒカリは見渡す。
ラピュタイトとは違う天井が高く太陽に似た光が差し込む神秘的で広大な場所。先ほど感じていた空気も、その空気に含まれる魔力も何もかもが違う。共通点は所々に水晶が生まれていることのみ。
目の前に広がる『異世界』にヒカリも動揺を隠せず、息を呑んだ。
「・・・・・・凄い場所だな。ウィン、リツさん、動けそうか?」
未だに現状を受け止められないリツとウィンにヒカリは敢えて明るめの声をかける。今ここで黙って、何も行動をしないのが最悪手だと彼は知っているから。
ヒカリは上の空の二人の手を引いて周囲を確認して物陰へと移動すると、これからの行動について相談を始める。
「リツさん、落ち着けたか?」
「正直言って、まだ理解がまったく追いついていませんけど・・・・・・。ここがラピュタイトじゃないのは分かっちゃいますね・・・・・・」
「ああ。ウィン、ヒータ達とは連絡は取れそうか?」
「やってるんだけど、繋がらない・・・・・・。多分私達が異世界に飛ばされちゃったからかも」
一つずつ、自分たちが置かれている立場を確認していく三人。自分たちがいる場所が裂け目によって繋がった異世界であること。その影響か、他のメンバー全員と連絡が取れないこと。そして、それ以外は何も分からないこと。
孤立無援のこの状況を理解していく度に、リツの顔は青ざめウィンからは余裕が消える。ウィンは直近の単独行動が殆ど無く、リツについては冒険自体が初めて。無理もない反応だった。
だからこそ、この状況でも普段と態度が全く変わらないヒカリに頼もしさを通り越して少しの不気味さを覚えてしまう。
「ヒカリ君、なんだか慣れてるね」
「こういう状況だからこそ、一度息を入れて落ち着けって、アバンスさんから教えてもらったからな」
「・・・・・・アバンス君が」
「ああ。ウィン、とりあえずここを移動しよう。ここならオッドアイズを呼べる。リツさんと一緒に背中に乗ってくれ」
場所が変わった数少ないメリットとして、天井が非常に高いためオッドアイズを呼んでも問題がなさそうなこと。左腕の腕輪を『決闘』の呪文で起動させ、すぐさまペンデュラム召喚の準備を整える。
「スケール2の降竜の魔術師とスケール8の竜穴の魔術師をセッティング。ペンデュラム召喚!来い、オッドアイズ!」
洞窟内に偽りの星空が広がると、巨大な振り子が描いた光の軌跡が円を描き、一筋の流星となってオッドアイズが地上に召喚される。
仮面を付けたような赤き竜は何も感じられない目線で召喚者とその近くにいる者たちを見つめた。
首を下げたオッドアイズへ先にヒカリが背中へ飛んでリツに手を伸ばす。それでもある程度の高さがあるので、ウィンが風の魔術を使用。リツと自身の身体を浮かび上がらせると、そのままヒカリの手を取ってオッドアイズに乗り込んだ。
「この竜がヒカリさんの召喚獣なんですか!すっごくかっこいいですね!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。早速だが、オッドアイズの背中に乗ってくれ。ウィンも一緒にな」
「うん、ありがと!さてと、ぷーちゃん!出番だよ!」
「ピュイィ!」
オッドアイズが歩き始めると同時に、ウィンはぷーちゃんを巨大化した姿で杖から呼び出す。突風を纏い現れたぷーちゃんはウィン達の周囲を一周した後に、彼女たちを元から離れて遠くへと飛び立っていった。
戸惑うリツだが、ウィンから他のメンバーがいないかの探索を行ってくれていると知らされると、ほっと安堵の息を漏らす。そうして、歩き始めて十分程度。広がる光景にも少し慣れたリツが言葉を漏らす。
「しかし・・・・・・ここも水晶と岩石以外何もありませんね。コウモリとかいなくて良かったです。ウィンさんとヒカリさんは洞窟を冒険したことはあるんですか?」
「俺はないな。洞窟に住む知り合いはいたが、冒険はしたことがない」
「私はあるよ!一番最近だと一輪を習得した時だね!あの時は大変だったよ~」
