リーリエ、カムバック!   作:融合好き

16 / 22
あけましておめでとう。この作品もひっそり続けたいと思います。では投稿します。しました。


あれだけ つよくても キャプテンには なれなかったんだ

「………へたくそ」

 

ぼそり、と呟かれたその言葉が胸に突き刺さる。

 

飾り気もない、飾る必要もない正直な気持ちを世にそのまま映し出したその言葉は、ありのままであるからこそ直接的に私の元までたどり着き、その精神を容赦なく抉る。

 

「口下手。法螺吹き。馬鹿正直。総評、もっとがんばりましょう。ちなみに流石の私も教員免許は持っていないので悪しからず」

 

「それはまあ見た通りなのでどうでもいいとして、確かにちょっと、その………ぎこちないといいますか」

 

「賛美なんて過剰なくらいで丁度いいのよ。心にもない事を告げる時は特にね。上乗せするべき感情を抑揚で誤魔化せるから。

 

ちなみに、これは接客業とかがよくマニュアル化される理由でもあるわ。とはいえ、そんなお世辞に惑わされる私でもないから、素直であることは評価しましょう。合格点は与えられないけど」

 

「し、精進します……」

 

「いいわよそんなの。私としても、無理に褒めてもらうなんて……今まで考えたこともなかったけど、案外悪くないかもしれないわね。

 

いえ、やっぱり駄目ね。なんか虚しいし、客観的に私の方が程度が低くなるし………でもそうね。足を舐めさせる、なんかは王道で憧れるわ。

 

どう? ヨウ君。ちょっとやってみる気はない? ああ、もちろん報酬は払うわよ。素足の状態かつ念入りに清掃及び消毒もすることを約束しましょう。どうかしら。楽しみ。しばらく興奮して眠れなくなりそう」

 

「何が王道なのかどうして僕なのか何故了承すると思ったのかそんな巫山戯たことを考える頭とかその辺小一時間くらい語り合いましょうか?」

 

「冗談よ、冗談。でもヨウ君なら、リーリエちゃんが相手なら、機会があれば頼まれなくてもやりそうよね」

 

「……………………そんなことはありません」

 

「照れなくてもいいわよ。性癖はその人の人生を左右する。つまりその人のカタチを彩るもの。だから私はどんな性癖であれそれ自体を差別しないし、己が性癖を世に憚るつもりはないわ」

 

「何を馬鹿なことを言ってるんですか、まったく……」

 

(…………)

 

怒涛の酷評と、対比するような軽口の応酬に返す言葉を見失う。

 

恥ずかしながら、私は口数が多い方ではない。誰かと和気藹々と語り合うなんて柄ではないとさえ思っているし、それが憎まれ口となればなおさらのことだ。故にこそ、彼らの会話に混ざれない。

 

羨ましいとは思わない。強いて言うなら、口惜しい、だろうか。もしも私がヨウさんとまでは行かずとも、ハンサムさんやクチナシさんほどには、事務的であっても最低限のコミュニケーションが取れるなら、ここで言葉に詰まって微妙な気分になることなんてないのに。

 

「それはそうと、ついに終わりが見えてきたわね」

 

「はい。残るウルトラビーストは2体。どちらもこれまで縄張りと定めた地域から移動することもなく、また特段これといった被害もないため後回しにしてきた2匹ですが──」

 

「ツンデツンデはともかく、フェローチェはそう見えるだけだけどね。とはいえ、カミツルギ相手に完勝するヨウ君ならどうにでもなるでしょうし、そろそろその後のことについても考えていいんじゃない?」

 

「その後、と言いますと……?」

 

「アローラにはポケモンリーグが設立されたばかり。挑戦権についても特段規定されておらず、実際今までは誰でも自由にリーグに挑めて、だからこそ突然チャンピオンが駆り出される事態になっても問題は起きなかったわけだけど、これからは違う。

 

他の地方のようなジムがアローラに設立されるのか、単に大試練がジムのような扱いになるのかは知らないけど、私とか挑戦者の人格面に配慮していない今の制度は後々問題になるでしょうし、少なくとも、ずっと今のまま、というわけにはいかないでしょうね」

 

「それは………そうかもしれませんね」

 

