花ノ命短シ恋セヨ乙女   作:あまてら

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8話 美味いりんご飴にはなかなか当たらない

 

 

「あっれー。もしかして、ここって京?」

 

 それは一年前のある夏の日の午後であった。

 京の町並みや人の流れ、京言葉。故郷以外を知らない唯にとって初めて訪れた京の町は、何もかもが新鮮に思える。

 唯は見慣れない町に目を奪われ、行き交う人々とすれ違いながら辺りを何度も見回しながら歩いた。

「うっわァ、さすが京。……って、感動してる場合じゃないわ。また道間違えた。てかこの地図おかしくない? あの店のオヤジ、偽物売ったんじゃないでしょーねッ」

 その場に立ち止まり、故郷の露店で購入した地図をもう一度確かめてみる。

「困ったなァ、ここに来る予定じゃなかったんだけど……」

 目的地は江戸なのに京にまで来てしまうとは思わなかった。『あーあ』とひとり呟き、地図を荷物にしまいながらさあ、どうしたものかと唯は考える。

「取り敢えず戻ろうかな」

 来た道を戻れば途中の分かれ道に辿り着く筈。そこからなら江戸へと出る正しい道を進めるかもしれない。善は急げ。しかし、夏の暑さには勝てやしない。

 道すがら、見掛けた茶店で一先ずは休憩を取ることにした。

「あー、暑さから解放~」

 冷たい飲み物で喉を潤し、頬杖をつきながら今後のお財布事情を思考してみた。

 

 江戸に行く前に、少しの間この町に滞在しちゃおっかなぁ。

 

 一応は貯金があるのだが、江戸は物価も高いであろうし、もしもが心配になった。備えあれば憂いなしだけれど。どうしようかと深い溜息を一つ。

「何か困り事でも?」

 すると突然、唯が座っている席の前に、一人の壮年の男が座ってきた。

「これはすみません。何やら先ほどから悩んでいらっしゃった御様子。何かお困りかと思いまして」

「え、あー。ま、まあ、少し」

「やっぱり! 溜息ばかり吐かれるから気になっていた所でしたわ。あのもしよろしかったら、この私にお話頂けないですか?」

 急に現れたはんなりと喋る和かなその男。

 直ぐに人を疑うのは良くないけれど、これが何かの商法の勧誘であれば即逃げしなければ、などと思いつつ、『まあ、話をするぐらいなら良いか』唯は大雑把にここまでの経緯などを話してみる事にした。

「それはそれは……。お節介かもしれませんが、私が是非、あなたに良い仕事場紹介しますよ」

「え? でも……」

「大丈夫。決してあやしい者ではありません。今まで何人にも紹介してきました。私は困ってる人を放っておけんのです」

「は、はあ……」

 危ないとわかれば隙を見て逃げよう。十分に怪しいと疑いながらも、取り敢えずは紹介の話を聞くだけ聞いてみようかと思った唯は、男から少しの距離を取りながらついて行く。

「あの、因みにわたし、住むとこないんですけど」

「それなら大丈夫ですよ。住み込みですから」

「そうなんですか。でもわたし……」

「さあさあ、もうすぐ着きますよ」

 意外に近い場所だった。しかしよく見れば、周りはいかがわしい雰囲気を醸し出す建物や、遊郭ばかり。

 

 マジか──。

 

 これから紹介されるであろう仕事の事を想像し、唯は段々と不安になってきた。

「さぁ、着いた」

 男が案内した場所は、見るからに遊郭そのものだった。

「ハハハ、お嬢さん、勘違いしてるでしょ? 紹介する仕事は遊女じゃなくて、遊郭の中の雑用なんかをしてもらうお手伝いさんですよ」

 唖然とする唯を安心させる為に、男は笑顔を向けて言う。

「え……」

「昨日、一人辞めてしまってね。人手が足りんのです。あっ、私はこの遊郭の関係者っということで」

「は、はあ……」

「さあさあ、中に入って」

 言われるままに中に入れば、その遊郭の店主らしき女の部屋へと呼ばれた。

「へぇ……、この娘かえ?」

 店主らしき女は、品定めをするように唯を見た。

「アンタ、名前は?」

「唯です……」

「良い名前やないの。そうや、少しお茶でも飲んで、ここで待っててや」

 そう言うと、店主の女は関係者だと言う謎の男と一緒に部屋を出ていってしまった。一人部屋に残されてしまった唯は何もする事がなく、手持ち無沙汰で目の前に出されていたお茶を飲むことにした。

