それは、4年前のある晴れた日の出来事だった。
江戸の町外れ、道端にぽつんと佇む少女がひとり。
「ここどこ……? あーねーうーえーどこー?」
辺りを見渡してみてもさっぱりわからないし、知っている人もいない。『こうなったら』と、闇雲だが歩き出すしかなかった。
「どうしよう……。また迷子になっちゃった」
キョロキョロとしながら通りを歩いていると、少女は運の悪い事にガラの悪いチンピラ男にぶつかってしまったのである。
「あっ! ご、ごめんなさい!」
「あぁん? おいガキ! 何お前ぶつかってくれちゃってんの?」
物凄い剣幕の男に、少女の顔は強張った。
「わ、ワザとじゃないです! それに謝ったじゃないですか……!」
「っんだとコラァ! お前ェのせいで肩折れちまったんだけどよ? ……どーしてくれちゃうの?」
詰め寄りつつ、男は大袈裟に肩を押さえて痛がっているそぶりだ。周りの通行人達は皆、様子が気になりながらもとばっちりを受けたくないが為に、見て見ぬふりをしている。
「そんなんで肩なんか折れるわけないじゃない!」
「随分と生意気なガキめ。──ん? お前ェ、良く見りゃあガキのくせに顔立ちは良いんだな」
少女の顎を無理矢理掴むと、男は舌なめずりをしながら品定めをする様に見た。
「やめて離して! 離しなさいよ馬鹿野郎!」
なんとか逃れようとした少女は、男の顔に思いきり平手を食らわしてやった。
「っで! ……っにすんだよくそガキ!」
「きゃあ!」
顔面に食らった男は酷く腹を立て、力任せに少女を投げ飛ばして塀にぶつけた。そして、横たわる少女の髪の毛を乱暴に掴み上げる。
「ううっ、痛っ……」
「けっ、なめやがってよ。お前みたいな生意気なガキには痛い目に合わせてやらねぇとわかんねーらしい」
塀にぶつけられたせいで背中と頭を打ち、あまりの痛さに気を失いかける寸前だった。
──だ、誰か……、助けて!
誰でも良いから。心の中で助けを求めれば、どこからか『なあ』とチンピラの男とは別の男の声が聞こえてきた気がした。
──え?
「聞こえてるか?」
気のせいではなかった。確かに、誰かが少女に声をかけてきている。
「それ、食い物入ってんの?」
自分の手から離れて地面に転がってしまっている、風呂敷に包まれた重箱を何となく視界に入れた。その男が言う『それ』が、この重箱の事だと思ったからだ。
「こ、これは、ぼたもちが、入ってて……」
「そのぼたもちさァ、俺にくれよ」
「え……?」
「腹が減って今にも死にそうなんだよ。くれたら助けてやるぜ」
「あげる……。あげるから、お願い、助けて……!」
男からの返事は無かった。
「誰だぁオイ!」
もう限界だ。少女は薄れていく意識の中で、吠えるチンピラ男の前に現れた誰かを目にする。
だ、──駄目。
太陽の逆光により、その姿が眩しくてよく見えない。そこで意識は完全に途切れてしまった。
それから一体どれくらいの時間が過ぎたのか。気を失っていてた少女が目覚めると、年の離れた姉が心配そうな顔をして顔を覗きこんでいた。
「あ、姉上? ……あれ、ここどこ?」
「やっと目が覚めたわね。おばあさまの家よ。もう、心配したんだから。気が付いたらいなくなってるし。探し回って見付けたら塀に寄りかかって気を失ってるし。一体何があったのか教えなさい」
「それがさぁ」
「あっ! そういえば!」
ある事を思い出した姉は突然に立ち上がり、一旦部屋から出ていくと何か紙切れを一枚持って戻ってきた。
「あなたが『おばあさまのお土産に』って作って持ってたぼたもち入りの重箱がね、中身空っぽだったのよ。それでね、この紙切れがその中に入ってたんだけど……」
「えっ?」
少女はゆっくりと上半身だけを起こし、姉からその紙切れを受けとる。
