リーリエ、カムバック!   作:融合好き

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エタってはいません。年始の報告やらでそれどころじゃなかったんです。今後も期間が空きそうですが、ひっそりと進めたいと思います。え? 誰もこんな作品見てないって? 自己満足だからいいんだよ!


みんな なかよく するほうが ぜったい たのしいし、すごいことが できるのにな

 

 

 

「ふぅ……」

 

スプーンを手に取り、ゆっくりとご飯にそれを沈める。

 

やや薄暗い照明に照らされた白光りするお米。日常的に慣れ親しんだ香りを今更味わうこともなく、自然と口元へと運ぶ。

 

「はぁ……」

 

お米の銘柄なんて興味はないが、味の優劣くらいはわかる。水加減も絶妙だ。素直に美味しい。でも、実家で食べた方が美味しそう、という感想が浮かぶ辺り、母の力は偉大だな、なんて思う。

 

「あぁぁ…………ぅぅ」

 

そういえば、旅に出てからこれまでに里帰りをしたことがあっただろうか。チャンピオンになった際には流石に顔見せをしたような気はするが、結局はお祭りだのなんだのでゆっくりと過ごせなかったように思う。

 

その後もリーグの土台固めやらリーリエの旅立ちやらで忙しかったし、そもそもリーリエのことをろくに伝えていなかったような気さえする。というか普通にしていない。無闇に語ることでもなし、ある意味では当然である。

 

ふと、独特な匂いが鼻腔に届く。覚えのある匂いだ。おそらくこれは、コニコ食堂名物、Z定食スペシャル。その独特な匂いに加えて、異次元の味と奇妙な食感に圧倒的な量を誇るライチさんの大好物(本人がそう発言していた)。ぶっちゃけ僕は苦手な味だし、名物というのも実際にはマオの自称で隠れたメニューみたいな扱いだそうだけど、ライチさん以外にあのメニューを好んで頼む人が──

 

「──ん? おや、チャンピオン。こんなところで会うなんて珍しいね」

 

「…………」

 

ライチさんだった。

 

視線を悟られたのか、あまりに気安く話しかけられて脱力する。なんだこれは。流れ的にリーリエやあの人くらい意外な人物とかあるいは謎めいたローブの人とかが現れる流れだったのに、やはり現実は物語みたいに甘くはないとでも言うつもりか。いや別に変なドラマは期待してないけれど。

 

「ちょうどいいところに。あんたもちょっと、こいつをどうにかしてくれない?」

 

「こいつ? …………って、うわ」

 

「ん?…………ああ、久しぶり、ヨウ君。そうでもないかも? でも、その反応は傷つく…………はぁぁぁ」

 

「あんたに傷つくような殊勝さはないでしょうに、まったく。あたしが普段からどれだけカプに感謝しているのか知ってるだろう? そりゃああんたの懸念も分からなくはないけど、いくらなんでもそれはやりすぎさ」

 

(ああ……なんか話が読めてきた………)

 

最初はこんなところで何事かと驚いたが、カプ。感謝。懸念。たった三つの単語の羅列でもう状況が掴めてしまった。本音を言おう。聞きたくなかった。せめて食事くらいは独りでゆったりと幸せにぼんやりとあるいはリーリエと二人でほのぼのと摂りたかった。でも、この出会いが何らかのきっかけになる予感がビンビンとするので、今からでも逃げる選択肢は浮かばないのが残念である。

 

「はぁあぁぁ…………」

 

顔の確認のために一瞬だけ机から顔を上げた彼女が、深々としたため息と共に再度突っ伏す。というかさっきから聞こえてた声はこの人か。普段と印象が違いすぎて分からなかった。態度は不遜なのに、実は裏では後悔でもしていたのか。この人に限ってそれはないだろうけど。

 

「いい加減、辛気臭いからやめなっての。今更ひとりふたりがなんだってんだい」

 

「ライチはともかく、もうひとりを駆り出せなかったことが地味にショック。無念。悔しい。正直、家族の情念を甘く見ていたと言わざるを得ない。私が両親に受け入れられたこといい、素直に感心した。あなたの愛に包まれ、こんな──って」

