主人公がシナリオをクリア(チャンピオンになる)→リーリエちゃんがいなくなる→オリシュさんが主人公に圧勝してチャンピオンの座を奪い取る→主人公がチャンピオンの座を奪い返そうと奮闘する。←ここ。
ある意味でそれは、才能ではあったのだろう。
素材の均一化という、モノの汎用化・大量生産を理想としたエジソン辺りが聞いたら咽び泣きそうな素晴らしい力だ。当然ながら、この才能を羨む人を私は否定しない。
しかし、しかしだ。この世界において、その才能が齎す影響とは何か。否、はっきりと言おう。──果たしてその才能は、私を頂点にへと導いてくれるのか。
「……違う」
否定する。当然だ。汎用品とオンリーワンは矛盾している。
前世における業。データとして存在していたこの世界に対する私の扱いを鑑みるに、私に発現したこの才能は、ひどく妥当であるとも言える。
何せ、どんなポケモンも理想個体のレベル50に統一できるという、前世で言う「廃人」をそのまま表したような力だ。これ以上に私というトレーナーに相応しいものなど、存在するはずもない。
事実、私は純粋なプレイヤーとは違って、それともある意味では一般的なトレーナーの1人として、捕まえた、乃至は孵化させたポケモンは「使える」レベルまで育てたら後は放置するような人間だった。最近では個体値底上げのためにレベル100まで育てたりもしていたが、それもあくまで数値上の優位を得るため。間違っても愛情からの行動ではない。
だからこれは、単なる自業自得。寂しくはあるが、悲しむのはきっと間違っている。
果たして私が真の意味で純粋に、ただ珍しいポケモンを捕まえたから、旅のポケモンが進化したからと喜んでいたのは、いつのことだっただろうか。思い出せない時点で私は、もはや何も言う資格はないのだ。
「………」
手の内に収まったボールを見下ろす。どんな皮肉か嫌がらせか気まぐれかサービスのつもりか、多分私が前世において手持ちに加えていたらしい、ちょっとだけ特別なポケモン。
ここで「多分」とか「らしい」と表現する時点で、私という人間がどんな存在だったかわかる。レートだのなんだのに囚われて、人として何か大切なものを失った、そんな愚か者。
だが、私は救いようがなくても、私に巻き込まれたらしいこの子は違う。いささか、と言うにはあまりに苛烈過ぎて、もはや災害とまで称してもいいだろう、ちょっとだけ特別なポケモン。しかし、実のところこの子自体に問題があるわけではない。
どういうわけか現実となったこの世界では、日々あちこちで新種のポケモンが生まれ続けている。だから、その気になればいくらでも誤魔化せる。手持ちに入れていたとなればレベル100までいかずとも相当な高レベルのはずだが、その点に関しても大した問題はない。
問題なのは、この子の収まっているボール。現時点では構想すら練られているか怪しいこのボールを、もしも悪用されたらどうなるか。この世界にはわかりやすい悪の組織が、そこかしこに蔓延っている。それなのに、無責任にも「きっと大丈夫」だなんて、口が裂けても言えはしない。
この子は私が持つ、唯一無二にしてたった一つのオンリーワンだ。手に入れた経緯こそ本当に謎だが、長い付き合いだし、相応の愛着も持っているし信頼もしている。
今でこそ懐に収まるサイズでしかないこの子が、対戦における強さとは違うカタログスペック通りの暴虐を振るうなど悪夢でしかない。とはいえまだ生まれているかすら怪しい「主人公」に頼れるはずもなく、仮に助力を乞う場面に陥ったとしてもその頃には既に大勢が決まっている。
結局、考えるだけ無駄なのだ。きっとどうにもならないだろうし、同時にどうにでもなるだろうという確信もある。
そもそも私は完全なる脇役だ。それに如何にもフロンティア特化な才能からして案外、神が「タワーによくいる準伝説をさも当然のように使う一般トレーナー」の一人として特に理由もなく遣わされたのかもしれない。
この世界でのツリーの扱いがどうなってるのかはさっぱりだけれど、それならそれでいいじゃないか。幸い、アローラではネームドキャラですらない人間でもチャンピオン防衛戦に挑めることは確定している。要は、チャンスはいくらでもあるのだ。
レベル50が限界? ──上等じゃないか。そも
必中技は気合で避けられ、一撃技でも気力があれば沈まず、気分次第でステータスが上下し、寝不足や疲労で『ねむり』状態に陥る。
しかも、実際にはそこまで不公平なわけじゃない。下を見て安心するのは愚者の思考だが、残酷にも私よりもバトルに適性のない人間は確かに存在している。そう考えると、私の悩みはあまりに贅沢なものだ。
………話が逸れてしまったが、結論としては、なるようにしかならないということ。
だって、まだ私は、島巡りも、冒険も、ポケモン勝負だって、足を踏み出してさえいないのだから。
「ねぇ、聞いてる?」
「…………え?
