端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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第七話ー後編 見習い少女と鉱石竜

「おはよう、二人とも。よく眠れたか?」

「ふあぁ~・・・・・・なんとかねぇ~。ヒカリ君、見張りありがと~」

「無理に眠ろうとすると、人って眠れないんですね・・・・・・」

 

 時計は朝の六時を指した頃、洞窟内から物音がしてヒカリは仮眠から目を覚ます。洞窟内部から物音がしてそちらを見ると、目をこすりながらローブを脱いだウィンとリツが現れた。

 髪はボサボサで年頃の乙女が人前に出て良い姿ではないが、今は緊急事態。そんなことを気にしている場合ではない。

 せめてもの気づかいとして目線を地面にそらしながら、予定の打ち合わせを開始しようとした時だった。

 

『ウィン、ヒカリ君、リツさん!聞こえますか!!?』

 

 若干のノイズが混じりながらも、ウィンの杖から突如として少女の声が響き渡る。それは、エレメンツの頼れるリーダー エリアの声だった。ずっと聞きたかった親友の声にウィンは喜びで目を見開く。

 

「エリアちゃん、無事だったんだね!こっちは三人とも大丈夫だよ!」

『三人とも無事でよかった・・・・・・。時間が無いから、手短に伝えるね』

 

 次元の裂け目が発生した後、エリア、ライザ、サーヤはどこかに飛ばされることなく、ラピュタイト内部に取り残されていた。

 だが、そこには他メンバーだけでなく発見した奇石すら姿を消していた。

 残された三人は残りメンバーを探すべく、一度ラピュタイトから外に出て準備を整える。最悪の場合、救援依頼をプロファシーに送らなくてはいけない。

三人が考えた案を実行するため、ライザとサーヤは相棒の召喚獣 『水の奇石 ドラガイト』と『風の奇石 ラプタイト』を呼び出し、周囲の魔力を高めた。奇石はそれ自体が多大な魔力を帯びている鉱石。そこから生まれた召喚獣も同様に環境すら変えてしまうほどの影響力を持つ。

 その膨大な魔力を使い、エリアはラピュタイト内部全域に水の魔力を浸透させることでウィン達を見つけ出したのだ。

 

『しかし、いくらドラガイトとラプタイトの力があるとはいえ、こんなことが可能とは・・・・・・。流石ですね、エレメンツのリーダー エリアさんだ』

「マスターライザ!」

『はい、ライザですよ。リツも元気そうで何より』

『リツ!諦めないでね!絶対助かるから!』

 

 ライザとサーヤの声を聞き、落ち込んでいたリツにも力が戻る。様々なストレスに襲われていた二人に気力が戻ったことを内心喜びながら、ヒカリはエリア達に情報を求める。

 今自分たちがいる場所が、いったい何なのか、と。

 少しの沈黙の後、彼の疑問に答えたのはアダマシアのリーダー ライザだった。

 

『間違いなくラピュタイトではない場所ですね。次元の裂け目によって出現した異世界でしょう』

「脱出は?」

『可能です。確かに異世界ですが、その場所はラピュタイト内部と繋がっている。そこまで戻ってこられれば、我々が迎えに行けます』

『ウィン、ラピュタイトまではサーヤさんとラプタイトの風の魔力を辿って。ウィンなら出来るよね』

「風を読むってことだね。分かった!」

「サーヤ先輩も、魔力切れには気をつけてください!」

『大丈夫!後輩にかっこ悪い所見せられないから!』

『ヒカリ君、また何かあったら連絡して。こっちはこれからヒータ達を探してみる』

「了解した。それじゃあ、また後で」

 

 通信を終了させ、今一度身支度を調える三人。魔術書から水を出し、洗顔と水分補給を済ませ、女性二人は残していたお菓子を頬張る。

 手櫛で軽く髪を整えた三人が洞窟から出ると、昨日と同じく宙から降り注ぐ鉱石の光が彼らを出迎えた。

 昨日と同様にオッドアイズの背中に荷物をロープで固定。その後、ウィンとリツを乗せてから、ヒカリはオッドアイズに飛び乗って移動し始める。だが、その速度は昨日よりも遙かに速い。

 

「わ、わ、わ!!」

「リツさん、しっかり捕まっていてくれ。ウィン、風の魔力は探知できてるか?」

「なんとか!そのまましばらく前進!合図したら右に曲がって!」

 

 慣れない速度と振動に目を白黒させながらも必死にオッドアイズにしがみつくリツ。そんな彼女に寄り添いながら、サーヤとラプタイトの風の魔力を辿るウィン。

 ヒカリはただ前を向き、高速で流れる景色をひたすら目で追い続ける。彼の操縦次第で三人とも亡き者になる可能性がある以上、今はその事だけに集中する。時折聞こえているウィンの指示に答えながら、未知の洞窟を駆け抜けていく。

 オッドアイズの機動力によってウィンが感じる風の魔力は徐々に強くなっていく。それは即ち、出口が近づいているということ。その事実に心が踊る。

 

「ヒカリ君、もう少しだよ!」

「ああ。リツさん、もう少しだ」

「ひゃい!!」

 

 しかし、誰の指示もなくオッドアイズは走る速度を落とす。リツが怖がっているからでもない。ウィンが方向の指示をしたわけでもない。ヒカリが何か心で発した訳でもない。

 理由は誰にも分からない。ただこの竜が足を止め、どこか一点を見つめていた。もちろんその先は洞窟の出口ではない。

 

「オッドアイズ、出口はそっちじゃない。俺にした___」

「ヒカリ君。あっちに行ってみようよ」

「だけど・・・・・・」

「あ、あたしは大丈夫ですから!この子も、きっと何か伝えたいんですよ!」

 

 オッドアイズに命令を下そうとするヒカリをウィンとリツは制止する。今までに見たことのないオッドアイズの挙動。その意味を信じる同行者の二人。『早く脱出する』ことよりも大事なことはないと思いながらも、自分にない考えを彼は尊重した。

 召喚者の沈黙を肯定と受け取ったのか、オッドアイズは視線の先へと歩き始める。その巨体が歩く度に周囲の鉱石は震え、竜の蹄が地面に刻み込まれる。

 小さな丘を越えたところでオッドアイズは足を止める。その先で三人が見た物は___

 

「・・・・・・鉱石の、ドラゴン?」

 

 禍々しい黒を帯びた鉱石の身体を持つ、一体の竜。オッドアイズよりも少し大きいその身体の所々は赤い光が走り、爪も鱗も鋭利な箇所ばかり。触れば全身を切り刻まれてしまいそうなほど攻撃的な外見。

 だが、三人とも目の前の竜に恐怖は全く感じなかった。

 その理由は、彼の頭部と背面に大きく付けられた傷。立派に生えていたいたであろう両角は片割れが半分ほど折れ、もう片側は根元から『噛み千切られて』いた。その痛々しさにヒカリですら少し顔を歪める。

 

「助けないと!」

「待ってくれ、リツさん。相手は竜だ。慎重に行くべき・・・・・・ウィン?」

 

 咄嗟に駆け出そうとするリツの手首を掴み、今度は制止側に回るヒカリ。だが、隣にいたはずのもう一人の少女の姿ない事に気づいてしまう。

 探し求めていたその姿は、既に傷ついた竜のすぐ側にいた。

 

「ウィン!!?」

「あ、あたし達も行きましょう!」

 

 ヒカリがオッドアイズを鉱石の竜の元へと向かわせている内に、ウィンは竜の身体を触り始める。身体は鉱石だがれっきとした生物。間近にいる彼女の鼻孔を強烈な鉄の臭いが襲う。

 血の臭いで充満したこの環境の中でも彼女は顔を歪めることはない。相棒であるぷーちゃんを呼び出し、持っていた回復薬を竜の傷にかけて貰う。

 ウィンも持ち出した杖を掲げ、少しでも竜から痛みや苦しみを取り除けるようにと回復魔術を行使し始めた。

 

「ウィン!大丈夫か!」

「へーきだよ!この子、まだ生きてる!」

「わわわ・・・・・・!あたしも触れて大丈夫なんでしょうか・・・・・・」

「リツちゃん、回復魔術が使えるなら使って!難しいなら魔術書貸すから、傷口を洗って!」

「わ、わかりました!」

 

 荒い呼吸を続ける竜にウィンとリツは回復魔術を。ヒカリはウィンから借りた魔術書で傷口の汚れを少しずつ落とし、清潔にしていく。

 傷ついた身体に触れられても全く反応しないことから、かなり衰弱していることを理解してしまう三人。だが、自分たちが出来る精一杯の手当を竜に施していく。

 本当に効果があるかなど今は分からない。だが、目の前で消えてしまいそうになっている命を、ウィンとリツは見逃すことなど出来なかった。

 

「大丈夫・・・・・・大丈夫だからね」

「あたしも、このドラゴンさんの力に・・・・・・」

 

 看病を始めて一時間近く経っただろうか。竜の呼吸は落ち着き、所々にあった傷口からの流血は治まった。なんとか山場を超えたことでウィンとリツは思わず力が抜け、尻餅をついてしまった。

 二人して尻餅をついた事に彼女たちは思わず吹き出してしまう。それほど必死に目の前の命に向かっていた証拠だった。

 

「お疲れ様、二人とも。水、いるか?」

「もらう~」

「お、お願いします~」

 

 ヒカリから水を貰い一気に飲み干す。良い仕事をした後の一杯は格別で、思わず二人の満足そうな声が漏れてしまった。

 さて、ここからどうしたものかとヒカリが考え始めた時。

 

『・・・・・・ヒトの子か』

「ふぇ!?」

「ウィンさん?」

「どうかしたのか?」

 

 ウィンの脳内に聞いたことのない男性の声が響いた。突然のことで驚きの声を上げる彼女だが、ヒカリとリツはその姿を不思議そうに見つめるだけ。

 幻聴かと周囲を見渡すウィンだが、あるのは目の前の竜だけ。まさかと思い、ウィンはゆっくりと口を開いた。

 

「もしかして、君が話しかけてくれたの?」

『然り』

「そっかぁ。回復したみたいで良かったよ!私はウィン!君は?」

「ウィン、もしかしてこの竜と?」

「うん!」

 

 本人が嫌う血統からなるあらゆる動物と話せる能力が彼女にこの竜の声を届ける。生まれに良い思い出はなくても、この力を授けてくれたことには感謝していた。

 声に敵意はない。回復した事実に喜び、笑顔を向けるウィンと安堵するリツの姿を見て、竜もまた目を細める。

 

『銘はベリル。ウィン、そのヒトの子の名は何という』

「ベリル君だね!こっちはリツちゃん!こっちはヒカリ君!」

『リツチャンとヒカリクンか』

「あ、ゴメン。リツとヒカリ、だよ」

『感謝する、リツ。そして、我が同胞のヒカリよ』

 

 リツとウィンをヒト、ヒカリを同胞と呼ぶベリル。ヒカリの内面は既に見られているようで、彼がただの人ではないことにすぐに気づかれた。

 前に会った悪魔や竜にとって、魂を見抜く事は容易いことなのだろう。

 驚きつつも、リツにこの事実を知られると変に恐怖を与えてしまうかもしれない。ヒカリのことを同胞と言ったことを伏せて、ウィンは二人にベリルの言葉を伝える。

 

「ベリル。二つほど聞きたいことがある。良いだろうか」

『良い』

「一つ、ここはどこだ。もう一つ、貴方に何があった」

『一つ目、ここは原石の皇脈。我ら『原石竜』の生まれる地。もう一つ、昨日突如侵略者が現れ、我が王や同胞を殺し尽くした。我の傷もその時の物だ』

「原石の、皇脈・・・・・・聞いたことのない場所だね。リツちゃんは?」

「小さい頃聞いたおとぎ話で少しだけ・・・・・・。まさか、本当にあるなんて・・・・・・!感動でしゅっ!」

 