 

「なんだいその歌は………まあいいさ。態とかどうかは知らないけど、あんたは妙なところで詰めが甘いからね。単に危機感を煽るだけじゃなく、逃げ道を塞ぐことだってできたろうに」

 

「………踊れないピエロは、見ていて楽しくない」

 

「照れ隠しは結構。見慣れているからね」

 

「………」

 

「おっと」

 

再び顔を上げようとした彼女を、ライチさんが絶妙なタイミングで後頭部を押さえつけて制する。これほど弱っている彼女も、そんな彼女を雑にあしらっているライチさんも新鮮で、ますます僕がこの場にいる理由がわからなくなる。

 

しばらく彼女たちのやりとりを眺め、まだ食べている最中だがとっとと会計を済ませて逃げてしまおうか、などと考え始めた瞬間、雰囲気でも察したのか、相変わらず目敏いタイミングで彼女が語りかけてきた。

 

「………なんでこんなところに?」

 

「え?」

 

「確か、ツンデツンデはポニ島。フェローチェはメレメレを縄張りとしていたはず。ウラウラから離れて新たな拠点を用意するにしても、アーカラである必要はない。貴方がここアーカラにいる理由がイマイチ分からない。食事のため?」

 

「あー、それは……」

 

何故か若干の違和感を感じつつも、彼女からの尤もな疑問に僕も正しく反応する。特段隠すことでもない。とはいえ、それでも確かにどうして僕はアーカラにいるんだろう、とは我ながら思うのだが。目的の人物がここにいるとなれば行かざるを得ない。

 

「ふーん。アセロラちゃんと逢引。…………なんであの子がアーカラに?」

 

「逢引じゃありません。……僕もエーテルハウスでそう聞いただけで、理由については」

 

「ああ、もしかしてアレかい? 最近、行方不明だったはずのスイレンが人を集めてなんかやってるっていう──」

 

「……スイレン?」

 

聞き覚えのある名前に思わず反応する。スイレンと言えば、僕とゼンリョクで戦ったあれきり一切の目撃証言もなく行方不明となっていたアーカラのキャプテンだ。たまに彼女の釣具店に寄った時、彼女の妹たちが淋しそうにしていたから心配していたんだけど、いつのまにか帰って来てたのか。

 

しかしそれよりも、なんだろうかこの微妙な違和感は。どこか口調がたどたどしいというか、硬い? 気のせい、ではないと思うのだが。

 

「そうそう。この前、何故かグズマと一緒にこの店を訪ねて来てね。なんでもマオに話があったとか……」

 

「待って。私それ聞いてない」

 

「それはあんたが最近あたしんトコに顔を出さないからでしょ? たまに代理でポケセンにいるのは知ってるけど、何もわざわざラナキアまで行く必要はなかっただろうに」

 

「あれはククイが──なんでもない。だけど、アセロラちゃんにスイレンちゃんにマオちゃん? キャプテンを集めてる……? でもその割にはなんでグズマが……うーん」

 

「そもそも、グズマは今、ハラさんのところで鍛え直してるって話だったと思うけどね。修行が嫌で逃げ出して、迷えるところをキャプテン(導き手)に拾われた──なんて楽観が出来たら、どれほど楽だったか」

 

「…………」

 

(……………)

 

交錯する会話をいくつか脳内で整理して、少しだけ思考を改め直す。

 

アセロラはとにかく、彼女が話題に挙げていた3人、スイレン。マオ。グズマさん。どうしてか行動を共にしているらしい彼女たちは一見してバラバラな集まりにも思えるだろうが、僕にとっては違う。より厳密に言えばマオは外れるが、そういう話ではない。つまりは、おそらく。

 

(………共通点。多分、全員、僕が倒した相手、かな)

 

敢えて悪い言い方をすると、叩き潰した相手。僕が振りかざした才能の犠牲となった、余人よりも優秀なトレーナーたち。

 

特に僕に敗北し、すぐさま行方を晦ましたスイレンと、僕に負けたことを転機にハラさんの世話になっていたグズマさんが行動を共にしていたというのは、どうにも恣意的なものを感じる。

