リーリエ、カムバック!   作:融合好き

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繋ぎの回。久しぶりのオリシュさん視点。


トレーナー と トレーナー の めが あうって ことは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものようにゆっくりと目を覚ます。私は普段、夢を見ることはない。どうしてかは不明だが、いつも就寝と起床との間に全くタイムラグを実感できないでいる。

 

体感的に言えば、自室のベッドに倒れ込んだ次の瞬間には朝の日差しを瞼越しに感じるような。見事なまでに一欠片の夢も立ち入る隙を与えない、一種の昏睡にも似た睡眠。そんなある意味では病気なのかと心配になる起床から、私の一日は始まる。

 

「………流石に、きついわね」

 

溜息と共に呟く。前述した通り、私の寝付き(?)はかなり良い方だ。だが、しかし、それでも人間であるからには体調の揺れはどうしても起こる物。だから珍しく爆睡してしまったのも無理はないか、などと壁に掛けられた時計が指し示す時間を確認しながら、私はゆっくりと身体を布団から起こし、いそいそと寝間着から服を新たに着替えていく。

 

「やっと最終日……でも、みんなはこれを普段からやってるのよね。体力には自信があっても、これはそういうのじゃないだろうし、ならやっばり私にこの仕事は向いてないのかしらね」

 

人目がないとはいえ、堂々と愚痴るなんて前世合わせても滅多にないことだ。だが、無理もない。何と言ってもポケモンセンターにおける受付の仕事とは、私にとって恐ろしく長大で恐ろしく濃密な、まさしく激務と呼ぶに相応しい前世の労働法に痰を吐きかけているような業務なのだから。

 

(いわゆる病院を一人で切り盛りとかやっぱり無茶よね、ええ。それでも私は、まだマシな方かしら。ここは人口密度が低い土地だし。近くにバトル施設はあるけど、あっちに専用の回復機材があるしね)

 

なんでも、場所によってはロクに睡眠時間すら取れないようなポケモンセンターもあるらしいと聞いている。しかも恐ろしいことに、この業界は交代要員など存在しない。どんな職場であろうとも、である。常に一人、いつでもポケモンセンターの象徴であれ、が彼女達のモットーらしい。思想や理想としては立派だが、いくらなんでも男前過ぎやしないだろうか。

 

そもそも、どうして私達はみんな同じ顔なのか。まずそこからして謎である。私の父親は絵に描いたようなごく普通のやまおとこであるが、まさか彼の遺伝子が異常を来しているわけでもないだろう。同じ境遇の人なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるし。やっぱり謎多き一族である。きっと考えない方がいいんだろう。

 

(でも。ゲームだと常に同じ人だものね。それが現実になればこうもなるか)

 

だけどまさか、流石にリアルで全員があのコピペ顔だとは思わなかったけど。

 

「…………」

 

無言で受付へと繋がる扉を開ける。一月単位の泊まり込みで連勤とか、もはや宿直とかそういう次元を超えた職場への癒着っぷりだが、今更そんなの気にしてなどいられない。あと一日。どうにか無難にこなすことができれば私の職務は終了だ。それ以降は間違っても受付の内側には入らないよう懸命に過ごしていきたいと思う。

 

すると、誰もいないはずの早朝のポケモンセンター内部にて、何故か誰かと目が合った。まだ微妙に頭が働いていない瞳で見覚えのある人影をなんとなく把握し、私が『誰?』と思う前に、件の彼が堂々と告げる。

 

「久しぶりだね、カノコ」

 

「…………ククイ?」

 

海パン姿の上に白衣を羽織るという相変わらず奇異な格好。間違いなく彼だ。でも、どうしてここに。しかもこんな早朝に。また浮気を疑われてもいいのか。仮に今から用件を話してハイ終わりで帰るとなると、下手したら朝帰りだと思われるぞ既婚者。

 

「いや、分かってはいたんだけどその服装だと本当に君がそうなんだって実感するよ。特にボクは今まで、君のそんな姿を見たことがなかったからね」

 