 ──さてと。お茶を飲み干した後、色々考えながらやっぱりこの話を断わろうと思った唯は、なかなか戻ってこない二人を捜す為に部屋を出た。

 廊下を少し歩くと曲がり角の所にいる店主の姿を見つけ、何かを話している様子ではあったが、少し気になった唯は聞耳をたててみる事にした。

「……どうですやろ? あの娘。顔は良い方やと」

「まあまあやね。でも……、今は人手が足りへんしなァ。仕方ないわ。あの娘、女郎で働かせようか」

「それじゃあ、交渉成立と言う事で。お礼はきっちりお願いします」

「ほんま、しっかりしてるわアンタ。礼は、ちゃんとするから安心しい。ていうか、なんて言うてここに連れて来たん?」

「ハハ。なんや、働き口探してはってなァ、良い仕事場あるって言うたらついてきたわ。雑用のお手伝いさんでって言うたら信じてるんや、あの娘。アホや」

「アハハ。島原でうろついてたんやから仕方ないなァ」

 静かに聴いていた唯は、二人の会話が聞き捨てならないと思いつつも、これはまずいと冷や汗を流し、バレないように逃げようとした。

「──もう、飲んだやろか? あのお茶」

「せや。あの中に睡眠薬入れてましたなァ……。もうそろそろ効きはじめるかと。ほんま、悪いお人ですわ」

「それはお互い様や」

 まさかお茶の中に、即効性の睡眠薬を混入されているとは予想だにしなかった。

 ああ、自分の馬鹿。と、ほんの数十分前の自分を恨む。

「ん、あれ……?」

 すると急に、視界が霞み始めた。急激な眠気に襲われた唯は、ふらつきながらも何とか立ち上がろうとする。

 

 逃げなきゃ、……だけど、凄く眠い。なんで?

 

 気付くのが遅過ぎた。原因が睡眠薬入りのお茶であったという事を気付いた時にはもう、床に倒れていたからだ。

 やっと現れた二人の笑い声を聞きながら、唯は意識を手放してしまった。

 時間は、どれくらい経っただろうか。

 暫く眠ってしまっていた唯は、ゆっくりと目を開ける。

 

 ──ここは何処なのだろう?

 

 ぼーっとした思考回路で部屋中を見回した。

 

 なんか、忘れてるような。

 

 大事な事を忘れているような気分で一杯になっていたが、徐々に頭が冴えてくれば、重大な事を思い出して唯は急いで起き上がった。

 ──が、なんだかおかしい。今まで着ていた着物と何かが違う。どこか違和感さえも感じ、部屋の中に偶然にもあった鏡の前に立った。

 

 ──何コレ。

 

 唯の顔は濃く化粧されており、紅い紅をさした唇が、よく目立った。着物も派手な紅。髪も結われていて、まるで遊郭の遊女の様である。

 なんなのよコレはァァァァ。と、声を大にして叫びたかったのだが、声が出ない。どうやら睡眠薬の他に、一時的に声が出せない薬も含まれていたのだろう。

 ありえない現実に絶望する唯は、自分の着ていた着物や、荷物を思い出して慌てて探しはじめた。押し入れらしき所を開けると、中にはご丁寧に自分の着ていた着物と荷物があった。

 何も盗られてない。一応は中を確認する。良かった。大事な物は全て入っていた。一先ずこの遊郭から逃げよう。出入り口である襖を開けようとしたが、流石にここからは直ぐに見つかってしまうリスクもあるだろうし、ザルであるが止めておいた方が良いと判断した。

 

 他に出られるところは無い?

 

 窓があるであろう閉め切られた戸を見つけ、なんとか引き戸を開けたのは良いものの、顔を覗かせれば意外と高さがあって怯んだ。

 何か紐のようなものがないかと、またまた部屋中を探し回る。──ふと、気になる部屋の襖を開けた事で唖然としてしまった。

 その部屋には高級そうな布団が真ん中に敷いてあり、枕が二つあった。

 

 ああ、ここは……。

 

 想像もしたくないし落ち込んではいられない。なんとしてでも逃げたいという思いに駆られ、この布団を引き裂いて紐の様に繋げれば逃げられるのではと、唯は考えた。──だがその時である。廊下側であろう壁から、微かに人の声が聞こえてきたのだ。勿論驚いた唯は慌てふためいた。

 声の主はどうやらあの店主女らしい。そっと壁に聞耳をたててみる。

「旦那、今日は贔屓の太夫が風邪で寝込んでおります」

「なら帰るぜ」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。他にも良い娘はおりますから」

「ならこの部屋にいる女でいい」

「え、この部屋の娘ですやろか?」

「そうだな。この女郎が無理なら他へ行くさ」

「ああぁ、お待ちを──!」

 慌てる店主と強引な客の男の足音が、段々近付いてくるではないか。

 まさかこの部屋じゃないでしょうねと、内心焦りながら思う。今自分がいる部屋の前に足音が止まるの確認した唯は、隠れた方が良いのか、それとも骨折してでも飛び降りて逃げるべきかを数秒の間考えていた。