 緊張や感動するとかみ癖が出てしまうリツ。目に涙をためながらも輝かせ、今一度ベリルの身体を上から下まで舐めるように見渡す。感動の声を漏らしながら、リツは昔聞いたおとぎ話を語る。

 原石の皇脈___それはありとあらゆる鉱石が生まれる場所。世界中に存在する全ての鉱石が採掘でき、中には皇脈にしか生まれない鉱石も存在しているそうな。

 そして皇脈にはこの聖地を統べる竜がいるとも。

 

「皇脈では竜には敬意を払うべし。もし逆鱗に触れれば、その身は灰燼すら残らない。ヒトの子よ、常忘れる無かれ・・・・・・で終わるんですよね。なんかそれが不思議で印象に残っていました」

『そう、その語られた竜こそ我らが王。だが、もうこの世にはいない』

「ベリル君・・・・・・」

 

 言葉は淡泊だがベリルの音色からは悲しみが伝わってくる。声が唯一聞こえるウィンはその心に触れ、自身も悲しみの声を漏らした。それを聞いたヒカリもリツも心配そうにベリルを見つめる。

 それが、竜にとっては不思議だった。

 

『___分からんな。我の体験など、ヒトの子には関係ないだろう。何故そこまで悲しむ必要がある?』

「それはね、心が分かるからだよ。貴方の悲しみが分かるから、私も悲しいの。そして、二人もその悲しみを私を通じて分かってくれたんだ」

「・・・・・・一人になって辛かったんですよね。傷ついて苦しかったんですよね。家族がいなくなっちゃうのって、本当に悲しいことだから・・・・・・」

「・・・・・・必死だったんだな」

 

 目の前にいる先ほど出会ったばかりの存在は本気で自分を心配している。ベリルの理解が及ばない光景。強き竜は本来、個体で完結する生命。群れるのは弱さの証でもある。

 だからこそ、ヒトは弱いと知っていたはずだった。

 『優しさ』という『強さ』を若き竜は自身よりずっと幼いヒトに学びを得る。

 

「しかし、どうしたものか。ベリルをここに置いていくわけにもいかない。だが、ベリルに動いて貰うわけにもいかないからな」

「ベリルさんは鉱石の身体だから、マスターや先輩方なら治療が出来るかもしれません。あ、あたしの考えなのであまり当てにしないでください!」

「いや、良い案だよ、リツちゃん!アウスちゃんも地の魔力に詳しいから、きっとベリル君の力になってくれるよ!」

 

 各々が次の行動に移ろうとしている。誰一人、ベリルを放っておくことは考えておらず、全員で無事にここから脱出することだけを考えていた。

 その無自覚な隙を侵略者は見逃さない。

 最初に気づいたのはヒカリ。気配を感じたときにはもう遅い。突如降り注いでいた宙からの光が消え、見上げた先には巨大な何かがこちらに襲いかかっている。

 気づくことが出来ても身体を動かす事が出来なければ同じ事。次に意識したのは、強烈な衝撃と痛み。全身が一瞬で悲鳴を上げ、咄嗟に動くことも正しい呼吸をすることも出来ない。

 

『ウィン、二人と共に今すぐここを離れよ。でなければ、無関係のお前達まで始祖竜によって死ぬことになる』

 

 ウィンにそう伝えると、ベリルは全身の傷を開きながら襲撃者へと飛び立つ。血を流しながらも強く羽ばたくと、周囲に爆風が巻き起こる。リツもウィンもその風圧に耐えきれず、思わず四つん這いになって必死に地面にしがみつく。

 ガギャン、と、硬質で巨大な物体同士がぶつかり合う爆音が短い間に何度も繰り返され、その衝撃が三人を襲う。

 

「な、何が起きてるんですかぁ!!!?」

「わ、わかんない!!ヒカリ君!!!」

 

 悲鳴を上げるリツとウィン。ウィンはいつも冷静なヒカリに助言を求めるが、彼からの返事はなかった。ギリギリ視界が確保出来るくらいに目を開き、周囲を見渡すウィン。だが、余りにも強い土煙のせいで周囲が何も確認できない。

 二人が動けないところに、先ほどまで待機していたオッドアイズが動く。その身体を使い、暴風と衝撃から二人を守ることでようやくウィンは周囲の様子を確認できるようになる。

 

「___ヒカリ君っ!!!」

「あ・・・・・・あ・・・・・・!」

 

 リツも目を開けて、受け入れがたい現実を直視することになる。

 まず、ヒカリが鉱石の壁に叩きつけられてピクリとも動かなくなっている。彼の背後には小さなクレーターが出来上がっており、その身が受けた衝撃を容易く想像することが可能だった。

 そして、リツが身体を震わせている最大の理由。それは___

 

「もう一体の、ドラゴン・・・・・・!?」

 

 ウィンがリツの心を代弁する。突如現れた侵略者___『始祖竜』と呼ばれたその存在は巨大な翼と尾を持つ赤い目の翼竜。オッドアイズやベリルのような腕や爪はなくとも、青黒い全身に生える棘のような鱗は万物を容易く貫くだろう。

 口周りには先ほどまで何かを喰らっていただろう血が大量に付着しており、逆にその身体には全くのかすり傷すら確認できなかった。

 ベリルも確かに攻撃的な外見をしていたが、この竜は冒険の経験が無いリツでも分かるほど、凶暴さと残酷さを醸し出していた。

 

「なんで・・・・・・なんであんなに大きな竜が、ここにいるんですか!!?」

「わかんない!なんで!? あの竜から魔力も、気配も何も感じなかったの・・・・・・!?」

 

 あの竜の最大の特異性。それは魔力も気配も感じることが出来ないこと。今もベリルの気配と地の魔力を感じることは出来るが、もう一体の竜はかろうじて姿を目で追うことしか出来ない。

 普段は周囲を探知することに優れたウィンも、殺意を感知し先手を打てるヒカリもこの特異性のせいで対応が完全に遅れた。

 混乱する二人。だが、何時までも動かないわけにはいかない。ひとまずベリルが足止めをしている間に吹き飛ばされたヒカリの下へ駆け寄る。動かない彼の身体をゆっくり起こし、肩を叩いて反応を見る。

 

「ヒカリ君!ヒカリ君!」

「___っ! 悪い、気を失っていた。状況は?」

「あの竜が突然現れて、ベリル君が交戦中!」

「了解。ウィン、サポート頼む。ベリルは多分これ以上持たない。リツさんはベリルの手当を頼む。来い、オッドアイズ!」

 

 痛みで顔を歪ませながらもヒカリは二人の手に引かれて立ち上がる。外傷はあまりないものの、先ほど叩きつけられた衝撃で骨の何本かはヒビが入っていると感覚で察するヒカリ。だが、この中で前に立てるのは自分だけだと自らに言い聞かせて痛みを飲み込む。

 二人を守っていたオッドアイズをこちらに呼び寄せ、背中に飛び移る。その際にも激痛が身体を襲うが、二人に不安を与えないように声は漏らさない。

 

「べ、ベリルさんを手当てするって、どうすれば・・・・・・!?」

「貴女は俺たちよりも鉱石に詳しい。その知識があればベリルの身体を治す・・・・・・修復することができるんじゃないか?」

「そ、それは結構無茶というか!?」

 

 リツの戸惑いを聞かずにオッドアイズは大地を強く蹴り込む。ベリルの羽ばたきにも負けないほどの風圧が二人を襲い、彼女たちの視界に映るオッドアイズとヒカリの姿が一瞬で小さくなる。

 鉱石の山を踏みしめ、オッドアイズはより加速。少し丘になっている箇所まで登るとより強く大地を蹴り飛ばす。その反力によってオッドアイズとヒカリは空中でぶつかり合う竜の元へ跳び上がった。

 

「ベリル!こいつは俺と俺の竜が相手をする!一旦リツさん達の元に戻ってくれ!」

『同胞よ、何故来た。お前には関係ない話だ』

「すまないが、お前の言葉は俺には分からない!とにかく戻ってくれ!死ぬぞ!!」

 

 ベリルの言葉が分かるのはウィンだけ。ヒカリはベリルがなんとなく自分の意見を拒否していることしか分からない。

 だが、ベリルを死なせたくないのはこの場にいる全員の意思だ。無理矢理にでも従って貰う。そのために、ヒカリは慣れない魔力弾を左手に作り出し、ベリルの背中にぶつけた。

 

『な』

「悪いな、ベリル。お説教は後だ!」

 

 普段なら身じろぎもしない威力。だが、全身を傷つけられ、今もまた新しい傷をつくり弱った今のベリルにとっては充分すぎた。バランスを崩し、重力に引かれるまま落下を始めるベリル。

 

「ぷーちゃん!」

「ぴゅいぁ!!!」

『おお?』

 

 その傷ついた巨体は、少女と竜が力を合わせて起こした風のクッションによって優しく受け止められる。地面と接触する寸前でベリルの身体は宙に留まり、そのままゆっくりと着地する。

 駆け寄ってきたウィンとリツにベリルは今まで話してきた落ち着いた声ではなく、興奮と怒りが混じった声で二人に怒鳴りつける。

 

『何故逃げなかった!? 死ぬと言っただろう!!!』

「それはベリル君もでしょ!!!私達にベリル君が死ぬところを見ていろって言いたいの!!?」

「ウィ、ウィンさん落ち着いてください!? ベリルさんも!なんて言ってるか分からないけど、それ以上暴れたら本当に死んじゃいますっ!!」

「ぴゅい」

 

 竜の咆哮にすら怯むことなく真っ直ぐに意見を通すウィンに逆に圧倒されるベリル。咆哮に怯えながらも、リツはウィンに同意し再び回復魔術を傷口に施し始める。

 強大な存在にも臆せず真っ直ぐ立ち向かう主の姿を見て、『それでこそ』と鳴き声を漏らすぷーちゃん。既に憑依覚醒状態であり、その姿を立派な竜へと変化させていた。

 

「私達はベリル君を置いてここから出る気はないよ。絶対に、助けるから」

『・・・・・・我は、助けなど求めておらぬ』

「嘘だよ。一人は寂しいって、そう言ってる」

『言っておらぬ』

「君の心がそう言ってるんだよ。大丈夫。ベリル君を一人にしないから。ぷーちゃん、ヒカリ君のサポートをお願い!」

「ぴゅあぁぁぁ!!!」

 

 主人の強い意志を感じ取り、暴風を操る竜は対峙している二体の竜の元へ飛び立つ。

 オッドアイズは空中戦に対応できるように姿を融合形態『ボルテックス』へと変化させると、侵略者である始祖竜は巨大な咆哮を上げ、目の前に障害を排除に掛かる。

 先手必勝。オッドアイズはネムレリアの夢が生み出した化け物を吹き飛ばした暴風を叩きつける。周囲の気流が乱されて羽ばたきが乱れたところに更なる一撃を加える算段だ。

 だが、始祖竜は迫り来る暴風を意に介することなく突っ込んでくる。そして、全くの無傷でオッドアイズとヒカリの前に現れた。

 ヒカリが回避行動に入る前の突進。先ほどと同じようにヒカリは無様に吹き飛ばされ、また地面に叩きつけられる事が決定した。

 そこに咄嗟に入り込むのは大きな上昇気流。発生させたのはもちろんぷーちゃん。ここにいる竜の中では一番小柄だが、風を操ることに関しては最も優れている。

 オッドアイズほどの体格の竜を一気に数メートル浮かび上がらせるほどの気流。導かれるように、オッドアイズとヒカリの身体はより高く舞い上がった。

 

「ぴゅい」

「助かった、ぷーちゃん。しかし、オッドアイズの攻撃が効いていないとは。どうしたものか」

 

