インヴェルズ撃退は撃退され、世界をかけた大戦は連合軍の勝利となった。だが、その情報が入るまで少しの時間がある。
連合軍最後部、負傷者や軍師などが集っている司令塔。カームは負傷者を治療しながら、ここで祈り続けていた。
「神様……どうか、どうかみんなを……」
自らヴァイロンとの合体を希望したが、それは叶わず後方で支援を続けていた彼女はそれだけを祈り続けていた。
「カーム」
「あ、ムストさん……また、負傷者が出てしまいましたか?」
軍師であるムストがカームに声をかける。すると、カームはまた悲しそうな顔をして確認する。
ムストは微笑んで、カームの望む言葉を口にした。
「終わったよ」
「……え?」
ムストの言葉の意味が分からず、カームはもう一度聞き返す。
「戦争は、終わったんだ。もう、誰も死なないよ」
戦争の終結。争いを嫌う彼女が最も望んでいたことだ。
その言葉が聞きたくて、ずっと祈り続けていた。自分が無力でしかなくて、それが悔しくって。
やっと、それが終わるのだ。
「よ……よかったぁ……」
安心で涙を流すカーム。だが、これは悲しみの涙ではなかった。
ムストも微笑みを崩すことなく、そのままカームを抱きしめる。
「お疲れ様。よく頑張った。お前は自慢の娘だよ」
「お父さん……うわあああん!!!」
父親の胸の中で思いっきり泣くカームは、いつものお姉さんではなく、まだまだ未熟な女性であるという証拠だった。
「あー、そのな。泣いてるとこ悪いんだけどよ。負傷者を治癒頼めるか、カームの姉さんよ?」
「!?」
気まずそうにカームに声をかけたのは、ラヴァルの一人。ラヴァル・ガンナーのラスだ。
彼はラヴァルの中でもまだ新参者で、ここの護衛を任されていた。
その中で、負傷者を次々と治していくカームに興味を持ち、今では『カームの姉さん』と呼ぶくらいには親しい仲になっていた。
「ご、ごめんなさい!?ええっと、ラス君。どれくらい負傷者は?」
「今までと比べると少ねぇな。10人くらいだし、軽症だからすぐ終わると思うぜ?」
「はい!任せてください!!」
ラスに案内され、カームは負傷者の治癒に向かう。その背中を見て、ムストは自分の娘の成長を実感していた。
「あんなに泣き虫だったのになぁ……。いやいや、優しさと芯の強さを兼ね備えたいい娘になったよ。母さん」
「兄さん!!!」
ムストが今は亡き妻へと報告をしている最中のことだった。
ウィンダールが血相を変えてムストの元へと駆けよってくる。ウィンダール自身もいくつかけがを負っているが、彼はそんなことを気にしている様子ではなかった。
しかも、普段は言わない『兄さん』呼び。異常なことが起こったとムストは悟る。
「ウィンダール、どうした」
「ヴァニティ……ヴァニティは、いますか!?」
「ヴァニティ?彼なら……あれ。どこにいるんだ?」
先ほどまで共に連合軍の軍師として行動を共にしていたヴァニティの姿が、いつの間にかいなくなっていることにムストは気づく。
ウィンダールは思わず舌打ちをし、そしてムストに報告する。
「兄さん……いや、ムストさん」
「今さら変えなくてもいいさ。それで?」
「リチュアが、リチュアがユウキ君を誘拐した」
「___何?」
予想外の報告に、ムストから笑みが消える。ウィンダールは一旦息を整え、報告を続ける。
「ウィンダから確認した。リチュアはこのタイミングを待っていたんだろう」
「つまり、インヴェルズを手に入れることに失敗したリチュアは、次の目標をユウキ君にしていた、と?」
「おそらく。だが、同盟中はヴァイロンの監視があってうかつに行動できない。だから、大戦終了直後の全員の気が緩んでいるこのタイミングを狙った、としか考えられない」
「……ノエリアの奴め。自分が重傷を負っても、そこまでして力を求めるのか」
ノエリアはガザスと交戦し重傷を負っていた。リチュアの兵士によって最後部まで運ばれており、未だに意識を取り戻さない。そんなリチュアの執念に思わずムストは苦笑を漏らす。
「ここにまだリチュアはいますか?」
「いるはずだ。しかし、おそらく知らないだろう。インヴェルズ撃退を素直に喜んでいる者が多い」
ヴァニティの姿は消えたものの、ほかの魚人のリチュアは喜びに浸っている者が多く、純粋に勝利を喜んでいるように見える。
もっとも、それすら演技ならだれにも見抜くことなどできやしないだろ。
「それで、どうするんだ? ユウキ君を助けに行くのか?」
「いや、それは現在不可能です。リチュアの儀式師、エリアルやアバンスが総出で彼の誘拐に関わっている。今の状態で儀式体を相手にするのは分が悪すぎます。それに__」
ウィンダールは観測所の上を見上げる。そこにはいまだ稼働している下級ヴァイロン達が戦後の処理に追われていた。
「__今争いを起こしても、ヴァイロン様に見つかるだけでしょう」
「なるほど」
ユウキの救助は重視することではあるが、今争いを起こしてガスタを危機に陥れるわけにはいかなかった。
「とにかく、今は事態の収拾を待ちましょう。おそらくですが、ヴァイロン様から何かしらの行動があるはずです」
「そうだな。カームにはこのことを内緒にしておこう。ウィンダにもそう言っておいてくれ」
「わかりました」
ウィンダールはそう言って、負傷者の護送するために外へと出ていった。
「嫌なことが起こらなければいいが……」
思えばこの時から、神官家のムストはイヤな風を感じていた。
___それが、のちの惨劇につながるとは知る由もなかった。
「……ん?ここは……」
ユウキが目を覚ますと、そこは牢獄だった。
寝ていた床は冷たい石。目の前には鉄格子。両足は鎖で床とつながっており動くこともできない。
灯となる物は少なく、どこを見渡しても薄暗く、人気も感じない。
そして何より、いつも携帯していたはずのデッキがない。
「どこ、ここ……」
「リチュアの牢獄さ。異世界人」
足音もせずに、牢獄越しに一人の魚人が現れる。手には武器となる鎖を持った緑の魚人。
とあることで有名なカードなので、ユウキはその魚人の名をつぶやく。
「リチュア・チェイン・・・・・・」
「流石だな。ま、それはコードネームみたいなもんだが、そこはどうでもいい。お前に簡単な事情説明をして来いって言われてな」
チェインはヘラヘラと軽い感じでユウキに話しかける。ユウキ自身は警戒を強めるだけだった。