「こんな時間に何かと思えば、もしかして世間話の類かしら。他に用事があるのか誰にも聞かれたくない話なのかは知らないけど、どうして外で大人しく待ってる、なんてイワンコでも出来ることが出来ないのかしらね」

 

「…………ああ、なんか懐かしいな。その態度も、憎まれ口も」

 

「そうね。貴方と最後に会ったのは2年と少し、リーグ設立前のことだったかしら。………そうだ、実は私はあの頃から伝説のポケモンを従える少年がチャンピオンになることを予期していた、なんて言ったら貴方は信じる?」

 

「それが君なりの冗談か否かはさておき、そんなことを聞いてくるってことはよほど余裕がないのかい? 正直、君がポケモンセンターの受付を大人しくやっているとヨウから聞いた時は耳を疑ったけど、君自身に何かがあったわけじゃないようでなによりだ」

 

「何もないように見える? だったらまずは貴方の両眼を抉る必要があるわね」

 

それはやめてくれ、などとヘラヘラ笑いながら話しかける彼の姿に溜息が出る。

 

先に言ったように、彼と会うのは本当に久しぶりのことだが、彼もまた何一つとして昔と変わりがない。リーグ設立による心境の変化や、かの主人公君と関わったことによる精神面の変化は予想していたのだが、その辺りを引っくるめても昔と同じ、理想に燃える子どものままだ。

 

まるで自分まで若返ったような感覚と、それについて不快感を抱いていない自分に多少の困惑を抱きつつも、いつまでも付き合うわけにはいかないと話を進める。

 

「それで、何? 貴方も知ってるでしょうけど、ウチの仕事は本当に面倒なの。明日からなら多少は時間も作れるから、用が無いなら明日出直しなさい」

 

「そうしたら君はまたしばらく行方知れずになるんだろう? だから今のうちに、居場所がはっきりしてるうちに君と話がしたかったんだよ」

 

「…………その身軽さ、本当に相変わらずね。いきなりご自慢の大きなお子様が何人も出来たから少しは落ち着くと思っていたのだけど。前も言ったと思うけど、即断即決は妻帯者に褒められた行動じゃないわよ」

 

「反省はしてるさ。だからこうして──っと、いい加減本題に入らないと、またはぐらかされちゃうな。

 

と言っても、大したことじゃないさ。さっき君が言っていた、ボクの自慢の息子のことだけどね」

 

「──『どういう風の吹きまわしだ?』、とでも言いたいのかしら」

 

「分かってるなら話が早い。君からそう言ったってことは自覚もあるんだろう? それで、どうなのかな」

 

「デリカシーを学んでから出直しなさい。──とはいえ、大したことじゃないわね。ただ……」

 

「ん?」

 

「………なんでもない」

 

努めて冷静に見えるように口を噤む。いくら疲労が重なっていたとはいえ、何をあっさりと妙なことを口走ろうとしているのだ、私は。

 

ただ、あの才能に溢れながらも満たされず懸命に私に挑むその姿が、どこかアイツに被るから、どうにも放って置けなかった、だなんて。

 

「それで、それだけ? それなら、わざわざ私なんかに釘を刺す前に、もっとやることがあるんじゃないの?」

 

「それは百も承知だけど、彼についてはあまり心配はしてないさ。なにせ彼は旅に出てたったの一年余りでアローラのポケモン図鑑を完成させた男だからね」

 

「…………そうなの?」

 

割と素で驚いた。彼の話から、彼がかなり優れた捕獲技術を持つことは予想していたのだが、まさかゲームにおいてさえ難関の図鑑埋めまで片手間に突破していたとは。いやまあポケモンは全国図鑑完成までが一番面倒臭いからそこまでと言えばそうだけど、それでもあの年齢でアローラ図鑑完成は色々と凄い。

 

正直、ヨウ君については既に私よりよっぽど異次元の怪物扱いしていたが、それでもまだ認識が甘かったのかもしれない。もしかしたら彼はゲーム内で可能なことは全てとりあえず当然のように一人で成し遂げられるのではないだろうか。