ギルドに所属して初めての冒険で次元の裂け目に巻き込まれるという大異変に遭遇したリツ。非公式とはいえギルドの活動を行っている先輩であるウィンとヒカリが口にした言葉に彼女は再び興奮を覚え始める。
その姿はまるで就寝前、親に本の続きを読むようにねだる子供のように純粋で眩しいもの。ウィンはクスリと小さく笑うと、自分たちが大魔術を会得した時の事を語り始める。
エリアが見つけた魔道書に書かれていた大魔術を求め、森の奥に隠されていた洞窟へ向かったこと。その最中、いくつもの試練と出会いがあり、冒険に彩りが出たこと。
そして、遂に会得した大魔術『大霊術―一輪』で更に多くの人を助けられるようになったこと。
どれもこれもウィンにとってかけがえのない良い思い出となっていることは、語っている今の彼女の表情を見れば誰にでも分かることだろう。
「___すごい。本当にすっごい冒険だったんですね!」
話を聞き終えたリツは大きく目を開き、ただ純粋な言葉を漏らす。話の最中に身体を震えさせたり、小さく声を出してしまったり、話に没頭し自身が体験しているかのようにリツは聞き続け、溜めていた感動が一気に爆発してしまったようだった。
単純であるからこそ彼女が受けた感動がよく伝わる。ウィンはその姿を見て心からの笑顔をこぼした。
「私に話に没頭してくれてありがとう、リツちゃん。とっても嬉しいな」
「あたしこそ、話してくれてありがとうございました!そっかぁ、冒険の末に大魔術を会得・・・・・・すっごくロマンがあるお話でした!凄いなぁ~素敵だなぁ~」
「もしかして、リツちゃんは冒険が好きなの?」
両手を組んで身体を揺らすリツはウィンから素朴な疑問を受けると、えへへと恥ずかしく笑いながら頭を掻いた。今度は自分の番だと、一息ついたリツは自らの過去を話し始める。
彼女はごく普通の魔術使いの家庭に生まれた。父と母、そして妹の四人暮らし。確執も不仲もなく、父がコレクションとしてたまに買ってくる魔法石の美しさに目を輝かせていた幼少期を過ごしていた。
「それがあたしのオリジンなんです。父が初めて見せてくれたあの魔法石の輝きは今でも思い出せます。だから、私はコレクションではなく、魔法石を取り扱える仕事がしたいって思ったんです!」
「だから、ギルド アダマシアに入ったんだね!夢を叶えてて凄いね!」
「いやぁ~まだ入っただけですし~。それに、妹に負けてられませんから!」
その言葉にウィンの顔が一瞬引き攣るが、その様子に気づくことなくリツは自慢であり、自身のコンプレックスでもある妹のことを語り始める。
オッドアイズを操縦しながら周囲を警戒するヒカリもチラリとウィンの顔を伺うが、彼女が救いを求めている様子もないため、再度前を向いた。
「うちの妹、チヨっていうんです。あたしの二つ下なんですけど、あたしなんかよりずっと頭が良くて、あたしより後に勉強を始めたのに気づいたら追い抜かされてて・・・・・・。その、自慢の妹なんですけど、モヤモヤもしてて。アハハ・・・・・・」
「なんとなく分かるかも・・・・・・。誇らしいけど、認められないみたいなそんな感じだよね」
「でも、本当に自慢には思っているんです!14歳なのにエンディミオン直属の研究機関に配属されてて、もう国のために働いているんですよ。私も早く追いつかなきゃって。そう思ってたら、まさかこんなことになるなんて・・・・・・」
そうはそうだと肯定するように頷くウィンとヒカリ。こんな事態は誰も予想できるわけがなく最早事故みたいなものだが、今更嘆いてもしょうが無い。今はただ、他のメンバーと合流し情報を纏めるのが先決。
そうこうしている間にぷーちゃんがウィンの元へ帰還。笑顔で出迎えるウィンだがぷーちゃんから得られた情報は殆ど無かった。
「ここら周辺に私達以外の生命はなかったって・・・・・・」
「アワワワ・・・・・・」
「これは野宿も考えた方が良いな。オッドアイズの召喚維持自体は出来るが、万が一襲われたときに魔力切れが起きても困るからな。ウィン、とりあえず一時間くらい探索して、何も得られなかったら近場で仮拠点をつくろう」