ああ、ごめんなさい。すこしぼーっとしていたわ」
被りを振って、頭をリフレッシュする。この程度では気晴らしにもならないけれど、なんとなく頭が軽くなった気はする。きっと気のせいだろう。
「………それ、モンスターボールよね? なんでアンタが──っていうか何それ。なんていうか、すごいデザインね。未来的? なに、それが噂に聞くマスターボールってやつかしら」
「違うわよ。これはアレよ。単にデコってるだけ」
苦しい言い訳だ。実際、彼女は私の言葉に対し、怪訝な表情を浮かべて私の方を見つめている。肌の色から言動から性格から生粋のサバサバ系女子たる彼女がこうして物事に興味を示すのは割と珍しいが、今回ばかりは驚いてもいられない。
アローラに唯一存在するメレメレのトレーナーズスクール。同年代で優秀とされる少年少女が挙って集結したこの場所にいる子が、事前に一匹二匹の「相棒」を持って学ぶこと自体は不思議でもないが、それが目を惹かないわけがない。
未来溢れる少女にとって、ポケモンとはすなわち憧れだ。そのポケモンについての扱いを学ぶスクールの学生となれば尚更のこと。あり得ただろう未来ではしまクイーンなどと評される彼女も、事ここに置いては当たり前のように、そこらにいる子どもと何も変わりはない。
「意外?」
「意外ってより、驚いたわ。いっつも淡白なのに、相棒を隠し持ってるわそのボールはデコるわと、変な拘りは持ってたのね。まあ、意外って程度。だけど最近、いよいよ島巡りに挑戦するコも出てきたし、アタシもそろそろ巡礼者ってのになるべきなのかしらね?」
「わたしからは何も。強いて言うなら、簡単には決めないで欲しい」
ゲームのように、使えないからとほいほいパーティを厳選し始めたら終わりだ。トレーナーとしても、人としても、あまりに外れすぎている。
外れる、といえばポケモンを永遠に保存しようとしたとある人物を連想するが、前世の私がやらかした所業に比べたらあんなもの可愛いものだ。……いや、可愛くはないし洒落にもなってないし普通にドン引きだけど。
しかし、“巡礼者”と来たか。初めて聞いた呼称だけど、不思議と違和感が感じられない。島巡りをする少年少女の呼称に、ゲーム以外での俗称が存在したとは。きっと何らかの意味はあるのだろうけど、まあ、どうでもいいことか。
「ライチは」
「ん?」
「ライチはまだ、島巡り、行かないの?」
島巡り。アローラの象徴とも呼べる儀式、乃至は行事。
完全に一本道であったゲームとは異なり、この世界では島巡りの時期も順番も回数も試練挑戦に関してさえ任意だ。そも目の前のライチも大人になってから島巡りをやり直したりしていたし、ゲーム的要素さえなければ巡礼なんてそんなものだろう。だけど、キングにクイーンやキャプテンと言った称号を得るには早いに越したことはない。
つい先ほど簡単に決めるな、と言ったばかりではあるのだが、私にだって興味がないわけじゃない。けじめとしてゲームと同じ11で出発すると決めている私はともかく、同年代でもグズマに次いで優秀な彼女が、まさか怖じ気付いているわけではないだろうに。
「いわタイプは、むしタイプに強い」
「………タイプ相性?」
「そう。スクールで最初に習うアレさ。
でも、アタシは、そんなポケモンの単純にして絶対の法則さえ、アイツに対して証明できていない」
「………それは」
無理もない。彼の強さは異常と言っていい。見た目は虫取り少年の癖に、素質だけならチャンピオンさえ凌駕する。
私にはわかる。自分の限界より遥か上回る才能が見える。残酷にもレベルという名の目安で区分された、ゲーム的な要素を雑に落とし込んだ『格の違い』が。
(………レベル100、ね。それは一体、どんな化け物なんだか)
改めて、『主人公』の特権とやらは悍ましい。究極的にはレベルを上げて物理で殴るが頂点に至るまで成立する素質というのはどれほどのものなのか。どっかのエロゲーでは『才能限界』なんて要素があったが、この世界では殊更に酷い。仲良くなるなら平等でも、これはそういう問題じゃないのだ。