「仕方ありまへんなぁ……。まだ入ったばかりの新人どす。名を──唯、と。どうか可愛がってやって下さいまし。ほな、私はここまでで。ごゆっくり」

 止めるのを諦めたらしい店主の声と共に、襖がゆっくりと開けられた。

 人間、咄嗟には動けないものだった。結局、隠れる事も逃げる事も出来なかった唯は、呆然と座り込んでその場から一歩も動く事が出来なかった。

 行為をする為の部屋で灯りもつけずに座っていると、客の男の『おい』と呼ばれた声で、跳び上がる程に驚いたリアクションをとった。

 客の男は女物の様な派手な柄の着流しを着ていて、左目には包帯を巻いている。唯を見下ろすそのもう片方の瞳は、人を射殺してしまうのでは思う程にとても鋭かった。

 

 ──どうしよう、どうしたら良いの?

 

 そうだ、事情を説明しよう。すればもしかしたらわかってくれて、この遊郭から逃げられるかもしれない。唯は、身振り手振りでその男に語りかけてみた。

「お前、喋れねェのか?」

 首を左右に振り、口パクで"クスリノマサレテ、コエガデナイ"と、ジェスチャー付きで応える。

『なるほどな。──で?』

 何とか真相を伝えて見逃してもらえるように、口パクとジェスチャーで訴えてはみたものの、男は平然とその場に座り、懐からキセルを取り出して吸い始めてしまった。

 何も応えてはくれない男に、唯は少しの不安と苛立ちを覚えた。

 この人じゃ理解してもらえない。無理だと判断した唯は、ここは強攻突破で窓から逃げてやろうと思い立つと、男の横を通ろうとした。──がしかし、それは出来なかった。男が唯の腕を掴んだからだ。

 反射的に男へと向けば、鋭い眼と合ってしまった。男はニヤリと不気味に笑っているのである。

 背中にゾクリと寒気を感じ、眼をそらしたくてもそらせなくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙の様だった。

 

 ──ヤバイ。どうしよう。

 

 掴まれた腕を振りほどこうにも、思った以上の強い力でそれが出来ない。

 

 あ──!

 

 それは一瞬の出来事で、気付けば唯は、男に押し倒されていた。

「騙されて、売られでもしたか?」

 男の表情は冷たい。逃げようにも両手を押さえ付けられているので、なんとかもがく事だけである。

「逃げてェか?」

 男の問いに、唯は何度も頷いた。

「……ククク、そんな事ァ俺には関係ねーよ」

 声を出して叫びたいのに声が出ない。暴れてはみるが、全く効き目無し。

 

 嫌だ、絶対に嫌だ。

 