 

自慢じゃないが、僕の影響力は中々に凄い。僕は自分を過大評価はしないが、だからと言って正しくその価値を理解できないほど愚かでもない。何故ならそれは、僕に価値を見出した彼女への侮辱に──いい加減、説明も不要だろう。僕はいつでもこんな人間で、そのためにずっと生きているんだから。

 

「……考えるの、面倒。あとでハラさんに………そういえば、もう私チャンピオンじゃない。リーグも閉鎖してる。ハラさんは今メレメレ? 島移動は地味に疲れるから嫌……」

 

「なら今、スイレンのとこに行くかい?」

 

「今 ………いま。 今の私が。最強じゃない私が? 私はあいつに誓──」

 

一瞬だけ僕の知る雰囲気を取り戻し、立ち上がりかけ、しかし決行はせずにピクンと震えただけで彼女は押し黙る。直感だが、おそらく失言だったのだろう。僕の才能は、相手の弱点を見逃さない。それを疎ましく思うことはあるし、だからこそ僕は人と接するのが苦手な面もあるのだが、今はそれはどうでもいいことか。

 

「んん? ねえ、あんた。昔から妙にあいつに拘ってるけど、やっぱり何かあんの?」

 

「ない」

 

「即答かい。ねぇ、チャンピオン。こいつ調子乗ってる時は迂闊だから、何かそれっぽいこと言ってなかったかしら?」

 

「…………?」

 

やや唐突に話を振られて困惑する。そうでもないかもしれない。よくわからない。会話は得意じゃない。でも、質問に答えることくらいならば。

 

いくつかの引っ掛かりを敢えて無視し、僕は僕だけが知る彼女の煽り文句、あの時の発言をそのまま『トレース』する。当時はそこまで重要視していなかったが、よくよく考えればこの発言は致命的ではないだろうか。主に彼女が露骨に彼を贔屓していたという意味で。

 

「…………『無茶だっていくら忠告しても聞かなくて」

 

Shut up(黙れ)

 

すると、妙に流暢な外国語で尋常じゃない雰囲気と共にそんな言葉で制されたので思わず押し黙る。既にもう彼女と彼に何かがあったのは確定しているが、これ以上揶揄うと後が怖い。ライチさんは名残惜しそうだが、無視だ無視。流石に黙ろう。

 

突っ伏していた顔を机に顎を乗せるカタチで見せ、薄い表情ながらもムスッとしたまま彼女はそれきり口を噤む。そんな彼女をケラケラと笑い飛ばしながら、ライチさんは仕切り直しとばかりに切り出した。

 

「まあいいさ。ところで、本題から逸れてしまったね。カプをどうするかを話してたのに、面白くてつい揶揄ってしまったよ」

 

「はぁ………ですが、結局のところ、どうするので? 僕は途中からしか聞いていないですけれど、捕獲を提案するこの人の気持ちも理解できます。それ以外にどうしようもない、ということも」

 

「違う。こいつのそれはね、もっと悪質だよ。

 

言いたくはないけど、この馬鹿は口下手なくせして妙に誘導が巧みだからね。カプの捕獲についても、確かに捕獲のが手っ取り早いのは本当だろうけど、保険として他にちゃんとした代案を用意しながらも、それを意図して黙っているのさ」

 

「代案……?」

 

「ああ。……とはいえ、難しいのは本当さ。上手くいく保証なんて全くない。加えてその案はこいつの大嫌いな行為を強いられるからね。単純に言いたくないだけでしょ」

 

「………だってそんなの、無理だもん」

 

「だもんって歳じゃないでしょ、まったくあんたって子は昔から……」

 

ぐったりとした頭頂部をべちんと叩かれ、ぐふっと悲鳴を漏らす。地味に痛そうだ。

 

それ以前に、彼女のどこが口下手なんだとも思ったが、そういえばこの人の外面は割と寡黙だったことを今更ながらに思い出す。先ほどからも口調がブレていたし、どちらが素なのかはさておいて、陥れる理由もない人に対して無闇に本性を晒す必要はないということだろうか。変なところで律儀である。

