Side 藤丸立香
全てが終わって、俺の心には大きな穴が2つ空いていた。束の間の平和と、後処理で忙しい日々にも関わらず、それは日に日に大きくなって俺を内側から潰そうとする。
吐き気、疲労、ほんの一瞬の視界の微れ、嗚呼わかる。こうなっている原因は最初からわかっている。一気に吐き出せば楽になって、もしかしたら少し治るかもしれない。だけど僕はそうしなかった。皆に見せたくなかったんだ。自分のそんな情けない姿を。何日も、何日も俺は押し潰されないように振る舞った。
「単刀直入に言おう。そうやって、誰に何も言わずに一人でい続けるつもりかい?」
ああ、とうとう気付かれてしまったか。ダヴィンチちゃんの言葉を聞いた瞬間、そう思ってしまった。せめてもの抵抗で色んなはぐらかしの言葉を彼女に投げかけるが、英霊相手にただの人──凡人が誤魔化せるはずもない。観念した俺はそれ以上の抵抗をやめて大人しくする。
「…いつから気付いていたんですか?」
口に出して、無意味な質問だと思う。わかりきっていた。ここカルデアでは、常にマスターのバイタルチェックがされている。戦友である英霊(サーヴァント)の方々や、マシュとは魔術的な意味で繋がっているし、そうでなくとも鋭い英雄ならばわかってしまうだろう。なりより、一年間一緒に戦ってきた奴の異常はどんなに隠したところで直ぐにバレてしまう。
「最初から、さ。ついでに言うと私だけじゃなく、皆んな気付いている」
ああやっぱり──だったら何で早く言ってくれなかったんだ。俺にどうして何も言おうとしてくれなかったんだ。
お門違いだとは思っている。向こうだって、俺の事を思って中々言えずにいたのだろう。だけど、そう思わずにはいられない。だって、俺の誤魔化しは無意味で、強がりは全てバレていて、偽ってきた数週間は最初から無駄と化していたんだから。
「ハハッ…じゃあ俺はこの数週間、独り相撲をとっていた訳ですね」
事件の取り調べを受ける犯人の気持ちがわかる。こうなってはただただ笑うことしか出来なかった。
「立香君、君は──」
「わかっていますよ」
何を言わんとしているかわかる。向こうが自分の振る舞いをわかるように、こっちも向こうが何をしようと思っているのかわかる。伊達に一年間共に過ごしてきた訳じゃない。これ以上何も言われない様に、俺は矢継ぎ早に全てをぶちまけた。
「二人が、そんなのを望んでいない事ぐらい俺だってわかってます。俺の為に二人は犠牲になった。だけど思うんです。俺がもっと優秀だったら、魔術の才能に溢れていたら、もっと力があれば…
矢継ぎ早に言ったのにも関わらず、それ以上の言葉が口から出ることはなかった。理由は、頬を伝う衝撃。自分が殴られたんだとわかった時には、彼女は目から一筋の涙を流していた。初めて見る顔だ。険しくなる事はあれど、決して涙を流さなかったダヴィンチちゃんのその姿に俺は戸惑った。
「…否定しないでほしい。ロマ二が、彼が、託したものを、何より君が否定しないでほしい」
そんな言葉を聞き、そんな表情を見つめてしまい──
俺は逃げる様に部屋を出てしまった。情け無い話だ。人類を救ったマスターが、たった一人の女性に一発打たれただけで逃げ出してしまう。結局、誰かの助けなしでは自分はこんなにも臆病で無力なんだと余計に感じる。道中すれ違う人が居た。すれ違う英霊がいた。だけど顔を見せる余裕も見る余裕もなく、俺は走った。走って、走って、走って、走って、気が付くと彼の部屋──彼の部屋の前に居た。当然使っているものはもう此処には存在せず、まだ部屋に入ってもないにも関わらず寂しさを感じる事が出来る。
だけど、ドアの先にはひょっとしたら…そう思った俺は一歩前を出る。誰も利用して居ないのでセキュリティロックもなく、自動ドアの様に開く。明かりをつけると、わかりきっていた光景が広がっていた。逃げた先には誰もいなかったと言う事実はより一層心の穴を大きくする。
「…」
何度か訪れた事はある。ベッドがあって、棚があって、観葉植物があって、自分の部屋となんら変わらない。唯一違うのは、置かれている書物の量と、いつも書いていたメモ帳代わりのものがずらりと整理されていること。彼は記憶喪失らしく、旅の道中は良く今までの事を記録として日記みたく書く癖があったが故の大量の書物とメモ帳である。見たところ手をつけられたいない様だ。きっと、誰もそう出来なかったのだろう。
震える体を自力で抑えようとしながら俺は部屋にある書物の内の一つ──初めて会った時に彼が持ってた小さなメモ帳を手に取った。初めてあった時期が一年も前で、場所が場所だった為か古びていて焦げの跡がいくつかある。
「…良いですよね? Writerさん」
もういない人物に対して、ページを開く許可を取ろうとそんな事を呟く。
思えば、不思議な人だった。初めて会ったのはカルデア内ではなく、最初の旅の場所である特異点F。しかもサーヴァント以外、全ての生きた人が消えた筈の特異点で唯一その場所に最初からいた生存者だった。前後の記憶を無くしていて、やたらメモを取る癖から所長がWriterと言う名前を付けたんだっけか。事を終えた後、どういうわけかカルデアに来てしまい、共に旅をする事となった
ああ、余計悲しくなってしまうな。こんな事を考えると。だからこれ以上余計な事を考えるのをやめた。
「…」
返ってくるはずもない返事。だけど、許可を得たと思った俺は、それのページを開こうとする。嫌、仮に許可を取らないという返事を貰った気がしたとしても自分は開いたかもしれない。何故なら、このメモを今になって読む理由が少しでも気を紛らわす為であるから。少なくとも、これを読んでいる間は彼自身が此処にいると思い込めると信じている。だから最初のページを迷わずに開く。
『目が覚めると、私は炎の中にいた』
掠れ初めているにも関わらず自分は此処にいると強く訴えている様な、そんな文章で書かれた物語。
俺は旅の始まりの最初の一文から読み上げ始めた。