 諦めたくはない。こんな所で奪われてなるものか。けれど悔しい。弱い自分、騙された馬鹿な自分に腹が立った唯は、歯を悔いしばって大粒の涙を流した。

『クク……、ハハハ!」

 突然、何故だか男が笑い出した。そして唯の上から離れると、更に声を出して笑い始めた。

 一体全体何が可笑しくて笑っているのだろうと、不思議そうな顔で男を見つめる。

「運が良いぜ、お前」

 何の運が良いのかさっぱりわからない。唯は急いで起き上がり、少し乱れてしまった着物の前を直しながら思った。

「おい、立てよ」

 また急に何なのか。

「逃げてェんだろ? 逃がしてやるぜ」

 一瞬耳を疑ったと思い、驚いた表情で男を見る。

「逃がしてやるって言ってんだよ。それとも、ここでずっと働きてェか?」

 それは嫌だとばかりに頭を左右に振り、唯は口パクで"ニゲタイ"と伝えた。

 それを見た男はくつくつとひとり笑うと、今度は険しい表情に一変し、そっと開かれた窓の外を覗いた。

 何を見ているのだろうと気になった唯も同じく覗いてみると、遊郭の店の入り口を陰からから覗く数人の男たちが見えた。

「ずっと俺をつけていた連中さ。様子見るために、遊郭に入ったって訳よ」

 この男は何者なのだろうと疑問に思っていると、動き出したのか、潜んでいた者たちが一斉に遊郭の店に入って行くではないか。

「行くぞ、急げ」

 意識を男へ戻すと既に男は窓の外側にいて、こちらに手を伸ばして待っている。慌てた唯は自分の荷物を急いで掴み、もう片方の手で男の手を取って窓の外へ出た。

 唯と男はバレてしまぬよう瓦屋根の上に上がると、反対側の細い通路へと飛び降りる。因みに、当たり前に唯が一人で飛び降りた訳ではなく、男に助けられてである。

 数秒後、遊郭の方から騒ぎ声がする。先程の連中が、男を探しているのだろう。

「来い」

 男はまたも唯の腕を掴むと、何処かへと歩き出した。

「その格好じゃ、目立つ」

 ある程度歩いてから民家の間の脇道に入ると、男は掴んでいた腕を離した。

「ここなら平気だろ」

 男は唯を見つめる。

「そろそろお別れだ。ちょっとばかり、あの連中に挨拶しなきゃいけねェしな」

 それを聞いた唯は口パクで、"タスケテクレテアリガトウ"と頭を下げる。

「勘違いするんじゃねーよ」

 鼻で笑った男は唯の顎を掴み上げると、自らの顔を近付けて言った。

「気まぐれついでに逃がしてやっただけさ。あの連中さえいなきゃ、今頃は……ハハハ」

 その言葉に頭にきた唯は、カッとなって男に平手を食らわせてやろうとしたが、既の所で腕を掴まれて失敗に終わる。

「ククク…。気の強い女は嫌いじゃねーぜ。じゃあな」

 男は背を向けると、こちらを一度も振り返る事なく元の方角へと歩いて行ってしまった。

 去って行った方向を見つめたまま呆然と立ち尽くした後、緊張の糸が切れた唯は遂に地面にへたり込んだ。

「た、助かったァァ────ん?」

 やっと声が出せる。どうやら出なくなっていた声が戻ったらしい。

 嬉しいやら情けないやら。少し感極まって涙した唯は、夜空を見上げて叫んだ。

「綺麗な満月だなああぁ、コンチクショおおお!!」

 丸い大きな満月は、暗い夜空で神秘的に輝きながら、唯の頭上を照らし続けていた。

 

 

 

 ──現在。

 唯は、朝から騒音によって目が覚めた。

「うっさい……」

 昨晩も仕事で毎度の事の様に朝方近くに帰宅し、昼過ぎまで寝るのが当たり前になっていた。

「まじ……うっさい」

 睡眠を邪魔されて不愉快極まりなく、鳴り止む事の無い騒音には段々と苛立ってくる。気になって寝れない唯は布団から出ると、居間との仕切りの襖を勢い良く開け放った。

「あ、おはようございます」

 居間には、先程万事屋に来た新八と朝御飯を食べている神楽がいた。

「おはよう……」

「まだ寝てなくていいんですか?」

 目を擦りながらソファに座る唯に、朝御飯を中断した新八が話しかけてきた。

「寝たいんだけどね、何? この騒音。煩くてたまんないんだけど」

「もうずっとガシャコンガシャコンってうるさいヨ」

 米をかき込みながら神楽が答える。

「一体誰が……」

「下でお登勢さんに会ったんですけど、この騒音出してる張本人は、近所に住んでる平賀さんらしいですよ」

「誰アルか?」

「さァ……。僕もよく知らないんで」

「あーうるせェ。気持よくトイレも出来やしねーよ」

 すると、トイレに篭っていた銀時がお腹をさすりながら居間に入ってきた。

「ねェ、ちょっと坂田さん」

「んだよ? 手ならちゃんと洗ってっぞ」

「手を洗うのは当たり前でしょ。って今はそれよりも、なんとかしてよこの騒音」

「あ? お前ねー、前から言おう言おうって思ってたけどなァ、俺ァお前の専属使用人とかじゃねーぞ」

「は? 何言ってんの? あなた万事屋のオーナーでしょ? この騒音どうにかするのが万事屋の仕事でしょうが! わたしが依頼してるんだから受けるが当たり前でしょーが!」

「当たり前ってオイオイ。ったくよォ……、そう依頼したからには、ちゃんと請求するぜ」

「はァ? 請求?」

 唯は近くに置いてあるハリセンで銀時の頭を一発しばくと、顔をひきつかせながら言った。

「何よ請求って? わたしが働いたお金、殆ど万事屋に使われてってるのに、まだ色々請求するつもり? タダでやってくれるでしょ? ねえ? もちろんタダだよね? ね? ねェェェ!」

 笑顔で怒りのオーラを放ちながら、ハリセンの角を銀時の顔にグリグリと押し当てる。

「オイオイ! 痛い、地味に痛いてェ! 本来のハリセンの使い方絶対間違ってるってッ。なァ? アハハハ。わかった、特別にタダでやってやるよ。だからグリグリしないでェェェ!」

