リーリエ、カムバック!   作:融合好き

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ぴったり一万字。けれどひっそり投稿は変わらず。


そうぞうりょくが たりないよ

 

 

「……ねぇ、グズマ。貴方はまさか、今でもあの時の戯言を……」

 

「…………そう。やっぱり、そうなんだね」

 

「…………」

 

「…………いつか」

 

「いつか、貴方は挫折する。今のままだと、確実にそうなる。根拠はないけど、私はそう確信している。

 

でも、だけど。もしかしたら、そうはならないかもしれない。未来なんて、誰にも分からない。

 

だから、もしも貴方が強くなって。今のまま、そのままの未来を歩んで、その先に求めたものがないと知っても振り返るには既に遅く、それでも不毛な道を歩み続ける選択ができるほどの可能性(才能)が貴方にあるのなら、その時は」

 

「その時は、私が貴方の壁になる。その先には何もないと、求めたものはここにはないと。行っても無駄だと叫んであげる。貴方と違って、もう戻れない私には、それくらいしかできないから」

 

流砂に首まで飲まれた人間は、どう足掻いても這い上がることはできない。そんな人間にできることがあるなら、それは「ここが危険だ」と叫び続けることだけ。

 

私はもう、生まれた時から手遅れだった。あの闇が、喪失感が、その中で輝く妄執が、私から人間性を削ぎ落とした。

 

私は止まらない。止まれない。その気もない。誰かを巻き込むことさえ躊躇わない。でも、後悔がないわけじゃない。

 

モーンさんと彼は、その中で最たるものだ。いつまでも未練を引き摺ったニックネームと同じ、捨て切れなかった現実とのつながり。もう戻れない過去に執着し過ぎたその結果。

 

私はただ、誰かの記憶に憧れただけの小娘だ。持ち得る情熱も、執念も、妄執さえも肖りもの。到底オリジナルとは程遠い。だからこそ、後悔する。ククイに言われて、ようやく気づいた。いや、この時には既に、気づいていたのだ。

 

ただ私が、目を逸らしていただけで。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「やっほー、ヨウ!」

 

 

久方ぶりに出会ったアセロラは、妙に元気だった。いや、彼女がゴースト使いのくせして普段から明るいのは周知の事実だ。リーグ閉鎖以降、彼女とプライベートで出会う機会こそなかったが、無邪気に見えて強かな彼女のこと。身体がどうこう、という心配はしていない。

 

ならばどうして「妙に」などと表現するのか、とは自分でも思うものの、結局はよくわからないでいる。彼女の表情の裏に何かを読み取ったのか、単に邪推かあるいは直感か。───それとも。そのように表現せざるを得ないほどに深刻な問題を、彼女は内に秘めているのか。

 

(…………)

 

こういう時、普段から無駄に鋭い感性を疎ましく思ってしまう。存分に活用する能力がある人にならとにかく、僕はあまりに持て余してしまう。嗜好と才能は必ずしも一致しない。よく聞く言葉だが、僕はどうなのか。少なくとも、便利ではあると思う。その気になれば、軽い読心もできるかもしれない。ただ、そうする理由もそうしたい気持ちもないからしないだけで。

 

あるいは、だからこそ僕はその才能を持っていて、または全ての才能はそう有れかしと定められた人の元に神から賜って、僕らは運命という名の糸で雁字搦めに、神の遊技場、綿密な舞台装置の上で踊らされている。なんて、

 

(………ん?)

 

今の話、どこかで聞いたことがあったような無かったような。気のせいだとは思うのだが、あの人が僕に提供する情報は非常に密度が高く、僕では処理しきれないこともしばしば。今回もその例だろうか。まあ、人との会話そのものが控えめな僕が思い出せないということは、つまりそういうことだろう。

 

「舞台装置?」

 

「…………あ。ごめん、声に出してたかな? そのつもりはなかったんだけど」

 

「ううん、殆ど聞こえなかったから、そこまで気にする必要は………いや、なんかスゴク気になる内容の呟きだったけども」

 

神がどうとかそういうの、などとボソッと続け、けれど気を遣ったのか、あえて追求する理由もないと判断したためか、それともこれからの話題にかかる内容だと推測したのか。それきり話題に出すこともなく、彼女は挨拶もそこそこに本題を切り出す。口下手な僕には、はっきり言ってありがたい。