当然、目の前のライチだって、才能だけならグズマに匹敵する。四天王クラスとチャンピオンクラス。確かに明確な差はあれど、そこまで至れば微々たるものだ。私とは違って。
ならば何故、今は勝てないのか。そしておそらくはこれからも、グズマがそれこそゲームのように腐らない限りその差は埋まることはないのだろう。だが、しかし、その上で──
「おまけに、キャプテンなんてアタシの柄じゃないってのに──カプは、アタシをどうしたいのかねぇ?」
「………」
彼女は疎ましげに、それでも手首に装着している腕輪を撫で回しながら無意味に妖艶な口調で告げる。私個人はカプの判断基準なんて果てしなくどうでもいいから興味はないが、理解できる部分もなくはない。非常に難しい問題ではあるが、感情の一切を排せば自ずと答えらしき何かはわかるのだ。
「それは当然。だってグズマって、誰かの下にいるタイプじゃないから」
「え?」
「キャプテンやクイーンなんて名前だけ。その実態は、島に縛られた傭兵に近しい。
傭兵に必要なのは、強さじゃなくて信用度。だから、彼がカプに選ばれるはずがない」
グズマは強い。理不尽なほど強い。育成や戦術やポケモンとの相性以前に、ポケモンバトルがとんでもなく上手い。
だけどそれ故、彼には欠けてるものがある。それは本来、従来のポケモンのようにチャンピオンを目指すのなら自覚する必要もないものだ。しかし。
「自身を脅かす存在を側には置けない。簡単なこと。
尤も、今の彼にそのつもりはない。それはこれから彼がグレたとしても同じ。あいつにそんな度胸はない。だからあくまで可能性の話。でもカプには、そんな不確かな未来さえうっすら把握できる程度には、神としての性質も持っている」
自然の化身であるカプは、並み居る神の中でも殊更に摂理を重視する。だからこそ、グズマがキャプテンに選ばれるはずはない。
「きっと貴女も、いつか理解できる時が来る。私はカプに初めて会った時、一目で『そういう存在』なんだと察した。そして同時に、Zワザの修得を断念した」
「……どうしてか聞いても?」
「私も同じだから。私は、自分がカプより下にいるのが我慢ならない。
今はそうでも、いつか必ず超えてみせる。方向性は違えど、彼も似たようなことは考えてるはず。だから………いや。案外、いずれグズマは毒が抜けてそこのところを許容できるようになるかもしれないけど、私はだいぶ特殊だから」
「ふぅん…?」
視線を手の内のボールへと落とす。洞察力でもなんでもなく、メタ知識からの推測なのがなんとも悲しくはあるが、それ故に絶対の自信がある。
それに、これはあくまで可能性だ。言うだけならタダ、誰も損はしない。まあ、友人の陰口を言ってるようで心苦しくはあるけれど。
「私の夢。言ったことなかったよね、ライチ」
「そもそもアタシは、アンタがポケモンバトルに興味を持ってたこと自体が驚きだよ」
「そう? ……そうかもね。授業、あんまり真面目に聞いてないし」
いくら世界が違うとはいえ、10の子どもが習う授業だ。多少不真面目でも点は取れる。日本製のゲームだから言語も同じだし。
「まあいいや。──私はね。チャンピオンになりたいんだ。キャプテンやクイーンじゃない、正真正銘最強のトレーナーに。
より正確に言えば、頂点に立ちたい。そして、私未満のヒトたちを存分に見下して悦に浸るの。最高でしょう?」
「………後半の台詞が無ければ、素直に感心したんだけどねぇ」
今にして思えば、この会話が私の原点。色々と吹っ切れて、何もかもがどうでもよくなった時の出来事。
そして同時に。私がヒトとしての道を盛大に踏み外した瞬間である。
☆☆☆
「………もう諦めたら?」
「…………」
感情を読み取れない透明な声が響き渡る。静かながらも不思議と良く通るソプラノボイス。この世全てに関心がないかのように冷たい言葉が、呆れた様子で己を貫く。