「わかればよろしい」

 グリグリ攻撃を止めてにっこりと微笑んでみせた唯を横目に、姉上の次に逆らうのを止めようと、新八は密かに誓ったのであった。

 仕方なくこの騒音を止めに、銀時達が万事屋を出て数十分後。滅茶苦茶音痴な歌声が聞こえてきたりはしたものの、騒音も止んでやっとかぶき町が静かになった。

 それから三日後。今日は、鎖国解禁二十週年の祭典がターミナルで行われる日らしい。

「ったくよー、めんどくせぇな」

 銀時は、朝から不機嫌であった。

「仕方ないですよ。僕らが、ていうかあんたらが平賀さんのカラクリバラバラにしたんだから」

 実はあの騒音騒動で万事屋として出向いた際、騒音を出していた張本人である平賀源外という老人のカラクリをバラバラにしてしまった銀時達は、お登勢に頼まれてカラクリを組み立て直す手伝いに行く事になっていた。

「それにしても……」

 銀時は、居間と和室を区切っている襖に目をやる。

「ぐーぐー寝ちゃってよォ、休みなら手伝えや」

「……銀さん、聴こえてても知りませんよ」

「バカだなァ。ぐっすり寝てるの確認してっから言ってんだよ」

 なんか……色んな意味で小せェ男だな。と、心の中で思う新八である。

「唯に置き手紙書いたアル!」

「よし、じゃあ行くか」

「うんッ定春行こう~」

 置き手紙をテーブルに置いた神楽は、のそのそと玄関へ向かう銀時に付いて行く。新八も一緒に出ようとしていたが、ふと、神楽が書いた置き手紙が目に入った。

 

『ぎんちやんたちと、きょおもサブにあいにいつてきます。きょおはなにしてあそぼうかな?』

 

 置き手紙の内容に唖然とし、新八は言葉が出ない。

 

 ──置き手紙と違うコレェェェ!? これじゃ意味わかんないよ!

 

 ……これでよし。新八はそっと内容を書き足すと、急いで銀時や神楽を追いかけるように出て行った。

 銀時達が出かけて暫く経った頃、時間的には昼近くだろうか。寝ていた唯がやっと目覚めた。

「あー、起きなきゃだ……」

 眠い目を擦り、布団からゆっくりと起き上がった唯は大きな欠伸をかきながら居間へと出た。

「──いない。あ、そか、手伝いに行くとか言ってたっけ」

 寝起きのせいか、多少フラつきながらソファに寝っ転がってみる。

「……静かだな。ん?」

 静かな空間に浸りつつ、何となくテーブルに置いてある紙に気付いた唯は、それを手にとって読んでみた。

「"サブ"って誰?」

 謎の文章を不思議に見つめていると、下のほうに説明文らしきものも書いてあった。

「これ書いたの新八君かな? じゃあ、謎の文は神楽ちゃんか」

 読み終えたと同時、ソファに体を委ねながらボーッと天井を見上げた。

「暇だなァ。……ああ、そういえば今日、お祭りがあるってお登勢さんが言ってたな。ていうかお妙さん今日仕事だし、おりょうちゃんもだ」

 唯はこの連日休みも入れずに仕事をしていたので、本日は特別に休日を与えられていたのである。

 

 ──お兄ちゃんは真選組で忙しいから一緒になんて無理だろうし。……ていうか、わたしって友達少なくない?

 

 思っていた以上の深い溜息が出てしまった。

「一人でお祭り行くのも、なんかなァ……」

 ゴロゴロとソファの上で何度も体勢を変えてみる。

「あ、そうだ」

 突然何かに閃いて、唯は勢い良く体を起こした。

「坂田さんたち、お祭り行くかな? 神楽ちゃんや新八君がいるんだもん、行くよね? うん、そうだ!」

 何を思ったのか、銀時達を誘ってお祭り行こうと考えた唯は、急いで身支度をし始めた。

 着替えをすませ、部屋の片付けも簡単に終らせると、神楽と新八が書いた置き手紙をもう一度手に取る。

「なんかご丁寧に地図書いちゃってくれてんのよね~。流石新八君。えーと、祭りがある場所からそんなに離れてないわね。今から行けば充分間に合うし」

 鼻唄交じりで時計を確認した唯は、久しぶりのお祭りに心踊らせながら万事屋を出た。

 ──数分後である。

「……あ、あれ?」

 辺りを見回してみるが、ここがどこだかわからない。どうやらいつもの方向音痴を発揮し、銀時達がいるであろう河原とは別方向にいたのであった。

「えー!?」

 新八に書いてもらった地図を確認する。

「確かにこの通りに歩いたんだけどなァ。……まじでか」

 来た道を戻ろうと振り返ると、何やら独特で、どこか懐かしい匂いが鼻をかすめる。

「あ~、この匂い……。祭りの出店の匂いだ!」

 匂いに釣られて大通りに出ると、祭りに向かう人の流れを見つけた。

「この人たち、祭りの方向に向かってるんだよね?」

 手に持つ地図をもう一度見て考える。

 