「まあ、それ自体はいいのよ。実際にリーグが建設された以上、キャプテンや島キングもそれを無視するわけにはいかないでしょうし、せいぜいがバッジを渡す程度の手間だしね」

 

なんでもないかのように彼女は告げる。事実、なんでもないことなのだろう。島の住人が一度リーグを認めた以上、若人を導くことを使命とするキャプテンや島キングが、全てのトレーナーの憧れであるポケモンリーグへの協力を惜しむとは思えない。

 

ここで話が終われば、ここまでならば、問題として上げる必要もない、単なる今後の確認に思える。しかし当然、この女性がその程度の話題にここまで勿体ぶるはずがない。やはりというか、彼女はここからが本題だと言うように、露骨に声色を変えて続ける。

 

「──問題となるのは、カプ神よ」

 

「…………!」

 

冷たい声で、冷徹な顔で、剣呑な雰囲気で、されど口元に僅かな喜悦を浮かばせながら、この島の守護神に向けられたものとは思えない尋常ならざる言葉を紡ぐ。

 

ウルトラビーストの話題など会話の取っ掛かりにさえならない、これこそが本題なのだと否応なく確信せざるを得ない重い情報が、真正面から私を殴りつける。

 

「私とククイは、この島の根底を覆した。それはつまり、アローラの伝統を、カプに対する信仰を揺るがしたに等しい。いえ、私だけじゃない。島を荒らしたスカル団や、ウルトラホールを研究していたエーテル財団は、既に一度、カプに対して喧嘩を売っている。

 

──だから、いつか、どんな『きまぐれ』で天罰が下るのかわからない」

 

「…………それは、流石に」

 

「10年前。ウラウラのとある大型販店の店長が事故死した。原因は地殻変動。今なお深い爪痕を残すその場所で突如発生した大地震は、周囲の岩盤を丸ごと破壊し狙い澄ましたかのように彼を大地の亀裂に招き入れ、その生涯に幕を下ろした」

 

「それは…………」

 

「遺体は文字通り、骨すら残らなかったそうよ。当時は行方不明として処理されていたけど、あの惨状を見ては誰もそんな希望的観測は抱けなかったでしょうね。その後はどうなったのかは知らないけど、社会的にももうとっくに死亡しているでしょう」

 

「…………」

 

反射的に繰り出そうとした反論が叩き潰される。彼女の口調は穏やかなものだ。抑揚こそ薄いものの、先ほどとは違い泣いてる子をあやすような慈しみに満ちている。しかし私は、そんな彼女へ恐怖に近い感情を抱いた。

 

「問えば誰もが言葉を濁すけど、あの事故の原因、その元凶は明らか。遺跡が築かれた当時の倫理観ならともかく、文明が発展したこの時代において明確な殺戮(・・)はカプの信仰そのものに対して不信感を抱かせるには十分だった。

 

信仰は互いに不干渉であってこそ。いつの時代もどんな世界でも、宗教が必要以上の力を持つなんて厄介なことにしかならないのよ」

 

「…………」

 

「スカル団の原型が築かれたのもこの事故がきっかけでね。事故によって親しい人を失った人たちが身を寄せ合って出来た団体が、特に親や友人を失った子どもたちを中心にいつしかレジスタンスのような活動をし始めたのがきっかけだったかしら。正式な形になったのはグズマが出張ってからだそうだけど、生憎と私はその事故で死んだことになってるから、詳しいことは知らないわね」

 

「…………は?」

 

淡々と語られるスカル団の誕生秘話と、ついでのように付け加えられたとんでもない暴露に間抜けな声が漏れる。

 

隣を見れば、私以上に深妙な表情で話を聞いていたヨウさんの目が見開いていた。どうやら彼にとっても今の話は初耳だったらしい。

 

しかし、彼女はと言うと当然のように我々の反応は気にも留めず、それでも万民に訴えるような確かな口調で語り続ける。

 

「………ねぇ。このウルトラビーストを巡る一連の事件、元を辿れば誰が原因だと思う?」

 

「──!」

 

「ウルトラビースト? エーテル財団? ルザミーネさん? ──いいえ、いいえ。

 

全ての元凶はモーンと呼ばれる、たった一人の研究者。ウルトラホールの第一人者にして、エーテル財団が行った研究の最高責任者であった人物。

 