 

「それで、要件って……まあ、カプ神のことだよね? ちなみにだけど、そっちはどのくらいを予想しているのかな?」

 

「時間にして数ヶ月。規模は最小で一人、最大でリーグ全滅までは見越してる。前者はともかく、後者にあっては流石に僕にはどうしようもないかな」

 

「ええ……」

 

妙に具体的な被害の想定まで語られたのが予想外だったのか、彼女は微妙に後退りながら声を漏らす。非常に遺憾な対応だが、無理もない。問題は基本ゴリ押しで解決してきたこの僕がいきなりこんな理性的な答えを返せば困惑もする。実際、今携わっているウルトラビーストの件についても、捕獲そのものはゴリ押しでどうにかなってるし。非常に遺憾だが。

 

「ま、まあ、そこまで考えてるなら、まどろっこしい話はいいよね。実のところ、私にとってもこの話は寝耳に水でね。正直どこかで行き倒れ出るんじゃないかって危惧してたスイレンからまさかのヘルプがあって駆けつけたらあれだもん。

 

まさかあのスイレンが。びっくりしたよ。いや、ああ見えて結構ノリがいいのは前から知ってたけど、人を率いて行動するタイプじゃなかったはずなのに。彼女もこの一年で成長したんだねぇ」

 

「へー……」

 

しみじみと語る彼女だが、僕としては曖昧な回答しか出せない。そもそも、スイレンをよく知る人たちは皆、一様に彼女を捻くれ者だと表現するが、僕にとっての彼女は冗談が好きな真面目な人物、印象としては博士辺りと近い。

 

だからこうして再評価されているのを見ても僕としてはピンと来ないし、逆にそれまでのことを話されてもしっくりしない。人間は第一印象が9割とも聞く。スイレンに限らずとも、人の一面だけでその人の性格を決めつける人間は少なくもないし、それは接した時間に比例して齟齬を擦り合わせるものだ。

 

となると、僕は彼女にとってそれだけ意識されていたのか、あるいは単に、接した時間が不足しているのか。多分後者だろうけど、いずれにしろ、再会するその時が訪れるまで、僕が彼女に抱いた印象がそうそう覆ることはないだろう。

 

そこまで考えたところで、何故かその場で無意味にターンをしたアセロラが、口調は軽く、しかし真剣な表情と声色のまま告げる。

 

「方針は?」

 

「あくまで解決策としてなら、難しい順に討伐。追放。捕獲。説得。そして………勝負かな」

 

「………うぅん?」

 

ぴたっと回転の慣性を強引に止めながら疑問符を上げるアセロラ。表情は先の困惑に加えてうっかり嫌いなものを口にしてしまったかのような苦い物になる。僕自身、無茶苦茶を言ってる自覚はあるから当然だ。

 

「討伐、追放、捕獲は置いといて……勝負? しかも、それが一番難易度が低いの? 説得のが楽じゃないの?」

 

「個人にかかる負担としてはそうだけど、現実的にそれが実現できるか、って話だね。いや、実現すること自体もそう難しくはないんだけど、失敗した場合の危険度があまりに高いからどうしてもこの位置になるんだよね。他は論外だし」

 

「よ、ヨウがきちんとリスクヘッジをしている……!? チカさんに『リベンジ』した時ですら最終的にゴリ押しで解決したヨウが……!」

 

「……失敬な」

 

流石に僕も、そこまで言われるほど考えなしじゃないと思うんだけど。それに、その件については地力を向上させることこそが勝利への道であると判断したからそうしたまでで、普段の直感任せのバトルとは違い戦略だって珍しく練っていたし、むしろ頑張っていた方である。……のっけからつま先までゴリ押しだったのは否定しない。

 

しばらくウンウンと唸る彼女だが、やがて考えが固まったのか改めて話しかけてくる。

 

「私たち、つまりスイレンの方針だけど、多分、私たちはヨウの言ってる『説得』方面で話を進めてる。具体的には、各地のキャプテンや島キングたちを募って話し合いを行い、一定以上の同意を得ることによって『島の意見の一つ』としてカプ神に訴える。こっちには私を含めてキャプテンが複数人いるから、事前の根回しもそう難しくはないしね」

 

「……なるほど」

 

はっきり言って、僕にはどちらが良いとは現状では判断が付かないが、いざとなれば一人で解決するつもりだったあの人と、最初から団結して事に当たっていた彼女たちとの差がその案に如実に表れている。