 先ほどの短いやりとりにヒカリは違和感を覚えていた。始祖竜はオッドアイズの吹き飛ばしを全く気にすることなく突っ込んできた。

 普通、敵対者からの初撃は基本回避するのが普通だ。例え装甲に自信があったとしても、その攻撃に毒や幻影を見せる追加効果があればそれで戦闘不能になる。

 回避しない理由でヒカリが考えられるのは二つ。

 一つ、既に副作用に対策が出来ている。

 もう一つ、そもそも攻撃が『効かない』。

 

「前者はまだ限界が見えるから最悪手数で攻められるが、後者だとしたら最悪だな。オッドアイズどころか、ウィンやぷーちゃんにも助力を頼めなくなる」

「ぴぃ?」

「攻撃が効かないって・・・・・・そんなこと!?」

『いや、その認識で正しい』

 

 ぷーちゃんを通じてヒカリの言葉を聞いたウィンが驚愕の声を漏らすと、大怪我を負ったベリルが静かにその言葉を肯定した。

 先ほどからリツがベリルの身体に適切な処置を施しているものの、流血が止まることはない。最早しゃべることすら厳しい彼が力を振り絞って発する言葉にウィンは耳を澄ませる。

 

『奴___始祖竜は魔力を一切受け付けない。それどころか自身の気配すら発さない。我ら原石竜のブレスも奴には全く効果が無かった』

「じゃ、じゃあ、どうしたら・・・・・・!?」

『物理的に奴を叩くしかない。魔力に頼らない一撃で。もっとも、それが出来た我らが王ですら、奴には勝てなかったのだが。・・・・・・だから逃げろと言ったのだ』

「・・・・・・」

 

 魔力攻撃の無効化___魔術を使う者にとって、これほど相性の悪い相手はいない。

 ウィンもリツも典型的な魔術使い。原石竜たちのブレスも効かないとなれば、ぷーちゃんやオッドアイズの攻撃も効果が無いだろう。

 ヒカリの主な攻撃手段である『魔力補強』からの斬撃も、魔力そのものを無効化されれば意味が無い。

 今彼女たちにとれる最後の手段は、ベリルが告げるとおり『逃げる』事だけだったのだ。だが、既にこの場の全員が始祖竜の逆鱗に触れている。その選択はもう出来ない。

 

「と、とにかく、ヒカリ君にこのことを伝えないと!今のままじゃ、勝ち目なんてない!ぷーちゃん、憑依装着お願い!」

 

 ぷーちゃんだけではヒカリに言葉を伝えることは出来ない。杖を経由してぷーちゃんをこちらに呼び戻すと、その翼をウィンの背中に宿す。

 ベリルを一旦リツに任せ、ウィンは一陣の風となってヒカリの元へ駆けつける。ぷーちゃんの力を宿した今の状態であれば、僅か数秒で移動が可能だった。

 ヒカリは始祖竜に対し攻撃が無意味と判断。一度攻撃を抑え、ただ回避行動に専念する。

 

「ヒカリ君!このドラゴンさん、魔力が一切受け付けないって!」

「なるほど。・・・・・・アレしかないか」

 

 ウィンの伝言を聞いても、ヒカリは少し考えて自分が切れる手段を考えるだけ。そこに焦りはなく、静かに決意を決める。

 オッドアイズの各モードも通用しないであろう相手に切れるカードは一つしか無い。ただの融合でもシンクロでもエクシーズでもなく、まだ見せていない儀式でもない。

 全てを燃やし尽くしてしまう、青い炎なら。

 目線は始祖竜から逸らさず、自分に助言を授けてくれた少女に背を向けながら彼は告げる。

 

「ウィン、巻き添えを食らわないように、なるべく全員を俺から離すか。それとも結界を張るか。どちらかを選んでおいてくれ」

「ヒカリ君? 何をする気なの・・・・・・?」

「俺の全力でアイツを一旦戦闘不能にする。逃げるのはそれからにしよう。ただ・・・・・・万が一俺に何かあったら、後から探しに来てくれ」

 

 意図が読めないヒカリの言葉にウィンは不安の声を漏らす。その言葉は今すぐにでも消えてしまいそうな脆さと儚さが混じり合っていたから。

 だが、今のヒカリは『自分』も諦めたつもりはない。前にエリアから受けた説教が、彼の中に残り続けていた。

 

「まだ君たちにお金と恩を返せていない。だから、勝手に消えるつもりはないよ」

「・・・・・・わかった。無茶だと思ったらすぐに助けに来るからね!」

「___近づかないでくれよ、頼むから」

 

 ウィンが去る前に、彼女に聞こえない小さな声でヒカリはそうつぶやく。対峙する始祖竜は自分に危害を加えようとしたことに激怒しているのか、または自分の上にいることを憎々しく想っているのか。その鋭い目線をヒカリとオッドアイズにのみ向けていた。

 舞台は整った。敵対者は強大。味方は全員後ろに下がった。そして、奥の手を出す準備は最初の時点で済ませていた。

 腕輪が光り、ヒカリは新たなるカードを引く。それが再開の合図となった。

 始祖竜は静止状態から一瞬で信じられないほどの速度へと到達。ヒカリとオッドアイズを食らい尽くそうと大口を開けて迫る。オッドアイズも持てる全ての風を解放。咄嗟に上に動いたことで、ギリギリ尾が始祖竜にかする程度で済んだ。

 強烈な風に晒される中、ヒカリは冷静に宣言を続ける。

 

「ドロー。墓地にある貴竜の魔術師の効果!オッドアイズの星を吸い、蘇れ!貴竜の魔術師よ!そのまま、オッドアイズに貴竜の魔術師をチューニング!」

 

 ボルテックスの融合素材として墓地に送っておいた貴竜の魔術師を復活させ、すぐさまシンクロ召喚を執り行う。

 その間、オッドアイズの姿は消える。もちろん彼はそのまま地上に落下を始めるわけだが、その隙をなくすために上に動いたのだ。

 ヒカリはむしろ消える寸前のオッドアイズの身体を蹴り、落下速度を加速。すぐ下にいる始祖竜の背中に飛び乗った。

 強大な力を持つ始祖竜だが、その体格的に自分の背中に攻撃をすることはできない。必死に振り払おうと暴れ狂う始祖竜だが、ヒカリも自身の剣を始祖竜の背中に突き刺し無理矢理耐える。手は真っ白になるほど握りしめ、次の一手まで待ち続ける。

 次にオッドアイズが纏うのは炎。赤きオッドアイズ『メテオバースト』が始祖竜目掛けて落下し始めると、ヒカリは更なる効果宣言を行う。

 

「メテオバーストの効果!ペンデュラムゾーンの降竜の魔術師を特殊召喚!降竜は自身をドラゴン族として扱える!」

 

 ペンデュラム召喚に使用していた光の柱から長身の女性が出現する。『降竜』という名前の通り、仮面を付けた魔術師は帽子や服装に竜の牙や鱗のような装飾品を身につけており、その身に竜の力を宿していた。

 そして、この魔術師のレベルは7。オッドアイズと同じだった。

 剣を始祖竜から引き抜き、再び落下を始めるヒカリ。目を瞑り、脳裏にエレメンツ、アダマシア、ベリルの姿をもう一度思い出してから、自分の切り札を切った。

 

「レベル7のオッドアイズと降竜でオーバーレイ!エクシーズ召喚!現れよ___レイジング・ドラゴン!!!」

 

 

 

 その瞬間、巨大な炎柱が立ち上り、皇脈の空気が灼熱に染められる。

 

 

 

『これは・・・・・・!?』

「あっついですっ!!?」

「ヒカリ君・・・・・・!」

 

 地上に戻り、風の防壁を張っていたウィンとその中にいるベリルとリツは急激な気温上昇に驚愕し、思わずヒカリ達がいる方角を見上げる。

 対峙していた始祖竜もこの変化には思わず動きを止める。炎柱に意識を集中させ、次の変化を見逃さないように全身に力を貯める。

 全員が見つめる中、突如炎柱を左右にこじ開けるように中から現れたのは、二色の眼の竜。だが、その姿は誰も知らぬもの。

 その身体は細くも筋肉質。全身の鱗が逆立ち、前にあった丸みは一切消え去った。小さかったその両腕は肥大化し、鋭い爪を持った人の手のように変化。

 そして何よりも特徴的なのは、先ほどまで存在すらしていなかった『翼』の存在。大きさは自身の身体を遙かに超え、その羽は実体を持たない業火で出来ている。

 特徴的だった仮面は剥ぎ取られ、血涙を流し続ける凶暴な竜の素顔がそこにはあった。

 眼と身体の色が同一なため、かろうじてその竜を『オッドアイズ』だと判断できるが、先ほどまでの雰囲気は消え去り、もう一体の始祖竜が現れたと勘違いされても仕方がないだろう。

 

『グルゥゥアアアアアアアアア!!!!!!!』

 

 状況を誰かが理解する前に、咆哮を上げたオッドアイズは始祖竜に接近。翼の火力を上昇させ、急加速すると、そのまま拳で始祖竜の顔面を殴りつけた。

 先ほどまでと同じなら始祖竜に一切のダメージは入らない無駄な行動。だが、今回のオッドアイズの拳は始祖竜の顔面深くまでめり込むと、一気に始祖竜を地面へとたたき落とした。

 地上で見守る者達がようやく理解した頃には、始祖竜は地面に叩きつけられており、視界には業火を宿すオッドアイズの姿だけが映っていた。

 

「・・・・・・え、一撃、ですか?」

『否、まだあの竜は生きている』

 

 唖然とするリツ。戦いが終わったのかと想うほどの静寂に声が漏れてしまうが、即座にベリルが否定する。その言葉の通り、始祖竜は再び空へと飛び立つと、先ほど以上の怒りと殺気を込めてオッドアイズへ襲いかかる。

 先ほど喰らった原石竜達の力を我が物とし、身体の色をより濃く変化させ、角や逆鱗をより強大化させる。その姿はまるで悪魔のようで、おぞましさの中にどこか神聖さを感じさせる姿へと生まれ変わる。

 迎え撃つオッドアイズも翼の色を赤から青へと変化させ、ここからが本番だと言わんばかりに秘めた力を解放する。

 始祖竜を真っ正面から受け止め、ひたすら顔面にこの拳を叩き込むオッドアイズ。拳で牙や角をへし折られようとも、体内に溜め込んだ竜の力で再生させ、オッドアイズを食らい尽くそうとする始祖竜。

 もはやその光景は竜同士の対決とは言えず、二体の悪魔がこの世界を滅ぼそうとしているかのような『地獄絵図』へと変化していた。

 

「・・・・・・あたし達、全員で生きて帰れるんですよね?」

『ウィンよ。かの同胞は・・・・・・ヒカリはどうした』

「わからない・・・・・・。オッドアイズがあの姿になってから、ヒカリ君の気配を感じないの・・・・・・!」

 

 ベリルの問いにウィンは震えながら答える。いつもはオッドアイズの背中に乗り、コンビネーションを取りながら戦っているはずのヒカリ。その姿も気配も、今のウィンには全く感じられない。

 全員で無事に帰ると約束したのに、同郷の彼は忽然と姿を消してしまった。

 

『確かに、あの竜なら始祖竜を討ち取れるかもしれん。だが、あの姿は、余りにも危険なものだ。戦っている間、ずっと自身の身体と魂を業火で焼かれているようなものだぞ』

「まさか、ヒカリ君も・・・・・・?」

『おそらくは、な』

「___ダメ。そんなの、絶対ダメだよ・・・・・・」

「ウィン、さん?」

 

