最古図書館の人造人間 作:精霊馬
ぺらり。頁を読み進める。
ぺらり。次の頁を読み進める。
人造人間は叡智の森の中で、無限の海を揺蕩っていた。
◆第一話 終わりと始まりと
ナザリック地下大墳墓、その心臓部とも言うべき第十階層。そこに
至高の御方々手ずから蒐集された書物は、ひしめき合いながらも調和を持って並んでいた。その蔵書量はまるで書物こそがこちらを観ているのではないかと錯覚するほどで、二階のバルコニーからも数多くの本棚が顔を覗かせている。
さらに細かく目を向ければ、図書館は『知の間』、『魔の間』、『理の間』と言う風に大まかな区分けが行われている。今『私』がいるここは、知の間。
ぺら、と紙を捲る音だけが支配していた。
よくよく耳を澄ませれば司書たちが館内を行き来する音がわずかばかり耳に入るかもしれないが、彼らは呼吸すら必要としない種族なので、やはり図書館の静謐を保つにはうってつけなのだろう。
何より、
そう、ナザリックのシモベ。
私は、『図書館にいるもの』として創られた存在だ。非戦闘メイドたちと同じく人造人間であり、レベルも同じく1。最古図書館を守護する防衛機構ではなく、日々書を読み解き、知識を蓄えることだけが私の存在意義。それこそが至高なる創造主に与えられた唯一の使命。こうして手ずから生み出されたことにこそ意味があり、蓄えた知識を活かすことができるその時まで、私はページをめくる手を止めることはない。
──その、はずであった。
一瞬、世界が暗転した。
それも刹那。静寂を突き破るように、爆発音。
生来感じたことの無いほどの震動と衝撃に身体を揺さぶられ、ようやく正気を取り戻す。
「何事ですか!」
本を閉じ、大声で叫びながら知の間の扉を潜る。
振動――地震? あるいは魔法の暴発? 持っている知識から推測するが、図書館から出たことの無い自分にはおよそ経験したことが無い事柄ばかりで判断がつかない。
そして、最古図書館中央に到達して──絶句する。
玉座の間のそれと同等のサイズを誇る図書館の扉が、無残にも破壊されていた。
「敵襲?まさか、そんな馬鹿な」
周囲を見渡す。気配感知のスキルなどは持っていないが、視界に入る位置に人影は唯の一つも見当たらなかった。
――唯の一つも?
「ティトゥス様!」
司書長の名を、精一杯の大声で叫ぶ。返事は無い。
「アウレリウス様!アエリウス様!ウルピウス様!コッケイウス様!フルウィウス様!」
図書館の隅々まで探索するが、応えは、ない。
明らかな異常事態だ。あの扉はただの美術品などではなく、御方々によって構築された防衛機構の一つ。心臓部に存在する知識の宝物庫に、生半な防御力を敷くはずがない。
――もしや、自分が文字の海に没入する間に敵襲があり。司書長たちはナザリックを、至高の御方々を守るべく、戦いに赴いたのではないだろうか。そうだとしたら、こうして扉が崩壊しているということは。嫌な予感に足を急かされ、図書館内を駆け回る。
成果もなく探索を終え、ようやく扉だったものの前に着き、私は言葉を失う。
崩壊は廊下の、さらに奥へと続いていた。
(こんな……栄誉あるナザリック地下大墳墓が……!)