 これ以上動き回ったらより迷うよね。絶対迷うよね? 祭りに参加出来なくなるよね!? でも、一人で祭りなんて……。

 

 唸りながらひとり悩んでいると、ポンっと背後から肩を誰かが叩いてきた。反射的に驚いて振り向けば、そこにいたのはお登勢とキャサリンであった。

「何やってんだいこんなところで」

「あの、えっと、実は……」

 唯は、ここまでの経緯を二人に話した。

「へェー。そういやぁアンタ、方向音痴だって言ってたねェ」

「テイウカ、サビシイ奴」

 キャサリンの言葉にグサリとくる。

「今行っても銀時たちはいないよ」

「え?」

「サッキ平賀ノジジイト会イマシタ」

「銀時たちはもう祭り行ってるんだとさ」

「ええー? そ、そうなんですか」

 残念。ガックリと肩を落とした唯にお登勢は言った。

「ある意味よかったじゃないか。方向音痴なアンタが今頃行っても行方不明になるところだっただろうし、着いてたところで誰もいやしなかったんだからねェ」

「そ、それはそうですね」

「さてと、私らはそろそろ祭り会場に向かうけど」

「あの! わたしもお供して良いですか?」

「はあ? まぁ、一人でほっぽいても迷子になるだけだろーし。仕方ないねぇ、付いてきな」

 こうなったらなるようになれ。当初の三人ではないけれど、まあ良いか。唯は、偶然にも出会ったお登勢とキャサリンについて行く事にしたのだった。

 

 ──あ、屋台だ!

 

 いつの間にか日は暮れて、空には月が出ている。辺りは徐々に祭りの光景になり、色々な出店が出回っていた。

 久しぶりのお祭りに興味深々な唯は、雰囲気も相まって周りをキョロキョロとしながら、お登勢達の後に付いて歩く。

「ちょいと、あんましキョロキョロし過ぎるんじゃないよ。はぐれても私ら知らないからねェ」

「あ、ハイ! ごめんなさい。久しぶりだったんでつい……」

「そりゃそーかイ。ま、はぐれない程度に楽しんでいきゃあいいさ」

 つい夢中になってしまった事を反省しつつも、思考は過去へと引き込まれる。

 

 お兄ちゃんやお姉ちゃんたちと、よくお祭り行ったなぁ。

 

 幼い頃の夏祭りの思い出に浸り過ぎてしまったせいか、

誰かがぶつかってきたのを避ける事が出来ずに、反動で体がよろめいた。──セーフ。咄嗟に重心をかけたお陰で、尻餅をついてしまうのは避けられたが。

 ぶつかったのなら謝ってよと、犯人探しをする様に相手が去って行った方向を見るも、既に姿は見えなくなっていた。

 もう良いや。祭りなのに苛々するなんて嫌だなと、気を取り直して前を向けば、近くにいたであろうお登勢やキャサリンの姿が無い。

 

 もしかして、もしかしなくても、わ、わたし祭りで一人ィィーー!?

 

 呆然とひとり立ち尽くすしかない。

「どうしよう」

 一応は祭り会場にもう直ぐである。この流れに乗れば会場へは自然と着くだろう。

 

 ──大丈夫。迷わないで行ける筈。

 

 いざ、ひとりで祭り会場へ行かん。

「唯さん?」

 足を一歩踏み出した時、誰かに名を呼ばれた。真選組の山崎退であった。

「や、山崎さん…」

「やっぱり唯さんだと思ってました! 今日はお仕事休みなんですね」

「あ、ええ」

「あれ? 今お一人なんですか?」

「ああ、今は一人だけど、ちょっとはぐれちゃって……」

「マジですか!? そりゃ大変じゃないですか!」

「はぐれちゃった人たち、会場に行くって言ってたんだけど、会場の行き方わかんなくて。このまま真っ直ぐ行けば着きますよね?」

「あ、良かったら俺が案内しますよ!」

「え? でも……」

 わざわざ悪いなとは思いつつも、内心有り難かった。

「そんなァ、俺と唯さんの仲じゃないですか。遠慮なんてしないで下さいよ」

「ありがとう、山崎さん。ホント助かります」

 頭を下げて笑顔を向ければ、山崎の頬は紅に染まった。

「じゃ、じゃあ行きましょうか? あ、……俺から絶対離れないで下さいね?」

「はい」

 これは好都合だとばかりに山崎に付いて歩く。一方の山崎は──。

 

 なんか俺、思わずカッコイイ台詞言っちゃったよォォ! 『俺から絶対離れないで』なんて一生言える台詞じゃないッ! あ、なんかこの感じ、祭りデートみたいじゃないかァァ!