 詳しい理屈は分からない。だが、今の状況が続けば絶対に悪い事が起こる。そう確信できてしまったウィンは思わず駆けだそうとしてしまう。

 そんな冷静さを失った彼女に前に立ち塞がったのは、その相棒。声を発することもなく、ぷーちゃんはただじっと主を睨み付けた。

 

「ぷーちゃんどいて!このままじゃ、ヒカリ君が!!」

 

 懇願するその声にもぷーちゃんは動じない。ただ彼女の目を見つめ、これ以上先には行かせないと無言で圧をかける。

 ぷーちゃんの行動は正しい。今、彼女がここを離れれば風の防壁はなくなり、異常に上がった灼熱の空気がこの場の全員を襲うだろう。そうすればウィンもリツもベリルも無事では済まない。

 冷静になれ。アイツの覚悟を見届けろ。

 そう心で訴える相棒を前に、ウィンはついに膝を折る。

 

「ウィンさん、大丈夫ですか!?」

「ごめん・・・・・・ごめんね・・・・・・。でも、私はヒカリ君も、無事でいて欲しいんだ・・・・・・」

 

 ウィンはエレメンツである。それは周知の事実。そして、エレメンツが優先するべきは依頼。すなわち、リツの護衛。

 依頼の最中、危険な目に遭うことくらい予想できていたはずだ。命懸けで遂行しないといけない場面が来る事だって分かっていたはずだ。

 だが、その現実と対面したとき、彼女は冷静ではいられない。優しいが故に、合理的な判断が出来ない。

 一人では、自分たちを助けてくれる青年一人の力にすら、今の自分はなれない。

 無力さに打ちひしがれ、瞳から涙をこぼすウィン。そんな彼女にどう接したら良いか分からないリツとベリル。

 地獄はまだ終わらない。二体の竜のどちらかが地に落ちるまで。

 

 

 

 

「____うちのウィンを泣かせたのは、どこのどいつかしら?」

 

 そんな幻聴が聞こえた気がした。

 

「ぴぃー!!!」

「ウィン、ぷーちゃん、遅れてゴメン!てか、なんでこんなにあっついのよココ!!? あと、アホのヒカリはどこ行ったの!」

「いや、本当に君の魔術がなかったら動けなかったよ。流石、炎担当だ」

「本当にだな!エレメンツの前衛担当は伊達ではないな!!」

「___状況が全く理解できません。とりあえず、説明を求めます。姉さん」

「え、な、なんで・・・・・・!?」

 

 幻聴ではない。はっきりと聞こえた。ぷーちゃんは喜びの声を上げ、リツは驚きと感動の声を漏らす。そして、ウィンの耳に複数の足音が響き渡った。

 顔を上げて涙を袖で拭うと、そこには灯火のような赤い髪をもつ頼れる姉御と眼鏡をした母のような存在がこちらに笑いかけていた。

 

「お待たせ。ウィン」

「んじゃ、依頼続行といきますか!!!」

 

 ヒータ、アウス、シーク、そして謎の少女が遂に合流を果たしたのだった。

 

 

 

「すっずしぃー!流石、ウィンの魔術!いやぁ~生き返るわ~」

「この高温は流石に応えたね・・・・・・」

「ヒータちゃん、アウスちゃん!無事で良かったよぉ!!」

「リツ、お前も大丈夫か?」

「は、はい!ウィンさんとヒカリさんが守ってくれました!シーク先輩もご無事で何よりです!」

 

 合流したメンバー達を一旦風の防壁内にいれ、互いの無事を祝う。外から来た四人は汗だくだが火傷は負っていない様子。その理由はヒータの魔術にあった。

 炎を拡大解釈し、『熱』を操れるように訓練してきたヒータ。会得できたのは一年ほど前。これによって、彼女たちの屋敷には気温調整___俗に言う『エアコン』の魔術が設置された。

 もっとも、冷たくするのはエリアの改良があってこそ。今回、ヒータはぶっつけ本番で気温低下の魔術に挑んでいた。

 

「やればできるとは言うけど、ものすごく緊張したわ!あたしだけじゃなくて、アウスにシークさん。そして、チヨさんの命も掛かってたし!」

「あの!な、なんでチヨがここにいるんですか!?」

 

 合流したメンバーの中で唯一の新顔の少女。リツと同じ白い髪に赤い瞳の小柄な少女の名はチヨ。先ほどリツがウィン達に語った彼女の妹である。

 この場にいる中でも最年少の彼女は誰よりも落ち着いた雰囲気で、いつものように慌てふためく姉に説明する。

 

「私はこことは別の場所の調査をしていたんだよ。そうしたら、突然次元の裂け目が発生。なんとか踏みとどまったら全く違う洞窟に繋がってて、それがラピュタイトだったって訳」

「まさかリツの妹だったとはな!これも何かの縁だと思って俺が同行をお願いしたんだ」

「挨拶がまだでしたね、ウィンさん。私はチヨ。国立魔導研究所所属の職員です」

「初めまして!これからよろしくね!・・・・・・ところで、どうやってここまで来たの?」

「エリアとライザさんの指示だよ。何か大きな出来事に巻き込まれているんじゃないかって」

 

 挨拶を済ませ、ヒータ達の辿った道は分かった。今度はウィン達の番。ベリルのことを説明し、始祖竜に岩石竜が喰らい尽くされたこと。始祖竜に魔術が一切通じないこと。

 そして、今もなおヒカリが始祖竜と戦っていること。

 

「・・・・・・んじゃ、なに。始祖竜って奴と戦っているあの赤い竜が、オッドアイズだってこと? 変化してるとかじゃなくて、最早別人じゃない」

「竜と言うより悪魔って言われてもしょうが無い外見だね。この気温上昇もオッドアイズの炎の仕業ってことか」

「しかし、始祖竜には魔術が一切通じないとはな。となると、取れる手段は限られてくる。チヨ、君はどう思う?」

「巨大戦力による物理的排除しかないかと。現に、あの赤い竜___オッドアイズでしたね。彼は始祖竜を押さえ込めている」

 

 人数が増えたことでウィンも心に余裕が生まれ始め、改めて現状をその目で確認する。

 上空には自らを強化した始祖竜と青い炎を纏うオッドアイズが、今もなお衝突を繰り返している。衝撃はこちらにまで響いており、その激しさは増すばかり。

 戦局はオッドアイズが押している。始祖竜の魔術無効化や強靱な鱗を意にも介さず、その拳や爪、足をその全身に叩き込み続けていた。

 だが、ベリルの言葉通りなら今の形態には時間制限がある。何故か姿も気配もないヒカリのことも気になる。

 つまり、今やらないといけないことは___

 

『我を置いて、全員で逃げれば良いだろう』

 

 またしても自分を見捨てろと告げるベリル。彼の瞳に映るのは、何故か自分を助けようとする見知らぬ人間達ばかり。

 誰一人として、何も自分の事を知らないはずのヒトは一番堅実で簡単な手段を取ろうとしない。ベリルにはそれが理解できない。

 

『生き残るためには現実を見なくてはいけない。我の寂しいという感情など、お主達の命に比べたらちっぽけなものだ。我ら原石竜は滅ぶべくして滅んだ。それが、運命だったのだ』

「・・・・・・運命? 原石竜さん達が食べられるのが? ベリル君が死ぬことが?___ふざけないでっ!!!」

 

 逆鱗があるのは竜だけではない。アウスとヒータもその声を聞いて、一瞬誰が発したのかわからなくなるほど、その声は大きかった。

 誰も見たことのないウィンの怒り。顔を真っ赤にし、感情の起伏によって涙を溜め込んだ彼女は感情の赴くままに言葉を分からず屋の竜にぶつける。

 

「運命なんて存在しない!最初から決められているものなんてない!!誰かがいなくなって良い未来なんて、あっていいわけがないんだからっ!!!」

「うぃ、ウィン?」

 

 突然怒り始めたかのように見えたウィンを心配してアウスとリツが駆け寄る。詳細は分からないものの、アウスはベリルが何かウィンの地雷を踏んだと予測。とりあえず彼女を落ち着かせるために背中をさすり始める。

 リツもウィンの前に立ち、まあまあと彼女をなだめた。

 

「ウィンさん落ち着いてください。ベリルさんを見捨てて良いわけがないんですから」

『しかし___』

「ベリルさんはちょっと黙ってて!」

『・・・・・・リツ、お主、我の声が?』

「ん? ・・・・・・あっ!へ!? ベリルさんの言葉が分かるっ!!」

 

 ポカンとしてから、自身に起こった変化に遅れて気づくリツ。自分にも理由は分からないが、先ほどまでウィンしか分からなかったベリルの声をいつの間にか聞き取れるようになっていたのだ。

 だからといって、現状を打開する力にはならない。今、誰もが助かる未来を掴むために頭をフル稼働させている妹と先輩達にリツは望みを託す。

 

「よし、方針は決まった。皆!一旦こちらに来てくれるか!」

 

 シークの号令で今一度集合するメンバー達。彼らが掲げる最終目標は『全員無事に脱出すること』。このことに異論を上げる者は誰一人いなかった。

 まず、オッドアイズについては今のところ暴走をしている様子は見えないため、声をかけて停止させる手段を取る。下手に傷つければ姿が見えないヒカリにも怪我を負わせる可能性がある。とりあえず今の姿を解除させれば良いので、何とか意思疎通を取れれば良い。

 

「んじゃ、それはエレメンツでやろっか。ウィンの魔術があれば空飛べるし」

「そうだね。ウィン、防壁を張りながらの作戦になる。いけるよね?」

「もちろん!」

 

 次に始祖竜についてだが、物量で戦うしかない。オッドアイズなしで戦うとなると、その代わりになるのはシークの召喚獣。幸い、攻撃方法は魔力に頼らない物理的な物。

 だがそれだけでは足りない。オッドアイズが戻り、再び戦ってくれるにしても二体だけで今の始祖竜を戦闘不能にすることは不可能だろう。

 

「だから___ああ。ちゃんと言わないとな。リツ」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 声をかけられたのはまさかのリツ。自分が戦うのかと思わず背筋が伸び、緊張から冷や汗が吹き出す。身体がカタカタと震える中、シークは真剣な顔で、そして、申し訳なさそうに次の言葉を発した。

 

「君は悪くない。誰も悪くないんだ。だから、これからのことを恨まないでくれ」

「は、はい!!・・・・・・って、え?」

「姉さん、原石竜さんの治療をお願いしますね。___いくよ、ティアマイト」

 

 かけられた言葉が思ったものとは違い、思わず間抜け顔を晒すリツ。だが、その視線はすぐにシークからチヨが手に持つ一つの鉱石に集中する。

 それは、奇石だった。闇の魔力を秘めたおぞましくも美しい___リツが発見した『相棒』だった。

 その相棒は自分ではなく妹の声に反応し、紫の輝きを放ち始める。その姿は徐々に大きくなり、やがて渦巻き模様が特徴的な翼を持つ鉱石の竜へと姿を変えた。

 竜を形成する鉱石は見る場所から色を変え、あるときは美しく、あるときは不気味さを与える両極端な性質を持っていた。それはリツが使用している杖に使われている鉱石と全く同じ物だった。

 

「___なんで」

 

 漏れた声はそれだけ。チヨに『ティアマイト』と呼ばれた鉱石竜は首を下げると、彼女を背中にまたがらせる。主人を乗せた竜は誕生の声を上げると、翼をはためかせ宙に浮く。

 無意識のうちに妹とその相棒に手を伸ばすリツ。だが、ティアマイトはそんな彼女を視界にすら入れない。ただ、次の命令を主から待つばかりだ。

 あまりにも残酷すぎる現実。誰もリツに声をかけることが出来ない。

 シークが呼び出した赤い鉱石で出来た身体を持つ獅子『レオナイト』に反応することもせず、ただ沈黙が流れる。

 

「___では、作戦を開始しましょう」

 