「お前は俺たち、リチュアの新たなる『力』への礎になってもらうために犠牲になってもらう」
「断るって言ったら?」
「そいつは無理だな。まず、お前は身動きが取れない。リチュアの牢獄は水中にあってな。『
チェインは指を一本立てて、彼がここから出られない理由を説明する。さらにチェインは二本目の指を立てる。
「んで、この牢獄破壊して、万が一水中から出ようとしても、リチュア・ビーストたちがお前を食らう。銀河眼にはさすがにかなわないだろうが、今のお前は無力だからな」
「……」
「最後に、魔術を使えても本部にしか行けない。すなわち、上の方々に殺されるって訳だ」
言っていることはユウキへ絶望を与える言葉だが、チェイン自体は楽しそうではなかった。むしろ、ユウキを憐れんでいるように見えた。
「ま、殺されたくなければおとなしくしてろ。今はノエリアさんが意識不明になってるから、もしかしたら無事で出られるかもな」
「
「知らねーよ。俺たちは生贄だからな。戦って、生贄にされて、そんで殺される。どうやっても命を落とすことに変わりはねぇ」
「命が惜しくないのか?」
そのユウキの問いに、チェインは鼻で笑ってから答えた。
「惜しいさ。でもな、俺たちはノエリアさんについていくって決めた。なら、その道を進むだけ。他のリチュアも、きっとそう考えてるよ」
伝えることはもうないと言うように、チェインは魔術で姿を消した。
残されたユウキは念のため、銀河眼に声をかけるが、当然のことのように誰の声を聞こえなかった。
「閉じ込められたときって、何すればいいんだろうな……」
彼のつぶやきに応える者はない。拷問されているわけでもない。だが、何かすることもない。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚。これらの感覚は意味をなさないこの空間でユウキが取れる行動は、たった一つだけだった。
「___寝るかぁ」
冷たい床の感覚を我慢しながら、ユウキは再び目をつむる。それを何度も繰り返し、どれだけ時間がたったのだろう。
ユウキが目を覚ますと、当たり前のように薄暗い牢獄が彼を迎える。
「お腹すいたな……」
空腹を訴える体がうっとうしい。食べられる物もなければ、飲むものもない。
何もない空間。これがどれだけ苦痛かユウキは思い知ることとなった。
その空間に新しい物が現れる。
ぽすっ、と軽い音が牢獄の中に響く。変化に敏感になっているユウキがその音のほうを見ると、小さなパンが落ちていた。
「パン?」
牢獄の外から足音が聞こえ、変化をもたらした原因がユウキの前に現れた。
水色の髪、それを隠すような漆黒の魔女帽子、そして儀水鏡をつけた杖。その少女をユウキは忘れるはずはない。
「エリアル?」
「食べなさい。慈悲よ」
無慈悲のように聞こえる言い方だが、エリアルが言っているということ自体がユウキに安心感を与えた。
早速、腹を満たすためにパンを食す。無我夢中にパンを頬張るユウキの姿を見て、エリアルも気が抜けてしまった。
「ほかにない?」
「ある訳ないでしょ。あんた捕虜……でも、分かんないか」
「そういえば、あの時とは立場が逆になってるな。こうなるとは思ってなかったけど」
ガスタにいたときは、エリアルが捕虜。ユウキがその監視を行っていた。その立場が今では逆となっていることにユウキは苦笑を漏らす。
「……今回はエリアルも作戦にかかわっていたのか?」
裏切られる、何かされるとは思っておらず、ユウキはまんまと誘拐されてしまった。特に、エリアルにはそんな雰囲気を感じさせなかった。
___自分に打ち明けてくれたことすら、演技だったのか。
そのことがユウキの心に影を落としている。
「ええ。あんたを誘拐する。あんたが持つ力を強奪する。それが、今回の作戦。あんたが私をいい目で見てることを利用して、誘拐しやすくするのが私の役割だった」
「___ああ。そっか」
その言葉はユウキの信頼をすべて裏切る。
彼には聞こえていなかった_否、聞かないようにしていたアバンスの言葉。
『エリアルもリチュアの一人』
その言葉が事実となる。それが変わらないもの。それが、真実だと打ち付けられる。
___リチュアを変える。
かつて、クリスタに伝えたユウキの意見。
「結局、俺は何もわかってなかったってことか」
「ええ。たった二カ月ちょっとでリチュアが理解できるわけないじゃない」
「それも、そうだな」
異世界に来て、『力』を手に入れて、うぬぼれていたのか。
憧れのキャラクターに出会えて、興奮していたのか。
自分が、特別な自分に変わったと思い込んでいたのか。
なんにせよ、ユウキ自身『救世主』というものに溺れていたのかもしれない。エリアルの顔を直視できない。
「はぁ……。ちょっと、あんたがそこまで落ち込むとかおかしいでしょ」
「だって……」
「あんたはリチュアのことは知らないだろうけど、私のことはだいぶ理解してるでしょ?」
その言葉の意味が、ユウキはすぐにわからなかった。
(え?今なんて言った?え、え、え?)
エリアルは顔を赤くするが、そっぽを向くことなくユウキを見続ける。
「どうなのよ」
「どうって……エリアルが家族に飢えてて、必死にノエリアの娘になろうとしてるのは知ったけど」
「それでいいのよ。なのに、私はあんたを知らない。それって不公平だと思わない?」
エリアルはどこからか椅子を取り出し、それに座った。それはすなわち、ここに用事があるということで。
今まで一方的にユウキが話しかけていたのに、エリアルからユウキ自身に興味を持って話しかけてくれたわけで。
あたふたして何を言わないユウキに、エリアルは羞恥から大声を出す。
「で!あんたに色々答えてもらうから!私を満足させられなかったら、生贄だから!」
「わかったわかった!でも、一つだけ教えてくれ!」
「何よ」
「それは、リチュアの意思か?それとも……」
「私の意思よ。悪い?」
「__わかった。ありがと」
(ダメだな、俺。勝手に早とちりしてた……。恥ずかしい)
裏切られた、と思い込むには早すぎた。
この二カ月。彼がエリアルと関わってきたことは無駄ではない。リチュアはまだ変えられなくても、エリアルは変わったのだ。
今はただ、それが嬉しかった。
「じゃ、答えてもらおうかしら。まずは、あんたの召喚術について」
エリアルはリチュアにとって有益になるであろう情報以外に、自身が知りたいことを質問し始める。
「召喚術?