このまま移動を続けていても埒が明かないと考えたヒカリの提案を否定する者は誰もいなかった。ひとまず宣言通りに一時間探索することにして、ウィンは再びぷーちゃんに周囲を探って貰うことにした。
今度こそ何か情報を得られるようにと、顔も知らない誰かに祈りながら。
時間はあっという間に過ぎ去っていき、ウィンの持つ時計では既に夜の八時を指していた。にもかかわらず、洞窟内の明るさは全く変わらずまるで昼間のようであり、三人とも困惑の色を隠せない。
原因は彼女たちの頭上にある太陽___のような輝きを放つ鉱石。これだけの光源でありながら放射されている熱は小さく、ぷーちゃんがある程度接近しても火傷を負うことがなかった。
一度オッドアイズから降りた三人は発見した小さな洞窟に隠れていた。ウィンは持ってきた軽食をリツに渡しつつ自分も補給し、一旦休憩を取る。肩に止まるぷーちゃんも憑依覚醒状態から元の姿に戻り、小さく寝息を立てていた。
改めて外を一度確認しにいったヒカリが彼女たちの元に戻ってくると、彼は苦虫をかみつぶしたような顔で口を開いた。
「ウィン、リツさん、今の状況は大分マズい」
今まで余り表情を崩してこなかったヒカリが告げる『マズい』という言葉にリツだけでなくウィンも思わず目を見開いてしまう。
ヒカリが考える問題点は三つ。
一つ、周囲から情報を得られる物が何もない。
二つ、鉱石からの光のせいで体内時間が大きく狂わされている。
そして三つ、食料や水分が全く確保できない。
特に最後の問題が彼を大きく悩ませていた。
「俺は体質的にまだいい。問題はウィンとリツさんだ。二人とも各自で食料や水分は持ってるか?」
「あ、あたしは何も・・・・・・。今日中に戻るって言う話だったから・・・・・・ごめんなさい!」
「えーっとね、水分は水筒があと半分。エリアちゃんの魔術書持ってきてるから魔力があれば飲み水は出せるよ!あとはお菓子が少し」
「よし、ウィン。俺が持ってるチョコを渡しておくから二人で分けてくれ。それから、火はこっちで起こしておくから、二人は明日に備えてその・・・・・・」
と、突然言葉の歯切れが悪くなるヒカリ。食料はともかく水分はウィンのファインプレーでなんとかなりそうで状況が多少良くなりそうな場面で、目線を泳がせる彼の姿にウィンは首をかしげた。
一度深呼吸をして、少しだけ赤くなった顔を隠すようにヒカリはそっぽを向いて言葉を続けた。
「その、身体を洗うと良い、と思う。女性が身体を洗えないのは死活問題だと、エミリアさんが言っていたから・・・・・・な・・・・・・」
「・・・・・・」
気を遣ってくれたことは嬉しいが、どこか邪な気配を感じたリツはジト目で彼を軽く睨み、ウィンは自分の知り合いから子供の頃学んだであろう教訓を守り続けいる彼をどこか温かい目で見つめた。
無言を心地悪く感じたヒカリはウィンに持っていたマドルチェのチョコレートを渡すと、早足で洞窟の外へと出て行ってしまう。流石に対応がマズかったかと焦るリツだが、数分後にまた彼は所持していた枝に火を付けて帰ってきた。
「支度が終わったらまた声をかけて欲しい。とりあえず外いるから」
枝をウィンに託して再びヒカリは外へと姿を消す。今まで戦闘慣れし全く動じていなかった彼が年頃の男性の反応を見せたことに、リツはようやくあの青年がただの人間だと実感できた。
突然どっと疲れが湧いてきたリツ。だが、まだ眠るには準備が出来ていない。両頬を叩いて眠気を何とか追い出し、早速行動に移ることにする。
ニコニコと微笑むウィンは水が注がれた水筒にコップを彼女に差し出す。早速受け取り、水を飲み干すとリツは感嘆の声を漏らした。
「わぁ・・・・・・!美味しい!これを魔術書から出せるなんて、エレメンツの皆さんは凄いですね!」
「そうでしょそうでしょ!エリアちゃんもヒータちゃんもアウスちゃんも凄いんだよ!もちろん、ヒカリ君も!」