『うまかった』
紙切れには、筆か何かで殴り書きの様にそう書かれていた。
「きったない字……」
そして月日は流れる。あの出来事から少し成長した少女は、大きめ白いのキャリーバッグを引きずりながら息を切らして走っていた。
時を同じくして、パチンコ・ジャンボから銀髪天パーの男が、ガックリと肩を落としながら出てきた。
「あ~あ、あそこでやめてりゃーな。どうするよ……おい」
力無くフラフラと帰ろうとすれば、ものすごい形相の少女がこちらに向かって走って来ているのが目に入る。
「あっ! どいてェェェ! 止まれないからぁぁぁぁぁ!」
「──えっ?」
時既に遅し。少女は、銀髪天パ男に突撃してしまった。その衝撃により、銀髪天パ男の胸に飛込んだ状態で共に地面に二、三度転び、銀髪天パ男だけが地面に頭を強打した。
「うごふッッッ!!」
「……はっ!? ごっ、ごめんなさぃぃ!」
「い、いや~ぁ、だ、大丈夫。多分大丈夫……だと思うよ。うん」
地面から身体を起こした銀髪天パ男は笑っていたが、打ったであろう頭から血を大量に流している。
「なんか、頭から血が出てますが……」
「唯ちゃあああん!!」
すると、遠くから名を呼ぶ声が。二人が振り向けば、狐の顔をした天人が走りながらやって来たではないか。
「あ~ここにいたコンねぇ! 唯ちゃん、探したコンよォ」
「ひィィィ! 見付かったああ!」
唯と呼ばれたこの少女、銀髪天パ男の後ろに大慌てで隠れながら顔を半分だけ出して狐天人を覗き見る。
「ひどいコンね~。俺っちの愛が伝わんないコンかァ?」
「伝わるのも何も、だから何度も断ってるでしょ! しつこいのよアンタァ!!」
「好きって言ったコン」
「言ってない!!」
「またまたァ、強がりいっちゃって~。まっ、そんな所もひっくるめて愛してるコン」
「強がってねーよッ!」
すると、黙って聞いていた銀髪天パー男が漸く口を開いた。
「オイ! お前らなに人を間に挟んで痴話喧嘩おっぱじめてんだコノヤロー! こちとらパチンコ負けちまって財布の中スッカラカン。週一楽しみにしてたパフェ食えねぇってんでショックでイラついてんのによっ! イチャついてんじゃねぇぇ!!」
「イチャついてねーよ!! ていうか、アイツにわたしストーカーされてるの!」
「あん? ストーカーだと?」
「おい白髪頭! お前唯ちゃんの何コン?」
狐天人は銀髪天パ男を指差す。
「わたしのフィアンセなの。もう、あんなこともこんなこともしちゃってる仲なの! だから諦めて!」
少女はそう言って銀髪天パ男の腕を掴んで自身に引き寄せ、狐天人にわからせるように身体を密着させて見せた。
この人、木刀持ってるし。助けてもらえるチャンス!
背後に隠れた際、銀髪天パ男の腰に下げている木刀に気付いた少女は、もしかしなくても普通ならこの状況下、ストーカーから助けてくれるんじゃないかと期待をしていた。
「この感じは、微妙に懐かしい……って懐かしがってる場合じゃねぇ! オイオイッ、関係ない俺を巻き込むなっ!」
銀髪天パ男は、引っ付く少女を引き離そうとする。
「関係なくなくなーいでしょうが! さっき出会って関係ありありじゃない! もう、あなたとわたしは知り合い同然!」
「なくなくなくなーいって! 何その勝手な考えぇ? 今さっき初めて会ったばっかだよな? 俺らなァ? オイ、離せ!」
「お願いします素敵なお方。どうか助けて下さい」
目を潤ませ、上目使いで銀髪天パ男を見た。そして、一瞬だけ動きが止める銀髪天パ男。
「……って騙されるかっての!! じゃーな! 俺はここから去るぜ!」
少女から無理矢理離れた銀髪天パ男は、この場からさっさと去ろうとする。
ひっかからないか。あーもう!