「そ。召喚術は魔術の中でもトップクラスに難しいの。あんたをこの世界に呼んだ魔術師はよほどの力の持ち主よ」
「俺を呼んだの、エリアルじゃないんだよな?」
「当たり前でしょ?何バカなこと聞いてるの」
「いや、エリアルなら、召喚した俺の事すっぽかしてそうだし」
「すっぽかさない!そこまでマヌケじゃないから!!」
それで我に戻ったエリアルはじっーっとユウキをにらむが、彼は相変わらずニヤニヤしている。
「とにかく、召喚術はそう簡単にできるものじゃないし、連発できるものでもない。で、あんた自身を調べたんだけど……」
「ちょっと待て。俺を調べたって?」
「そうよ。魔術でささっとね。で、その結果、あんたは普通以下。魔術も使えないただの人間だった」
それはそうだろう。端末世界に来て今まで戦えていたのは銀河眼の力だ。決して、ユウキの力ではない。
それはユウキ自身がよくわかっていた。だから、ヴァイロンの時もそう言ったのだが。
「で、あんた自身には特に興味を持つようなものはなかった。問題は、あのカードたち」
「デッキのことか?」
「名称はデッキなのね。そのデッキのカードから、すごく繊細かつ簡略化された召喚術が組み込まれていることが分かった。問題は、どうしてあんたがこんなすごいマジックアイテムを持っているか、ということ」
真剣な顔で質問するエリアルをみて、ユウキは笑いをこらえるので必死だった。
デッキと言っても、元の世界で買ったカードたちだ。そんな大層なマジックアイテムではないし、五枚で150円と知ったらエリアルはどんな表情をするだろう。
そのことを告げようと口を開く直前に、ユウキはあることに気づく。
(あれ?確かこのデッキって、謎の声がくれた物じゃなかったか?)
そう。デッキ内容が同じだから気にしなかったが、このカードは端末世界に飛ばされる前に謎の声が出現させたものだ。
となれば話は変わってくる。確かに、アニメではフォトンモンスターは特別なカードたちだった。それを再現できる人物など、彼は知っているはずもない。
「ごめん。この世界に来る前に、謎の声からもらったものなんだ。俺自身は何も知らないよ」
「相変わらず、あんたをこの世界に呼んだ奴はとんでもない魔術師ね。カードについてはまだ解析してるし、いろいろ分かるだろうから以上。で、今度はあんたの世界について教えなさい」
次の質問は元いた世界のことだ。何回も聞かれているため、テンプレートのようにユウキは説明する。
「魔術も何にもない世界だよ。平凡すぎるくらいにね」
「戦争もないんでしょ?」
「そうでもない。魔術じゃないけど、機械兵器なんかを使った戦争はある。ただ、俺の住んでる場所では実感できるところじゃないけど」
「__うらやましい」
「え?」
「羨ましいわよ。知っている誰かと殺しあわなくていいんでしょ?」
エリアルの一言でユウキは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
戦争というものすらユウキにとっては遠いものだったが、旧友と殺しあうことを考えていなかった。
彼女たちは、常にそうであったのに。
「それで、そんな平和な世界には何があるの?」
「ええっと、そこにはカードゲームっていう物があって、この世界はそのゲームに出てくる仮想世界と同じものなんだ」
「そっちの世界では、私たちは空想、ね。興味深いわ。そっちの世界に私たちの神様がいるのかしら」
「どうなんだろう……。ちなみになんだけど、この世界以外に異世界ってあるの?」
「あるわよ。実際、ウィンダの妹が異世界にいるって聞いたことあるし」
「ウィンダの、妹……。風霊使い ウィンのことか」
「……何で知ってるの、っていうのは無粋かしら。カードで知ってるから、よね」
風霊使い ウィン。遊戯王カードの中でもビジュアル面で長い間人気を持つ『霊使い』シリーズの一人。
とある本でウィンダとの姉妹関係が判明。決闘者に衝撃を与えた。ユウキもその一人で、ウィンダの悲しそうな顔は妹が消えたことだと察していた。
「ねえ、あんたさ。そこまでこの世界について知ってるなら、未来予知くらいできるんじゃないの?インヴェルズのことも知ってたんでしょ?」
「俺も思い出そうとしてるんだけど……見てからじゃないと思い出せないんだ。何故か」
「それは……私と一緒?」
エリアルの言葉の意味。それはおそらく
「エリアルは、もしかして異世界から来たの?」
「ええ。お義母さんからもそう聞いてる。異世界にまで飛ばされるなんて、私、本当は呪いの子だったのかもね」
エリアルは両親の顔すら思い出せないと、以前言った。
呪いの子かもしれない。自分の出自すらわからない。
そんな想いを抱えながら、リチュアに所属している。
「それはないよ。エリアルはいい子だし」
「そんなことない。お母さんの役に立てないから、娘として認められてない。儀式師としても甘い。……あんたにこんな話をしている時点で甘すぎるわよ」
常に『未知』を求め、それを探求するために犠牲を払う。それが、儀式師、リチュアの在り方だ。
だが、エリアルは個人の感情でユウキと接触している。リチュアという組織とは関係なく、彼から情報を得ようとしている。
リチュアの幹部として、ノエリアの役に立たなくてはいけないのに。どうしても、彼のことが気になってしまう。
こんな___
「こんな、認められてもいない未熟者、なんだから」
こんな、未熟者を見てくれる、おかしな奴だから。
ユウキはそれでも、彼女に対してこう告げる。
「未熟者だとしても、エリアルはいい子だよ。捕虜の俺を助けてくれてるからね」
「助けるつもりなんて」
「ないんだろ?でも、結果として俺は空腹じゃなくなって、退屈でもなくなった。俺はエリアルに救われたんだよ」
救う、という概念は非常にあやふやだ。
救ったつもりでも、それが原因で余計に相手を傷つけたりすることもあれば、助けるつもりなどなくても、結果として救ったことになることもある。
ユウキも救うつもりで戦っているわけではない。ただ、必死に生きようとしているだけだ。
「救世主サマに言われると、その気になるわね」
「だからぁ……救世主なんかじゃないんだってば」
「いつものお返しよ。フフ」
その時、ふと見せたエリアルの無邪気な微笑みに、ユウキはドキッとして顔を赤くする。
肝心のエリアルにはそのことに気づいておらず、質問を再開する。
「次に、エクシーズについて。これ、どこの力?」
「どこでもないよ~。でも、みんな使えるようになるんじゃないか……な……」
エクシーズ召喚。遊戯王ゼアルから登場した召喚方法で端末世界にも登場した。
それがどういうことか、ユウキはようやく思い出した。
突然立ち上がろうとして、忘れていた足の鎖に拒まれて転んでしまう。