「ヒカリさんって、お手伝いさんって名乗ってましたけど、あれってどういうことなんですか? そもそも、なんであんなに落ち着いて行動できるんですか? すっごく頼りになってかっこいいんですけど」
再び水筒のコップに注がれた水を受け取りながら、リツはヒカリについて質問する。同年代でありながら自分とはかけ離れた雰囲気を持つ青年。一体どんな経験を積めばあそこまで一人前の風格を持てるのか、彼女は興味津々だった。
だが、ウィンは少し悲しそうな微笑みで首を横に振った。
「ヒカリ君の過去については、私達も詳しく聞いてないんだ。ただ・・・・・・あんまり人前で話す内容じゃないみたい」
「そ、そうだったんですか。その、ごめんなさい」
「その代わり、ヒカリ君がお手伝いさんになってくれた経緯とそれからの冒険のことをお話しさせてもらうね。ヒカリ君、すっごく頼りになるんだから!あ、でも、身体洗いながらにしよっか。待たせてもいけないから」
一方の洞窟の入り口にいるヒカリ。内部で水の音が響き始めたところで、いったんこの場を離れて周囲を再び歩き始める。オッドアイズは既に再召喚済み。入り口に配置し、二人に危害の手が加わることを阻止する。
歩きながら改めて周囲を見渡すが、やはり何もない。しかし、生命すら感じられないのはやはり違和感がある。
(大気の魔力は地属性の魔力ばかり。ここまで何もないのはいくら何でもおかしいな)
ヒカリが知る地属性の生命『ナチュル』は植物に意思が宿るという生命力に満ちあふれた一族だった。『ジェムナイト』にいたっては鉱石という無機物の一族だった。地属性というだけでその生命力は飛躍的に跳ね上がるはずだ。
その原因を考え始めた彼の脳裏によぎるのは、かつて対峙した超巨大な炎の悪魔。
その存在が現れた瞬間、世界が書き換わったかのように周囲の炎の魔力が急激に増加。一瞬にして悪魔のフィールドへと変貌してしまった。
「もしもあの悪魔と同じほどの力を持つ敵対存在がいるのなら、その時は・・・・・・」
静かに左の腕輪を見るヒカリ。次に思い出したのは、自身の炎。それは肉も骨も、灰すら灰燼と帰す業火。熱いという感覚すら無く、ただ自分が燃えている激痛が永遠に続く文字通り『地獄』。
もしも本当にあの悪魔と同格の敵対存在が現れた場合は、その力を使うしかない。
(俺は弱い。万が一があった時は二人だけでも・・・・・・)
以前エリアに自己犠牲を咎められた事があるヒカリ。だが、今の彼を支配するのはかつて守れなかったかけがえのない存在と、そんな存在を守れなかった自分への憤怒と後悔。
今もそうだ。自分が一番経験豊富なのに、二人に不安を与えてばかり。少しでも彼女たちの力になりたいのにそれが出来ない歯がゆさ。
無意識のうちに爪が食い込むほど拳を握りしめ、自分の無力さにただ震える。
と、そんなとき、突然後頭部を突かれる。振り向くとそこには緑の竜が彼を『何やってんだ?』と言わんばかりの目で見つめていた。
「ぷーちゃん。呼びに来てくれたのか」
「ぷい」
『さっさと行くぞ』とぷーちゃんは洞窟へとふよふよと移動していく。可愛らしい外見とは裏腹にどこかワイルドなその姿にギャップを覚えつつ、彼の背後を追っていく。
途中、こちらを確認するぷーちゃん。その目つきはどこか鋭く、自分を歓迎しているようには見えなかった。まるで幼なじみのパートナーだった火炎獅子のように。
「ぷーちゃん、俺が怖いか?」
「ぴー」
「・・・・・・そっか。言葉は分からないけど、悩むなって言いたいんだな」
その言葉を肯定するようにぷーちゃんはヒカリに近づくと、ぺちっと尻尾を彼の頬に軽く当てた。ヒカリが先ほどまで自分を責め続けていた事をぷーちゃんは見抜いていたようだった。
そんなにわかりやすいのだろうかと自分の顔をペタペタと触るヒカリ。指摘されたのはこれで何度目だろうか。エレメンツ全員だけでなく召喚獣であるぷーちゃんにすら気づかれてしまう自分を恥じる。
その行為がどこか抜けているように見えると何故気づけない。そう言うかのようにぷーちゃんは小さくため息をついたのだった。