少女は心の中で大きく舌打ちをした。
「ちょっとあなた! か弱い乙女がストーカーに危ない目にあってんのに助けてもくれないの?」
「ストーカー被害なら警察っ警察っ」
背中を向けてすたすたと行く銀髪天パ男は、ブラブラと軽く手を振る。それがなんだか憎たらしい。
「なんて冷たいヤツ。その腰に刺さってる木刀は、修学旅行で面白半分に買った土産屋のキーホルダーかっ! 馬鹿ものー! 薄情ものー! 白髪野郎! この×××ー!」
知っているだけの暴言をとりあえず投げかける少女の背後に、狐天人はゆっくりと近付いていた。
「唯ちゃん。邪魔ものはいなくなったコン。さぁ、俺っちと一緒に行くコン。式の用意も出来てるコンよ」
「ヒイッ! 近付いてこないでよ!」
じりじりと寄ってくる狐天人から後退りをすれば、建物の壁に追いやられてしまった。
「怯えなくても大丈夫コン。一生大事にするコン。小さな檻の中でね……」
更に口角を上げて不気味さが増した狐天人。絶体絶命の少女。ふと去って行く銀髪天パ男を見ては、歯を悔いしばり目を瞑る。
「お願い! 何でもするから、パフェでもなんでも奢るから。だから、だから! 助けて……!!」
「サァ、おいかけっこは終わりコンよ」
狐天人に腕を掴まれたその時だった。
「さっき言った事ホントか?」
去っていった筈の銀髪天パ男が、何故か戻って来ていたのだ。
「え?」
「パフェでもなんでも奢るって!」
少女は、目に涙を浮かべながら頷いた。
「絶対奢れよっ!」
下げていた木刀を構える。
「なんだコン? 邪魔する気かコン?」
狐天人は、懐に隠していた銃を取り出して銀髪天パ男に銃口を向けた。
「さっきからコンコンうるせぇんだよ狐野郎。ストーカーなんてしやがってよ、暇人かお前は! あっ、人じゃねーな。暇天人か。ん? なんかごろ悪ィなオイっ!」
「ブツブツうるさいコン!! 俺っちと唯ちゃんの邪魔をするヤツは死んでしまえコン!」
銀髪天パ男に銃を何発か発砲するが、ひょいひょいと避けられてしまう。
「ちょこまかと!」
苛立ちを露わに、もう一発撃とうとした次の瞬間。銀髪天パ男の木刀裁きにより狐天人は、意図も簡単にボコボコにされて地面に叩きつけられていた。
──すごい。カッコイイ!
少女は今まで見た事がない光景に圧倒され、銀髪天パ男が只者ではないのでは、と思った。
「二度とストーカーなんてすんじゃねぇぞ」
「わ、わかったこ、コン……」
狐天人は渋々承諾。名残惜しそうに少女を一度見つめては、弱々しく走り去っていった。
「あ、あの……、ありがとう」
厄介だった天人がいなくなってくれて本当に良かった。少女は安堵の溜息を一つ。それと、銀髪天パ男に助けてくれた事への礼を言う。
「さぁて、行くか」
「ん? どこに?」
「んってお前……。勿論パフェ食いに」
よくわからぬまま銀髪天パ男に連れて行かれた場所は、とある喫茶店だった。
少女は不満顔で、じいっと銀髪天パ男を見つめる。間にテーブルを挟み、向き合う形で座る銀髪天パ男は、もくもくとチョコパフェを頬張っている。死んだ目に真顔だったせいか、嬉しそうなのかはよくわからない。
苺パフェ? マジで似合わないんですけど……。ていうか食べ過ぎじゃない?
テーブルの上にいくつも重ねられている空の容器を視界に入れる。
でもまぁ、パフェで助けてくれたんだし……ね。
お礼にエグい金額を請求されたわけでもないし『まあ良いか』と思いつつも少女は、後どれくらいしたら食べ終わってくれるのだろうかとか、どこで『ストップ』させるべきかなどと考えていた。
一方、少女の視線を浴びまくりの銀髪天パ男は食べるのを一旦ストップし、パフェから少女に目を向けた。
「っで、他に何してくれる訳?」
「は? え、お礼にパフェなんですけど?」
これまた意味不明と少女は思った。
「オイオイ。俺ぁ確かにこの耳で聞いたぜ。『何でもするから、パフェでも何でも奢るから』って」
「だからパフェがお礼でしょ?」
「ノンノン。まだまだここ注目! 『何でもするから、何でも奢るから』……ほらな?」
二人は暫し見つめ合い、短い沈黙が流れた。
「じゃあ、わたしそろそろ帰りますね。さようなら」
立ち上がって銀髪天パ男に去り際の微笑みを向けた少女は逃げようとするが、『待てコラ』と右腕を捕まれた。