 

直後に付け加えられた補足によると、あちらはいまのところはそれ以外の策を用意していないようで、そんなところも前提条件の差が良くも悪くも影響しているらしい。

 

本当に今更だが、そういうのに疎い僕ですらカプには神聖なものを感じているのに、この島で生まれたくせして、どうしてあの人にはカプに対する敬意とかそういうのがカケラも見られないのだろうか。謎である。

 

「予想通り、ヨウも……つまり、チャンピオンが味方ならライチさんも引き込めるし、グズマさんのことがあるからハラさんは拒否しないはず。で、まずはカキさん以外のキャプテンを引き込んでるテテフから、と思っていたんだけど、正直なところカプ・テテフが一番の不安要素なんだよね……」

 

「ああ……」

 

カプ・テテフ。無邪気で残酷なアーカラの守り神。図鑑埋めに必要なかったので実は姿を拝見したことはないが、何というか全体的に桃色らしい。酷い説明とは我ながら思う。

 

しかし、カプ・テテフについては外見がどうのより内面に問題がある。仮にも神に対して無邪気で残酷、と称される理由はネガキャンなどでは当然無く、それが島に言い伝えとして語られるほどに真実であるからだ。

 

曰く、カプ・テテフは不思議な鱗粉を持ち、面白半分に自らの特殊な鱗粉を人間やポケモンに振りまく。この鱗粉は体を活性化させ、怪我や病気を治す効果を持つが、浴びすぎると体が変化に耐え切れず死亡するという二面性を持つ。

 

大昔に起こった島同士の争いを鎮めるために、鱗粉で治癒を行い和解させたという伝承が残されているが、その真相は鱗粉の力により暴徒が全滅したために争えなくなったから、とも言われている。 この全滅とは戦術的なものではなく、文字通りの意味。つまりは死滅だ。そんな存在に、現状の不満を訴える──尻込みするのも無理はない。

 

「だけど、貴方は、貴方たちは別の案を提示した。だから、教えてほしい。それがどんな方法なのか。どうしてそれを思いついたのか。何故、それが『説得よりも容易い』と言えるのか」

 

常にない雰囲気──逸話の当事者たる王の末裔として、彼女は僕に問いかける。先程は久しぶり、と言ったものの、この島において、僕にとっても彼女との付き合いはグラジオに次いで長い。だから彼女が振る舞いとは裏腹に「ぬけめがない」ことは良く知っているし、リーグ時代の手合わせとかでは時たま一杯食わされることがあった。

 

今回の場合も、言うなれば彼女が内に秘める真面目モード。となれば僕も、真面目に回答せざるを得ない。

 

「まず一つ。僕がいること。

 

自慢になるけど、僕は仮にカプに4体同時に襲われてもどうにかできる実力がある。非公式戦となれば地形もZわざも使い放題だからね。ほしぐも……ソルガレオが味方している以上、まず負けない。最近は相性の良いウツロイドなんかも入手したことだし」

 

「うん………うん? いやちょっとまって。流石にそれはおかしいでしょ。だってヨウ、コケコ以外のカプ神を見たことないんでしょ? なのにその発言っておかしくない?」

 

「勝てる、ではなく、『負けない』。僕の場合、その気になれば6匹フルに同時運用とかもできるし、そもそも実行するとなると遺跡の位置関係上タイマンが基本になる。だから多分、大丈夫だと思う。断言はしないけど」

 

「2匹以上倍率(レベル)を維持するだけでも相当神経を使うのに6匹……しかも同時並行? 分かってはいたけど、本当に規格外だね……」

 

「まともに運用できるのはせいぜい3匹で、数を増やす毎に1匹に割けるレベルが一割くらい減るしバトルスタイルも僕に合っていないから、最終的にはタイマンが一番強いんだけどね」

 

それでもあの人曰く、意思総体としてのカプ神のレベルは6割前後。これは僕の知るコケコの力量と一致しているし、昔からカプ神を下すことを最終的な目標にしていたらしいあの人の見立てが間違っているとは思えない。それでも『天罰』のことがあるから断言できないのは辛いところだが、まあ、多分大丈夫、だと思う。

 

……まずい。なんかだんだんと自信が無くなってきた。普段からゴリ押しで物事を解決していた分、マイナス方向への想定が甘かったかもしれない。

 