 嫌な空気を有耶無耶にするように、チヨが作戦開始を告げる。今この場で機械的に、そして一番嫌われているのは自分だと分かっているから、敢えてチヨは先陣を切った。

 ティアマイトは翼を再度動かして空へ飛び立ち、一直線に始祖竜とオッドアイズの元へと近づいた。

 まずチヨとティアマイトに襲いかかるのは余りにも強烈な熱風。一呼吸でもすれば体内すら焼き尽くされてしまう程の温度。魔術を使った防壁は使っていたものの、威力を相殺する事は出来ず、逆に吹き飛ばされてしまった。

 細い腕ではしがみつくことすら出来ず、チヨはティアマイトの背中からはじき出されてしまう。

 

「きゃあ!!?」

「おっと!危ない!そういう我武者羅なところは、姉とそっくりだな!」

「・・・・・・そうですかね」

 

 落下し始めたチヨをシークは既に受け止めていた。シークの相棒であるレオタイトは一見すると空を飛ぶことは出来ない。それでも今その身体は空中で停止していた。

 メカニズムは非常に簡単。レオタイトが発している魔力をシークが空中で固めて足場にしているだけ。ただ、これを会得するのは簡単なことではない。レオタイトの着地を的確に見極め、タイミング良く魔術を使用する必要がある。

 それが出来るのも、今まで積み上げてきた経験と信頼からだ。

 

「一旦レオタイトとティアマイトで始祖竜からオッドアイズを引き剥がす。そこからは・・・・・・アドリブで戦うぞ!」

「了解です。私がバックアップに入ります」

 

 シークとレオタイト、チヨとティアマイトが始祖竜からオッドアイズの距離を離そうとする中、地上にいるエレメンツ達はその時を待つ。

 だが、リツになんて言葉をかければ良いかが分からず、全員が若干挙動不審になっていた。

 

「・・・・・・凄いなぁ、チヨは」

 

 誰かが声をかけるまでもなく、リツの次の言葉は妹を讃えるものだった。

 現実が受け入れられず少し泣いた。もう自分の相棒ではないことを心が受け入れられない。

 出会えたことは素直に喜べた。だけど、嫉妬、虚無感、悲しみ、憎しみ、怒り。負の感情が彼女の心に渦巻く。

 どうして、自分ではないんだと。

 

 だけど。

 

「あんなに綺麗なんだもん。憎めないよ」

 

 その美しさに見とれてしまったもの、また事実だ。

 初めて見た鉱石の美しさを思い出す。キラキラでピカピカで、形は無加工で不細工なはずなのにその不思議さに魅了された。

 手に取ってみれば、思わず落としそうになってしまうその重量も、見る方向で輝きを変える不思議さも、全てに魅了された。

 あの時の感動を、あの鉱石竜にも覚えた。そんな美しい物に怒りをぶつけることなど出来ない。

 自分の思い出に泥を塗ることはしたくない。

 

「エレメンツの皆さん、あたしは大丈夫です!ヒカリさんを助けに行ってあげてください!」

 

 だから、リツは笑う。少しだけ寂しさを心に残しながらも、ウィン達に激励の言葉をかける。本来自分たちが励まさなくてはいけないのに、逆に励まされてしまった。

 ウィンが自身とヒータ、アウスに浮遊魔術を行使し準備を整えると、三人は再びリツへと顔を向けて笑顔で感謝を返す。

 

「じゃあ、行ってきます!リツちゃん、ここをお願いね!」

「すぐに片付けてくるから、少しだけ待ってて!」

「行こうか。手の掛かるお手伝いさんを助けに」

 

 三人は憑依装着を発動。それぞれの相棒の力が彼女たちに宿り、その属性をより強固な物に変える。空へ飛び、戦闘場所に移動し始めるエレメンツ。

 途中、戦闘による熱波や削られた鉱石が彼女たちを襲うがそこはウィンが風の魔術をぶつけることで相殺する。

 

「ウィン!あんまり無理しないで!ただでさえリツさん達を守る防壁を張りっぱなし何だから!」

「ウィン、熱波についてはお願いしていいかい。鉱石は私とヒータで何とかする」

「りょーかい!二人とも、任せるね!」

 

 ウィンの防壁が消えればリツとベリルの命も危ない。形のない熱風はともかく、形がある障壁についてはヒータとアウスが魔術で焼殺しながらオッドアイズへ近づく。

 近づけば近づくほど三人を襲う熱波はより強くなっていく。ヒータが必死に熱調整を行うものの、対処の速度が徐々に追いつかなくなっていた。それでも声を届けられるように、ギリギリの距離まで接近する。

 

「___チヨ、行くぞっ!」

「押し通ります」

 

 エレメンツの姿を確認し、シークとチヨは同時に始祖竜に襲いかかる。オッドアイズの熱波に刹那の間だけ耐え、始祖竜の視界を二体の召喚獣で遮る。

 魔術が直接効かなくても、間接的になら。

 レオタイトが始祖竜の眼球に向かって炎を放出。もちろんその攻撃は始祖竜に届くことはない。だが、その炎の輝きは間違いなく始祖竜の視界を白く染めた。

 その隙を狙ってオッドアイズも動き始める前に、ウィン達がその正面に立つと、思いのままに声を届け始める。

 

「ヒカリ君!お願いだから、元に戻って!そのままじゃ、ヒカリ君も危ないから!!」

「ヒカリ!あんた、また一人で突っ走って!あたし達も来たから、一人で抱え込むのはやめなさい!」

「それに、ウィンを泣かせた罪は重いよ。ヒカリ?」

 

 言葉が通じているのかも分からないこの状況。だが、ヒカリがこのままではいなくなってしまう可能性があるのなら、それは即座に消さなくてはいけない。

 二色の眼はその叫びに応えるように、三人の姿を映すと動きを止めた。

 言葉が通じたのか、それともたまたまか。まだ判断は出来ない。いつでも回避できるように構えながら、オッドアイズの次の動きを熱波の中待つ。

 

『ウィン・・・・・・』

「ヒカリ君!」

『すまない。また、不安にさせてしまった。すぐに終わらせるはずだったのに・・・・・・』

 

 オッドアイズからヒカリの声が響く。自分たちの言葉が通じたことにウィンは喜び、ヒータとアウスは一旦安堵の息を漏らす。

 彼の声は酷く落ち込んでおり、それに比例するようにオッドアイズが放つ熱も下がり始め、翼の炎も赤色に戻っていく。

 

「落ち込むくらいなら一人で先行するなってぇの!!」

『これしか思いつかなかったんだ。ヒータ達もいなくて、俺がやるしかないって思って。俺が、ウィン達を守らないとって・・・・・・』

「・・・・・・ヒカリ、弱音を言うのは後にしよう。始祖竜を撃退するためにも、まだ君の力が必要だ。その身を削る形態はやめてくれ」

 

 どことなく叱られた子供のようなヒカリの態度にアウスは違和感を覚える。とりあえず元の姿に戻すように諭すと、今のオッドアイズは黒ずんだ灰になって大気へと消えていった。

 その中から現れたヒカリは誰が見ても分かるほど酷く披露した弱々しい姿をしていた。咄嗟にウィンが駆け寄ってその身体を受け止めるも、ただ力なく彼女に身体を預けるだけ。

 正真正銘の『奥の手』だったのだろう。戦う気力を失った彼に三人とも言葉を失ってしまう。だが、今は止まっている場合ではない。すぐ側で始祖竜とシーク達が戦っている。

 

「一旦下に戻ろう。このままじゃ私達も戦えない」

「賛成。一旦休ませないと」

「ヒカリ君、捕まっててね」

 

 ヒカリを支えながら三人は急いでリツの元へ戻る。課程がどうであれ、オッドアイズとヒカリを元に戻すことは叶った。だが、それは始祖竜にとっても好都合。

 先ほどまで敵対していた忌々しい竜を喰らうことは出来なかったが、邪魔者もいなくなったと言うこと。目の前に現れた二体の獲物をまずは喰らうことにする。

 ヒカリの身に何が合ったかは分からないが、自分たちが相手をするしかないと悟るシークとチヨ。戦闘中に相棒から振り落とされないよう、極限まで集中を高めて始祖竜と対峙し続ける。

 

「ウィン、ヒカリの治療をお願い。私とヒータはシークさん達に合流して時間を稼ぐ」

「ヒカリの意識が戻るまでに倒せればそれでいいんだけど、そんなに上手く行くわけないか・・・・・・。とりあえず行ってくる!」

「アウスちゃん、ヒータちゃん!気をつけてね!」

 

 ヒカリをウィンに託し、アウスとヒータは再度戦場へと戻っていく。熱波が消滅したおかげで風の防壁を解除することは出来たが、戦局は未だ悪い。

 ヒカリを横に寝かせて回復魔術を使用するが、彼は荒い呼吸を上げて顔に生気が戻らない。心配になってこちらに寄ってきたリツが手伝ってくれるものの、回復の兆しは見られなかった。

 

「ごめん、な・・・・・・俺のせいで、また迷惑をかける・・・・・・」

「ううん。迷惑なんかじゃないよ」

「俺が、もっと強かったら・・・・・・もっと、レイジングの力を引き出せたら・・・・・・」

 

 ヒカリはただ、自分の力のなさを嘆いていた。ウィンとリツと共に行動をしていたときには微塵も出さなかった彼の弱さ。

 ウィンもリツも彼に失望の念を抱くわけがない。それなのに、彼はずっと自分を責め続けている。

 

 自分が。自分が。自分が。

 

 呪いのようにそう繰り返す彼の手をウィンは優しく握る。

 

「大丈夫だよ。誰もヒカリ君を責めてないよ。私達は、君に助けられてここにいるんだよ」

「でも・・・・・・」

「頑張ってくれたもんね。本当にありがとう。でも、ヒカリ君はもう一人じゃないよ。もう、全部抱え込まなくて良いから。私達と一緒に頑張っていけば良いから」

「・・・・・・」

「お願い。私達ともう少しだけ頑張ってくれないかな?」

 

 周囲には地獄が広がっている。だが、ヒカリに語りかけるウィンはまるで聖母のように穏やかで優しい微笑みを浮かべている。

 昨日からずっと頑張ってくれた恩人に最大限の感謝を伝えると同時に、もう一度力を貸して欲しいとお手伝いさんにお願いをする。

 その言葉に薄く目を開けたヒカリは小さく、だがはっきりと頷いた。

 

「心配かけて、ごめん・・・・・・」

「ううん。傷は治ったかな」

「外傷と言うより、魔力と精神負荷が酷いんだ・・・・・・。でも、頑張る」

 

 身体をよろめかせて立ち上がるヒカリ。まだ万全の状態ではないのは明白。それでも、彼は少女からの願いのためもう一度立ち上がる。

 身体はボロボロでも、心はまだ折れていない。例え折れたとしても、もう自分は一人ではない。その事実が何よりも力になる。

 

『あそこまで傷ついても、ヒトは立ち上がれるのか。他人のために、何度でも・・・・・・』

 

 その姿を見たベリルはただ驚きの声を漏らした。ずっと弱いはずのヒトが竜である自分よりも『強さ』を見せる場面を、今日だけで何度見てきただろう。

 その根源はいつだって『他人のため』だった。

 誰かを守るために戦い、傷つき、倒れてもまた立ち上がる。

 それが人の強さなのだろうか。彼らの側にいれば、その強さをもっと知ることが出来るのだろうか。

 

 自分にも、彼らを守る事が出来るのだろうか。

 

『___リツよ』

「な、何でしょうか!?」

 

