朝方近くに帰宅した唯は、誰もいない居間のソファになだれ込むように座った。
夜の仕事にもすっかり慣れてきた今日この頃。方向音痴が相も変わらずな唯は、行きには最近仲良くなった、近所に住んでいる"おりょう"と出勤し、帰りはお妙に見返りを払って帰宅している。
……疲れた。
背を伸ばし、天井を仰いで一息つく。さてさて顔洗って寝よう。でもその前に、と自分のキャリーバッグの中から"のーと・ぱそこん"を取り出して電源を入れてみれば、電子めーるの受信通知が表示された。
──ん? 誰から?
年の離れた姉からの、久しぶりの"めーる"だった。
拝啓
唯ちゃん元気してますか? 私は今日も元気です。もう江戸には着いたかしら?
ところで、まだトシくんと連絡取ってないのね。あなたの連絡先を教えてくれって何度か手紙まで届いたんだけど。
このめーるアドレスも知らないふりをしたけれど、トシくん鋭いから私が知らないふりをしているって勘付いているみたいね。
もうそろそろ許してあげなさい。あのこだって辛かったのよ。
唯ちゃんももう子供じゃないんだから、昔の事はさっぱりと忘れて、ちゃんとトシくんと向き合いなさい。あなたのことを一番心配しているのはトシくんなんだから。
追伸 たまには私のところにも顔見せに来なさいな。もちろん菓子折りつきで。
敬具
読み終えた唯は、ぱそこんをゆっくりと閉じた。
“向き合いなさい”……か。
蘇るのは懐かしい
今よりもずっとずっと幼い頃のことだ。
「ゆいね、ゆいね、トシおにいちゃんのおよめさんになるの」
「あらあらまあまあ。また言ってるの? 唯ちゃんとトシくんは兄妹だから結婚なんてできないわよ」
「できるもん!」
姉の"のぶ"が困った表情をしていると、隣にいた一番上の兄が笑って言った。
「まだまだ小さいからなぁ、唯は。いいじゃないか別に」
「もうッ、兄上は黙ってて。こういうのは小さいうちから教えておかなきゃダメでしょう! 万が一の事があったらどうするの!」
「大袈裟だな、のぶ。漫画やドラマの見すぎだぞ」
顔を真っ赤にして怒る姉と大笑いする兄。そんな二人を見上げてきょとんとする唯の頭を、兄が優しく撫でた。
「あはは、気にするな唯。のぶの妄想話だ」
「なんですって兄上!」
「もうそう……?」
二人の会話には難しい言葉が出てきてわからない。幼いながらも意味を考えていると、背後から唯の大好きな声がした。
「あんまり唯に変な事おしえないでくれよ」
年の離れた兄や姉の中でも一番に慕うのは、この十四郎だけだった。
「あっ! おにいちゃん!」
やれやれといった顔は、子供ながらに急かされるよう大人びた表情である。
「なんだ十四郎、どこへ行ったのかと思っていたぞ」
「どこだって良いだろ。帰ってくんだし」
頭をわしゃわしゃと撫でてくる十四郎を見上げ、唯は笑う。
「おにいちゃん。ゆいね、おにいちゃんのおよめさんになってあげるからね!」
「もう唯ちゃんたらぁ―」
「いいんだ、のぶ姉。ありがとうな、唯」
十四郎と顔を見合わせて微笑んだ。
「うん! おにいちゃんだいすき!」
唯にとって、故郷での大切な思い出の一つだった。
"もうそろそろ許してあげなさい。"姉からのめーるが頭を過ぎる。
わかってる。わかってるんだけど、でも……。