 

そのままやんわりと頭を机の上に押さえ付けられながら、やや苦しそうな声で彼女はボソッと呟く。

 

「……昔。昔? でも。そもそも、ライチの言う昔の私って、もう……」

 

「何か言ったかい? いつのまにかどっかに消えたと思ったら、しれっと別人の殻を被って帰ってきた出戻りが。そもそも、その件はあんたが自分から自白したんじゃないのさ。あたしは別に、あんたに昔の友人の面影を見ただけだけどねぇ?」

 

「ぐむむ……」

 

「いやぁあの時のグズマとあんたのやりとりは本当に笑──」

 

「それ以上言ったら、本気で怒る」

 

「…………悪かったわよ。ああ、チャンピオンも。悪いわね、こっちから話しかけたのに」

 

「いえ……」

 

他人の話に割り込めないのは常のことだ。改善すべきだとわかってはいるのだが、そのことに対して自虐以外の感想は持たない。あれよあれよと流されて、今だって体良く使われている。

 

しかし、そうでなくても、彼女たちのやりとりには独特の雰囲気があった。余人を立ち寄らせない空気が、華麗に舞台を回しているような全体の流れの如く何かが周囲を支配し、完結する。人付き合いが苦手な僕には到底醸し出すことはできないそれが、ほんの少しだけ羨ましい。

 

「………それで、代案とは?」

 

ちょうど空気がこちらに向いたので、ここぞとばかりに質問を切り出す。本来ここには食事以外の目的で来たわけではなかったが、このままではラチがあかないのも事実。加えて、ある意味では誰よりも頼れる彼女が代用として認めている案であるなら、如何に困難なことだろうと聞く価値はある。

 

「それは──」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「直談判を行おうと思うんです」

 

久しぶりの自宅の部屋。そこで釣りに使用する小さなテーブルや椅子やらを適当に組み合わせた安っぽい即席の長机を両手でバン、と叩きながら、私はようやく絞り出した折衷案を発言する。

 

急遽教師として呼び込んだアセロラさん曰く、この島に息衝く慣習は、私が思っているよりも根が深い。人がまだボールを保有しておらず、ポケモンを鎖で繋いで使役していたころ、神話の時代からアローラの人々を見守り続けた守護神なのだから。

 

私の言葉に、意外にも真剣に聞いていたらしいグズマさんが真っ先に反応する。外見に惑わされがちだが、この人の根っこのところは善性だ。やや自嘲癖があるのが玉に瑕だが、だからといってその善性に陰りはない。今でもまだ、カプに対する信仰のように、彼の根っこに息衝いている。

 

「……それは、今でもハラのおっさんがやってるアレか?」

 

「そうですね。この島の伝統では、島キングや島クイーンとは、カプから直接下賜されるもの。そして選ばれた彼ら彼女らはその島の代表として、定期的にカプに対して近況報告のようなものをやっています。それに倣って」

 

「ハッ。要するになんだ、ゴキゲントリってんだろ、そりゃ」

 

「流石にそれは捻くれ過ぎだけど、間違いではないのかな。メガやすの一件、計画自体は施工前から年単位で予定されていたのに、当時の島キングは祟りを畏れてそのことを告げなかった。だからこそ、あんなことになったわけだし」

 

机を挟んで反対側、部屋の隅で胡座をかくグズマさんの視界を遮るように、無駄に優雅なターンと共にアセロラさんが言う。3人部屋とはいえ、あまり広い部屋でもないので鬱陶しそうにグズマさんが手を振るが、それを意に介すことなくアセロラさんは続けた。

 

「失礼を承知であえて言うけど、カプ神はああ見えて割と融通が利く。いくつかの資料を読み解いても、カプ神はこれまで人に罰を与えても、それを理由に人を見限ったりすることはなく、むしろこれまで意外なほど人の身勝手な要求にも従っている。

 

伝説にもある古き王の戦争がその最たるもので、あの戦いは完全に人同士の身勝手な侵略戦争だったわけだけど、それでもカプ神はそれを戒めるわけでもなく旗頭として各地の王に付き従った。だから今回の一件も、話せばちゃんと分かってくれるはずだよ」