 

 心跳ねる想いで、隣で一緒に歩く唯を横目でチラリと山崎は見る。

 

 にしても唯さん、今日もマジでカワイイな~。……今だに副長の妹だなんて信じられない。てか信じたくないッッッ! だけど神様仏様祭りの神様ッ、今日は唯さんと引き合わせてくれた事を、この山崎退感謝します!

 

 感極まったらしく山崎は、土方に頼まれて買った将軍のタコ焼きを突然バクバクと食べ始めてしまった。

「や、山崎さん?」

 隣を歩いていた山崎の奇行に、唯は勿論驚いた。

「ハイ? どうしたんですか? あ、唯さんも食べます?」

「い、いえ……。それより、今って忙しいんじゃないですか? お兄ちゃ、兄も電話で言ってましたし……」

「あ……」

 唯が言ったお陰なのか、頼まれていた用事を思い出した山崎は歩く足を止める。

「山崎さん?」

 山崎の目線の先には、手に持つタコ焼きの箱があった。

「す、すいません唯さん、頼まれていた用事を思い出しました!」

「え?」

「会場まではすぐそこですから! あ、あの本当にすいませんッ。マジでこんなところでごめんなさい! 俺、また店に行きますから! 『すまいる』で会いましょう! じゃあ!!」

 何やら焦っている様子の山崎は、そのまま走って行ってしまった。

「……山崎さん、青海苔が口の回りについたままなのに……ていうか、違う」

 

 また一人になってもーたやんけェェー!!

 

 会場も目前の所で、またも唯は一人になってしまった。

 

 ──どうする? どうするよわたし!?

 

 取り敢えず会場までもう少し。こうなれば自力で行ってみようかと考えた。もしかしたら、お登勢やキャサリンに会えるかもしれない。

「会えるかなァ? 会えるよね? うん、絶対会える!」

 一人ブツブツと呟きながら歩き出せば、ドンっという轟音と共に花火が一発打ち上げられた。

「あ、花火。綺麗~」

 その場に立ち止まり、次々と打ち上げられていく花火を見上げる。ほんのひととき、独りでいる事を忘れられそうな気分だった。

 その時であった。会場の方角から大きな爆音と煙幕が上がったのは。

 祭りを楽しんでいた人々はその爆発に驚き、次々に『テロだ!テロだ!』と叫びながら逃げて行く。

 同じく唯もその場から逃げようとしたが、逃げかう人々の群れに身動きがとれない状態だった。

「邪魔だどけよ!」

 次から次へと途絶えることなく逃げ惑う人の真ん中に逆らった状態で立っていた唯は、知らない誰かに突き飛ばされ、その拍子で前に倒れそうになった。

「ったァ……」

 咄嗟に手をついたせいで掌をすりむいてしまった。

 着物についてしまった少しの汚れを払いながら辺りを見ると、まばらに逃げる人の間を通る銀時らしき人物を前方に発見した。

「あれは……坂田さん?」

 波に逆らうかのように人を避けながら進んで行く後ろ姿を追った唯は、その人物が銀時本人であるとわかると、名前を呼んで声をかけようとした。

 銀時が誰か知らない男と、妙に緊迫した状況で向かい合っているとも知らずに。

「坂田さん!」

 同時だった。銀時が、その男を殴ったのは。

 その光景に驚いた唯は、唖然とした表情で固まってしまった。

 呼ばれた声に気付いていた銀時は、反射的に唯のいる方へと顔を向ける。

「──唯?」

 銀時の口から出た名前に反応してか、殴られた男も同じ方へと目を向けた。

 緊迫していたであろう状況をぶったぎってしまったと思った唯は、動揺のあまりあたふたとした。

「あ、あの、その、えーと……」

「クッ……、じゃーな銀時」

 興が削がれた。鼻で笑いながら男は、こちらにむかって歩き出す。

 銀時はいつになく真剣な表情で男の後ろ姿を目で追い、くるりと方向転換すると、会場の方へ歩いて行く。

「え? ちょ、ちょっと坂田さん!」

 状況がよく呑み込めない。一人残された状態の唯は、何事も無かったかのように前を行った銀時を慌てて追い掛けた。

 すると、こちらにむかって歩いてきていた男と、すれ違い様に目が合った。それはとても長く感じ、まるでスローモーションの如く静かでゆっくりだった。

 