 人と獣が手を組めば、始祖竜にすら対抗することが出来ると、今のベリルは知っている。

 誇り高く孤高の存在として、原石竜は存在してきた。ベリルが憧れを抱いていた王も、誰かと群れることはなく、高みから原石竜達を見守っていたのだから。

 しかし、今は別の道も見えている。このまま独りで土に返るのも悪くはないが、人と共にこれから先を歩むのも、悪くない。

 自分の声を聞けるようになり、ずっと自分を癒やし続けてくれたこの少女なら。鉱石を愛する純粋な心を持つこの者なら。

 

『我を、召喚獣にする気はないか?』

「・・・・・・ふぇ?」

『要するに、我をお主の相棒にはしてくれぬか』

「・・・・・・ふぇええええ!!?」

 

 リツからすれば寝耳に水の一言。本来相棒になる予定だった相手は妹の物となり、まだ独り身かーなどと諦めていた時にまさかの提案。

 しかも相手はおとぎ話で聞いていた原石竜ご本人。余りにも恐れ多くて変な声が漏れるリツ。ベリルはただ真っ直ぐにそんなリツを見つめる。

 

「あ、あたしなんかがベリルさんの相棒なんて、そんなのすっごく荷が重いというか・・・・・・」

『それにな、リツよ。我はこのままただ守られるだけの存在ではいたくないのだ。それは、お主もではないか?』

「・・・・・・それは」

『我は、我のために戦ってくれている者達の力になりたい。そのためにも、リツの力が必要なのだ』

 

 ベリルの言葉にリツは強く共感を覚える。ラピュタイトに来てから、ずっとウィンとヒカリに助けられてきた。自分は二人に何も返せていないのに。

 このまま、ただ守られるだけの存在になりたいか。

 その答えはもう心の中にあった。

 

「嫌だ・・・・・・このまま先輩達やチヨ、エレメンツの皆さんに守られるだけなのは、嫌だ!あたしだって・・・・・・バカでドジなあたしだって、ギルド アダマシアの一員なんだっ!」

『共に行こう。我らを守ってくれた者を今度は守るために』

「うんっ!来て、ベリルさんっ!!!」

 

 互いに覚悟が決まると、ベリルの胸からまばゆい光を放つ小さな宝石が現れる。温かく生命力に溢れた原石竜の心臓とも呼べるその宝石は、リツが掲げた杖の鉱石へと接近し、一つになる。

 リツの杖がこれまで以上にまばゆく輝くと、リツとベリルの間に見えないが確かな繋がりが生まれた。それはすなわち、契約の証。

 リツの魔力とベリルの魔力が繋がり、彼女たちは一心同体の存在へと生まれ変わった。

 

「すごい魔力・・・・・・これが、ベリルさんの力!」

『リツよ。もう我らは相棒だ。その呼び方は他人行儀ではないか?』

「え!? じゃ、じゃあ・・・・・・ベリル?」

『ああ、行こう。我が相棒よ』

 

 人と竜が手を取り合い、ここに奇跡が生まれる。大地に散っていった原石竜たちも生き残ったベリルの新たなる旅立ちを祝福するかのように、周囲の鉱石が光を帯び始める。

 生まれた光はベリルの体内へと吸い込まれ、彼の身体を変化させていく。始祖竜によってつけられた傷は徐々に塞がり、その身体をより大きく、より鋭く進化すると、ついにはその両足でベリルは立ち上がった。

 新たなる絆が生まれたことに、側で二人を見ていたウィンとヒカリも祝いの言葉をかける。

 

「おめでとう!リツちゃん!ベリル君!」

「ウィンさん!その、ありがとうございます・・・・・・エヘヘ」

「おめでとう、二人とも。すまないが、助けてくれるか?」

「無論だ。我が同胞よ」

 

 進化したベリルはヒカリに人の言葉で返すと、空で戦う者達に向かって咆哮を上げる。

 それは、自分を助けてくれた者へ感謝を告げると同時に、自分たちを傷つけ喰らってきた始祖竜へ反旗を翻す狼煙でもあった。

 始祖竜は一旦目の前の邪魔者を無視し、突如現れた新たなる餌を見て舌なめずり。新たなる力を得られると、嬉々としてベリル達へ接近し始めた。

 

「来るぞ、リツ」

「えっと、あたしどうしたら!?」

「魔力を回してくれ。まずは一撃、奴の顔面に叩き込んでおかないと気が済まない」

「わ、わかった!」

 

 言われるままにリツは杖に魔力を流し込み、ベリルに力を与える。感覚など全く分からない。イメージはウィンやヒカリのように、竜と共に戦うあの姿のみ。

 ベリルが右腕をグッと腰で構えると、リツも同じポーズを取る。

 

(ほ、本当にこれであってるのぉ!!?)

(ふふ・・・・・・一緒に一撃を叩き込もうぞ。リツ)

(はっ!?これが、召喚獣との脳内会話!!)

 

 初々しい反応を見て思わず笑い声が漏れるベリル。始祖竜が迫り来る中でも、平常運転な相棒の姿を見て肩の力が抜けた。これなら、間違いなく巨大な一撃を叩き込めるとベリルは確信した。

 ベリルが心の中でカウントを始める。始祖竜は速度を上げ、ただベリルだけを狙ってくる。軌道が読めているなら後はタイミングだけ。

 カウント残り3。いよいよ訪れる好機にリツの緊張が増す。

 残り2。ベリルとリツは拳をより強く握りしめる。

 残り1。リツの鼓膜を心臓の音が支配する。だが、ベリルとの繋がりで不思議と不安はなかった。

 

『___フンっ!!!』

「いっっっけぇぇぇ!!!」

 

 刹那、時間が止まる。魔力も何もないただの拳が始祖竜の顔面を捕らえる。だが、その重さは先ほどのレイジング以上。

 仲間達の無念や憎しみ、怒りといった負の感情と、守り続けてくれた者達の力になれる喜びと相棒の存在が生み出す正の感情。相反する感情を混ぜ合わせた、会心の一撃。

 そして、時は再び刻み始める。

 思わぬ反撃をもらった始祖竜は一瞬だけだが、確かに気を失い、無様な姿で宙を舞った。

 直後、すぐさま翼をはためかせ何事もなかったかのようにベリル達を上から見下ろすも、すでに後の祭り。ベリルはあざ笑うかのように目尻を上げる。

 

「どうした、始祖竜。我は・・・・・・我らはここにいるぞ!」

 

 それは勝利宣言とも取れる魂の叫び。完全復活を遂げたベリルはリツへと手を差し伸べる。

 言葉にしなくてもそれが『一緒に来て欲しい』合図だと、リツは分かっていた。ウィンとヒカリが頷くのを見て、リツは躊躇いなくその掌に乗り移る。

 今の姿なら生まれてから共に生きてきた皇脈の魔力を操ることなど容易い。翼など無くとも空へと向かえることはレオタイトとシークが見せてくれている。

 彼らの真似をして、足下に魔力の足場を出現させながら、リツとベリルは空へと旅立つ。

 

「俺も、頑張らないと・・・・・・っ」

「ヒカリ君、無茶はダメだよ」

 

 後に続こうと無理に身体を動かそうとするヒカリ。だが、全身を襲う疲労感は未だに抜けない。ふらつく身体をウィンに支えられて、何とか立ち上がっているのが精一杯だ。

 だが、リツとベリルが頑張っているのに自分が何もしないわけにはいかない。

 ふと、自分の腕輪が光っていることに気づく。ドローが出来るようになった証だが、いつもとはどこか雰囲気が違う。不思議に思いながら引き込むと、それは彼も見たことのないオッドアイズが記されていた。

 

「新しいオッドアイズ・・・・・・? 呼べってことか?」

「なんか結晶が背中に出来てるね。まるでベリル君みたい」

「オッドアイズ、お前の力を使わせて貰うぞ。竜脈をペンデュラムスケールにセッティングし、ペンデュラム召喚!」

 

 ヒカリの宣言で生まれた偽りの星空から一筋の流星が降り立つ。身体の色を赤から青ずんだ灰色と変え、背中から二本の角と巨大な紫結晶を携えた新たなるオッドアイズ。その神秘的な姿にウィンは思わず息をのむ。

 呼び出されたオッドアイズは主の元に近づき、首を下げた。まだ戦えるだろうと、そう言わんばかりに。そんな何も言わない召喚獣に鼻を鳴らし、ヒカリは今一度またがろうとする。が、その瞬間全身に激痛が走る

 

「っ・・・・・・」

「ぷーちゃん!いくよ!」

「ぴぃ」

 

 すぐさまウィンはヒカリに肩を貸し、憑依装着を発動。ぷーちゃんの助力もあり、二人で飛び移ると、それを合図にしてオッドアイズは走り始める。

 しかし、今のオッドアイズも翼を持たないため、戦場へと単独で向かうことは出来な

い。だが、もうヒカリは一人ではないと知っている。

 タイミングを謀ったように地面から空へと向かう鉱石の道が出来上がる。その上空ではアウスが杖を輝かせて、二人を待っていた。

 

「さっき防壁内部にいるときに魔法陣を仕込んでおいたんだ。これで足場の問題は無くなる」

「さっすがアウス!さてと、ヒカリ!とりあえずアンタは今回後方ね!無理は絶対許さないから!」

「すまない・・・・・・」

「弱気になっちゃダメだよ!いくよ、ヒカリ君!」

 

 全勢力を投入した今、幕を上げる。相変わらず健在の始祖竜の相手は覚醒したベリルとリツが務める。獰猛に自分を喰らおうとする始祖竜に合わせて、拳や鋭利な鱗、尻尾を叩きつけていくベリル。彼の肩には慌てふためきながらも魔力を回し続けるリツの姿があった。

 ベリルの周囲にはシークとレオタイト、チヨとティアマイトの姿があった。ベリルの回避が難しい視界外からの一撃は、奇石と縁を結んだ二人が身体を張って軌道をそらす。

 魔術が効かない以上、自らの身体を使って防御するしかない捨て身の戦法ゆえ、望むのは短期決着。

 

「アダマシアさん達が頑張ってるけど、あたし達どうしたら良い!?」

「とりあえずオッドアイズの背中の角に捕まろう!大事なのは観察だ。あの始祖竜はオッドアイズとも激しい戦闘を繰り返した!絶対ダメージはあるはず!」

 

 始祖竜の身体に沿うようにアウスが作る道を走り続けるオッドアイズ。ヒータとアウスも背中に生えた角に捕まり、始祖竜の動きを観察し始める。

 確かに始祖竜は強大な敵だが、先ほどレイジングと戦った際にダメージは入っている。そこからつけ込める隙が無いかを全員で探す。

 こういう時にいつも頼りになるのは、ウィンの勘の良さだ。始祖竜のある一点を指さし、メンバーにその変化を伝える。

 

「ヒカリ君、あそこの鱗、なんか黒ずんでない?」

「多分、レイジングの炎で焼かれたんだと思う。レイジングの炎はあらゆるモノを焼くから」

「魔術無効化も関係ない炎って、アンタとんでもない厄ネタじゃないのそれ」

「今はその炎に感謝しよう。あそこなら、魔術が通るかもしれない」

 

 ウィンが見つけた黒ずみ、墨のようになった箇所に向かってウィン、アウス、ヒータは霊術を。ヒカリはオッドアイズに攻撃の指示を飛ばす。

 

「火霊術―紅っ!」

「地霊術―鉄」

「風霊術―雅!」

「オッドアイズ、始祖竜へ攻撃!」

 

 オッドアイズが放つ螺旋状のブレスとそれぞれの霊術が重なり合い、一直線にその鱗へと伸びていく。気づく始祖竜だったが、もう既に遅い。

 その攻撃は霧散することなく始祖竜に着弾し、鱗が剥がれ落ちて肉が露わになった。

 苦悶の声をようやく上げる始祖竜を前に、ベリルはエレメンツ達に礼を言う。

 