彼がいたからこそエーテル財団はウルトラホールの研究を実用レベルまで成立させ、ウルトラビーストをこの世界に招き寄せることを可能とした。つまり、一連の案件に犯人を決めつけるとするなら、その対象は彼以外にはあり得ない」

 

「…………何が、言いたいんです?」

 

ヨウさんの声が震えている。よくよく見れば、顔色も明らかに先ほどより悪くなっている。ただ、その理由が私には未だよく分からない。この島に生まれていない私は、どこまでも異邦人である私には、あるいは単純に察しの悪い私は、今の会話に込められた意図を掴むことなどできず──彼女の言葉に、ただ圧倒されるのだった。

 

「ああ、何という悲劇! 罪と共に失われた記憶を取り戻した虜囚は、その善性から己が贖罪を願う。不器用な彼のこと、ウルトラホールによって不利益を得た全ての人に謝罪なり賠償なりを行うため、一刻も早く愛という名の拘束から逃れ、改めてアローラに足を踏み入れる──その時が最後。

 

正確にはおそらく、彼がウラウラ島に訪れるまでがリミット。ウラウラはアローラで最大の面積を誇るため単純に自然が多く、その化身たるカプが行使できる力がそれだけ大きい。単に環境として比較しても、ウラウラは他の島とは桁違いなほど『しぜんのちから』を実感する場所が多い。

 

ちょうど消費する対象もなくなったしね──さて、今度は死火山でも噴火するのかしら。困ったわね」

 

「………今度は、何を企んでいるんですか?」

 

「人助け」

 

彼女は普段とは大違いな、奇妙なほどメリハリのついた発音で綺麗事を紡ぐ。

 

心にもない発言は、抑揚を付けて誤魔化す──なるほど確かに。こうして実践されてみると、いくらかその言葉は、響きだけならそれらしく(・・・・・)も感じられた。

 

「──ねぇ、ちょっと提案があるんだけど。

 

この辺に、そろそろ暴れ出しそうなあぶないポケモンちゃんがいて、私はそれを鎮圧しようと考えているんだけど、一緒に来る?」

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

ウルトラホールに関わる実験。その最中に起こった悲惨な事故。それがそもそも何が原因で起きたのか──話はそこまで遡る。

 

当時の私は、とある経緯で入手したウルトラボールの実物を元手に、ウルトラホール研究の代表者であった人物──モーン博士と接触し、協力者として研究に紛れ込んだ。

 

「そこで助手の真似事をしたり、並行して細々と進められていた完全なる生命……タイプ:フルの研究に口出しをしたり、かねてより考えていた『あやしいパッチ』の改造による違法ポリゴンを利用した異次元へのアプローチを提案して確立したりと──まあ、いろいろと手を回していたわけだけど」

 

研究が加速するにつれて、ウルトラホールの探索が現実的なものになり、数回の実験ののち、記念すべき第一回の進入が行われた。

 

安全性はそれまでの検証によって確立され、あまり声高には言えない動物(・・)を使用した実験もいくらか行われていた。不安要素であった彷徨人──ウルトラビーストについては私が意図して情報を秘匿していたため懸念事項とは扱われず、それでも万が一のことを考え、外部協力者である私が矢面に立つことで決行。反対はあったけど他に適切な人材がいなかったこともあって断行された。

 

「結論から言うと、その実験は失敗した。その原因は今は関係ないから省くけど、とにかく私は帰還が絶望的な状況に陥り、犠牲者を出した研究は凍結──」

 

でも、まだ終わらなかった。かなり嫌らしい大人の事情が絡んだ末に、行方不明者、つまりは私の捜索の名目で研究は割とすぐに再開され、それでもモーン博士の抵抗もあってか、計画は方針に大幅な修正が加えられながらも順調に進められた。

 

──それから更にしばらくして、その事故は起こる。リーリエちゃん(ヒロイン)がエーテル財団を離れた理由、この物語の全てのきっかけ(ぼうけんのはじまり)となる、あの事件が。

 

 

 

 

「それからはまあ、貴女も知っての通りよ。あの場にいたなら、原因は概ね理解しているんでしょう? ねぇ──ルザミーネさん?」

 

「そうね………まさか、こんなにも素直に語って頂けるとは思わなかったけど」

 

「ちょっと思うところがあってね。よしみだし、雑談くらいなら付き合うわよ。──わざわざ人目のあるところで訪ねてきたってことは、事を荒だてたくはないのでしょう?」

 