「ちょっと、どうしたの。そんな血相を変えて」
「エクシーズに、インヴェルズ撃退後……。なんで、なんで忘れてたんだ!!!」
「ったく。質問に答えなえなさい。エクシーズはどこの力?」
「そんなこと言ってる場合じゃ____」
冷静なエリアルと血相を変えているユウキのもとに、リチュアの通信が入る。
『エリアル!!!!』
あまりにもいつもとはかけ離れた雰囲気のその声は、エリアルも誰か理解するのに時間がかかった。
「……アバンス?」
普段冷静で落ち着いているアバンスが絶望を秘めた悲鳴を上げている。エリアルはそれが理解できず、ユウキは絶望で顔をゆがめた。
『エミリアが……エミリアがぁあああ!!!!!!!!』
「落ち着きなさい。エミリアがどうしたの?」
『あああ……アああああああ!!!!!!!!』
エリアルの声はアバンスには届いておらず、絶望の声だけが儀水鏡から響いている。
「通信切るから。そっちに行くから少し待ってなさい」
通信を切ると、エリアルは牢獄から出ようとする。ユウキが叫ぶのを遮って、彼女は冷たく伝える。
「あんたは来ないで。勝手に死なれたら困るし」
それは、リチュアとしての言葉だったのか。それとも___
どちらにせよ、ユウキの言葉は彼女には届かない。
時は遡り、戦争の事態が落ち着いて、ヴァイロンが再び四部族を集結させたところだった。
四部族の者たちは、互いの健闘を称えあうと同時に、仲間たちを失ってしまった悲しみに襲われていた。
「生きてたか、クリスタ」
「そちらこそ、流石だな。ジャッジメント」
インヴェルズ出現前に戦っていたクリスタとジャッジメントは、まず互いが生きていたことに笑みをこぼす。
「これでまた喧嘩できるって訳だ!」
「……ジャッジメント、流石にそれはないぞ……」
相変わらずの脳筋っぷりにクリスタは呆れて、何も言えなくなった。ジャッジメントは笑顔をひそめ、真剣な表情で悲しそうに話を続ける。
「ジェムナイト、上級戦士が死んじまったんだってな」
「___ああ。そうだ。」
確認されているだけで、ジェムナイト・ルビーズ、アクアマリナ、パーズが死亡している。彼らはヴァイロンとユウキの護衛についていき、そして殺された。
クリスタはその事実があまりにもショックで、未だに受け止められていない。
「ラヴァルは、どうだったんだ?」
「まあ。大勢死んだよ。戦いの中で死んだんだ。どいつも悔いはねえよ」
そういうジャッジメントだったが、その顔からはやりきれない表情が浮かんでいた。
「お前はまだ大丈夫そうだな。問題は」
「お前も、見たのか?」
「同じ場所で戦ってたからな。あれは俺にも来るものがあった」
彼らの会話。それは、今回の戦争で起きた悲劇の一つでしかない。だが、その悲劇はあまりにも絶望を与えるものだった。
一人のジェムナイトが動かなくなっている。
死んでいるわけではない。だが、生きている気力が感じられない。ただ、その事実を受け入れられないように、俯いている。
そのジェムナイト。女性型のジェムナイトの周囲を通る人々は何も言えない。
「……ラズリーちゃん」
声をかけたのはファイだった。先ほど目を覚まし、すべての事情を説明されて、ラズリーのもとに駆け付けたのだ。
ファイの声にラズリーは反応しない。
「……ラピスちゃん、死んじゃったんだね」
「言わないで!!!」
その事実を突きつけられて、ラズリーはようやく反応する。
もう枯れたはずの涙が流れ始め、ラズリーは叫ぶ。
生まれたときからずっと一緒だった、もう一人の自分と呼べるジェムナイト・ラピス。
彼女は核石を持っており、融合の力に目覚めていた。
『ジェムナイトレディ・ラピスラズリ』となり、戦いに挑んでいたのだが……
「言わないで……お願い……」
この場にラピスはいない。それが、真実だった。
涙が止まらないラズリーをファイは抱きしめて、背中をさする。ユウキにされたように、彼女を落ち着かせるために。
「失ったのは……ラズリーちゃんだけじゃないよ……」
ファイの脳内に、いたずら好きの姉の顔が浮かぶ。
ラズリーがラピスを失ったように、ファイもレムを失った。その悲しみを必死にこらえて、ファイはラズリーを抱きしめる。
ラズリーもファイの体の震えを感じ、彼女におこった悲劇を理解してしまい、声を抑えながら泣き始める。
「生きてまたって……言ってたのに……。レム姉さんの……うわあああん!!!」
今までずっと三人で暮らしてきた姉妹。これからもずっと一緒にいられると思っていたのに。
戦争の前では、家族の絆などたやすく引き裂かれてしまうのだ。
その二人を遠くから見つめるルノの瞳にも、涙がたまっていた。
悲しみが観測所を包む最中、残った小型ヴァイロンが空から宣言する。
「四部族の諸君。我々はαとΩ、そして多くの者の犠牲を出しながらもインヴェルズを全滅させた」
「生き残った我々は、新たな理想郷をつくらなくてはいけない」
「そのために、我々ヴァイロンが諸君たちを管理する」
宣言している三体のヴァイロン。ペンタクロ、テセラクト、スティグマの潔白の体が黒く染まっていく。その異変に四部族たちは動揺を隠せない。
残ったヴァイロン達にも同じ変化が訪れる。黒く染まったその体はまるで、少し前まで戦っていた古の悪魔を連想させるものだった。
不穏な空気が観測所に流れ始めたが、ヴァイロン達は自身の変化に気づいていないかのように宣言を続ける。
「まず、部族というものをなくす。敵対することをなくすのだ」
「次に欲をなくす。あらゆる欲は悪を産む」
「最後に心をなくす。心など不要。」
「「「すべては、平和な
三体の宣言が終わると、上空に宇宙の渦が発生する。
それは先ほどの大戦でユウキが初めて発生せた、インヴェルズへの対抗策の新たな力。
すなわち___エクシーズの力。
その渦の中にペンタクロ、テセラクト、スティグマの三体が黄色の光球となって吸い込まれると、大爆発が起こる。
爆発が収まるとそこには、新たな大天使が降臨していた。
__それは、今までの大天使ではない。
黄金と黒の体。美しくはあるが、悪意を感じる風格。その周囲に三つの光球が飛び回っている。
戦慄する原住民。彼らに降臨した絶対管理者は告げる。
「我が名はヴァイロン・ディシグマ。さあ、今こそ理想郷を作り上げよう。まず悪意の多き者たちを『全て』消そう」
オーバーレイユニットが一つ消えると、無数の金色の糸がリチュアに襲い掛かる。
あまりにも急な宣言。その糸をよけられたものは少なく、多くのリチュアに糸が突き刺さる。
その後訪れた光景は、地獄だった。
それは先ほどまで嫌でも見せられていた光景。
大天使は、敵対していた絶対捕食者と同じように____リチュアを、捕食したのだ。
「な……!?」