――おそらく、これは玉座の間まで続いている。
至高の御方々は、今も戦い続けているだろう。あるいは戦いは既に終わり、侵入者に死よりも重く、救いなど無い罰を与えている最中かもしれない。
こうして図書館で手を拱いているのは、ナザリックのシモベとして在ってはならないことだ。戦闘の役に立てずとも、侵入者を滅ぼした御方々を労い、服から埃を払う等、するべきことはいくらでもある。いますぐに玉座の間へと向かおうと、扉の残骸を踏み越えようとして――
――理性が、足を止めてしまった。
『こんな風にずっと本読んでるだけじゃ息が詰まっちゃうんじゃない?せっかくだから、メイドたちみたいに図書館の外も使わせてあげたほうがいいと思うけどな』
反芻するのは在りし日の記憶。最古図書館に本を捜しに訪れた御方が、私を見てそう仰ったのだ。私のような末端のシモベを心配して下さるとは、やはり至高の御方の慈悲は海よりも深い。
が、私を御創りになった創造主は軽い手振りでその意見を否定されたのだ。
『否々。ここは美術館ではなく図書館だ。本を保管する場所でもあるが、本を読む場所でもある。これだけの蔵書量、下手をしたら、私たちでは2度と読まない本があるかもしれないだろう?そういった本を開き、息をさせてあげるのが彼のたいせつな仕事だ。出来る限り、彼は本と近い場所においてあげたい』
『息って。まるで本が生きてるみたいに言うんですね』
『ははは、確かにそうだね。本は生き物ではないが、誰からも忘れられ、開かれなくなるのは死んでしまうのと一緒だと思うよ、私は』
そうだ。
創造主は確かにそうおっしゃったはずだ。
仮に玉座の間に来た私を見て、創造主は私を『言いつけも守れない愚か者』と断ずることだろう。創造主の言葉を破る被造物など、シモベの在り方の根底を揺るがす異物だ。
――ナザリックから放逐されたとて、おかしくはない。
だが、
そうだとしても。
「──我が創造主よ、貴方の言を裏切る愚かな私を、どうかお許しにならないでください。どうか、どうかご無事で──直接、私に罰をお与えください!」
図書館の敷居をまたぎ、瓦礫まみれの廊下を駆け抜けていく。まるで自分が自分でなくなるような喪失感と、誰一人としてすれ違わないことに対する焦燥感に駆られ、崩壊したレメゲトンを超え、その速度はだんだんと速くなっていく。
玉座の間の扉も、また崩壊しているようだった。近づけば近づくほど、その状況が鮮明になる。
――御方々を示すサインの意匠を施された旗が、地に落ちている。栄光の赤絨毯は乱れ、シャンデリアの七色の輝きには欠けが見られた。唯一、ワールドアイテムを利用した玉座だけが威圧感を持って堂々と聳えている。
怒りで全身が沸騰するようであった。だが、今裂くべき意識はこの状況を生み出した侵入者に対する怒りよりも、至高の御方々だ。
半壊した扉の前で速度を落とし、最低限ノックをするべく近づく。
そして、気配を感じた。生物のそれではなく、死の気配。日頃図書館内を動くものとは比べ物にならないほど強力な、命を奪うもののオーラ。
その持ち主が、玉座の前に立っていた。
「モモンガ様!ご無事でしたか!」
だがこれは不敬だ。安堵と興奮から、ついノックよりも先に声を掛けてしまった。
「何者だ!」
その言葉と共に死がこちらへと振り向き、一斉に襲いかかってきた。――不敬から考えれば当然のことだ。
私はそれを、抵抗なく受け入れようとして瞳を閉じ――首元にまで冷たさが迫った後、するすると退いていったことに驚いて恐る恐る瞼を上げる。
かの支配者、モモンガ様は指をこちらに向けながら、何かを思案されているようだった。
「動いている?」
「も、モモンガ様……」
やはり、不快だっただろうか。微動だにしないという言葉を体現すべく、私は全身を必死に硬直させる。
だが、モモンガ様は紅い眼光を鋭くこちらに向けた後、淡々とお告げになる。
「……否。もちろん、私はお前のことを知っているとも。だが今、ナザリックは非常事態に陥っている。お前が本当に私の知るお前であるか、確証が持てるまで私は決して警戒を解かん。己が私の味方であると証明して見せよ」
予想のいくつかが当たってしまったことに恐怖を覚えるも、そこからするとモモンガ様のお言葉は道理であったために納得できた。
侵入者がシモベに扮して支配者の油断を誘う、というのは陳腐な考えだが時に有効だ。兵法書にもそんな作戦が書いてあったと記憶している。
モモンガ様は私と違い、それを陳腐の一言では済まさない。あくまで警戒を怠らないその姿勢に脱帽する想いで、正直に自己を紹介する。
「私の名はアダム。至高の四十一人が一人、死獣天朱雀様によって造られ、最古図書館に配置された人造人間です」
「そう、だったな。お前はあの最古図書館において、唯一命をもったシモベだったはずだ」
「そうでございます。司書長であるティトゥス様のもと、日々書を紐解き知識を蓄えることが私に言いつけられた使命でありました。……今日、までは」
今日まで?とモモンガが小首を傾げたのを、アダムは目を伏していたがために見逃す。