ヨウ君たちとの密談から2日。

 

彼らが事後処理や次なる捕獲を目論んでいる最中の真昼間のポケモンセンターで、私は何故かルザミーネさんと、人の賑わう公共施設には似つかわしくない剣呑な話し合いを繰り広げていた。

 

ちなみに、どういうわけか彼女一人だけである。ククイにああも忠告されたからモーン博士を除く家族全員で踏み込まれる覚悟もしていたのだが、それが良かったのか悪かったのか。

 

なんとなく微妙な気分になっていると、目敏く疑問を察した彼女が補足するように告げる。

 

「あの子たちは他の島にいます。

 

リーリエから貴女の素性について伺っていたので、まずはポニ島に全員で訪ねて、その後は各島の方へと散開しましたの。わたしがこのウラウラにいるのはあくまで偶然です」

 

「あー………」

 

なるほど。ポケモンセンターの勤務状況からして、人数が3人もいるなら虱潰しでもどうにかなるのか。完璧に仕上げたはずの擬態を見抜かれたのは悔しいけれど、それこそ彼女に年季では敵うはずもない。

 

というかこの人、なんかキャラ変わってない? 一人称からして違和感があるし、そもそも纏っていた胡散臭さが無くなっていて何というかリーリエちゃんっぽい。

 

それとも私が知らないだけで、本来彼女はこんな感じなのだろうか。良くも悪くもリーリエちゃんと雰囲気が被る、ザ・お嬢様と表現するべき人格。正直容姿を除いたらあのモーンさんが彼女のどんなところに惹かれたのかずっと不明なままだったが、なるほど今の彼女なら多少は納得できなくもない。とはいえ逆に、そうなるとどうして彼女があのモーンさんを選んだのかが疑問だが、人格的には普通に惚れ込んでもおかしくないし、それこそ私が踏み込むことでもないだろう。

 

「………先に言っとくけど、私は絶対に謝らないわよ。感謝はする。貴女たちが気持ち良く踊ってくれたおかげで、私は随分と楽しめたわ、ありがとう。

 

さあ、軽蔑したでしょう? 情報も渡したし、だからもう帰りなさいな。貴女たちの尻拭いを、貴女の息子に押し付けてないで」

 

「その程度の悪態にはいそうですかと納得できるのなら、わざわざラナキラまで足を運んだりはしません。

 

──コスモッグの入手経路と正しい使い方(・・・・・・)について、モーンの代理として資料の提供を依頼します」

 

「…………」

 

受付のカウンターを両手で叩きつけながら真剣な表情で彼女は告げる。

 

その内容に、ここが公共の場であることも忘却して舌打ちをする。感情に任せてバトルでも挑んで来たならいくらでも誤魔化せたものの、博士の名前をそのように使われたら断れない。私に騙されたに等しいとはいえ、まさかあのモーンさんがこんな手を使うのはかなり予想外だったが……いや。

 

(………これは彼女の独断かしらね。すっかりまあ、老獪になっちゃって)

 

雰囲気とあまりに乖離する、まるであのリーリエちゃんが詐欺話をしているような違和感。私と接していた時期とそのまま同じ言動をしているはずなのに、雰囲気一つでこれほどまで受ける印象が変わるものなのだろうか。実に興味深い事例ではある。

 

しかし、困った。その情報を渡すことに対してではなく、その情報が彼女の求めるものとは異なるだろうことに対してだ。立場的にはともかく、彼にはそれなりに恩がある。されど彼と顔を合わせづらい私が、その恩に報いるならうってつけになり得る依頼だったのだが──。

 

「………結論から言うと、コスモッグと記憶についての関連性は無いわ。そもそも私も、どうしてウルトラホールで記憶の混濁が起こるのかは何一つ分かっていない。ウルトラビーストのオーラで防げる理由も不明だし、まして病気や毒みたいに薬やら何やらで回復とかはおそらく無理よ。残念だけどね」

 

わからないものはどうしようもない。あのヨウ君でさえ最初のころは初見殺しや害悪戦法に踊らされていたというのに、頭脳は最大限に見積もっても秀才レベルであるこの私が、モーンさんですら暴けなかった謎の作用について解明できているはずがないのだ。

 