 

「ああ、ボクの最高の息子さ!」

 

「…………」

 

その言葉に、微妙な気持ちになって押し黙る。彼がふざけて、あるいは私の軽口に乗ってワザと彼を息子呼ばわりしているのはわかる。しかし、自業自得とはいえそのネタで他でもないヨウ君のことをククイと親子親子と揶揄っていた立場からするとなんとも居心地が悪い。

 

巡り巡って、とはこのことか。少しというかかなり意味は違うと思うが、彼が言ってたように一方的に被害を受けるのはヨウ君のお母さんなので、今後はこのネタは控えるとしよう。

 

そんな私の微妙な後悔を他所に、ククイはまるで我が事のように彼の話を続ける。

 

「今までにも何人ものトレーナーを送ったけど、彼はまさに別格さ。彼自身の才能もそうだけど、何より環境に、機縁に恵まれた。

 

ボクの理想をそのまま体現した、というのが妄言じゃないくらい、ボクらが築いたポケモンリーグを含めて、誰より充実した島巡りを成した、と言っていい」

 

「…………」

 

「波乱万丈の旅路だったのは否定できないけど、やっぱり若い頃の苦労ってのは買ってでもするもんさ。ボクがこれを言えるってことは、ボクも何だかんだと歳を取ったってことなんだろうね。

 

けど、嘘偽りはカプに誓ってない。彼の苦悩も葛藤も、アローラの闇に触れてしまった事実を含めてなお、彼は──」

 

「…………ねぇ」

 

「──ん?」

 

話を強引に遮って、想いに耽るククイを見据える。

 

既に目は覚め、意識は冴え渡っている。故に、これから告げる言葉は疲労からなる世迷言ではなく、確かに私が感じたことだ。

 

「………島巡りなんかして、何になるのかしらね」

 

「え?」

 

突然なのもそうだが、何より私がこんなことを言い出すこと自体が驚きだったのだろう。一種の陶酔に浸っていたククイの表情が、まるでマメパトがタネマシンガンを受けたようにまっさらに染まる。

 

その反応も予想できていたのに、どうしてか上手く言葉に出せなくて、それでも引くわけにはいかないと気力を振り絞りつつ続けた。

 

「ちょっと長い話になるけど、聞いてくれる?」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

気付いた時、私は暗闇の中に居た。

 

全身を覆うように取り囲むのは、一片の光も差し込まない暗黒。ひたすらに暗く、冷たい、深海の如き静寂の世界に、私は独りで揺蕩っている。

 

時間の感覚など最初から意識の内には存在せず、一体どれほどの時をそうして過ごしているのかも、判然としない。

 

私はこのまま、誰の声も耳に届かず、誰の姿も瞳に映らない暗闇に深く沈み、このまま溶け消えていく事こそが相応しい末路なのだと、根拠もなく信じきっていた。

 

だってそうだろう。だって私は、もう終わったのだ。もはやその理由や経緯については思い出せないけど、既に私が手遅れな段階に落ちた事実は誰よりも理解している。尤も、誰よりも何も、この暗闇の中、他の存在がいるのかは不明だったが。

 

だから、目を覚ました(・・・・・・)時は本当に驚いたものだ。たった一つのきっかけで何もかもが台無しとなった人生に、実は続きがあったことを否応無しに告げられた時は。

 

『──島巡りに、何の価値があるのでしょう』

 

誰かの言葉。その言葉に対し、無い、と切り捨てたことに嘘偽りは何もない。

 

私にとっての人生とは、脆く儚く無価値に崩れ去る砂の城だ。どれだけ懸命に生きてきても、どれほど社会に合わせていても、どんな関係を築いていても、死という波から逃れることはできない。

 

故に、島巡りに、人生に価値はない。私はそう告げた。葛藤も順応も無意味だと、己が欲望を満たす為に生きた方がよほど有意義だと断じた。

 