「あの、何が目的で──」
言いかける途中、少女は勘付いてしまった。まさか自分の体が目的なのでは、と。
「この魚の死んだような目をしたこの男っ! 天パーのくせにパフェを食したうえ、わたしの体まで食そうというワケ? 天パーのくせに! この天パーのくせに!!」
「お前、心の声ものっ凄い出してるけど。天パーで悪いか? めちゃくちゃ傷つくんだけどォ?」
「き、聞こえてるぅぅぅ!」
「ていうか勘違いすんな。普通あれだろ? 助けられたらお礼ってするもんだろ?」
「パフェだけじゃ足らないっていうんですか?」
「たらねぇな。こっちはあんたをストーカー被害から救ってやったんだ。それ相応のお礼してくれなくちゃ困るぜ、嬢ちゃん」
なんなのコイツ……。ストーカーから助けてくれたのは良いとして、まるでこれじゃあ悪徳商法に騙された主婦みたいじゃない。
都会とは聞くよりも恐ろしいところだと、少女は溜息混じりに銀髪天パ男を横目で見た。
「じゃあ、何してほしいんですか?」
「じゃーまずなぁ……」
数分後。全く知らない眼鏡をかけた少年と、チャイナっぽい少女が喫茶店に現れた。必然的に銀髪天パ男の隣に座らされた少女は、テーブルを挟んでチャイナ少女と眼鏡少年と向き合った。
「ちょっと銀さん、至急来いって僕たちを呼び出してなんなんですか一体? 毎日毎日ブラブラと、仕事もしないでこんなとこでなにやってんですか! それに、誰なんですかこの人?」
眼鏡の少年が、呆れ顔で銀髪天パ男を『銀さん』と呼ぶ。
「アッハッハッ! いやぁ新八くん。この僕だってね、やるときはやる男なんだよ」
少女は状況を掴めずにいて、取り敢えずコップの水を飲もうとした。
「あーーっ、解ったアル! 銀ちゃんの彼女だなー! コノヤロいつの間に彼女なんかつくりやがったんだァ!」
的外れなチャイナ少女の発言に思わず眼鏡少年の方を向いて、少女はまだ含んでいた水を噴く。
「何言ってんだ。このお嬢さんはな、彼女なんかじゃねーの」
「じゃ、じゃあ誰なんですか?」
「まぁ、話せば長い事もないが。銀さんは、このお嬢さんをストーカーから助けてあげたのだよ」
「へぇー。珍しいことしましたね」
得意気に笑ってる銀髪天パ男を見て、少女はただただ呆れるばかり。
「でな、この心優しき紳士な銀さんに是非お礼がしたいと言ってきたんだよ」
銀髪天パ男の話に、眼鏡少年とチャイナ少女が一斉に少女へと目向けた。
「あなた、今どき珍しいことをするんですね」
「お礼って何するアルか?」
え……と、何これ? 本当に何んだかわからない。
いつになったらわかるのか。教えてくれないのかと、理由を求める為に銀髪天パ男へ視線を送る。
「お前ら何食べたい?」
この男は何を言ってるのだろう。思わず目が点にならざるを得ない。
「わーい! 銀ちゃんやったネ! 私は特上寿司と、ステーキとあとね、あとねーー!!」
「えっ、ちょっと銀さん! この人目が点になってますよ? もしかしなくてもお礼って銀さんだけに、じゃないんですか?」
「あー楽しみアル。最近ひもじい生活だったし、もう一週間連続のふりかけ御飯だけも飽きてきたところヨ。今日は久しぶりのご馳走にあり付けるネ!」
「そういえば、最近仕事らしい仕事もなくて家計はピンチでしたもんね」
チャイナ少女と眼鏡少年の衝撃告白に我に返った少女は驚愕する。
ええぇぇぇぇぇ! ふりかけ御飯だけ? 一週間連続? 嘘でしょ? この男、自分はブラブラパチンコなんかしてて、育ち盛りの少女や少年にはろくに食事も食べさせてないの? っていうか、この男の子供たちなのかしら? 随分大きい子供だよね?
──可哀想。この子達は今までどんな悲惨な生活をしてきたのだろうか。少女はショックのあまり、哀れみの顔を少年やチャイナ少女に向ける。
「なんかものっそい哀れみの表情で僕たち見られてるんですけど!!!」
子供達は余程ひもじい暮らしをしてきて辛かった筈。このような男の下で健気に精一杯生きているのだ。訳のわからぬ男に助けられ、まさかこんな悲劇を目にするとは微塵も思っていなかった。
もしかして、この男が他にしてほしいって言ってたお礼って、この子達に『ご飯を恵んでやって下さい』って事?