 

そこは断言してください、アセロラさん。

 

とはいえ、これが現状だ。結局のところ、私たちが如何に良好な案を練ろうとも、最終的な判断を下すのが超常的な存在である以上、アセロラさんほどカプに詳しい人でも断言は出来ない。

 

だからこそ問題は現実として立ち塞がり、グズマさんはその犠牲となり、スカル団を築き上げるに至った。そして我々は成り行きで集まった烏合の集なれど、それを打破するためにここにいる。全てはそう、島の称号のキャプテンという肩書きではなく、私自身が理想とする役割としての若人を導く人(キャプテン)として。

 

(そして、もう一人……)

 

ちらっと部屋の片隅、グズマさんよりも更に居心地が悪そうに隅っこの方で蹲っている我が親友の姿を見て、内心だけでため息をつく。

 

まったく、柄じゃないにも程がある。こうして人手を募る『あまのじゃく』な私も、消沈している『たんじゅん』なマオも、この島に翻弄されて迷い続ける『ぶきよう』な彼も、みんなみんならしくない。

 

しかし、この島に潜む問題は、それほどのものなのだ。ククイ博士が築き上げた新たなる島の象徴。トレーナーの、人々の夢、ポケモンリーグ。その推移についてもカプに媚び諂うようになれば、いよいよ人はカプの奴隷となる。現在の島がそうだと言ってるわけではないが、それはそれだ。

 

「だけど、私たちがアローラの代表、全ての島の総意としてカプ神に要望を伝えるとなると、それは真実でなければならない。神であるカプは欺けない。過去にあった戦争も、動機こそ不純でも確かな意志……島の総意を以て行われた戦いだった。だからこそカプ神は王に応えた──そう言われているね。

 

あまりネガティブなことは考えたくはないけれど、あくまで可能性として、最悪(・・)が起こり得ることはまあ、否定できないのかな」

 

「メガやすの一件は、確か………」

 

「外部からの企業が住民の反対を押し切ってかなり強引に工事へ踏み切ったわけし、あっちもそれは悪いけど、いくらなんでもあそこまでやる理由はないよね。

 

と、いうのも人間の価値観。カプ神にしてみればあれは当然の制裁だった。そうなると現在設立中のリーグはどうなの? 島を荒らしたウルトラビーストの一件は? 解散したとはいえ、島に敵対していたスカル団は? エーテルパラダイスの扱いは? 廃墟の取り壊しに、建築や改築さえも捉えようによっては致命傷になりかねない。今までは私も『もうスカル団もないし大丈夫でしょ!』って楽観視してたけど、冷静に考えると……困ったねぇ」

 

「いや、『困ったねぇ』じゃなくてですね? 嫌ですよ私。ラナキアマウンテン噴火でリーグ全滅とかそういうのは。私、いつかヨウさんにリベンジするって──」

 

まずい。口を滑らせた。内容自体はそう憚るようなものではなくても、この意思は私だけの内に秘めていたかったのに。

 

「──ですから。ラナキアにいる人間はもちろん、あれだけ大きなリーグが被害を被るとなると当然、その被害は地上にまで──」

 

「………ねぇ、スイレン」

 

流してくれることを祈ってやや強引に話を進めると、よりにもよってこの場である意味で発言を最も無視できない人物から、呟くようにその言葉は紡がれる。

 

一年のうちに様変わりしていた親友。そのかつての面影はそのままに。しかしその口調は弱々しく。されどその瞳の奥深くに、かつてと同じだけの意志を携えながら。

 

「………貴女は、彼に、ヨウに、まだ。今でもまだ、勝てる気でいるの?」

 

「…………」

 

(………ああ、そういうことですか、やはり)

 

糠に釘。暖簾に腕押し。それまでは何を話しても要領を得なかった彼女の本音を、ここに来てようやく聞けた気がする。

 

つまるところ、彼女は私だ。一年前、彼に完膚無きまでに叩き潰されて、その後の時間を無為に費やした頃の。つい先日、グズマさんに強引にぶち壊された、抜け殻だったあの時の私なのだ。