あの時辛く苦しんでいたのは兄の十四郎の方だと今なら理解出来ている。だけどあの日の幼い自分が心の奥底にいて、兄に会うことを恐れているのだ。
お兄ちゃん……。
深いため息を吐いて、唯は瞳を閉じた。
「局長! 山崎です失礼しますッ」
とある日の昼時、真選組屯所にて。
「ああ、入れ」
江戸の治安を守る特殊警察、真選組。局長である近藤勲の部屋の襖を開けて入るのは、監察の山崎退だ。
部屋には近藤だけだと思っていたら、他にもう一人いた。副長の土方十四郎である。
「なんだ山崎ィ、用か?」
「あれッ副長! いたんですか?」
「俺がいちゃあ悪ィのか」
煙草の煙を吐きながら、十四郎は山崎を鋭い目で見た。
「いっ、いえッ! そんな事ないです! あっ、局長、お聞きしたいことが、その……」
「聞きたい事?」
山崎は、こちらを怪しく見る土方に聞こえぬよう、近藤の耳もとに近付いてこっそりと喋る。
「今日もあの、その……。お妙さんに会いに『すまいる』行きます? もし良かったらでイイんで、またご一緒させてもらってもかまいませんか?」
話を聞くや否や、近藤は憤怒して山崎の胸ぐらを掴んだ。
「なんだ貴様アァッ! 『スナックすまいる』にハマったと見せかけて、実はお妙さんにハマったと言うことかァァァ!? 許さんぞ! 決してゆるさんぞォォ!!」
「ぐぇ……っ苦っしい! ち、違います……局長ッ! おっ、お妙さんじゃありませんッ!」
それを聞いて安心したらしい。近藤は掴んでいた山崎の胸ぐらを離し、ニカッと笑った。
「アッハッハッ! なぁんだそうかァ。ビックリしちゃったじゃないか~。ん? それじゃあ山崎、お前のハマった相手と言うのは、あの時の新人の女の子か? ったくぅ、キャバ嬢にハマるなんてバカな奴だなッ」
「そりゃアンタもだろ」
十四郎がさり気なく突っ込みを入れる。
「って! 副長に丸聞えー!?」
「山崎ィ……。お前、仕事中にキャバクラの話とは……、真選組の仕事舐めてんのかァ?」
開き気味の瞳孔でじろりと一瞥した十四郎は、刀の鯉口を切った。
「切腹……いくか?」
「ヒィィ! す、すいませんでした副長ォォ! し、失礼しましたァ!!」
山崎は恐れをなし、慌てて近藤の部屋を出ていった。
「ったく、山崎の野郎……」
「まあまあ、トシ。山崎を責めてやるな。キャバクラに連れていったのは俺なんだし、ハマらせてしまった責任はこの近藤勲にある」
「近藤さん、アンタよくまぁ飽きずに通うな。あんだけフラれてもめげねぇなんてよ。ある意味感心するぜ」
吸い終えた煙草を灰皿の中でぐしゃりと押し消すと、近藤は明るく笑った。
「アッハッハッ、そうかぁ? あ、トシ、今日キャバクラ一緒に来るか? トシが来たなら店の女の子達が喜んで寄ってくるぞ」
「毎回誘ってくれてんのに悪ィが近藤さん。俺ァあんましそういう場所には興味ねーんだ」
「仕方ないなぁ。ま、いいさ。どうせお前はそう言うと思ってたしな。じゃあ山崎連れてってやるかぁ」
近藤は立ち上がって襖を開け、山崎を呼びに部屋を出る。
「おーい! 山崎ィ、山崎はいるかー?」
近藤のお目当てがいるキャバ通いには呆れを通り越してしまいそうだ。本日何本目かの煙草を口にくわえた十四郎が、マヨネーズ型のライターで火をつけようとしたその時だった。
「山崎ーー! 今日も『すまいる』連れていってやるぞ~。お前の好きな"唯"ちゃんに会えるぞォォ」
────唯?