同情心。こうなれば、お礼として御飯くらい食べさせてあげたくなる。頭の中で、子供達の悲惨な光景を想像した少女は、勢いよく立ち上がる。
「二人とも! 今日はお腹いっぱい食べていいよ! お姉さんにまかせなさい!!」
「なんだかよくわからんが、どうなっても知りませんよ。あなた」
眼鏡少年が、逆に同情する目をして言う。
「おっしゃー!!食うぞー!!」
「サンキューな!!」
テンション上げて喜ぶチャイナ少女を微笑ましく見つめ、はしゃぐ銀髪天パ男へは睨みを向ける。
ふんっ、別に貴方のためじゃないわよ! この子達のためよ!!
可哀想な少年少女に少しでも満足させてあげたい一心だった。しかしこの後彼女は、ショッキングな光景を目の当たりにするのであった。
「ねえねえ、食べすぎじゃない? ていうかそれ、飲むんじゃなくて噛むんだよ!?」
唖然呆然。食べ物をまるで飲み物かの如く、ごくごくと喉を鳴らして飲み込むチャイナ少女。眼鏡少年はお茶をすすっていて、その隣で銀髪天パ男が『もうふぇはい(食えない)』と言って口に手を抑えていた。
「ちょっとなんでアンタまで食べてんのよ! って吐かないでよそこで!!」
実は今いる店は2軒目。最初はあたたかく食事風景を見ていたのだが、あまりにもの量を食べるチャイナ少女に度肝を抜かれた。一旦歯止めを利かす為に店を移動させたが、それどころかまたもやものすごい量を食べるこのチャイナ少女。1軒目での支払い金額に目が飛んだ少女は、2軒目の支払いに関しても冷や汗ダラダラで不安になってきた。
いっぱい食べて良いって言ったものの、お金の減りがヤバイ。流石にもう胃袋満足したよね。そろそろ止めよう。うん止めよう!!
「ねえ、そろそろ食べるのやめない?」
「神楽ちゃんの胃はブラックホール並みですからぇ。簡単に『食べて良いだなんて』言ってしまうと破産しますよ」
それを早く言ってほしかったと、心の中で少女は思った。
「神楽ちゃーん、そろそろ食べるのストップ! このお姉さんの財布事情が危うくなりそうだよ」
「他人の財布事情なんか関係ネーヨ!」
「アホーー! 考えろ! 食べすぎじゃボケえええっ!!」
眼鏡少年に押さえられながらしばらく争った後、漸く清算にいたった。少女は伝票の金額に頭が真っ白になり、気絶しかける。
「ありえないこんな金額……。飲食店でこんなに使うなんて」
伝票を持つ手が震えて止まらない。隣にいた眼鏡少年、銀髪天パ男、チャイナ少女が一緒に伝票を見て驚く。
「げっ!?」
「ハハハ……こんなに払えんのか?」
「私まだいけるヨ!」
「いくな!! 反省しろ!!」
眼鏡少年のツッコミが炸裂する一方で、少女は固まったままロボットのように財布を覗いた。
現金じゃたりなぁああああ!! 使うしかないのか? あのお金を──。
少女には、どうしてもその金を使いたくない理由があった。しかし、支払う現実からは逃れられない。
「あ、あの、カードでお願いします」
涙ながらにカードで支払うことになった。
「おぉ! この女カード持ってるヨ! なんかカッチョいいアル!!」
「あははは……」
少女の乾いた笑いが店内に響き、ガックリ肩を落としながら店を出た。
──あぁ、私のお金が一瞬にして、一瞬にして……。
数時間前の自分を恨んだ。関係ないと嫌がるのを無理やり引き止めたり、勝手な同情心から食事を奢ると言ったのは自分である。けれども何故、折角ストーカーから逃れられたのに何故、こんな目に合わなければならないのか。様々なバイトで苦労した日々が走馬灯のように思い出された。
これもそれもあれも全部あの銀髪天パ男と出会ったせいじゃない? 助けてくれたとき、ちょっとでもカッコイイって思った自分バカ! もう取り消し!!