あまりにもヴァイロンとは思えない行為に、ジェムナイトとガスタは絶句する。
残ったリチュアと彼らと同盟を組んでいるラヴァルは、ディシグマに怒鳴る。
「何しやがる!」
「その感情こそ悪意。削除する」
無慈悲な裁きがラヴァルにも降りかかる。不意打ちでないにしても、風のように追尾する糸を振り切ることはできなかった。
リチュアと同じように、ラヴァルも大勢がディシグマに捕食される。
絶対管理者の暴走は止まらない。その光景に恐怖を覚えたガスタたちに、ディシグマは宣言する。
「恐怖を確認。その感情も理想郷には不要。消去する」
こうして、光の観測所は四部族と天使たちの同盟による基地ではなく__絶対管理者による
ディシグマから命からがら逃げだした四部族たちは、生き残ったリチュアの者たちの魔術によってリチュアの本部に集結していた。
リチュアの本部にはユウキを誘拐した者達、アバンス、エミリア、ヴァニティが驚きの表情を浮かべてヴィジョン・リチュアから事情を聞き出す。
「ヴィジョン!これはどういうことだ!!なぜ残りの部族を連れてきた!」
「ヴァニティ様お許しください!ヴァイロンが、暴走を始めました!!」
「ヴァイロンが……?」
「奴ら、理想郷をつくるとか言い放ち我らの同胞を……」
ヴァニティも気づいていた。ここに来た四部族の数が、明らかに大戦終了後よりも減っていることを。特に、リチュアとラヴァルが大きく減少していることを。
ヴァイロンの暴走。
なぜこのようなことになったのか。それは今どうでもいいことだった。このままディシグマを放置すれば、すべての部族が消え去ることは容易に思い浮かんだ。
ならば、やることはただ一つ。ヴァニティはリチュアの長代理として、ほかの部族の長に声をかける。
「クリスタ、ジャッジメント、ウィンダールよ。皮肉なものだが、今こそ真の結束の時だ」
「そう、みたいだな。ヴァニティ、今我々ガスタは今一時、過去の侵略を関係なくリチュアを信頼しよう」
「ああ。ヴァイロンがなぜ悪に堕ちたかはわからない。だが、ここで立ちあがらなくては騎士の誉れに傷をつけることになる。我らジェムナイト、共に戦うことを誓おう」
「こういうのは面倒なんだがなぁ……。だが、気に入らねぇ。前のヴァイロンはともかく、今のディシグマは気に入らねぇ!!俺たちラヴァルにそういう協調性はねぇが今はお前たちに背中を預ける!!」
世界の危機。各々の絶滅をかけた戦い。それはインヴェルズとの戦いでも同じことだった。
だが、今はあの時とは違い四部族が自ら結束したのだ。
それこそ本来ヴァイロンが求めていたものだと、ディシグマは知る由もないが。
四部族の真の結束により、ここに新たな力が目覚めようとしていた。
ユウキの召喚したパラディオスと、先ほどのディシグマのエネルギーから観測されたエネルギー波動と同じ形を持つ者が何人もいたのだ。
リチュアは生き残るために、秘蔵にしていたデータを他の部族に開示する。長たちが集う机に、ヴァニティが何重と重なった書類をばらまく。
長たちの周りには生き残った各部族の者たちが興味津々で書類を見ている。
「これが、『エクシーズ』と呼ばれた力の研究結果だ。ディシグマもこれで誕生したと思われる」
「エクシーズ……ねぇ。こいつはすげぇな。部族の壁を越えて新たな力を生み出すなんてな」
「融合でも、儀式でも、共鳴でもない力。言うなら『結束』の力か」
エクシーズの概要はこうだ。
どの一族、どの者であっても、同じ波長を持つ者であれば新たな姿へと進化することができる、宇宙から託された星の力だと。
星の力、というフレーズにガスタであるウィンダールが反応する。
「星の力、聞いたことがある。ヴァイロン様を作り上げた星の戦士たちが持つ力だと」
「星っていえば、異世界のあいつはどうした?あいつの竜って銀河の竜だろ。エクシーズだってあいつがやったんだ。ここにいねえのはおかしいんじゃねえか?」
ジャッジメントの言うことはごもっともである。インヴェルズの戦いにも参加したユウキがここにいないのはおかしいこと。
これを好機と見たクリスタとウィンダールがヴァニティに問い詰める。
「ヴァニティ、ユウキ君をどこにやった」
「はて、なんとことやら」
「とぼけるな。私の目の前でさらっただろうに」
「……彼は我々リチュアが確保した大切な研究材料だ。この戦いで死んでもらっては困る」
「なんて勝手な!!!」
「よくわからねぇが、生きてるならいいだろ?あと、戦利品にうだうだいうんじゃねえよ」
ジャッジメントはラヴァルとしての目線で、クリスタとウィンダールをたしなめる。
それは、戦闘部族であるラヴァルだから発言できる意見だった。
ユウキは戦利品。ジャッジメントの中ではそう結論付けて納得している。
「リチュアがてめーらの予想を上回っただけだろ。守れなかったお前もあいつも悪い。とにかく、あいつは不参加なんだろ?」
「ああ。監獄から出すつもりはない」
「不穏な空気にしたのは悪かった。んで、今はエクシーズの力についてだろ。実際、できそうなのか?」
ユウキというイレギュラーは必ずしも良い結果を残すものではない。このように、結束するのに異物となってしまうこともある。
現状を打破するために、渋々座りなおすウィンダールがジャッジメントの問いに答える。
「おそらく、我々の知識が役に立つだろう。星の力についてはリチュアよりも我々が詳しい。あとはリチュアに支援してもらえば何とかなるはずだ」
「了解した。ジェムナイトとラヴァルはどうする?」
「……前から考えていたことだが、我々ジェムナイトは今までジェムナイト同士の融合のみしか行っていないのだ」
言葉を詰まらせながらクリスタは一つの提案をする。
それは、異種族の融合。ジェムナイトとそのほかの部族の融合だった。
融合はお互いの魂を一つに溶かし、新たなる生命として生まれ変わる力。成功しようが失敗しようが、融合したどちらかが、最悪どちらとも自我が消えてしまう。
本来ならジェムナイトらしかならぬ力だったのだ。
___まだ誰も成し遂げていない『未知』を見逃すことは、リチュアは絶対にしない。
「ならば、私がやろう」
「!本気か、ヴァニティ!?」
「ああ。ジェムナイト側がいいのなら私は構わない。それに、元に戻らない訳じゃない」
何のためらいもなくわが身をささげるヴァニティに、ジャッジメントですら少し引いている。
ヴァニティは涼しい顔で語っているが、融合状態から元に戻る方法はジェムナイトでも知らない。だからクリスタもそれを考慮して、苦渋の案として提案したのだが。
元に戻る方法。
嘘のようには聞こえない言葉。それが本当ならクリスタもためらいがなくなるだろう。
__だが逆を言えば、ジェムナイトの上級戦士を消す方法をリチュアは既に握っていることに等しいのだ。
頭によぎった邪な考えをクリスタは振り払い、ヴァニティの意見を受け入れた。