(──まあ、力及ばなければ、その時はその時かな)

 

方針を『勝負』にした場合の最大のメリットは、失敗した場合のリスクが0に等しいことだ。最悪、矢面に立つ人材……僕、あるいはあの人辺りを切り捨てて新たな方針を決めれば良い。とはいえ、僕も負けるつもりはさらさらないし、だからこその本命なのだが。

 

「──参考までに、今のオープンレベルっていくつ?」

 

「一番相性の良いガオガエンで94って言ってたかな。平均ではギリギリ9割に届かないくらい」

 

「うわぁ……うわぁ……うわぁぁぁ」

 

聞かれたので素直に答えたら、なんか凄まじいものを見るような目で見られた。気持ちは分かるが隠す努力くらいはして欲しい。でも、最近はみんなも慣れてきたのか、随分とこういう視線で見られることが減ったから懐かしい反応ではある。特にアセロラは感受性が豊かだから、感情が直に伝わって来て心地良い。向けられる感情そのものは複雑だけど。

 

ちなみに細かな倍率のソースはあの人である。カプ神の4匹も含めてモーモーミルク1ダースで購入した。こういう時、あの人は苦手意識だけで敬遠するには惜しい有用な人材であるとつくづく思う。

 

「は〜。まあ、色々と言いたいことはあるけどそこは置いといて、とりあえず勝ちの目は十分にあるのは分かったよ。

 

でも、それだけなら案として挙げるには弱いよね? まだ『どうして』と『何故』については説明されてないし」

 

「そうだね。ちょっと長くなりそうだけど、順を追って話して行こうか」

 

 

 

☆☆☆

 

 

カラン、と音を立ててコップが鳴る。長い話になるからとのことで彼女が注文したモーモーミルク。質量にして200mlに相当するそこそこ大きなジョッキの氷をうつ伏せのまま器用にストローで掻き回しながら、彼女はゆっくりと話し始める。

 

「──方法としては、大きく分けて2つ。カプを信じるか、それとも否か。そしてその度合いによってそれぞれ方針が変わってくる」

 

相も変わらず無遠慮な声色で、けれど先ほどまでのどこか固い印象とは違う、僕が良く知るライチさん曰く『調子に乗っている時』の口調で彼女は語る。

 

ちなみに、モーモーミルクの存在から分かるように、場所はコニコの食堂から変えていない。どう考えても白昼堂々と語るような内容でもないし、事実、ライチさんは場所を変えるよう提案していたが、彼女は無視した。なんでも動くのが面倒らしい。よくよく考えると、こんな誰が聞いてるかもわからない食堂でライチさんの勧誘をやってる辺りから今更でもある。

 

「まずは最高の想定。カプが一連の騒動に無関心、あるいはヒトに判決を委ねていた場合。この場合は、そもそも私たちが何かをする必要はない。我々の想定は悉くが単なる杞憂に終わり、行動そのものが悪手となる」

 

顎を机に付けたまま、人差し指だけピシッと突き立てる。妙に行動がサマになっているのは、曲がりなりにも接客業を家業としているからなのか。その割には態度が悪いを通り越して酷い状況だが、それも今更である。

 

「次に、最悪の想定。カプが一連の騒動により既に怒り狂っていて、天罰が下るまで秒読み段階だった場合。

 

ここまで来ると、もはや説得などでは治まらない。カプはあくまでポケモンではあるけれど色々と特殊で、性質としては自然現象に近い。

 

地震や津波にやめてと訴えかける行為は、言うまでもなく無駄な徒労に終わる。こうなれば我々は早急かつ強引に事を成し遂げる必要があり、必然、その方法もかなり乱暴なものになる」

 

(………む)

 

中指を追加で立てて数字の2を作り語る彼女に、僕は少し思考する。

 

カプが自然現象に近しいというのは、僕も薄々と察している。個体としての意思はあれど、神として振る舞った場合のカプは、易々と決定を曲げないであろうことも。でも、

 

何かしらの反論に『さきどり』して、彼女は更なる言葉を紡ぐ。

 

「方法として考えられるのは、ざっくり分けて最悪から順に打破、追放、捕獲、説得、傍観。そしてそのいずれの場合にも属する勝負を加えて6通りになる」

 