 

なればこそ、私は動いた。『ぶきよう』で優しいグズマさんがそうしたように。私には測れないナニカに囚われた彼女を救うため。しかし、その前に──

 

「………おい、そこの。マオって言ったか」

 

「な──」

 

私が口を開く直前。それまで不貞腐れていたはずのグズマさんが立ち上がり、マオの側まで近寄ってその胸ぐらを……掴むことはせず、顔を寄せて恫喝の如く話しかける。

 

何というか、意外というか。彼は滅多なことでは他者に対して暴力を振るわない。発言こそ物騒なものの、壊す対象は基本自身に限定されており、他者に対する彼の『破壊』とはこれ即ち心を折る(・・・・)。つまり物理的なそれではないのだ。

 

そして今回も、彼は自身の信念を貫くため、彼なりの破壊を行おうとしている。かつての私にそうしたように。甘ったれた根性を叩き直すため。どこまでも『ぶきよう』に、彼なりの流儀で。

 

「表に出ろ。今からてめぇをぶち壊す。泣き言を言うのは、それからだ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

ポケットの中に仕舞われたボールに手を掛けて、躊躇う。

 

視線の先には、既に先鋒を選出して、何故か便所座りで待ち構える対戦相手………グズマの姿。あまりにふてぶてしい態度と、それに見合わぬ鋭い眼差しが、私に行動を躊躇させる。

 

でも、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。その舞台こそ成り行きで築き上げられたものでも、そこに至るまでの経緯を私は否定できない。

 

腑抜けた私。無気力な私。溢れんばかりの才能を前に、立ち向かわんと決意したものの、それが余計に己の底を知らしめる羽目になった、情けない自分。

 

(…………)

 

手にかけたボールを放り、中のポケモンを呼び覚ます。オープンレベルは60弱。対面のポケモンとはそのレベルも空気も鍛え方もひと回り劣る。しかしこの差は、かつての彼と正反対。

 

あの時。彼とのバトルでは、それほどの力量差があったのにもかかわらず、盤面を支配していたのは間違いなく彼だった。

 

この世に、『才能』なんてものがあるとしたら───それはどの程度(・・・・)まで力量(道理)を踏み倒せるのか。そういうことだと思う。少なくとも、彼にはこの程度、簡単に埋められるものだったらしい。でも、私は。

 

(あまりにも、遠過ぎる………)

 

もちろん、私だってキャプテンの端くれだ。周囲が羨むほどには実力も才能もあって、それを磨く努力を怠ったこともない。積み重ねたものは確かに存在し、それまでの私を形作っている。それでも。

 

(私は、あの人みたいには……)

 

思い返すのは、国際警察の女性とポケモンバトルをする、あのメガやす事件唯一の生き残りである彼女の姿。

 

今の私と同様、それ以上にとんでもない才能の格差を見せつけられながらも、奇抜な戦術と確かな経験によって敵を圧倒する。理不尽な光景のはずなのに、どうしてかそれを真実だと信じ込ませる独特の存在感。ヨウと同じ、規格外の人間。

 

───無理だ。そう思ってしまった。私にあれだけの力はない。私にあれほどの不条理は為せない。私はあそこまで至れない。正確に言えば、至るだけなら不可能とは言えない。ただその結果、道中において、どれほど自分が削がれてしまうか、それが私には恐ろしいのだ。

 

「えー、使用ポケモンは3体。ルールは協会規定に則ります。グズマさん、分かっているとは思いますが、模擬戦ですからね! あんまりやり過ぎてはいけませんよ!」

 

「あー……分かってる。適当に潰しゃあいいんだろ? 問題ねぇ」

 

「問題しか、ないです! そもそも私は、この勝負すら───」

 

「あはは………まあ、グズマくんってなんだかんだ優しいし、マオも『にげごし』だけどちゃんとフィールドまで来てるし、いいんじゃないかな?」

 

「いやあれは単に呆けて流れが掴めてないだけです。私には分かります。確かに『ちからずく』でどうにかしたい気持ちは分かりますが、もう少しこう、『てかげん』を──」

 