すべては、融合していった同胞たちが未来を託して消えたように、未来を守るために自身の持つ融合の力を使おうと考えたからだ。
「わかった。融合相手を募っておく。___頼んだぞ」
「任せておけ。ラヴァルはどうする」
「あ~……何も考えてねぇ。逆に何かできそうか?」
頭をかきながら、ジャッジメントは申し訳なさそうに答えた。
彼にエクシーズの力は宿ってはおらず、彼以外のラヴァルは統一性を持たせるのが非常に難しい。ましては他部族との共闘だ。そう簡単に案は出ない。
だが、一度でも結束をした者たちには絆が生まれ、その絆は力となる。
「いや、ジャッジメントさん。俺たちラヴァルでもやれることはありやすよ」
「おめえは……ガンナー部隊のラス、だったな。どういう意味だ」
周囲で聞いている人混みの中から、ラスが人をかき分け登場する。思いがけない人物と言葉にジャッジメントも驚いている。
ラスは少し足を震わせながら、はっきりと長たちに伝える。
「真似事にはなるが、ガスタの騎乗術を学ぶことができれば俺たちにも空中戦ができるようになりやす」
「空中戦……まさか、ドラグーンか!!」
ジャッジメントが叫んだドラグーン。それはラヴァルに伝わる伝説の一つ。
かつて存在した伝説の竜剣士たちと同じように、ラヴァルにも巨大な竜に乗った戦士がいたと。
だが、今のラヴァルには竜に乗れる者も乗る竜も存在していない。その話は、ただのおとぎ話として伝わっていたのだ。
信じられないジャッジメントにラスが説得する。
「ラヴァル・コアトルはドラグーンの遺伝子を継いでいると言われてやす。共鳴の力があれば、伝説通りになると」
「だが、乗るやつはどうする?」
「それをガスタから学ぶんでやす!ガスタは俺たちとは違う。俺たちが頭を下げれば、きっと教えてくれるはずでやす!!!」
「わかったわかった!だから落ち着け!……しっかし、うちからガスタに目をつけるやつが出るとは。思ってもなかったぜ」
「方針は決まったな。早速準備に取り掛かろう」
四部族の結束により生まれた力。
炎の竜剣士の復活。異なる部族の融合戦士。
そして、部族の壁を超える『結束』の力。エクシーズの戦士たち。
少しずつ準備を整えていく四部族たち。その中でエミリアとアバンスは対談していた。
周囲は雑音でまみれているが、二人の周囲だけ静まり返っているようだった。
「まさか私が儀式以外に力を使えるなんてね。ちょっと意外」
「……」
検査の結果、エミリアにもエクシーズの力が宿っていることが判明。現在、そのための相方待ちだ。
少しワクワクした表情で話すエミリアに対して、アバンスはうつむいたまま何も言わない。
らしくない幼馴染に、エミリアは笑いながら話し続ける。
「何~?心配してるの?」
「当り前だろ」
即答され、エミリアの顔が少し赤くなる。顔を上げたアバンスの表情は真剣そのもので、その言葉が嘘でも冗談でもないことが一目でわかる。
「ただでさえ儀式体のために肉体と魂を分離させているのに、今度は魂だけでエクシーズだぞ!?どれだけの負担がかかるかわからない!」
インヴェルズの戦いの際にエミリアとアバンスは儀式体を手に入れた。だが、それは完璧に制御できるものではなかった。
アバンスは儀式体の際、力におぼれて暴走することと完全に人型に戻ることができなくなるデメリットがあった。
そしてエミリアは、魂と肉体を分けた。
リチュアの儀式 儀水鏡の幻影術によって二つとなったエミリアは肉体を儀式の生贄としてささげ、誕生した儀式体を魂側から遠隔操作している。
儀式体がやられてもエミリア自身は死ぬわけではないが、当然デメリットとして動きが連動しないなどの不備が起きる。
「なんで……あんな儀式を受けたんだ!あまりにもおかしすぎるだろ!!」
儀式を提案したのは誰でもない、ノエリアだ。
肉体と魂の二つに分ければ、一人で二つの生贄が用意できるようになる。効率が良くなると説明された。
アバンスは当然猛反対したが、エミリアはそれを笑顔で承諾した。それがなぜか、どうしてもわからなかった。
彼女がそこまでして儀式体を手に入れたい理由。それは至極簡単なことだった。
「なんでって、エリアルを一人にしないためだけど?」
普通の会話と同じようにエミリアはアバンスに答えた。
「アバンスだって、私を守るために無理して儀式体を手に入れた。それと同じよ?」
「___なんだ、そんなことだったのか」
「そうだよー。何、私がノエリアの娘だからだと思った? 残念!私、あそこまで冷酷になれないって」
アバンスはエミリアを一人で戦わせないために儀式体を得たように、エミリアも又エリアルを一人にしないために儀式体を手に入れようとしたのだ。
ならば、アバンスがやることは一つだ。
彼が儀式体を手に入れようとした理由に従って、エミリアを守り抜くだけだ。
「エミリア、必ず生き抜くぞ」
「もちろん!まだ死ぬ気なんてないし、エリアルとアバンスを置いてきぼりにできないしね」
「そろそろいいか、二人とも」
後ろから声をかけたヴァニティは話が終わるのを待っていたようだ。彼はエミリアの表情を確認し、最後の言質での確認をとる。
「心の準備はいいか」
「はい、先生」
簡単だが決意を込めた声でエミリアは答え、アバンスは何も言わない。
ヴァニティもそれ以上は何も聞くことはなく、そのままエミリアをエクシーズの儀式の部屋へと連れて行った。
ヴァニティ自身もこれから融合を行う。これで会うのは最後かもしれない。そうならないために、全力を尽くすだけ。
アバンスにできるのはそれだけだった。
最後になるかもしれない会話をしていたのは、リチュアの二人だけではない。
ラヴァルの姉妹もまた、別れの挨拶をしていた。
ルノに抱き着いて、肩を震わせているのはファイだ。
「お姉ちゃんいっちゃやだぁ……」
「ファイ……」
先ほどの大戦でレムを失ったばかりのファイに、ルノも失ってしまう恐怖が押しかかる。
ルノもエミリアと同じようにエクシーズの力を宿していた。すなわち、最前線での戦いに参加しなくてはいけなくなったのだ。
レムを失った悲しみはルノ自身もよくわかっている。だが、自分が行かなくてはさらに犠牲が、家族を失う悲しみが広がってしまう。
ラヴァルでも戦闘を好まない彼女だからこそ、同じ悲しみを他人に味合わせたくないと思ってしまうのだ。
決意を固めたルノは、ファイを胸からはなしてファイと目線を合わせる。
「ファイ、よく聞きなさい」
「……うん」
「レムは死んでしまった。私も、もしかしたら帰ってこないかもしれない」
ルノの言葉でファイの顔が絶望にゆがむ。今にも泣きだしてしまいそうだ。そんな妹を目の前にして、心が折れそうになる姉だが言葉を絶つことはしない。