正直に言えば、アダムにとって紹介できる自己はもうほとんど残っていない。これは死獣天朱雀によって付された設定が至極シンプルなものだったが故のことだが、あとはもはや懺悔と言って差し支えの無いものになっていた。
「私は『最古図書館唯一の常駐利用者』として生み出されました。ですが図書館の扉を超え、静謐満ちるべき廊下を駆け、あろうことか玉座の間へと許可なく踏み込みました。これは全て自らの判断によるもの。如何な理由が在ろうと、シモベごときが一存で創造主の言を破るなど到底許されるべきことではありません。ですが御身、どうか愚かな私に罰をお与えくださる前に1つだけ、質問することをお許しください」
「良いだろう」
「モモンガ様。お怪我はございませんか」
「……うむ。私には傷ひとつない」
「ああ……。安心いたしました。御身がご無事であれば、これ以上の喜びはございません」
そう安堵しきった表情で頭を垂れるシモベを見、――モモンガは、戸惑う。
(なんでこいつは死ぬ気満々なんだ? 非常事態で俺を心配して図書館を出た、ってだけのことだろ? 褒められこそすれ、責められる謂れなんてないだろうに)
もしや、シモベ――NPCたちは、皆こんな感じなのだろうか。忠誠が振り切れているというか、盲目的というか。
ナザリックのネームドNPCの数はかなり多い方だ。そのすべてからこんなふうに……? モモンガは途端に肩こりが増したように錯覚する。肩の筋肉など無いのだから、事実錯覚なのだが。
わからないことばかりだ。ふと意識が途絶え、ユグドラシルが終わったかと思えば、目を覚ますと崩壊した玉座の間が広がっていて。強制ログアウトもできずやり場のない怒りを抱いていたら、顔だけは憶えていたNPCが人間のように動き出している。
異常事態と言うより他に無い。
……考えていても事態は進まない。このNPC――アダムだって、大切な仲間である死獣天朱雀の大切な子供のようなものだ。こんなことで、軽々しく命を奪うわけにはいかない。
「アダム。お前の全てを許そう」
「な──し、しかし」
「事態は急を要する。今はレベル1のお前であっても必要な状況だ。私に力を貸してくれ」
「──はっ!偉大なる死の支配者、モモンガ様!何なりとお命じください!」
アダムは感極まり零れそうになる涙を堪える。モモンガ様のおこころの、なんと寛大なことか!
良いから立て、という指示に応え立ち上がると、モモンガ様はさらに思い出したように声を上げられた。
「そうだ、お前は最古図書館から来たんだったな。道中アルベドを見なかったか?玉座の間にいたはずなんだが、この状況になってから姿が見えなくてな」
「いえ、それらしいお姿は見ておりません。気配もです」
アダムに感じ取れる気配など高が知れているが、至高の御方や守護者クラスの力ともなれば特殊な対策を取られていない限り肌で感じ取るのは容易だ。
答えを聞いたモモンガ様は落ちている瓦礫をよけながら玉座へと向かう。
「マスターソースを確認しよう。万に一、──億に一も、ないとは思うが。守護者の離反という可能性はある」
空恐ろしい可能性だが、たしかに階層守護者ほどの強者であれば、こうした事態を引き起こすことは可能――否。理屈の上でそうであっても、信じたくはないのが本音だ。
モモンガ様は玉座にへ、どこかぶっきらぼうに腰を下ろ――
「……」
「どうかされましたかモモンガ様」
「いや、なんでもない」
――一瞬動作を止め、此方をちらと見た後再び鷹揚に座り直したモモンガ様はますたーそーすなるものを操作し始めた。知識の上で言えば、見た目は『コンピュータ』なるものに近いのだろうか。それを操作すること数分。
「──な!」
ひとつ、驚愕の声を上げられた。どうしたのですか、と声を掛けるよりも前にモモンガ様が動揺した様子で口にしたのは、余りに衝撃的な言葉だった。
「階層守護者が、全員死亡している……!」
オーバーロードは現在、アニメの三期も放映されかなり熱量と勢いのある作品だと思います。
皆さんはオバマス放送局はご覧になりましたか? 私は配信開始日にワクワクしながら観たのですが、すごいですね。
なんとゲームのプレイヤーは最古図書館のNPCだそうで。つまりモモンガ様のために東奔西走して働くことができるんですよね。モモンガ様と肩を並べるなんて恐れ多いことなので、こういったアプローチのアプリになると目にした時から溢れるパトスが止まりませんでした。
と、いうのが本作を執筆し始めたきっかけになります。もちろん現在公開されている情報には限りがありますから、殆どは想像と考察、捏造によるものになるとは思います。というか既になってますね。申し訳ありませんがご了承ください。
補足、というほどのことではありませんが、『アダム』というキャラクターは主人公にするつもりはあまりなく、あくまで物語の主役はモモンガ様だと思うので、オリ主のタグをつけることに強い抵抗を覚えたためつけませんでした。これからの展開によっては付け直すこともあるとは思います。
それでは、また次回をよろしくお願いします。早くお見せできるよう頑張ります。