沸々とこみ上げる理不尽的な怒りに、わなわなと体が震えてくる。
「さぁて、帰るか。あー今日はごちそうさん。まさかストーカーから助けてこんなにしてくれるとはなぁ。もうストーカー被害に遭うんじゃねーぞ。ほら、お前たちも礼を言っておきなさい」
「まだまだ食べたりないけどありがとな! じゃあ、早く帰ろうー! 定春が待ってるヨ」
「駄目だよ神楽ちゃん偉そうな態度は。あっ、えとその、名前も知らないあなた、今日はご馳走様でした」
三人はそれだけ伝えると、顔を俯かせる少女を1人置いてすたすたと帰り始める。
「まてやコラ……」
何か聞こえたけれど気にしないでおこう。無視をして歩く三人の目の前に、少女が立った。
「無視ですか? ねえ……」
ゆらり。怒りのオーラを放ち、開かれた瞳孔が凄みを増す。
「なに? どうしたの? まだお礼してくれんの?」
「わたしのこれからの人生どうしてくれんだボケエエェ!」
ドスの利いた声を出し、どこからか出したハリセンで思いきり銀髪天パ男の頭をシバけば、衝撃で地面に顔がめり込んだ。
その光景に唖然としてビビるは眼鏡少年。チャイナ少女は、地面にめり込んだ銀髪天パ男の頭をつんつんしている。
「どうしてくれんのよ……」
「ど、どうしてくれんのよって、ストーカーから助けてやっただろ? っで、キミがお礼をしただけじゃないかな?」
地面から血だらけの顔を出した銀髪天パ男は、引き攣った笑顔で答えた。
「お礼の限度ってモンを考えなさいよ!」
「キミの人生はストーカーから救われたんだから、これから訪れるであろう未来は幸せな筈だよ。……うん」
「何、人の人生綺麗にまとめようとしてんだコラっ。どうしてくれんのよ! 私が汗水流して働いて貯めたお金の半分以上が、このチャイナ娘によって一瞬で消えたんだけど!?」
少女は銀髪天パ男の胸倉を掴むと、今以上に開ききった瞳孔で睨んだ。
「で、でも食べて良いって言っただろ?」
「普通あんなに食べると思って『良い』だなんて言うわけないでしょう? あの子達の親なんだから責任とりなさいよ」
「親? 違う違う。それに俺はまだ独身っ」
「はぁ? それでも保護者かなんかでしょ?」
「……さぁ?」
「あっ、あの! ここじゃなんですから場所変えません? ね、ね? このままじゃ警察来ちゃいますよっ」
騒ぎに乗じ、周りにギャラリーが集まってきそうな勢いに焦った眼鏡少年が止めに入ってきた。
確かに人も増えてきて目立つ。それならばここは仕方ない。少年の言う通りについて行けば、『スナックお登勢』と書いてある小さなスナックの上、『万事屋 銀ちゃん』という看板がかけられた建物の中に入った。
中に入り、ストーカーから逃げて来てから銀髪天パ男に助けを求めるまでのことのあらすじを詳しく説明した。
「そんなことがあったんですねぇ……。まぁ僕たちに哀れみをかけて、余計なお世話をしたあなたも少しアレですけど。後悔後先に立たずですよ」
ですよねー。先程の怒りがおさまっている少女は、しょんぼりと肩を落とした。
「そういえば、なんだかんだで自己紹介がまだでしたね」
今更かと心の中で突っ込みつつ、少女は改まった。
「申し遅れました。わたし、土方唯といいます」
「僕は志村新八です。あのデカ犬が定春。で、その犬をこよなく愛するあの子は神楽ちゃん。後、このどうしようもなさそうな男は……銀さん、自分で自己紹介してください」
眼鏡少年から話を振られ、銀髪天パ男は面倒くさそうに鼻をほじりながら言う。
「あーめんどくせぇ。この万事屋銀ちゃんオーナーの坂田銀時でーす」
「あの、溜め込んでたお金が殆どなくなっちゃったんです。やっとの思いで江戸まで辿り着いて、住むとこ探してたんです! 部屋を借りる頭金用のお金、敷金礼金その他もろもろに生活費。今ある全財産じゃ足らなくなったんですが──」
「この女やっぱり結構お金持ってたアル!!」
バシッと一発、眼鏡少年に頭を叩かれるチャイナ少女。
「銀さーん、どうするんですか? 元はといえば銀さんがいけないんですよ。必要以上のお礼させるから」
「パチンコで金で無くなっちまったし、生きる為には仕方ねーだろ」
とは言いつつも、銀髪天パ男は暫し考える。
「……わたしも鬼じゃありませんから。一度良いといってご馳走したのはわたしなんで、お金を返せなんてそんなケチな事言いません。ここって万事屋なんでしょ? 何とかしてくださいません?」
唸りながら万事屋銀さんが出した答えは──。
唯という少女を、仕方ないので神楽同様住まわせるという決断に至った。勿論少女はとてつもなくがっかりとしていたが、『金が無い』はどうしようもなく、他にあたる先が見つかるまではとりあえずそれで納得せざるを得なかった。
この最悪な印象の出会いは、果たして幸か不幸か。
花ノ命短シ恋セヨ乙女。