おそらくルザミーネさんは私が健在である事実(・・・・・・・・・)からその推論……記憶の治療法に当たりをつけたのだろう。まあ、少し考えればすぐに気付く矛盾点だ。研究成果を独占している私が怪しいと疑るのも分かる。だが、その件についてだけは、私には、私だけは絶対に干渉できない部分なのである。

 

(………仮に治療の手段があったとして、こうして依頼されなければ絶対にやらなかっただろうけど。でも、そうなると、やはりまだ完全には戻ってないのね。こればかりは時間をかけるしかないから、まあしょうがないけど)

 

記憶の混乱はウルトラホールに滞在した時間と比例する……と、推測される。彼の場合、行きと帰りでそれぞれ一度、それも帰還の際には不完全ながらコスモッグのオーラを使用した。故にホールの影響も軽く、その分の記憶が比較的早急に蘇った。そうなると行きの分、あの事故の直後における記憶がまだ戻っていないと考えるのが妥当だろうか。

 

「それと、私はモーンさんに二度と会わないようにしているから、あんまり引き合いに出さないであげて。………私なんかとは、もう関わりたくもないでしょうし」

 

これは本音だ。そうせざるを得なかったとはいえ、私がそうしたかったからとはいえ、そのことにまるで後悔が無かったわけじゃない。もっと何か方法があったのかもしれないし、私はこの世界がゲームとは違うと理解しながらなおゲームとしてのこの世界に執着しているフシがある。彼への対応にそういう意図が無いかと問われると反論できないのだ。当時はまだ若かったとはいえ、我ながら面倒なひねくれ方をしたものである。

 

「いえ、あの人は──」

 

「彼の心情がどうあろうと、私が彼を利用して、結果として私が彼を破滅させたことには変わりない。加えて私は、それを悪いとは感じつつも、その現状には非常に満足している最低な人間よ。

 

私が原因ってのが何となく気に入らないだけで、あの天才が私なんかに踊らされるのは気分が良かったし、腹の底ではカタチとして家族を見捨てたことになるあの人を見下して嘲笑っていた。

 

そして私は、そんな自分が嫌いじゃないの。それ以前に私が単純に彼に会いたくないから要求は断るわ。資料についても以前、財団に提出したあれで全てのはずよ」

 

あくまで聞かれたのは『コスモッグについて』だから、嘘は言っていない。加えて誤魔化しようもない。彼の記憶について安直な解決策が存在しないのは真実で、強いて言うならユクシーに会うとかが候補に挙がるが、いくらなんでもそれは流石にリスクが高過ぎて向こうとしても遠慮されるだろう。

 

それか、あるいは、もしかしたら。

 

「愉快な道化師はその自覚がないからこそ滑稽で美しく尊い。用意した舞台からも逃げ出して化粧を落としたピエロなんて、何の価値も──」

 

「……随分と口数が多いこと。貴女がそういう時(・・・・・)には、大抵何かを隠している、違って?」

 

「ご明察。………確証はないわよ。それでも聞きたい?」

 

無言で肯定の意思を示した彼女に対し、当時から仮説として挙げられていながらも、唯一試すことができなかった推論を語る。

 

仮説、と言うよりも、与太話だろうか。あるいは単に希望的観測か。しかし、彼女がそんな薄っぺらい希望にさえ縋りたい気持ちはわからなくもない。だからこそ面白いわけで、苦労するのは多分ヨウ君なわけだし、別にいいだろう、うん。

 

「私たちが反転世界……コスモッグの故郷である世界から帰還するのに、私はあくまでコスモッグを燃料(・・)として扱った。

 

当然、その理由にはその方が楽だったから、というのはある。でも、そうするしかない理由もあった。伝説のポケモン、コスモッグ。あの子の進化条件(・・・・)が何一つとして理解できなかった………いえ、成し遂げられなかったからよ」

 

「進化?」

 

「そう。──この前、私は最強にして最高のトレーナーに探りを入れたことがある。その仮説が正解かどうか。コスモッグとは。ソルガレオとは。そしてその真の力とは。

 

どう見てもひ弱なポケモンでしかないコスモッグに、どうして次元に亀裂を入れられるほどのエネルギーが絞り出せるのか、その答えを」

 

ずっと疑問ではあったのだ。

 