十四郎は、近藤の口から出た"唯"と言う名前に反応した。
それは、大切な妹と同じ名前であったからだ。
普通ならば『偶然』で済む。何だ、同じ名前か、でスルー出来る。なのに十四郎の場合はそれが出来なかった。
この数年、妹に似た面影のある女や同じ名前を持つ女に声をかけてしまうこともあった。
あの日から今日まで、一度たりとも忘れたことはねぇ──。
十四郎は自分の右手をじっと見つめた。
脳裏をよぎるのは、兄を慕う幼い妹の手を振りほどいてしまったあの時の記憶である。
「山崎~~どこだぁ?」
見つからない山崎を探す近藤が、屯所中に響き渡る声で言う。
「お前の好きな唯ちゃんに会いに行くか~? おーいッ、唯ちゃんに────」
騒ぎを聞きつけた他の隊員達が興味あり気に顔を覗かせる中、慌てて近藤のもとに山崎が走ってきた。
「局長ォォォ! 勘弁してくださいッ! 声大きすぎ! てかめっちゃ恥ずかしいからアァ!!」
「おっ山崎、照れるな照れるな。事実だろ、ん? 一目惚れだろ? この俺に隠したって無駄だぞっ」
近藤にからかわれ、山崎の顔は茹でられた蛸のように真っ赤である。
「近藤さん」
呼ばれて振り向けば十四郎が。
「どうしたトシ?」
「さっき"唯"って言ったよな?」
「唯ちゃん? 言ったがそれがどうした? ん? もしかしてもしかすると、キャバクラに一緒に行く気になったのか?」
十四郎は、くわえていた煙草を口から外して煙を一度吐いた。
「──ああ」
あっという間に日が暮れた。夕食の片付けを終えた唯は、仕事の準備を和室でしていた。
「よしっ、化粧は店でするとして……、着物はこれで良いわね」
あまり着ることのなかった流行り柄の着物が皺になっていないかを確認しながら唯は、店に常備してある派手な柄ものや丈の短い着物を思い浮かべて、何着か新しく新調するべきかと悩む。
「痛い出費ばかりでお金なんて全然貯まらないんですけど」
出るはお金とため息ばかり。
それでも働かなくては。自分を奮い立たせ、襖を開けて和室から出た唯は時計を確認する。
「仕事に行くアルか?」
「うん。おりょうちゃんがもう来るからね。行ってきます」
「行ってらっしゃい~~」
ソファに並んで座る神楽と新八が、玄関へと歩く唯に軽く手を振る。
「帰りついでにジャンプよろしくな」
もう一つのソファに寝そべり、ジャンプを読みながら銀時が頼めば、新八が苦笑いを浮かべて言った。
「唯さんもう行っちゃいましたよ」
「え、早ッ!? ていうか無視?」
銀時を軽く無視して万事屋を出た唯は、おりょうと合流して仕事場のすまいるに向かった。
「唯、また指名客ついたんでしょう? 順調じゃない」
「給料アップするし、ありがたやだよ」
道中おりょうとたわいない話をしなから、歩く。
「あ、そういえば今日見た占いでさぁ、唯の運勢見てあげたんだけど……」
おりょうは最近占いにハマっているらしい。特に今は、巷で"当たる"と評判の占い師、
「伊邪部流矢野の占いによれば、仕事運が最高なんだって。ってことは、またまた指名客ゲットじゃない?」
唯は占いに興味など無かった。けれど、『良い運勢』と聞いて悪い気はしない。『そうだったらまあ、良いよね』ぐらいの感想をとりあえずは返しておいた。
「さーて、お店開いちゃうからねー!」
店長の一声と共にスナックすまいるが開店した。
「いらっしゃいませ~~!」
良い感じに夜も更けてくると、店の中はお客やキャバ嬢で賑やかになる。
「お妙ちゃん唯ちゃん、二人まとめて指名入ったよー。3番テーブルへお願いします」
専用の控え室で待機していると、ボーイが呼びにやって来た。お妙をご指名と聞いて思い当たる人物が一人……。
「お妙さん、近藤さん来たんじゃない? あれ、でもわたしも?」
「あの山崎さんて言う人も来たんじゃないかしら? なんだか唯ちゃんの事気に入ってそうな感じだったし。指名客になってもらってガッポリ貢いでもらったら?」
腹黒い笑顔満載のお妙に唯は、『あはは』と苦笑いを浮かべるのだった。
時を同じくして、すまいるに現れた近藤と十四郎、そして山崎は、案内された3番テーブルで指名した二人が来るのを座って待っていた。
「いやぁ~~、トシが俺に付き合ってキャバクラに来るなんていつぶりだ? 仕事以外であったっけかなァ?」
「そう言えばそうだな……」