手を開き、器用に小指から順次折り曲げて最終的に握りこぶし。追加で何故か狐手を示し、一度握って人差し指、つまりは4つ目の項目を語る。

 

「このうち、おそらく現状に最も即しているのは説得で、ライチの想定もその程度。正直な話、私も傍観から説得のうちのいずれかでコトは済むと考えてる」

 

「ふん。あんたもやっぱりそれくらいだと考えてんじゃないのさ」

 

「ただしこの場合、信頼度が追放から捕獲レベルだった時にカプの怒りを買い、被害の規模が一段階上昇する、と見てる。

 

そして最悪の場合、傍観同様に説得という行動自体が引き金となり得る。しかもカプをある程度信じて行動する以上、対処法は無きに等しい」

 

口を挟んだライチさんを黙らせるように強い口調で、反論を遮るようなタイミングで息つく間もなく、本当にいつ息継ぎしているのか不安になるほど一息に彼女は続ける。

 

(………でも、これは)

 

脳裏に過ぎる違和感。相変わらず無駄に鋭い僕の直感が、彼女の精神を映し取る。理論で固めた光の奥に、ほんの僅かに浮かんでいる小さな闇。全てが解決した瞬間のリーリエが、母親が無事だと確信するまでの短い期間、その時に見たそれと同じ。

 

(………これだと、まるで)

 

覚えがある感情。僕にはあまりに難しすぎる複雑な感情。そう、まるで、胸に燻る一抹の不安を、言葉で無理やり押し流すような。

 

「加えて、カプが一つの総体ではなく、それぞれ別個体として存在していることもある。短気で鳥頭のコケコや、残酷面でのテテフ。人間嫌いのレヒレに、ものぐさで目下最大の脅威であるブルル。これらが例えばそれぞれ捕獲、追放、傍観、説得だったりする可能性も否定できない。いえ、むしろレヒレとテテフが同一の対応で済むわけないから、その可能性は非常に高いと見てる。コケコなんかはその時その時で適切な対応が変わる、なんてのもありえる。

 

したがって私は、代案としての『説得』ではなく、本命として『勝負』を推すわ。いえ、違うわね。いずれの場合でも『手段として勝負を推す』。これね」

 

「手段……?」

 

嫌な予感を振り払い、思考を内容の方へと移す。いずれにしても、彼女の精神は歪過ぎて理解し難い。そも、これは目下の問題が解決すれば消え去る筈の感情だ。僕であれば、下手に理解しようと足掻くより、根元を根絶した方がそれらしい。

 

僕が浮かべた疑問符に、彼女は3番目の選択肢、中指を立てて答える。

 

「一様に捕獲、と言ってもやり方は人それぞれでしょう? 代案がある、というのは間違いではないけど、説得や傍観の選択肢だとしても、その手段に私はカプと『勝負』をするつもりだった。

 

その結果として要求を通すか、カプを捕獲するのかを考えて、より自分が気持ち良い捕獲を選んだだけ」

 

「………」

 

何故、これほど色んな方針を考えていて、穏便な方針があるのに最初から捕獲を推すのかと思えば、普通に最低な理由だった。いやまあ分かってはいたけど。でも、その懸念だけは真実で、いざとなれば本当にそうせざるを得ない状況にまで場を整えた手腕には脱帽するしかない。普通に最低だが。

 

「具体的どうするかは、まあ単純ね。敵意を持って遺跡に立ち入れば、それだけで勝負になる。ただしこの時、カプの土地神としての力を利用しようと考えてはダメよ。そうなればカプは神としてその者と敵対せざるを得ない。

 

だからあくまで挑戦者として。そして、それが可能なのはカプを叩きのめすことしか考えてない私と、そういう欲求がゼロなヨウ君。それにもう一人(・・・・・・・)

 

流石に語りっぱなしで疲れたのか、ようやく姿勢を正してモーモーミルクを一気飲みする。そういえば前も情報料としてモーモーミルクを提案していたが、好きなんだろうか。お冷は直ぐ側にあるのにわざわざ注文したとなれば嫌いではないんだろうけど、ちょっと意外である。

 

「はっ、何を法螺拭いてんのさ。あんたはカプに不満タラタラでしょうに」

 