「よくやってくれた、エレメンツ達。そのまま別の箇所も頼む」

「うっし!このまま行くわよ!」

 

 エレメンツが弱点をつくり出し、そこをレオタイトやティアマイトが叩く。そうして始祖竜の動きを鈍らせ、最終的にはベリルが完全に沈黙させる。

 それぞれの役割を果たすため、各々が魂を燃やす。

 

「いくぞ、レオタイト!リツに先輩の良いところ、見せてやるぞ!」

「ティアマイト、私達も任務を続行します」

 

 出来た弱点に向かってレオタイトは一気に駆け抜ける。速度が上がればその分、シークの足場作成速度もあがるはずだが、レオタイトの動きは早まるだけ。恐ろしい精度で生み出される足場を蹴り、レオタイトは炎の爪でその傷口を更にえぐる。

 ティアマイトはチヨの冷静な指示に精密機械のような正確な動きで応える。状況が刻一刻と変化する空の戦いも、チヨにとっては冷静さを失う原因にはならない。

 姉が殿を務めるこの戦い。妹である自分がへまをするわけにはいかないのだ。

 手足に生える鋭利な鉱石に闇の魔力を溜め込みながら始祖竜へと接近すると、ティアマイトは闇の刃を正確に傷口へとぶつけた。

 

「エレメンツを、人間を舐めんじゃないわよ!始祖竜!」

「原石竜、彼らの無念も込めさせて貰うよ。美しい彼らを喰らった罪は許されるモノじゃない」

「君もきっとこうやって生きてきたんだと思うよ。でも、ベリル君もヒカリ君も、もう傷つけさせない!」

「オッドアイズ、やれ!」

 

 エレメンツもアダマシアに負けず劣らず奮闘している。ヒカリとウィンは始祖竜の動きを経験と直感で読み、アウスは二人が指示した先へと道を作り続ける。時折飛んでくる破片はヒータの魔術が一撃で砕き、全員を守り抜く。

 時には翼付近、時には腹部をくぐりぬけ、オッドアイズと霊術でレイジングがつけた黒ずんだ鱗を弱点へと変えていく。

 ヒータとアウスはは命をもてあそんだことへの怒りを。ウィンはもう友人達を傷つけられないようにと決意を始祖竜へとぶつける。

 ヒカリはただ、エレメンツの助けになれるようにとオッドアイズを走らせる。

 

「本当によくやってくれる。ヒトの連携は素晴らしいな」

「ん? ベイル!始祖竜が!!」

「む」

 

 先ほどから始祖竜の相手を続けていたベリル。だが、遂に始祖竜はその牙を他へと向け始めた。自身の周囲を飛ぶ鬱陶しい虫へと視線を向け、あろうことかベリルとリツに背を向けたのだ。

 突然の行動にシークとチヨはすぐさま召喚獣に回避を取らせようとするものの、動いたときの風圧で上手く動くことが出来ず、そのまま地上へと落ちてしまう。

 そして、現在の始祖竜の標的は___オッドアイズ。鋭い視線をオッドアイズとその搭乗者達に向けると、彼らの前に大きな口を開けて迫る。

 オッドアイズもろとも飲み込んでしまえるほどの大きさ。咄嗟に進行方向を変えようとも、既にアウスが作った後ろの足場は壊されて下がることも出来ない。

 

「やばっ・・・・・・!」

「ウィン、浮遊魔術を全員に!」

「う、うん!」

 

 アウスの指示に従い、ウィンが全員に魔術を使用。いつもどおり緑の魔法石が輝き、すぐに魔術の効果が出る___はずだった。

 

 ピシリと、嫌な音がした。

 

「___え」

 

 突如、ウィンの憑依装着が解除され、意図しない状態にぷーちゃんが驚きで目を見開いて出現する。その直後、魔法石のヒビは全身へと走り、そのまま空中へ霧散した。

 この瞬間から、ウィンは戦う術を失った。憑依装着することで保っていた筋力がなくなり、揺れたオッドアイズの身体からはじき出されてしまう。

 ヒータとアウスが必死に手を伸ばす動作がスローモーションに見え、自分も何とかその手を掴もうとするものの、既に手の届く範囲に彼女の身体はなかった。

 少しの浮遊感の後、ウィンは自然の摂理に従って落下を始める。

 

「___あ」

 

 徐々にオッドアイズと友人の姿が小さくなっていく。何かを叫んでいるようだが、風切り音でもう何も聞こえない。

 よりによって、このタイミングで杖が限界を迎えたのだと、落下している最中に気づく。もう飛ぶことの出来ない空は彼女に孤独と恐怖を与えるのには充分だった。

 体勢を変えることも出来ないまま、彼女は始祖竜に友人達が食われる姿を見せつけられ、その後、自分は落下の衝撃で命を落とす。

 あと少しだったのに。

 自分が死ぬことよりも、皆で帰るという目標が達成できないことに悔し涙を流すウィン。

 

「ゴメンね・・・・・・皆。私、皆を助けられなかった・・・・・・」

「____ウィンっ!!!」

 

 風切り音を切り裂いて聞こえたのは、自分を呼ぶ男性の声。一度閉じた瞳をもう一度開けると、目前に同郷の青年 ヒカリの姿があった。

 脂汗を掻き、苦痛で顔を歪めながらも彼女に手を伸ばすヒカリ。自分で立ち上がることも難しい状態なのに、そんな身体に鞭を打って彼はウィンの元へと駆けつけた。

 

「ヒカリ君っ!」

「手をっ!!!」

 

 再び伸ばしたその手をしっかりと握り、ヒカリはウィンを抱きかかえて地上に落ちる。ウィンは生身の人間だが、彼は召喚獣との混血。自身の肉体強度をクッション代わりにして彼女を助けようとするが、それは彼が万全の状態であればの話。

 それでも、少しでもウィンを助けようとしたが故の行動。それは彼だけが考えた行動ではない。

 

「無茶するなって言ったばっかりでしょうが!」

「やるなら、皆で。だろ?」

「ヒータちゃん!? アウスちゃんも!!?」

 

 後から落下してきたヒータとアウスもウィンを抱きしめ、そのまま落下する。全員が友人を助けたいと思ったが故にこのような行動を取った。

 だが、始祖竜の狙いは既に決まっている。今度は落下するよりも早くウィン達に迫り始め、どうあれ四人は喰われる運命が定まりつつあった。

 

「こりゃ、エリアには悪いことしたかも・・・・・・。コン、代わりに謝っといて」

「ビィ、エリアの力になって上げて。私の一生のお願いだ」

「ぷーちゃん、ヒータちゃん、アウスちゃん、ヒカリ君・・・・・・ゴメンね」

「気にするな。俺はエレメンツのお手伝いさんだからな。・・・・・・最後くらい、足掻く、か」

 

 迫り来る始祖竜に向かって、最後のあがきとしてオッドアイズに指示を出すヒカリ。最後に何もせずに終わるのは嫌だったから。

 召喚者の指示を受け、オッドアイズが口にエネルギーを貯める。原石竜のブレスでも通用しなかった相手。いくらオッドアイズが未知の力を持っていても、この一撃は無意味に終わる。

 そう思っていた。ヒカリも、始祖竜も。

 オッドアイズの放つ螺旋状のブレスが始祖竜の歯へと迫り、直撃する。正真正銘、最期の一撃になる、はずだった。

 

 その一撃は始祖竜の歯を粉々に砕いた。

 

「___は?」

 

 理解が出来ない召喚者を置いて、オッドアイズはブレスを出し続けることで、地面へと加速。自由落下していたヒカリ達を追い抜いて急直下を開始する。

 ブレスは始祖竜に無効化されることなく放射し続け、思わぬ急襲に始祖竜は動きを止めた。

 

「この距離ならっ!」

 

 オッドアイズが下にいることで取れる手段が一つ増える。咄嗟に気づいたアウスが再度鉱石の道をオッドアイズの下に形成。華麗に着地したオッドアイズはそのまま落下してくる召喚者達を背中で受け止めた。

 

「ぐえっ」

「ひ、ヒカリ君大丈夫!!?」

 

 とはいえ、落下距離は結構あったため、ヒカリがクッションとなり三人分の体重をその身に受けて悶絶の声を漏らす。なんとか生還することが出来た四人は一度始祖竜から距離を取るために、アウスが地上へと道を作ってオッドアイズが振り落とさない程度の力で走り出す。

 全力の速度でないのなら追いつくことは容易い。思わぬ攻撃を食らったが、まだ補足することは可能。始祖竜は再び忌々しい虫を追い始める。

 

「おっと、我から目を背けたのが運の尽きだ」

「もう、これで終わりだよ!!!」

 

 その時、始祖竜は初めて自分の体が動かせないことに気づいた。後ろを振り向けば、尾の大半をベリルに捕まれていた。咄嗟に脱出しようとするも、もはや手遅れ。

 バキバキとベリルの右腕から軋むような音が皇脈に響き渡る。地上に降りたシークやヒカリ達もその音をはっきりと聞くことが出来た。ブレスも吐くことも出来るが、やはり叩きのめすのなら物理の方がすっきりする。もちろんこれはベリルの意思だ。

 

「我々からの手向けだ。始祖竜!!!」

 

 腰を入れ、全身を使って右拳をその忌々しい顔面へと再び叩き込んだ。先ほどとは違い、始祖竜に逃げ場はない。衝撃を殺すことも、空へ逃げることも出来ない。

 モロに入ったその復讐の一撃はついに侵略者の意識を刈り取る。白目を剥き、羽ばたくことを忘れた巨体は遂に地面へ落ちた。

 強大で孤独な竜は、ヒトとの繋がりを得た竜とその仲間達によって遂に打ち倒されたのだった。

 

 

 

「リツ!遅くなってゴメン!!」

「さ、サーヤせんぱ___もぷっ!?」

 

 誰からも連絡が無く心配になって皇脈まで駆けつけたエリア、ライザ、サーヤ。特にサーヤは新人のリツに何かったらと気が気でなく、無事な彼女の姿を見た瞬間、周囲も気にせずに抱きついた。

 自分よりも年上だが背丈は小柄なサーヤを何とか受け止めつつ、リツは尻餅をついて先輩の顔を見る。本気で自分を心配してくれた証である涙が服ににじみ、アダマシアに所属できたことを嬉しく思うリツ。

 

「みんな、無事!!?」

「エリアちゃん!うん!皆大丈夫だよ!!」

「皆さんご無事で何よりです。しかし、この状況は・・・・・・」

「ま、リーダーでも理解できるわけがないよな。説明するよ」

 

 サーヤに続いてエリアとライザもこの場に到着。全員の無事を確認すると安堵の息を漏らし、そして、謎の巨大竜が沈黙しているこの状況に理解が追いつかない。

 シークをウィンから説明を受け、ここで起こった壮絶な激戦を知る三人。サーヤは改めてリツを抱きしめ、エリアとライザはただ感嘆の声を漏らした。

 

「頑張ったね!本当によく頑張ったよ!リツ!」

「サーヤ先輩、ちょっと力が強・・・・・・」

「目の前にいるこの竜が、始祖竜ですか・・・・・・。死してなおこの気迫。本当に無事で良かったです」

「ウィン、他のメンバーは?」

「あそこだよ。あ、でも、ヒカリ君は起こしちゃダメだよ? 本当に頑張ってくれたから」

 

 シークの指さす先には、一仕事ついて地面に座り込むヒータ、アウスと、静かに寝息を立てるヒカリの姿があった。

 普段殆ど眠らない彼が眠らないといけないほど疲労したことを察し、静かに近づくエリア。普段なら気配で気づくであろう距離でもヒカリが顔を上げることはない。

 