懐から煙草の箱を出した十四郎は、そこから一本だけを抜いて口にくわえた。
「興味ないとか散々言ってたのに、一体どういう心境の変化なんだ?」
「別に最初ッからキャバクラには興味なんてねぇよ。ただ気になることがあっただけで──」
くわえ煙草に火をつけようとしながら、気になっていることを近藤に喋ろうとした瞬間である。
入店してから心なしかそわそわしていた山崎が、『来ましたよ』と興奮気味に声を出して、話が途中でさえぎられてしまった。
「あーらぁ、いらっしゃいませ。また来たんですね、ゴリラさん」
「こんばんはお妙さん。勿論、今夜もあなたに逢いにやって参りました」
微笑むお妙は近藤と十四郎の間に座り、その十四郎と山崎の間に唯が腰を下ろした。
「山崎さん、こんばんは。お久しぶりですね」
「は、はい! こんばんは!」
浮かれた表情の山崎に営業スマイルを向けた唯は、マヨ型ライターで煙草に火をつけようとしていた、隣の十四郎にも挨拶をしようとする。
「初めまして、唯です。よろしくお願いしますね」
代わりに火をどうぞ。マッチを擦って火を用意すれば、土方はその火で煙草をつけた。
「悪ィな。煙草の煙は平気か?」
ちらり。横目で唯を見る。
「ええ。平気です」
微笑んで答えれば、十四郎はぶっきらぼうに『なら良い』と煙草の煙を吐いた。
「この方もゴリラさんの部下の方なのかしら?」
お妙が近藤に聞く。
「ええまあ。こいつは副長をやっとりまして、名を土方十四郎って言うんですよ」
がしゃん。
用意したお酒入りのグラスを、唯が床に落とし割ってしまった音だ。
「ごめんなさい!」
「大丈夫?」
お妙が唯を気づかいつつ、ボーイを呼んだ。
「なんか、手が滑ってしまって……」
まさかだとは思った。横顔がほんの少し似ているとか、大人になった兄はもしかしたらこんな風になっているかもだとか。だから名前まで一緒とか偶然というか、きっと一文字漢字が違う筈だなんて動揺した思考を、唯は冷静に切り返そうとした。
──でも無理だ。割れたグラスを片付けるボーイから目を離し、心配される声に『大丈夫』と笑顔を向ければ、"ひじかたとうしろう"の動揺した瞳に囚われてしまった。
────嘘でしょ?
その表情から気づいた。この人は紛れもなく兄だと。幼い日のあの時と繋がったように、二人は見つめ合った。
「副長? それに唯さんどうしちゃったんです?」
お互いに見つめ合ったまま動かない二人を不思議に思ってか、隣に座る山崎が問う。
何か、何か喋らなくては。そうは思っていても、開いた口からは何も出せない。それは十四郎も同じだった。
「どうしたの、唯ちゃん?」
お妙の声で我に返る。
「ご、ごめんなさいわたし、急に気分悪くなっちゃって、そ、早退しますッッ!」
先に目をそらしたのは唯で、咄嗟に思いついた嘘でこの場から去ろうとした。
「待ってくれ!」
行くなと、十四郎に右手首を掴まれた。吸いかけの煙草を反対の手を使って灰皿で消し、『唯』と呼ぶ。力強く掴んだ手は湿っている。緊張で汗が滲んだのだろう。
唯は十四郎の顔を見なかった。否、見れなかったのが正しい。
泣きじゃくる幼い自分を頭によぎらせ、瞳を閉じて下唇を噛む。そして、掴む十四郎の手を強引に振りほどいた。
「あの日──」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
「この手を振りほどいたのは、お兄ちゃんよ」
「ええェェェェェェーー!?」
言い終えるとほぼ同時くらいだろうか、山崎が驚きの声を上げる。周りの席にいる客や他のキャバ嬢達は山崎の声に反応し、皆一斉に3番テーブルを集中した。
「お、お兄ちゃんってッ、副長と唯さんは……?」
真っ青な顔であたふたとする山崎は、唯の顔と十四郎の顔を交互に見比べながら『嘘だろ』とこぼしている。
「お妙さんッ!!」
「え、はい!」
妙な空気感の中、不意に名前を呼ばれて驚いたらしいお妙は、反射的に唯へと顔を向けた。
「後はお願いします。わたし、早退しますからッッ!!」
「ええ!? ちょっ、唯ちゃん!?」
止める間も無く、唯は店から走り去ってしまった。
「唯……」
十四郎が右手を見つめながら呟けば、察した近藤がその肩にそっと手を置いた。