あくまでゲーム上の都合でしかないはずの反転世界がどういうわけか存在していて、それがこの世界と非常に酷似した舞台装置……ゲームのような世界であったことが。

 

 

 

(…………)

 

 

 

『まるで巨人が、空間に生じた異常を叩き直したようだった──』

 

当時の研究者、というかぶっちゃけモーン博士はそう語っていた。後で状況をまとめたところによると、最大限の安全マージンを取るために拡大した空間の穴が、それを修正せんと押し寄せた何らかの力によって崩壊、力場となって周辺に飛び散ってしまったらしい。

 

その際、空間を破壊するほどの衝撃に呼び寄せられた惑い人……ウルトラビーストが、この世界に紛れ込み、獲物(・・)と共に何処ぞへ消えた──というのが、あの事件の全容になる。

 

当時の私は、帰還のために必死だった。何せ漂着した場所が場所だ。死にたくない。その一心で無謀な漂流を繰り返し、あの時、空間の異常もすぐに察知して、帰還の手掛かりになるかもとその穴まで駆けつけて──ウツロイドに連れられたモーン博士を保護し、彼と共にまた別の世界に迷い込んだ。

 

その世界は反転世界と呼べるような、この世界を真逆に写し取った意思のない世界。その世界で唯一存在するポケモン──いえ、そんな世界だからこそ発生したバグのようなもの………コスモッグを除いた全ての生命体が何かの舞台装置と化した不気味な、まるでゲームのような世界(・・・・・・・・・・・・)

 

皮肉のつもりか、と自嘲して。このまま人形遊びに乗じていればいいのかと諦めかけて、けれど確かに存在する、私が一番嫌いな重苦しい残された責任(モーンさん)で考えを改めて──そんな時。そのポケモンに、私は出会った。

 

『まさか、コスモッグ……?』

 

『ピピュゥ──???』

 

その警戒心のカケラもない、間抜けな声にどれほど救われたか。

 

反転世界と呼ばれていたからには、その世界はこの世界の面影を色濃く残している、深い関係にある世界だってすぐに気づいた。

 

それで私は、当時はぎりぎり記憶が残されていたモーン博士と一緒に、その世界が現実の写し世であることをいいことに意思のないヒトガタをバンバン酷使して研究を重ね、やがてコスモッグが持つ特有のエネルギー……言うなれば世界のデバック能力を発見、利用した帰還方法をどうにか実現させ、私たちは元の世界に復帰した。

 

けれど、帰還した後にも問題は山積みで。『私』が社会的に死亡していたのもそうだけど、何より目の前の彼女が大変なことになっていたため事情を明かせず、途方に暮れた私は、彼女を──

 

「…………」

 

コネチカ(・・・・)さん?」

 

「………失敬。少し考え事を。しかし、まあ、難儀ね。私が言えたことじゃないけど」

 

この期に及んで腹の底では嗤っている私も、そんな私に頼るしかない彼女も、その姿を見て、何よりモーンさんに情が湧いて『てだすけ』したいなどと考えている身の程知らずなこの私も。全部ぜんぶくだらない。

 

というか貴女はまだ私をその名で呼ぶのか。もう粗方の経緯は分かっているだろうに、妙なところで律儀な。そうとしか彼女と接していないとはいえ、さん付けまでしてご苦労なことだ。

 

そして、これはこれで悪くない、とか考えている私は、控えめに言って屑だと思う。思うだけで改善する気は無い。だって楽しいから。

 

「コスモッグは、あくまでも幼生体。なら、成体であるソルガレオは?

 

Zわざでウルトラホールを操れるソルガレオならば、ウルトラホールで生じた異常も治められるかもしれない──そういう仮説よ。今なら条件は達成してるし、リスクも限りなくゼロに近い。少なくとも、会えるかどうかもわからないユクシーを頼るよりかはよほど現実的で希望のある話ではあるけれど」

 

「あ──」

 

意外にもその発想はなかったのか、あるいは無意識下に彼を頼ることに忌避感を抱いていたのか、一瞬と言わずにしばらく惚けた顔を晒し、しかしてすぐに気を取り戻した彼女の姿に嘆息する。

 