「お、エリア。お疲れ~」

「お疲れ様、二人とも。ヒカリ君は熟睡中?」

「うん。多分丸々一日は眠るんじゃないかな。運ぶ方法を考えないとね」

「ウィンの浮遊魔術か、バイドに運んで貰うか。どっちかになるかな」

「あ、それなんだけどね。エリアちゃん・・・・・・」

 

 アハハと苦笑いを浮かべるウィンにエリアは不思議そうに首をかしげる。そのまま彼女を上から下へ見つめ、エリアはある違和感を覚える。

 

「ウィン、杖は?」

「こ、壊れちゃった・・・・・・」

「ぴぃ・・・・・・」

 

 いつも持っているはずの杖をウィンだけが持っていなかったのだ。ぷーちゃんも姿を現しっぱなしで、彼女の言ったとおり壊れてしまったのだろう。元々杖自体の強度が下がっており、ここに来る前にもアダマシアに応急処置を行って貰っていただけ。いつかは壊れるのは分かっていた。

 

「ヒカリ君はバイドに運んで貰おっか。バイド、出番だよ」

「カシコマリマシタ。マスター」

 

 ウィンの魔術が使えないので、エリアは憑依覚醒したバイドを呼び出し、ヒカリをお姫様抱っこして貰う。バイドなりにヒカリを起こさないよう最大限の配慮をしたつもりだったが、男性であるヒカリがバイドに抱えられている姿を見て、ヒータは変な笑いが漏れる。

 とりあえず、一件落着。エレメンツはアダマシアに合流し、退却の準備を始める。

 

「アダマシア ギルドマスターのライザさんですね。私、国立魔導研究所所属のチヨと申します。姉がお世話になっております」

「これはご丁寧にありがとうございます。まさかリツの妹さんに出会えるとは。これも縁ですかね」

「勝手なお願いで申し訳ないのですが、出口まで同行しても?」

「問題ありません。あと、闇の奇石のことよろしくお願いいたします」

「・・・・・・はい」

 

 殆ど事故のような流れとは言え、姉の物になるはずだった闇の奇石を奪ってしまったことに後ろめたさを感じるチヨ。姉はきっとこの子に出会うためにここまで来て、出会った時には歓喜の声を上げていただろう。自分がいなかったときの出来事を予想した彼女の顔は晴れない。

 姉のことはよくわかっているからこそ、妹のモヤモヤは消えない。

 それは、逆にも言えることで。

 

「チヨ!」

「姉さん・・・・・・その、私。姉さんの相棒を・・・・・・」

「何言ってるの? あたしの相棒はベリルだよ。ティアマイトはチヨの相棒君でしょ?」

「それは裂け目が生まれたからそうなった訳であって。本当ならティアマイトは姉さんの元にいるはずだったのに・・・・・・」

 

 奇石の獣との契約は、あくまで獣側に選択肢がある。一度ティアマイトがチヨを選んだのであれば、チヨの意思では変えることが出来ない。

 理屈はわかっていても、姉から奪ってしまったことは変わりが無い。昔から真面目だった妹に。そんな自慢の妹に、姉は満面の笑みで語りかける。

 

「それはそれ。これはこれ!ティアマイトはチヨを選んだ。そして、あたしはベリルに選ばれた。それとも、あたしが相棒にする予定だった子じゃ不服だった?」

「そ、そんなことはっ!」

「でしょ~? じゃあ、この話はここで終わり!ティアマイト!あたしの妹をお願いね!もし怪我でもさせたら、ベリルと一緒にぶっ飛ばしちゃうんだからっ!」

 

 杖をフルスイングさせ、ティアマイトを脅すリツの言葉に反応するようにチヨの杖が淡く光を放つ。リツはそれを『任された』と勝手に解釈する。

 底抜けに明るい姉の姿を見て、悩みが馬鹿馬鹿しくなったチヨの顔にようやく笑みが戻る。小さい頃から自分を『自慢の妹』と語り、落ち込んでいる時にはいつだって駆けつけてくれたそんな姉。

 何も変わっていないことに、チヨは安心し頬を緩めた。

 

『リツ。少し良いか?』

「ん? どしたの、ベリル」

 

 撤収しようとする前、ベリルがリツに話しかける。ベリルは疲労を癒やすために、既に彼女の杖の中に収納されていた。

 フランクな口調で相棒に応答するリツ。それにアダマシア達も意識を向ける。

 

『始祖竜は原石竜を大量に喰らった。ゆえに、奴の身体には我が同胞の魔力が多く蓄積され、奴の身体にも作用しているはずだ。つまり___』

「つまり?」

『奴の身体からは、魔法石が採れる可能性がある、ということだ』

「マジで!!?」

 

 その言葉はリツの目の色を変えさせるのに充分すぎた。驚愕の大声を上げ、何事かと自分に近寄る先輩達にこの事実を伝えると、冷静なライザも含め全員が目を輝かせ始めたのだ。

 すぐさまライザは探索設備を杖から出現させ、他メンバーは始祖竜の身体へと走り始める。先ほどまで自分たちを狙う絶対強者の身体が一瞬で宝の山へと化した。

 余りにも様子が変わったことにエレメンツとチヨはポカンと口を開け、唖然とする。

 

「姉さん、何があったんですか。姉さんだけならともかく、アダマシアの皆さんが突然興奮したように見えますけど・・・・・・」

「あの始祖竜から、魔法石が採れるかもしれないだって!見たこともない鉱石とも出会えるかもっ!これが興奮しない訳ないよねっ!?」

「分かりましたから、落ち着いてください。私も手伝いますよ」

「よぉし!チヨがいれば千人力だぁ!いっくぞぉー!!」

「ああ!もう、姉さん!走ったら危ないですよ!」

 

 一方のエレメンツは黙々と探索設備を組み立てるライザに近寄り、採掘に向かうアダマシアの背中を眺めていた。

 何かあったのか聞きたいところだが、ライザの気迫に押され声をかけることにも抵抗がある。が、流石に事情くらいは聞いておきたいところ。意を決してアウスが口を開く。

 

「あの、ライザさん。何があったんですか?」

「始祖竜の身体から皆さんの魔法石が採掘できるかもしれません」

「ほ、ほんと!? こりゃ儲けものね!」

「竜の魔力が込められた魔法石・・・・・・それってすっごく高価な物になるんじゃ・・・・・・」

 

 ヒータは笑顔の花を咲かせ、エリアはその物の価値を見抜いて震えあがる。エリアの言うとおり、竜そのものがほぼ幻のような存在。そこから採れる素材など通常の市場に並ぶことは絶対にないだろう。

 ましてや、原石竜を喰らった始祖竜の素材となれば、それはもう想像の出来ない金額が付くこと間違いなし。アウスは眼鏡を光らせて、ライザの次の言葉を待つ。

 

「そんなに固くならないでください。今回はサービスしときますよ」

「・・・・・・と、いいますと」

「材料費はタダにしておきます。次元の裂け目の発生や始祖竜との遭遇。色々と予想外のことが起きすぎました。エレメンツの皆さんが命を落としていたかもしれない。それを踏まえて、こちらからの追加報酬と言うことで」

 

 装置を組み立て終えて探索を始めるライザ。顔は装置と向き合いながら、チラリと目線をエレメンツ達に向けてウィンクで返す。

 その言葉に四人は顔を見合わせ、感動の声を上げようとするがバイドがそれを阻止。もし大声を上げればお手伝いさんの眠りを妨げることになると、そう主達に伝える。

 

「ライザさん、私にもその探索設備を見せて頂くことは可能ですか」

「いいですよ。それではこちらに来てください。アウスさん」

「あ!私も良いですか!」

「ええ。ウィンさんもどうぞ」

 

 ようやく訪れた心躍る時間。アウスとウィンはライザの隣に座り、アダマシアの探索方法を見学。エリアとヒータは互いに笑顔で顔を合わせると、身体を乗り出して興味津々に装置を見つめるウィンと、メモを取りながら知識を深めるアウスを見守る。

 

「ヒカリ様、オ疲レ様デシタ」

 

 今もなお静かに眠り続けるヒカリにバイドは労いの言葉をかけるのだった。

 

 

 

「___なるほど、な」

 

 黒い仮面の男は執務室である報告書に目を通していた。作成者の名は『チヨ』。

 エンディミオン皇国立『魔導研究所』に務める若くして優秀な研究者。

 内容は、先日の調査中に巻き込まれた次元の裂け目について。そして、その後遭遇した始祖竜についての報告だった。

 次元の裂け目の発生はエンディミオン国にとっても重要な研究テーマ。対立国であるプロファシーとも共同で研究を続けなくてはいけない現象。

 貴重な経験を纏めてくれた少女に男は感謝を心で告げる。

 だが、男が一番注目したのは裂け目でも始祖竜でもない。その際にチヨが協力したある青年の召喚獣について。

 赤い身体、不吉な青い炎、そして、『二色の眼』の竜。

 その外見を持つ竜を男は知っていた。

 

「どこかで生きているとは思っていたが・・・・・・こうして報告されると、案外ショックだな」

「な~に読んでるのさ~?」

 

 突如男以外無いはずの執務室に少女の声が響く。男が顔を上げると、そこには10にも満たない水晶のような髪をした魔術使いの少女が半開きの目でこちらを見ていた。

 突然現れた少女に男は驚くこともせず、読んでいた報告書を少女に投げつける。

 

「報告書は投げるモノじゃないよ。ん~?」

「勝手に入ってくるなと、前にも言ったよな。まぁ、いいさ。___オッドアイズが現れたらしい」

 

 その瞬間、報告書がくしゃりと少女の手で握りしめられた。半開きの目は完全に開き、小柄な身体を固まらせて、その外見からはあり得ないほどの圧を放出する。

 並の人間であれば、この圧によって気絶寸前まで持って行かれるだろう。だが、男は小さくため息を漏らして立ち上がると、少女の手から報告書を奪い取った。

 

「落ち着け。まだあの魔術師達が現れたっていう訳じゃない。あくまで、オッドアイズを召喚する奴がいるっていうだけだ」

「そんなの、あのガキ達以外あり得ないでしょ!」

「あり得るんだよ。そいつの名は、高屋 ヒカリっていうらしい。異世界出身だそうだ」

「・・・・・・それ本当なんだよね」

「うちの研究員を疑わないで欲しいんだが」

 

 男の呆れ声を聞き、少女は大きく深呼吸をして自身の心を落ち着かせる。脳裏に浮かんだのは、赤髪短髪の少女。かつての弟子の姿。

 二度、三度と深呼吸を繰り返し、少女は再び目を半開きで男を見る。

 

「その男の子、どこのギルド所属?」

「非公式だが、『エレメンツ』というらしい。しかも、ギルドメンバーではなくお手伝いさんだそうだ」

「・・・・・・ナニソレ」

「私にも分からん」

 

 エレメンツの内部事情など知る由もない二人は間抜け面を晒してしまうが、一旦それは置いておくことにする。大切なのは、彼らにとって因縁がある竜が再び現れたということ。

 決着を付けないといけない相手が、この世界に現れた可能性があるということだった。

 

「情報ありがと~。んじゃね~」

「ああ。今度来るときは、連絡くらいしろ。サン・・・・・・いや、ヴェール」

「あんたも無理しないようにね~。エンディミオン王サマ?」

「サボり魔のあんたに言われたくないな」

 

 次の瞬間、ヴェールと呼ばれた少女は姿を消していた。神出鬼没な猫のようだと、再び小さくため息をつき、エンディミオン皇国の王『創聖魔導王 エンディミオン』は改めて報告書を見つめる。

 

「オッドアイズが再び姿を現したってことは、魔術師達がまた起こそうとしてるのか。世界の崩壊を」

 

 不吉な言葉は誰にも届くことなく、世界はただ静かに夜が流れていた。




ここまで読んでいただいた方、本当にお疲れ様でした。最大級の感謝を。
最終回じゃないよ
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