ざわつく店内は暫く3番テーブルに気を取られていたが、慌てて現れた店長が場を鎮めるために謝りながら席を回り始めると、数分も経たないうちに何事もなかったかのように、いつもの"すまいる"に戻った。
3番テーブルの四人を除いて。
"すまいる"での劇的な再会があったことなど全く知らない万事屋では、神楽が居間のテレビの前でかじりつくように感動ドラマを見ては、ほろりと涙を流していた。
「ウッ、なんて良い話アルかァ花子オォ……、兄ちゃんに会えて良かったヨ~!」
「そんなんでよく泣けるよな。所詮作り話だろうが」
いちご牛乳を飲みながらソファに腰を下ろした銀時は、いつもの死んだ目を更に死なせた目で言った。
「何言ってんだヨ! 梅吉つァん! 花子はちゃんと生きてんだヨッッ!!」
「誰が梅吉つァんだコラッ、ドラマの世界から帰ってこいや」
二人の会話が微かに聞こえていたトイレから出てきた新八は、ため息混じりに居間に入ってくる。
「まーた二人して、何わーわー言ってんですかアンタたちは」
「聞いてヨ新八ィ、銀ちゃんたら私が感動して泣いてるのに『所詮作り話だ』とか言って、私の涙した素直な感動をぶち壊したアルッ」
「オイオイ、こういうお涙頂戴のドラマはなァ、そうやって涙するお前みたいなヤツをターゲットに作られたお話なんだぞ。こんな非現実な感動話絶対ありえねェって」
「まあまあ二人とも、その辺にしなよ」
新八は間に入った。くだらないことでの言い争いはやめてほしいからだ。
介入したことでこの場は何とか収まった。銀時は小指で耳をほじりながら欠伸をし、神楽は納得いかないと言うような感じで、ぷうっと頬を膨らませている。
今はぴりりとした空気に包まれた万事屋も、時間が経てばいつも通りに戻るので、新八は特には気にしない。
すると突然、玄関の入口が勢い良く開けられた。唯だ。物凄い早さで和室に入っていったかと思うと、襖が音を立てて閉まった。
一瞬何が起こったのかわからなかった三人は、居間と和室を仕切る襖を少し開けて、覗き見た。
和室の隅っこの方で、唯が背を向けてうずくまっている。
「唯、おかえりヨ」
神楽が声をかけるが応答がない。
「今日の仕事めちゃくちゃ早かったですね。なんかあったんですか?」
次は新八。けれどない。
「おーい、唯。ジャンプはー?」
最後に銀時であるか、それでも何の返事も返さない唯に苛立った。
「オイ、何急に突然帰ってきたと思ったら、和室に入って黙りこくっちゃってんだッ? 無視かまた無視か? あっ? 遅い反抗期か? お前今頃反抗期って超ダセェんですけど!」
これまでならば、『あーあー聞こえません』だの『そーそー反抗期だから無視します』などの銀時が苛立つフレーズが返ってきたものだが、今回はそれすらない。
新八は、少しだけ開けていた襖をゆっくりと閉めた。
「一人で平気アルか?」
襖越しからもう一度神楽が問いかけるも、唯からの返事はなかった。
「一体どうしたんですかね? 唯さん……」
様子が気になった新八は、眉間に皺を寄せながらソファに寝っころがる銀時に話しかけた。
「知らねーよ。アレだろ、アレ」
「アレって何アル?」
「アレはアレだよ。つまりアレだからアレなんだって。気にしたら負けだ。つーかほっとけって」
狭いソファの上で寝返りを打つ銀時をジト目に、神楽は頰を膨らませる。
「銀ちゃん冷たいヨっ。唯の事心配じゃないアルか?」
「心配も何も、まだここに来て2週間ちょっとじゃねーかッ。詳しい素性なんて全然知らねーしな」
「そういえば僕たち、唯さんについて知ってるのは方向音痴という事ぐらいですもんね……」
一方、和室に閉じこもった唯はというと、先程の劇的な再会について色々と頭の中を整理していた。
どうしよう、思わず逃げちゃった……。
真選組にいるというのは、姉から何となく知らされてはいたけれど、まさか幹部だとは思ってもみなかった。だから別に真選組の近藤がすまいるに来ていても大丈夫だと、あの兄がキャバクラに興味など湧く筈などあろうものかという願望も強く、出会う事もないだろうと自分の中で絶対的に決めつけ、過信していたのだ。
まさかあんな場所で再会するとは、思いもよらなかった。
『昔の事はさっぱりと忘れて、ちゃんとトシくんと向き合いなさい』
姉からの言葉を思い出し、唯は頭を抱えた。
無理ッッ!! 今こうなってしまっては、ちゃんと向き合える事なんてできない!