──あの暗闇では、私が遺した軌跡なんて、何一つとして思い出すことができなかった。私はどういうわけかその次があったが、彼がそうである保証はない。否、断言できる。私が異常な例なだけであって、普通は死ねばそれで全てが終わるのだ。

 

異様な脱力感と虚無感。何もかもが抜け落ちていく感覚。自分らしさがじわじわと削られるような恐怖。それを忘れさせるほど溢れ返る膨大な後悔。

 

ずっと抑圧されて生きてきた。社会通念上か僅かにでも残された良心からかただ単純に報復が怖かったからなのか、はっきりした記憶は薄れている。

 

否。正確には覚えてる。ただその実感が薄いだけだ。脳まで更新したのだからある意味では当然で、摩訶不思議な現象によりかつての記憶を現在の脳に転写したところで、それは良く出来た他人の映画を観ることと変わりはない。

 

でも、そこには教訓足り得る意思があった。魅入られるような心地を覚えた。あたかも昏い海底から見上げた遥かな海面に踊る陽光のように。その存在のなんと眩しく、なんと遠い事か。形を曖昧なままに燻るそれは、確かに私の根幹を揺らした。根本的には小市民だったはずの私が、この私は絶対にこうならないと決意するだけの力が、後悔が文字通り魂にまで刻まれたのだ。

 

後に託す、などというのは幻想だ。他人がそうすることを私は否定しない。だけど私は私らしく生きる。私がしたいこと、かつての誰かがしたかったことを成し遂げる。私がこの記憶と共に生まれたのは、そんな私の無念が実ったからだ。

 

この私がどちら(・・・)の私であるのか。そんな哲学に関心はない。思うところはあるが、それだけだ。それこそもう終わったのだ、それは。

 

未練はあった。憧憬もあった。だけどそれらは不都合と切り捨てた。かつての私から受け継いだ無念が、私に模範的な行動(・・・・・・)を取ることを躊躇わせた。

 

そう、私はそうした。そうしたはずだった。はず、だったのに──

 

『………面倒くせぇモンを全部ブッ壊して歩んできたつもりだったが、こんなところにもまだ、オレなんかには壊せねぇモンが残っていたんだな』

 

その言葉に、その声色に、何よりその柔らかい表情に驚愕した。デフォルトされた無声のゲームでは分からない生きている反応に揺さぶられた。

 

もちろん、私だって散々好き勝手生きてきた身だ。これまでにもゲーム通りにいかなくて困惑したこともあったし、私の自己満足を妙に好意的な解釈されたことも、また逆にその傍若無人な行動から恨みを買ったことも一度や二度じゃ済まない。

 

でも、ただ私らしく、それを純粋に嬉しがられるなんてことは初めてで──暗闇の中で刮げ落ちたはずの暖かさが、今の私が切り捨てた良心が、どうしようもなく何かを疼かせた。

 

分からない。他人の意思に触れて人格を形成したこの私は、自己の精神を把握するすべに乏しい。元々彼については考えれば考えるほどわからないことだらけだったが、今回のそれは別格だ。

 

どうすればいいか分からない。いつか誰かに語った愚図なトレーナーと同じ思考。タイミングの問題もあっただろう。曲がりなりにも託された使命を私は成し遂げた。だから少しは、という気持ちはあった。

 

とにかく、私なりに理由があったのは間違いない。血迷っていようとお試しだろうとなんだろうと、確かに私がそうしたのだ。

 

別に誰かを不幸にしたいわけじゃない。私だって人間だ。こんな私にも大切なものはあって、それを守るためなら多少の骨を折るだろう。だけどそれが誰かのためか、かと問われると自信がない。だってそれらは全てまとめて、私が私のモノのために、自分が愉しく過ごすためなのに。

 

「………彼に負けて、こうしてガラにもなく自分を見つめ直して、わからなくなったの。私はもっとこう、何かをするべきだったんじゃないかって」

 

生まれ変わり云々を除き、私が掻い摘んで語ったその半生に、ククイは神妙な表情になって押し黙る。

 