これが、姉としてできる最後のことになってしまうかもしれないから。
この小さな妹が、これから先生きていけるように希望を与えなくてはいけない。
「それでも、生き続けなさい。みんなに光と希望を与え続けられる『灯』となりなさい」
激しく燃えあがる『炎』ではなく、未来を導く『灯』となれ。
戦士ではないラヴァルとして、姉として、未来を生きる妹に言葉を託す。
ファイは必死に涙をこらえて、首を縦に振った。
「大丈夫。あなたはインヴェルズを倒したのよ? そんな自分に自信を持ちなさい」
泣き止まない愛しの妹の頭をなでる。不安は隠しきれていないが、ルノはファイに笑いかける。
二人の会話が終わるのを待っていたのか、というタイミングでジャッジメントが現れる。
彼は二人の顔を見た後に、ニヤリと笑ってルノに話しかけた。
「ほう。覚悟はできてるみてぇだな。結構なことだ」
「わたしも、ラヴァルですから」
「じゃあ、姉ちゃん連れていくな。覚悟を決めておけよ、妹」
コクンとファイが頷くと、ジャッジメントもエクシーズの儀式部屋にルノを連れていく。
一人になったファイが涙をこらえていると、後ろから誰かに抱きしめられる。
森の優しい香りがファイを包み込んだ。
「ファイちゃん、であってますか?」
「……おねーさんは?」
「ごめんなさい、自己紹介もせずに抱きしめてしまって。私はガスタのカームといいます」
カームはルノの真似をするように、ファイを抱きしめる。
「……ルノ姉さんの真似事ならやめてください」
「そういう訳じゃないの。もっと、自分勝手な理由ですよ」
「何言って___」
ファイが見上げると、泣きつかれたカームの顔が目に映った。すでに涙は枯れており、よく聞くと声を少し枯れている。
その顔にファイは何も言えなくなった。
「お父さんがね、エクシーズに選ばれてしまったんです」
選ばれてしまった
その言葉だけでファイはカームの心情は理解できてしまう。
「ごめんね……今は、こうさせてもらっても、いいかな……」
「うん、いいよ」
決意、悲しみ、そして希望を抱き、四部族は生き残るために絶対管理者に挑む。
真の連合軍は決戦の時を迎える。
外に出て見上げるは、空に神々しくも邪悪に輝く金色の大天使 ディシグマと黒く染まったヴァイロン達。
「なぜ逃げる? 我々は理想郷を作り上げようとしているだけだ。何故争いを求める」
本気で自分たちが何をしようとしているのかがわかっていないようで、ディシグマは連合軍に問いかける。
「ヴァイロン、本当にお前たちがやろうとしていることが悪だと気づいていないのか……」
「エクシーズの力を確認。回答許可。悪? なぜそうなる」
「___もはや話し合いは不可能だ。ジェムナイト・パールよ」
ジェムナイトとリチュアのエクシーズによって生まれた戦士。ジェムナイト・パールはヴァイロンに良心がまだ残っていることを信じたかったが、それは淡い希望だった。
パールを止めたのはジェムナイト・アメジス。ジェムナイトの戦士アイオーラとヴァニティが融合した姿だ。
融合の結果、ジェムナイトの正しき心とリチュアの優れた知識を併せ持つ強力な戦士となった。
パールは落胆した顔を一瞬だけ見せ、そしてディシグマに向かって構えた。
「狂った絶対管理者よ!!我らこの世界に生きる者、その結束の力でお前を撃ち倒そう!!」
「何をふざけたことを。我々こそが正義。狂っているのは、オマエタチダ」
新たな戦争がここに開幕した。
ディシグマは、新たに黒いヴァイロン達を『生み出し』連合軍へと襲わせる。
敵が多い連合軍だが、全員が戦えるわけではない。
クリスタやリーズといった前線で戦っていた者たちは負傷しており戦線に出ておらず、立ってはいるがジャッジメントは本調子ではない。
それを補うように、『結束』の力で黒いヴァイロンたちに対抗する。
「いくぜぇ!!!これが、伝説のラヴァル・ドラグーンだぁ!!!!」
空から襲い掛かるヴァイロン達を、ガスタの協力により復活した伝説である『ラヴァル・ドラグーン』たちが撃墜していく。
ガンナーたちはコアトルが進化したドラグーンに乗り、強力な火炎攻撃を放つ。
ラヴァルの破壊力とガスタの機動力を兼ね備えた部隊を率いるのは、エクシーズの戦士たち。
「さあ、いっちょ暴れるわよ!!!フェニクスも準備はいい?」
「クォオオオオオ!!!!」
空を飛ぶ炎の鳥。周囲には二つの緑の光球が飛び回っている。
その炎は風のように鋭くヴァイロン達に突き刺さり、内部から爆散させていく。
これこそ、ガスタとラヴァルのエクシーズ ダイガスタ・フェニクスの力である。
カムイの相棒であるガスタ・ファルコとラヴァル・コアトルのエクシーズにより誕生した。
「エクシーズ、脅威レベル高。消去消去。ポリトープ起動」
一体のヴァイロンが武器を出現させる。金色に輝く無限のマークを形どる武具だ。
出現するとタイムラグなしで、穴に刺さっている棘から電撃がフェニクスに向かって放たれる。
フェニクスが回避行動をする前に電撃が直撃する、ことはなく__
「『whirlwind』!か~ら~の~『
電撃は『つむじ風』によってからめとられ、巨大な雷をまとった風となってヴァイロンへと直撃する。
「同じくエクシーズ。消去消去」
「同じ手は通用しないって!!」
フェニクスを守った戦士は、攻撃を仕掛けようとするヴァイロン達に高速で接近。手に持っている儀水鏡の魔杖でヴァイロン達を切り裂く。
彼女こそ、エミリアとムストのエクシーズ体。イビリチュア・メロウガイスト。
ガスタの力で空を飛べるようになったほかに、ガスタとリチュアの両方の魔術を使用できる。
「ヴァイロン。リチュアのみんなを襲ったことを後悔させてあげる!!『
手に持つ魔杖に風と青色の魔力が集まり、メロウガイストは一気に魔力を周囲に開放すると周囲に強烈な爆風が発生する。
彼女を消去しようと全方向から襲い掛かってきたヴァイロンはよけることなどできず、巻き込まれすべて吹き飛ばされた。
何十という数がその一撃で機能停止まで追い込まれたが、ヴァイロンの全体が減ったようには思えないほどに無数のヴァイロンがまた出現する。
メロウガイスト、フェニクス、ドラグーン部隊は引き続き空のヴァイロンを撃退するために突撃する。
一方、地上部隊もまた大量のヴァイロン達と交戦を続けていた。こちらもエクシーズの戦士がヴァイロン撃破に貢献し続けている。
一人はジェムナイト・パール。武具は持たないが、その拳で誰よりも多くのヴァイロンを撃破している。
彼の横に立っているのは、炎の両腕と頭をもつ黒鉄の戦士 ラヴァルバル・イグニス。ラヴァルのルノと、ジェムナイト・オブシディアの幻影がエクシーズした姿だ。
オブシディアには質量を持つ幻影を生み出す力があり、それを利用することで戦力を温存しながらエクシーズをすることが可能だったのだ。