断る。即座にそう反応しようとして、言葉が出ない。当然だ。その忠告自体が既に10回目。彼女に挑んだ回数なら20を超える。罵卑語も賞賛も負け惜しみも使い果たした。我ながら会話のレパートリーが貧弱だと自嘲するが、そういう問題でもない。
脱力感からその場にぐったりする。時間にして数分だろうか。ここに挑むようになってから出来てしまった悪癖だ。どうやら自分は、相当な負けず嫌いであったらしく、負けてしまうとすぐにこうなってしまう。勝者である彼女には非常に申し訳なく思うけれど、どうせここには滅多に人が来ないから、多少の時間は許してほしい。
単なる迷惑行為に等しいコレに対し、なんだかんだで気にかけてくれているのか、それとも単に無関心なだけか。おそらく後者だとは思うけど、彼女は何も言わない。言うこともないのだろうか。わからないし、聞くこともない。そんな自覚は敗者に持ち得ない。しかし、今回だけはそれも多少の変化を見せる。
「貴方……じゃない。ええと、ヨウ君?」
「──!」
目を見開く。彼女から声をかけてくれるなんて、間違いなくこれが初めてだ。それに、まさか彼女が自分の名前を覚えているなんて予想だにしてなかった。彼女にとっての自分は、それこそ有象無象の一人にしか過ぎないだろうに。
「貴方は確か、あのククイの秘蔵っ子なのよね。いえ、そういう意味じゃないし、血は繋がってないから、普通に赤の他人なんでしょうけど。でも、すっごく似てる。
知ってる? あいつ、ああ見えて頻繁にここに挑みにくるのよ。頭がいい癖に、勝負になると熱血路線でしかモノを考えないけど。じゃなくて、そう。負けたらそうして悔しがるところがそっくり。ねぇ、貴方。実はククイの隠し子だったりしないよね?」
「違います。両親はカントー出身で、こっちに越したのも最近なので」
「まあ、そうね。あいつがバーネット以外と乳繰り合ってるのなんて想像できないし。でも、マーレインとはなーんか妖しい雰囲気なのよね。グズマともそう。私にそういう趣味はないけど、勘ぐるのも無理はないな、って思う程度には」
「───」
怒涛の攻勢に言葉を失う。彼女が世間話らしきものを振ってきたことにも驚いたが、超然とした雰囲気を纏う彼女から、まさかこんなに俗っぽい内容が飛び出してくるとは。この驚きは、初めてナマコブシと戦った時に匹敵する。あれは恐ろしかった。あらゆる意味で。
「………今更だけど。グズマのこと、ありがとう。あいつのコンプレックスは、試練とかにカケラも興味を抱けない私では変えられなかったのよね。
勿論、止めることはできたと思うけど……あんなんでも、同期だし。多少の気持ちはわかるから、私は止めなかった。だから」
「いや、別に……」
なんだろうか。すごく照れ臭い…………じゃなくて。それよりも。
「グズマさんのこと、知っているんですか?」
「まあね。さっきも言ったけど、同期だし。あ、トレーナーズスクールのね。後はライチとかバーネットとかククイとかマーレインもそう。
この島は狭いからね。同期はみんな友達みたいな感じだった。尤も、私は見ての通りの性格だったから、友達は少なかったけど。
カヒリ? あの子も一応同期になるのかな。でも歳も離れてるしすぐに島からいなくなったから正直知らない。ゴルフで有名だから名前くらいは知ってたけど、リーグで会うまでは知り合いですらなかったよ」
「へぇ……」
この島の出身ではない自分に、トレーナーズスクールでの繋がりなんてわからない。でも思い返してみれば、マリエであったククイ博士とグズマさんとの対面は、険悪な空気だったのに妙に気安げでもあった。いつもヘラヘラしてるハウはともかく、戸惑っていたリーリエや自分にわからない何かがあったのかもしれない。
「まあ、同期といっても年齢は違うけどね。カントー出身ならわからないかもしれないけど、この島は試練の関係でスクールの卒業?が特殊で、同じ時期にスクールにいた生徒をまとめて同期って言ってるんだ。