 え──。

 

 その目つき、左目の包帯、女物の様な柄の着流し。どこかで見覚えがあった。忘れられないくらいの印象深い記憶──そう、去年の夏に遊郭から助けだしてくれた男だ。

 男はそっと唯から目をそらし、無言で去っていた。

 名前もわからない男を呼び止める理由などない。

「ま、待ってってば坂田さん!」

 祭り会場へ近付くにつれ、辺りは騒がしくなってきた。

「な、何これ!?」

 会場広場では、何体かのカラクリ達と真選組が争っている。その争いの中で、神楽が暴れているのが目に入った。

「神楽ちゃん!?」

「オイ、そこにいると巻き添えくらっちまうぞ」

「え!? は、はいッ」

 銀時に呼ばれ、急いで側まで走る。

「ねえ坂田さん、一体何が──」

「まァ、そこでおとなしく見物でもしてろや」

「は?」

 唯の質問をさえぎって銀時が言った。

 ステージの前に立つ、カラクリと老人。それに新八の姿もある。

「新八君と、誰あのおじいさん?」

「騒音の張本人、平賀のジジイだよ。てか、そっから動くなよ」

「え、あ」

 絶対にな。そう言いつけた銀時は、唯を残してステージに向かって歩きだした。

「オウオウ、随分と物騒な見せもんやってんじゃねーか」

 近付いてくる銀時に気付いた様子で、新八と平賀は二人して同じ方向へと顔を向ける。

「ヒーローショーか何かか? 俺にヒーロー役やらせてくれよ」

「てめーじゃ役者不足だ。どけ」

「しょうもねー脚本書きやがって、役者にケチつけれた義理かテメー。今時なぁ、敵討ちなんざ流行らねーんだよ。三郎が泣くぜ」

「……どっちの三郎だ」

「どっちもさ」

 銀時と平賀のやりとりを離れて見ていた唯は、もう何が何だか意味不明な状況についていけなかった。

 

 ちょっとちょっとちょっとォォ! これは何なの一体!? もしかしてさっきのテロって言われてた爆発音は、あのおじいさんの仕業?

 

 その場から身動きが出来ない唯の一方で、砲門の前に立つ銀時と平賀との話のやり取りは続けられる。

「……だからどけ、邪魔するならお前でも容赦しねェ」

「どかねェ。俺にも通さなきゃならねー筋ってモンがある」

 睨み合う二人。平賀の『撃て』の合図と同時に、銀時も木刀を構え、カラクリをぶった斬った。

 だがカラクリは、撃つ様子など微塵も感じられず、抵抗する事もしなかった。崩れ落ちるカラクリを『三郎』と呼びながら、平賀が悲痛に叫ぶ。

 三郎と呼ばれたカラクリは何かを言っているようだが、こちらには一切聞きとれない。

 機能停止した三郎と同じく、暴れていた他のカラクリ達も次々と動かなくなっていった。

 静寂に包まれる祭りの会場を、大きな月がそっと照らす。──終結か、と安堵の溜息を吐いた唯だったが、先程からずっと気になっていた事を思い出していた。

 

 ──坂田さん、あの人と知り合いだったのかな?

 

 あの男とはもう会う事は無いだろう筈なのに。銀時の背中を見つめる唯の頭の中で、暫く男の姿が離れないでいた。

 

 

 

 

 後日、万事屋では、左手に包帯をグルグルに巻いた銀時が、うなだれるようにソファに座っている。

「いてェーよ」

「一体どうしたんですか? その傷?」

 新八が指差す。

「いやァ、祭り行ってる途中さ、謎の金属品にひっかけちゃってな~」

「なんかめちゃくちゃ嘘臭いんだけど」

 向かってソファに座った唯がジト目で言った。

「あ? 別に嘘臭くねーよ。てかお前、祭りでババァとキャサリンにはぐれたらしいな」

「そ、それは!」

「つぅーか、なんでババァ共と祭り行ってんだよ。あ、もしかして他に行く友達もいない訳? ププ、寂しいヤツだなお前」

 唯は、黒い笑顔でにっこりと笑うと、ゆっくりとソファから立ち上がり、ワザと怪我している銀時の左手にぶつかった。

「ぎゃァァァ!? イテェ! マジイテェ!」

「あーらごめんなさい坂田さん。ちょっと転びそうになっちゃって~」

「絶対ワザとだろ!?」

「さァね~」

 二人のやり取りを定春どじゃれながら見ていた神楽は、『さっきの絶対図星だったアル』と、呟いた。

 それを隣で聞いていた新八も、静かに頷いたのであった。

 

 

 

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