良くも悪くも、人を使うのは非情であらねばならない。グラジオ君も苦労しているようだし、事実、彼女が暴走してからというもののエーテルパラダイスは繁栄の一途を辿った。今の彼女にそうしろと諭すのは私にはその資格がないが、今の財団は見事なまでに善人しかいないし、ガチでザオボーさん辺りを代表にでもしないと衰退するんじゃないだろうか。

 

経営とは、綺麗なだけでは務まらない。本当、難儀な話である。

 

「でも、今はそれ以前にも問題が一つある。せっかくだし、貴女にも話を聞いてもらうわ。ロクでもない話にはなるけど、貴女にとっても重要な話題だしね」

 

綺麗な人間に、上手に人は扱えない。情報もまた同様に。これも私には、縁のない話ではある。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう」

 

大地に落ちたボールを拾い上げ、額についた汗を拭う。

 

運動量の割に発汗量が多いのは、それまで集中していたからだろうか。バトルの時もこんな感じだが、最中の意識はどうしても行為そのものに向いてしまうため疲労などを実感し難い。

 

しかし、つまりはそれだけ集中できているということで、別に悪いことばかりでもないのだけど──

 

(………そういえば何回か、スタミナ切れを狙われたなぁ)

 

僕自身でさえ今更になって実感したようなこと。彼女が冷酷なバトルマシーンであった頃からそこまで見破られていたのだろうか。いたのだろうなぁ。あの人、そういうとこ鋭そうだし。

 

(というか、よく考えたらリーリエも……)

 

忘れもしない二人の旅。道中で疲れてる様子もないのに頻繁に休憩やら回復やらを挟むなぁ、と常々思ってはいたのだが、あれはもしかしなくても気を使われていたのだろうか。そうだったらどうしよう。今更どうにもならないけど、トレーナーでもない彼女にペース配分を調整されていたとか普通に恥ずべきことではある。これもまた、年季とやらが足りないんだろうか。

 

「…………」

 

いや、違うか。事実、僕と同年代のリーリエが把握できるからには、そんなものが言い訳にならないのはわかっている。家庭環境がどうとか戦闘スタイルがどうとかも関係なく、自分のことなのだ。わからないはずがない。分かろうと、知ろうとしなかっただけ、知るのが億劫だっただけだ。

 

「……島の風習、か」

 

本当、この世は難儀なことばかりだ。全てをその有り余る才能でゴリ押ししてきたこの身には実に堪える。加えて、何一つとして面白くない。そもそも、外からやって来たこの僕に主張の確執など理解できない。

 

だから、それを変えてみせる。そう発言した彼女に、僕は理解を示せなかった。ただ同時に、杓子定規に反論することも出来なくなった。ほんの少しであろうとも、聞き逃せない要素があったから。

 

「……リーリエ」

 

僕の思考は読み辛い。どこかの誰かはそう言っていたが、それは間違いだ。僕の思考は常にたった一つ。ただ一人に対しその全てを捧げられている。今更言うまでもないことだ。

 

で、あるからこそ。僕の方針は簡単に揺らぐ。絶対の指標たる彼女が居ない今、僕の判断基準はその性質と同様に曖昧だ。実際割と適当に行動している。

 

守るべき肩書を早々に得られたのは、運が良かったのか悪かったのか。とりあえず不条理を軒並み覆す才能が僕に備わっていて本当によかったと思う。

 

まあ、それも、リーリエの尊敬を一身に受けられたり、こうして面倒毎に巻き込まれたりと一長一短な面ももちろんあるんだけど、リーリエの方が当然比重は上だから別にいいのだ。……単に考えるのが面倒で投げているだけである。いざと言う時はゴリ押しできるだろうという自信もその判断を助長している。まこと、才能とは即ち劇薬である。おそらくは、誰にとっても。

 

「おや、チャンピオンさん。もしかしてナイーヴなカンジ、ですか? これはもう見事なまでに完勝だったように見えましたケド、どうでしょう?」

 

「………マツリカさん」

 

そんな自慢なのか自虐なのかよくわからないことを考えていると、いつのまにか側に寄って来ていたマツリカさんが話しかけてくる。相変わらず距離感が妙に近いというか、どうにも掴み所がない人だ。そのくせ、発言が微妙に的を射ているのがなんとも。正直、対応に困る相手の一人ではある。

 

「いや、相変わらず見事だね、ヨウくん! わたしも捕獲にはそこそこ自信があるけど、流石にキミには及ばないなー。いやー、まいっちゃうなー、もー」

 