イグニスは声を発声することはないが、ジェムナイトと心優しいルノの影響で率先して仲間の前に立っている。
「無理はするな!まだディシグマを叩けているわけじゃない。負傷したものは後ろに下がれ!!」
アメジスの言う通り、ディシグマにはまだ誰も接近できていない。
そのディシグマは周囲にドーム状のバリアを張り、先ほどから小型ヴァイロンを生産し続けている。
不気味なまでに動かないディシグマに連合軍は警戒を解けずにいた。
地上のヴァイロン達も空中と同じで、エクシーズの戦士を中心に攻撃を続けている。
「エクシーズ、消去消去。コンポーネント起動」
「消去消去。エレメント起動」
二体のヴァイロンが別々の武具を出現させる。
光の壁を発声させるエレメントを展開したヴァイロンがパールに突進する。
「それで私を倒せると思うな!!!」
接近してくるヴァイロンに恐れることなく、パールは拳を叩き込む。
本来であれば触れるだけでダメージを受けるエレメント。だが、パールの拳には傷すらついていない。
ジェムナイトが持つ強靭な肉体。エクシーズの力によって硬度がさらに高められ、リチュアの力で魔術の耐性がついたのだ。
そしてその硬度を生かした戦い方は、ジェムナイトの本能が理解している。
一撃一撃を叩き込むたびにパールのラッシュの速度が上昇していく。
何百という拳が叩き込まれたエレメントはヴァイロンが気づいたときには、完全に機能停止していた。
そして、ヴァイロンがエレメントの機能停止に気づいたころには自身も既に壊れていた。
「次!」
敵を粉砕したパールは次のヴァイロンの元へと急ぐ。
もう一体のヴァイロンはイグニスへと襲い掛かる。展開したコンポーネントは中心の輪から強力な電撃を連射する。
それは計算された攻撃。イグニスが回避すれば後ろの連合軍に直撃するだろう。イグニスは回避をすることなく攻撃を受け止める。
止まることのない雷の嵐。それはイグニスの体が完全に見えなくなるほど土煙を立てるほどに降り注ぐ。
土煙が立ち上ると、ヴァイロンは攻撃をいったんやめる。
「消去消去しょう」
土煙の中からイグニスが無傷で現れ、炎の両手でヴァイロンを潰した。
ラヴァルとジェムナイトという四部族の中での戦闘において最強の掛け合わせにより生まれたイグニス。いくらヴァイロンであろうとその力は粉砕する。
イグニスは後ろの仲間たちの無事を確認した後、再びヴァイロンの攻撃を受ける『動く要塞』として戦う。
もちろんエクシーズ以外の戦士も負けていない。
アメジスはレイピアと盾を装備。ヴァニティが持つ知識量からヴァイロンの動きを予想し、アイオーラの反射神経でレイピアを振るいヴァイロンを穿つ。
「無理をせず下がれ!!今は数を減らせる状況ではない!」
前線に立って指示を出しながら戦う、リチュアとジェムナイトの特技がうまく組み合わさった戦士。それがアメジスだ。
アメジスを補助するのは、二体の怪物。
「だああ!!!!」
「『
巨大な竜 リヴァイアニマと触手の怪物 ガストクラーケ。
ガストクラーケは上空にいるメロウガイストと意識がリンクしているため、その分はリヴァイアニマが支える。
「エミリア、無理してないか?」
「だイじょウぶ……でも、ないカも」
言葉が片言なのは、本体の意識がメロウガイストにあるからだ。相当無理をしているのがわかる。
そのことにリヴァイアニマは不安の色を隠せないが、それでも前を向く。
「任せろ。俺が何とかしてやる」
「……ありがと」
「来るぞ!構えろ、二人とも!!」
戦況は連合軍がなんとか押している状況だ。なんとか押しきりたいところで、ついにディシグマが動き始める。周囲のバリアを解いて、絶対管理者は宣言する。
「観測は終了した。連合軍、お前たちは間違っている」
「間違っている、だと?」
「なぜお前たちは争う。なぜ対立しあう。その心こそが不要。よって、お前たちを完全に我らの支配下に置くことにした」
「ふざけないで!」
「否、これは決定だ」
ディシグマのオーバーレイユニットが一つ消える。
再び地獄が具現化しようとする前に、リチュアとガスタが動く。
「リチュアの力を示す時だ!禁術『
「我らも行くぞ!『hurricane』!!」
ディシグマの周囲に強大な『竜巻』が発生すると同時に、ディシグマの動きが完全に停止する。後ろに控えていたリチュアとガスタが一斉に魔術を行い、ディシグマの行動を妨害したのだ。
ガスタとリチュアの結束によってディシグマを捕縛。そしてラヴァルとジェムナイトが一斉攻撃を仕掛け、ディシグマを機能停止まで追い込む。
チャンスは今しかない。
「突撃!!!!!」
全部隊がディシグマへと突撃を開始し、戦いに決着をつけようとする。
魔術で感覚機能をマヒさせ、体の動きを内側からの封印。
エクシーズを含めた結束の力。
総戦力を費やした連合軍の必殺の刃。
それが、絶対管理者に届くことはなかった。
「無意味なり」
ディシグマは動きを封じられているが、すでに捕食機能は起動しており金色の糸が連合軍に襲い掛かる。
突撃部隊はとっさに回避行動をとり、後方の部隊は魔法壁を展開し防ごうとするが__
前回よりもずっと追尾性能、および攻撃性能が上がっている糸を防ぐことはできなかった。
ここにまた、地獄が具現化する。
「うわああああああああああああ!!!!!!!」
「いやああああああああああああ!!!!!!!」
多くの者が捕食され、ディシグマの体に取り込んだ人々の特徴が現れる。
捕食されるのは力及ばぬもの全員。
それは当然、エクシーズの戦士もそれに含まれる。
「クァアアアア!!!!!」
「フェニクス!!」
高速の回避を行っていたはずのフェニクスさえ糸に捕まってしまう。無数の糸が体中に突き刺さり、ディシグマへと引き寄せられる。
そして、フェニクスを心配するというその隙が、彼女の運のつきだった。
グサリとメロウガイスト__エミリアの体に一本の糸が突き刺さる。
「___あ」
その事実を知ったときには遅すぎた。
すでに何百という糸がメロウガイストに体には突き刺さり、巻き付いていた。
彼女が何か発しようと口を開く時間もなく、ディシグマへと引き寄せられる。
「___エミリアぁあああああ!!!!!」
その危機を救うため、リヴァイアニマはメロウガイストに向かって飛び立つ。
儀式体の限界まで速度を高め、彼女に巻き付いている糸を断ち切ろうと太刀を振り上げるが___
「『
「なっ……」
エミリアはアバンスに魔術を放つ。
火花は初歩的な魔術。儀式体のリヴァイアニマに傷がつくことはないが、衝撃と不意打ちによってその体は落下していく。
エミリアは涙をためながら、笑顔で言葉を伝える。
「生きて、アバンス」
___後編へ続く