興味があるなら、今からでもスクールに行くといいよ。こんな私にもスクールで友達ができました。なんて誇張じゃなく言えるから」
「…………」
なんだろう、その妙に安っぽくて胡散臭い謳い文句は。実はこの人、トレーナーズスクールからの回し者だったりするのだろうか。
「…………この前、グズマがここにやってきた」
「──!」
「だから、なのかな。君のことが頭に浮かんでね。ライチから、話だけは聞いていたから。君が彼を救ったって。君が彼女を止めたんだって」
「彼女……?」
「ルザミーネさん。ここだけの話、彼女にウルトラボールを提唱したのは私。技術の提供をしたりもした。リーグを建てる資金の調達に、エーテル財団は都合が良かったから」
「あのボールを……」
本日何度目かの衝撃の真実。果たして自分は、この数分で何度驚いたらいいのか。
何人も寄せ付けない超然とした雰囲気の彼女が実は割と俗っぽかった。それだけでも個人的にはかなり衝撃的なのに、意外と弁達者だったりククイ博士やグズマさんと繋がりがあったりエーテル財団と怪しい取引をしていたりウルトラボールの開発に携わっていたり、自分が関わった事件と悉く関係があったりしたなんて。
唖然とするしかない自分に向かって、愚痴るように彼女は続ける。
「即直に言って、私は彼女が破滅しようとどうでもよかった。彼女の毒についても知っていながらリスクリターンを考慮して黙認したし、モーンさん………については流石に申し訳なく思ったけど、それだけ。ウルトラホールについて研究するなら、それくらいのリスクは自己責任だし。
だけど、今思えば、グラジオ君やリーリエちゃんには迷惑をかけたと思ってる。多分、これからも苦労はかける。両親がアレだし。でも私は謝らない。だって私は悪くないし」
「えぇ……?」
「ま、まあ? ポケモンの毒だから? タンバの薬で治るかもしれないし? ………色々と都合がいいから黙っていたけど」
「なんかさらっと最低なことを言いませんでした?」
「効く保証もない。だから問題ない。……この前こっそり差し入れたら病状が回復したとか風の噂で聞いたけど、私が送った怪しい薬を病人に験すとか何を考えているのかな」
「…………」
ロクに事情を知らない自分でもわかる。貴女だけには言われたくない。
でもこの人、わざわざ別地方にある薬を手に入れて差し入れたりしていたのか。口では無関心を装っていても、案外罪悪感を感じていたのかもしれない。とはいえ、それは彼女ならぬ自分にはわからないことだ。
彼女の顔を見る。──恐ろしいほど無感情だ。「勝負師」としての技能を突き詰めた、相手に思考を読み取らせないことに特化したポーカーフェイス。
彼女が何を思って静観していたのかはわからない。彼女にどんな感情の変化があったのかも、どうしてリーリエの家族に手を貸したのかも。
リーリエに聞けばわかるのだろうか。彼女は感情表現が苦手な自分の意思を読み取るのが異様に上手い。今にして思えば、それは昔から他人の表情を気にして生きてきたという彼女の闇なのだろう。
でも今は、今だけはとその技能の利便性を求め、欲しがってしまう自分は残酷なのだろうか。わからない。
しかし、誰でもそんな面はある。あのいじっぱりなリーリエでさえ、戦力としての僕を羨むくらいなのだから。
「そもそも、あの人の価値観は歪んでいる。美しいものに対して異常に執着するのは、毒に侵される前からあった」
「………あの、今更ですけど、毒ってなんのことですか?」
「UB01 PARASITE……ウツロイドの持つ神経毒は精神を侵す。自制心や抵抗力を麻痺させて対象に寄生する。現状確認されてるウルトラビーストの中では最も脅威とされてるね」
「………そんなものを、知っていて」
「そうだね。黙ってた。興味がなかった、って言い換えてもいい。
それに───」