「……否定できない。じゃあ私も除外して、ハラさん……は無理そうだから、ククイ辺りを。まあ、人材については難しい問題だけど、最低限、本当に最悪の場合に備えてマスターボールが4つ欲しいわね………いや本当にヨウ君に断られたら困るのよね。もしもこの話を断ることになっても、起こり得る災害の対処にだけは協力して欲しいわ」

 

「はぁ………まあ、リーグが無くなるのは困りますし、それは約束しますけど」

 

「ありがと。それで、話の続きだけど、ここでの勝負とはあくまで事前調査に近いことを先に言っておくわ。勝負自体が解決策かと聞かれても微妙としか私は答えられない。勝負によって見極めて、それから対策を考える。

 

メリットは、危険性が少ないこと。デメリットは得られるものも少ないこと。ローリスクローリターン、そしてきっと、ヨウ君ならそれが容易い。気づいてるんでしょう? 『それくらいなら出来そうだ』って」

 

「…………」

 

無言で返す。否定はしない。なんなら単に勝負を挑めというなら、今からだって容易いだろう。相手の意図を読むなど造作も無い。それがポケモンであるならばなおのこと。普段の僕は、ポケモンを通して相手の狙いを読み解いているのだから。

 

そしてその前提なら、リスクがないのも納得がいく。不興は買いそうだが、それだけだ。ヒト一人の生命と引き換えにしてお釣りがくる。それがおそらく、彼女にとっても大切な人であるならば。

 

(……ああ、そうか。なるほど)

 

いくらなんでも性急過ぎると思ったが、ようやく違和感の正体がわかった。無論、邪な目的はあるのだろう。しかし、彼女にとっても現状は看過できるものではなく、国際警察にまで頼るほど、一刻も早い解決を望んでいるのだ。

 

でも、それならどうして。と、そこまで考えたその時、本当にタイミングを見計らっているんじゃないかってくらいベストのタイミングで、彼女がそのことについて告げる。

 

「理想を言えば、もう一人の人物を呼ぶのが多分ベストだと思うんだけど、ちょっと私には無理だから、元より私がやりたかったことだし、今回は除外するわ」

 

「えっと、そのもう一人とは? そこまで言うってことは、相当の………」

 

「まあ、大物ではあるわね。ある意味では、貴方を遥かに凌駕する逸材よ」

 

「──」

 

その言葉に、僕の直感が警鐘を鳴らす。

 

嫌な予感がする。これまでで最大級の悪寒が、僕の根幹に関わりかねない恐怖が、一刻も早い事態の把握を求めている。

 

耐え切れずに、僕は彼女に尋ねる。すると彼女は、まるでその言葉を待っていたように、いつか見た歪んだ笑顔で、心底から愉しそうに告げた。

 

「そう。あの子こそ、この世界におけるキーパーソン。

 

貴方という制限(シナリオ)から解き放たれた今の彼女は、何をやってもおかしくない。あの子の影響力は、その才能(魅力)は、貴方同様、並大抵の事象を容易く破壊する。

 

おまけに、余りある才能に振り回され気味な貴方とは違い、あの子は貴方を知るからこそ驕ることなく正しくその才能を発揮できる」

 

「まさか──」

 

「そのまさかよ。ところで、ねぇ、ヨウ君。今も貴方が携わってるウルトラビーストの案件だけど、一つ忘れていることがないかしら?」

 

──忘れていること?

 

これ以上、何か致命的な見落としがあると言うのか。それか僕の悪癖で見過ごしていたことが、実は彼女にとっての『とっておき』だったのか。わからない。僕には何も、でも、それでも僕は。

 

「何を………」

 

「Fallは決して一人じゃない。ウルトラビーストは、ウルトラホールの香りを持つ者に惹かれる………ふふふ。

 

グラジオ君が持っていたのだから、あの子が持ってない道理はないわよね。彼女が次に、何を仕出かすか………非常に興味深いわ」

 

(…………)

 

僕にはいつも、この人の思考を何一つとして理解できない。しようともあまり思わない。人間なんて千差万別。僕が僕であるように、人の数だけ考えは違うのだから。

 

(………さて、どっちの意味で言ってるのかな、これ)

 

答えの出ない疑問。聞けばはぐらかされることが目に見える問題は、果たして何が正解なのか。

 

願わくば、それが『悪意』によるものではなく、単なる『善意』か『忠告』であって欲しいと。僕は密かに思うのだった。

 












やっとリーリエちゃんをまともに出せる……。長かった……。

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