初めて見た表情だが、これがなかなか様になってる。なんだかんだ揶揄っていても、彼は既に立派な大人だ。加えて未来ある少年少女を見送る立場にあると来ている。となれば当然苦悩もするし、彼なりに彼ら彼女らが抱いた悩みなども解決してきたのだろう。

 

「難しいね……というより、ちょっと意外だったな。まさか君が、そんな悩みを抱えていたなんて。その様子だと君はかなり長いこと悩んでいたみたいだけど、ほら、君は隠すのが上手いから」

 

「そうね。私も正直、何を言ってるんだろうって気持ちはあるわ。でも、相談するなら貴方しかいない。そう思った。きっと誰よりもこの島を愛して、そしてそれをより良いものにせんと努力してる貴方に。

 

ねぇ、島巡りに何の意味があるの? どんな価値があったの?

 

──私が無駄だと切り捨てたそれは、そんなに大切なものだったの?」

 

「ボクもはっきりと言えるわけじゃない。それを前提に、あくまで参考にだ」

 

煮え切らない態度に対し、役に立たないなら必要ないと返答する。すると彼は困ったように苦笑して、それでも笑顔でこう告げた。

 

「巡礼が悪習と呼ばれる所以はボクも知っている。

 

だってそうだろう? いくら言葉を着飾ってもこれはキャプテンという狭い枠を競い合う競争だ。キャプテンを、しまキングを、しまクイーンを目指せ──大人達は挙ってそう言うけれど、その風習こそが社会における弱者を生み出した。スカル団そのものを擁護するつもりは勿論ないけど、ボクはああいう集団が生まれたことに疑問を抱かなかったよ」

 

「そうでしょうね。例えばハラさんがたくさんの弟子を未だに抱えているのは、つまりはそういうことでしょう?

 

巡礼なんて、最終的にはカプの気まぐれや私のような異分子、あるいは単に本人の才能や事故の有無によって結果が変わる。この世界は意外と残酷にできていて、何処かの虫取り少年と違って救われる機会もないままに生涯を終える人は珍しくもない」

 

だからこそ彼は、この島にリーグを設置しようとした。その中には当然彼個人の目的もあるだろう。だが、それだけでは決してなかったはずだ。理想のトレーナーを見出すだけなら、こんな悪習に縛られている島に拘る理由はない。

 

しまキングを目指す──カプの庇護下にいることが前提の彼らは、端的に言えば志が低いのだ。もっと高い目標を、人が持ち得る限りの無限の可能性を目指して欲しい。彼が願ったのは、そういうことなのだろう。

 

「カプに選ばれる基準と、トレーナーとしての才能は直結しない。才能がそのまま実力として讃えられる世界で、その差はあまりに不条理にも感じる。

 

この島には、そのことを理解してない人が多すぎる。不合理な選出基準を、表に出る才能を一緒くたにして考えてる。そして下手にその才能が素晴らしいものであるほど、期待外れ(・・・・)の烙印を押される」

 

だけどそれでも、私にとってはどうでもよかった。私がずっと抱えていた欲望と、しまキングの称号は一致しない。

 

それで良かったはずだった。それを私は良しとした。そのことに苦痛を感じたことはないし、まして後悔なんて──

 

「それと同じさ。要するにカノコは、君がやりたいことと君にとって喜ばしいことが相反して困ってるんだろう?

 

みんなを跪かせたい。でもそれはそれとして感謝されるのも悪くはない。だけどそれは最初の信念に反する。転ばした相手を手当てして、それに何の意味があるんだと。

 

君はそれを矛盾と言ったけど、ボクは正直、そうは思わない。だってそれは、どっちも君がしたいことでいいじゃないか」

 

「…………どういうこと?」

 

「難しく考える必要はないさ。君が愉悦のために切り捨てたモノの中に、君が密かに憧れていたものがあった。そして君はそのことに気づいた。それでいいじゃないか。

 

もちろん、それがなんなのかはボクにはわからないし、それは君がこれから思い悩み苦しんで見出すものなんだろうけど、その変化はきっと、君にとって何よりも大切なものになるはずさ」