ここで彼女は一息を入れ、表情を揺らさず天井を仰ぐ。彼女が何を考えているのかはわからない。だけど、きっと、ロクでもないことなんだろうな、ということは容易に想像ができた。
「あの人は、ポケモンバトルも強いから───私がチャンピオンとなるにあたって、障害となる可能性もあった」
「っ…! まさか、そんな理由で……!?」
「理由にはなる。それで十分。そして、自らが手を下したならともかく、あえて彼女を助けようとする理由はない。
───ねえ。なんで私が君に突然話しかけたかわかる? グズマのこともあるけど、他にもちゃんと理由があるんだよ?」
「他の理由………?」
「私に
君は強い。とっても。初めは5タテだったのに、今では5:3。いえ、それ以上。最早君は、一人のトレーナーとして警戒をするに余りある。だから、揺さぶりを掛けた。
ああ、うん。わかってる。私は最低な人間だから、バトルを楽しむことはしない。私が何より欲するのは、私が最強だという証明。私こそが、世界で一番強いんだって矜持だよ」
「───」
絶句する。心底から言葉を失うなんて、人生で初めてのことだ。リーリエのお母さんの本性を目の当たりにした時でさえ、これほどの衝撃はなかった気がする。それともあれは、リーリエが側にいてくれたからこそか。
しかし、一つ。たった一つだけ、心に引っかかるものがあった。彼女は本気で発言している。内容にひとかけらの嘘のなく、それ故に心に突き刺さる。だけど、それだと、たった一つ。おかしなことが、一点。
「…………じゃあ、貴女はどうして」
リーリエのことを思い出す。儚くて、可憐で、優しくて、そして何より強い少女のことを。
彼女にバトルの才能はない。仮にあったとして、彼女の性格はバトルに向かない。なのに僕は一度も彼女を弱いとも、まして役立たずなどと思ったことはない。
彼女は強い。こんなところで躓いている僕なんかより遥かに。初めて出会ったその瞬間から、僕は彼女の
───そうだ。彼女は、確かに
「どうして、貴女は───ヤトウモリのオスを、いっつもメンバーに入れてるんですか………?」
「───」
───『使えないポケモンは、好き勝手パーティから外すものでしょう?』───
───『ヒトも、ポケモンも、生きています! 決してモノではないのです!』───
リーリエの反論と、母親の主張。誤りではあるものの、間違いだとは言えない持論。強さと美しさ、その方向性は違えど、突き詰めるには必要不可欠な非常識。………そして、リーリエが、完膚無きまでに打ちのめした事柄。その言葉を前に───。
「…………」
「えぇと……」
「…………」
「その……」
「…………」
「……………」
彼女からの言葉は、それきり完全に打ち止めとなり、どんなに回答を求めても、どれだけの時間を費やしても、慣れない弁舌を駆使して粘っても。
結局、彼女からの反論は何一つとして返ってくることはなかった。
☆☆☆
「………なるほど。それでおめおめと逃げ帰って来たわけか。
あの女の隙がようやく見えたというのに、それをロクに追求しないままに」
リーリエを彷彿とさせる靡く金髪を更に揺らめかせ、右手で左手首を抑えるいつもの謎ポーズをしながらグラジオが告げる。
口調は荒いが、それもいつものことだ。割と挙動不審な彼の発言を一々気にしていては、彼の友人は務まらない。
しかし、今回ばかりはその固さも性質がやや違う。当然だ。何故なら彼にとってみれば、思わぬところで家庭を壊された原因を知ったのだ。弾劾も糾弾も非難も激奮も、何一つとしておかしなことはない。
「ああ、わかっている。別段、あの女が何をしたわけではない。
悪いのは母さんだ。ウルトラビーストでさえもない。父さんについてもあの女が言っていた通り、ウルトラホールなんて巫山戯たものを研究していた父の自業自得で相違ない。そうだ、その通りだ」
「……あの、落ち着いて」
「大丈夫だ。俺は、この上なく、落ち着いている……!