その時、自分の着物の帯に挟み入れていた携帯電話が鳴った。
びくりと身体を震わせた唯が恐る恐るその画面を見てみれば、お妙からの着信だった。
「は、はい……」
出るのを一瞬躊躇ったのは、怒られるかもしれないと思ったからだ。
『唯ちゃん? 大丈夫?』
けれどお妙は、怒るどころか心配してくれている様子である。
「うん……あ、あの、お妙さんッ」
『土方さんあの後すぐに帰ったから。今はいないから安心して』
十四郎の事を聞いてみようとすると、その前に察知したらしいお妙から伝えられた。
「ご迷惑おかけしました」
『ホントびっくりしたわ。突然帰っちゃうんだもの。あの後少し大変だったのよ』
「ごめんなさい……」
相手には見えないけれど、電話の向こうにいるお妙に頭を下げる。
『まぁ、ゴリラさんも帰ってくれたから、ある意味助かったんだけどね』
「お妙さん……」
『ホント、驚きよ。お兄さんが新撰組の副長さんだなんて』
「あの、別に隠すつもりじゃなくて、その……」
『良いのよ、気にしないから。色々事情もあると思うけど、無理に話してくれなくても良いわ。別にそんなことで嫌ったりするほど、狭い心の持ち主じゃないわよ私』
お妙の気遣いに、唯は目が潤みそうになった。
『土方さんに唯ちゃんの居所とか教えてほしいって聞かれたけど、知らないふりしてなんとか誤魔化しておいたから。それと店長にも連絡しておくから、後で破亜限堕津おごりなさいよッ』
「うん……! ありがとう、お妙さん」
『あっ、そうそう、お財布忘れてたわよ。明日新ちゃんにでも預けておくから。それじゃあ、まだ仕事あるから切るわね』
「うん、それじゃあ」
電話を切った後、唯は気が抜けたように寝そべって、天井を見上げた。
「はぁ……」
出るのは深い溜息。
ふと、銀時たちがいる居間の方を気にしつつ、唯は目を閉じるのだった。
翌日。朝を迎えて朝食になっても、唯は和室に閉じ籠ったままであった。様子を心配しながらも一旦家に帰った新八は、心当たりがありそうな姉のお妙に理由を聞いてみることにした。
「姉上、なんか知ってるんじゃないですか?」
なかなか話そうとしないお妙にしつこく粘れば、『仕方がないわね』と、昨夜の事を話してくれた。
「昨日ね、偶然かどうかは知らないんだけど、唯ちゃん、お兄さんと再会しちゃったのよね」
「再会? 唯さんってお兄さんいたんだ」
「あら、新ちゃんも知らなかったの? 私も知らなかったから驚いたわよ。唯ちゃんて自分のことあんまり語らないから、多分、深入りしてほしくない訳でもあるんじゃないかしら?」
引きこもった原因を知って、新八は小さく溜息をつく。
「万事屋の空気が重いなぁ。唯さん引きこもっちゃって何にも言わなくなってるし、訳がわからないから神楽ちゃんも気にしてて、銀さんもなんかイライラして機嫌悪いし」
「新ちゃん……」
再び溜息をついた新八を見て、お妙は拳を握り締めながら何かを思い立った。
「どうかしたんですか、姉上?」
「やっぱり共同生活というのは、相手の事を深く知っていないと何事もやっていけないわよ!!」
「え? 急に何を?」
「このまま理由もわからずに一緒に過ごしていくつもりなの? 行くわよ新ちゃんッ!」
突然立ち上がったかと思えば何処へ行こうと言うのか。急いで外へと出た姉に、新八も慌てて家から飛び出した。
「姉上? 一体どこへ行くんですか!?」
「万事屋に決まってるでしょ!!」
志村姉弟は、和室に引きこもる唯がいる万事屋へと走った。