 

「────」

 

ストン、と心の内側に入り込む言葉。理屈ではなく本能がそれで納得したかのような不思議な感覚。

 

間違いない。私は今、彼に完膚なきまでに説き伏せられた。自分から話したことなのに、そのことに対してまず最初に浮かぶ感想が「なんか悔しい」であるあたり、私も随分と捻くれた性格をしているものだと自嘲する。

 

「………とりあえず礼は言っておくわ。不本意だけど、非常に有意義な会話であったと認めましょう。

 

話を逸らして悪かったわね。それで、本当にヨウ君の事を聞きに来ただけ? それくらいなら別に、勤務時間帯に来ても問題なかったんじゃないの?」

 

時間が割と押し迫っているのは本当だが、話題を逸らす意味も込めて改めて話を聞き直す。疑問があったのも確かだ。奔放なのにちゃっかり良識はあるククイが、そんな世間話のために他の誰にも聞かれない舞台を用意するのか、と。

 

「本当にそれが本題だったんだけどね。でもまあ、他に話もあったのは確かさ。

 

──君に会いたい、そう言ってる人がいる。心当たりはあるかい?」

 

「グズマ、マーレイン、ザオボーさん、ビッケさん、ルザミーネさん、グラジオくん、リーリエちゃん、あとは……」

 

「オーケー、分かった。君が色々やっていたのはボクも知ってるし、勿体ぶった言い方は止めるよ。

 

つい昨日のことだけど、リーリエが物凄い剣幕で研究所を訪ねてきてね。父親がどうこうと言ってたけど、そっちに心当たりは?」

 

「あるわね。モーン博士関連なら、研究成果の一部を『よこどり』した件かしら。

 

でも、アレはあくまで正当な報酬で、私に非はなかったはずだけど」

 

尤も、モーン博士と成果を山分け、という形にしていたから、モーン博士が失踪してからは実質私が技術を独占しているのと同義なのだが。

 

(そういえば最近、実家の方を訪ねて来たわね。けど、今になって……?)

 

ルザミーネさんがウルトラビーストに携わるより少し前、裏から善意の協力者を騙ってモーン博士に色々と吹き込んだのは確かだ。万が一の保険とパッチの改造のために持ち掛けた依頼が、今更になって自分に跳ね返ってくるとは。

 

(いや、むしろもう(・・)と言った方が適切かしら。ウツロイドの毒に後遺症があるのかは知らないけど、仮におよそ考えられる最善の結果が出たとしたら)

 

怨まれるだろう。憎まれるだろう。それだけのことを、この私はやっていた。迂闊にウルトラホールなんかに手を出したから、ウツロイドに毒されたから、だから自業自得だと主張する者がいたとしても、これ幸いと私が彼らを利用したことには変わりない。

 

「本当は無理矢理にでもエーテルパラダイスに連れて行きたかったそうだけど、なんでも君はあの島への渡航権が剥奪されてるそうじゃないか」

 

「さらっと拉致する選択肢があるあたり、あの財団も黒く染まったモノね。正直モーン博士がいた頃からだいぶ雲行きが怪しかったけど。まあ、出禁を受けてて良かったなんて言うつもりはないけれど、今後も関わり合いのないように──」

 

「…………今日、ここに来るみたいだから、覚悟しておいてくれ」

 

「そこは貴方で押し留めなさいよ。何を申し訳なさそうにしてるのよ。まさかとは思うけど、保護者同伴だったりしないわよね?」

 

「…………話を変えるようで申し訳ないけれど、カノコはトリプルバトルって知ってるかい?」

 

「ああ、そう、グラジオくんもいるのね。……あの3人と勝負ね。流石に付き合っていられないわ」

 

廃人施設特化な私は、ハウスにあったトリプルバトルもできなくはないが、ポケモンを率いる才能がアローラに合わせた4匹である以上、あのレベルが3人となると協会規定のルールでは勝ち目が薄い。何より面倒臭い。

 