話は変わるが、次のリーグはいつだ? 頻繁に挑んでいるんだ。まさか知らないわけはないだろう?」
「平日の正午から日没までは毎日…………じゃなくて。それ絶対大丈夫じゃないよね?」
「やめろ、気安く触れるな……! そういうスキンシップは、リーリエの為に取っておけと言ってるだろう……!」
グラジオの首根っこを引っ掴んで動きを制する。意外なほど力強かったが、所詮はポケモンでもない人間一人分だ。カントー出身の僕であればこの程度片手で事足りる。幼少からイシツブテ合戦をしている膂力は伊達ではないのだ。
「そもそもグラジオ、未だに僕に勝てないでしょ。そんなんじゃ挑んでも無駄になるだけだよ」
「お前にだけは言われたくない。ないが……そうだな。お前が言うならそうなんだろう。
なら、答えは一つだ。ヨウ、暫し俺の八つ当たりに付き合え………!」
「また? まあ、いいけど」
いつものように血迷って謎の行動を仕出かすグラジオを、彼を慕うポケモンごと真正面から大人しくさせる。
本当、いつも全力というか、余裕がないというか、忙しい人だ。これでも最近は随分と穏やかになったというから笑えない。友人として退屈はしないけれど、少しはハウを見習ってほしい。
「ま、くっ、参った! おい、ヨウ! 無言で関節技を極めようとするな! お前の冗談は分かりづらい!」
「冗談じゃないからね。ほら暴れようとしない逃げようとしない。チャンピオンのところに行くなんて論外だから」
「なら少しは真剣な表情をしろ! リーリエ関係以外で表情を変えないとか、露骨かお前は!」
「…………うっさい」
あと別に意識して表情を変えないわけじゃない。僕だっていきなり目の前にウルトラビーストが現れたりしたら普通に驚く。
ただ僕は単純に、笑顔が苦手なだけなのだ。
「───それで、どうする?
お前とて、このまま引き下がるつもりはないだろう?」
「そうだね。案は色々と考えたんだけど、結論は一つしかなかった。
僕はまだ、チャンピオンに対して遠慮をしていたのかもしれない。それとも
それか、リーリエに対して過剰になっていたか。彼女との想い出を傷付けたくなくて、頑なにバトルから遠ざけていたから。まあ、自分でもわからないものを考えても仕方がない。
僕の言葉に、グラジオは目を見開いて驚く。僕やチャンピオンとは違って、本当に分かりやすい男だ。だから何だ、という話ではあるけれど。
「まさか、お前──」
「そう。ほしぐもを呼んでくる。
───気は、進まないけどね」
この期に及んで決断に迷いがある自分を嗤う。彼はリーリエを思い起こす綺麗な瞳を瞬かせたまま、じっと僕を見つめるのだった。
ヤトウモリ♂でリーグに挑むのは誰もがやること。そしていつまでも捨てられずにレベル100まで育てるのも良くあると思います。(半ギレ)
多分続きません。