「えっと、何がです?」

 

「いつかキミに試練を。なんて言っちゃった手前、実はずーっと考えてはいたんだけど、キミがあっさりチャンピオンになって、此度の事件でつながりを持てたけど、ポンポンと捕獲が進んじゃうからわたしはともかく、キミに余裕があんまり無くて、そもそもチャンピオンに今更試練とかどうなの? とか考えてるうちにあの話を聞いて、わたしも本格的に悩んでいるのです」

 

「あの話……?」

 

いまいち要領を得ないというか、愚痴に近い長文の意図を掴みきれずに聞き返す。確かに試練については本当に今更だが、だからこそ彼女の悩みとはなんなのか。意図はともかく文脈からして僕に関係のある話だろうし、少し気になる。

 

「リーグの本格化に向けて、です。

 

これまでキャプテンとはわたしを筆頭に、まるでボランティアのような捉え方をする人も多かったのですが、これからはそうもいきません。

 

下手をすると、試練そのものに協会から査定が入って、その資格が下りないキャプテンも出てくるでしょう。そこまで厳密にやるのかはまあ可能性としては低いですが、となるとこれは、なかなかにやばいかなー……?」

 

「やばい、とは?」

 

「キャプテンの選出基準が変化する可能性がある、この一点です。

 

そもキャプテンとはその役目以上に、宗教的な肩書きとしての意味の方が強い。最悪、その座を人間が選ぶようになってしまうと、それ自体がカプ神の怒りに触れるかもしれない。わたしが懸念しているのはその部分です」

 

「っ………」

 

意外、と言っては失礼だが、想像していたよりも遥かに重い内容かつタイムリーな話題を提示されて息を飲む。

 

リーグ設立が島の慣習を打ち壊す。そのことは、つい先日にもあの人から告げられたことだ。しかし、実際にその立場からの悩みを聞くとやはり重みがまるで違う。あの人はあくまで冗談めかして発言していたが、彼女にとっては他人事ではないのだ。

 

「よりにもよって、リーグがあるのはラナキラ……ウラウラ島の中心だからねー。あそこは随分と前に死火山となったはずだけど、やっぱり不安かなー……。

 

とはいえ、だからってカプ神をどうこうするのはやり過ぎだと思うけどね……カプ神もカプ神で、このアローラを見守り続けた実績があるわけで、それこそカプの怒りに触れるんじゃないかと」

 

「…………」

 

「最近、マオちゃんも悩んでるみたいで。いつのまにか帰って来たスイレンちゃんと一緒にあちこち回っているみたいだし。この前コニコで会ったらなんか暗いしで大変。実はその時、マオちゃんやスイレンちゃんだけじゃなくてもう一人いたんだけど、その人もまた暗いこと暗いこと。リーグが出来たのは喜ばしいことなのに、やになっちゃう」

 

「………カプ神」

 

この島の出身ではない僕は、かの神のことをよく理解していない。

 

この島の守護神だとは聞いている。古くからこの島に祀られて来た象徴だとも、今なお崇められると、崇拝されていると良く聞く。それでも僕は、かの神については、何一つ。

 

『守り神と島キング』にある一節。カプたちは島ごとに、島キング、島クイーンとなる人物に輝く石を託す。いかなる理由で選んでいるかは一切明かされていない、とある。

 

そういえば、カプは昔、それぞれの島の争いの旗頭になった、なんて逸話もあったか。いずれにせよ、詳しく調べる必要があるのかもしれない。

 

幸い、残されたウルトラビーストはいよいよラスト一匹。時間についても当初の予定を大幅に上回っている。多少の猶予を貰っても問題にもならないだろう。

 

思い立ったが吉日と、さっそく僕はマツリカさんにとある質問をする。今後のために、この島のために、そして何よりリーリエのために。そのためなら、僕はいつまでも最強で在れるのだから。

 

「──え? カプ神についてもっと詳しく………?

 

えーと。それなら、アセロラちゃんに話を聞くのが一番、かな?」









仲間を着々と増やしていく話。テロリスト養成とか言ってはいけない。

…………ちょっと詰め込み過ぎたかも。まあ、いいや。

ちなみに、コネチカはコネチカットキングから来ています。意味ありげですが、単に偽名です。

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