すぐ近くにいるはずの3人の会話が、どこか遠くから聞こえる。私は今、何をしていたのだったか。見渡せば、私が立っているのはコニコ郊外にあるバトルフィールドらしい。そして私は、目の前のグソクムシャを相手にして、自身のポケモンを──

 

(………そういえば、協会のルールだと──)

 

「遅ぇよ」

 

「ッ──!」

 

『であいがしら』の一撃。力任せに叩きつけたグソクムシャの右手が私のポケモンに突き刺さり、そのポケモンに強烈なダメージを叩き込む。

 

流石に反応し、身構えるも彼が言うように時すでに遅し。私の苦悩など無価値とばかりに遠慮なく戦闘を続行した彼は、次いで流れるように繰り出した『アクアブレイク』でフィールド全体を濡らした。

 

「…………」

 

(ごめんね……)

 

額にも飛んだ水滴を袖口で拭い、戦闘不能になったポケモンをボールにしまいながら口周りの『しめりけ』を舐め取る。

 

この無様な結果は、全てが私の至らなさ故だ。ポケモンを互いに呼び出せば、あとはトレーナーの任意で行動する。試練でガチガチに縛られた戦闘に慣れてしまって、そんな当たり前のルールすらも忘却していた私への罰。

 

これ以上の無様を晒さぬよう、内心だけで私のポケモンに謝罪をして、新たにボールをポケットから取り出す。不幸中の幸いか、良くも悪くも遠慮ない今の一撃で彼の力量は概ね分かった。絶望しか見えないヨウとは違って、まだどうにかなるレベル(格差)だ。

 

(……大丈夫、戦える)

 

握ったボールに力を込める。どんなに強引に決められた戦いでも、敵に背中を見せることは許されない。何より、このままではまずい、というのは誰より自分が把握している。タイミングよく行方を晦ませたスイレンに倣って、まさか今後忙しくなるであろうキャプテンを放棄するわけにもいかないし、荒療治でも、そうしてくれる善意は素直に嬉しく思う。

 

しかし、スイレンが反論していたように、いくらなんでも強引すぎるのでは、とも確かに思う。時間がないとはいえ、それでももう少しやりようはあったはずだ。そもそも、私のことは一旦放っておく選択肢だってあっただろう。自分で言うのも何だが、今の私の状態は一過性のものだ。頭だってスイレンほどに良くはない。だからいずれ、そう遠くない未来に、勝手に立ち直っていたはずなのに。

 

「お願い、ラランテス!」

 

とはいえ、お膳立てをされたからにはきちんとこなしたいと思うのが人情というもの。私にだって、意地はある。『からげんき』でもこの場は十分。兎にも角にも私は、今この状況を乗り越えてみせる。

 

「…………」

 

「…………ハッ」

 

「っ………。……………」

 

気を引き締めたからといって油断はせずにタイミングを見計らっていると、何故か鼻で嗤われた。流石にカチンと来たが、安い『ちょうはつ』には乗らずに相手のポケモンをじっくりと観察する。

 

装甲ポケモンのグソクムシャ。6本ある腕を巧みに用い、空気や水さえ両断する。また、外殻はダイヤにも勝る強度を誇ると言われている。

 

真正面からでは分が悪い。かと言って、勝つためならばなんでもするグソクムシャを相手にして搦め手もそれはそれで難しい。そもそも私は婉曲的な戦いは好まない。結論、いつも通りに、ただゼンリョクで。

 

「ラランテス、『リーフストーム』!」

 

様子見を兼ねた制圧射撃(・・・・)。行動そのものは短慮にも思えるが、私のラランテスは物理、特殊ともに適性のある両刀型。流石にヨウのポケモンと同じレベルまで極まってはいないが、牽制と足止めくらいにはなる、はず。

 

念のため、対戦相手がヨウのような例外じゃないとも限らないので若干の見極めをしてから迎撃の準備に入る。この程度の一撃で決められるとは考えてもいない。元よりオープンレベル(才能の差)は明白。対等であるはずの数ですら己が失態で劣っているのだ。警戒を重ねて損はない。らしくない、とは自覚しているが。

 

「っ!」

 

「オラァ!」

 

案の定、ロクにダメージを受けた様子もなく新緑の嵐を突破してきたグソクムシャがラランテスに『とびかかる』。

 

ここまでは予想通り。しかし、流石に真正面から破られるとも思っていなかったので研ぎ澄ましていた鎌を一旦解いてから『シザークロ──

 

(ッ──間に、合わなっ………!)