(加えて、あのポケモンを持ってるリーリエちゃんが多少なりとも成長したと考えると……ここはちょっと、話題の彼を利用して逃げましょうか)

 

受付の片隅にある小物入れからとある機械を取り出し、ポチポチとボタンを押して操作する。私の突然の行動に、ククイは驚いたような声を上げた。

 

「どうしたんだい、カノコ。いきなりポケナビなんて取り出して」

 

「静かに。………あ、もしもしカマロリ? 前回のシフトの分、急で悪いんだけど……え? あ、そうそう、ロイヤルアベニューの。いや、ごめんってば。あとで一週間分を……十日? それはちょっと──ああいえ、やっぱりそれでいいわ。うん。じゃあお願いね。…………さて、と」

 

「………参考までに、何の話をしていたか聞いてもいいかな?」

 

「いやね。せっかく貴方が私に頼られることの嬉びってやつを自覚させてくれたじゃない?

 

だから今日は、この私が、存分に貴方の息子さんの『てだすけ』をしようと思ってね」

 

「…………嫌な予感しかしないんだけど」

 

先の悔しさを多分に含ませ、にっこりと笑顔で皮肉たっぷりにそう告げる。

 

どれだけ悩んでも悔いても揺らいでも、根本的には何一つとして変わらない自分に、私はどうしてか奇妙な安心感を抱くのだった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「それで、わざわざ島を跨いでこんなところまで来たわけだけど」

 

ウラウラ島にあるポータウン。かつてスカル団が居城として占有していた町であり、元スカル団員を始めとした沢山の人達が今も日夜復旧作業に勤しみ、いつでも金槌の音が絶えない建築の町。

 

かつてはカプの怒りから豪雨が常に降り注いでいたここも、終わってしまえばなんてことはない。そも怒りとは消費すれば薄まるもの。スカル団がいつからこの町を占有していたのかは知らないが、今のメガやすが健在であることから、それが一過性のものであったことはわかる。

 

晴れた視界が映し出すのは、私が『物騒だけど危険ではない』と評したウルトラビースト、カミツルギ。熨斗と折り紙を組み合わせた式神のような姿を持つポケモンで、薄く鋭く研ぎ澄まされた鋭利な身体は、正に全身が刃物。中でも腕の先の切れ味はずば抜けており、巨大な鉄塔も一刀のもとにバッサリ斬り捨てるほどであると言う。

 

「どんな攻撃もひらりと躱し、返す一閃で外敵を両断する。自ら攻撃を仕掛けることはないはずだけど、何をきっかけに『カウンター』するかは流石に分からない。だから優先度が低いウルトラビーストの中では、率先して捕まえるべき存在──そのはずだけど」

 

視線の先、その対面に映る少年。モンスターボールよりも小さくてウツロイドよりもすばしっこいカミツルギに対して事も無げにボールをぶつけながら徐々に近づいていく姿。

 

確か彼は、ボールを牽制に使う、だのと言っていた。でもあれを見ると何もかもが馬鹿らしくなるというか、あれを牽制と言い張る根性がもはや人間離れしていると思う。捕獲については特に拘りも何もないが、仮に私の野望が図鑑完成だった場合、この光景だけで心が折れてもおかしくない。それほどまでに衝撃的な内容だった。

 

「あの子にはまあ、大した障害ではなかったようね。ねぇ、貴女もそう思うでしょう?」

 

「……そうですね。彼の捕獲技術は群を抜いています。国際警察の捕獲専門家はおろか、全トレーナーの中でさえ頂点を争うでしょう」

 

区画閉鎖の片手間に軽口を叩く。大した敵もその量も無し、このくらいは互いに容易い。彼女を見るとかつてのトラウマが蘇るのが玉に瑕だが、だからこそ彼女の実力は期待できる。

 

加えて、彼女のみならず、ゲームではいなかったマオちゃんやザオボーさん、一時的な情報提供者であったはずのマツリカちゃん。ポータウン近辺の交番に勤務しているからこそ支障なく助力できるクチナシさんまで出張っているのだ。格好つけて出てきたはいいが、これは本格的に私の出る幕ではなかったのかもしれない。