 

ほんの瞬きの戸惑い。それにより、ごく僅かに音がラランテスまで届かず、多脚を器用に活用した渾身の『ふいうち』を受けて仰け反り、崩された体勢を戻すことさえ叶わず、追撃の『きゅうけつ』により与えたダメージすら帳消しにされてしまう。

 

辛うじて拘束を振り払うも、ラランテスは満身創痍。元より、タイプ相性も良好とはいえない。このままだと、負ける。

 

(冗談ッ………!)

 

無理やり口元を吊り上げる。自分にできる最大限の不敵な笑み。困った時はまずカタチから、戦況はそれに合わせて突っ走る!

 

「ラランテス、『つばめがえし』!」

 

見るからに鈍足なグソクムシャを速度で翻弄し、ようやく一発。しかしすぐさま『しっぺがえし』を受けるも、範囲外だったのか軽く押される程度で済む。

 

予想外、でも好都合。いずれにしても、ラランテスはもう保たない。悠長に『こうごうせい』なんてしていたらいよいよもって絶望だ。それならいっそ──

 

「ラランテス、『ギガインパクト』!」

 

至近距離での最大火力。全身全霊を費やした『すてみ』の攻撃。相打てば上等と見越して放たれた一撃は、しかしてグソクムシャに届くことはなく、

 

(…………え?)

 

「足りねぇなあ。ああ、チンケなもんだなぁ、ええ? キャプテンさんよ」

 

いつの間にやら手に納めていたグソクムシャ(・・・・・・)のモンスターボールを弄びながら彼は告げる。

 

攻撃が当たらなかった。それはいい。苦し紛れの『わるあがき』だ。それなりの実力者であれば容易であろう。

 

しかし、この状況はどういうことか。あの場面、交錯した戦場において、捨て身でわざを放ったはずのラランテスが健在で、対峙していたグソクムシャはどういうわけか消えている。これは一体──?

 

「…………あ」

 

(そっか、確か、グソクムシャの特性は………)

 

──危機回避。獰猛に見えて種族的に『おくびょう』なグソクムシャは、看過できない危険が迫ると即座に逃げ出す習性がある。この場合は、トレーナーの元に。

 

今回は、そのおかげで助かったのか。あるいはダメージを与えた感覚もなかったのでせっかくの攻撃が無意味と化したのを嘆けばいいのか。わからない。でも。

 

(あのポケモンから見ても、さっきの一撃は『危機』に値した、ってことだよね)

 

才能の差に絶望して、それを埋められない自分に腹が立って、そんな自分を見過ごせないお節介で『ぶきよう』な彼の『であいがしら』に萎縮して。けれど流されるままの状況に反逆し、波紋を与えた。

 

私はただ、不貞腐れていただけだ。何もかもが終わったわけではなく、少なくとも今この場、この勝負をどうにかするだけの力は残されている。当然、私の問題が解決したわけでもないが、今だけは全部忘れて、この勝負に費やそう。

 

(………さて、そうと決まれば、どうしよっかな?)

 

窮地のままのラランテスと、私を見て何故か「ハッ」と小さく笑い飛ばしながら新たなポケモンを取り出した青年の姿を確認し、戦略を改めて練り直す。

 

如何にもな場面。しかし新たに現れたアリアドスの『かげうち』で、起死回生を狙っていたラランテスが即座に落とされたのはまあ、余談である。

 

 











最近、遊戯王で融合とかが出るようになったけど、リンクを挟まれると馬鹿にされてる気分になる。リンクをいっさい使わない尖ったデッキの使い手とか出して欲しい。クリスティアを出してワクワクを思い出すんだ。

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