 

「ところで、今更申し訳ないのですが、貴女は一体……?」

 

「ん? ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は見ての通りポケモンセンターに勤めるしがないトレーナーの一人よ。今回は一身上の都合で職場を抜けてあの子に助力しに来たの。かのフロンティアブレーンの一人にこうして会えるとは光栄だわ」

 

「──、…………あの。今、何と?」

 

「まあまあ気にしない気にしない。あ、サイン貰ってもいいかしら」

 

戸惑う彼女を軽く流し、やや強引に色紙を押し付ける。この世界はどうやらルビサファの延長線上にあるようで、エメラルドにあったバトルフロンティアが存在していないことは確認済みだ。おそらくそれは彼女の存在に矛盾を出さないようにするため、というゲーム的な都合なんだろうけど、だからこそこの機を逃せば貴重なフロンティアブレーンのサインを入手する手段がなくなってしまう。

 

そうこうしている間にヨウ君の捕獲が本当にあっさりと終わったので、その流れに託けて手早くサインを色紙に書かせる。かなり訝しげ、というか普通に何事かと疑っていたが、どうせ彼女とは今後出会う機会もないだろうし問題はない、はずだ。

 

「それじゃあ私は、ちょっとあの子に挨拶したら帰るわ。だけど貴女達はこれからが本番なのでしょう? そこまでは流石に付き合ってもいられないし、また機会があればその時はよろしく」

 

「あ──ちょっと、待っ………!」

 

呼び止める声がしたが、聞こえないふりをして踵を返す。わかってる。いくらあの建物から解放されたとはいえ、気が抜けすぎていた。ついうっかり口を滑らせてしまったことも、己が欲望を優先させすぎたことも理解している。

 

でも、だからこそこの場はなんとしても逃げ切らせてもらう。ほとぼりが冷めるまで間を置けば、文字通りどこにでもいる私の顔の区別なんかできなくなるだろう。後は適当にシラを切ればいい。幸い、私はその手の技術に精通している。かつてモーン博士と共に開発した、あのポケモンを使えば、確実に──

 

「待──って、ください………!」

 

「──え?」

 

瞬間、凄まじい身体能力で正面まで肉薄してきた彼女に、思いがけない力でボールを握った腕を掴まれる。

 

そんな馬鹿な。私の身体能力はお世辞にも高い方ではないが、それでもこの世界におけるレベル50、上位のトレーナークラスの実力は持っている。そも、私だって野生のポケモンから無傷で逃げ切る技術はトレーナーの一人として会得している。それがこうもあっさりと──

 

「………何かしら」

 

「あの──え、と。す、既に、任務は完了、しました。ので、ですからここからは、その、一人のトレーナーとして、ええと」

 

「…………」

 

嫌な予感がする。揺るぎない鉄の意志と鋼の強さが私を貫く。かつての私に匹敵する意思が、これだけは退けない(・・・・・・・・・)、私をここで逃すわけにはいかないという、強靭な意志が私を襲う。

 

そして、その推察に偽りはなく──彼女は、その紫に輝く瞳で私を射抜きながら、その困惑をそのままに、腰に収めたボールに手を伸ばし、それでも確かな強さを備えた口調でこう告げた。

 

「私達は、トレーナーです。ですので──いざ、尋常に。よろしくお願いします」

 






もっとサンムーンの小説増えろ。リーリエがヒロインのやつがもっと増えろ。むしろいい感じの長編でリーリエヒロインの小説を見たことがないんだがどうすればいいんだ。こんなんじゃ、満足できねぇぜ……。

そんなわけで自分で書いて満足するしかないじゃないか、ってノリで書き始めた本作ですが、ぶっちゃけ満足できてないので誰かリーリエヒロインの小説を書いてくださいお願いします。あとモチベに直結するので感想も募集してます。

ちなみに、作者が一番好きな二次創作のリーリエはロックマンの同人誌を描いたりしてる人のリーリエです。
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